2025年10月20日 (月)

山手線環状運転100周年記念の復刻ラッピング編成を撮影 part1 トウ39編成

現在、山手線は一周約35㎞、全30駅で1周するのに約1時間を要する路線となっていますが、始まりは日本初の民営鉄道会社だった日本鉄道が1885年3月1日に品川~赤羽間の品川線として開業した路線でした。開業の目的は下町を避け、関東地方内陸部と横浜港との間の貨物輸送でした。1903年4月1日、常磐炭田からの石炭を運ぶ土浦線(1901年に海岸線、現在の常磐線)と品川線を結ぶ池袋∼田端間の豊島線が開通しますが、品川線が開通したときに現在の池袋駅はなく、目白駅で豊島線と合流する予定でした。しかし、目白駅は谷間・掘割の駅で拡張が困難であり、周辺住民も駅の拡張には反対でした。目白と池袋の中間に雑司ヶ谷駅を設け、そこで合流する案がでましたが、実地測量すると1895年に巣鴨に移転し、1897年に巣鴨監獄となった旧石川島監獄署にあたることが分かり、もう少し北の池袋に新駅を作り、合流させることにしました。豊島線には王子道と交差する地点に大塚駅、中山道と交差する地点に巣鴨駅が設けられました。このために現在の山手線の線路は目白駅と巣鴨駅を結ぶ直線から池袋方面に北へ迂回するようになっています。1909年10月12日、各鉄道路線に路線名が付与されることとなり、品川線と豊島線が統合され山手線となりました。尤も、品川~赤羽間が山手本線、旧豊島線は山手支線と呼ばれました。同年12月16日、烏森駅(現、新橋駅)が開業し、烏森~新宿~上野駅間の「C」の字運転が始まりました。品川~烏森間は京浜東北線の線路に山手線が乗り入れる形でした。
1919年1月、中央線と山手線を結び吉祥寺~東京~品川~新宿~上野という「の」の字運転が開始されますが、1925年11月1日、東京~秋葉原間の高架線が開業、東京~上野間が複線化され、「の」の字運転は終了、山手線の環状運転が開始されました。

今年、11月1日で環状運転開始から100周年ということでJR東日本は「つながる山手線フェス 環状運転100周年」を開催、10月4日から11月3日まで山手線に103系と205系の復刻ラッピング編成が登場しました。

山手線の電車、幼稚園時代に高田馬場駅でブドウ色の72系を見た記憶はあります。その後、1961年9月から1969年4月にかけてカナリア色の101系が走っていたのはしっかり記憶しています。線名の表示は「山手」でした。1963年12月に103系が登場したときは鮮やかな鶯色に驚き、103系の走行音、スカーという空気が抜ける音にも驚いたものでした。

高校時代頃から鉄道写真を撮り始め、103系の写真撮りましたが、まともな写真はあまりありません。それでも1編成しかなかった試作冷房車、そしてわずか1年の活躍だった低運転台量産型冷房車はしっかり撮っていました。


103-15撮影年月日不詳 鶯谷 15編成

103-1-2撮影年月日不詳 新宿 臨1編成 試作冷房車編成

103-2-7303-11973/3 新宿 低運転台タイプの量産冷房車 イケ2編成

103-15-3b-2_20251019091301撮影年月日不詳 御徒町 高運転台ATC準備工事車 15編成

103系の活躍は1988年6月26日までで、この頃、私は西ベルリンに留学していました。

E2350-39-103-251014-edit
2025/10/14 原宿 トウ39編成

E2350-39-100-251018-52025/10/18 西日暮里 トウ39編成

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2025年5月15日 (木)

E233系0番台 青660編成 五日市線開業100周年 (パーシャル)ラッピングを撮影

セメントなどで有名な浅野財閥が立川町と大久野村(現在の日の出町)及び五日市町を結び、石灰石輸送のために開業したのが五日市鉄道1925年4月21日に拝島仮停車場~五日市駅間10.62kmが開業、同年5月15日には拝島仮停車場~拝島駅間0.48kmが延伸開業し、青梅電気鉄道の拝島駅に乗り入れました。同年9月20日には武蔵五日市駅~武蔵岩井駅間も開業しました。

