2019年2月 2日 (土)

2018年10月の関西旅行 JR西日本編6 関西本線(亀山~加茂)

昨日の草津線に続き、関西本線です。

関西本線のうち、名古屋から亀山までの区間はJR東海、亀山以西がJR西日本で加茂からJR難波までの区間は大和路線と呼ばれています。さらに四日市から塩浜、平野から百済貨物ターミナル間はJR貨物です。今回の記事では閑散区間の亀山~加茂間について触れます。

111225 2011/12/25 亀山駅 駅名標
111225_2 2011/12/25 亀山駅 加茂方面

111225_2_2 2011/12/25 加茂駅 駅名標

私がこの区間に乗車したのは18切符で関西方面に向かう旅で、2011年12月が最初でした。思い返せば、いつも亀山や柘植から西へ向かう乗車ばかりで東向きには乗っていません。

12013_111225 2011/12/25 亀山 キハ120-13

120302_111225 2011/12/25 柘植 キハ120-302

12012_111225 2011/12/25 月ヶ瀬口 キハ120-12他

開業の歴史は草津線の記事にあるように関西鉄道が1890年2月19日に現在の草津線の三雲~柘植間が開通させたのが始まりで、同年12月25日、柘植~四日市間が開通しました。このときに四日市からは日本郵船の航路に接続しました。

1897年1月15日に柘植~上野(伊賀上野)、同年11月11日に上野~加茂間、1898年4月19日、加茂~大仏間が開業し、本線がこちらになりました。同年11月18日には加茂~新木津間が開業し、後に片町線となる網島方面と接続しました。1899年5月21日には大仏~奈良間が開業し、名古屋から奈良までが全通、1900年6月6日には既に湊町から奈良まで繋いでいた大阪鉄道が関西鉄道に路線を譲渡し、名古屋~湊町間が全通しました。

関西本線と聞けば東海道本線と並び称される幹線で米原周りの東海道に較べて、距離的にも短く、かつては名古屋から湊町まで準急「かすが」(キハ51、キハ55、キハ58、キハ65などを使用)、名古屋~京都間関西本線、草津線経由の準急「平安」、特急「あすか」(キハ82系くろしおの間合いで名古屋~東和歌山(現、和歌山)間を関西本線、阪和貨物線経由で運転)、夜行急行「大和」(東京~湊町、東和歌山)などが運転されていたこともありましたが、電化されず、単線のまま今日に至り、現在はワンマン運転のキハ120形気動車のみが1993年8月1日から運転されています。

12016_111225 2011/12/25 加茂 キハ120-16

キハ120形は新潟鐵工所製のNDCシリーズの16m級気動車で、製造時期によって番台が区分されており、
1次車
として最初に登場したのは200番台でした。1991年に8両が製造され、エンジンは250PS/2000rpmでした。車体は普通鋼製でした。座席はセミクロスシートでした。

2次車として1992年に0番台が登場、22両製造されました。車体はステンレス製、窓ガラスはユニットサッシから1枚ガラスにエンジンは330PS/2000rpmに強化されました。座席はロングシートになりました。

3次車1993年から1995年にかけて59両が製造され、300番台となりました。座席はセミクロスシートに戻されました。

関西本線で使用される車両は亀山鉄道部に所属し、0番台(7,8,11~16)の8両、300番台(301~306)の6両が配置されています。

Dsc06572 2018/10/7 柘植 キハ120-12 

Dsc06574 2018/10/7 伊賀上野 キハ120-12 山城列茶ラッピング

2019年11月までの予定で京都府の宇治茶の産地南山城村とタイアップしたラッピング車両だそうです。

沿線の特徴としては加太越(かぶとごえ)と呼ばれる加太駅~柘植駅間の25‰上り勾配のスイッチバック式の中在家信号所(1928年設置)ですが、かつては列車交換が行われ、発着線が2本、引上線が1本の構造でしたが、1998年以降、路線の実情に合わせて発着線1本引上線1本になり、現在は信号所としての機能もなくなった状態となっているようです。近畿地方には2018年3月に訪問した和歌山県の加太(かだ)もあり、いつも混乱します。

三重県が中心となって電化・複線化の要望が出されており、2004年の近畿地方交通審議会でも電化の答申は出されているそうです。

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2018年10月 8日 (月)

速報版 関西地方旅行中 3日目

関西旅行3日目、最終日です。いつものように関西から如何に名古屋に抜けるか、今回は初めて伊賀鉄道を利用することにしました。

経路と時間は

1) 近江八幡5:25 ~草津5:42
Dsc06566 また夜の明けきらぬ近江八幡駅、下り1番列車に乗車
東海道線ですから、下りなんですが、分割民営化された今では、近江八幡から京都・大阪方面に向かうのは、上りではないかという気もします。

