2019年8月 4日 (日)

速報版 岡山、広島、鳥取、兵庫を巡る旅 二日目

2日目は、朝9時にオープンする「津山まなびの鉄道館」の見学と因美線・智頭経由で郡家(こおげ)まで行き、若桜鉄道を訪問することです。

Dsc02438
2019/8/3 津山駅前

前回、津山を訪問した2013年には無かった駅前のC1180号機を見学します。2017年8月までは津山市南小学校に保存されていたそうです。実に美しく整備されています。

Dsc02352

2019/8/3 転車台上にはDD13 638号機が乗っていました。ここに乗る車体は1ヶ月ごとに替わるそうです。

Dsc02428
キハ58 563は少し前に引っ張り出されており、車内も見学可能でした。手前の動輪はC5768号機のもの

Dsc02368
DD16304のラッセルヘッドは片側だけが付属しており、扇形庫の外側から見学することが出来ました。

駅には「津山まなびの鉄道館」までの道順が示されており、徒歩約10分とのこと、オープン前に到着しましたが、既に待っておられる方が数名いました。扇形庫は1936年製で梅小路に次ぐ日本で2番目の大きさの庫だそうです。2009年には転車台とともに経済産業省の「機械遺産」に登録され、2018年にはJR西日本の鉄道記念物とされました。2016年京都鉄道博物館がオープンした際、大阪弁天町の交通科学博物館に保存されていて京都鉄道博物館に収蔵されなかったD512号機、DF5018号機のほか、試作機1両のDE50、DD51, DD13, DD15, DD16などのDL, キハ181、キハ58、キハ52、キハ28、そして異色のオハ50形にエンジンを搭載したキハ33, 10t貨車移動機等13両が収蔵されています。

Dsc02481
2019/8/3 智頭 キハ120-343 因美線 津山~智頭間

駅に戻り、1135発の因美線智頭行きに乗車、1時間程で智頭に付きますが因美線はこの区間山越えでキハ120形25km速度制限区間をゆっくり進むのが印象的でした。

Dsc02492
2019/8/3 智頭 HOT3501 智頭~鳥取間 上郡~智頭間の智頭急行の車両が山陰線まで乗り入れています。

智頭からは智頭急行HOT3500形鳥取行きで郡家に向かいますが、郡家で降りて若桜鉄道を待つと1時間ほどあるので、そのまま鳥取まで乗車しました。

Dsc02513

Dsc02532
2019/8/3 鳥取 キハ126 何種類かのラッピングがあるようですが、15+1015は漫画家青山剛昌が北栄町出身とのことで名探偵コナンのラッピング(青と赤基調)となっています・

鳥取駅は高架駅ですが、自動改札は導入されておらず、女性の駅員さんが列車のアナウンス、改札をしておられました。
30分の滞在で駅弁を購入、列車の写真等を撮影後、郡家に戻ります。今度はJRキハ47形2連でした。郡家で若桜鉄道の切符を購入する際に往復を買おうとしたら、1日自由乗車券の方が100円安い(¥430x2に対して¥760)とのことでそちらを購入。10分ほどで若桜行きの列車が到着、この列車も鳥取方面からやって来ました。

Dsc025842019/8/3 若桜 隼駅がスズキ製大型バイクの聖地とされていることからWT3301はバイクのラッピングに

Dsc02596

Dsc02592
若桜鉄道に乗車するのは初めてですが、隼駅ではライダーの集会があり、安部駅は映画「男はつらいよ 寅次郎の告白」(1991年12月21日公開)のロケ地、そして終点若桜駅には12形客車、DD16 7号機, C12167号機などが保存されていました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2017年6月10日 (土)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 8 いそかぜ

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開のHM展示、同時期の列車としては「明星」や名古屋~熊本の「金星」などもあるのですが、HMの展示はなかったのでそれらは別の機会にするとして、今回は、キハ181系特急だった「いそかぜ」にいたします。

Hn_161015
いそかぜ」という愛称は、昨日の「なは」の記事にも登場した1965年10月1日から大阪~宮崎(一部、大分)間に運行されたキハ82系特急、列車番号1D、2Dで最初に使用されようです。

485_481_0_750305 1975/3/5 門司 

1961年10月1日の改正では「かもめ」の補完として、同じくキハ82系により、大阪~博多間に山陽本線経由で「みどり」が運転開始されました。実際の運行開始は初期故障などを考慮して12月15日からだったそうです。1964年10月1日の改正では新大阪~熊本・大分に変更されました。さらに、1965年10月1日の改正では、熊本発着編成が筑豊本線経由で佐世保発着になりました。

1967年10月1日の改正で大分発着の「みどり」は「月光」とペアを組む形で581系寝台特急電車になりました。ただ、581系による「みどり」はサロ581形がなかったため、1968年10月1日のダイヤ改正で485系に差し替えられました。

485_481200_750306 1975/3/5 小倉

一方、「みどり」の佐世保編成の方は「いそかぜ」の大分で増解結されていた付属編成を筑豊本線経由佐世保編成とすることで置き換え、列車番号は佐世保編成が1D、2D,宮崎編成が2001D、2002Dとなりました。1968年10月1日の改正で「いそかぜ」の佐世保編成は「かもめ」に編入、宮崎発着列車は「日向」と改称し、「いそかぜ」の名称は消滅しました。

個人的には1976年の長崎・佐世保線電化で485系特急「かもめ」「みどり」が走り出した際に、佐世保線の「みどり」はそれまでの大分特急のイメージから命名の理由がわからなかったのですが、この記録から理解できました。

181 尼崎

一方、今回の「いそかぜ」は「まつかぜ」の流れを引き継いだ山陰~九州特急でした。
「まつかぜ」は1961年10月1日のダイヤ改正で京都~大阪~松江間(東海道・福知山・山陰)にキハ82系で運行開始され、1964年3月20日には京都~博多間に延長されました。この列車が1985年3月14日の改正で京都~米子、米子~博多間に分割され、後者が「いそかぜ」となりました。車両はキハ181系でした。

18132_041017_2 2004/10/17 幡生

1993年3月18日の改正では、運転区間を米子~小倉に短縮、小倉~博多間は「にちりん」の増発に充てられました。2001年7月7日からは米子~益田間は「スーパーくにびき」とし、「いそかぜ」は益田~小倉間になりました。2005年3月1日の改正で廃止となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2012年12月29日 (土)

1975/11 奥羽南線電化と特急「つばさ」の電車化 2

気動車特急「つばさ」を語る上で忘れてはいけないのが、間合い運用として秋田~仙台間に設定されていた特急「あおば」ですね。

ちょうど、12月11日の記事でご紹介した気動車特急「にちりん」に対して設定されていた「おおよど」と似た関係ですね。

まず。特急「あおば」の歴史を振り返って見ましょう。

1971年3月20日:仙台駅 - 秋田駅間に東北本線・北上線・奥羽本線経由で運行する特急列車「あおば」運転開始。 181系特急気動車で運転されたが、これは上野駅 - 秋田駅間特急「つばさ」の間合い運用であり、また当初は臨時列車で、市販の各時刻表には「当分の間運転」と記載されたうえで、1年後の定期化まで運転が継続された。なお、半年間は普通車のみの編成であったが、10月にはグリーン車・食堂車を連結した編成とする。

1972年3月:特急「あおば」を定期列車に格上げ。

1975年11月:特急「つばさ」の電車化に伴い、車両運用の都合上「あおば」廃止。急行「きたかみ」に格下げ。 (Wikipediaの記事を参考にしております)。

という4年8ヶ月の特急でした。本家が気動車から電車化されるのに伴って、運用の都合で廃止されていることも特急「にちりん」「おおよど」の関係とよく似ています。

臨時列車としての登場時と定期列車化された後での時刻を以下に示します。

Photo_2
定期列車化されて停車駅も増えていますが、所要時間は若干短くなっています。

そして秋田駅で12Dの到着を撮った写真を載せます。1975年8月に「あおば」を撮るために能代から秋田に行ったのを憶えています。

18132_7507

181_7507_2_4
181_2_5
毎度おなじみのキハ181-32ですが、おかしなことに国鉄の特急シンボルマークがありません。後年、「いそかぜ」で撮った際にはきちんと装着されていましたが。

特急「つばさ」を語る上であとひとつ忘れてはいけないのが客車特急「つばさ51号」ですが、こちらは1974年3月に乗車し、本ブログの11月16日の記事(1974/3 能代、函館へ)でも取り上げておりますので、今回は写真だけに留めておきます。

Ef65_1050_51
西日暮里横を通過するEF651050号機牽引の特急「つばさ51号」 8001レ

14_1_800102
スハフ14 1を最後尾に従えた特急「つばさ51号」 8002レ 郡山

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

2012年12月28日 (金)

1975/11 奥羽南線電化と特急「つばさ」の電車化 1

奥羽本線経由の秋田特急「つばさ」は私にとって縁の深い特急です。

1961年10月の改正で登場してから、キハ82形、キハ81形、キハ181系、そして485系が使用されており、現在は山形新幹線の愛称となっていますが、キハ82形による「つばさ」は記憶には無く、キハ81形の「つばさ」は東北からの帰りに福島で目撃した憶えがありますが、もちろん写真は撮ってなく、1972年10月に上野駅デビューして列車の写真を撮るようになってから、181系、14系客車、485系の写真を撮ってきました。