当時、既に青梅電気鉄道は拝島~立川間を開業していましたが、五日市鉄道はこの線とは別に1930年7月13日、南側を遠回りする拝島~立川間の路線8.1kmを開業、このとき、武蔵上ノ原駅・郷地駅・武蔵福島停留場・南中神駅・宮沢停留場・大神停留場・武蔵田中停留場・南拝島駅が開業しました。1931年12月8日には多摩川の砂利採掘、輸送のために武蔵田中~拝島田中間1.6kmの貨物支線も開業しました。1940年10月3日、立川駅で接続していた南武鉄道と合併、南武鉄道五日市線となり、1943年10月、南武鉄道、青梅電気鉄道、奥多摩電気鉄道が合併、さらに1944年4月1日は戦時買収で、国有化され鉄道省五日市線となりました。このとき、青梅線と並行して遠回りだった拝島~立川間は不要不急路線として休止、ただし立川~武蔵上ノ原~西立川間の線路は青梅短絡線として残されました。

戦前は蒸気機関車、ガソリンカーが走っていましたが、1957年5月19日、気動車が導入され、1961年4月17日、全線DC1500Vで電化されました。1971年2月1日、武蔵岩井~大久野間0.6kmが廃止、全線がCTC化され、中央本線の列車が乗り入れるようになりました。

101_20250514084901 撮影年月日不詳 拝島 出発を待つ101系3連

101-830219_20250514085101 1983/2/19 拝島 青梅線の101系と五日市線103系

201-61-061217 2006/12/17 拝島 201系6連

1978年3月29日、旧型国電が引退、101系化されました。1982年11月15日、貨物支線武蔵五日市~大久野間2.1kmが廃止、立川~武蔵五日市間の貨物営業が廃止されました。2007年、中央線直通列車が201系からE233系に置き換えられました。

E2330-660-6r-100-250507 E2330-660-6r-100-250507-3 2025/5/7 秋川
今年は五日市鉄道が開業して100周年の年であることから4月21日より、来年3月頃までの予定でE233系0番台青660編成に写真のようなパーシャルラッピングが施されました。

E2330-660-6r-100-250507_20250514085401 E2330-660-6r-100-250507-5 2025/5/7 中神
この日、青660編成は49運用に入っており、10時前は立川~武蔵五日市間の往復でした。

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2024年10月31日 (木)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その22 関西本線(大和路線)の221系 part6 奈良線での活躍

JR西日本の奈良線は木津駅を起点に京都駅までの路線距離34.7km、駅数19駅の幹線で、奈良と京都を結ぶ路線として1879年8月18日奈良鉄道により開業した路線でした。国有化された際に木津駅以南が関西本線に編入された関係で起点駅は木津駅となりました。全線に渡り、近鉄京都線と競合し、近鉄は全線複線で列車本数も多く、JR奈良駅は奈良市の中心部から離れていることもあり、近鉄京都線に対して劣勢は否めません。ただインバウンド需要で外国人観光客が利用する際にジャパンレールパスは近鉄線が対象外のため、JRを利用するケースが多いのも事実です。

105-841207-edit 1984/12/7 京都 電化で奈良線に投入された105系 こちらは105系のオリジナルスタイル

105-1059-1031000-8412 1984/12/7 京都 クハ105-9 こちらは常磐緩行線から転用された4扉タイプ 元クハ103-1031

103-103133-101210 2010/12/10 京都 クハ103-133

使用車両の上では1984年10月1日の奈良~木津~京都間の電化でキハ17,20,35系などの時代から105系113系の時代となり、1994年にこれらの車両が撤退するとウグイス色の103系の時代となりました。また117系1991年3月のダイヤ改正から、2001年3月まで使用されました。その後は221系205系の時代となっています。221-37-6r-101210

