2021年1月 7日 (木)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 68 169系の誕生から終焉まで

昨日の記事で坂城駅横に保存される169系3両編成(クモハ169/モハ168-1+クハ169-27)について触れましたが、165系900番台、新製車27組81両、サロ165からの改造車19両、サハシ153からの改造車10両の総計110両がどのように編成され、どのような運用に投入され、いつ廃車に至ったかを見てゆきたく思います。

169_20210106202801 急行「妙高」 熊ノ平信号所

1.試作車、量産車製造、他系列からの改造編入

1967年12月に碓氷峠協調運転試作車としてクモハ165/モハ164-901~904、クハ165-901~904の3両編成4組12両が日本車輌で製造されました。冷房工事準備車として落成し、クモハ、クハはAU12形、モハは低屋根構造でAU12S形搭載を前提にしていました。

1968年8月からは量産車第一陣としてクモハ169/モハ168-1~25、クハ169-1~24が製造され、クモハ169/モハ168-1~7を日本車輌、8~23を東急車輛、24,25を近畿車輛、クハ169-1~3を日本車輌、4~21を東急車輛、22~24を近畿車輛が担当しました。これらは冷房準備車として製造されクハ/クモハは分散式AU13E形、モハは集中式AU72形の搭載を前提にし、パンタグラフ部の構造は低屋根構造とはなりませんでした。

1969年9月の増備車両は冷房車両となり、クモハ169/モハ168-26,27、クハ169-25~27ともに東急車輌で落成しました。クハ/クモハは分散式AU13E形、モハは集中式AU72形を搭載し、クハに冷房電源専用として110 kVAのMH128-DM85形電動発電機(MG)が設置されました。

169_20210106133501
169系の投入でそれまで新前橋、長野に配置され、信越線の急行に使用されていた165系は新前橋に異動となりましたが、横軽対策済みで長野に残留したサロ165形19両が長野工場にてサロ169形に改造されました。冷房装置はAU12Sが6台搭載され、電源は自車給電用に40kVAのMG(MH122A-DM76A)を床下に搭載しました。これらのサロは169系の信越線での定期運用終了前に廃車されています。

169_20210106133801  サハシ169形は1968年当時、宮原区で余剰となっていたサハシ153形10両から、1965年10月の中央東線急行電車化でサハシ165-50番台が改造されたときと同じ仕様で改造され、日程の都合で改造は2次に渡って施工されました。1次ではジャンパ連結器、協調運転用引き通し回路の増設、横軽対策などの暫定改造で、2次は耐寒耐雪構造への変更とビュッフェ部の改造で寿司コーナーがそばコーナーに変更され、出入り台横に業務用控室が設置され、小窓が追加されました。床下に自車給電用に40kVAのMG MH101-DM65が搭載され、当初冷房はビュッフェ部分のみでしたが、1969年から1970年にかけ、客室部分にもAU12が搭載され、MGは110kVAのMH128-DM85に増強されました。これらのサハシも1980年代を待たずに廃車となっています。

2.信越線での運用

S169 1967年10月時点では信越線急行を担当する長野区の165系はMcM'Tc+McM'TsTsTcで5両編成8組、3両編成8組、予備車として各形式が3両ずつでした。169系導入にあたり、McM'Tcは転出しましたが、Ts車19両はサロ169形化改造の種車となりました。

169系急行は1968年10月のヨンサントオ改正でデビューし、当初は長野運転所所属のサロ2両とサハシ1両をMcM'とT’cに挟んだ6連+3連+3連の12連で運行されました。この時点ではMcM'T’c22組、TsTsTb8組で9両基本編成8本、3両付属編成6本、予備車McM'3組Tc2両、Ts3両、Tb2両の計103両体制でした。

列車名は「信州:上野~長野/湯田中」「妙高:上野~直江津」でした。1972年3月489系特急「白山」の登場、1975年3月の特急「あさま」の189系化などで、1976年11月30日限りでビュッフェの営業終了、1978年10月改正を前にサハシは編成から外され、11両化されました。

1979_20210106193001

1979年4月1日時点での長野運転所169系編成データ サハシが除かれ、サロが2両の時代

さらにグリーン車の利用率低下もあり、1982年11月の改正ではサロも1両減車となり、10両編成となりました。ヨンサントウ改正で一旦消滅した上野~湯田中間急行「志賀」は169系の登場で一旦は消滅しましたが、1969年10月改正で復活し、1982年11月の改正で長野電鉄乗り入れもなくなりました。

