2018年9月 3日 (月)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その3 

信州公園保存車両巡りの旅、最終日は長野から篠ノ井でしなの鉄道に入り、沿線の保存車両や上田から出ている上田電鉄線乗車を楽しみ、軽井沢まで、軽井沢から18号線碓氷バイパスを通る横川行きのJRバスで横川へ、、高崎、大宮、赤羽、新宿経由で帰りました。

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2018/9/2 坂城

長野発524の2612Mで坂城へ。駅北側の線路に169系の3連、クハ169-27とM'Mc-1が静態保存されています。

Dsc07495 ちなみに坂城駅の南側には油槽所があり、篠ノ井からここまでJR貨物のEH200, EF641000による貨物列車が入線しています。

続いては坂城と次のテクノ坂城のほぼ中間にD51245号機が保存されています。

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国道18号が線路に沿って走っており、スマホのマップを頼りに、ほぼ半分くらい来たところで逆木(さかさぎ)というT字路があり、ここかなと思って左に入り、しばらく坂道を上ると坂城町武道館があり、その裏手のわんぱく広場に保存されていました。ヘッドライトが欠なのが残念でした。

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テクノさかき駅、聞き慣れない駅だなと思いましたが開業は1999年4月1日でしなの鉄道の最初の新駅として開業した駅なんですね。名前が示すとおり、工業団地に近い駅で金井中之条工業団地がそばにあり、工場群が広がっているそうです。

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1619Mとしてやって来た下り列車はS2編成で2018年12月まで走る「沿線キャラクター大集合ラッピング」編成でした。

続いて上田では長野までノンストップの快速が運行されており、

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編成は二代目長野色のS15編成でした。

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上田駅のしなの鉄道、上田電鉄の入口はまるで銭湯に入るようなこの暖簾が架かったスタイルです。ここで「軽井沢・別所温泉フリー切符\1850」を購入しました。上田電鉄線としなの鉄道(上田~軽井沢間)が1日フリー乗降区間になります。

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入線していたのは東急1000系の中間車改造のデハ6001-クハ6101でした。

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別所温泉線のほぼ中間の下之郷駅には車庫があり、かつてここからは西丸子線が出ていましたが、大雨の災害復旧が敵わず廃線となりました。

Dsc07598 下之郷の車庫で休む1001編成 

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さらにこの奥に元東急デハ5202ステンレスカー(上田電鉄デハ電装解除されクハ5251)が倉庫として使用されていますが、特徴的な前頭部にはカバーが架けられていました。

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終点の別所温泉、信州の鎌倉とも言われているようですが、駅には丸窓電車で有名なモハ5250が保管されておりました。以前、1990年代にも車で来た憶えがあります。

上田に引き返し、小諸へ

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115系S3の湘南色がいました。

懐古園もかつて1980年代に来ていますので今回はパスし、

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同園駐車場に保存されているC56144号機を見学。この機関車もライトが欠でした。

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続いて、御代田駅からあるいて5分ほどの場所に保存されているD51787号機を見学。
戦時設計の1000番台ではありませんが、カマボコ型のドームでした。なかなか手入れが行き届いた機関車で、

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公開日も決まっていました。

最後は軽井沢駅、ちょうど「ろくもん」の運転日のため旧軽井沢駅舎記念館は入場できませんでしたが、ホームにはEF632,EC401(10000)、モーターカーとマルタイが駐めてありました。

Dsc05983 クモハ169-6は森の小リスキッズステーション用に黄色に塗装されていました。

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軽井沢に鉄道で来たのも1980年代以来かも(通過は昨年10月にしましたが)知れませんが、以前は何も無かった駅の南側が大きく開発されアウトレットのようなものが出来ているのは初めて知りました。

流石に避暑地だけあり、このときは小雨が降る天気で寒く感じました。

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軽井沢から横川まではJRバス関東の路線バスで碓氷峠を下り、信州を後にしました。

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2017年8月10日 (木)

名古屋~亀山間 関西本線 その1 電化前後

名古屋から亀山に至る関西本線は名古屋~桑名~四日市間では近鉄名古屋線との競争で大きく水を開けられ、河原田で分岐し、亀山を経由せずに津方向に向かう伊勢鉄道線(旧国鉄伊勢線)は建設時の目的から大きく外れて第三セクター化されと、今回、乗車してみていろいろ問題を抱えている路線と感じました。

まずは開業から電化完成までの歴史です。

1888年3月1日関西鉄道の設立が認可、本社は四日市でした。

1889年12月15日、草津~三雲間が開業

1890年2月19日、三雲~柘植間が開業、現在の草津線が開通。12月25日、柘植~四日市間が開業。

1894年7月5日、四日市~桑名仮停車場間延伸開業

1895年5月24日、桑名仮停車場~桑名間開業、名古屋~前ヶ須(弥富)間開業、11月7日、弥冨~桑名間開業で草津~名古屋間全通。

1907年10月1日、鉄道国有化法で国有化。

1959年9月26日、伊勢湾台風で甚大な被害を被る。

1971年4月25日、名古屋~亀山間でSL運行終了。

1979年8月1日、名古屋~八田間電化。

1982年5月17日、八田~亀山間電化。

私が最初に関西本線の列車の写真を撮影したのは1975年1月2日に大垣行き夜行で名古屋遠征を敢行したときで、

10_1_750102
当時、旧型客車列車は当たり前のようにどこでも見ることが出来たので、編成全体は撮らなかったのですが、番号がナハフ10の1番で珍しかったので撮影したのと、

43_17_750102_2
かつて東海道で特急列車に使用されたスハ44系の一族だったので撮影したのがこのピンボケのスハフ43 17です。

スハフ43 10番台(11-24)は特急運用から一般運用に格下げされる際に不足気味になる緩急車のためにスハ44を改造したもので、同時に座席の回転化・室内灯の蛍光灯化・客ドアの交換・アルミサッシ化等が行 われています。

