2017年8月16日 (水)

名古屋~南紀を結んだ特急列車 その1 寝台特急「紀伊」

今回の愛知・三重旅行では久しぶりにキハ85系特急「南紀」にも逢うことが出来ました。名古屋に出入りする特急として、キハ81形先頭時代の「くろしお」(名古屋側天王寺側)やキハ82形先頭時代の「ひだ」には過去の記事で触れていますが、寝台特急「紀伊」や昼行特急「南紀」については触れていないので、この機会に振り返ってみようと思います。

紀勢本線、亀山~和歌山市間の全通は幹線の中ではかなり遅い1959年でした。

170805 2017/8/5 亀山駅の紀勢本線ゼロキロポスト

亀山側から、多気(開業時は相可(おうか))、宮川までは関西鉄道・参宮鉄道1893年12月31日までに開通させています。1907年はこれらの会社は国有化され、1909年に山田(現在の伊勢市)まで延伸しています。そして亀山から山田までの線名は参宮線になりました。

170805_2 2017/8/5 多気駅
直進するのが伊勢市、鳥羽へ向かう参宮線、右が紀勢本線

相可駅が相可口に改称され、紀伊半島を回る紀勢東線として、延伸を始めたのは1923年3月20日の栃原までの開業で、その後、川添、三瀬谷、滝原、伊勢柏崎、大内山、紀伊長島、三野瀬、尾鷲、九鬼、三木里まで延伸したのが1958年4月23日でした。

一方、勝浦からは新宮鉄道1912年12月4日に勝浦~三輪崎間を開業、1913年3月1日には新宮まで延伸し、新宮~紀伊勝浦間が紀勢中線になりました。1935年7月18日、紀伊勝浦~下里、1936年12月11日には下里~串本間が開業します。1940年8月6日には、新宮~紀伊木本(現在の熊野市)まで延伸します。

紀勢西線は現在の紀和駅である初代和歌山駅から東和歌山~簑島間が開業したのが1924年2月28日、紀伊宮原、藤並、紀伊湯浅、紀伊由良、御坊、印南、南部、紀伊田辺、紀伊冨田、紀伊椿、周参見、江住、串本と1940年8月8日までに延伸し、紀勢中線を編入しました。1956年4月1日、紀伊木本~新鹿間が延伸されます。

170805_2_2 現在、多気駅の隣の駅が相可駅を名乗っています。

そして。1959年7月15日、三木里~新鹿間が開業し、全通となりました。このときに、相可口は多気に、紀伊木本は熊野市に改称され、亀山~(初代)和歌山間が紀勢本線となりました。

Ef58_5_751009 1975/10 湯河原の大カーブを行く遅れの「いなば・紀伊」
絶好のロケーション、しかも牽引機は浜松の鋳鋼先台車付き5号機なのにタイミングをミスりました。

特急列車の登場は1965年3月1日、天王寺~名古屋間でキハ82形先頭の「くろしお」の運転が開始されます。1972年10月2日、日本海縦貫線電化完成で特急「いなほ」が電車化され、キハ81形が東北の地を離れ、天ワカに転属となり、名古屋1D,2D「くろしお」もキハ81形先頭になります。1973年9月1日、伊勢線開業で「くろしお」は伊勢線経由となります。

14_7603 1976/3 紀伊勝浦

14_7603_2 1976/3 東京

奈良、和歌山家族旅行の帰り、紀伊勝浦から東京まで寝台特急「紀伊」に乗車しました。

Ef58_155_750328
名古屋からの牽引機は155号機でした。

75年3月5日急行「高千穂・桜島」で下関まで行った際にもお世話になった機関車でした。

1975年3月10日、「紀伊」が出雲市までの「いなば」と併結で14系寝台特急(東京~紀伊勝浦)として登場します。

急行「紀伊」は1968年10月1日の改正で東京~紀伊勝浦、鳥羽・王寺(奈良~王寺間は普通列車)として登場した急行(それまでの「大和」、「伊勢」、「那智」を統合)で、東京~名古屋間は「出雲2,3号」と併結でした。1972年3月15日の改正で、亀山~王寺、多気~鳥羽間が廃止され、東京~名古屋間は「銀河1号」と併結運転になりました。