2010/2/10 京都 NC612編成 その後、NC607編成

221-44-6r-120913 2012/9/13 京都 NC614編成 その後、4連化 NA417編成

221-44-6r-120913 2012/9/13 京都 NC615編成 当時は6連、8連化 NB804編成

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2022年4月15日 (金)

通勤電車シリーズ 205系 48 川越・八高線からの撤退

八高線八王子~高麗川間は、1996年3月16日に電化開業し、103系3000番台、3500番台、201系、209系3000番台が投入されました。埼京線開業時の1985年9月30日に電化された川越線高麗川~川越間とともに八王子~高麗川~川越間が一体で運用されるようになり、八高線は高麗川を境に南北に系統分離されました(2023/5/7文章修正)。

1033000-03500_20220419141001

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2002/1/2 拝島 103系3500番台 ハエ56編成

103系3000番台は何度も登場していますが、72系のアコモデーション改造車、3500番台は編成不足を補うために103系0番台からの改造車でした。3000番台の側扉は半自動の場合、手動開閉式だったのに対し、3500番台では押し釦開閉式でした。

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2093000-61-101231 2010/12/31 高麗川 209系3000番台 ハエ61編成

209系3000番台は八高・川越線向け単線仕様車となっており、列車交換時の長時間停車を考慮し、客用扉が通年で半自動扱い可能とされ、ドアスイッチが装備されました。

205系の改造車、3000番台は2003年より投入されました。

当初はTcMM'T'c4両編成7本が投入される予定でしたが2004年10月16日のダイヤ改正で埼京線の東京臨海高速鉄道りんかい線相互直通運転用に車両が急遽必要となった関係で改造は5編成となりました。2本分は東京臨海高速鉄道70-000形全車10両編成化に伴う編成組み替えの際に余剰となった70-000形の先頭車4両と中間車2両の計6両をJR東日本が購入し、2005年3月、中間車2両を新規に製造し、4両編成2本を組成、209系3100番台(ハエ71,72)編成としました。これら7編成の投入により、103系3000、3500番台は廃車となりました。

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それから13年、山手線にE235系が投入され、E231系500番台が中央総武緩行線に転属、E231系0番台が八高・川越線に改造の上、転属することとなり、2018年7月に205系3000番台が運用離脱・廃車、一部は富士急行に譲渡されました。また209系3000番台4本も2019年2月で運用を終えました。
さらに2022年3月のダイヤ改正ではワンマン運転が開始され、それに先立って209系3100番台も2012年12月25日に運用離脱、2022年1月9日の特別運行を以って運行を終了しました。

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2022年2月22日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 21 E231系500番台(ヤテ517~527)の山手線への投入による動き part1 ヤテ8,44,46の転出

2003年度2003年11月末までにE231系500番台がヤテ527編成までの14本が製造されました。以降、年度末までには常磐線快速用にE231系0番台が集中的に製造されています。編成表データでは2004年3月にE231系500番台が2編成追加されていますが、これは2004年度にカウントされているようです。

これらの製造に伴う205系の転出ですが、ヤテ28,29,30の3本に続いて、8,46,44,31,6,7,47,48,49,50,10,5,43といった順序で運用離脱し、これまで同様にサハ204はヤテ7までと48,50、10,5,43は編成番号と同じ車番、47は-901、49は-42が川越電車区の205系埼京線編成に組み込まれました。それにより捻出されたサハ205に関しては後日まとめて触れます。

今回の記事では4種類5編成の編成に関わったヤテ8と今後の武蔵野線転用の嚆矢となったヤテ44,46編成の転用についてみてゆこうと思います。

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 2003年度 ヤテ8,44,46編成の転出 

ヤテ8の残り10両のうち、中央のMM'-23ユニットは運転台を取り付け、南武支線用1000番台、第3編成に改造されました。ただ、編成番号はワ3ではなくワ4となりました。