当時の客車は亀山区所属かと思われますが,1975/4/1時点での配置を見ると

オハ35 111, 441, 442, 459, 610, 616, 618, 729, 1025, 1143,
オハ41  407, 408, 409, 410
オハ46  17, 507
ナハフ10  1
オハフ33  1, 4, 6, 8, 10, 11, 12, 110, 112, 169, 367, 428, 436, 566
オハフ45  107
オハフ61  1516,1518, 1520, 1521, 1522, 1523
スエ71  4, 16, 31   

でした。スハフ43 17は1975年3月で廃車されたようです。

その後、出張等で名古屋に行った際にも撮影はしていますが、特に関西本線を意識して撮ってはいませんでした。

113_750102 1975/1/2 名古屋駅で撮影した中央西線用113系 神嶺区

165_8012081980/12/8 名古屋 165系

名古屋~亀山間電化後、国鉄末期までは113系165系が投入されたようです。

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2017年3月 6日 (月)

富士急電車まつり2016 その3 クモハ169-27

2016年11月12日、好天の中、下吉田駅、富士山駅(電車修理工場)、河口湖駅の3会場で開催された「富士急電車まつり 2016」、トピックその3は下吉田駅横に展示されているクモハ169-27のカットボディです。

169_16927_161112 2016/11/12 下吉田

富士急行では先の記事で紹介したように165系改造のフジサン特急2000形を運転していた際に、部品取り用としてクモハ169形を1両、富士山駅に留置していました。2000形の引退でその必要が無くなり、カットボディとしたそうです。

169_16927_161112_2
JRで廃車になる前は三鷹区所属で富士急行に譲渡され保存されていた頃の写真はこちらで見ることが出来ます。

165系900番台としての試作、169系としての量産に関しては以前の記事で記述しました。

この車両の履歴を

04 イカロス出版 国鉄型車両の系譜シリーズ04 形式165系

で調べると169系量産車のラストナンバーとして
1969年6月20日 東急車輛で落成、長ナノに配置
169系の量産車の多くは1968年に落成しており、1969年に落成したのはクモハ・モハでは-26,-27、クハでは-25~-27でいずれも東急車輛製でした。
1986年度中に長モトに転属
1997年度中に八ミツに転属
2003年1月30日に廃車 となっています。

169_16927_161112_3
2003年にJRから形式消滅した後、1997年10月1日の長野新幹線開業で誕生したしなの鉄道(信越本線の一部、軽井沢~篠ノ井間が経営移管されたもの)に3両編成4本が移籍し、最初はしなの鉄道塗色で、後に往年の湘南色に塗られ活躍しましたが、2011年7月1日からは、「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」の改正で運転状況記録装置を設置していない車輛のJR線入線は不可能となり、JR線内への入線が不可能となりました。

169_s53_091231 2009/12/31 篠ノ井 しなの鉄道の169系 S53編成

169_16927_161112_5
2013年3月16日の改正で定期運用が無くなりましたが、クモハ169-1、モハ168-1を含むS51編成は坂代駅に保存、S52編成のクモハ169-6は軽井沢駅構内の旧軽井沢駅舎記念館に保存されました。

メカ的にはEF63との碓氷峠での協調運転のため、
制御器がCS15からCS15Dに、
主抵抗器は抑速発電ブレーキに備えて、容量をアップしたMR52Cに、
協調力行運転時に直列弱め界磁制御を行うための界磁接触器SRB8の設置、
上野向き先頭車にEF63との協調用KE70ジャンパ連結器の設置などがクモハ165に付け加えられました。
また、本来碓氷峠では軽井沢方がクモハの向きですが、坂下に重量の重い電動車を持ってきた方が安全なので方向転換されています。1969年製のクモハ169-26,-27はそれまでの量産車が冷房準備工事で出場した中、これらは最初からAU13Eを5台搭載しての出場となりました。

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2015年11月26日 (木)

東京総合車両センター公開 その3 首都圏直流電車の主電動機 part3 MT54

東京総合車両センター公開での主電動機の展示に沿って、歴代の電車のモータを見ていますが、今回は国鉄抵抗制御新性能電車のスタンダード・モータだったMT54形です。

Mt54_150822
MT46、MT46A101系から始まる新性能電車の主電動機として東洋電機製造が設計したのに対して、MT54は日立製作所が1962年に設計・開発したモータで

端子電圧 375V
定格出力 120kW
定格回転数 1630 rpm 全界磁
定格電流 360A
最高回転数 4320 rpm

となり、MT46Aに対して20%出力が向上し、MT比1:1の車両構成でも25‰程度の勾配が登坂可能となり、経済性と輸送力を両立させました。

165108_140812 クモハ165-108 2014/8/12 リニア・鉄道館

MT54が最初に搭載された系列は165系1963年3月、主制御器CS15と組み合わせて登場しました。勾配線区や寒冷地での運用を考慮し、153系に対して出力増強、耐寒性能が向上した急行形系列となりました。

急行形では交直両用系列の50Hz版451系、60Hz版471系においてもMT46AをMT54に置き換えて453系や、473系、さらに453系や473系に抑速ブレーキ機能を付加した455系、475系、(制御器はCS15B)、そして周波数を50/60Hz対応可能とした457系へと発展して行きました。また165系においては修学旅行用バージョン167系、さらに碓氷峠の協調運転用として169系が製造されました。

4731_811126_edit クモハ473-1+モハ472-1の1ユニットのみの製造で終わった473系 1981/11/26 金沢
ちょうど34年前に撮影した写真です。

特急形では151系、161系がモータを換装し、181系に、交直両用昼行特急車輛の481系、483系、485系、碓氷峠協調運転用489系、寝台特急電車581系、583系(モータは耐寒耐雪形のMT54B、主制御器もCS15E)、交流専用特急車両781系では417系で採用された強制通風冷却方式のMT54Eが採用されました。183系でもMT54が採用されました。

近郊形でも401/421系の出力増強タイプとして、403系、423系、さらに50/60Hz共用として415系、その直流版として111系の出力増強タイプ113系、勾配区間対応でノッチ戻し、抑速ブレーキ装備の115系(制御器はCS15A)に採用されました。