14_790706_2

1978年10月2日の改正で「くろしお」が新宮で系統分離され、名古屋~新宮間は廃止されます。その代わりに登場したのが「南紀」で名古屋~紀伊勝浦間、伊勢線経由で3往復運転されました。1984年2月1日のダイヤ改正で「紀伊」が廃止されます。

「紀伊」は84年2月に廃止されたため、寝台客車のテールマークは絵入りになったものの、機関車のHMは付けられないまま終焉を迎えた列車です。ただ、非電化区間の牽引機DD51には紀伊の引退を惜しんでこのマークから作製されたHMが掲出されたそうです。

紀伊の場合、営業キロが621kmと短く、夜行列車で行くよりも新幹線と「南紀」や近鉄特急で伊勢志摩への方が需要が大きかったのかと思われます。

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2017年8月 4日 (金)

18切符2日目の旅 下今市から東武ワールドスクウェア駅へ 8 SL C11 207「大樹」試運転の様子その4 14系座席車について

SL C11 207大樹号牽引列車には3両の14系座席車が連結されています。

143_170724 2017/7/24 下今市

東武鉄道は今回のSL運転開始に合わせて、
JR四国から スハフ14 1, 5 オハフ15 1, オハ14 1, オロ12 5, 10  の6両
JR北海道から オハ14 504, 505 スハフ14 501, 508 の4両 を譲渡されています。

JR四国からの車両は分割民営化に際して、国鉄からJR旅客会社に14系座席車が承継されましたが、JR四国だけはありませんでした。2005年5月JR東海が所有していた車両がJR四国に譲渡され、高松運転所に配置されていたもので、2016年3月31日付けで除籍(廃車)になったものを東武鉄道が譲渡を受けたものです。

オハ14 1 1972/9/30 新潟 秋田 美濃太田 
スハフ14  1  1972/9/30 新潟 秋田 美濃太田
スハフ14 5 1972/11/20 富士 秋田 美濃太田
オハフ15 1 1972/9/30 新潟 秋田 美濃太田 
オロ12 5  1988/4/19 多度津 高松 高知 ムーンライト高知用
オロ12 10 1988/6/14 多度津 高松 高知 ムーンライト高知用

2016年9月28日 多度津駅を出発して、熊谷貨物ターミナルへ、ここから昨日のDE10と同様のルートで南栗橋車両管区へ

143_170724_2

JR北海道の500番台は国鉄時代の1981年、北海道の急行列車で使われていた旧形客車の置き換えのため、本州内の急行列車廃止で余剰になっていた本系列に暖房強化や空気圧縮機の大型化、これに伴いスハフ14形1両当たり自車を含めた6両から4両給電に変更、冬季の着雪・凍結対策として折戸であった客用扉の引戸化など道内向け改造を施した番台区分です。

当初から、荷物車、郵便車、寝台車(当初は10系寝台車)などの旧形客車との併結が前提であったため、12系客車と同じく機関車からの暖房用蒸気を旧形客車に送るための、暖房用蒸気の引通管が新たに設けられた。オハ14 501 - 539・スハフ14 501 - 509が改造されました。

4両給電化によってスハフ14形の所要両数が増えて種車となるスハフ14形が不足するため、オハフ15形をスハフ14形に改造の上充当しています。上記の道内向け改造に加え、電源用ディーゼル発電セットの取付が行なわれました。この改造によりスハフ14形に編入された車両の番台区分は550番台の551 - 561となりました。

以上が2017年8月10日から運転されるC11207「大樹」牽引列車の紹介です。

本運転が始まったらどこかのタイミングで撮影に行こうと思います。

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2017年8月 2日 (水)

18切符2日目の旅 下今市から東武ワールドスクウェア駅へ 6 SL C11 207「大樹」試運転の様子その2

東武ワールドスクウェア駅を一通り、観察し、早めの昼食を済ませた後、11:46発の316列車で下今市に引き返し、先に戻っていたSL「大樹」牽引列車の見学をしました。

170724
170724_2
下今市駅の駅名標、観光案内もクラッシックなタイプになっています。

既にC11207号機は方向転換を終え、機関庫の中にいました。DE101999号機がちょうど方向転換中でした。

C11207号機の履歴については、2017年1月11日の東武ファンフェスタ2016その1の記事で触れました。JR北海道で復活後、SL冬の湿原号などでも活躍しましたが、財政上の問題、機関士確保の問題、動輪軸受け発熱トラブルなどから、東武鉄道のSL運行開始に備えて借り受けることとなり、この地にやって来ました。