2) 草津6:14~柘植7:05
Dsc06568 途中、貴生川駅では信楽高原鐵道の車両が入線していましたが、車両は昨日の2連とは違い、昨日庫内にいた車両でした。
柘植までは大雨でした。

3) 柘植7:10~伊賀上野7:28

Dsc06572 関西本線、亀山~加茂間はホームは立派ですが、車両はキハ120軽快気動車の2連です。まさに関西本線がかつて名古屋~大阪間のメインルートだった時代の名残なんでしょう。
名古屋から関西に抜ける際、過去に数回利用しています。草津からの列車が到着したときには亀山から既に到着済みでした。ここから、伊賀上野まではICカードは使用出来ません。伊賀上野駅の改札でカード精算して貰うことに。

4) 伊賀上野7:34~伊賀神戸8:11
Dsc06576 伊賀鉄道は関西本線に乗車した際に、伊賀上野駅のホームの端に停車しているのを再三、目撃していましたが、今回初めて乗車しました。伊賀鉄道のホームはJRのホームの一部となっているので、カード精算の際に乗車証明書が渡されました。

元は伊賀電気鉄道が伊賀上野~名張(後の西名張)間を開業し、その後、大阪電気軌道に買収され、大軌伊賀線となり、長らく近鉄伊賀線でしたが、2007年10月1日、近鉄から分離され、「公有民営」伊賀鉄道となりました。現在、活躍中の車両は元東急1000系です。

5) 伊賀神戸8:22~伊勢中川9:00  でした。

Img_1014 伊賀神戸(いがかんべ)は大阪上本町からの列車も来ていますが、伊勢中川行きとしてやって来たのは名張発の2両編成でした。

その後、青山トンネルを越えて、三重県に、近江八幡から約3時間半で三重県の伊勢中川へ
近鉄大阪線のこの区間に乗車するのは2000年代初頭に大阪から名古屋まで特急に乗車して以来でした。三重県に入ると秋晴れの良い天気でした。

Dsc06630 ここで9:04発名古屋行き急行に乗り換え、伊勢若松へ、ここから分岐している鈴鹿線で平田町まで行ってみることへ。

Img_1074 続いて、近鉄四日市へ
10月6日にデビューした2013系イベント列車「つどいの新バージョン「足湯列車」、名古屋発湯の山温泉行きを撮影Img_1144

たまたま10:50頃、髙田本山駅構内で人身事故が発生し、上下線ともダイヤがかなり乱れていましたが、近鉄富田で名古屋線、そして三岐鉄道三岐線の列車を撮影しました。
その後、名古屋から新幹線で帰京しました。

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2017年7月25日 (火)

18切符で会津若松日帰りの旅 その3 会津若松から会津鉄道に乗車

会津若松駅構内の郷土料理店「一會庵」で昼食を摂った後、12:52発の快速AIZUマウントエクスプレス6号3155D~3156D~3156~3157に乗車するため、入場しました。列車番号が多いのは、会津鉄道、野岩鉄道、東武鬼怒川線、東武日光線と線区毎に列車番号が変わるからです。

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駅構内には大きな「あかべぇ」の張りぼてがあります。

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会津地域のキャラクターたちもガラスケースに展示されていました。

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跨線橋からの眺め (南方向)
頭端式のホーム1,2番線は磐越西線、右手の3番線は磐越西線と只見線

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(北方向)
3番線には磐越西線の列車が入線中

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E1207_170721
3番線の列車、野沢行き231Dはキハ110-224+キハ120-7+キハ110-213の3連でした。

4番線には会津鉄道線AIZUマウントエクスプレス6号が入線中、5番線も会津鉄道線用、その先には電留線がありました。

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この列車は会津若松から西若松までJR只見線を走り、会津鉄道会津線に入り、会津田島からは電化区間を会津高原尾瀬口まで行きます。そこから野岩鉄道に入り、新藤原へ、そこから東武鬼怒川線に入り、下今市へ、下今市でスイッチバックして、東武日光に向かいます。東武日光着は15:54ですから、3時間2分走る列車です。

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Aizuexp6at601_170721_2

Aizuexp6at751_170721
Aizuexp6at751_170721_2 車両は新潟トランシス製軽快気動車AT-601、AT-751の2両編成です。AT600,AT650の同型、AT700, AT750の同型シリーズで601はトイレなし、751はトイレ付きの車両です。

