2021年3月 8日 (月)

2021年3月、ダイヤ改正で定期運用を失う215系

新型コロナウイルスの蔓延に世界中が苦しめられた2020年度から2021年度へ向けてのダイヤ改正が3月13日に予定されていますが,今回の改正はどちらかというと新線の開通や新しい車両の登場ではなく首都圏では終電の繰り上げや、国鉄型特急車両185系の退役等の収縮型のダイヤ改正になるようです。

215-nl3-210305-4
2021/3/5 原宿 小田原709~国府津715~二宮720~平塚732~茅ヶ崎738~藤沢745~渋谷827~新宿833のスケジュールで走る「おはようライナー新宿24号」NL3編成

215-nl1-090704
2009/7/4 品川 NL1編成 
215-nl4-100919 2010/9/19 大船 NL4編成 走っているのはよく見かけるものの「回送」であることが多い215系

1992年から1993年にかけてJR東日本が東海道本線東京口の遠距離通勤者のために、着席サービスと並行貨物線を利用した速達サービスを目指し、通勤ライナーとしての運用のために登場したのが215系でした。211系の2階建てグリーン車をベースにトランスポーテーションデザイン機構 (TDO) の手銭正道氏と戸谷毅史氏が車体デザインを担当し、両先頭車ユニットを電動車とし、10両編成で両先頭車以外の8両をオール二階建てとし、1編成で座席定員を1010名としました。普通車の座席は253系の普通車で採用されたフランス・コンパン社製シートピッチ1460mmのボックス式クロスシートです。1992年にはグッドデザイン賞を受賞しました。

主要諸元
最高運転速度 100 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 1.7 km/h/s
編成定員 830人(普)+180人(グ)=1,010人
編成重量 368.5 t
全長 20,000 mm (クモハ、モハ、サハ) 20,500 mm (サロ)
全幅 2,900 mm
全高 4,070 mm
車体 ステンレス
主電動機 直流直巻電動機 MT61型
主電動機出力 120 kW
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比 1:5.19
編成出力 120kW×16=1,920kW
制御方式 抵抗制御・直並列組合せ制御・弱め界磁制御・界磁添加励磁制御
制動装置 電気指令式ブレーキ 回生ブレーキ 抑速ブレーキ
保安装置 ATS-SN、ATS-P、ATC-5(使用停止)

台車にはヨーダンパーを装備し、補助電源装置はSIVとなっています。温暖地向け装備のため,耐寒耐雪構造ではないため中央本線の臨時列車運用も冬季には設定されていません。

215

両端に電動車ユニットを配置する我が国の電車編成では珍しい動力集中方式となっています。NL-2編成以降の2次車では東京地下駅への乗入を考慮してATCが装備され、3・8号車のサハ215形にATC用速度発電機が設置されて3号車が200番代、8号車が100番代に区分されました。NL-1編成にも後にATCが装備されました。パンタグラフは中央本線の狭小トンネル対応でPS24が装備されています。

215-nl2-030426 2003/4/26 新川崎 NL2編成 湘南新宿ラインの普通運用

1992年の落成直後は田町電車区に配置され平日朝晩の「湘南ライナー」1往復、日中の快速「アクティー」に、さらに休日は行楽用「ホリデー快速ビューやまなし」として中央本線でも運転されました。ただ、片側2扉で乗降に時間がかかることから遅延が目立ち、15両編成が多い東海道線では短い編成であることなど,快速「アクティー」から撤退、2001年12月からは湘南新宿ラインに活躍の場を移しました。しかし2004年には同線の使用車両がE231系に統一されることで運用から外れ、定期運用は「湘南ライナー」・「ホームライナー小田原」「おはようライナー新宿」に、土休日は「ホリデー快速ビューやまなし」で本来の新宿~小淵沢間以外に千葉、上諏訪などへの運行もありました。2013年3月のダイヤ改正では国府津車両センターに転属しました。

215-nl2-160813 2016/8/13 立川 NL2編成 「ホリデー快速ビューやまなし」運用

今回のダイヤ改正では「湘南ライーナー」が廃止され、特急「湘南」となり、車両はE257系2000番台/2500番台に統一されることから215系は定期運用を失うことになります。「ホリデー快速ビューやまなし」も現時点ではコロナウイルスの蔓延もあり、運行計画は発表されていません。

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2021年3月 5日 (金)

クハ79形のいろいろな顔 その4 72系として新製されたグループ 1954・1955年度製造

クハ79形の形態変化、今回は前面窓が傾斜した1954.1955年度製車輛の話題です。

1953年度製造の79350、79352から前面窓に傾斜(傾斜角5度)が取り入れられ、窓上部の段差に設けた通風孔は好成績を収めたことがきっかけとなり、1954年度製造車からは傾斜角度が10度となりました。

79300iii-7603-edit 1976/3 鳳 阪和線区間快速 配置データによれば364か382

この前面窓の傾斜デザインは電車に限らず、同年に登場した直流電気機関車EH10形の車体デザインにも取り入れられました。EH10の車体デザインは民間工業デザイナー萩原政男氏によるものだそうです。電車と電気機関車のデザインの共通性という点では80系の二次車(1950年)からの湘南スタイル2枚窓とEF5835号機以降(1952年)(1-31号機の新車体)の2枚窓スタイルにも同じことが言えるかもしれません。

79300iii-edit 撮影年代不詳 拝島 

バスの世界でも同様の前面傾斜窓スタイルが当時流行していました。
私が小学生時代、民生コンドル号という我が国、最初のリアエンジンバスでよく見たデザインでした。ネットで調べてみると、民生コンドル号のデザインは戦後、進駐軍が我が国に持ち込んだGeneral Motors社のバスのデザインを模倣したものであることが分かりました。あの当時の我が国の自動車のデザインはアメリカ車のデザインを取り込んで、日本サイズにコンパクトにしたものが多く、バスの車体のデザインもその流れだったんだなと感じました。

79300iii-2edit 撮影年代不詳 川崎 

車両番号では
1954年度製では クハ79354-390(偶数)、さらに奇数向きも製造されクハ79301-335(奇数)
1955年度製   クハ79392-420(偶数)、クハ79337-387(奇数)となりました。
1954年度製と1955年度製の相違点は1955年度製では車内に扇風機が設置されたことでした。

小学生当時、クハ79の前面構造と車両番号の関係は全く気にしていませんでしたが、もしも番号を気にしていたら300~352、388~420では奇数車と偶数者で全く顔が異なることは製造の経緯を理解していないと大きな疑問だったと思います。