169-840503-2
軽井沢駅

信越線急行運用の減少で余剰となった車両は松本運転所に転出し、モハ168形は中央線狭小トンネル通過対策としてパンタグラフがPS23形に変更されました。1985年3月のダイヤ改正で169系による急行「信州」は全廃となり、169系はサロなしの9連(3連x3)になり、「妙高」でのみ運行されましたが、1986年11月のダイヤ改正でそれも189系による運行となり、信越線での169系の定期運行は終了しました。

3.他系列への改造、廃車

試作車として1967年に165系900番台で製造されたTcM'Mc4組12両は新前橋電車区配置され165系と共通運用され、1968年に量産化改造され169系900番台に改番されました。1984年から1985年にかけ、クハ/クモハ169-900台の各4両はクハ455形に系列間改造され、それぞれクハ455-300番台、-400番台となりました。モハ168-900番台4両は電装解除され、サハ165形100番台に改造され、松本運転所に配属、急行「天竜」に使用されました。
クモハ169-9が1982年7月にモハ168-5が1978年3月にクハ169-2が1987年2月にそれぞれ事故廃車となった以外は量産車3形式はJR東日本の承継されました。

1986_20210106195701 1986/11 国鉄最後のダイヤ改正時の長野第一運転区、松本運転所お169系編成表 
「天竜」を改称した「かもしか」用編成はクリーム10号、緑14号で座席は新幹線シートに

1993
1993年3月のダイヤ改正時の三鷹区、幕張区編成表

三鷹、幕張の編成は首都圏の波動輸送用に使用され、2003年、1998年までに全廃されました。

松本と長野の間では編成毎の交換もありましたが、200年、2001年までには廃車となり、4編成12両がしなの鉄道に譲渡されました。

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2021年1月 6日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 67 坂城駅そばの169系トップナンバー保存車

再び、2018年晩夏、信州の旅に戻ります。2018年9月2日、この旅の最終日は長野から篠ノ井へ、しなの鉄道線に乗車し、最初に降り立ったのは坂城駅でした。

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駅は埴科(埴科)郡坂城(さかき)町にあり、1888年8月15日、官設鉄道が長野~上田間を延伸開業した際に篠ノ井駅・屋代駅・上田駅と一緒に開業しました。

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駅の南側にはENEOS北信油層所に続く荷役設備があり、しなの鉄道線とJR貨物の駅となっており、根岸駅との間に高速貨物列車と専用貨物列車各1往復が設定されています。旅客駅は島式ホーム1面2線で業務は坂城町に委託された簡易委託駅となっています。

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風情のある木造駅舎の駅です。

北陸新幹線開業前は特急「あさま」が一部停車していましたが、現在はしなの鉄道の快速が一部停車、観光列車のろくもんが停車する駅となっています。

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2018/9/2 坂城 169系保存車輛

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駅の北東側に保存されている169系3両編成はクモハ169-1+モハ168-1+クハ169-27からなる3両編成で、しなの鉄道開業以来、S51編成として活躍してきた編成ですが2013年3月29日に同所に保存されることとなりました。

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各車両の・は横軽通過対応車で勾配を上下するため連結器にかかる負荷が大きいため連結器やそれを支える台枠構造を改造強化した車両を区別するための標記でした。モハ168の◆印は狭小トンネル対応の折り畳み高さの低いパンタ(PS23等)を搭載している車両の標記でした。

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2020年12月28日 (月)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 66 しなの鉄道線に関して

2018年晩夏の信州の旅、往路は中央本線でしたが復路はしなの鉄道で軽井沢へ、碓氷峠はバスで下り、横川からはJR東日本を利用しました。

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しなの鉄道株式会社 ロゴ

しなの鉄道は1997年10月1日北陸新幹線高崎~長野間の開業でJR東日本から経営移管された旧信越本線軽井沢~篠ノ井間(65.1km)を運営する会社(第三セクター鉄道 長野県73.64%、長野市3.88%、八十に銀行2.69%、上田市2.23%、千曲市1.98%)として設立されました。2015年3月14日には北陸新幹線長野~金沢間の延伸開業で長野~妙高高原間(37.3km)も経営移管されました。篠ノ井から長野に関しては引き続きJR東日本が経営し、しなの鉄道が乗り入れる方式となっています。

路線最大の運賃収入が見込まれる同区間については篠ノ井線の特急列車ダイヤ調節との理由からJR東日本は経営分離しないことから、しなの鉄道側は不満を訴えてきました。

長野県とJR東日本長野支社が2002年に実施した調査では同区間の年間運賃収入は約14億円であり、仮にしなの鉄道が同区間の経営を担当した場合、JRグループ各社との間で列車の運行調整を行うためには技術的経費的に困難であること、さらにしなの鉄道の当時の人件費・駅管理費等の維持コストを基に営業損益を試算すると年間10億円の損失が生じることがわかり、引き続き従来通り、しなの鉄道が乗り入れる方式となりました。