現在、会津鉄道会津線となっている路線は当初、軽便鉄道法により計画され、国鉄会津線として1927年11月1日に西若松~上三寄(現在の芦ノ牧温泉)間で開業しました。1932年12月22日には湯野上まで、1934年12月27日、会津田島まで開業しました。1947年12月12日、荒海まで延伸、1953年11月8日、会津滝ノ原まで延伸、1986年10月9日に会津滝ノ原駅は会津高原に駅名が変更されました。同駅はさらに2006年3月18日に会津高原尾瀬口に改称されました。

国鉄民営化で西若松~会津高原間57.4kmはJR東日本に承継されますが、1987年7月16日、第一種鉄道事業は廃止となり、会津鉄道が第一種鉄道事業者となりました。

会津線は現在、只見線と呼ばれている路線が全通する前、会津若松~只見間も会津線と呼ばれており、むしろこちらが本線格でした。

1990年10月12日、会津田島~会津高原間はDC1500Vで電化され、東武鉄道・野岩鉄道と相互直通運転が開始されました。

AIZUマウントエクスプレスに関しては名鉄が特急「北アルプス」で使用していたキハ8500系を使用して2002年3月23日のダイヤ改正で会津若松~会津田島間で運行開始しました。

2003年10月4日には土休日、喜多方への延長運転を開始、2005年3月1日、東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅への乗り入れを開始しました。2005年12月20日AT600/AT650形の営業運転を開始。

2006年3月18日、快速「AIZU尾瀬エクスプレス」が運行開始、2010年5月30日、キハ8500系は引退し、AT-700/AT-750形に交替しました。2012年3月17日、東武日光駅まで乗り入れを開始しました。2013年3月16日のダイヤ改正で快速「AIZU尾瀬エクスプレス」は廃止されました。

本来、AT600/AT650形に対してAIZU尾瀬エクスプレス、8500系、AT-700/750形に対してAIZUマウントエクスプレスという愛称が与えられましたが、現在は列車の愛称となっています。

快速AIZUマウントエクスプレス6号の停車駅は

会津若松~会津田島間の各駅、会津高原尾瀬口、上三依塩原温泉口、中三依温泉~下今市の各駅、上今市、東武日光です。

明日の記事では車内の様子と、車窓風景を紹介します。

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2015年8月 7日 (金)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その4

木次線の終着駅、備後落合駅はかつては急行「ちどり」の機関車付け替え、分割併合、スイッチバックなどで運転上重要なターミナルとしての機能を持ち,多くの職員が常駐した駅でしたが,現在は新見駅管理の無人駅となっています。

ちょうど、岡山支社・米子支社・広島支社の境界となっており、私が乗った1449Dが到着した1422頃は,同駅に3方向から列車のやってくるゴールデンタイムでした。

120206_150803 キハ120-206 1449Dとして宍道から到着、折り返し1462Dとして1444 宍道に

120335_150803 キハ120-335 443Dとして新見から1424に到着、折り返し1434 444Dで新見に

12017_150803 キハ120-17 最後に1431 三次から356Dとして到着、1438 359Dとして三次に折り返す

といったように、木次線と芸備線の列車が集まる時間でした。3両とも枝番、塗装が異なるのも興味深いです。

150803 因みに、これから乗る芸備線備中神代方面、新見までの区間も超過疎路線で、新見まで全区間を走る列車は1日3本、新見~東城間3本という頻度でした。

芸備線の歴史には「芸備鉄道」「庄原線」「三神線」という名称が登場します。

芸備鉄道が1915年4月28日、東広島~志和地間を開業し、同年6月1日には三次(現在の西三次)まで延伸しました。1920年7月15日には東広島~広島間が貨物線として開業し、国鉄広島駅まで乗り入れしました。1922年6月7日、三次~塩町間が開業、1923年12月8日、塩町~備後庄原駅間が開業しました。1930年1月1日、十日市駅(現在の三次駅)が開業しています。

1933年6月1日、備後十日市駅~備後庄原駅間は国有化され庄原線となりました。1934年1月1日、塩町駅が神杉駅に、田幸駅が塩町駅に改称、同年3月15日、備後庄原~備後西城間が開業、1935年12月20日、備後西城~備後落合間が開業となります。

一方、1930年2月10日、国有鉄道三神線として、備中神代~八神駅間が開業、同年11月25日、八神~東城駅間が延伸開業しました。1935年6月15日、東城駅~小奴可駅間が開業、1936年10月10日、小奴可~備後落合駅間が開業し、庄原線を編入しました。