117系ではMT54Dが採用され、185系も同形式が採用されています。Dはネジがウイットネジ(インチネジ)から新JISネジ(メートルネジ)にかわり、互換性が無くなったことで新たに形式を起こしたそうです。

711902_910820 711系 試作902編成を組み込んだ編成 1991/8/20 苗穂

711系ではサイリスタ位相制御が採用され、MT54A電動機を永久並列接続し、端子電圧は375Vから500Vに引き上げ、定格電流を330Aに下げたことで、定格出力は150kWに上昇し、弱め界磁制御も廃して単純化されました。

国鉄以外では、

西武の601系からのカルダン車系列、701、801系は日立HS-836-Frb型 (端子電圧375V、定格出力120kW)ですが、国鉄のMT54と同一設計のモータでした。なんと国鉄の165系(1963年就役)よりも早い1962年に登場しています。さらに西武ではこのモータを国鉄101系と同じ84:15 (=5.60)の歯車比で駆動しており、加速力、牽引力重視の設定でした。国鉄では電力消費量の問題でこの歯車比の通勤車両は新造されず、581系583系を近郊型に改造した419系、715系で初めて101系の駆動装置を転用した際に登場しました。

北陸鉄道の7000系は廃車となった西武の701系のモータを再利用しており、えちぜん鉄道のMC6001形も愛知環状鉄道の100形などを譲受した際にJR東日本からMT54を購入し、搭載しました。伊豆箱根鉄道の3000系でも西武601系などと同仕様の日立製HS-836-Krb型が使用され、歯車比は86:15=1:5.73 となっています。

419_d15080905_2 419系 D15編成 2008/9/5 越前花堂

165系の走行機器を再用した1M方式の107系ではMT54BもしくはMT54D 4基を永久直列接続とし、歯車比を165系の4:21から5:60に変更して使用しています。

107_n1_111103_2 107系 N1編成 他 20011/11/3 日光

こうやって挙げて行くと、103系MT55381系MT58以外殆ど全てのMT46A以降の抵抗制御方式の国鉄新性能電車に使用された汎用モータであることが分かります。

CS15はCS12の発展型主制御器で電動カム軸式抵抗制御器
直列全界磁 13段 並列全界磁11段 並列弱め界磁 4段 
発電ブレーキ ノッチ戻し制御 抑速発電ブレーキ付き となっています。

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2013年12月28日 (土)

5両の保存D52を観に18切符で日帰り旅行 その4

D52を観る旅、高沢公園を後にして、沼津駅に戻り、9:51発の国府津行(2538G 313系3000番台V6編成 2連)に乗車し、次なる目的地、御殿場に向かいました。列車番号にGが付いているのはワンマン運転の意味のようです。

ここで御殿場線の歴史について触れてみようと思います。

1889年2月1日 東京~大阪間の幹線の一部として国府津~御殿場~沼津~静岡間が開通

1891年1月12日 御殿場~沼津 3月1日 小山~御殿場 複線化

1896年4月1日 東海道線と命名

1901年2月5日 国府津~山北 6月11日 山北~小山 複線化完成

1909年10月12日 主な幹線を本線と呼ぶようになり東海道本線に

1912年 富士裾野演習場が開設、物資、兵員輸送に活用

なんといっても当時の非力な蒸気機関車にとって、山回りの東海道本線は勾配のきつさが最大のネックで、その時代毎の最新鋭の機関車が投入されました。また、連結器の強度の問題から中間に補助機関車を挟んだり、あるいは平坦区間で連結されていた食堂車を切り離すといった措置も採られたそうです。

1918年 熱海線建設開始

1934年12月1日 丹那トンネル開通、東海道線のルートは熱海線経由に

1943年7月11日 山陽本線の柳井線ルートの複線化、横須賀線の横須賀~久里浜間の建設、樽見線への橋梁の転用のため、単線化

今でも沿線に、複線規模なのに単線という風景を見ることができます。

1955年9月1日 旅客列車に気動車導入
    10月1日  小田急電鉄の新松田~松田間の連絡線が開業

山北の記事で登場しますが、ディーゼルカー運転記念碑も残っており、ダブルエンジンのキハ50形はここが発祥の地でキハ51、52、55、58形式と発展していったのですね。小田急の当初の準急「あさぎり」の乗り入れ車両はキハ5000形でした。1968年6月30日に気動車準急は終了。

165_760102

再掲ですが、153系編成に連結されて保土ヶ谷付近を下る165系3連の急行「ごてんば」編成

1968年7月1日 全線電化 急行「ごてんば」運転開始、当初は165系3両編成で、1981年10月1日から167系4両編成に、1985年3月14日に廃止

小田急は電化とともに急行「あさぎり3000形SSE車で乗り入れ、1991年3月15日に急行としての運行は終了

1979年10月16日~18日 72系電車「さよなら」運転

73
御殿場線で活躍していたスカ色の72系 1977/9/23 沼津

通年半自動ドア扱いであり、4両編成の中間に入る付随車には便所が設置されていました。

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クモハ73900先頭の編成 1977/9/23 沼津

クモハ73900はクモハ73174からの改造だそうです。

1987年4月1日 国鉄民営化でJR東海に 神奈川県内で唯一JR東海の管轄に

1991年3月16日 「あさぎり」特急化

1999年6月1日 313系を投入 12月4日 一部列車でワンマン運転開始

2007年2月14日 115系の定期運転終了 3月18日 113系の定期運転終了

1152000_b02_050821

こちらも再掲ですが、JR東海の115系 おそらくこの2000番台が御殿場線でも活躍していたのでは 2005/8/21 島田 

119系するがシャトル編成が乗り入れていたこともありました。

20000_rse_090813_2
以前、沼津に同じ時間帯に到着して20000系見つけて撮影しようとしたところ、カメラを準備している間に車庫に回送するため動き出してしまい慌てて撮ったのがこの写真でした。 2009/8/13