1975年4月1日時点での同グループの配置状況です。
陸前原ノ町 369
津田沼 354 360 362 368 371 376 383 387 388 390 392 402 406 416 418 420
東神奈川 315 317 331 355 384 386 
弁天橋 356 358
豊田 357 366 372 394 398 404 
中原 303 345 353 359 367 375 377 380 381 385 408 
沼津 301 309 
神領 311 313 335 363 365 379 414 
高槻 361 400 
淀川 307 410 412 
鳳 364 382
広島 370 

同グループで1975年3月末までに廃車されていた車両は
79349 1975.2.27 天王寺 クハ79603改造
79374 1975.3.13 東京南 クハ79606改造
79378 1975.1.17 大阪 クハ79602改造
79396 1962.9.8 東京北 1962.5.3 事故  でした。これは三河島事故ですね。

クハ79600番台は1975年から1976年にかけて行われたアコモ改造で103系同等の車体を載せ替えた改造でした。
クハ79601 ← クハ79435
クハ79602 ← クハ79378
クハ79603 ← クハ79349
クハ79604 ← クハ79456
クハ79605 ← クハ79451
クハ79606 ← クハ79374
クハ79607 ← クハ79305
クハ79608 ← クハ79342
クハ79609 ← クハ79949
クハ79610 ← クハ79368

仙石線に投入されましたが、1984年には川越線電化で工場予備品の見直しで発生した103系の電装部品・台車を使用して、クハ103-3000番台に再改造されました。

クモハ102-3001 ← クハ79604
クモハ102-3002 ← クハ79606
クモハ102-3003 ← クハ79610
クモハ102-3004 ← クハ79608
クモハ102-3005 ← クハ79602

クハ103-3001 ← クハ79609
クハ103-3002 ← クハ79603
クハ103-3003 ← クハ79605
クハ103-3004 ← クハ79607
クハ103-3005 ← クハ79601

1033000-5155-030505 2003/5/5 八王子

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2021年3月 4日 (木)

クハ79形のいろいろな顔 その3 72系として新製されたグループ 1952・1953年度製造

クハ79形の進化、今回からは72系として新製されたグループ300番台です。

1951年4月24日、当時の京浜線桜木町駅構内で発生した列車火災事故(桜木町事故)は死者106人、負傷者92人を出す大惨事となりました。この事故は戦時中の資材不足で各部の設計を極度に簡略化した63系が原因の一端となった事故でもありました。事故の教訓と1949年に登場した80系電車の設計思想、100kmを超える長距離輸送を担える電車であること、先頭車をモータなしの制御車とし、電動車は運転台のない中間電動車とすることを取り込み、再設計された通勤型電車が72系新製車でした。このグループでは中間電動車のモハ72形(500番台以降)、制御車のクハ79形(300番台以降)のみが製造され、モハ73形やサハ78形は製造されませんでした。

1952年度にクハ79300-314偶数、1953年度にクハ79316-352偶数が製造されました。奇数車が製造されなかったのは投入される線区の奇数向きにはモハ73形(モハ63形から改造)が連結されるためでした。

1952年製と1953年製の違いは1952年製が前面窓が木枠なのに対して1953年製はHゴム支持となっていることでした。1953年度、日本車輛支店製の350,352の2両は前部窓が5度傾斜したスタイルとなりました。

例によってこれらの1975年4月1日時点での配置を見てみると

新前橋 340
津田沼 300 302 304 314 316 322 324 334 336 342 348
中原 310 332 344 346 
神領 318 320 338 
淀川 330
鳳 306
広島 308 312 326 328 

昨日同様に1975年3月末以前に廃車されていたのは
クハ79334 1971.8.7 千葉
クハ79350 1963.10.21 千葉 事故
クハ79352 1969.6.19 千葉 事故    の3両のみでした。

このグループの中での試作的車両が2両とも事故で廃車になっていたのは驚きでした。

350は1963年9月9日、午後2時5分頃、総武線千葉発中野行き電車が本八幡-市川間(本八幡駅から200メートル)の警報機のある踏切で日本通運の大型トラックと衝突し、横向きになって民家に突っ込んだそうです(詳細はこちらに)。352は1969年3月27日に房総西線楢葉(現、袖ヶ浦)~長浦間でダンプカーと衝突、脱線、廃車されたそうです(情報は同じサイトから)。

このグループに関してはは私は写真を撮っていません。形態的には昨日の100~と似た形態のようだったそうです。前面窓5度傾斜の350,352の写真もネットで探しましたが、両者とも事故で夭折しているため見つかりませんでした。352に関しては鉄道ピクトリアル誌に写真が載っていました。

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2021年3月 3日 (水)

クハ79形のいろいろな顔 その2 63系からの制御車編入車

昨日に続き、クハ79形の進化シリーズ、今回はクハ79100以降、250までのモハ63形の制御車代用車(クモハ)、あるいは付随車代用車(サモハ)を整備の上、正式に制御車として改番編入したシリーズです。100番から246番まで偶数番が該当します。
さらに248,250は1953年6月1日の形式称号規程改正により、制御車代用車を改番したものでした。

79300ii-7603-edit 1976/3 片町線 放出駅 クハ79242か

79-edit
撮影年代不詳 青梅 

1975年4月1日時点の配置データによると
仙石線
陸前原ノ町 100 124 152 154 192 196 204 208 228 230 232 234 248 
両毛線
新前橋   172
横浜線
東神奈川  114 116 
鶴見線
弁天橋   130 134 156 162 164 178 190 202 224 246
青梅・五日市線
豊田    120 122 140 148 158 166 174 176 180 184 198 
南武線
中原    112 146 150 160 194 200 212 250
富山港線
城川原   220 240 244
東海道緩行線
高槻    110 136 216 222
片町線
淀川    242
阪和線
鳳     142 188 
広島
可部線・呉線 108 214 218

驚くのはその残存率の高さで75年3月末以前に廃車になっていたのは以下の車両たちです。

79102 1973.2.24 天王寺
79104 1974.10.1 天王寺
79106 1973. 1.23 大阪
79118 1973.2.24 天王寺
79126   1972.2.29   東京南
79132 1972.4.28 天王寺
79138 1975.3.22 東京南
79144 1973.4.24 天王寺
79168 1966.2.12 東京南
79170 1974.8.1 天王寺
79182 1973.2.17 東京西
79186 1974.12.12 東京西 クハ66001に改造
79206 1973.12.25 東京西
79210 1975.2.1 天王寺
79226 1973.2.17 東京西
79236 1974.8.22 東京南 クハ66000に改造
79238 1975.3.22 東京南