C11_2078634_170724
庫からお出ましになり、

C11_2078634_170724_2
C11_2078634_170724_3
タンク機のC11ならばヨを連結したままで転車台に乗ってしまいます。

C11_2078634_170724_4
そのまま通り抜け、

C11_2078634_170724_5
引き上げ線に入り、転線して客車編成の前に

C11_2078634_170724_6
C11_2078634_170724_7
13:00の大樹3号の運転に向けて準備OKとなりました。
本番では客車はホームに据え付けられるのでこういったシーンは試運転時のみかと思います。

0_170724
ちなみに鬼怒川線のゼロキロポストは下今市駅構内にあります。

明日の記事ではサポート役のDE10 1099号機について触れます。

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2017年8月 1日 (火)

18切符2日目の旅 下今市から東武ワールドスクウェア駅へ 5 SL C11 207「大樹」試運転の様子その1

SL[大樹」の名前の由来は日光東照宮の将軍の別称・尊称が大樹であり、大きな樹は東京スカイツリーを連想させるとのことです。

                「大樹」(たいじゅ)

機関車に装着されるヘッドマークのデザインはC11の3つの動輪、徳川家の3ツ葉葵の家紋、そしてSL復活プロジェクトにおける3つの目的
①鉄道産業文化遺産の保存と活用
②日光・鬼怒川エリアの活性化
③東北復興支援の一助    も意味しているとのことです。

C11_207_sl_2
C11_207_sl_2_170724_2
C11_207_sl_2_170724_3 2017/7/24 東武ワールスクウェア

8月10日の運転開始に向けて連日のようにSL牽引列車の試運転が行われているようです。

この日も下今市から乗車したRevaty会津111号が発車した数分後にやって来ました。

SLの運転時刻は

下り      下今市 東武ワールドスクウェア 鬼怒川温泉
SL大樹1号   9:02       9:31       9:38 
     2号  11:41      11:13      11:08
     3号     13:00      13:29      13:36
     4号     15:09      14:41      14:35
     5号     16:32      17:01      17:08
     6号  18:43      18:15      18:09   

となっており、2号のスケジュール通りでした。

C11_207_sl_2_170724
機関車後部の前照灯も2つ目なんですね。機関車の後ろには車掌車ヨ8634が付いています。

C11_207_sl_2_170724_5 客車は前からスハフ14 5 オハ14 1 スハフ14 1

車内には地元の方々でしょうか、試運転列車に招待された方々が乗車されていました。

14_1_170724 スハフ14 1 には試運転の幕表示

De10_1099_170724
De10_1099_170724_2
最後尾にはDE10 1099がサポート

De10_1099_170724_3
側面の行路標入れには東武の社紋と今試712の行路図も挿入されています。

明日の記事では下今市での転車台上風景などを紹介します。

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2017年6月 7日 (水)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 5 あかつき

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開におけるHM展示、今回からは関西と九州を結んだ列車で行きます。

Ef58_77_750306_edit 1975/3/6 新大阪 未だ夜も明けきらぬ大阪駅に到着するEF58 77牽引
「あかつき1号」

関西から九州への寝台特急といえばなんといっても「あかつき」が挙げられます。今回の展示では「彗星」「なは」の単独HMと晩年に登場した「あかつき」との併結列車のマークはありましたが、「あかつき」の単独HMの展示はありませんでした。

「あかつき」の寝台特急としての登場は1965年10月1日のダイヤ改正で、新大阪~西鹿児島・長崎間に設定されました。このときにも20系は増備されています。

ナロネ21  120~125
ナハネ20  201~215
ナハネフ22 13
ナシ20    13~16
カニ21    15

これまでの20系客車はAS弁式空気ブレーキを使用しており、最高速度は95km/hに制限されていました。ヨンサントウのダイヤ改正でのスピードアップを目指して、このときに増備された車両からAREB空気ブレーキ(増圧装置付き電磁自動空気ブレーキ)が装備され、110km/hで運転した際に非常制動距離を600m以下に抑えることが可能となりました。従来車についても入場の際に同様の装備が付加されました。
一方でこの装備のため、高速で20系を牽引できる機関車はいわゆるP型(EF65500番台、ED731000番台、EF701000番台、ED75300番台、ED761000番台、EF801~20などの元空気ダメ引き通し管とブレーキ指令回路KE72ジャンパ連結器を持つ)に限定となりました。