現有車両はJR東日本から譲渡された115系2020年から導入が進められているSR1系ですが、今回の記事では既に退役した169系について触れようと思います。

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169-s53-091231-32009/12/31 篠ノ井 169系S53編成

169系に関しては拙Blogにおいても2013年7月16日記事で触れていますが、1963年10月1日の碓氷峠新線開業でEF63重連による推進・抑速運転方式となりましたが電車の編成両数は8両に制限されていました。1967年165系900番台としてEF63重連との協調運転可能な編成が試作され、1968年から1969年にかけ、協調運転可能な装置類を搭載した系列として誕生したのが169系でした。McM'Tc27組81両が新製、サロ165形を改造した19両、サハシ153形を改造した10両の計110両の所帯となりました。

169

しなの鉄道には3両編成4本(S51~S54)と部品供給用の車籍無しの3両が譲渡されました。全ての編成がJR時代は快速「みすず」で活躍していた4連のアコモ改良工事施工車でシートはD21もしくはD23リクライニングシートでした。譲渡にあたり、サハ165が抜かれ3連となりました。トイレは使用禁止で、保安装置はATS-SNのため、S54編成はATS-Pを撤去しました。サービス電源はS52以外はSIVに換装されました。塗装は移籍時は旧長野色でしたが、まもなくしなてつカラーに変更されました。S52編成に関しては2008年9月、信越本線軽井沢~関山間開業120周年を記念し、旧国鉄色となり、2009年3月にはしなの鉄道色に戻り、2010年9月18日、2回目の旧国鉄色となりました。

2013年3月15日を以て営業運転を終了、同年8月1日までに全車廃車となりました。坂城駅に保存されたS51編成については後日、触れます。

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2020年12月16日 (水)

2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 58 湯田中駅あれこれ

東急8500系の話題で大分、横道にそれましたが、再び2018年晩夏の信州旅行の話題に戻ります。

Dsc05854 2018/9/1 湯田中駅ホームに繋がる改札口

Dsc05856 駅舎

信州中野駅から長野線の普通列車に乗車、終点の湯田中までやって来ました。当駅は1927年4月28日の開業ですが、これまでに何度か出てきましたが、信州中野から当駅までの区間は線名が何度も変わっており、開業当初は平穏線(平穏はこの地域の字の名前1927年8月27日からは山の内線(山の内は町名)、2002年9月18日からは長野線の駅となっています。

Dsc05857 周辺案内図 周辺に湯田中、安代(あんだい)、渋、沓野、上林、地獄谷、角間、星川、穂波、新湯田中と多くの温泉があり、志賀高原、北志賀高原が存在する山ノ内町

Dsc05863 駅の北側、湯田中温泉街の入口

駅名が示すように湯田中温泉の最寄り駅であり、志賀高原への玄関口の役割も持つ駅で、1990年代には志賀高原駅と言う駅名に改称する動きもありましたが、地元の温泉組合の猛反対で白紙撤回されました。
Dsc05858 旧1番線、右手に対して線路を付け替えて現在のホームが新設されました。

Dsc05861 旧駅舎を改装して湯田中駅前温泉 楓の湯に

かつて2006年8月末までは2面2線式の相対式ホームで、旧1番線に隣接した旧駅舎は「湯田中駅前温泉 楓の湯」という日帰り入浴施設となっています。湯田中駅は40‰の勾配を登りきった所にあるため、信州中野方面にホームを延長することが出来ず、2面2線式の頃は3両編成以上の列車が入線する際は駅の奥の延長線(200m)まで行き、そこでスイッチバックしてホームに入線していたそうです。

1000系(元小田急ロマンスカーHiSE)が営業運転を開始すると、同系の場合、運転席間の移動に時間がかかることから、湯田中駅でのスイッチバック方式の入線は廃止されることになりました。

平穏線は1.8km先の渋温泉付近の渋安代まで建設される計画でした(1920年7月26日の地方鉄道敷設免許申請)が未着工で1931年7月14日、免許失効、戦後の1949年5月10日、再び同区間(1.3km)の延伸免許が交付されますが1958年5月13日に失効しています。

かつては湯田中駅まで国鉄列車が乗り入れており、最初の乗り入れは1937年1月2日の長野駅経由でした。同年7月17日には屋代駅経由の列車も乗り入れました。国鉄からの乗り入れも1982年11月15日のダイヤ改正(東北新幹線本格稼働・上越新幹線開業)で上野発着の急行「志賀」の廃止で終了となりました。