1937年7月1日、芸備鉄道の広島~備後十日市間を国有化、三神線が芸備線に改称されました。

線名的には備中神代~備後落合間ですが、この区間を走る列車はすべて新見発着となっています。備後落合を出た列車は25‰の急勾配を上り、道後山駅の先で芸備線の最高地点を通過します。地図を見ると線路は山地を避けて大きく迂回しているのが分かります。

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東城駅までの間、成羽川に沿って列車は走り、東城駅 - 野馳駅間の大竹山トンネルで広島県から岡山県に入ります。

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木次線には出雲坂根駅がありましたが、こちらは岡山県の坂根駅(備中坂根)駅でしょうか。この辺では日本古来の製鋼法,砂鉄から和鋼を製造する「たたら吹き」が行われていたそうです。今回の旅行では訪問出来ませんでしたが,安来に和鋼博物館があり、我が国における製鉄の歴史が紹介されおり、またD51488号機も保存されているようですので、またの機会に是非訪問したく思います、

坂根駅から先は平坦路線となり、
150803_4
備中神代で伯備線と合流します。

150803_5駅側から倉敷方面

150803_2_2 トンネル側から駅方向

伯備線と芸備線の分岐はこのように、倉敷からやってくるとトンネルを出てすぐに芸備線の分岐ポイントがあり、その直後に備中神代駅行き違いのポイントがあります。

150803_6
備中神代と新見の間に布原という駅がありますが、この駅は伯備線上にあるものの、伯備線の列車は客扱いせず,芸備線の列車のみが停車する駅です。伯備線の各駅停車が行き違いのため運転停車することがあります。

130321
新見駅伯備線ホームの駅名標は隣駅が備中神代 2013/3/21

130321_2
新見駅芸備線・姫新線ホームの駅名標では隣駅が布原 2013/3/21

120335_150803_2 1434に備後落合を出発した444Dは1558 新見に到着しました。51kmの旅程でした。

新見駅には2013年3月、姫新線に乗車した際に到着しており,今回2度目の訪問となりました。伯備線列車との20数分の接続待ちの間、駅前を少し散策してみました(次の記事に続く)。

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2015年8月 6日 (木)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その3

木次線は簸上(ひるがみ)鉄道が宍道~木次間を1916年10月11日に開業し、後に鉄道省によって南方に延伸し、芸備線と備後落合で接続することで、1937年12月12日に全通した路線です。
1950年代から1990年代にかけては広島~松江間を結ぶ急行「ちどり」などの優等列車が運転されていましたが、道路整備の進展と自家用車・高速バスの隆盛に押されて、1990年代以降、陰陽連絡線としての役割は失われてしまったようです。保守点検の合理化を目的とした25km/hの速度制限区間があるのもこの路線の特徴とのことです。管轄は宍道駅が米子支社、備後落合駅が岡山支社でそれら以外は米子支社木次鉄道部です。

(急行「ちどり」に関しては8月4日に松江の北公園に保存されているC56131号機を見学しましたが、「ちどり」のHMを付けていました。)

昨日の記事では宍道発備後落合行きの列車は1日1本と書きましたが、木次から652, 1504発の列車が備後落合まで行っており,スイッチバックを越える定期列車は1日に3往復です。

また、中国地方きっての山岳路線であり、豪雨・豪雪での運休もしばしばあり、冬の豪雪では2005年度に出雲横田~備後落合間が2005/12/22-2006/3/29まで、2011年度は1/4-3/29、2013年度は12/28-3/22が積雪を理由に運休となり、夏場の豪雨でも、2006/7/20-7/27に運休となっています。

現在は国道314号が整備され,出雲横田~備後落合間は大雨・大雪の際にはタクシーによる代行輸送が頻繁に行われています。保線に費用を投じるよりも代行輸送の方が費用がかからないといった現実もあるようです。国鉄末期の廃線が盛んに行われた頃は,「沿線道路が未整備」という理由で廃線になりませんでしたが、昨今の現状は廃線になってもおかしくない状況ですが、廃線提案が浮上しないのは観光資源としての価値が見いだされてきているのかも知れません。私も,テレビの鉄道番組「全国百線鉄道の旅」や「鉄道絶景の旅」で木次線の3段スイッチバックが紹介されるのを観ていまして,今回乗ってみようと思いついた次第でした。

150803
JR西日本が観光として力を入れているのが、昨日の記事にも登場した「奥出雲おろち」号で通常(6月から9月の金土)は木次発1007備後落合着1224、備後落合発1245木次着1502で往復しており、日曜日や祝日は出雲市発845で片道直通運転されています。