1968年10月1日のダイヤ改正で、新大阪~西鹿児島・佐世保間に「あかつき」が1往復増発されました。従来の西鹿児島・長崎間の「あかつき」の長崎発着の編成が「はやぶさ」と共通運用になりました。

20_21_7410930 1974/9/30 西鹿児島に到着した「あかつき1号」 1974年秋の九州一周旅行が私の最初の20系乗車でした。

1972年3月15日のダイヤ改正で、新大阪~熊本・長崎間に「あかつき下り3/上り1号」が増発され、3往復体制に。あかつき下り1号、上り3号の車両は向日町運転所から品川客車区受け持ちとなり、「はやぶさ」と完全に共通運用化。このときは「さくら」「みずほ」の14系化でねん出された20系が転用されました。

1972年10月2日のダイヤ改正で新たに向日町に配置された14系(94両)により、新大阪~熊本間に「あかつき下り2号/上り3号」が増発され、4往復体制になりました。また既設の2往復も14系化されました。しかし、ダイヤ改正から約1か月後の北陸トンネル列車火災事故(1972/11/6)により、分散電源方式の14系は製造が中止となりました。この改正から関西~九州の寝台特急牽引機は元空気ダメ引き通し改造をしたEF58形(P)となりました。また長崎本線の浦上線の開業で約10分のスピードアップが実現しました。

1973年8~9月にかけて集中電源方式の24系24形が118両増備され、季節急行「雲仙」「西海」各1往復が「あかつき」に統合となり、「あかつき」は6往復体制となりました。新大阪~長崎間の「あかつき下り3/上り1号」と新大阪~西鹿児島間の「あかつき下り4号/上り3号」が24系となりました。

1974年3月には二段ハネ24系25形がデビューし、4月25日のダイヤ改正で24系25形が91両向日町に配置され、新大阪~熊本間に「あかつき」が1往復増発され、7往復体制となりました。このときの陣容は

21/22列車 新大阪~西鹿児島・長崎 20系 1/7
23/24列車 新大阪~西鹿児島 14系 2/5
25/26列車 新大阪~長崎 24系25形 3/1
29/30列車 新大阪~西鹿児島(熊本切り落とし) 24系 4/4
31/32列車 新大阪~佐世保 14系 5/3 門司まで彗星5/3と併結
33/34列車 新大阪~熊本 24系25形 6/2
35/36列車 新大阪~長崎・佐世保 14系 7/6

このときが「あかつき」の最盛期で、1975年3月10日のダイヤ改正では、長崎・佐世保線系統が「あかつき」、鹿児島本線系統は「明星」と整理され、3往復になりました。20系の運用はなくなりました。明星との併結運転がなされたのはこの時期でした。

Ef58_38 EF5838号機に牽引されて大阪駅に進入する24系25形「あかつき」
1975年3月改正以降はHMが省略された時代が続きました。

Ef65_1094_000000 大阪駅に到着する「明星・あかつき」併結列車

Ef65_1095_000000 高槻で停車中の向日町回送列車

1415_791221 1979/12/21 長崎 14系15形寝台客車

1978年10月2日のダイヤ改正では2往復となり、再び分散式電源方式の二段ハネ14系15形が「あかつき」2往復に投入されました。1986年11月1日のダイヤ改正では1往復が20系による臨時列車になり、佐世保編成に普通座席車オハ14が連結されました。

14_14_303_020322 2002/3/22長崎

1990年3月10日のダイヤ改正では高速バス対抗として「レガートシート」の連結、

Ef66_48_050708 2005/7/8 山崎

2000年3月11日のダイヤ改正では佐世保編成を廃止して、「彗星」との併結、2005年10月1日には「彗星」の廃止、

Dsc04317
Ef66_53_060620 2005/6/20 千里丘

なは」との併結、2008年3月15日、廃止に至りました。

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2017年6月 6日 (火)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 4 あさかぜ