今回は主に関東で撮った181系「つばさ」の写真をご紹介しようと思います。

18113_2

朝、上野駅で出発準備する下り「つばさ1号」1Dを写したものです。

<特急「つばさ」の歴史>

奥羽本線を走る長距離列車の始まりは、

1922年3月:奥羽本線経由で上野駅 - 青森駅間を結ぶ急行列車として、701・702列車を新設。
1940年10月:701・702列車から列車番号を改めた401・402列車は、秋田行きになる。
1943年10月:401・402列車、普通列車に変更。

1956年11月:上野駅 - 秋田駅間で急行「鳥海」が運転開始。上野駅 - 仙台駅間は「青葉」(あおば)と上野駅 - 福島駅間で併結していた。

「つばさ」という名称は所謂、サンロクトウの改正で登場しました。当初、秋田駅で日本海縦貫線の特急「白鳥」との乗り継ぎが設定され、「つばさ」という名称は白鳥の翼を意味したものとかの説もあるようで。

1961年10月1日:サンロクトオのダイヤ改正により、上野駅 - 秋田駅間を東北本線・奥羽本線経由で特急「つばさ」が運転開始。キハ82系気動車を使用。

意外なことに、運行開始当時「はつかり」は常磐線経由であり、同時期に設定の「ひばり」は運行開始が半年遅れとなったため、特急「つばさ」は上野駅発着で宇都宮駅、福島駅を経由する初の昼行特急列車となったのですね。

DcDsDdDDDc×5 所要4
つばさ(1)、白鳥(1)
 上野1230-2100秋田
 秋田810-1640上野
 上野850-2112大阪
 大阪805-2035上野

1963年4月:「つばさ」キハ80形1両を増結して7両編成化。12月:「つばさ」に盛岡駅発着の列車(6両編成、食堂車連結)を併結し、上野駅 - 福島駅間では13両編成となる。

DcDsDdDDDDc×3 所要2
つばさ(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101650上野

DcDsDdDDDc×3 所要3
ひばり(1)、つばさ(1)
 上野12302000盛岡
 盛岡9051650上野
 仙台7301225上野16302125仙台

1964年10月1日:「ざおう」1往復を特急列車化し、山形駅発着の気動車特急として「やまばと」がキハ82系7両編成で運行開始。「つばさ」は盛岡駅発着の列車に1両増結し福島駅以南では14両編成での運転となる。
尾久客車区
DcDsDdDDDDc×5 所要4
つばさ(1)、やまばと(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101650上野
 上野9451517山形16102140上野
 上野12302000盛岡/盛岡9051650上野(隔日運用 1運用は盛岡車)

盛岡客車区
DcDsDdDDDDc×1 所要1
つばさ(1)
 盛岡9051650上野/上野12302000盛岡(隔日運用 1運用は尾久車)

1965年10月:「つばさ」の盛岡駅発着の列車を「やまびこ」として分離。「つばさ」秋田発着のみで2往復とする。 「やまばと」に会津若松駅発着列車を併結。同時に食堂車の連結を中止し各編成を6両編成化、郡山駅以南では12両編成での運転となる。

DcDsDdDDDDc×5 所要4
つばさ(2)
 上野12102037秋田
 秋田8101649上野
 上野7301605秋田
 秋田12402120上野

181_720727

再掲ですが、1972年7月の萩旅行出発の際に東京駅15番ホームで出発待ちの181系特急「つばさ」を撮影していました。

1968年10月1日: 「つばさ」の一部が東京駅発着になる。この後1年間は1往復(上下とも2号)に「はつかり」の583系電車化で余剰となったボンネット型のキハ81形が転用された。
福島駅 - 米沢駅間が直流電化から交流電化に変更され、「つばさ」は福島駅北方の中川信号所で行っていた補助機関車の連結・解結作業が福島駅構内で行われるようになり、使用機関車もEF64形からEF71形になる。
「やまばと」の使用車両を485系電車に変更したことにより、「やまばと」の会津若松駅発着列車を「あいづ」として分離し、「やまばと」に食堂車が復活。

DcDsDdDDDDc×2 所要2 イタリックはキハ81
つばさ(1)
 上野12152030秋田
 秋田12352107東京

DcDsDdDDDDc×3 所要2
つばさ(1)
 東京7301551秋田
 秋田8201640上野

181_7507b
1975.7に大学のクラブの夏の旅行で上野から「はつかり5号」に乗車した際に向かいのホームに到着した上り「つばさ1号」2Dを写したものです。

1970年2月:「つばさ」が奥羽本線板谷峠の自力登坂を目的にキハ82系からキハ181系10両編成に置き換え。

尾久客車区 キハ181系

DcDsTdDDc×5 所要4
つばさ(2)
 東京7301551秋田
 秋田12352107東京
 東京12152030秋田
 秋田8201640上野

DDDDDc×5 所要4
つばさ(付属2)
 東京7301551秋田
 秋田12352107東京
 東京12152030秋田
 秋田8201640上野

18131
いっぽうこちらは下り「つばさ2号」3Dです。キハ181-31、-32は既にご紹介しているように尾久から西方に転属となり「やくも」や「いそかぜ」で遭遇しております。

1971年 7月:「つばさ」の混雑緩和を図るためキハ181系10両を新製し、編成両数を10両から12両に増強。 12月:年末年始輸送でキハ181系による臨時列車「つばさ」51号と、485系による臨時列車「やまばと」51号が運転。

DcDsTdDDDc×5 所要4
つばさ(2)
 1971.4~と同じ

DcDDDDDc×4 所要4
つばさ(付属2)、あおば(1)
 1971.4~と同じ

Dc×2 D×3

1972年3月15日12系客車による臨時列車「つばさ」51・52号が運転を開始。 動力分散方式に比べ到達時分が長くなることをできる限り補うため、大宮駅や宇都宮駅には停車せず、急行形車両を用いるため特急料金の割引を行うなど、異例の列車となったが、その後に14系客車が投入されたため割引措置は終了した。
10月:キハ181系は急勾配区間の自力登坂や東北本線内での高速運転などの苛酷な運用に伴うエンジントラブルが夏季を中心に多発、遅延や運休が続出したため再び福島駅 - 米沢駅で補助機関車(EF71形)を連結することとなり、これは1975年11月の電車化まで実施。

18113
上野に到着した上り「つばさ2号」4Dです。

1973年4月:東北新幹線・上越新幹線建設工事に伴い、「つばさ」の東京駅乗り入れを中止。このほかキハ181系の故障対策として予備車を確保するため12両編成を11両編成に減車。
10月:「つばさ」はキハ181系の故障対策として福島駅以南を中心に所要時間が延長。

DcDsTdDDDDc×5 所要4
つばさ(2)、あおば(1)
 上野7271501秋田17302120仙台
 仙台8001150秋田13252109上野
 東京12051943秋田
 秋田8251609上野

DcDDDDc×4 所要4
つばさ(付属2)
 上野7271501秋田
 秋田13252109上野
 東京12051943秋田
 秋田8251609上野

Dc×2 D×3

18135_7507_b
上野を出発した下り「つばさ2号」を鶯谷付近で撮影したものです。

1975年11月24日:奥羽本線全線電化完成により、「つばさ」は485系12両編成を使用し電車化。当初は200番台を使用し、翌年1000番台に置き換えられた。

181系DC時代(1974年1月)と485系時代(1977年6月)の2往復のつばさの時刻を載せます。Photo

この時刻を見ると確かに電車化でスピードアップはされていますが、上野~福島間は変化がなく奥羽本線内で電化の効果が現れており、下り上りともは約20分の短縮効果があったことが分かります。

秋アキ 485系

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×5 所要4
つばさ(2)
 休
 秋田8401616上野‥尾久
 尾久‥上野8041539秋田
 秋田13402115上野‥尾久
 尾久‥上野12041939秋田

M'M×1 Tc×2 Ts×1 Td×1

1978年10月2日:1.「つばさ」「やまばと」は、それぞれ3往復ながら、合計6往復でペアによるエル特急指定。東北本線内の規格ダイヤ修正により若干所要時間が延びた。 2.「つばさ」に初の自由席設置。

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×12 所要9
つばさ(3)、やまばと(3)、いなほ(1)
 休
 秋田13502139上野‥尾久
 尾久‥上野8031555秋田
 秋田6411433上野15192303秋田
 秋田11481940上野‥尾久
 尾久‥上野10331516山形17552240上野‥東大宮
 東大宮‥上野12031955秋田
 秋田8201610上野17032146山形
 山形9551439上野15332016山形
 山形7551240上野13302122秋田

1982年11月15日:上越新幹線開業によるダイヤ改正により、 1.「こまくさ」は「つばさ」に統一されて廃止。なお、その名残で「つばさ」1号については運転区間が山形駅→秋田駅間となった関係上、「つばさ」「やまばと」の運行本数が変則的な形となった。 2.福島駅 - 秋田駅間の「つばさ」2往復半が設定され、同駅で東北新幹線と接続するダイヤを組む。 東北・上越新幹線の南端が大宮駅であったことから、上野駅発着列車として「つばさ」「やまばと」がそれぞれ1往復半、合計3往復が残されたものの、編成は485系12両編成から9両編成に短縮、食堂車の連結は廃止された。また、東北本線内のみを走る昼行特急が廃止されたことにより西那須野駅・白河駅・須賀川駅・本宮駅・二本松駅が停車駅に追加。