因みに急行 志賀号は1962年3月1日からキハ57系で運転、1963年10月には碓氷峠の電化などで165系となり、1日2往復に、1968年10月には169系化され、愛称は「信州」に、1969年には再び「志賀」に戻され、1978年1往復が季節列車化、1982年11月の改正で廃止となりました。志賀号の貴重な写真はこちらのサイトに。

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2018年9月 3日 (月)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その3 

信州公園保存車両巡りの旅、最終日は長野から篠ノ井でしなの鉄道に入り、沿線の保存車両や上田から出ている上田電鉄線乗車を楽しみ、軽井沢まで、軽井沢から18号線碓氷バイパスを通る横川行きのJRバスで横川へ、、高崎、大宮、赤羽、新宿経由で帰りました。

Dsc07511

2018/9/2 坂城

長野発524の2612Mで坂城へ。駅北側の線路に169系の3連、クハ169-27とM'Mc-1が静態保存されています。

Dsc07495 ちなみに坂城駅の南側には油槽所があり、篠ノ井からここまでJR貨物のEH200, EF641000による貨物列車が入線しています。

続いては坂城と次のテクノ坂城のほぼ中間にD51245号機が保存されています。

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国道18号が線路に沿って走っており、スマホのマップを頼りに、ほぼ半分くらい来たところで逆木(さかさぎ)というT字路があり、ここかなと思って左に入り、しばらく坂道を上ると坂城町武道館があり、その裏手のわんぱく広場に保存されていました。ヘッドライトが欠なのが残念でした。

Dsc07545

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テクノさかき駅、聞き慣れない駅だなと思いましたが開業は1999年4月1日でしなの鉄道の最初の新駅として開業した駅なんですね。名前が示すとおり、工業団地に近い駅で金井中之条工業団地がそばにあり、工場群が広がっているそうです。

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1619Mとしてやって来た下り列車はS2編成で2018年12月まで走る「沿線キャラクター大集合ラッピング」編成でした。

続いて上田では長野までノンストップの快速が運行されており、

Dsc07559
編成は二代目長野色のS15編成でした。

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上田駅のしなの鉄道、上田電鉄の入口はまるで銭湯に入るようなこの暖簾が架かったスタイルです。ここで「軽井沢・別所温泉フリー切符\1850」を購入しました。上田電鉄線としなの鉄道(上田~軽井沢間)が1日フリー乗降区間になります。

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入線していたのは東急1000系の中間車改造のデハ6001-クハ6101でした。

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別所温泉線のほぼ中間の下之郷駅には車庫があり、かつてここからは西丸子線が出ていましたが、大雨の災害復旧が敵わず廃線となりました。

Dsc07598 下之郷の車庫で休む1001編成 

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さらにこの奥に元東急デハ5202ステンレスカー(上田電鉄デハ電装解除されクハ5251)が倉庫として使用されていますが、特徴的な前頭部にはカバーが架けられていました。

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終点の別所温泉、信州の鎌倉とも言われているようですが、駅には丸窓電車で有名なモハ5250が保管されておりました。以前、1990年代にも車で来た憶えがあります。

上田に引き返し、小諸へ

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115系S3の湘南色がいました。

懐古園もかつて1980年代に来ていますので今回はパスし、

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同園駐車場に保存されているC56144号機を見学。この機関車もライトが欠でした。

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続いて、御代田駅からあるいて5分ほどの場所に保存されているD51787号機を見学。
戦時設計の1000番台ではありませんが、カマボコ型のドームでした。なかなか手入れが行き届いた機関車で、

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公開日も決まっていました。

最後は軽井沢駅、ちょうど「ろくもん」の運転日のため旧軽井沢駅舎記念館は入場できませんでしたが、ホームにはEF632,EC401(10000)、モーターカーとマルタイが駐めてありました。

Dsc05983 クモハ169-6は森の小リスキッズステーション用に黄色に塗装されていました。

Dsc05991
軽井沢に鉄道で来たのも1980年代以来かも(通過は昨年10月にしましたが)知れませんが、以前は何も無かった駅の南側が大きく開発されアウトレットのようなものが出来ているのは初めて知りました。

流石に避暑地だけあり、このときは小雨が降る天気で寒く感じました。

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軽井沢から横川まではJRバス関東の路線バスで碓氷峠を下り、信州を後にしました。

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2017年8月10日 (木)

名古屋~亀山間 関西本線 その1 電化前後

名古屋から亀山に至る関西本線は名古屋~桑名~四日市間では近鉄名古屋線との競争で大きく水を開けられ、河原田で分岐し、亀山を経由せずに津方向に向かう伊勢鉄道線(旧国鉄伊勢線)は建設時の目的から大きく外れて第三セクター化されと、今回、乗車してみていろいろ問題を抱えている路線と感じました。