クハ79形は晩年、アコモ改善工事が施工されましたが、首都圏近郊路線配置の100番台、200番台車は72系として新製された300番台とは異なり、B工事(側面窓は3段窓のまま、内装は透明ラッカーによる仕上げ)でした。施工は大井工場、若しくは大船工場でした。またC工事と称して内装材の塗装換えや模様付きフィルムの貼り付けでとどまった車両もありました。

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2021年3月 2日 (火)

クハ79形のいろいろな顔 その1 木製車の鋼体化、若しくは他形式からの編入車

しなの鉄道の115系横須賀色編成から端を発して、1975年頃に撮影した旧国の写真をいくつか挙げてきましたが、今回からはそのスピンアウトとしてクハ79形に着目してみようと思います。

クハ79形は1944年、木製車両の鋼体化名義で製造された戦時設計、片運転台、片側4扉、20m級車体、ロングシートの制御車に与えられた形式で63系グループに属します。

小学生の頃、首都圏の総武線や南武線などでよく見ていたクハ79形に対するイメージは101系の先祖のような食パンスタイル、あるいはクモハ73のパンタなしのスタイルでしたが、1976年3月、片町線で戦前型のクハ79を初めて見て、そのイメージが大きく変わったのを憶えています。

79054-7603-edit 1976/3 片町線京橋駅 クハ79054 扉の枚数が写真では良く分かりませんが4枚でした。
片町線の撮影で恐らく最初に見た編成でしたが、このオレンジ色の塗色と中央線などで走っていた荷物電車の顔をしたクハ79の存在に圧倒されました。同線には当時、唯一の半流タイプのクハ79055も在籍していました(写真はこちらのサイトに)。

1949年には32系42系に属する制御車が戦時改造で4扉化され、クハ85形となったものが編入されました。

これらには
1.クハ79002~025 グループ 002 004 005 009 012 016 024 025
1944年及び1945年に木造車の鋼体化名義で製造されたもので25両製造される予定でしたが8両のみの製造に留まりました。

2.クハ79031~055 グループ 42系として25両製造された下り向き制御車クハ58形1944年、扉を2か所増設して、13両がクハ85形に改造されました。
58001 → 85001 ST → 79031
58004 → 85004 ST → 79034
58005 → 85005 ST → 79035
58006 → 85006 ST → 79036
58009 → 85009 TT → 79039
58010 → 85010 TT → 79040
58015 → 85015 TT → 79045
58017 → 85017 TT → 79047
58019 → 85019 ST → 79049
58022 → 85022 TT → 79052
58023 → 85023 ST
58024 → 85024 TT → 79054
58025 → 85025 TT → 79055
55106 → 85026 → 79056 (試作的にクロハ59形から改造されたクハ55形の再改造も行われ、クハ85形に編入されました)

1949年4月22日80系の登場でクハ85を明け渡すために、改形式されクハ79形に編入されました。

3. クハ79060、066 32系一族のクハ47形もクハ85形への改造が計画されましたが、空襲の激化や資材・人手の不足により、終戦までに大井工機部で施工されたのは85030と85036の2両でした。

79060 ← 85030 ← 47004
79066 ← 85036 ← 47010

1949年4月22日、上記と同様の理由でクハ79形に編入されました。

1975年4月1日時点での配置表を見ると、クハ79形のこういったタイプは全国に
津田沼 025 
高槻 040
淀川 035 045 054 055 056
広島 004 
8両しか残っておらず、そのうちの5両が片町線関係であることが分かりました。

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2021年3月 1日 (月)

最後の9000系 9104Fが横瀬に廃車回送と国分寺駅ホームドア設置。

ここ数日、西武鉄道関係のニュースがいろいろありました。

【9104Fの10連での営業運転終了】

9000-9004-100102-2

2010/1/2 所沢 VVVF化後、エコマークステッカーを付けていた頃の9104F

Dsc01491_20210227200501
2021/1/31 小手指 最後に撮影した10連の9104F

2月24日、池袋線で最後まで残っていた9000系10連の9104Fが横瀬基地に回送されました(情報源)。
すぐに4連化され、9104ー9204-9904-9004は武蔵ヶ丘検修場に戻され、ワンマン化改造工事が施行され、多摩湖線に投入されるのでしょうか。

【西武国分寺線国分寺駅5番線へのホームドア設置】

210226-3
2021/2/26 国分寺

国分寺駅の国分寺線ホーム(5番線)のホームドアに関しては1月24日の終電後から1月25日の初電までに2053Fにより、西武球場前駅から,国分寺駅まで輸送され、一部を残して設置されました(情報源)。

210226
2021/2/26 夕刻 未設置だった恋ヶ窪より1両分の設置工事が行われていました。
こちらのホームドアは池袋駅、練馬駅、高田馬場駅と同じ従来タイプのホームドアで3月2日13時35分頃から,使用開始されるとのアナウンスがありました(情報源)。

【西武多摩湖線国分寺駅7番線へのホームドア設置】

210226_20210227202401

210226-4
2021/2/26 国分寺 7番線ホームのホームドア

同じく2月24日、国分寺駅7番線、多摩湖線ホームにホームドアが設置されました。22日101N系のラストラン終了からわずかでの設置でした。ホームドアは西武球場前駅から2000N系4連の2519Fに搭載され、深夜に多摩湖線で運ばれたとのことです(ホームドア臨時列車の動画)。

こちらのホームドアは西武鉄道では初となる軽量型ホームドアで可動部にパイプ状ドアパネルを用い戸袋もコンパクトで軽量構造にしたものだそうで3月中旬から稼働とのことです。

さらに2月27日1月23日に施工されるはずが大雪の予報で途中で中止となった,1245Fと1251Fの101N系の車両交換が実施されました(情報源)。

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2021年2月26日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 93  横須賀色の電車達 その18 1976年の阪和線

横須賀色の電車シリーズ、今回は阪和線です。

76-7603-2edit 1976/3 和歌山 正面に深緑色の区間快速のHMをぶら下げた300番台全金属製のクハ76

70系は関西地区では京阪神緩行線と阪和線に投入され、前者では51系の増備としてぶどう色一色で投入され、クハ76の形態から「茶坊主」と揶揄されました。一方、阪和線へは当初、緑1号と肌色に近いクリーム3号のツートンカラーに塗られ「阪和色」と呼ばれました。やがて塗分け線は横須賀線と同じラインに変更され、1967年からは色もスカ色になりました。