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20000系の写真、「はこね」の写真は何枚かありましたが、「あさぎり」はあとこの1枚でした。 2009/10/10 代々木上原

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谷峨を通過する371系 X1編成 2009/8/13 この駅は素敵な駅舎も魅力ですね。

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千歳船橋を通過する371系 2009/10/10 あさぎりの運用を引退してもまだ廃車にはならず臨時列車等で活躍しているのは嬉しいことです。 

2012年3月17日 「あさぎり」沼津~御殿場間廃止、371系・20000形「RSE」による相互乗り入れから60000形「MSE」による片乗り入れとなりました。 

E231系1000番台も山北駅まで乗り入れていましたがJR東日本との直通運転も廃止されました。

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山北駅裏の鉄道公園でD5270号機を撮影していたら、60000形MSEの「あさぎり」が通過して行きました。展示機関車用のカメラで撮ったもので広角過ぎる写真です。 2013/12/21

ということで、10:25、沼津から30分強の乗車で御殿場に到着しました。

車窓からは白く雪を戴いた霊峰、そして今年 世界遺産に認定された富士山の風景を満喫することが出来ました。

今回はここまでです。Wikipediaの記事を参考に纏めました。

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2013年8月 3日 (土)

1975年 新潟の旅 23 碓氷峠の補機 EF63 その4

EF63形電気機関車、今回は第三次車です。

Ef63_24_000000
169系を推進して、熊の平を通過する24号機重連

番号    メーカー     予算           製造年   廃車

22, 23             昭和49年度第1次債務  1974年   

     川崎重工業                                                        1997年
     富士電機         

24, 25           昭和50年度第2次債務    1976年

1974年と1976年に増備されたグループです。

形態的にはナンバープレートがブロック式に、尾灯が外ハメ式に変更されました。これは同時期に製造された電気機関車、例えばEF65形1000番台ED76形EF81形でも見られた変化です。
水切り形状も再度変更されました。碓氷峠を通過する気動車運用は無くなったため、気動車用ジャンパ連結器は未装備となりました。
24・25は、1975年5・9が脱線大破事故で廃車となったため、補充代替として1976年に急遽製造された。22・23の主電動機送風機は20と同じ試作型送風機、24・25は21と同じ音域の低い送風機が装備されていました。

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尾灯の形がそれまでと異なる24号機 189系特急「あさま」のエスコート仕業に

<信越線軽井沢 - 横川間回送機関車脱線転落事故>

上り線で、単行機関車列車(回送列車)列車番号単5462列車(4両編成、EF63 5, 9+EF62 12, 35)が下り勾配でブレーキが利かなくなり、スピードが超過したため、脱線転落した事故。乗務員3名が重軽傷を負いました。

事故がおきたのは、1975年10月28日の午前6時16分ごろです。信越線上り線第一トンネル内で暴走し、出口付近で脱線した後、転覆・転落しました。

この区間は、最大66.7‰R350の急勾配、右カーブのため、下り勾配を走行するEF63は、抑速ブレーキを作動させながら、列車が過速度で暴走しないように下りて来ます。最高速度は旅客列車40km/h, 貨物列車25km/hに制限されており、機関車の回送列車である当該列車は貨物列車と同じ扱いで25km/hの制限によって走ることになっていました。ところが何らかの原因でこの過速度検知装置 (OSR) が正常に作動しなかったものと見られ(機関士が誤って旅客列車側にスイッチを入れていたとの説もあります)、制限速度を大幅に超過して坂を下り、トンネル内壁に傷をつけるなど暴走した後に脱線・転覆しました。

Ef63_25489_770800
489系上り特急「白山1号」をエスコートして熊の平のトンネルから出てきた25号機他重連

この事故の際、機関士は最終手段である電機子短絡スイッチによるブレーキも使用していましたが、それでも下り坂で暴走する列車を止めることはできなかったとのことです。急勾配の恐ろしさを関係者に知らしめた事故でありました。
この事故により、EF63全車両に設置されている過速度検知装置 (OSR) をより強固なものに変更する検討がなされましたが、過密ダイヤをさばくには横川駅付近の緩勾配区間を速やかに通過することが求められました(この付近ではOSRを切って運転される)ため、強制的な速度制限機能の付加は見送られました。

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引退後も短距離走行ではあるものの動いている25号機 2005/8/16 碓氷峠鉄道文化村

ちょうど、私が1975年11月の水上、柏崎方面の旅行に出かける、一週間前の出来事でした。

1970年代から80年代にかけての碓氷峠での撮影は両親が遺した北軽井沢にある別荘への往復で立ち寄った際に撮影したものですが、両親の没後、行くことも殆どなくまた碓氷峠自身が廃線となった今日ではますます足が遠のいてしまいました。

碓氷峠鉄道文化村や地元自治体に碓氷峠の鉄道復活の動きがあるというニュースも聞いていますが、観光鉄道として復活できれば嬉しいものの、そこにいたる道のりは結構険しいのかなとも感じます。

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2013年8月 1日 (木)

1975年 新潟の旅 23 碓氷峠の補機 EF63 その2

碓氷峠専用の補機EF63形、今回は第一次車について、見てゆこうと思います。

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169系急行の姿も見えますが、2号機の重連 軽井沢

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         横川駅側に展示されている3号機の動輪

2号機から13号機が該当し、1963年に製造されたグループです。

番号       予算     メーカー    製造初年      廃車 

2 - 6    昭和37年度民有  東芝                  1975年(5・事故廃車)
                                       1997年
                           1963年

7 - 13   昭和37年度債務 新三菱重工業
                   三菱電機              1975年(9・事故廃車)
                                       1997年

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EF63 6 重連

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6号機を含む重連が189系特急「あさま」を従えて碓氷峠を下る 熊の平

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7号機の重連 連結器周辺の厳めしさがよく分かります。 軽井沢