まずは開業から電化完成までの歴史です。

1888年3月1日関西鉄道の設立が認可、本社は四日市でした。

1889年12月15日、草津~三雲間が開業

1890年2月19日、三雲~柘植間が開業、現在の草津線が開通。12月25日、柘植~四日市間が開業。

1894年7月5日、四日市~桑名仮停車場間延伸開業

1895年5月24日、桑名仮停車場~桑名間開業、名古屋~前ヶ須(弥富)間開業、11月7日、弥冨~桑名間開業で草津~名古屋間全通。

1907年10月1日、鉄道国有化法で国有化。

1959年9月26日、伊勢湾台風で甚大な被害を被る。

1971年4月25日、名古屋~亀山間でSL運行終了。

1979年8月1日、名古屋~八田間電化。

1982年5月17日、八田~亀山間電化。

私が最初に関西本線の列車の写真を撮影したのは1975年1月2日に大垣行き夜行で名古屋遠征を敢行したときで、

10_1_750102
当時、旧型客車列車は当たり前のようにどこでも見ることが出来たので、編成全体は撮らなかったのですが、番号がナハフ10の1番で珍しかったので撮影したのと、

43_17_750102_2
かつて東海道で特急列車に使用されたスハ44系の一族だったので撮影したのがこのピンボケのスハフ43 17です。

スハフ43 10番台(11-24)は特急運用から一般運用に格下げされる際に不足気味になる緩急車のためにスハ44を改造したもので、同時に座席の回転化・室内灯の蛍光灯化・客ドアの交換・アルミサッシ化等が行 われています。

当時の客車は亀山区所属かと思われますが,1975/4/1時点での配置を見ると

オハ35 111, 441, 442, 459, 610, 616, 618, 729, 1025, 1143,
オハ41  407, 408, 409, 410
オハ46  17, 507
ナハフ10  1
オハフ33  1, 4, 6, 8, 10, 11, 12, 110, 112, 169, 367, 428, 436, 566
オハフ45  107
オハフ61  1516,1518, 1520, 1521, 1522, 1523
スエ71  4, 16, 31   

でした。スハフ43 17は1975年3月で廃車されたようです。

その後、出張等で名古屋に行った際にも撮影はしていますが、特に関西本線を意識して撮ってはいませんでした。

113_750102 1975/1/2 名古屋駅で撮影した中央西線用113系 神嶺区

165_8012081980/12/8 名古屋 165系

名古屋~亀山間電化後、国鉄末期までは113系165系が投入されたようです。

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2017年3月 6日 (月)

富士急電車まつり2016 その3 クモハ169-27

2016年11月12日、好天の中、下吉田駅、富士山駅(電車修理工場)、河口湖駅の3会場で開催された「富士急電車まつり 2016」、トピックその3は下吉田駅横に展示されているクモハ169-27のカットボディです。

169_16927_161112 2016/11/12 下吉田

富士急行では先の記事で紹介したように165系改造のフジサン特急2000形を運転していた際に、部品取り用としてクモハ169形を1両、富士山駅に留置していました。2000形の引退でその必要が無くなり、カットボディとしたそうです。

169_16927_161112_2
JRで廃車になる前は三鷹区所属で富士急行に譲渡され保存されていた頃の写真はこちらで見ることが出来ます。

165系900番台としての試作、169系としての量産に関しては以前の記事で記述しました。

この車両の履歴を

04 イカロス出版 国鉄型車両の系譜シリーズ04 形式165系

で調べると169系量産車のラストナンバーとして
1969年6月20日 東急車輛で落成、長ナノに配置
169系の量産車の多くは1968年に落成しており、1969年に落成したのはクモハ・モハでは-26,-27、クハでは-25~-27でいずれも東急車輛製でした。
1986年度中に長モトに転属
1997年度中に八ミツに転属
2003年1月30日に廃車 となっています。

169_16927_161112_3
2003年にJRから形式消滅した後、1997年10月1日の長野新幹線開業で誕生したしなの鉄道(信越本線の一部、軽井沢~篠ノ井間が経営移管されたもの)に3両編成4本が移籍し、最初はしなの鉄道塗色で、後に往年の湘南色に塗られ活躍しましたが、2011年7月1日からは、「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」の改正で運転状況記録装置を設置していない車輛のJR線入線は不可能となり、JR線内への入線が不可能となりました。

169_s53_091231 2009/12/31 篠ノ井 しなの鉄道の169系 S53編成

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2013年3月16日の改正で定期運用が無くなりましたが、クモハ169-1、モハ168-1を含むS51編成は坂代駅に保存、S52編成のクモハ169-6は軽井沢駅構内の旧軽井沢駅舎記念館に保存されました。