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8(臨時+1)
つばさ(5)(臨時+1)、やまばと(1.5)(臨時+1)、あいづ(1)
 休
 秋田8271624上野18202304山形
 山形7411236上野13201706会津若松
 会津若松10401424上野15202006山形
 山形7531117秋田11551633福島17432223秋田
 秋田5551033福島11121233山形12501415福島14431925秋田
 秋田13022124上野‥東大宮
 東大宮‥上野7201515秋田16252103福島
 福島8431318秋田
 秋田10001743大宮/上野11502000秋田

1985年3月14日:東北・上越新幹線上野駅乗り入れによるダイヤ改正により、 1.「やまばと」廃止、「ざおう」は上野駅 - 新庄駅間(一部列車は上野駅 - 山形駅間)で運行の臨時列車化。 これにより、上野駅発着として運行される奥羽本線方面の定期昼行列車は、「あいづ」の運用の関係上からも残された「つばさ」1往復のみとなる。なお、この列車は、山形新幹線開業まで運行される。2.「つばさ」の福島駅発着列車が増発され、上野駅 - 秋田駅間で1往復、福島駅 - 秋田駅間で3往復、福島駅 - 横手駅間で1往復、福島駅 - 新庄駅間で1往復、福島駅 - 山形駅間で1往復、山形駅 - 青森駅間で1往復の計9往復となる。編成も上野駅発着の1往復と福島駅 - 秋田駅間の1往復にはグリーン車連結の485系9両編成が使用されたが、ほかは485系普通車のみの6両編成(一部列車は繁忙期等に9両で運転)となった。

TcM'MM'MTsM'MTc×4 所要3
つばさ(2)、あいづ(1)
 休
 秋田8361311福島15241958秋田
 秋田6071403上野14371822会津若松
 会津若松9361324上野15042257秋田

TcM'M(M'MTs)M'MTc×6 所要5(臨時+1)
つばさ(6)(臨時+3)
 秋田10041444福島21502316山形
 山形616744福島9501331横手14031744福島
 福島7501229秋田16062044福島
 福島8551026山形10411210福島12501416山形15181645福島19502212新庄‥山形
 山形‥新庄716944福島11501630秋田
 福島13341502山形17321900福島
 福島17511919山形/福島18432008山形/山形18161944福島

1986年11月:「つばさ」は福島駅 - 新庄駅間で1往復、福島駅 - 山形駅間で1往復(季節列車)を増発し計11往復とする一方、山形駅 - 青森駅間の1往復を山形駅 - 秋田駅間に短縮、福島駅 - 秋田駅間の3往復のうち、2往復は福島駅 - 横手駅間1往復と福島駅 - 新庄駅間1往復に短縮された。使用編成も再度変更され、485系9両編成は上野駅発着1往復のみ、福島駅発着列車はすべて485系6両編成化、山形駅 - 秋田駅間の1往復は485系3両(繁忙期5両)となった。

TcM'MM'MTsM'MTc×4 所要2
つばさ(1)、あいづ(1)
 休
 秋田6101358上野14381817会津若松
 会津若松9321311上野15092255秋田

TcM'MM'MTc×8 所要6(臨時+3)
つばさ(9)(臨時+4)、いなほ(1)、たざわ(臨時1)
 秋田9371326新潟15271922秋田
 秋田8391311福島13481613新庄17201943福島21482310山形
 山形716838福島10481210山形14461610福島16471810山形
 山形621746福島9481329横手14111744福島19482208新庄‥山形
 山形‥新庄720946福島12191551横手17072044福島
 福島7481009新庄12231446福島15231955秋田
 山形9581132福島12481418山形15181644福島17461925山形
 山形11251256福島13271459山形17211848福島19232048山形
 秋田11051300盛岡13411551秋田

1988年3月13日:「つばさ」は福島駅 - 山形駅間の季節列車1往復を定期列車化、福島駅 - 横手駅間の1往復を福島駅 - 大曲駅間に、福島駅 - 新庄駅間の1往復を福島駅 - 横手駅間、福島駅→新庄駅間の1本を福島駅→秋田駅間、横手駅→福島駅間の1本を秋田駅→福島駅間に延長した。

TcM'MM'MTsM'MTc×3 所要2
つばさ(1)、あいづ(1)
 休
 秋田5381331上野14381813会津若松
 会津若松9361311上野15172304秋田

TcM'MM'MTc×8 所要6(臨時+2)
つばさ(9)(臨時+6)、いなほ(1)
 秋田9461329新潟15121903秋田
 秋田8261253福島14041620新庄17101936福島21502309山形
 山形652815福島10481314新庄13441613福島17091828山形
 山形552715福島7501213秋田13311805福島20052223新庄
 新庄705937福島12051551大曲16452037福島
 福島9471208新庄12261448福島15332006秋田
 福島8561021山形12271348福島/福島13111444山形16021726福島18081941山形
 山形9501115福島/福島19052035山形
 山形9021027福島11491312山形13371503福島/福島15101635山形17221855福島

Thsc(M'M)M'Mc×9 所要7
たざわ(14)、つばさ(1)
 秋田18372047盛岡21332320秋田
 秋田800953盛岡10341221秋田13051452盛岡15291723秋田18001951盛岡20342221秋田
 秋田10031150盛岡12291427秋田16011756盛岡18312024秋田
 秋田555744盛岡8251308青森14231855盛岡19272222東能代
 東能代606851盛岡9301122秋田12041356盛岡14281633秋田17422053山形
 山形6531002秋田11021253盛岡13351823青森
 青森6181056盛岡11341325秋田14051555盛岡16332114青森
 青森12191650盛岡17341933秋田

M'M×1 Ts×1 T×2

1989年3月:「つばさ」は福島駅 - 山形駅間に1往復が増発され、12往復となる。

TcM'MM'MTsM'MTc×3 所要2
つばさ(1)、あいづ(1)
 休
 秋田5381330上野14151753会津若松
 会津若松9361312上野15152304秋田

ThscM'MM'MTc×7 所要6(臨時+1) Thsc:G12人
つばさ(10)(臨時+上3下5)、いなほ(1)
 秋田9461329新潟14061759秋田
 秋田8271307福島14041617新庄17101933福島20052222新庄
 新庄700915福島11051324新庄14041620福島17091828山形‥福島21072226山形
 山形552713福島7461205秋田13421805福島19062031山形
 山形9501111福島12051551大曲16442037福島21522309山形
 山形652815福島10101227新庄12471506福島15331957秋田
 福島8581031山形10591225福島13111432山形16021726福島18081944山形20052138福島22262343山形

Thsc(M'M)M'Mc×9 所要8 Thsc:G16人
たざわ(14)、つばさ(1)
 秋田19202114盛岡21332320秋田
 秋田800953盛岡10341221秋田13041452盛岡15291723秋田18031954盛岡20342221秋田
 秋田10031150盛岡12291425秋田16001747盛岡18332025秋田
 秋田555744盛岡8251308青森14261857盛岡19292222東能代
 東能代606851盛岡9301122秋田12041356盛岡14281633秋田17422053山形
 山形6531000秋田11021253盛岡13351823青森
 青森6181056盛岡11341325秋田14061555盛岡16282114青森
 青森12191651盛岡17321929秋田

TcM'MM'MTc×1
M'M×1 Ts×1

1990年9月1日:山形新幹線第一期建設工事が開始されたことにより「つばさ」は福島駅 - 山形駅間2往復、福島駅 - 新庄駅間2往復が廃止となり、その代替として仙山線経由の快速列車増発、運行区間延長が行われたほか、臨時急行「はながさ」、臨時快速「かもしか」は廃止された。

TcM'MM'MTsM'MTc×3 所要2
つばさ(1)、あいづ(1)
 休
 秋田5381330上野14151753会津若松
 会津若松9371314上野15152300秋田

ThscM'MM'MTc×7 所要5 Thsc:G12人
つばさ(6)、いなほ(1)
 秋田9461329新潟14061758秋田
 秋田8401314福島13411602新庄16341740山形
 山形649810福島8561331秋田13581819福島20172243新庄
 新庄657915福島12051552大曲16442036福島21552316山形
 山形9141012新庄12531513福島15381957秋田

Thsc(M'M)M'Mc×9 所要8(臨時+1) Thsc:G16人
たざわ(14)(臨時+1)、つばさ(1)、はつかり(1)
 秋田19222114盛岡21352321秋田
 秋田800953盛岡10351223秋田13041452盛岡15321722秋田18031952盛岡20352222秋田
 秋田10031150盛岡12321424秋田16001750盛岡18322026秋田
 秋田555744盛岡8231309青森14261853盛岡19302222東能代
 東能代606850盛岡9301118秋田12051355盛岡14301632秋田17422053山形
 山形656958秋田11041254盛岡13341824青森18492107盛岡21362351青森
 青森6181049盛岡11351325秋田14061554盛岡16302115青森
 青森12211651盛岡17361923秋田
 秋田10311233盛岡13111505秋田

TcM'MM'MTc×1
M'M×1 Ts×1

1991年8月27日:山形新幹線第二期建設建設工事に伴い、 「つばさ」は福島駅 - 山形駅間1往復と福島駅 - 新庄駅間2往復を廃止、残った列車も東北新幹線接続駅が福島駅だったものが、山形駅で方向転換して仙山線を介し仙台駅に変更となる。上野駅発着列車についても仙台駅・仙山線経由で運行された。なお、この改正によって「つばさ」は東北6県の県庁所在地の駅を全て始発・終着とした列車となった。

TcM'MM'MTsM'MTc×3 所要2
つばさ(1)、あいづ(1)
 休
 秋田5381409上野15151859会津若松
 会津若松9371314上野14152300秋田