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開、HM展示の4回目は「あさかぜ」です。

Hn_161015_4 永年の使用のためかかなり年季の入った「あさかぜ」HM

1956年11月19日
、東海道本線全線電化のダイヤ改正で「あさかぜ」は登場しました。当初、東京を夕刻出発し、関西は深夜、博多に朝到着するダイヤは大阪鉄道局から強い反発があったそうですが、同じダイヤ改正で関西始発の九州方面急行列車「玄海」「天草」を登場させること、京都、大阪、神戸にも停車し、客扱いすることで納得してもらったそうです。

Ef65_505_750925 1975/9/25 大井町~品川

登場時は一般客車の寄せ集め編成で、1958年10月1日の改正で20系客車の登場となりました。

昭和33年度本年度予算による20系の新製で37両が製造され、その内訳は (0番台は日本車両、50番台は日立製作所)
ナロネ20 1,2,51  
ナロネ21 1~3,51~53
ナハネ20 1~7,51~56
ナロ20   1,51,52
ナハ20  1, 51,52
ナハフ20 1,2,51
ナシ20  1,2,51
マニ20  1,51,52    でした。

1963年12月20日には東京~広島間の牽引機関車がEF58からEF60500番台に交替し、客車編成も15両に変更となり、電源・荷物車カニ21に続いてナロネ20、ナロネ22、ナロネ21x3、ナロ20、ナシ20、ナハネ20x5、ナハ20、ナハフ20と一等寝台車が集中する「殿様あさかぜ」編成となりました。1965年10月1日までにナロ20以外の全車寝台車化が完成しました。

Ef65_529_750305_2 東京から1000kmに及ぶロングランを終えて、下関に到着したEF65529牽引あさかぜ

1968年10月1日の改正では臨時列車として運行されていた「あさかぜ」が定期化され、2往復となります。

1970年10月1日の改正では東京~広島間を呉線経由で運行していた寝台急行列車「安芸」が格上げとなり、東京~下関(山陽本線経由)(下り3/上り1)号となりました。このときの増備が20系の最終増備となり、昭和44年度第4次債務負担で、39両が製造されました。その内訳は
ナロネ21  142~147
ナハネ20  344~364
ナハネフ22 24~26
ナハネフ23 18~20
ナシ20    27~29
カニ21    25~27           でした。
20系客車は1958年の誕生以来、479両が製造されました。

1972年3月15日の改正で東京~博多間の下り2/上り3号が14系寝台客車となりました。

20_20_750305 1975/3/5 あさかぜ編成中のナロ20 下関

14_741215 1974/12/15 東京 比較的短命だった14系「あさかぜ」 客車は「いなば・紀伊」に転用

1975年3月10日のダイヤ改正で14系客車のあさかぜが廃止され、2往復体制になりました。博多発着のあさかせ下り1/上り2号のナロ20形と全室個室寝台車ナロネ20形の連結が取りやめになりました。一方、下関あさかぜは「瀬戸」と共通運用化されました。

Ef65_1110_800103 1981/1/3 PF牽引「あさかぜ」

1976年8月、「あさかぜ51号」に24系25形寝台車が使用され、1977年9月28日、下関あさかぜ・瀬戸が二段ハネ化されました。1978年2月1日、博多あさかぜの20系も24系25形化されましたが、食堂車の新製は行わず、「はやぶさ」「富士」「出雲」の編成の食堂車を基本編成から付属編成に移すことで、車両を捻出し、対処しました。

Ef66_43_040501 2004/5/1 EF66 43牽引「あさかぜ」 品川

Ef66_45_040905 2004/9/5 海田市 オハネフ25 300 スハ25 300 組み込み下関あさかぜ

Hn_161015_5 こちらは最終列車用に新調したのか2005/2/28の日付入りHM

1994年12月3日の改正で博多あさかぜは臨時列車に格下げ、「あさかぜ81・82号」となり、2000年12月には廃止、2005年3月1日、下関あさかぜも廃止となりました。

「さくら」「みずほ」は九州新幹線に、「はやぶさ」は東北・北海道新幹線で復活しましたが、「あさかぜ」は寝台特急をイメージする名称ですので、今後の復活はあるのでしょうか?