形態的特徴は前面窓のワイパーの形状が変更されたことと、運転台窓上にツララ切りを追加装備し、スカート形状は四角形となりました。また先行試作車の運用実績に基づき速度検知用遊輪の設計と装備位置が変更となり(中間台車の内側に装備)、側面に設けられた非常用蓄電池搬入口の位置も変更され、大型化されました。本グループまでが「ぶどう色2号(茶色)」で落成しました。

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EF63台車に装備された速度検出用の遊輪 2005/8/16 横川

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8号機の重連 軽井沢

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廃車後も碓氷峠文化村で庫内に展示されている10号機 2005/8/16

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2005年頃は横川駅にEF63 11, 12 189系あさま色の編成(クハ189-505)などが停められていました。 2005/8/16

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このロット最終番号となった13号機の重連

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13号機はカットモデルとなって大宮車両センター内に展示されています。 2005/5/28

写真の撮影年代が不明で恐縮ですが、晩年装備されたアンテナがないことから、1970年代後半から、80年代初期であることは確かです。いずれ分かったら追記する予定です。

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2013年7月18日 (木)

1975年 新潟の旅 19 JR東日本における末期の165/167/169系運用

165/167/169系の運用について、今回は本来の急行列車運用が廃止となった後の波動輸送に活躍した時代について触れてみたく思います。

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湘南色に戻された新前橋区のS9編成による団体臨時列車 2003/5/7 大宮

1981年から老朽廃車が開始されていましたが、余剰車両の活用を目的に国鉄末期から一部の車両はジョイフルトレインへ改造されたほか、急行運用の減少から新潟・長野・松本・甲府地区・飯田線豊橋口・関西本線名古屋口・和歌山地区などでは、普通列車の運用に充当され夏期冷房化率向上に貢献しました。またJR発足後はJR東日本一部地域で車体カラーも変更され、イメージを一新しました。

しかしデッキ付き2扉構造により乗降時間を要すことから列車遅延の原因となるなど使い勝手が悪い結果、115系・E127系・119系・213系5000番台・105系などに置換えられ、営業運転範囲は徐々に狭まっていきました。

JR化後は165系に限らず急行形電車そのものが老朽化による廃車も多く、また「上尾事件」のように急行運用の間合いによる大都市圏の通勤・通学ラッシュ時への運用には適さないことから、早急な置換えが必須でした。このため同時期に製造された113系・115系が延命工事を多数施工したのと対照的に165/167/169系は廃車への道を歩んで行きました。

配置区所別に、見てゆくことに致します。

上沼垂運転区

分割民営化後は、1987年9月3日から休日・休前日・長期休暇期間中のみ運転される新宿 - 新潟 - 村上間の快速「ムーンライト」に投入されました。「ムーンライト」は1985年に開設された夜行高速バス東京 - 新潟線に対抗するため1986年以降14系客車で運転されていました。また同列車には廃車発生品のグリーン車用リクライニングシートへの交換や読書灯の設置などグレードアップ改造が施工された専用のM編成が充当されました。
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M2編成

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上沼垂区のM2+M1編成による快速「フェアウエイ」 2003/3/1 東大宮~蓮田

1988年3月のダイヤ改正で「とがくし」「南越後」を松本・小諸・長野 - 新潟間の「赤倉」へ統合。「ムーンライト」を定期列車化。

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M3編成の快速「フェアウエイ」 2003/2/15 黒磯

1991年3月16日のダイヤ改正では「赤倉」の補完的列車として新潟 - 長野間越後線経由快速「やひこ」を設定。臨時列車扱いで「ムーンライト」に長岡で分割・併合する新井発着編成を設定。「やひこ」は1993年に、「ムーンライト」新井発着編成は1995年に廃止となりました。また「赤倉」は1997年9月30日で廃止。一方、「ムーンライト」は1996年3月16日のダイヤ改正で「ムーンライトえちご」に改称され、165系での運用は2003年3月まで実施されました。

最後まで残った定期運用に充当されていた「ムーンライトえちご」「フェアーウェイ」用M編成(3両編成x6本計18両)は老朽化に伴い2003年4月485系に置換えられました。

新前橋電車区

モントレー色と呼ばれる3両のS編成11本計33両が配置され主に波動運用へ充当されていましたが、運用数の減少ならびに183系・189系の転入に伴い、2002年からは残存していたS9-11編成を湘南色への塗装変更を実施した上で多くのイベント急行列車で運用されました。イベント終了後(2003年6月29日以降)に全車廃車となり、長野総合車両所で解体されました。

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新前橋区のS2編成 2003/5/5 大宮

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S8編成 2003/5/7 大宮

長野総合車両所

信越急行廃止後は、残存した169系15両に松本運転所から転入したサハ165形5両を組込み4両編成x5本を組成。当初は急行「かもしか」運用に投入されましたが、1988年に快速「みすず」に格下げ。以後はローカル運用が主となり、信越本線小諸 - 長野・篠ノ井線・中央本線・飯田線飯田以北で運用されました。

1997年10月1日のしなの鉄道開業によりN31・N32・N35編成からサハ165形を抜いたMcM'Tc3両x3本計12両が譲渡されましたが、松本所から補完分同数となる車両が転入しました。

1998年12月のダイヤ改正でサハ165形が編成から外れ、保留車となりました(1999年中に廃車)。N33編成をしなの鉄道に譲渡。N31・N32・N35編成は三鷹電車区に転属。
松本電車区から3両編成4本が転入しました。

本改正では定期運用がなくなり、波動輸送に活躍しましたが、これらの運用も2000年には終了し、2001年までに全車廃車・解体となりました。

松本運転所

1986年急行運用全廃後はローカル運用主体となり、当初は165系・169系混在でしたが、後に169系3両編成x14本(A編成)計42両に整理されました。塗装も長野色(初代→2代)に塗り替えられ中央本線甲府 - 中津川・大糸線・篠ノ井線・と広域で運用されましたが、1996年A2編成(クモハ169・モハ168-7+クハ169-4)が廃車、1997年10月の長野新幹線開通による改正で主に波動運用対応だったA12 - A14編成が長野総合車両所に転出、3両編成x10本計30両の配置となった。