配置は鳳電車区で1955年度にモハ70形6両(069-074)、クハ76形6両(072-077)、1956年度にモハ70形2両(075,076)クハ76形2両(078、083)1957年度にモハ70形9両(311-319)、クハ76形9両(308-314偶数車、307-315奇数車)の計34両が新製配置されました。これにより、それまで阪和線で活躍していた52系や半流線形の42系が飯田線に転出しました。

同線では70系に特急や急行のHMを掲出して運行していましたが、1958年10月の電車特急「こだま」や紀勢西線直通気動車準急列車「きのくに」のデビューで特急は快速に、急行は直行に改められました。

76-7603-edit 1976/3 鳳電車区横を通過する熊取~天王寺間各停運用の70系

1968年からは103系が快速運用に登場し、70系は直行から区間快速となりました。1972年3月、東海道・山陽快速で活躍していた113系が鳳電車区に転入に、まずは余剰だった8両が長野運転所に転出、1973年には関西本線湊町~奈良間電化開業で113系予備車の阪和線・関西本線共通運用化で余剰となった12両が長岡運転所に転出し、配置両数は28両になりました。その後、ホームの延長工事などで羽衣支線以外、全列車6連化となり、旧国は数を減らし、19977年3月15日、新性能化の完了で4両が廃車、24両が福塩線に転出しました。

1975年4月1日時点の鳳電車区(天オト)の70系配置データ

モハ70 072 073 074 075 076 311 312 313 314 315 316 317 318 319
クハ76 070 079 083 090 094 307 308 309 310 311 312 313 314 315
クハ76のうち背景が黄色は新製配置が明石電車区、水色は宮原区、緑は高槻区

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2021年2月25日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 92  横須賀色の電車達 その17 1975年の名古屋駅 中央西線の70・72系

横須賀色の旧国シリーズ、豊橋の次は名古屋です。

1975年の正月休み、大学1年でしたが、鉄道撮影旅行の一環で東京駅から初めて大垣行き夜行347Mに乗車、早朝の名古屋駅に到着しました。

最初に遭遇した列車は東京に向かう寝台特急2レさくら」でした。旅行の詳細は2012年10月27日からの記事に纏められています。

大垣行き夜行はその後、「ムーンライトながら」となり、大垣夜行時代の28年間、「ムーンライトながら」として24年間走り続けましたが、2021年1月22日に廃止がアナウンスされ、2020年3月29日、大垣発の列車で実質的に最後となりました。

76-750102-edit_20210224182801 1975/1/2 名古屋 クハ76 300番台を先頭にした中央西線ローカル電車

79920-750102-edit 編成の反対側は72系のクハ79920番台 全金属製車でした。当時の配置データと奇数向き車であることからクハ79953と思われます。同車は1957年11月30日、近畿車輛製造、新製配置は東京、1977年6月20日に廃車となっています。

この1車中泊2日の名古屋旅行で当時、中央西線で活躍中のスカ色の旧国70系・72系を撮影しました。

名古屋地区で活躍する国電は東海道本線系が大垣電車区、中央西線系が神領電車区と大まかに役割分担されていますが、当時の配置を見ても、70系、72系は神領区でした。

中央西線への旧国投入は1966年7月の名古屋~瑞浪間の電化時で横須賀線と京阪神緩行線から大垣電車区に70系とクハ68形の計72両が転属、配置され同区間で営業を開始しました。さらに同年10月から、東海道本線浜松~米原間にも運用が拡大され客車列車が電車化されました。

1968年に神領電車区が開設され、74両(モハ70形39両、クハ76形24両、サハ75形5両、クハ68形6両)が移管されました。

1975年4月1日時点での神領区の70・72系配置データによると

モハ70 048 054 058 059 060 061 077 078 082 083 084 089 090 093 120 121 122 303 304 306 307 308 309 310
モハ72 532 534 547 558 570 616 671 676 683 695 696 697 700 709 713 900 927 929 930 931 933 945
クハ76 013 023 024 026 027 030 031 032 033 086 089 095 101 300 301 302 303 305
クハ79 311 313 318 320 335 338 363 379 414 433 434 442 443 445 468 484 904 924 953
サハ75 104 105 107 108 109

70系は当初は基本6両、付属4両でラッシュ時10連で運行されましたが、後年、中央東線同様に72系が転入し、5連になったようです。確か写真の編成は行先は高蔵寺だったと思います。

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2021年2月24日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 91  横須賀色の電車達 その16 1975年の飯田線 豊橋駅 part3 クハ47形

 横須賀色の旧国シリーズ、今回も1975年3月、廃止直前の「高千穂・桜島」から撮影した豊橋機関区の飯田線車両で、クハ47形です。

47-68-ef10-750304edit 1975/3/5 豊橋 飯田線クハ47、クハ68とEF10

同形式は先だっての身延線シリーズでも登場しました。1975年当時、飯田線関係では
豊橋に114、中部天竜に151、伊那松島に009 011 069 070 074 076 102 104 108 116 153 155が配置されていました。

009のみがオリジナル、クハ47として製造されたもので、
011は先日の記事にあるように「1950年8月24日に身延線島尻トンネル内でモハ30173が全焼する事故が起こり、1952年にクハ47として復旧し、一旦は47023となりましたが、1959年12月の改番で47011となりました。名義上は復旧ですが、車体は新製されました。」でした。

069、070は1956年、サハ48015,010に運転台を取り付けたもの、074、076は1961年、高崎管理局向けにサハ48019,020に運転台を取り付けたもの

クハ47100番台偶数車は東海道本線京阪神地区向けに製造され、戦時改造から漏れ、戦災を受けなかったクハ58形9両を1953年6月の車両形式称号改正でクハ47形に編入したものでした。

47100 ← 58002
47102 ← 58003
47104 ← 58007
47106 ← 58008
47108 ← 58018
47110 ← 58020
47112 ← 58021
47114 ← 58014
47116 ← 58016

014、016が番号的に後回しになっているのは改番当時伊東線所属でトイレの設置が無かったためで、後年設置改造されました。改番当時は上り向きで本来、奇数番号になる筈でしたが、後年方向転換され下り向きになりました。

151は第一次流電用サハ48形036に1958年に025を運転台取り付け改造して誕生した025を1959年12月の番号整理で改番したもの
153、155は第3次流電用サロハ66形(66018,66019)を1952年に運転台取り付け改造で47021,47022となっていたものを1959年12月の番号整理で改番したもの。

まさにいろいろな出自のクハ47形が飯田線にて最後の活躍をしていました。
同じ写真に写っている電機はEF10で当時豊橋機関区には
EF10 12 14 16 20 21 22 23 24 30 31 32 41 が配置されていました。 EF10の車体は16号機までが庇付リベット組立、17~24号機が丸形溶接、25号機以降最終の41号機までが角形溶接車体でした。台車も17.20~24はHT57、30~33はHT58の一体鋳鋼台車でした。
写真からは庇の有無が分かりませんが、無いならば41号機、あれば12,14,16号機ということになりますか?