1_150803
出雲坂根の駅から先、直進は出来ずここが最初の折り返し点になり、運転士は反対側の運転席に移動します。

150803_2
出雲坂根を発車した列車はシーザース・クロッシングを渡り、2段目の線路へ

150803_3
しばらく上ると3段目線路との切り替えポイントが,ポイントは豪雪から守るためスノーシェッドに覆われています。

2_150803
2段目の行き止まり  この構造のため、列車の編成長は行き止まり部分から,ポイント部分までの有効長に制限されます。勾配は30‰だそうです。

23_150803
先ほどのポイントが切り替わった後、3段目に進入
3段スイッチバックはJR九州の立野(阿蘇の外輪山越え)でも経験していますが、JR西日本では唯一のもので大変興味深い眺めでした。

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出雲三成を出たあたりで車窓から見えた「おろちループ」の案内看板

150803_5
平行する国道314号の方はこの高低差をループ線で行き来しています。

314_150803
列車は少しすると見晴らしの良い区間に出て,平行する道路のループ橋などが見えてきます。運転士さんが気を効かせて,減速してくれました。

この後、第八坂根トンネルがサミットで、次の三井野原駅がJR西日本では最も標高の高い駅だそうで、木次線宍道駅との標高差は722mだそうです。

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1422 終点の備後落合に到着です。宍道を1121に出発して,3時間1分かけて、81.9km走って来ました。

150803_7 備後落合駅名標と木次線列車 2015/8/3

備後落合から先は,来た路を戻るか,別ルートが思案したのですが、ここから芸備線で新見へ、新見から伯備線で米子へとのルートも接続が比較的良いのでそちらを選択しました。(次回の記事へ)

なお、木次線の沿線の様子は「咲子の奥出雲 山里だより」の記事に木次線の歴史とともに、奥出雲町内7駅が紹介されており、大変素晴らしい記事です。2010年7月17日の記事ですが,大変参考になりました。

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2015年8月 5日 (水)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その2

2015年8月3日、出雲市発1041の132Dで宍道へ

47_31_150803
132Dはタラコ色キハ47の2連でした。

120206_150803
木次線列車 キハ120-206+207

1121発の備後落合行きで2連ですが、後は回送で乗車できるのは前1両です。

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現行の木次線宍道駅発車時刻表 このうち、備後落合まで行く列車は1121発1本のみで、0729, 0910, 1357, 1708, 1845, 2111発は木次止まり、1600, 1802発は出雲横田止まりです。宍道発で3段スイッチバックを超える定期列車は1日1往復のみです。

出発して最初から勾配はきついようで、エンジンのうなり音が結構大きく感じました。

150803_5
出発後、1時間20分程で、亀嵩駅に 松本清張の「砂の器」に登場する地名ですね。

120207_150803
1252に出雲横田に到着、回送で連結してきたキハ120-207を切り離し、運転士は木次で交代した際に2名乗務し、1名が備後落合へ、一名は回送で来た車両を運転して上り列車として木次方面へといった仕業のようです。備後落合方面は1307出発

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出雲横手駅は駅舎やこのしめ縄などが特徴的です。

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三段スイッチバックの出雲坂根駅

この駅では木次線で運転されるトロッコ列車「奥出雲おろち号のイベント駅のような感じでした。

De10_1161_150803 12系客車を改造したトロッコ列車を牽引するDE10 1161 2015/8/3 出雲坂根

そして、私が乗車した定期列車とトロッコ列車「奥出雲おろち号」がこの駅で交換となりました。

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スイッチバックの推進運転に備えて簡易運転台が装備されているトロッコ客車

トロッコ列車を見送った後、いよいよ三段スイッチバックに進入します。 その3へ続く

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2015年8月 4日 (火)

速報版 2015夏の旅行 広島・山口・島根編 3日目 その1

旅程3日目は、当初この旅行を計画した際に、「山陰トワイライトEXP」が下関から大阪に戻る日であることも分かっており、益田から3泊目の宿泊地である出雲市への移動とトワイライトのスケジュールがうまく合えばということで、最初からスケジュールは空白にしておいてありました。

しかし、昨日、東萩駅で「山陰トワイライトEXP」上りのスケジュールを聞くと、14:00に到着、17:47に出発とのことでした。益田からまた萩まで戻って撮影すべきか、あるいは無視するか考えた結果、後者を選択しました。

時刻表を調べると、益田を朝1番に出る上り列車、0539発 浜田まで340D、浜田から出雲市322Dは0850に出雲市に到着、出雲市ではこの後、1時間の間に「スーパーまつかぜ」「アクアライナー」東京からの「サンライズ出雲」岡山からの「やくも」などが続々到着する撮影向きゴールデンタイムになることが分かりました。