ThscM'MM'MTc×7 所要5 Thsc:G12人
つばさ(3)、いなほ(1)
 秋田13471750仙台
 仙台12181554大曲16422016仙台
 仙台9171328秋田
 秋田9121309仙台16021959秋田
 秋田9591337新潟14151804秋田

Thsc(M'M)M'Mc×9 所要8 Thsc:G16人
たざわ(14)、つばさ(1)、はつかり(1)
 秋田19402124盛岡21422321秋田
 秋田802950盛岡10481234秋田13041447盛岡15361716秋田18101952盛岡20432229秋田
 秋田10101150盛岡12371419秋田16021747盛岡18382026秋田
 秋田601742盛岡8221256青森14261852盛岡19372227東能代
 東能代608848盛岡9361117秋田12011346盛岡14491635秋田17502050山形
 山形700956秋田11041257盛岡13471816青森19082124盛岡21452359青森
 青森6181047盛岡11511336秋田14011556盛岡16472121青森
 青森12111646盛岡17481928秋田

TcM'MM'MTc×1
M'M×1 Ts×1

1992年7月1日:山形新幹線開業によるダイヤ改正のため、「つばさ」の列車名を新幹線に移行。山形駅 - 新庄駅・秋田駅間でエル特急「こまくさ」が運転開始。 「こまくさ」の愛称は急行「こまくさ」が1982年11月15日のダイヤ改正による格上げでエル特急「つばさ」に編入されて以来の復活となった。「こまくさ」は485系4両編成で運転され、基本的には、エル特急「つばさ」の山形以北の運転区間を分離した列車であったことから、山形駅における特急列車の乗り継ぎ制度が発足した。

Wikipediaの記事を参考に纏めてみましたが、1985年から1992年に新幹線化されるまでの間の歴史は殆ど記憶になかったことが分かりました。車輌配置と運用に関してはキハ80系、キハ181系、485系すべて「国鉄特急車両 配置および運用の移り変わり」のデータを参考にしました。

参考までに「つばさ」の運用に関係したキハ181形のナンバーを載せておきます。

5-19, 31-35 が落成当初から尾久に配置 全て1977年の485系化で移動

13と35は1975/9/4、秋田~四ツ小屋間で脱線事故廃車

<奥羽本線 秋田~四ツ小屋間 つばさ2号 事故>

昭和50年9月4日13時24分頃、奥羽本線秋田~四ツ小屋間において11両編成の上野発秋田行きの特急「つばさ2号」として運用中に後ろ9両が脱線した。列車は慣らし運転として新設線路を走行していたが、旧線と新線の接続部に不備があったことと、熱でレールが膨張していたことが原因。車両は修理不可能なほどの損傷では無かったが「つばさ」が485系での電車化が予定されていたため新製車であるにもかかわらず修理せず廃車。9人が負傷。キハ181-13は昭和44年11月24日落成、キハ181-35は昭和45年6月29日落成、キハ180-8は昭和44年11月25日落成と全車経年6年程度だったが、昭和51年1月17日付けで尾久客車区で廃車。 情報はこちらのサイトから引用

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

2012年12月10日 (月)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 4 山陰の特急 「まつかぜ」

今回は、かつて山陰本線のクィーンと言われた特急「まつかぜ」です。
82_3_3
大阪駅で出発を待つキハ82形「まつかぜ」

京都から博多まで福知山線経由ではありましたが、一日かけて山陰本線を走っていた時代もありました。まずはその歴史から、

気動車特急が日本全国で走り出した
1961年10月1日のダイヤ改正で京都駅 - 大阪駅 - 松江駅間(福知山線・山陰本線経由)で運転が開始された。当初はキハ80系6両編成、ハハハシロハの編成でした。

担当の大ムコにおける車両配置、編成は2012年11月10日の特急「かもめ」の記事に記述してあります。

1972年3月15日:山陽新幹線の岡山駅までの開業に伴うダイヤ改正により「やくも」の列車名は伯備線経由の新幹線接続特急列車に移行され、福知山線経由の「やくも」は「まつかぜ」になる。10月2日:ダイヤ改正により「まつかぜ」1号・2号の運転区間が下りは大阪駅始発、上り新大阪駅終着になる。

82_7207_2_3
10/26付けの記事で紹介した東萩での別カット 1972/7

1982年7月1日:「まつかぜ」3・2号の運転区間が大阪駅 - 米子駅間に延長、同時に使用車両がキハ181系に変更(博多発着列車はキハ80系を継続)。

米子運転所 キハ181系

←米子、姫路
DcDsDDDDc×3(11/27からDcDDDsDDc) 所要2
まつかぜ(1)、はまかぜ(1)
 米子11131709大阪18002224鳥取
 鳥取6211049大阪12101808米子
 
 
 

 Dc×1 Ds×1 Td×7

1984.2.1

←米子、姫路
DcDDDsDDc×3 所要2
まつかぜ(1)、はまかぜ(1)
 米子11131709大阪18002223鳥取
 鳥取6211049大阪12051808米子

Dc×1 Ds×1 Td×7

181_3
新顔181系「まつかぜ」 尼崎にて

1985年3月14日:ダイヤ改正により、「まつかぜ」1・4号の博多駅発着が廃止され、米子駅発着に短縮される。

←米子、姫路、博多
DcDDDsDDc×3 所要2
まつかぜ(1)、はまかぜ(1)
 米子10101602大阪17502221鳥取
 鳥取6401056大阪12001737米子

DcDDDc×5 所要4
おき(2)、いそかぜ(1)
 米子12001901博多
 博多8201530米子
 米子9281422小郡15082007米子
 米子6301121小郡12081711米子

D×1 Ds×1 Td×7

キハ181系 大ムコ

←姫路、米子
DcDDDsDDDc×5 所要4(臨時+1)
あさしお(5)、はまかぜ(1)(臨時+1)
 京都9281356倉吉14281857京都20052158東舞鶴22082254福知山
 福知山530625東舞鶴700900京都9501332城崎13561644京都17132228米子
 米子7001218京都13111600城崎16292004京都
 新大阪9221348鳥取14341851新大阪
 新大阪10061424香住15181925新大阪

DsDDDc×2 所要1
まつかぜ(1)
 大阪8001343米子14572037新大阪

DcDDDc×3 所要2
まつかぜ(付属1)、おき(1)
 大阪8001343米子14171922小郡
 小郡9081404米子14572037新大阪

D×1

1986年11月1日:福知山線宝塚駅 - 山陰本線城崎駅間電化完成に伴い、 1.特急「まつかぜ」・急行「だいせん」(昼行列車分のみ)「丹波」が統合され、エル特急「北近畿」10往復が運転開始。 2.「まつかぜ」「丹波」が廃止。これにより、「まつかぜ」「だいせん」で城崎駅より先に行く列車については、豊岡駅・城崎駅で接続する快速列車が運転された。

<特急「くにびき」>

1988年3月13日:米子駅 - 益田駅間で特急「くにびき」が運行開始。

1996年3月16日:「くにびき」が鳥取駅発着に変更され、鳥取駅 - 益田駅間で1往復になる。鳥取駅 - 米子駅間で特急「いなば」1往復が運転開始。 「いなば」の運転時刻は、改正前まで京都駅 - 米子駅間を走っていた特急「あさしお」のダイヤを部分的に継承した。
1997年11月29日:「いなば」が「くにびき」に統合されて廃止され、「くにびき」は鳥取駅 - 米子駅間1往復、鳥取駅 - 益田駅間1往復になる。

2001年7月7日:「くにびき」にキハ187系気動車が投入され、「スーパーくにびき」に改称。鳥取駅 - 米子駅間1往復、鳥取駅 - 益田駅間2往復、米子駅 - 益田駅間2往復。

2003年10月1日:「スーパーくにびき」から「スーパーまつかぜ」に改称。全列車が鳥取駅発着になる。鳥取駅 - 米子駅間下り1本・上り2本、鳥取駅 - 益田駅間4往復。12月6日・7日:山陰本線全通80周年記念として、大阪駅 → 米子駅間で「まつかぜ」が復活運転が実施される(6日が下り、7日が上り)。

<特急「いそかぜ」>

1985年3月14日:ダイヤ改正により、特急「まつかぜ」1号・4号の運転区間を分割、「まつかぜ」は新大阪駅・大阪駅 - 米子駅間の運行とし、米子駅 - 博多駅間で特急「いそかぜ」が運転開始。 当初よりキハ181系普通車4両編成と短い編成を使用しており、時間帯も変更となったため米子駅での接続は考慮されなかった。

1986.11.2 大ムコ キハ181系

←京都、姫路、博多
DcDDDsDDc×4 所要3
あさしお(1)、はまかぜ(2)
 米子9561543新大阪17502225鳥取
 鳥取6551103大阪12401835米子
 米子759鳥取9571405京都14401852鳥取2041米子

DcDDc×7 所要6
おき(3)、いそかぜ(1)
 松江6181054城崎11101405米子14361925小郡
 小郡9191414米子14321744豊岡18122143米子
 米子12031906博多
 博多8201535米子
 米子9161409小郡14481956米子
 米子6151103小郡11571704米子