2051000-4-090228

2009/2/28 八丁畷 ワ4編成
これまでの2編成とは違い、側扉の窓のサイズは小型となりました。

奇数寄りMM'-22,T-15,,16の4両は八高・川越線用3000番台、81編成に改造されました。大宮工場で改造は行われ、竣工は2003年10月29日でした。そしてもう一つのMM'-24ユニットは-3002ユニット(2003年8月23日竣工)として昨日の記事のT-55,56から改造されたクハ205/204と編成を組み82編成となりました。今回の3000番台はそれまで同線で活躍していた103系3000番台にあやかったものかと思います。

1033000-53-030505-2 2009/2/28 八王子 103系3000番台 53編成

1033000-55-020102 2002/1/2 拝島 55編成

2053000-81-180601 2018/6/1 川越 81編成

ヤテ8編成の両端先頭車は翌年度の転出編成と合わせて最終的に武蔵野線M13編成になります。具体的にはヤテ43編成由来のMM'-129 からのVVVF化改造-5025、ヤテ9編成由来のMM'-27のVVVF化改造-5026と埼京線から捻出されたサハ216,217による8連でまさに寄せ集め編成でした。

続いて44,46編成は以降の転出するヤテ編成のパターンによく見られた武蔵野線用改造で10両のうち、偶数側MM'ユニット以外の8両がそっくり武蔵野線用TcMM'TTMM'T'cの8連となり、偶数側MM'ユニットは翌年度以降の転出編成と組む形となりました。VVVF化改造はヤテ44編成が大宮工場、ヤテ46編成は郡山工場が担当し、前者が2003年10月29日、後者が2003年10月18日に竣工しています。

205-m3-090607 2009/6/7 越谷レイクタウン M3編成
山手線から6扉車とモハ1ユニットを抜き、残りのモハユニットをVVVF化改造した1号編成

205-m4-180430-2 2018/4/30 新座 M4編成

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2022年2月10日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 14 埼京線恵比寿延伸と京浜東北・根岸線からの撤退

1996年3月16日のダイヤ改正で埼京線は恵比寿まで延伸されました。

1985年9月30日に赤羽~大宮間が開業し、赤羽線に乗り入れ、池袋~大宮~川越間で運転を開始、新宿駅の貨物発着線にホームと引き上げ線1線を新設、1986年3月3日には新宿まで運転区間が伸びていました。ただ、恵比寿駅には折り返し対応の設備がなかったため、編成は大崎まで回送後、折り返していました。そのためこの延伸により、205系10両編成4本が必要となりました。

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表1 1996年3月改正、12月改正に向けた205系編成の川越電車区への転属

3本は京浜東北・根岸線に残存していた浦和電車区の80,81,82編成を転用、あとの一本は山手線山手電車区のヤテ42編成を予備車見直しにより捻出しました。かくして浦和電車区の205系配置は無くなり、1989年10月から6年半弱の京浜東北・根岸線での205系の活躍は幕を閉じました。さらに同年12月の改正で埼京線にもう一本の205系10両編成が必要となったため三鷹区のミツ20編成(本来、埼京線向けに製造されていた編成)が転属しました。この際の転属には浦和電車区から103系1編成を武蔵野線に転属、武蔵野線から201系6連2本を三鷹区に転属させるという玉突き方式が採られました。

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表2 1997年4月1日時点の山手電車区の編成表 

サハ204の連結組み合わせが2月3日の記事の状態とは変わっており、42編成の転出で-902が休車状態になりました。この11両編成52本とサハ1両の573両が2002年からのE231系500番台、山手線投入によるいわゆる「大転配」の原資となります。

三鷹区にはクハ205/204-103先頭のミツ21(元ナハ7+元ウラ5の一部)、-104先頭のミツ22、-105先頭のミツ23編成が残り、2000年度にはミツ14,15,16編成に改番されます。

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表3 1997年4月1日時点の川越電車区の編成表

本来、川越電車区に新製配置されるはずだったクハ205/204-95,-97先頭編成を取り込んだ1~25編成と浦和電車区、山手電車区からの転属組の順番で1~30に編成番号が整理されました。