メカ的にはEF63との碓氷峠での協調運転のため、
制御器がCS15からCS15Dに、
主抵抗器は抑速発電ブレーキに備えて、容量をアップしたMR52Cに、
協調力行運転時に直列弱め界磁制御を行うための界磁接触器SRB8の設置、
上野向き先頭車にEF63との協調用KE70ジャンパ連結器の設置などがクモハ165に付け加えられました。
また、本来碓氷峠では軽井沢方がクモハの向きですが、坂下に重量の重い電動車を持ってきた方が安全なので方向転換されています。1969年製のクモハ169-26,-27はそれまでの量産車が冷房準備工事で出場した中、これらは最初からAU13Eを5台搭載しての出場となりました。

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2015年11月26日 (木)

東京総合車両センター公開 その3 首都圏直流電車の主電動機 part3 MT54

東京総合車両センター公開での主電動機の展示に沿って、歴代の電車のモータを見ていますが、今回は国鉄抵抗制御新性能電車のスタンダード・モータだったMT54形です。

Mt54_150822
MT46、MT46A101系から始まる新性能電車の主電動機として東洋電機製造が設計したのに対して、MT54は日立製作所が1962年に設計・開発したモータで

端子電圧 375V
定格出力 120kW
定格回転数 1630 rpm 全界磁
定格電流 360A
最高回転数 4320 rpm

となり、MT46Aに対して20%出力が向上し、MT比1:1の車両構成でも25‰程度の勾配が登坂可能となり、経済性と輸送力を両立させました。

165108_140812 クモハ165-108 2014/8/12 リニア・鉄道館

MT54が最初に搭載された系列は165系1963年3月、主制御器CS15と組み合わせて登場しました。勾配線区や寒冷地での運用を考慮し、153系に対して出力増強、耐寒性能が向上した急行形系列となりました。

急行形では交直両用系列の50Hz版451系、60Hz版471系においてもMT46AをMT54に置き換えて453系や、473系、さらに453系や473系に抑速ブレーキ機能を付加した455系、475系、(制御器はCS15B)、そして周波数を50/60Hz対応可能とした457系へと発展して行きました。また165系においては修学旅行用バージョン167系、さらに碓氷峠の協調運転用として169系が製造されました。

4731_811126_edit クモハ473-1+モハ472-1の1ユニットのみの製造で終わった473系 1981/11/26 金沢
ちょうど34年前に撮影した写真です。

特急形では151系、161系がモータを換装し、181系に、交直両用昼行特急車輛の481系、483系、485系、碓氷峠協調運転用489系、寝台特急電車581系、583系(モータは耐寒耐雪形のMT54B、主制御器もCS15E)、交流専用特急車両781系では417系で採用された強制通風冷却方式のMT54Eが採用されました。183系でもMT54が採用されました。

近郊形でも401/421系の出力増強タイプとして、403系、423系、さらに50/60Hz共用として415系、その直流版として111系の出力増強タイプ113系、勾配区間対応でノッチ戻し、抑速ブレーキ装備の115系(制御器はCS15A)に採用されました。

117系ではMT54Dが採用され、185系も同形式が採用されています。Dはネジがウイットネジ(インチネジ)から新JISネジ(メートルネジ)にかわり、互換性が無くなったことで新たに形式を起こしたそうです。

711902_910820 711系 試作902編成を組み込んだ編成 1991/8/20 苗穂

711系ではサイリスタ位相制御が採用され、MT54A電動機を永久並列接続し、端子電圧は375Vから500Vに引き上げ、定格電流を330Aに下げたことで、定格出力は150kWに上昇し、弱め界磁制御も廃して単純化されました。

国鉄以外では、

西武の601系からのカルダン車系列、701、801系は日立HS-836-Frb型 (端子電圧375V、定格出力120kW)ですが、国鉄のMT54と同一設計のモータでした。なんと国鉄の165系(1963年就役)よりも早い1962年に登場しています。さらに西武ではこのモータを国鉄101系と同じ84:15 (=5.60)の歯車比で駆動しており、加速力、牽引力重視の設定でした。国鉄では電力消費量の問題でこの歯車比の通勤車両は新造されず、581系583系を近郊型に改造した419系、715系で初めて101系の駆動装置を転用した際に登場しました。

北陸鉄道の7000系は廃車となった西武の701系のモータを再利用しており、えちぜん鉄道のMC6001形も愛知環状鉄道の100形などを譲受した際にJR東日本からMT54を購入し、搭載しました。伊豆箱根鉄道の3000系でも西武601系などと同仕様の日立製HS-836-Krb型が使用され、歯車比は86:15=1:5.73 となっています。