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2021年2月23日 (火)

西武多摩湖線 101N系 ラストラン 全日1259Fによる走行でした。

2月16日記事で紹介しましたが,国分寺駅ホームドア設置により、多摩湖線車両の4扉車限定化で101N系の撤退が決まり、2月18日木曜日から2月22日月曜日にかけて1259F(赤電塗装)によるラストランが行われました。

18日は夕刻から、22日は午前10時頃までと、実質的には丸3日プラスアルファでしたが、好天と4月中旬を思わせる穏やかな日和にも恵まれ、沿線には多くの名残を惜しむ撮影者が見かけられました。

私も金曜日午後に撮影をしました。

Dsc01476 1259,1260両運転室背面に掲示された「多摩湖線ラストラン」のご挨拶

これを見る限り、狭山線とは書かれておらず,西武園線という線名が出てくるところによると、引き続き玉川上水基地に配置される101N系編成もあるということなのでしょうか?

Dsc01487 2021/2/19 西武遊園地駅で出発を待つ1259F

Dsc01491 西武遊園地駅 3ドア国分寺行きも見納め

Dsc01475 青梅街道駅に接近

Dsc01479
新宿線系統の路線図と今後、表示されることはない「一橋学園」の駅名

Dsc01483
Dsc01484
Dsc01485 101N系 車両も「西武遊園地」の行き先表示もあと僅か
足下にはホームドア設置の準備が

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2021年2月22日 (月)

オールマイティな活躍ぶりをしている西武40000系50番台

西武鉄道に40000系がデビューしたのが2017年3月25日9000系の置き換えと東京メトロ有楽線・副都心線、東急東横線、横浜高速鉄道みなとみらい線へ直通する有料座席指定列車「S-TRAIN」として6編成が導入され、新宿線の「拝島ライナー」用も含めてクロスシート・ロングシート転換式の6編成が活躍中です。さらに2019年からはロングシート固定式の50番台が4編成投入されています。

40000-40052-2101312021/1/31 秋津 40152F 2020年2月頃から新宿線に貸し出されていましたが、2020年11月14日からは池袋線に復帰しています。

20151F,20152Fが2019年度中に製造され、池袋線に投入、20152Fは途中から新宿線にも貸し出され,今は池袋線に戻っています。2020年度には20153F、20154Fも池袋線に投入され、池袋線で4編成が活躍中です。2020年7月31日以降は地下鉄線内にも入線するようになりました。
池袋線の場合
40000系0番台の運用は
平日:51M 52M 53M 54M 55M
休日:71M 72M 73M 74M 75M
4202 4226 4652 4654 4658 5103 5105 列車で開始される運用に限定されているのに対して

40000-40153-210130 2021/1/30 秋津 40153F 2020年8月20日に甲種回送、9月8日から営業運転開始

40000系50番台のの運用は
02Mから38M(全て偶数)、56K、73M
1104 2102 2110 2114 2128 2169 2175 2502 3102 3104 3110 3202 3302 4102 4104 4130 4206 4212 4218 4224 4226 4302 4306 4656 4658 4660 5103 5109 6159

と池袋線に配置されている6000系、9000系、20000系,30000系の10両固定編成、あるいは30000系の2+8両編成が入る運用全てに入っているようです。まさに、豊島園線以外の10両編成入線可能な線区はどこへでも運用可能な編成のようです。

40000-40054-210131-2 2021/1/31 西所沢 40154F 2020年10月29日、甲種回送され、11月18日から営業運転に就きました。

西武鉄道アプリにおいて列車走行位置確認ができますが、40000系0番台と50番台はアイコン的にも区別されており、列車位置の確認ができます。

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2021年2月19日 (金)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 90  横須賀色の電車達 その15 1975年の飯田線 豊橋駅 part2 クハ68形

昨日のクモハ52形に続いて、1975年3月、廃止直前の急行「高千穂・桜島」から撮影した豊橋駅、豊橋機関区の飯田線旧国の話題です。

68098-750305-edit 1975/3/5 豊橋 クハ68098

68-750305-edit 1975/3/5 豊橋 クハ68

身延線の記事でも登場したクハ68形ですが、飯田線には
豊橋 クハ68 038 042 068 098 416 418 420
中部天竜 クハ68 401 403 405 407
伊那松島 クハ68 013 400 402 404 408  409  410 412 414 と3か所に分散して20両のクハ68形が配置されていました。

そのうちの400番台は1981年から施工されたトイレ設置改造車で、

1968年改番(10両)
クハ68400 ← クハ68040
クハ68401 ← クハ68007
クハ68402 ← クハ68032
クハ68403 ← クハ68003
クハ68404 ← クハ68030
クハ68405 ← クハ68009
クハ68406 ← クハ68034
クハ68408 ← クハ68054
クハ68409 ← クハ68064
クハ68410 ← クハ68046

1972年改造(3両)
クハ68412 ← クハ68106
クハ68414 ← クハ68100
クハ68407 ← クハ68077

1974年改造(3両)
クハ68416 ← クハ68026
クハ68418 ← クハ68066
クハ68420 ← クハ68094

種車は半流形のクハ68に限らず、クロハ59形、クハ55形を出自とする平妻車も含まれており、形態は多岐にわたりました。最終的には16両となりました。
クハ68038、042はクハ68形として製造され、一旦クハ55形に改造され、再びクハ68形に復元された経歴の車両です。
68038 ← 55122 ← 68008
68042 ← 55125 ← 68011
クハ68013はクロハ59011として製造され、クハ68、クハ55と改造され、再びクハ68に戻された車両で
68013[II] ← 55145 ← 68031 ← 59011
クハ68068は平妻のクハ55017をクハ68に改造したものです。

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2021年2月18日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 89  横須賀色の電車達 その14 1975年の飯田線 豊橋駅 part1 クモハ52形

横須賀色の電車シリーズ、東海道本線に沿って、沼津(御殿場線)、富士(身延線)と来ましたので今回は豊橋の飯田線です。

飯田線が完全新性能化され、旧国が淘汰されたのは1983年のことでした。旧国の塗色の歴史を見てみると1968年頃まではぶどう色2号(一般車)、1952年からのクリーム色とマルーンの「初代快速色」(17m車体)、1957年からの黄かん色と青2号の「静鉄快速色」(20m車体)、1964年からの「湘南色」と各種塗色が活躍していましたが、1968年以降は全車、スカ色(クリーム1号と青15号)になりました。