D×5 Ds×1

1993年3月18日:特急「いそかぜ」の運転区間が、米子駅 - 小倉駅間に短縮。なお、小倉駅 - 博多駅間は特急「にちりん」の増発に充当した。

2001年7月7日:特急「いそかぜ」の米子駅 - 益田駅間は「スーパーくにびき」とし、特急「いそかぜ」の運転区間が益田駅 - 小倉駅間に縮小。

181_18132_020315_5
キハ181-32先頭の4連 特急「いそかぜ」 小倉

181_18131_020315_6


特急「いそかぜ」 2002/3/15 小倉

初めて見たときはキハ181系の4連なんて正直信じられませんでした。

2005年3月1日:特急「いそかぜ」が廃止。これにより、山陰本線益田駅 - 下関駅間の特急・急行および関門トンネルを通過する昼行の特急・急行が廃止。

(以上、Wikipediaの「こうのとり」「まつかぜ」などの記事を参考に纏めました)。

1977年3月の旅で撮影した「まつかぜ」の写真です。
82_7703_3
下り特急「まつかぜ1号」 5D 1977/3/15 玉造温泉

82_770317_2
82_770317_4
上り特急「まつかぜ2号」6D


82_770317_3
時刻表もろくに調べずに玉造温泉の駅のそばで撮影をしていたら、「やくも」「おき」「まつかぜ」と短時間の間に相次いで上り下りがやってきて非常に驚きました。
82_770318_2
特急「まつかぜ」 1977/3/18 小倉

82_770317
特急「まつかぜ」 1977/3/17 博多


山陰本線は長く、かつて特急「まつかぜ」が走破していた路線は、現在、優等列車の運行的には「こうのとり」が走る東部、「スーパーまつかぜ」が走る中央部、松江付近、そしてスーパーおきが走る西部、山口線と分割されてしまいましたが、益田から萩を経由して下関にいたる路線は特急が無くなり、普通列車も一日数本という状態になっています。萩へのアクセスは新山口からのJRバス防長線がメインルートになっています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

2012年12月 9日 (日)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 3 山陰の特急「おき」

今回は特急「おき」について触れたく思います。

「おき」は全く別の線区を走行する2つの特急列車に付けられた愛称で、

最初は1968年に大阪と山陰地方を結ぶ急行列車に「だいせん」の列車名が使用されることになったことから、伯備線経由の「だいせん」は「おき」に改称され、1969年には相生駅 - 東岡山駅間も山陽本線経由に改められました。

1971年に「おき」は特急列車化の上、新大阪駅 - 出雲市駅間に運転区間が変更され、初めて伯備線で特急列車が運転されることにないました。これはキハ181系の慣らし運転を兼ねる列車であったが、伯備線経由の特急列車は「やくも」とされたため、わすが1年で廃止されました。

車輌はすべて新製配置で

キハ181     25,26,27,28,29,30
キハ180           32,33,34,35,36, 37,38,39,40,41,50,51,52,53,54
キロ180           8, 9,10
キサシ180        8, 9, 10

DcDDsTdDDDDDDc×2 所要2
おき(1)(臨時+1)
 出雲市11301734新大阪2256614松江
 新大阪11331736出雲市‥松江2314542新大阪

Dc×2 D×3 Ds×1 Td×1

続いて

1975年3月10日に山陽新幹線岡山駅 - 博多駅間が開業した際に、山陰地方西部と新たに山陽新幹線の停車駅となった小郡駅(現在の新山口駅)を結ぶ新幹線連絡列車として、鳥取駅・米子駅 - 小郡駅間で特急「おき」として運転を開始しました。それまで山口線の優等列車は、山陰地方の西部から山口線経由で九州北部を結ぶ急行列車が運行されていましたが、これの系統整理により誕生した山口線初の特急列車でもあります。

80系の担当は大ムコでした。

DcDsDdDDDDc×3 所要2
まつかぜ(1)
 大阪8002050博多
 博多8152117新大阪

DcDsDDDDc×11 所要10(臨時+1)
まつかぜ(1,付属1)、あさしお(4)、はまかぜ(2)(臨時+1)、おき(3)
 京都8521226城崎12551547京都16332159米子
 米子6001057小郡15092013米子
 米子7001222京都13081556城崎16272000京都
 京都9201352倉吉14141853京都
 大阪8001210鳥取12441707大阪18002222鳥取
 鳥取6201049大阪12101630鳥取17002117新大阪
 新大阪9251516米子16032109小郡
 小郡12181847鳥取
 鳥取7211402小郡
 小郡9051400米子14302024新大阪
 新大阪10051339城崎16372012新大阪

DDDc×4 所要3
あさしお(付属4)
 京都8521226城崎12551547京都16332159米子
 米子7001222京都13081556城崎16272000京都
 京都9201352倉吉14141853京都

Dc×3 Ds×2 Dd×10

1976年10月1日:特急「おき」の使用車両が、キハ80系からキハ181系に変更。その内の1往復に関してはグリーン車が非連結となりました。

DcDDsDDDc×3 所要2
おき(2)
 米子6001057小郡12181847鳥取
 鳥取7211402小郡15092013米子

DcDDDDDc×2 所要1
おき(1)
 小郡9051400米子16032109小郡

Dc×2 Ds×1

1978年10月2日:松江駅高架化工事に伴い、「おき」の1往復が出雲市駅発着に変更。

DcDDsDDDc×3 所要2
おき(2)
 米子6001058小郡12151848鳥取
 鳥取7251403小郡15082013米子

DcDDDDDc×2 所要1
おき(1)
 小郡9051255出雲市15101903小郡

Dc×3 D×2 Ds×1

1982年7月1日:この日に実施された伯備線および山陰本線知井宮電化によるダイヤ改正により、「おき」は多客期を除きグリーン車の連結が廃止。

DcDDDDc×5 所要3
おき(3)
 米子6001059小郡12151849鳥取
 鳥取7251406小郡15052013米子
 小郡9051303出雲市15151911小郡

Dc×3 D×3

1985年3月14日:「おき」の全列車が小郡駅 - 米子駅間の運転に統一される。

米子区の担当に

DcDDDsDDc×3 所要2
まつかぜ(1)、はまかぜ(1)
 米子10101602大阪17502221鳥取
 鳥取6401056大阪12001737米子

DcDDDc×5 所要4
おき(2)、いそかぜ(1)
 米子12001901博多
 博多8201530米子
 米子9281422小郡15082007米子
 米子6301121小郡12081711米子

D×1 Ds×1 Td×7

1989年3月11日:「おき」の上り1本が下関駅始発(山陽本線・山口線経由)になる。

1994年12月3日:多客期のグリーン車連結を廃止。

1996年3月16日:「おき」の1往復を鳥取駅まで延長運転する(鳥取駅 - 小郡駅間下り1本、鳥取駅 - 下関駅間上り1本、米子駅 - 小郡駅間2往復)。

1997年3月22日:「おき」の下関駅始発が廃止。全列車が小郡駅発着になる(鳥取駅 - 小郡駅間1往復、米子駅 - 小郡駅間2往復)。

2001年7月7日:「おき」の使用車両がキハ187系に変更され、名称が「スーパーおき」に変更。全列車が米子駅 - 小郡駅間(3往復)の運転になる。

2003年10月1日:「スーパーおき」下り2本、上り1本が鳥取駅発着に変更され、鳥取駅 - 新山口駅間下り2本・上り1本、米子駅 - 新山口駅間下り1本・上り2本になる。

2005年キハ181系による臨時「おき」の運用が終了。以降は車両増結で対応することになる。(以上、Wikipediaの特急おきに関する記事を参考に纏めています)。

今回、ご紹介するのは後者の山口線初の特急の方で、1977年当時はキハ181系による運行でした。

181_770315_2_2
181_770315_1
この2枚は3月15日の午後、玉造温泉駅のそばで撮った数ショットのうちの2枚ですが、
http://w01.tp1.jp/~a073009361/JIKOKU/limexp77/oki.htm のサイトの時刻表で調べると下り3号1025Dと上り2号1024Dが16:41分頃にこの駅で交換していたことが分かります。

181_770316
181_770316_2
この写真は、3月16日に玉造温泉から下り2号1023Dに乗車して、特急の交換待ちで長時間停車と言うことで降りて、何が来るかと待ったら上り「やくも」との交換だったものですが、1977年6月の時刻表では1023Dと交換する「やくも」はなく、春の延長運転(益田発?)の臨時列車だったのかも知れません。駅は温泉津ではないかと思います。

18117_770316

18117_770316_2b
小郡到着後、撮ったショットです。山陽本線の80系が横に停まっています。山陰本線、山口線と非電化区間から山陽本線に出てくるとなぜかほっとした気分になるのはなぜなのかと思いますが、いつも味わう気分です。

<追記>
12/22に小倉方面に旅行した際に新山口駅にも立ち寄って今の様子を記録して参りました。

187_121222
果たして特急列車としての風格があるのかどうか多少疑問を感じるキハ187系

187_121222_2
サイドにはシンボルマークでしょうか?
187_121222_3
見方によっては英国の気動車にも似たタイプがあるような?