さらに、1041発米子行き132Dで宍道まで行き、木次線列車に乗ると、三段スイッチバック越えをして、備後落合、さらに芸備線で新見へ、そして伯備線で米子から出雲市に戻ってくるとちょうど一日がかりの乗り鉄の旅が味わえることが分かりました。

ということで、3日目は朝の5時台から夜8時前まで、ほぼ15時間鉄道とべったりの一日になりました。

150803 5時39分発、出雲市行き一番列車の出発案内 益田駅改札口

150803_2
しかし、駅の営業開始は列車発車後の5時40分からとの案内が

事務所に人影はあるものの、ノックしても返事が無いので、運転士さんに18切符使用開始のサインをして貰い、乗車
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列車はバスのようなキハ120 300番台2連 

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早朝の益田駅に停まっていた石見キャラクターズトレインSP 2015/8/3

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途中、漁港の街、浜田、江津、石見銀山の世界遺産認定で賑わう大田市などを通り、その度に乗客が入れ替わり、0850 定刻に出雲市に到着

出雲市は1977年3月以来ですが、ホームは高架になり、随分雰囲気が変わりました。

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1261005_150803
こちらも実物を見るまで存在すら知りませんでしたが、キハ126系 JR西日本が山陰線高速化のために開発した車両で、「アクアライナー」などに米子~益田間で投入されているそうです。詳細版でしっかりと勉強致します。

285_150803
ブルートレイン「出雲」「瀬戸」の伝統を引き継ぎ、近い将来、我が国唯一の夜行列車として残る285系「サンライズ出雲」が定刻に到着

381_150803
数分後に岡山からの381系「やくも」も到着

サンライズ出雲の285系編成は随分長い時間ホームに停車していたので、一両一両記録することが出来ました。

この後、数駅先の宍道まで行き、そこから木次線列車に乗りました。

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2013年2月 2日 (土)

1981/11 北陸へ 9 気動車

1981年11月の北陸旅行、最終回は気動車急行やローカルDCの写真をアップします。

最初は、七尾線関連のDC急行です。

1981年当時は能登半島北部の輪島駅までが七尾線で金沢駅から直通のDC急行が多数運行されていました。例えばRailArtのサイトに詳細なデータがあり、1980年の時刻表では金沢発の「能登路」が9往復+臨時1往復さらに「ゆのはな」が出ており、輪島行きと穴水で分離される蛸島行きが併結されて走っていました。

それらの列車は金沢駅のDC専用ホームから見附島(別名 軍艦島)絵入りのHMを装着して発車しておりました。
58_811126
58_811126_3
同線は1991年に和倉温泉駅以南が電化され、非電化のままとなった和倉温泉駅 - 輪島駅間はのと鉄道に移管されました。また、七尾駅 - 和倉温泉駅間 (5.1km) は、のと鉄道を第二種鉄道事業者とし、特急列車はJR西日本が、普通列車はのと鉄道が運行しています。なお、和倉温泉駅以北ののと鉄道七尾線はJR西日本が第三種鉄道事業者、のと鉄道が第二種鉄道事業者である。また、七尾駅 - 七尾港駅間の貨物支線も存在したが、民営化前に廃止されています。

津幡駅で北陸本線と接続していますか、宝達駅付近で天井川をくぐるトンネルの絶縁の問題などを考慮し、交流電化の北陸本線とは異なる直流電化とされ、北陸本線との接続地点付近にデッドセクションが設けられました。よって全列車が交直流電車で運転されています。

415800_c11_080905_3
2008年9月に金沢駅で撮影した七尾線の車輌ですが、415系800番台を名乗っていますが、新製ではなく、もともと網干区、日根野区にいた113系に北近畿などに使用されていた485系を直流専用の183系に改造するにあたって捻出された交直両用機器を搭載して415系に改造したものですね。

2014年度の北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間の開業により、並行在来線区間にあたる北陸本線金沢駅 - 直江津駅間は経営分離されることが確定していますが、並行在来線にあたらない七尾線は経営分離の対象とはならず、新幹線開業後も引き続きJR西日本が運営することになっているそうです。

一方、富山では高山線で活躍していたと思われるキハ25やキハ48といった気動車を撮影しておりました。

25_8111
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1981/11/25
120350_110529
富山駅で撮影したキハ120-350による高山本線の気動車 2011/5/29