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2017年6月 3日 (土)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 1 「さくら」から「さくら・はやぶさ」へ

2016年10月15日土曜日、下関総合車両所の公開、最後はEF651124号機に装着させるために並べられたHMについてです。

こういったイベントにおいてかつて寝台特急列車牽引機に装着されたHMは尾久車両センターの公開(1, 2, 3 4)でもありました。今回のHMは東海道・関西系ブルートレイン等の西へ向かう列車のものでしたので、再び取り上げようと思いました。

Hm_161015
まずは通称「葉桜」と呼ばれたバックが緑の桜です。

寝台特急「さくら」の登場は1959年7月20日、「平和」を名称変更しての登場でした。このときに20系客車化されています。

「さくら」の20系化にあたり、20系客車に新形式が登場しました。
「あさかぜ」登場の際は個室寝台車はナロネ20形日本車両製1,2、日立製作所製51、プルマン(開放式)二等寝台ナロネ21形1~3,51~53でしたが、中央に喫煙室を配置してナロネ20形の1人用個室6室とナロネ21形の開放式寝台16名分を設置したナロネ22形1,51,52。
基本編成は東京~長崎、付属編成は東京~博多のため、基本編成最後尾の緩急車としてナハフ21形緩急室付座席車1,2,51,52。後位にはナハ20形同様に売店が設置されました。
新聞輸送需要の増大に対処するため、荷物室の荷重を5tにした荷物車カニ21形1,51,52.

14系客車化されたのは1972年3月15日の改正からでした。

Ef65_542_750305_2 1975/3 下関 EF65 542

Ef65_535_2 東京 回送列車牽引して到着、機回しへ EF65 535

牽引機がEF65PFになったのは1978年7月からでした。

Ef65_1109_000000 品川 EF65 1109

EF66への牽引機交代は1985年3月からでした。

Ef66_42_850323 1985/3/23 東京 EF66 42

私はEF65500P以前の「さくら」は見たことがありませんが、P, PF時代の「さくら」は上の写真のようにピンクの地に白い花弁、もしくはその逆のパターンで葉桜はEF66牽引になってから見たように思います。

Hm_161015_2
Ef66_49_040501
2004/5/30 大井町 EF6649 「さくら・はやぶさ

1999年12月4日
、佐世保編成が廃止され、「はやぶさ」との併結運転が開始されました。

2005年3月1日、「さくら」は廃止となりました。

N7007000_s7150802_2 2015/8/2 新山口 停車のため入線するN700系7000番台 S7編成

N7007000_s14_120605 2012/6/5 博多

2011年3月12日の九州新幹線鹿児島ルートの全線開業で山陽新幹線と九州新幹線の直通運転が開始され、「さくら」は新大阪~熊本・鹿児島中央間を直通する列車、九州新幹線内で完結する速達列車の愛称となりました。

「みずほ」が同区間の最速達列車、東海道・山陽新幹線の「のぞみ」に対応する列車とすれば、「さくら」は「ひかりレールスター」に対応する列車との位置づけだそうです。

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2017年3月13日 (月)

速報版 大井川鐵道「SLフェスタ」 その3 新金谷基地見学と大井川第一橋梁での撮影

SLフェスタ」参加のために初めて訪れた大井川鐵道、2日目(3月12日、日曜日)は昨日と同じように金谷発7:48の3列車で新金谷まで乗車しました。

21003_170312
車両は南海ズームカーでした。

21000_170312
内部は高野線の特急時代のシートが残されており、行楽電車という雰囲気でした。

新金谷は大井川鐵道大井川本線の車両基地(新金谷車両区)があり、鉄道ファンとしては見逃してはいけない駅です。

170312_3
1面2線のホーム両側には客車の留置線があり、ここから千頭まで運行されるSL,ELに牽引される客車が留置されています。

170312 2017/3/12 新金谷 ホーム西側の留置線 E102号機とオレンジ色の旧形客車

170312_2 ホーム東側の留置線 

形式は国鉄のスハ43系ですが、台車のタイプがTR23、TR46などいろいろ観察できる楽しみもあります。

Sl_170312 大井川鐵道にとってSL列車はセールスポイントで、駅入り口前にはその日のSL列車の座席予約状況がこのように表示されます。

左へ進むと駐車場、バスの車庫を過ぎるとSL広場があり、

C12_164_170312
2011年10月7日に再設置された転車台上にはC12164号機が展示されています。

C5644_170312
C11190_170312
本日の運転に向けてC5644号機、C11190号機が準備に入っていました。

E34_170312
電車庫手前では西武から来たE34がなにやら整備中

続いて、代官町寄りの踏切を渡り、線路の東側を金谷方面に歩くとこちらにもSL広場があります。

E33_e32_170312 E33 E32 は電車庫の横に留置状態 その後は近鉄16103

21002_170312 電車庫には南海ズームカー 21001+21002編成

36170312 ホーム横 最東側の留置線には オハニ36 7 展望車 スイテ821 お座敷客車 (青帯車)が留置されていました。スイテ821は西武鉄道サハ1501形の改造車です。