「おき」は「スーパーおき」と名前を改め、キハ187系3連で運行されておりました。ホームはSL山口号が発着する1番線からの発着でした。小郡から新山口に代わって年月もかなりすぎましたが、駅東方の機関区のあったあたりの風景は昔のままでした。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

2012年12月 8日 (土)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 2 キハ181系 特急 「やくも」 

1977年3月の旅はさながら、国鉄気動車特急撮影の旅でもありました。

1972年3月の新幹線岡山開業で登場した伯備線の陰陽連絡特急「やくも」、山陰本線の女王として君臨した特急「まつかぜ」、そして1975年3月の新幹線博多開業で登場した「おき」、九州では電車特急と気動車特急の二本立てで存在した「にちりん」、さらには特急「にちりん」の間合い運用で肥薩線経由で登場した特急「おおよど」を写した旅でした。

今回は特急「やくも」に触れたく思います。

まずは、その歴史から、「やくも」という愛称の特急は最初、東海道新幹線と山陰地方を結ぶ連絡列車として1965年11月1日に新大阪 - 浜田間(福知山線経由)において80系気動車で運転を開始されました。運転開始当初から1往復のみの運転でしたが、新大阪を12時に発車するダイヤで、ビジネスの利用のほか、温泉客の旅行としても良い時間帯を運転していたため、特に週末には特急券の入手が困難になるほどであったそうです。

受け持ちは向日町運転所(大ムコ)で、同所は1961年9月10日に向日町運転区として開設され、 1964年7月20日に向日町運転所に改称されています。

1965.11.1 「やくも」運用開始

DcDsDdDDDDc×9 所要8
かもめ(1)、みどり(1)、いそかぜ(1)、やくも(1)
 京都8002250西鹿児島
 西鹿児島7102209京都
 新大阪10302050大分
 大分9151940新大阪
 大阪7402125宮崎
 宮崎8552236大阪
 新大阪12002022浜田
 浜田8201632新大阪

1970.3.1 7両から9両に、

DcDsDsDdDDDc×5 所要4
白鳥(1)、やくも(1)
 大阪8402340青森
 青森4552003大阪
 新大阪12002022浜田
 浜田8201633新大阪

DDc×4 所要4
白鳥(付属1)、やくも(付属1)
 大阪8402340青森
 青森4552003大阪
 新大阪12002022浜田
 浜田8201633新大阪

1971.9.15 には付属編成が増結され12両となり、食堂車やグリーン車も連結されていました。

DcD×5 所要5
白鳥(付属1)、やくも(付属1)、まつかぜ(付属1)
 大阪8402335青森
 青森4552003大阪
 新大阪12002022浜田
 浜田8201633新大阪
 京都7201333米子15352158京都

DDDc×4 所要4
まつかぜ(付属1×2)、やくも(付属1)
 京都7201333米子15352158京都
 京都7201333米子15352158京都
 新大阪12001757米子
 米子10481633新大阪


山陽新幹線の岡山開業により、山陰地方との新幹線連絡列車は伯備線に移行されたため、1972年に「まつかぜ」に統合されて廃止されました

1972年3月:山陽新幹線岡山開業に伴うダイヤ改正により、岡山駅 - 出雲市駅・益田駅間で特急「やくも」4往復がキハ181系にて運転開始。

受け持ちは米子運転所 (米ヨナ)

1972.3.15から

DcDDsTdDDDc×4 所要3
やくも(4)
 出雲市6401022岡山10431420出雲市14501822岡山18432222出雲市
 浜田935出雲市11041447岡山15182108益田
 益田7001247岡山13181653出雲市1818浜田

DDDc×3 所要3
やくも(付属4)
 米子7441022岡山10431420出雲市14501822岡山18432123米子
 米子12061447岡山15181800米子
 米子10081247岡山13181554米子

Dc×1

181_770315_b_2
上り特急「やくも2号」 34D 出雲市駅

寝台特急「出雲」を降りたら上り「やくも」が出発準備をしていました。キハ181の奥の方に出雲市駅に留置される10系寝台客車の姿も見えます。

1973年10月1日:「やくも」が6往復に増発。

DcDDsTdDDDc×5 所要4
やくも(6)
 出雲市6401022岡山10431420出雲市14451823岡山18432222出雲市
 浜田935出雲市11041447岡山15182108益田
 益田7001247岡山13181653出雲市1818浜田
 出雲市8031147岡山12181539松江16251947岡山20172257米子

DDDc×3 所要3
やくも(付属4)
 米子7441022岡山10431420出雲市14451823岡山18432123米子
 米子12061447岡山15181800米子
 米子10091247岡山13181554米子

Dc×2 D×1

1975年3月10日:「やくも」は気動車特急としては初めてエル特急に指定される。

DcDDDsTdDDDc×6 所要5
やくも(6)
 出雲市10251402岡山15112113益田
 益田10051604岡山17112101出雲市
 出雲市8251205岡山13111655出雲市
 出雲市6201010岡山11111507出雲市16412025岡山
 岡山9241320出雲市14151802岡山19112228松江

DDDc×4 所要3
やくも(付属4)
 米子11281402岡山15111800米子
 米子13281604岡山17111957米子
 米子7301010岡山11111358米子15251802岡山19112151米子

Dc×2 Ds×1 Td×2

1976.3.1

DcDDDsTdDDDc×7 所要5
やくも(6)
 出雲市10251402岡山15112113益田
 益田6001205岡山13111655出雲市
 出雲市12181604岡山17112101出雲市
 出雲市6201010岡山11111507出雲市16412025岡山
 岡山9241320出雲市14151802岡山19112228松江

DDDc×4 所要3
やくも(付属4)
 米子11281402岡山15111800米子
 米子13281604岡山17111957米子
 米子7301010岡山11111358米子15251802岡山19112151米子

Dc×2 Td×3

181_770315

14:37に玉造温泉駅を発車した下り「やくも2号」33D

181_770315_2b
181_770315_2
その5分後には上り「やくも5号」40Dがやってきました。

18132_770315_2

キハ181-32はかつて特急「つばさ」で活躍していた頃、秋田で間合い運用の特急「あおばで撮り、さらに2002年にはいそかぜ」で活躍する姿を撮っている、よく遭遇した番号でした。

1980.10.1

DcDDDsTdDDDc×6 所要5
やくも(6)
 出雲市10221403岡山15102114益田
 益田6001205岡山13101700出雲市
 出雲市12241605岡山17102101出雲市
 出雲市6181010岡山11101508出雲市16372027岡山
 岡山9241320出雲市14161808岡山19102228松江

DDDc×5 所要4
やくも(付属5)
 米子11281403岡山15101800米子
 米子13291605岡山17101957米子
 米子9271205岡山13101555米子
 米子7301010岡山11101358米子15241808岡山19102151米子

Dc×3 D×2 Ds×1 Td×4

1982年7月1日:伯備線全線と山陰本線伯耆大山駅 - 知井宮駅(現在の西出雲駅)間電化に伴うダイヤ改正により、「やくも」がキハ181系から振り子式車両の381系電車に置き換えて電車化され、食堂車の連結が廃止となりました。「伯耆」が「やくも」に統合されて廃止されました。「やくも」は8往復になりました。「やくも」の運転区間が岡山駅 - 出雲市駅間とし、益田駅発着の列車が廃止されました。

余剰となったキハ181系のうち、キサシは廃車、多くは大ムコに転出となり、「はまかぜ」「あさしお」として使用され、米ヨナに残った車輌は特急「まつかぜ」「はまかぜ」それぞれ1往復に使用されることになりました。

DcDsDDDDc×3(11/27からDcDDDsDDc) 所要2
まつかぜ(1)、はまかぜ(1)
 米子11131709大阪18002224鳥取
 鳥取6211049大阪12101808米子

Dc×1 Ds×1 Td×7

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

2012年12月 7日 (金)

1977/3 山陰、九州、そして瀬野八へ 1 寝台特急「出雲」

今回からは数回に渡って1977年3月の山陰、北九州、瀬野八への撮影旅行を振り返ってみたく思います。

手元に残っている乗車券から、旅程は以下のようでした。
3/14 東京発 寝台特急「出雲」で出雲市へ
3/15 出雲大社 日御碕 玉造温泉駅 山陰線撮影 玉造温泉泊
3/16 特急「おき」で小郡 小倉 福岡へ
3/17 博多駅にて撮影 
3/18 小倉駅にて撮影
3/19 広島へ 瀬野八で撮影 帰京

まず山陰へは東京発のブルートレイン「出雲」を利用しました。当時の「出雲」は京都までEF65 500P牽引、山陰本線内はDD51牽引で客車は1976年10月のダイヤ改正で導入された東京発の寝台特急にとって初めての★★★の二段ハネ客車でした。

1975年3月の改正で24系24形が導入された「はやぶさ」「富士」「出雲」が今度は同時に24系25形化されたものでした。「出雲」は「はやぶさ」「富士」に較べて編成が短く、基本7両、付属5両でした。さらに緩急車オハネフ25は100番台となり、方向転換不能の片渡り構造となり、寝台側客窓のみ上下寸法が小さくなり、付属編成のオハネフも基本編成の最後尾のオハネフと同じ向きに車掌室が来るという変な編成形態でした。

2425_801208
オハネフ25100番台の「出雲」写真はテールサインが絵柄化された1980/12/8のもの

まずは急行時代からの「出雲」の歴史を振り返って見たく思います。

1951年11月25日:大阪駅 - 大社駅間の準急が、運転区間・列車種別を東京駅 - 大社駅間の急行に変更される(東京駅 - 大社駅間は3両で「せと」と併結運転、大阪駅 - 大社駅間は6両で、大阪駅で増解結)。
12月2日:東京駅 - 大社駅間の急行列車に「いずも」の列車名が付与される。

1954年10月1日:「いずも」の運転区間が、東京駅 - 大社駅・浜田駅間に延長(東京駅 - 大社駅間は3両で「せと」と併結運転、大阪駅 - 大社駅間は6両で、大阪駅で増解結。出雲今市駅 - 浜田駅間は快速列車。)。