419_d15080905_2 419系 D15編成 2008/9/5 越前花堂

165系の走行機器を再用した1M方式の107系ではMT54BもしくはMT54D 4基を永久直列接続とし、歯車比を165系の4:21から5:60に変更して使用しています。

107_n1_111103_2 107系 N1編成 他 20011/11/3 日光

こうやって挙げて行くと、103系MT55381系MT58以外殆ど全てのMT46A以降の抵抗制御方式の国鉄新性能電車に使用された汎用モータであることが分かります。

CS15はCS12の発展型主制御器で電動カム軸式抵抗制御器
直列全界磁 13段 並列全界磁11段 並列弱め界磁 4段 
発電ブレーキ ノッチ戻し制御 抑速発電ブレーキ付き となっています。

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2013年12月28日 (土)

5両の保存D52を観に18切符で日帰り旅行 その4

D52を観る旅、高沢公園を後にして、沼津駅に戻り、9:51発の国府津行(2538G 313系3000番台V6編成 2連)に乗車し、次なる目的地、御殿場に向かいました。列車番号にGが付いているのはワンマン運転の意味のようです。

ここで御殿場線の歴史について触れてみようと思います。

1889年2月1日 東京~大阪間の幹線の一部として国府津~御殿場~沼津~静岡間が開通

1891年1月12日 御殿場~沼津 3月1日 小山~御殿場 複線化

1896年4月1日 東海道線と命名

1901年2月5日 国府津~山北 6月11日 山北~小山 複線化完成

1909年10月12日 主な幹線を本線と呼ぶようになり東海道本線に

1912年 富士裾野演習場が開設、物資、兵員輸送に活用

なんといっても当時の非力な蒸気機関車にとって、山回りの東海道本線は勾配のきつさが最大のネックで、その時代毎の最新鋭の機関車が投入されました。また、連結器の強度の問題から中間に補助機関車を挟んだり、あるいは平坦区間で連結されていた食堂車を切り離すといった措置も採られたそうです。

1918年 熱海線建設開始

1934年12月1日 丹那トンネル開通、東海道線のルートは熱海線経由に

1943年7月11日 山陽本線の柳井線ルートの複線化、横須賀線の横須賀~久里浜間の建設、樽見線への橋梁の転用のため、単線化

今でも沿線に、複線規模なのに単線という風景を見ることができます。

1955年9月1日 旅客列車に気動車導入
    10月1日  小田急電鉄の新松田~松田間の連絡線が開業

山北の記事で登場しますが、ディーゼルカー運転記念碑も残っており、ダブルエンジンのキハ50形はここが発祥の地でキハ51、52、55、58形式と発展していったのですね。小田急の当初の準急「あさぎり」の乗り入れ車両はキハ5000形でした。1968年6月30日に気動車準急は終了。

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再掲ですが、153系編成に連結されて保土ヶ谷付近を下る165系3連の急行「ごてんば」編成

1968年7月1日 全線電化 急行「ごてんば」運転開始、当初は165系3両編成で、1981年10月1日から167系4両編成に、1985年3月14日に廃止

小田急は電化とともに急行「あさぎり3000形SSE車で乗り入れ、1991年3月15日に急行としての運行は終了

1979年10月16日~18日 72系電車「さよなら」運転

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御殿場線で活躍していたスカ色の72系 1977/9/23 沼津

通年半自動ドア扱いであり、4両編成の中間に入る付随車には便所が設置されていました。

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クモハ73900先頭の編成 1977/9/23 沼津

クモハ73900はクモハ73174からの改造だそうです。

1987年4月1日 国鉄民営化でJR東海に 神奈川県内で唯一JR東海の管轄に

1991年3月16日 「あさぎり」特急化

1999年6月1日 313系を投入 12月4日 一部列車でワンマン運転開始

2007年2月14日 115系の定期運転終了 3月18日 113系の定期運転終了

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こちらも再掲ですが、JR東海の115系 おそらくこの2000番台が御殿場線でも活躍していたのでは 2005/8/21 島田 

119系するがシャトル編成が乗り入れていたこともありました。

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以前、沼津に同じ時間帯に到着して20000系見つけて撮影しようとしたところ、カメラを準備している間に車庫に回送するため動き出してしまい慌てて撮ったのがこの写真でした。 2009/8/13

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20000系の写真、「はこね」の写真は何枚かありましたが、「あさぎり」はあとこの1枚でした。 2009/10/10 代々木上原

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谷峨を通過する371系 X1編成 2009/8/13 この駅は素敵な駅舎も魅力ですね。