車両区の脇から南東方向に分かれる側線は砂利採取線の跡で14系座席車が3両留置されていました。

14_170312
車体番号は スハフ14557 オハ14535 スハフ14502 でした。これらは「はまなす」で運行されていた客車で平成28年3月の北海道新幹線開通で「はまなす」が廃止されたため、JR北海道より購入し、大井川鐵道での機関車牽引列車に平成29年6月頃から使用されるとのことです(ニュース記事)。

16002f_170312 2017/3/12 近鉄16000系 

新金谷からは元近鉄16000系モ16002+ク16102 で、川根温泉笹間渡まで乗車し、近くの大井川第一橋梁を通過する列車の撮影を楽しみました。

E1023_170312
E1023_170312_2
EL E10 2 牽引 客車急行

C56_447e501_170312
C56_447e501_170312_2
C5644牽引 旧客7両 E501

C11_1905_170312
C11_1905_170312_2
C11 190 旧形客車5両

21003_170312_2
南海ズームカー

16000_170312
近鉄特急 16000系

9:30頃から13:00過ぎまで、数本の列車を撮影できたので、橋のインカーブ側からいろいろな角度で撮影を試みました。
川根温泉笹間渡発13:21の10列車(南海ズームカー編成)で金谷まで、金谷から18切符で小平まで戻りました。

またの機会に是非訪問し、次は沿線の別の場所で撮影をしてみたく思いました。

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2016年10月 6日 (木)

千里丘、岸辺界隈での列車撮影 その2 関西~九州寝台特急「あかつき」

岸辺、千里丘界隈で撮影した列車達、今回は関西と九州を結んだ寝台特急「あかつき
です。

Ef66_42_080226 2008/2/26 千里丘 あと僅かの走行期間にとなった頃の「なは・あかつき」

「あかつき」という愛称は東京~大阪間の夜行急行として1958年10月から登場しました。不定期列車でしたが、混雑が慢性化していた状況もあり、毎日運転の座席列車でした。1959年9月に寝台列車化され、1961年10月のダイヤ改正では「銀河」「月光」「金星」の寝台列車化で一旦名前が消えました。しかし、ビジネスマンによる人気から1962年6月、不定期列車の「第2六甲」が寝台列車化されたとき復活し、1962年10月には定期列車化され、東海道新幹線開業の前まで(~1964年9月)運行されました。

次に特急「あかつき」としてデビューしたのは1965年10月で新大阪~西鹿児島・長崎間の寝台特急で、関西~九州間のみならず、東海道新幹線との連携で東京と九州を結ぶ特急としての役割も担いました。

Ef58_115_4_739_750306 1975/3/6 大阪駅に到着するHM付きEF58牽引「あかつき」

Ef65_502_2_750306 1975/3/6 大阪駅に到着するHM付きEF65 502(下関)牽引「あかつき」

20_21_750306 1975/3/6 大阪
20系最後の頃の「あかつき」、客車は東京発の「はやぶさ」と共通運用でした。

この頃は米原区や下関運転所の機関車が関西BTを牽引しており、「あかつき」でもHMを装着する列車としない列車がありました。

Ef58_7 1975年3月のダイヤ改正後、EF58のHM装着は無くなりました。

わたしも大学1年の秋休み初の九州旅行は東京から新幹線、関西から西鹿児島まで20系寝台の「あかつき1号」に乗車しました。ちょうどこの頃が「あかつき」の最盛期で日豊本線方面の「彗星」との併結列車もありましたが、7往復の「あかつき」が走り、24系や二段ハネ24系25形の投入も東京発の寝台特急に先んじて行われました。

関西ブルートレインの場合、「彗星」「明星」「なは」などは581/3系寝台特急電車による運用もあったのに対して、「あかつき」は20系、14系、24系、24系25形、14系15形と客車であり、寝台電車が投入されることはありませんでした。