1956年11月19日:列車名が「いずも」から「出雲」に改称。急行「せと」との併結を取りやめ、単独運転になる。

1961年3月1日:全区間が急行列車になる。

1961年10月1日のダイヤ改正により、「いずも」の運転区間が東京駅 - 大社駅間に変更され、京都駅 - 福知山駅間は福知山線経由から山陰本線経由に変更。 東海道本線では東京駅 → 名古屋駅間で南紀観光団体専用列車を、京都駅 → 東京駅間で寝台急行「金星」と併結運転。

東海道新幹線開通直前の1964年夏の萩への帰省で、往きは「雲仙・高千穂」で厚狭まで、厚狭から美祢線で正明市(現、長門市)へ山陰本線で萩へ、復路は浜田から急行「出雲」に乗車し、一日中日本海を眺めながら、ひたすら単調な山陰本線を走り、京都駅で大阪からの「金星」に併結されたのを憶えています。

1964年10月1日:東海道新幹線開業に伴うダイヤ改正に伴い、「出雲」は全区間単独運転になる。この際、編成のほとんどが寝台車と座席指定席の座席車で組成されることとなり、東京駅 - 米子駅間では食堂車も連結された。

1972年3月15日:山陽新幹線新大阪駅 - 岡山駅間の開業によるダイヤ改正により、「出雲」が特急列車になる。車両は20系客車が使用され、食堂車は全区間で連結に変更された。

Ef65_509_2

回送列車が12番線に入線

Ef65_509
この時代のEF65 500P形出雲運用には両側にHMが装着されていました。

Ef58_155_750328_2

1975.3,10のダイヤ改正で新設されたEF58(浜)牽引の特急「いなば」「紀伊」

Ef65_510
夕暮れの東京駅12番線における「出雲」牽引機の機回し風景

1975年3月10日:山陽新幹線博多駅延伸に伴うダイヤ改正により、1.「出雲」に24系客車が投入される 2.東京駅 - 米子駅間で寝台特急「いなば」が14系客車で運転開始。急行「銀河」1往復が廃止され、そのダイヤが使用された。

20
ピンボケ写真ですが、20系時代の「出雲」東京駅

14系7連を2本併結したスタイルで大阪方に「いなば」東京方に「紀伊」編成が連結されていました。

1976年10月1日:ダイヤ改正により「出雲」が24系24形客車から24系25形に置き換え。「はやぶさ」「富士」とともに東京駅発着の定期寝台特急初の2段B寝台投入。1人用個室A寝台も同時に連結開始。

14_7603東京駅に到着した「いなば」14系客車

Ef65_538_750925
2425_771009_2
EF65538以下銀帯の客車が連なる「出雲」

1978年1月:食堂車を浜田駅までの本編成から出雲市駅までの付属編成へと変更。10月2日:ダイヤ改正により「いなば」が東京駅 - 出雲市駅間に延長され「出雲」3号・2号に、「出雲」は1号・4号にそれぞれ改称。

14_790706「いなば」から「出雲」へテールサインも絵柄に 1979/7/6 東京

Ef65_1096_000000
Ef65_1096_000000_3
1978年8月頃から「出雲」の牽引機も新製のEF65 1000番台PF(1096)に交替

1980年10月:「出雲」2号・3号の東京駅 - 京都駅間牽引機が、EF65形に置き換えられる。

1984年2月1日:ダイヤ改正により「紀伊」が廃止され、「出雲」2・3号は単独運転になり、食堂車とB寝台1両が外されて8両編成になる。なお、外された食堂車は「はやぶさ」の「ロビーカー」の種車として使用された。 また時期を並行し、使用する14系B寝台車を2段化改造、約半年後に完了。

1986年11月1日:国鉄分割民営化に先立って行われたダイヤ改正により、「出雲」2号・3号の車両受持ちが品川運転所から出雲運転区に変更。

1987年4月1日:国鉄分割民営化に伴い、「出雲」1・4号はJR東日本が、「出雲」2・3号はJR西日本が管轄する共同運行列車になる。

1989年:「出雲」2・3号に3段式B寝台車が1両のみ復活。前年に現れた高速バスに価格対抗した「出雲B3きっぷ」が山陰側で発売されるのに合わせたもの。

1991年3月:「出雲」2・3号にB寝台個室は1人用B寝台個室「シングルツイン」、2人用B寝台個室「ツイン」を連結。なお、A寝台は開放式から1人用A寝台個室「シングルデラックス」へ変更。6月1日:「出雲」1・4号の食堂車が営業を休止して売店営業に差し替える。

1993年9月1日:山陰本線園部駅 - 福知山駅間電化・高速化工事に伴い、下り「出雲」1号のみ伯備線経由に変更。

1994年12月3日:品川運転所の車両無配置化に伴い「出雲」1号・4号の受持ちが尾久客車区(現在の尾久車両センター)に変更。

1995年1月17日 - 3月31日:阪神・淡路大震災により「出雲」1・4号の運転を取りやめ。これによって使用されない機関車は「なは」「あかつき」の迂回運転用に捻出。4月1日 - 4月16日:「出雲」2号は「出雲」4号の時刻で運転。臨時列車「出雲」84号は「出雲」2号の時刻で運転される。12月1日:「出雲」1号が元の山陰本線経由に変更。

1998年7月10日285系電車の投入により、 1.「出雲」2・3号は285系電車投入の上で、山陽本線・伯備線経由の「サンライズ出雲」に変更。東京駅 - 岡山駅間は「サンライズ瀬戸」と併結。2.「出雲」1・4号は出雲市駅 - 浜田駅間の運行を終了の上で号数表記を廃止。列車番号を初めて東京対九州寝台特急群と同じ下り出発順に番号を改めた。

285_sunrise_110828_3

285系によって今日も定期運行される「サンライズ出雲」(写真は回送列車)

2005年3月1日:「出雲」の東京駅 - 松江駅間で行われていたブルトレ便が廃止。

24_100_011231_2

金帯のカニ24100が品川で285系と並ぶブルトレ出雲最晩年の光景
Ef65_1113_040530

EF65 1113号機が牽引して終着東京を目指す 最晩年の光景 2004/5/30 浜松町にて

2006年3月18日:ダイヤ改正により 1.「出雲」が廃止。2.「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」の停車駅に上郡駅を追加。 3.鳥取駅 - 米子駅間については「出雲」の時間帯に「スーパーまつかぜ」が1往復増発。

(以上、Wikipediaの出雲に関する記述を参考に纏めました)。

さて、1977年3月の旅での写真ですが、いずれも夜が明けてからの「出雲」の最後尾からの展望で写した列車交換風景です。
82_7703_2
米子手前で上り「あさしお1号」と交換

当時、「あさしお」は4往復運行されており、1往復だけが米子まで来ていました。
181_770315_b
揖屋付近?における上り「やくも1号」2030Dとの交換 

日本の鉄道にしては通行方向が逆ですが、時間帯からやくも1号であることは間違いありません。

出雲市まで乗車した後、出雲大社に参拝し、日御碕等も観光して、その晩は玉造温泉に泊まりました。

尚、私の記事では「出雲」の乗車に関する記録はほとんどありませんが、

http://ef58.info/tokushu-top.html のサイトに同じ頃、1976年8月に乗車された記事ならびに出雲の紹介記事や素晴らしいお写真があります。是非、訪れてみて下さい。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

2012年11月 2日 (金)

1975/1 名古屋へ 3 キハ181 特急「しなの」

1975年1月の名古屋で見た国鉄気動車特急、最後はキハ181系による特急「しなの」です。

181_750102

<キハ181系 気動車特急「しなの」のヒストリー>

キハ181系はそれまでのキハ80系のコンセプトを踏襲しつつ、キハ90系試作車における大出力エンジン開発の成果を踏まえ、国鉄量産気動車としては初の500PS級大出力エンジンを搭載した車輌で、中央西線、奥羽本線、伯備線、土讃線など勾配が連続する急峻な山岳線区の特急列車として投入されました。

車輌構成はキハ181形、キハ180形、キロ180形、キサシ180形の4形式です。当初は以下の14両が投入されました。

キハ181   1~4
キハ180   1~6
キロ180    1,2
キサシ180 1,2

1968年10月の改正で投入、特急「しなの」登場

DcDDcDDDTdDsDc×1 所要1
しなの(1)
 名古屋8401251長野15101924名古屋

Dc×1  D×2 Ds×1 Td×1

181_750102_2b

1971年4月大阪~長野間の急行「ちくま」の昼行列車が「しなの」に統合され3往復に

DcDDDTdDsDDc×3 所要3
しなの(3)
 名古屋8001158長野12451915大阪
 大阪9501610長野16552054名古屋
 長野8371236名古屋16552053長野

DcDD×2 所要2
しなの(付属2)
 名古屋8001158長野12451915大阪
 大阪9501610長野16552054名古屋

Dc×1 D×2 Ds×1 Td×1

181_750102_3
1973年5月の中央西線電化完成後もキハ181系による運用が2往復残っていた。1975年3月の改正で全列車381系電車に。

DcDDDTdDsDDc×2 所要2
しなの(3)
 名古屋8001159長野13552019大阪
 大阪8201458長野15551959名古屋

DcDD×2 所要2
しなの(付属2)
 名古屋8001159長野13552019大阪
 大阪8201458長野15551959名古屋

DcDDDTdDsDDc×1
Dc×1 D×2 Ds×1 Td×1

1973年10月エル特急化

DcDDDTdDsDDc×2 所要2
しなの(3)
 名古屋8001159長野13552022大阪
 大阪8201458長野15551959名古屋

DcDD×2 所要2
しなの(付属2)
 名古屋8001159長野13552022大阪
 大阪8201458長野15551959名古屋

D×2 Ds×1 Td×1

1975年3月の改正で全列車381系電車化

181_750102_4
それまで運用されていた車輌は米子、高松へ転出

(部分的にWikipedia関連記事の記述からの引用、さらに「国鉄特急車両 配置および運用の移り変わり」を参考に編成、運用の移り変わりのデータを纏めました。)