1998年12月のJRダイヤ改正でE127系100番台に置換えられ、残存していた車両のうち6両が三鷹電車区に、12両が長野総合車両所に転属となり、残り12両は廃車され配置がなくなりました。

三鷹電車区

1986年に波動運用対応の165系が配置されてから何度か廃車・他区所からの転入で車両の置換えがあったものの、1999年以降は三鷹色に塗装された169系のM1 - M5編成・165系のM6編成の3両編成x5本計15両の布陣となりました。

東京近郊で運行されていた「こまちリレー号」(→「新幹線リレー号」→快速「むさしの」)・各種「ホリデー快速」・東京 - 大垣間増発夜行列車の最混雑時増結車などのほか、毎年8月15日に行われる諏訪湖花火大会で松本地区の115系や123系の代走として辰野支線(岡谷 - 辰野 - 塩尻)や大糸線の定期列車のみならず臨時列車にも投入されました。しかし「むさしの」は2002年12月に豊田電車区(現・豊田車両センター)の115系に、「ホリデー快速」も183・189系に置換えられた。その後は徐々に廃車され、2003年1月2日の臨時列車(169系6両編成)を最後に運用終了となりました。

田町電車区

国鉄時代から波動用として167系4両編成x9本を配置。後に全先頭車の前面強化とシールドビーム化・ATS-P取付・モハ166形のパンタグラフのPS21形への交換などを行いました。

その後は編成によって特化した改造を行っています。

H11編成
湘南色で先頭車の前面改造以外は原型を留めた編成。使用状況は後述のH19編成と同様で両編成と8両で運用されるケースが多々ありました。
H12 - 16編成
アコモデーション改善車座席をR51形簡易リクライニングシートに換装。塗装もアイボリーをベースに窓下をオレンジと赤、裾部を黄緑の帯という通称「田町色」変更されました。改造当初「はJR東日本ジョイフルトレイン」と表記しましたヘッドマークを先頭車の前面に掲出し、臨時快速「葉ッピーきよさと」などに投入されました。
H17・18編成
通称「メルヘン車」1988年に東京ディズニーランドへの行楽客輸送を目的とした快速「メルヘン」に投入するため廃車発生品のグリーン車用R24系リクライニングシートに交換した編成。後に田町色へ変更されましたが、1993年に臨時急行「しんせん・やまなし」運用で「パノラマエクスプレスアルプス」と併結で投入されることから準じた塗装となりました。 同列車ではパノラマエクスプレスアルプスがグリーン車。本系列が普通車として充当されました。
H19編成
湘南色。角形ヘッドライトとバケットタイプのボックスシートに改造。他編成のモハ167形と偶数向クハ167形ではトイレ・洗面所は撤去されたが本編成は残存。ボックスシート装備のためH11編成と共に主に神奈川県内 - 日光方面の修学旅行列車や臨時大垣夜行9375M・9372M)運用に投入されました。

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最初見たときはなんでこんな改造をするのかと感じた角形のライトを付けた田町区のH19編成 2003/1/26 大崎

上述の臨時列車や波動輸送のほかに「ホリデー快速むさしの」「ホリデー快速ピクニック」「ホリデー快速河口湖」などの準定期とも呼べる運用も存在しました。
これらの運用にはアコモ改造車・メルヘン車が主に投入される一方で、座席定員が少ないため臨時大垣夜行には例外的に数回使用された程度でした。逆にH11・H19編成は臨時大垣夜行と神奈川県から日光への修学旅行運用が中心で、オフシーズンは田町区で留置されることの多い編成でした。
2003年春期臨時大垣夜行での運用を最後に、同年5月から9月にかけて老朽化のため同年内に全車廃車となりました。

幕張電車区

千葉局管内の急行列車廃止後は3両編成x5本計15両が配置されていましたが、1986年に和式電車「なのはな」へ6両、1990年に「シャトル・マイハマ」へ3両が改造された結果、165・169系3両編成x2本計6両が波動輸送対応で運用されました。

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振り返ってみると、国鉄の分割民営化で国鉄らしさというか、全国統一性が無くなり、ジョイフルトレインといった今から思えばバブル期の産物のような列車がどんどん走り出し、一方で国内出張や海外出張で航空の方に興味を持ちだし、それまでの「鉄道撮影旅行」から「空港訪問」に比重が移ったのが1987年から1988年頃でした。国内出張などで出かけた先では、鉄道車両も写しておりましたが、興味の対象は旅客機に移っておりました。

1990年代は私にとっては航空機趣味がメインの時代で、鉄道趣味に復帰したのはデジカメを手にした2001年の秋のことでした。

そんな経緯もあって、今回の165/167/169系の末期運用はまさにその時代と重なっており、廃止(車)される直前に、デジカメで写真で撮った写真が殆どです。思えば「浦島太郎状態」で撮った写真ばかりでした。

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2013年7月16日 (火)

1975年 新潟の旅 17 碓氷峠を越えるために 169系

165系の話題に続いて、碓氷峠協調運転版として登場した169系について触れましょう。

1963年10月1日横川 - 軽井沢間の碓氷峠は粘着方式による複線運転となり、同時に長野までの電化が完成しました。それに伴い新前橋電車区の165系
上野 - 長野急行「信州」4往復(「丸池」を統合)
急行「信州いでゆ」(全車指定席列車)1往復
急行「とがくし」(夜行)1往復
上野 - 長野・長野電鉄 湯田中急行「志賀」2往復
上野 - 中軽井沢準急「軽井沢」2往復中1往復 に投入されました。

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           急行「妙向」としてEF63重連と協調しながら碓氷峠を登る169系

さらに1965年10月1日の直江津電化で上野 - 直江津間の「妙高」2往復にも投入。一方、「軽井沢」は80系電車運転分が廃止され1往復になりました。
軽井沢」は翌1966年3月5日に急行列車に格上げされました。