系列は30系(17m級3扉ロングシート車)、31系(17m級3扉ロングシート車)、32系(横須賀線向け2扉クロスシート車)、40系(20m級3扉ロングシート車)、42系(2扉クロスシート車)、50系(17m級3扉ロングシート車)、51系(3扉セミクロスシート車)、52系(流電、京阪神区間の急行用)62系初代(17m級2扉クロスシート車)、70系80系が活躍しました。

配置区は豊橋機関区、中部天竜機関区、伊那松島機関区でした。
1975年3月31日時点の配置データでは

豊橋機関区(静トヨ)1943年8月1日、飯田線の国有化とともに開設
クモハ42 008 009 011 013
クモハ50 000 002 004 008
クモハ52 001 002 003 004 005
クモハ54 002 006 007 008 112 119 121 123 127 129 131
クモニ13 025 026
クモニ83 101 102 103
クモヤ22 112 113 201
クモル23 050
クハ47 114
クハ68 038 042 068 098 416 418 420
クハユニ56 001 002 003 004 011 012
クエ28 100
サハ48 021 024 034
サハ75 101 102 103 106
サハ87 001

中部天竜支区 1943年に機関区として開設、後に豊橋機関区の支区に
クモハ51 015 019 021 044 046
クハ47 151
クハ68 401 403 405 407
サエ9320 9320

伊那松島機関区(静ママ)  1909年に伊那電車軌道松島工場として開設、1943年の国有化で機関区に
クモハ43 007 009 013 015
クモハ51 023 027 029 069 200
クモハ53 000 001 007 008
クモハ54 001 009 104 106 108 110 111 117 133
クモハ61 003 004 005
クモエ21 009
クハ47 009 011 069 070 074 076 102 104 108 116 153 155
クハ68 013 400 402 404 408   409   410   412  414
クハニ67 901  903  905

旧国が活躍していた時代に飯田線を訪問することはありませんでしたが、1975年3月、同月10日のダイヤ改正で歴史を閉じる急行「高千穂・桜島」に乗車し、下関まで向かった際に豊橋駅で車窓から何枚か飯田線で活躍中の旧国を撮影したのが今回、紹介する写真です。

52-750305
1975/3/5 豊橋機関区
最初は豊橋区で休むクモハ52です。元々、モハ52形として001~006の6両製造されましたが、1945年7月7日の空襲で明石電車区構内で006が全焼したため、5両が飯田線に転属となりました。飯田線転属前は阪和線で活躍していましたが、乗客数の増加で2扉クロスシート車は輸送に不適となり、同社の適性が生かせる線区ということで身延線か飯田線ということになり、身延線は低屋根化改造が必要であったことから飯田線になったそうです。1957年4月に52004,52005が、そして同年9月に52001~52003が伊那松島機関区に転属しました。
転属当初はクハ47形と組み、普通列車に使用されていましたが、同年10月から飯田線を走破する快速列車に使用されることとなり、豊橋機関区転属となりました。塗色は窓周りをオレンジ、腰板をダークブルーとした快速専用色となりました。その後、湘南色を経て、最終的に横須賀色になりました。80系以前の旧国が湘南色になったのは、クモハ52形を含む編成が唯一の例だそうです。

52001-101205 2010/12/5 吹田総合車両所本所玄関前

クモハ52001は1978年10月の廃車後、吹田工場に移され、半室運転台の復元、パンタグラフのPS13からPS11化、側面の通風用ルーバーの復元、二次車竣工直後の塗装化などがなされ、吹田総合車両所本所玄関前に保存されました。

52004-140812-3

52004-140812 2014/8/12 リニア・鉄道館

クモハ52004は川崎車輛製でしたが、飯田線に縁の深い日本車輛製造豊川工場に保管され、1991年からは中部天竜駅構内に開設された佐久間レールパークに移され、2011年からはリニア・鉄道館に移され展示されることになりました。

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2021年2月17日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 88  横須賀色の電車達 その13 1977年の身延線 part5 クモハ51形

2月11日の記事で「最後は二代目62系」と言ってしまいましたが、まだ続きがありました。今回はモハ51形です。

51800-770923edit 1977/9/23 身延

1936年から1943年にかけて鉄道省が製造した3扉セミクロスシート車を便宜的に51系と言いますが、この系列にはクモハ51形のほか、2月4日の記事で登場したクハ68形モハ54形モハユニ61形クロハ69形が含まれます。モハ51形が最初に投入されたのは中央線急行で1936年から1937年にかけ26両が新製され、浅川より先頭車に組み込まれました。中央線ではモハ51形のみが投入されましたが、1937年からは京都~吹田間の電化を控えた京阪神急行線に51系が投入され、このときにはモハユニ61形を除く全形式が投入されました。モハユニ61形は1943年に横須賀線に投入されました。

51810-770923-edit 1977/9/23 撮影場所不詳

モハ51形は1935年度から1938年度にかけ57両が製造されました。
1935年度(東京仕様)
日本車輌製造(6両) : 51001 - 51006
川崎車輛(4両): 51007 - 51010      以上 東京仕様 半室運転台
1936年度(東京仕様)
新潟鐵工所(3両) : 51011 - 51013
日本車輌製造(3両) : 51014 - 51016
汽車製造支店(5両) : 51017 - 51021
日本車輌製造支店(5両) : 51022 - 51026  以上 東京仕様 全室運転台
1936年度(大阪仕様)
日本車輌製造(4両) : 51027 - 51030
田中車輛(6両) : 51031 - 51036
川崎車輛(7両) : 51037 - 51043
1937年度(大阪仕様)
日本車輌製造(9両) : 51044 - 51052
川崎車輛(3両) : 51053 - 51055
1938年度(大阪仕様)
川崎車輛(2両) : 51056・51057     以上 大阪仕様 全室運転台

新製車以外に他形式からの改造があり、
モハ40、モハ41形からの改造

41002(台車振替)→51059(改番)→51062
41006(台車振替)→51063(改番)→51066
41007(台車振替)→51064(改番)→51067
41008(台車振替)→51065(改番)→51068
41009(台車振替)→51066(改番)→51069