現在の高山本線ではキハ120形がメインに活躍しております。

<キハ120形>について

JR西日本の地方交通線向け標準型気動車として、1991年に製造が開始され形式です。

ローカル線区で運用されていたキハ20系・キハ35系・キハ45系などの老朽化対策(置換え)や、線区の活性化を図るため地方交通線を中心に投入した気動車です。代替対象となったキハ58系などに対し、基本設計が新しいため省力化や投入線区のスピードアップなどに寄与した反面、キハ120形自体が従来車より小型車体である上に編成両数が削減されたため、着席率の低下や混雑率の上昇を招きました。

新潟鐵工所の地方鉄道向け車両「NDCシリーズ」を元にしており、200番台とほぼ同形式の松浦鉄道MR-100形をモデルに開発され、新潟鐵工所およびJR西日本の後藤車両所(現在の後藤総合車両所)で製造されました。ワンマン運転にも対応しています。

1次車として製造された200番台のみが車体幅 2,700 mm の普通鋼製車体で、のちに製造された0番台・300番台が車体幅 2,800 mm のステンレス製車体(車体前面は普通鋼製)です。全長 16.3 m の両運転台の車両で、出入り口は片側2か所にバス用の2枚折り戸が採用されています。このほか、冷房装置にはバス用の汎用品を使用しています。新潟鐵工所のほか、自社の後藤総合車両所でもライセンス生産されました。

エンジンはコマツ製SA6D125-H1形を搭載しているが、200番台は250PS/2,000rpm、0番台・300番台は330PS/2,000rpmとなっています。

変速機は直結2段式で、運転台の主幹制御器は横軸式とされたが、操作部自体は従来車両と同一品が採用されています。国鉄キハ32形気動車に類似しています。0番台の主幹制御器は221系電車に準じた前後操作式とされましたが、ブレーキハンドルは200番台と同一の着脱可能な構造です。

富山地域鉄道部富山運転センターに300番台14両が配置されています。

(以上、Wikipediaの記事を参考にしました)。

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2012年12月 9日 (日)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 3 山陰の特急「おき」

今回は特急「おき」について触れたく思います。

「おき」は全く別の線区を走行する2つの特急列車に付けられた愛称で、

最初は1968年に大阪と山陰地方を結ぶ急行列車に「だいせん」の列車名が使用されることになったことから、伯備線経由の「だいせん」は「おき」に改称され、1969年には相生駅 - 東岡山駅間も山陽本線経由に改められました。

1971年に「おき」は特急列車化の上、新大阪駅 - 出雲市駅間に運転区間が変更され、初めて伯備線で特急列車が運転されることにないました。これはキハ181系の慣らし運転を兼ねる列車であったが、伯備線経由の特急列車は「やくも」とされたため、わすが1年で廃止されました。

車輌はすべて新製配置で

キハ181     25,26,27,28,29,30
キハ180           32,33,34,35,36, 37,38,39,40,41,50,51,52,53,54
キロ180           8, 9,10
キサシ180        8, 9, 10

DcDDsTdDDDDDDc×2 所要2
おき(1)(臨時+1)
 出雲市11301734新大阪2256614松江
 新大阪11331736出雲市‥松江2314542新大阪

Dc×2 D×3 Ds×1 Td×1

続いて

1975年3月10日に山陽新幹線岡山駅 - 博多駅間が開業した際に、山陰地方西部と新たに山陽新幹線の停車駅となった小郡駅(現在の新山口駅)を結ぶ新幹線連絡列車として、鳥取駅・米子駅 - 小郡駅間で特急「おき」として運転を開始しました。それまで山口線の優等列車は、山陰地方の西部から山口線経由で九州北部を結ぶ急行列車が運行されていましたが、これの系統整理により誕生した山口線初の特急列車でもあります。

80系の担当は大ムコでした。

DcDsDdDDDDc×3 所要2
まつかぜ(1)
 大阪8002050博多
 博多8152117新大阪

DcDsDDDDc×11 所要10(臨時+1)
まつかぜ(1,付属1)、あさしお(4)、はまかぜ(2)(臨時+1)、おき(3)
 京都8521226城崎12551547京都16332159米子
 米子6001057小郡15092013米子
 米子7001222京都13081556城崎16272000京都
 京都9201352倉吉14141853京都
 大阪8001210鳥取12441707大阪18002222鳥取
 鳥取6201049大阪12101630鳥取17002117新大阪
 新大阪9251516米子16032109小郡
 小郡12181847鳥取
 鳥取7211402小郡
 小郡9051400米子14302024新大阪
 新大阪10051339城崎16372012新大阪

DDDc×4 所要3
あさしお(付属4)
 京都8521226城崎12551547京都16332159米子
 米子7001222京都13081556城崎16272000京都
 京都9201352倉吉14141853京都