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千歳船橋を通過する371系 2009/10/10 あさぎりの運用を引退してもまだ廃車にはならず臨時列車等で活躍しているのは嬉しいことです。 

2012年3月17日 「あさぎり」沼津~御殿場間廃止、371系・20000形「RSE」による相互乗り入れから60000形「MSE」による片乗り入れとなりました。 

E231系1000番台も山北駅まで乗り入れていましたがJR東日本との直通運転も廃止されました。

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山北駅裏の鉄道公園でD5270号機を撮影していたら、60000形MSEの「あさぎり」が通過して行きました。展示機関車用のカメラで撮ったもので広角過ぎる写真です。 2013/12/21

ということで、10:25、沼津から30分強の乗車で御殿場に到着しました。

車窓からは白く雪を戴いた霊峰、そして今年 世界遺産に認定された富士山の風景を満喫することが出来ました。

今回はここまでです。Wikipediaの記事を参考に纏めました。

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2013年8月 3日 (土)

1975年 新潟の旅 23 碓氷峠の補機 EF63 その4

EF63形電気機関車、今回は第三次車です。

Ef63_24_000000
169系を推進して、熊の平を通過する24号機重連

番号    メーカー     予算           製造年   廃車

22, 23             昭和49年度第1次債務  1974年   

     川崎重工業                                                        1997年
     富士電機         

24, 25           昭和50年度第2次債務    1976年

1974年と1976年に増備されたグループです。

形態的にはナンバープレートがブロック式に、尾灯が外ハメ式に変更されました。これは同時期に製造された電気機関車、例えばEF65形1000番台ED76形EF81形でも見られた変化です。
水切り形状も再度変更されました。碓氷峠を通過する気動車運用は無くなったため、気動車用ジャンパ連結器は未装備となりました。
24・25は、1975年5・9が脱線大破事故で廃車となったため、補充代替として1976年に急遽製造された。22・23の主電動機送風機は20と同じ試作型送風機、24・25は21と同じ音域の低い送風機が装備されていました。

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尾灯の形がそれまでと異なる24号機 189系特急「あさま」のエスコート仕業に

<信越線軽井沢 - 横川間回送機関車脱線転落事故>

上り線で、単行機関車列車(回送列車)列車番号単5462列車(4両編成、EF63 5, 9+EF62 12, 35)が下り勾配でブレーキが利かなくなり、スピードが超過したため、脱線転落した事故。乗務員3名が重軽傷を負いました。

事故がおきたのは、1975年10月28日の午前6時16分ごろです。信越線上り線第一トンネル内で暴走し、出口付近で脱線した後、転覆・転落しました。

この区間は、最大66.7‰R350の急勾配、右カーブのため、下り勾配を走行するEF63は、抑速ブレーキを作動させながら、列車が過速度で暴走しないように下りて来ます。最高速度は旅客列車40km/h, 貨物列車25km/hに制限されており、機関車の回送列車である当該列車は貨物列車と同じ扱いで25km/hの制限によって走ることになっていました。ところが何らかの原因でこの過速度検知装置 (OSR) が正常に作動しなかったものと見られ(機関士が誤って旅客列車側にスイッチを入れていたとの説もあります)、制限速度を大幅に超過して坂を下り、トンネル内壁に傷をつけるなど暴走した後に脱線・転覆しました。

Ef63_25489_770800
489系上り特急「白山1号」をエスコートして熊の平のトンネルから出てきた25号機他重連

この事故の際、機関士は最終手段である電機子短絡スイッチによるブレーキも使用していましたが、それでも下り坂で暴走する列車を止めることはできなかったとのことです。急勾配の恐ろしさを関係者に知らしめた事故でありました。
この事故により、EF63全車両に設置されている過速度検知装置 (OSR) をより強固なものに変更する検討がなされましたが、過密ダイヤをさばくには横川駅付近の緩勾配区間を速やかに通過することが求められました(この付近ではOSRを切って運転される)ため、強制的な速度制限機能の付加は見送られました。

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引退後も短距離走行ではあるものの動いている25号機 2005/8/16 碓氷峠鉄道文化村

ちょうど、私が1975年11月の水上、柏崎方面の旅行に出かける、一週間前の出来事でした。

1970年代から80年代にかけての碓氷峠での撮影は両親が遺した北軽井沢にある別荘への往復で立ち寄った際に撮影したものですが、両親の没後、行くことも殆どなくまた碓氷峠自身が廃線となった今日ではますます足が遠のいてしまいました。

碓氷峠鉄道文化村や地元自治体に碓氷峠の鉄道復活の動きがあるというニュースも聞いていますが、観光鉄道として復活できれば嬉しいものの、そこにいたる道のりは結構険しいのかなとも感じます。

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