特急「あさま」が181系で運転開始された1966年10月1日のダイヤ改正では「軽井沢」を除き運用を長野運転所に移管。新造車と新前橋からの転入車で運用に充当。「信州いでゆ」は「信州」に統合。不定期客車列車で運転されていた「高原」を165系化。

長野配置車は上述した新前橋区の「軽井沢」専用編成と共通の編成が組成されましたが、碓氷峠はEF63形による牽引・推進運転のため連結両数が8両に制限されました。このため慢性的な混雑が顕著になっており、一部列車は高崎以南で長野方に3両増結する対策が採られましたが、信越本線そのものの抜本的な輸送量増強に対応ができないため、1967年EF63形と協調運転を可能にし12両編成まで碓氷峠を通過できる165系900番台を試作することになりました。これが派生形式169系誕生のきっかけとなりました。

169系が165系と異なる点は以下の通りです。

①協調運転用の機器としてSRB8形界磁接触器を新たに設置したこと
②制御装置をCS15C形に協調運転対応装置を搭載したCS15D形に変更したこと
③抵抗器を容量増大したMR52C形に変更したこと
④協調運転時に下り軽井沢方先頭車となるクハ169形にEF63形との連絡装置・非常制動時に衝撃を抑える特殊構造の非常弁・主幹制御器への防護回路等を搭載したこと
⑤協調制御用にKE70形ジャンパ連結器を搭載したこと

の5点で、車体構造・車内設備・性能は165系と同一であり、EF63形との協調運転は不可能になるものの165・169系との混結運転は可能でした。

1967年に試作車である165系900番台を新前橋電車区に配置され、試験の結果翌1968年 - 1969年169系として量産車の製造が開始されました。

量産新製車はMcM'ユニット27組54両Tc27両の計81両で、3形式とも1968年製車は冷房準備車として落成しました。1969年製車は落成時からの冷房車となりました。

クモハ169形
モハ168形とユニットを組む2等制御電動車 (Mc) で主制御器・主抵抗器を搭載していました。定員76名。1 - 27の量産車27両と901 - 904の試作車4両、合計31両が製造されました。試作車の冷房装置は0番台のAU13E形5基とは異なりAU12S形を6基搭載しました(クハ169形も同じ)。

モハ168形
クモハ169形とユニットを組む2等中間電動車 (M') で定員84名。電動発電機(MG)・MH113A-C2000M形空気圧縮機(CP)・パンタグラフを搭載しました。0番台は通常屋根構造なのに対し、900番台は当初モハ164形800番台同様パンタグラフ部が低屋根構造とされ、AU12S形5基搭載の冷房準備車で製造されました。冷房化の際には0番台同様AU72形1基搭載ならびに通常屋根化工事も同時施工されました。

クハ169形
2等制御車 (Tc) で定員76名。冷房化時に110KVA冷房電源用MGを搭載しました。

その他はすべて他形式からの改造車で、長野運転所(現・長野総合車両センター)残留のサロ165形から改造されたサロ169形19両、サハシ153形から改造されたサハシ169形10両を加えた110両が長野運転所に配置されました。

サロ169形
1等付随車 (Ts) で定員48名。1968年サロ165形19両から長野工場で改造されました。改造工程低減のため169系投入前から長野運転所所属の信越急行で運用されていた横軽対策施工車が改造種車とされました。冷房装置は全車AU12S形6基を搭載しました。特急格上げやグリーン車利用率低下により1982年より廃車が始まり、1985年3月のダイヤ改正で運用を失い1985年に形式消滅しました。

サハシ169形
2等・ビュフェ合造付随車 (Tb) で客室部の定員は36名。1968年に宮原電車区所属で余剰車となっていたサハシ153形10両から改造されました。基本構造はサハシ165形50番台に準じますが、CPは碓氷峠通過時にパンクさせた空気バネへの圧縮空気再供給を迅速に行うため残されました。改造日程の都合上サハシ165-53 - 55と同様に2回にわけて編入改造が行われました。 第1次改造ジャンパ連結器の交換と横軽対策などの169系化を郡山工場(現・郡山総合車両センター)・松任工場(現・金沢総合車両所)で施工。第2次改造耐寒耐雪構造への変更とビュフェ部改造を長野工場で施工。ビュフェ部は元AU12形4基で冷房を装備し客室は非冷房でしたが、翌1969年に客室側をAU13E形2基で冷房化改造が施工されました。1978年10月のダイヤ改正で運用を失い同年中に廃車。唯一残った5は松本運転所に転出しましたが、1979年に廃車となり形式消滅しました。

試作車は1968年の量産化改造で169系900番台へ改番編入し、引き続き新前橋区配置で同区の165系と共通運用されましたが、1984年 - 1985年にかけてクモハ・クハ169形クハ455形に、モハ168形サハ165形100番台に改造され区分消滅しました。ただしクモハ169・モハ168・クハ169の3形式新造量産車は、アクシデントで廃車となったクモハ169-9・モハ168-5を除き余剰老朽による廃車が1996年から開始されました。

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急行「妙向」 熊の平にて

<運用>

1967年165系900番台を新前橋電車区に配置し、横川 - 軽井沢間区間で試運転を行ったところ良好な結果を残したため翌1968年169系量産車として長野運転所に投入されることになり、1968年10月1日のダイヤ改正で
軽井沢」を除き、従来165系で運用されて急行を169系電車に置換え、
ビュフェ込みの9両もしくは12両編成で運転。
方面別愛称の整理統合。
長野・湯田中発着列車:「信州」7往復(「高原」「志賀」を統合)1往復は不定期。1往復は土休日のみ運転。2往復は季節列車扱いで長野 - 田口(現・妙高高原間延長運転を設定しました。
直江津発着列車:「妙高」定期2往復・不定期1往復・夜行客車列車1往復(「丸池」「とがくし」を統合)
軽井沢」を季節列車に格下げ。