Dc×3 Ds×2 Dd×10

1976年10月1日:特急「おき」の使用車両が、キハ80系からキハ181系に変更。その内の1往復に関してはグリーン車が非連結となりました。

DcDDsDDDc×3 所要2
おき(2)
 米子6001057小郡12181847鳥取
 鳥取7211402小郡15092013米子

DcDDDDDc×2 所要1
おき(1)
 小郡9051400米子16032109小郡

Dc×2 Ds×1

1978年10月2日:松江駅高架化工事に伴い、「おき」の1往復が出雲市駅発着に変更。

DcDDsDDDc×3 所要2
おき(2)
 米子6001058小郡12151848鳥取
 鳥取7251403小郡15082013米子

DcDDDDDc×2 所要1
おき(1)
 小郡9051255出雲市15101903小郡

Dc×3 D×2 Ds×1

1982年7月1日:この日に実施された伯備線および山陰本線知井宮電化によるダイヤ改正により、「おき」は多客期を除きグリーン車の連結が廃止。

DcDDDDc×5 所要3
おき(3)
 米子6001059小郡12151849鳥取
 鳥取7251406小郡15052013米子
 小郡9051303出雲市15151911小郡

Dc×3 D×3

1985年3月14日:「おき」の全列車が小郡駅 - 米子駅間の運転に統一される。

米子区の担当に

DcDDDsDDc×3 所要2
まつかぜ(1)、はまかぜ(1)
 米子10101602大阪17502221鳥取
 鳥取6401056大阪12001737米子

DcDDDc×5 所要4
おき(2)、いそかぜ(1)
 米子12001901博多
 博多8201530米子
 米子9281422小郡15082007米子
 米子6301121小郡12081711米子

D×1 Ds×1 Td×7

1989年3月11日:「おき」の上り1本が下関駅始発(山陽本線・山口線経由)になる。

1994年12月3日:多客期のグリーン車連結を廃止。

1996年3月16日:「おき」の1往復を鳥取駅まで延長運転する(鳥取駅 - 小郡駅間下り1本、鳥取駅 - 下関駅間上り1本、米子駅 - 小郡駅間2往復)。

1997年3月22日:「おき」の下関駅始発が廃止。全列車が小郡駅発着になる(鳥取駅 - 小郡駅間1往復、米子駅 - 小郡駅間2往復)。

2001年7月7日:「おき」の使用車両がキハ187系に変更され、名称が「スーパーおき」に変更。全列車が米子駅 - 小郡駅間(3往復)の運転になる。

2003年10月1日:「スーパーおき」下り2本、上り1本が鳥取駅発着に変更され、鳥取駅 - 新山口駅間下り2本・上り1本、米子駅 - 新山口駅間下り1本・上り2本になる。

2005年キハ181系による臨時「おき」の運用が終了。以降は車両増結で対応することになる。(以上、Wikipediaの特急おきに関する記事を参考に纏めています)。

今回、ご紹介するのは後者の山口線初の特急の方で、1977年当時はキハ181系による運行でした。

181_770315_2_2
181_770315_1
この2枚は3月15日の午後、玉造温泉駅のそばで撮った数ショットのうちの2枚ですが、
http://w01.tp1.jp/~a073009361/JIKOKU/limexp77/oki.htm のサイトの時刻表で調べると下り3号1025Dと上り2号1024Dが16:41分頃にこの駅で交換していたことが分かります。

181_770316
181_770316_2
この写真は、3月16日に玉造温泉から下り2号1023Dに乗車して、特急の交換待ちで長時間停車と言うことで降りて、何が来るかと待ったら上り「やくも」との交換だったものですが、1977年6月の時刻表では1023Dと交換する「やくも」はなく、春の延長運転(益田発?)の臨時列車だったのかも知れません。駅は温泉津ではないかと思います。

18117_770316

18117_770316_2b
小郡到着後、撮ったショットです。山陽本線の80系が横に停まっています。山陰本線、山口線と非電化区間から山陽本線に出てくるとなぜかほっとした気分になるのはなぜなのかと思いますが、いつも味わう気分です。

<追記>
12/22に小倉方面に旅行した際に新山口駅にも立ち寄って今の様子を記録して参りました。

187_121222
果たして特急列車としての風格があるのかどうか多少疑問を感じるキハ187系

187_121222_2
サイドにはシンボルマークでしょうか?
187_121222_3
見方によっては英国の気動車にも似たタイプがあるような?

「おき」は「スーパーおき」と名前を改め、キハ187系3連で運行されておりました。ホームはSL山口号が発着する1番線からの発着でした。小郡から新山口に代わって年月もかなりすぎましたが、駅東方の機関区のあったあたりの風景は昔のままでした。

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