40007(台車振替・片運転台化)→51075
40010(台車振替・片運転台化)→51078
40012(台車振替・片運転台化)→51080
40015(台車振替・片運転台化)→51083
40016(台車振替・片運転台化)→51084(戦災廃車)
40017(台車振替・片運転台化)→51085
40018(台車振替・片運転台化)→51086
40019(台車振替・片運転台化)→51087

モハ42形からの改造
51073

クモハ43からの改造
クモハ51200 ← クモハ43002
クモハ51202 ← クモハ43008
クモハ51204 ← クモハ43014
クモハ51206 ← クモハ43024
クモハ51208 ← クモハ43032

身延線転出に際して低屋根化改造がなされ 1965年 浜松工場で低屋根化改造が施工されました。
クモハ51850 ← クモハ51202
クモハ51852 ← クモハ51204
1966年67年の改造
第1次改造車
クモハ51800 ← クモハ51042
クモハ51802 ← クモハ51054
第2次改造車
クモハ51804 ← クモハ51004
クモハ51806 ← クモハ51006
クモハ51808 ← クモハ51007
クモハ51810 ← クモハ51008
クモハ51812 ← クモハ51009

クモハ51814 ← クモハ51012
クモハ51816 ← クモハ51017
クモハ51818 ← クモハ51018
クモハ51820 ← クモハ51020
クモハ51822 ← クモハ51022

クモハ51824 ← クモハ51024
クモハ51826 ← クモハ51050
クモハ51828 ← クモハ51052
クモハ51830 ← クモハ51073

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2021年2月16日 (火)

公式発表 西武多摩湖線101系ラストラン 2/18~2/22

2月12日の記事でも触れましたが2月7日を最後に西武多摩湖線から101N系が撤退したことは、翌日から2000N系4連が投入されていることからも想像できましたが、西武鉄道として公式のアナウンスはこれまでありませんでした。

しかし、2月15日、萩山駅を始め、多摩湖線各駅には以下のようなポスターが掲示されました。

Dsc01435_20210215155401 2021/2/15 萩山駅
萩山駅の電留線で休む1259Fで、3月のダイヤ改正で多摩湖に戻る西武遊園地が表示されているのも印象的な写真です。
一度撤退した車両が5日間だけ復活運転するというようですが、

201230-2 2020/12/30 国分寺

現在、設置工事が進行中の国分寺駅のホームドアが設置されれば、3扉車は入線不可能になると思いますので、これで本当にラストとなるようですね。

101n-247f-249f-241f171002

2017/10/2 白糸台 武蔵境行き1247F、是政行き1249F、そして庫内の1241F

101n-241f-140720-3_20210215161501 2014/7/20 東村山 西武園線で運用に就く1241F

101n-4-1241-201103 2020/11/3 萩山

一方、2月7日最後まで運用に入り、運用終了後は上石神井基地に回送され留置されていた1241Fは15日、武蔵丘車両検修場に回送となったそうです(情報)。同編成は1979年12月20日、東急車輛で竣工し、2013年2月25日、リニューアル工事でパンタグラフのシングルアーム化、ワンマン化、CP,SIVの変更を受けています。廃車となった1257Fや1261Fのように終始、多摩湖線ではなく多摩川線に行った経験もある編成ですが、果たしてどんな姿で戻って来るのか楽しみです。

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2021年2月15日 (月)

2021年2月12日金曜日、武蔵野線・中央線 工臨9941レを撮影する

JR東日本は2021年1月19日付けのプレス発表「JR東日本ニュース」にて,砕石輸送や砕石散布作業,車両の入換,回送列車の牽引作業を従来の機関車方式から,電気式気動車GV-E197系や交直流電車E493系に置き換えると発表しました。

果たして工臨の運用がどうなるのかは予測出来ませんが、2月12日金曜日には新小岩操→長野間でEF64 1052号機牽引のレール工臨9941レ(八王子まで)長野まで(9445レ)が走ったので,新秋津、八王子で撮影しました。


Dsc01347 2021/2/12 新秋津 同駅を出発した武蔵野線電車車内から


Dsc01365 八王子駅 横浜線ホーム先端から


Dsc01379
Dsc01385
八王子駅 中央線下りホームから 久しぶりの色物牽引であったせいか、沿線各駅はかなり混雑していました。

EF641052号機2018年4月1001号機と入れ替わる形でぶどう色に変更されました。同機に関しては、2018年8月25日の東京総合車両センター公開で撮影はしていましたが、走行シーンを撮影したのは初めてでした。

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2021年2月12日 (金)

西武多摩湖線から101N 系撤退か?

2月1日月曜日から101N系263Fが狭山線で運行を開始したことは先週、2月5日の記事で触れましたが、今度は2月7日日曜日を以て、多摩湖線から101N系が撤退したとのニュースが入ってきました。

西武鉄道アプリ、「列車走行位置」を眺めると連日9000系と2000N系4連が運用に入っているようです。9103F4連がワンマン化の改造を追え出場すれば、オール9000系になると思われますが。

Dsc01316

Dsc01318 2021/2/11 萩山 6019レ 2511F 西武遊園地の行き先表示もあと僅か

2月11日木曜日、つくばから戻り、様子を見ると、朝の4編成運用時は9000系3本と2000N系2511F、午後の3編成運用時は9108Fが抜けていました。

Dsc01341
Dsc01342_20210211175301 2021/2/11 青梅街道~一橋学園間 6076レ 2511F

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2021年2月11日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 87  横須賀色の電車達 その12 1977年の身延線 part4 62系

1977年9月23日の身延線の旅で見た横須賀色の電車、最後は二代目62系です。

66303-7709231977/9/23 富士 遠目に見ると113系のように見えるが、足元を見ると・・・

当時の国鉄では1972年度に首都圏の主要5線の新性能化が完了しましたが、地方線区では依然として旧性能電車が幅を利かせていました。車両基地の研修設備も新性能車のMM'ユニットには対応できない状態でしたが、特に改善の要望が強かった仙石・房総・身延線に旧形車の車体を新性能車並みに更新し、アコモデーションを改良することが検討されました。
そんな中で73系の台枠と足回りに115系なみの車体を載せた二代目62系電車が1974年、身延線に投入されました。

66002770923-dt13
66303-770923-tr48
編成はTcMMTcでモハ62形はモハ63改造のクモハ73からの改造車がモハ62000番台、モハ72形からの改造車がモハ62500番台、63形の流れをくむクハ79形・クモハ73形の改造車がクハ66000番台、クハ79300番台の改造車がクハ66300番台となりました。

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2021年2月10日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 86  横須賀色の電車達 その11 1977年の身延線 part3 クモハユニ44形