205-28-141025 2014/10/25 五反田 浦和電車区より転入したハエ28編成

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2011/10/29 新大久保 山手電車区より転入したハエ30編成

205-7-120921-2 2012/9/21 浮間舟渡 三鷹電車区より転入したハエ7編成

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2022年2月 2日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 8 京葉線の全通と通称「メルヘン顔」編成の投入

1990年3月10日のダイヤ改正で三期に渡り建設工事が進められてきた京葉線、東京~蘇我間が全通となりました。1986年3月の部分開業以来、スカイブルー(青22号)の103系が投入されてきましたが、路線の延伸で輸送力を増強するためと「東京ディズニーランド」「幕張メッセ」などと相まってイメージアップのため、このタイミングで投入された205系10両編成12本はフロントマスクのスタイルもディズニーキャラクターを意識したFRP(Fiber Reinforced Plastics :繊維 強化プラスチック )成形品で覆う構造なって登場しました。 前面のライト周りと側面の帯色は赤14号(ワインレッド)なりました。

103-307-050528_20220201100401 2005/5/28 舞浜 103系 307編成

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表 京葉線本格開業に合わせて投入された205系の編成と車両番号

後部標識灯がLEDとなり、機器面では簡易モニター装置が計器盤に配置されました。ATCは設置されていないため乗務員室仕切り壁は薄く、仕切り窓も拡大されています。床面の主電動機点検蓋は廃止されました。

205-1-091025-2 2009/10/25 ケヨ1編成

103系は新製配置された205系とともに活躍を続け、2002年の205系転入でも生き残り、2005年山手線から量産先行車4本が転入した際に運用を終了しました。

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2022年2月 1日 (火)

通勤電車シリーズ 205系 7 中央・総武緩行線・京浜東北線へも投入

昨日の記事でも少し触れましたが、1988年12月5日、午前9時30分頃発生した東中野駅(下り線、大久保駅方面からのカーブ)での列車追突事故で乗客1名、追突した側の運転士1名が亡くなり、103系201系各10両編成の衝突側から最も離れた両先頭車両(ラシ336編成のクハ103-278、ミツ6編成のクハ201-3)以外の18両が衝突のショックによるテレスコーピック現象で台枠が損傷し、廃車となりました。

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表1 三鷹区への暫定新製配置

これらの車両の補充用に当時、埼京線用に製造中だった205系2編成が三鷹電車区に予定を変更し暫定配置となり、ミツ6・ミツ23編成となりました。ミツ23編成は1990年5月に三鷹区から、当初の予定通り、川越区に転属しました。

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表2 浦和区への新製配置

1989年10月には京浜東北線用にも205系が投入されることとなり、クハ205/204-104~107先頭の10両編成4本が浦和電車区に新製配置されました(ウラ1~4編成)。保安装置はATC対応でした。103系時代の塗色は東海道・山陽緩行線と同じでしたが、205系の帯色は青25号となりました。ジャンパ栓受けは車体に取り付けられました。ATC装置は転出した103系から流用され、205系用に改造され搭載されました。
1990年にさらに2編成、老朽車取り換えの名目で新製配置されました(ウラ5・6編成)。尾灯は電球からLEDに変更となり、モータの点検蓋が廃止され、ATCは新品が搭載されました。
1991年、山手線の6扉車組み込み11両編成化に伴う編成不足に対処するためウラ4編成が帯色をウグイス色に替え、ヤテ35編成として山手電車区に貸し出され、同年4月から11月までの7か月間運用されました。

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表3 浦和区からの転属、編成の解体、サハの新製

1993年2月、205系を脅かす209系の登場、京浜東北線等への新製配置でウラ1・2編成ミツ22・23編成として三鷹電車区へ転属、ウラ5編成のTMM'Tと南武線中原区のナハ7編成を合体させた編成がミツ21編成となる変化がありました。一方、ウラ5編成のTcMM'とMM'T'cは中間に最後の新製サハ205-232を挟み、カマ26編成となり、活躍の場を横浜線に移しました。ウラ5編成の先頭車を含む6両が横浜線に行ったのはATCの関係からでした。