14_14_303_020322 2002/3/22 長崎

1990年3月からは普通車座席指定車輛として「レガートシート」車オハ14も連結されました。

Ef65_1095_000000 牽引機がEF65PFとなり、嬉しいことにHMが復活しました。 高槻

Ef65_1094_000000 「明星・あかつき」の併結列車も登場し、併結用HMも準備されました。 大阪

1415_791221 1979/12/21 長崎

最後の新製ブルートレインとなった14系15形が最初に投入されたのも「あかつき」でした。

1975年3月、新幹線博多開業で鹿児島本線系統が「明星」に、長崎・佐世保線系統が「あかつき」になり、筑豊本線経由佐世保行きといった列車も設定されました。これにより、同じ、あかつきに乗っていて、佐賀で時間の余裕を利用する推理小説のトリックなども話題になりました。

Ef66_54_020621_2_2  2002/6/21 「彗星・あかつき」 新大阪

2003年3月、佐世保発着列車が廃止、「彗星」との併結運行になり、2005年10月には「彗星」の廃止で、「なは」との併結運行に、そして2008年3月15日、42年半の歴史に終止符が打たれました。

Ef66_46_080225_2 2008/2/25 「なは・あかつき」 岸辺

その後、関東~九州の寝台特急も廃止され、機関車牽引の定期旅客列車はわが国からは無くなってしまいました。

これから生まれてくる鉄道ファンはそういった列車の存在を知らずに鉄道写真を撮ることになるのですね。

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2016年10月 5日 (水)

千里丘、岸辺界隈での列車撮影 その1 急行「銀河」

月日の経つのはやいもので、写真をきちんと整理しないうちに9月の関西旅行から1か月が過ぎてしまいました。
先の関西旅行では2日とも、千里丘で貨物列車や機関車回送、東海道線の各種列車を撮ることから、朝の撮影をスタートしました。岸辺、千里丘は関西の鉄道ファンの方々にとって、聖地のような場所で、今回も結構多くの方々を見かけました。

これから数回にわたり、これまでの同所での撮影の記録を紹介して行きたく思います。
第1回は東海道線の寝台急行「銀河」です。

Ef65_1118_080225 2008/2/25 岸辺
廃止直前の大阪出張で偶然、今は亡きゲッパことEF651118号機牽引の「銀河」が撮影できました。HMがあればもっと良かったですが。

Ef65_1111_070310 2007/3/10 岸辺 EF651111号機牽引

「銀河」と命名された列車の登場は1949年9月で、それまで一等、二等車のみで組成された夜行急行15・16列車に名称が与えられ、最後尾に行燈式テールマークが取り付けられたのが始まりだそうです。1949年9月といえば、「下山」「三鷹」「松川」と国鉄に関係した怪事件が相次いで起こった頃で、まだ一般庶民に豪華列車を楽しむ生活の余裕はなく、豪華編成であるが故、利用は伸び悩み、わずか9日後に三等車が連結され、テールマークも外されることになったそうです。

Ef58_143_760300 1976/3 大阪
この頃は関西での撮影は殆ど、大阪駅か新大阪駅でした。

牽引機はEF58からEF65へ、客車も運行当初はマロネ40・41形客車、10系寝台客車、20系寝台客車、14系、24系寝台客車、座席者にはかつての特急用三等車スハ44、スハフ44が使用されたこともありました。

14_850418_3 1985/4/18 東京
14系寝台客車時代は1回しか撮影しませんでした。

20_000000 撮影時期不明 大阪駅10番ホームで出発待ち 
これは実際に乗車したときに撮影したものと思います。

急行から特急への格上げという話もあったそうですが、有効時間帯と所要時間の関係からスピードが上げられないこと、値上げとの批判を恐れたことなどから、2008年3月15日のダイヤ改正で廃止されるまで急行で通しました。

2425_030325 2003/3/25 新大阪
オハネフ25 0番台をラストにした24系25形「銀河」

2425_050708 2005/7/8 山崎
下の銀線が妻まで回り込んでいないオハネフ25をラストにした「銀河」

050822_2 2005/8/22 山崎
下の銀線が貫通幌まで伸びているオハネフ25100をラストにした「銀河」

晩年の24系25形客車時代、大阪到着列車ではさまざまのオハネフ25の姿を見ることが出来ました。

以上、関西で撮った急行「銀河」を纏めてみました。

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