横須賀色の電車、1977年の身延線の話題、今回は1934年に横須賀線モハユニ30形置き換え用としてデビューしたモハユニ44形です。三等郵便荷物合造車として5両が製造されました。

44800-770923 1977/9/23 源道寺 

1933年から1935年にかけ鉄道省が製造した2扉クロスシーとの42系に属する形式で、42系はモハ42形、モハ43形、モハユニ44形、サロハ46形、クハ58形、クロハ59形、6形式105両から構成されます。モハユニ44形は田町電車区に配置されましたが、他の形式は京阪神地区の東海道・山陽本線に投入されました。

車体構造は全室タイプの運転台に続き、荷物室、郵便室、三等客室に区分され、定員は80名(座席48名)、郵便2t、荷物3tでした。モハユニ44形の導入で横須賀線の編成は

←横須賀
モハ32+サハ48+サロハ66+モハ32 クハ47+サロ45+モハ32

モハユニ44+サハ48+サロハ66+モハ32 クハ47+サロ45+モハ32

モハユニ44+モハ32+サハ48+サロハ66+モハ32 クハ47+サロ45+モハ32 といった編成で運行されるようになりました。

1943年、横須賀線の郵便荷物者増強としてモハユニ61形が3両(61001-61003)製造されました。運転台側の顔は半流スタイルとなりました。戦時下の製造であったため電装するための物資の調達が困難なため61001のみが登場の翌年、電装されました。座席はロングシートでした。

モハユニ44005は戦争中に被災し、マニ72 20に改造されました。

44800-7709232 1977/9/23 笛吹川橋梁付近

1951年から1952年にかけ、飯田線の社形木造三等荷物郵便合造車取り替えのため、クハニ67形4両と未電送だったモハユニ61002,003がセミクロスシート化され、クハユニ56形に改造されました。

56011 ← 61002
56012 ← 61003

この改造後、唯一電装化され残っていたモハユニ61形61001がモハユニ44形に編入され、44100に改番されました。同車は大糸線で使用されましたが1961年、運転台増設改造され、クモハユニ64形(64000)になりました。連結器を自動連結器に交換して、貨車の牽引も担当しました。1969年の赤穂線電化開業では岡山電車区に配置換えとなり、吹田工場で客室のロングシート化、後位側運転台の貫通化改造がなされました。1977年には静岡運転所に転出、牽引車として使用、1978年には飯田線に転属しました。

1956年、横須賀線から身延線への転出に際して更新修繕とともに3両が低屋根化改造され、その頃大糸線で活躍していた44003は44000に改番され、1968年の身延線転属時に低屋根化改造され、803となりました。但し、803はパンタグラフを後位に移し、その部分だけを低屋根化しています。

クモハユニ44800 ← クモハユニ44001
クモハユニ44801 ← クモハユニ44002
クモハユニ44802 ← クモハユニ44004
クモハユニ44803 ← クモハユニ44000 ← クモハユニ44003

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2021年2月 9日 (火)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 85  横須賀色の電車達 その10 1977年の身延線 part2 クハ47形

横須賀色の電車達、今回は1977年の身延線で撮影したクハ47形です。

47-770923 1977/9/23 源道寺 クハ47

鉄道省が1930年から1932年にかけ横須賀線向けに導入した6形式111両を便宜的に32系電車と言い、モハ32形、サロ45形、サロハ46形、クハ47形、サハ48形、クロ49形から成り、クハ47形オリジナルは001~010の10両が製造されました。
クハ47形オリジナルの10両は1930年製で20m片側2扉車体です。定員は120名座席82名でした。

←横須賀
基本編成(2運用)          付属編成(5運用)
モハ32+サハ48+サロ45+モハ32 クハ47+サロハ46+モハ32

←横須賀
基本編成(3運用)             付属編成(5運用)
モハユニ30+サハ48+サロハ46+モハ32 クハ47+サロハ46+モハ32

←横須賀
基本編成(4運用)             付属編成(2運用)
モハ32+サハ48+サロ45+サハ48+モハ32 クハ47+モハ32

それぞれの形式は1935年モハユニ44形導入以前は以上のような編成に組み込まれていました。

戦時中に扉を増設し、通勤型に改造する計画がありました。47004と47010の2両が大井工機部で施工されたところで空襲の激化で計画は中止となりました。2両は

79060 ← 85030 ← 47004
79066 ← 85036 ← 47010 
と一旦、クハ85形に改番されましたが、85は80系電車が使用するためクハ79形に編入されました。

47-7709232_20210208155701 1977/9/23 撮影場所不詳 

横須賀線から、飯田線に32系が転出する際に編成短縮で不足する制御車を補うため1951年度にサハ48形に運転台取り付け工事を行い、

47011 ← 48005
47012 ← 48006
47013 ← 48007  が編入されました。
1959年12月にサハ48形からの改造車は47051~とすることになり、47051, 47053, 47055に改番されました。

1950年8月24日に身延線島尻トンネル内でモハ30173が全焼する事故が起こり、1952年にクハ47として復旧し、一旦は47023となりましたが、1959年12月の改番で47011となりました。名義上は復旧ですが、車体は新製されました。

1951年に新製クハ47形8両を身延線に転出する際に便所取り付け工事が施工され定員は115名(座席80名)となりました。

1953年度からサハ48形6両がクハ47形に改造が始められ。
47057 ← 48001
47059 ← 48002
47061 ← 48009
47063 ← 48016
47065 ← 48022
47067 ← 48028
1956年には3両 横須賀線の制御車増備用
47069 ← 48015
47070 ← 48010
47071 ← 48017
1959年には2両 横須賀線の制御車増備用
クハ47072 ← サハ48014
クハ47073 ← サハ48012
1961年には2両 高崎鉄道管理局向け
クハ47074 ← サハ48019
クハ47076 ← サハ48020

1963年から1964年にかけて、通勤油層の激化に対処するため、クハ47形の3扉化が行われ
クハ68200 ← クハ47002 オリジナル
クハ68210 ← クハ47072 サハ48改造
クハ68211 ← クハ47073 サハ48改造   それぞれ出自に応じてクハ68形の番台が分けられました。

京阪神地区向けに投入されたクハ58形1953年6月の車両称号規程改正により、クハ47形に編入となり、47100~46116(偶数)となりました。
1977年時点で静ヌマのクハ47配置は
001,003、005、006、007、008、051、053、055、057、059、061、063、065、067、100、106、110、112でした。オリジナルの009は伊那松島配置で、改造で改番された002、004、010以外、オリジナル車は健在でした。

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