205-21-940801-edit_202201311439011994/8/1 西荻窪 205系 21編成

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1982/1/30 中野 301系

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1982/1/30 西船橋 103系1200番台

カナリア・イエロー帯の205系の登場で同じ線を走っていた地下鉄東西線直通車両の301系103系1200番台は誤乗トラブルが相次いだため、帯色を青色に変更する事態となりました。

205-910526 1991/5/25 田町 ビデオからのキャプチャー


205-27-120107 2012/1/7 武蔵浦和 ハエ27編成←元ウラ3(80)編成 埼京線新製配置車には無いジャンパ栓受けがあるのが特徴でした。

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2022年1月28日 (金)

通勤電車シリーズ 205系 5 南武線への投入

多摩川の川原で採取した砂利を運搬する目的で川崎を起点に東京府南多摩郡稲城村までの路線として1919年5月5日付けで鉄道院に申請されたのが南武鉄道の始まりで、1920年1月29日の免許交付後、終点は立川まで延長されました。申請は上平間の村会議員秋元喜四郎が発起人代表で、免許交付後は株式会社になりますが、建設工事のための資金集めは難航しました。そんな折、浅野セメン(現在の太平洋セメント)が奥多摩から産出する石灰石の川崎の工場までの輸送ルートとして目を付け、1923年9月30日、南武鉄道株式会社の筆頭株主となりました。
1927年3月9日に川崎~登戸間、貨物線の矢向~川崎河岸間が開通、同年11月1日には登戸~大丸(現、南多摩)間、1928年12月11日には大丸 - 屋敷分(現・分倍河原)間、そして1929年12月11日に分倍河原 - 立川間を開業、全線が開通しました。1930年3月25日には支線の尻手 - 浜川崎間も開業しました。 目黒にあった競馬場の府中移転を誘致したり、稲田堤の桜や久地の梅園をPRしたのも南武鉄道の企業努力の結果だったそうです。
日中戦争から太平洋戦争に向かう時期、川崎の人口増加、軍事関連企業の集中で南武鉄道は軍需路線としての性格が強くなって行きました。さらに石灰石輸送関係から浅野財閥系の奥多摩電気鉄道、青梅電気鉄道、南武鉄道、鶴見臨港鉄道、4社間で合併も協議されますが、まず鶴見臨港鉄道が国有化され、1944年4月1日には戦時買収私鉄指定で南武鉄道が国有化されました。軍需工場が多い地域を走っている関係で南武線沿線は大戦末期連合軍機の空襲を受け、1945年11月には所属41両のうち、稼働19両という状態になりました。

79920 撮影年月日不詳 尻手 引退間近のクハ79920番台

101-830219 1983/2/19 尻手 冷房改造101系

1950年代からの高度成長期、沿線の人口は私鉄との乗換駅を中心に増加の一途をたどり、国鉄は1960年代後半に車両の6両化と全線の複線化を完了、軌道も800t貨物列車の通過に耐えられるよう強化されました。1972年から101系が投入され、1978年には旧型国電が引退しました。

205_86139_20220320084201
表 1989年3月からの南武線への新製投入

205系の次の新製投入先に選ばれたのは横浜線同様に輸送需要の急増著しい南武線でした。1989年3月11日のダイヤ改正を機にTcMM'MM'T'cの6両3編成が投入されました。クハは非ATC仕様でしたので、東海道・山陽緩行線用と同じ運転台背後のスペースが拡大し、仕切り部の窓も大型化されました。保安装置はATS-BとATS-Sが装備され、1990年にはATS-Pが実装されました。同年秋に4本、1990年夏から秋にかけて、7本、2本と計16編成が投入されました。

製造メーカーは川崎重工1社が担当しています。モハユニットでいうとなんと南武線に投入された車両だけでなく-231から-406まで、クハ-86から-149までは全て川崎重工で製造されています。