1969年10月1日のダイヤ改正において「信州」2往復の延長運転区間を定期化。列車名も「妙高」に変更され、「信州」5往復(定期4往復・不定期1往復)・「妙高」6往復(定期4往復・不定期1往復・夜行客車列車1往復)となりました。
2往復設定されていた「信州」湯田中編成を「志賀」に改称。

1972年3月15日のダイヤ改正において「軽井沢」はサロ165形を1両減車の7両編成に変更。新前橋電車区165系基本編成に統一。
489系増備車の落成を待って、11月25日から「妙高」1往復を特急「白山」に格上げし発展的解消。「妙高」5往復(うち客車夜行1往復)に減便。
「信州」は季節列車の定期化ならびに1往復増発により6往復。うち1往復で長野 - 妙高高原間の季節延長運転を実施。

1975年3月10日のダイヤ改正において首都圏側の間合い運用で下り最終「あかぎ」と翌早朝の上り普通列車に充当。「信州」1往復で軽井沢 - 長野間が普通列車運転。長野 - 妙高高原間の季節延長が終了。

1978年10月のダイヤ改正において1976年11月末にビュフェの営業を休止していたサハシ169形を基本編成から外し11両編成化(改正前から編成変更を実施)。「信州」1往復減の5往復。「志賀」1往復を不定期列車化。

1982年11月15日の改正においてサロ169形1両減車の10両編成に短縮。「妙高」は客車夜行1往復のみとなり169系列車は全廃。「志賀」全廃により長野電鉄への乗り入れを中止。
「信州」4往復に減便。うち3往復は軽井沢 - 長野間で普通列車もしくは快速列車による運転。新特急格上げのため間合い運用の「あかぎ」充当が終了。
大量発生した余剰車は松本運転所に転出。
松本所への転出は、1978年の8両から開始。1988年にまでMcM'ユニットとTcは、廃車になったクモハ169-9・モハ168-5を除き一度は必ず松本への転入が実施されました。
その後は、長野に出戻った車両・松本で廃車になった車両・三鷹電車区に転属した車両などに分かれました。松本運転所転属のモハ168形は、中央東線狭小トンネル対策としてパンタグラフはPS23形に交換されました。

1985年3月14日改正において「信州」全廃。客車運転の夜行「妙高」を169系普通車のみの9両編成に置換え(長野 - 直江津間は普通列車)。

1986年11月1日ダイヤ改正で「妙高」は189系による運転に移行。信越本線急行での169系定期運用は終了しました。長野所属車は「かもしか」用に転用されたが、ローカル列車もしくは波動輸送用としての運用活動が主となりました。

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軽井沢を発車して碓氷峠を下る臨時列車 1984/5/3

JRからは2003年に系列消滅。しなの鉄道に3両編成x4本計12両が譲渡されましたが、2013年3月16日のダイヤ改定で定期運用を終了。週末を中心とした臨時列車運用も同年4月29日限りで運用を終了しました。

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2013年7月15日 (月)

1975年 新潟の旅 16 千葉管内の165系

165系の活躍、183系と同様に房総方面での活躍にも触れたく思います。
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      気動車急行に続く電車版循環急行として登場した急行「みさき」 千葉

房総地区での165系の活躍は、1969年7月11日房総西線(現・内房線)木更津 - 千倉電化に伴い、最終増備車44両が津田沼電車区に配置されたことに始まりました。

基本編成グリーン車付き7両+付属編成3両の10両編成を組成し、急行「うち房」で運転を開始しました。房総地区は季節による乗客数が大きく異なることから、当初より付属編成は多客期のみの連結とする方針が採られました。

1971年7月1日には安房鴨川まで電化区間が延長され、「うち房」も運転本数が下り7本・上り9本(うち2往復は季節列車)となり、従来の館山・千倉発着から一部列車の運転が延長されました。

1972年7月15日のダイヤ改正で総武快速線東京地下 - 錦糸町間が開業し、房総東線(同日から外房線に改称)蘇我 - 安房鴨川間も電化され、従来の「うち房」「そと房」は廃止されました。
房総半島一周の循環急行「みさき」(新宿・両国→勝浦→館山→両国・新宿)「なぎさ」(新宿・両国→館山→勝浦→両国・新宿)それぞれ2本ずつ計4本が設定されました(両列車とも勝浦 - 館山間は普通列車)。
165系44両は津田沼区から新規開設された幕張電車区に転属しました。(追記:165系急行のHMの外枠が赤いのは千葉管内の伝統で外房線系統は赤、内房線系統は青、総武本線系統は黄色、成田線系統は緑を受け継いでいるようで、気動車急行、165系急行、113系行き先表示、211系時代の線名表示まで受け継がれました。2014/9/21)

1975年3月10日のダイヤ改正で「みさき」「なぎさ」は廃止され、新宿・両国 - 館山間「内房」新宿・両国 - 安房鴨川間「外房」各3往復に再編されました。

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市川を通過する急行「内房」 「みさき」「なぎさ」が短命でその後に再び内房、外房が登場しましたが、千葉管内の急行はHMを掲出しており、写真の撮りがいがありました。1982/1/30

1974年10月26日に完成した北総3線電化に対応し、それぞれの路線を経由する急行列車にも165系が投入されました。
総武本線佐倉 - 銚子間:「犬吠」成田線成田 - 松岸間:「水郷」鹿島線:「鹿島」(新設)運用増に対応する153系37両(サロ165形を含む)下関運転所と田町電車区からが転入し165系と共通運用化が実施されました。

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新宿まで来ていた急行「犬吠」 

1982年11月15日のダイヤ改正でこれまでの急行は特急格上げとなり、総武・房総急行は全廃となりました。
運行末期にはヘッドマークの一部撤去や車両転配の関係でグリーン車を外さした普通車のみ6両での運転も実施されました。

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183系化された特急「すいごう」は撮り逃がしましたが、165系の急行「水郷」は錦糸町で撮影していました。

ダイヤ改正後の幕張電車区所属車は首都圏波動用の12両を残し新潟・新前橋・豊橋などに転出しましたが、1986年には169系が松本運転所から転入して総数は15両となりました。

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