1991年、205系16編成の新製投入と103系編成の転入などで101系は一掃されました。1991年、205系第7編成が中央・総武緩行線用に三鷹電車区に転属となり、1993年2月には編成番号は1を開けて2~7に繰り下げられました。

205-2-091226 2009/12/26 尻手 上記のような事情から編成番号2となった南武線新製投入第1号編成

205-8-080329 2008/3/29 府中本町 第8編成

205-16-110508 2011/5/8 矢向 電留線で休息する第16編成

103-29-011231

2001/12/31 尻手 205系新製投入後、しばらくの間共存した103系

南武線の車両を受け持つ中原電車区には1987年4月1日時点で103系(6連14本)、101系(6連17本)が継承されました。同年度中に習志野区から101系9両が転入、103系6連1本が松戸区へ転出しました。1988年度に205系が新製配置され、3系列による運転体制となり、1989年度には全車冷房化が達成されました。1991年1月20日、川崎~立川間での101系運転が終了しましt。1992年度には量産が開始された209系6連1本が加わり、その後、しばらくは103系の微減が続き、2002年度、山手線のE231系500番台化の開始で205系が大量に転入し、2004年12月に103系は淘汰されました。

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2022年1月27日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 4 阪和線への投入、横浜線への進出

1988年春は発足から1年が過ぎようとするJR各社にとっては独自の方向性を打ち出し始めた時期であり、青函トンネル開業や瀬戸大橋の開通と日本列島が鉄道でひとつに結ばれる、当時のキャッチフレーズ「1本列島」の時期でした。

まだ早春の2月22日、JR西日本は近畿車輛が製造した205系1000番台、4両編成5本を阪和線に投入しました。国鉄時代に東海道・山陽緩行線に投入された0番台とは違いJR西日本独自で開発した車両でこの番台ならではのユニークな点がいくつかありました。この件に関しては2019年3月13日記事で触れいていますので、今回は触れません。

73-edited 1978年頃 八王子 発車を待つ東神奈川行

103-54-790923 1979/9/23 八王子 京浜東北線から転属してきたクハ103-500番台先頭の磯子行

103-54-810426 1981/4/26 橋本 ウグイス色の高運転台クハ103 54編成

東日本では山手線の205系化完了後、続いて投入されたのは横浜線でした。北関東で生産された生糸を横浜港に運搬するために建設された路線で1941年4月に全線電化されていましたが、1979年まで72系電車が走っており、京浜東北線や山手線から転属した103系が活躍する路線でした。

1988年9月29日から蒲田電車区に配置された7両編成7本が営業運転に就きました。
今回投入された車両の特徴は
(1) 前面に路線・種別表示幕の設置
(2) 側扉窓の上下寸法の拡大
(3) 保安装置はATC6(根岸線)、ATS-B(横浜線)を搭載
(4) 列車無線のアンテナが防護無線タイプに

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表 横浜線に新製投入された205系 1988年9月~1989年3月

これまでは1編成は単独メーカーの製造でしたが、車種により、あるいは2組のモハユニットが別々のメーカーによるケースも出てきました。
またMM'-230とT-145は国鉄時代からの伝統を持つ大船工場による製造です。205系ではこれら3両の他、500番台のモハユニット(2組:512、513、クハ(Tc/T'c513)の製造も担当しました。東急車輛製造から構体ブロックを購入し、工場内で艤装・内装組み立てを行うノックダウン生産方式でした。

さらに1989年2月までに18編成が投入されました。第8(H8)編成以降では側窓外側への取っ手が追加され、車外から窓の開閉が可能なように窓枠が変更されました。前面行き先表示幕に路線表示を追加した2段幕も登場しました。

205-h1-120512-2
2012/5/12 長津田 H1編成

205-h8-110925
2011/9/25 東神奈川 H8編成

1988年9月から1989年2月の僅か半年の間に205系25編成が投入され、捻出された103系は京葉線、武蔵野線へ転用され、1989年2月26日に「さよなら」運転が行われました。

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