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村に飛ぶことができます。

2012年10月25日 (木)

1974年秋 九州一周 2 大阪へ

京都から大阪へは新快速を利用しました。当時は京都~大阪ノンストップ29分で結んでいました。

車輌は153系165系グレー塗装にブルーの帯を入れてブルーライナー塗装と言われておりました。

<<京都駅>>

153_740929_2
153系 低運転台クハによるブルーライナー 京都
153_740929_3
こちらは500番台 高運転台のブルーライナー 京都

<<大阪駅>>

165_165_750306
こちらは165系 ブルーライナー 大阪

153系と165系の高運転台車は湘南色塗装の時は塗り分けパターンで容易に区別出来ますが、ブルーライナー塗装での区別は貫通扉枠の形態で区別が可能です。153系は平面的な枠が装着されているのに対して165系は強化された構造になっています。

<京阪神の新快速の歴史>

初代は113系電車1970年10月1日 - 1972年3月14日の間、運転され
二代目の153系(165系)の時代は1972年3月 - 1980年7月でした。
三代目は117系1980年1月 - 1999年5月10日の間使用され、1990年3月10日に115km/h化改造されています。
四代目は221系1989年3月11日 - 2000年3月10日の間、使用され、
五代目の223系1995年8月12日以降使用されています。2000番台の投入とともに2000年3月11日から130km/h化されました。さらに225系2010年12月1日に運転開始されています。

110901_740929
<サロ110-901について>

153系のサロとして1958年汽車会社で試作されたセミステンレス車です(登場時はサロ95901)。のちに113系に組み込まれる事になり改造され、1968年サロ110-901に改番されました。

101_740929
大阪環状線の101系 大阪駅

当時、大阪環状線は101系もしくは103系、6連(一部8連)で運用されていました。

Dd54_10_740929_2
DD54 10号機牽引の福知山線 客車列車大阪駅

当時の福知山線は非電化でこういった客車列車が運用されていました。

<DD54形ディーゼル機関車について>

1962年に西ドイツから輸入された機関・変速機などを搭載し、1965年まで山陰本線の京都 - 園部間などで試験運用されたDD91形の試用経験に基づいて1966年から設計・製造された亜幹線用液体式ディーゼル機関車で、1966年に試作車としてDD54 1 - DD54 3の3両が製造され、各種試験に供された後、1968年から1971年までの4年間にDD54 4 - DD54 40の37両が量産車として製造されました。

本形式に先行して設計・製造されたED72形・ED73形交流電気機関車と同様に窓下を突出させた「くの字」状の前面形態が採用され、車体断面も側板の上半分を内側に傾斜させた、ヨーロッパ調の独特のエクステリアデザインとなっています。

218_3762_090420_hamburg_hbf
現在も活躍する本家西ドイツ製218形 ディーゼル機関車 2009/4 ハンブルグ中央駅

重連運用は想定していないため正面貫通扉は装備せず、総括制御に必要な釣り合い管や制御用ジャンパー線などを設置していません。

製造時期により外観は前灯の位置と前面窓の形状が異なるほか以下の相違点があります。
DD54 1 - DD54 3(量産試作機) ステンレス窓ガラス支持・前灯窓上・サイドエアフィルター形状・動輪輪芯形状)

DD54 4 - DD54 24 ステンレス窓枠・前灯窓下・連結器解放テコ先端形状・砂箱形状

DD54 25 - DD54 40 窓ガラスHゴム支持・前灯窓下・車体溶接構造の変更

大別で上述3タイプ、各部仕様で細分すると1 - 6次車に区分されるそうです。

搭載機関はDOHC6バルブV型16気筒のDMP86Zディーゼルエンジンで、西ドイツマイバッハ社(Maybach=現・MTUフリードリヒスハーフェン)設計によるMD870を三菱重工業がライセンス生産を行いました。液体変速機は爪クラッチを介在させた4段変速機構をもつDW5で、同じく西ドイツのメキドロ社(Mekydro)が設計したK184Uのライセンス生産品です。

1966年に先行試作車であるDD54 1 - DD54 3の3両が福知山機関区(現・福知山電車区)に新製配置されました。これらの運用結果が良好だったために本格量産が決定し、1968年から1971年までに量産車37両が順次落成し、全40両の内、DD54 1 - DD54 29・DD54 38 - DD54 40の32両が福知山機関区に、DD54 30 - DD54 37の8両が米子機関区(現・後藤総合車両所)に、それぞれ配置されました。

本形式はその新製時の計画通り、当時山陰本線・播但線・福知山線などの列車牽引運用に用いられていたC57形・C58形等の蒸気機関車を置換え、当該路線群における無煙化を促進しました。

1972年3月15日から京都 - 浜田間で、米子機関区配置機6両により寝台特急「出雲」牽引が開始されました。しかし、この頃からエンジン本体や液体変速機の故障が多発、本形式の牽引する列車を当時残存していたC57形蒸気機関車が救援する、といった皮肉な事態が頻発するようになっていました。このため「出雲」運用への充当は2年で終了し、1974年には同運用のDD51形へ置き換えが実施されました。

さらに、本形式での故障頻発が運用・保守の両面で深刻な問題となっていたことと、DD51形が初期故障をほぼ克服し安定した稼動実績を確保していた状況から、本形式はDD51形で代替・淘汰されることが決定され、1975年から1977年にかけて山陰地区へ同形式の新造ならびに他地区からの転入が実施されました。

これにより、その時点で山陰本線用として配置されていたDF50形と本形式の淘汰が実施され、本形式は1976年6月30日に12両、1977年1月17日に10両、同年11月21日に10両 、1978年5月11日に4両が廃車されました。

最後に残った4両も1978年6月18日の播但線645列車を最後に運用から離脱し、同年8月に休車。同月11日に一旦全車廃車となりました。しかし、DD54 12とDD54 33については一旦廃車の後、何故か車籍復活の手配がとられ、同年12月1日に改めて廃車された。これをもって本形式は形式消滅となりました。

82_740929_2
82_740929_3_2
大阪駅に到着したキハ82系特急「はまかぜ」

<特急「はまかぜ」の歴史>

1972年3月15日:新大阪駅・大阪駅 - 鳥取駅・倉吉駅間(播但線経由)で特急「はまかぜ」2往復が運転開始。 「はまかぜ」の播但線内は無停車で、大阪・神戸・姫路 - 但馬地方・鳥取県の輸送を担当する一方、播但線内の需要は急行「但馬」が担当していた。

停車駅:新大阪駅 - 大阪駅 - 三ノ宮駅 - 明石駅 - 姫路駅 - 和田山駅 - 八鹿駅 - 江原駅 - 豊岡駅 - 城崎駅 - 浜坂駅 - 鳥取駅 - 倉吉駅 - 米子駅

受け持ち:大ムコ キハ82系

DcDsDDDDc×7 所要7
かもめ(付属1)、日向(1)、まつかぜ(1,付属1)、はまかぜ(2)
 京都7301848佐世保
 佐世保10502225京都
 大阪7252042宮崎
 宮崎9302243大阪
 京都7201210鳥取12461704大阪18002217鳥取
 鳥取6301044大阪12101624鳥取16552150京都
 新大阪9251417倉吉14421940新大阪


1975年3月10日:「はまかぜ」の倉吉駅発着列車が米子駅発着に変更。食堂車の連結が廃止。
82_1b
1976年10月1日
:「はまかぜ」の米子駅発着列車が再び倉吉駅発着に変更。

DcDsDDDDc×8 所要6(臨時+1)
まつかぜ(1,付属1)、あさしお(4)、はまかぜ(2)(臨時+1)
 京都8521227城崎12571546京都16322159米子
 米子7001222京都13081559城崎16292000京都
 京都9201356倉吉14161854京都
 大阪8001210鳥取12421709大阪18002224鳥取
 鳥取6211049大阪12101629鳥取17012117新大阪
 新大阪9221428倉吉15102024新大阪
 新大阪10061423香住15181925新大阪

1982年7月1日:「やくも」の電車化によって余剰になったキハ181系が運用開始。このときは大ムコと米ヨナの分担受け持ち方式だったのですね。

受け持ち:大ムコ キハ181系

DcDsDDDDDDc×5 所要4(臨時+1)
あさしお(4)、はまかぜ(1)(臨時+1)
 京都8521227城崎12571546京都16322158米子
 米子7001222京都13081600城崎16292000京都
 京都9201357倉吉14171854京都
 新大阪9221428倉吉15102024新大阪
 新大阪10061424香住15181925新大阪

Dc×3 D×3 Ds×2

受け持ち:米ヨナ キハ181系

DcDsDDDDc×3(11/27からDcDDDsDDc) 所要2
まつかぜ(1)、はまかぜ(1)
 米子11131709大阪18002224鳥取
 鳥取6211049大阪12101808米子

Dc×1 Ds×1 Td×7

181
国鉄カラーのころのキハ181系特急「はまかぜ」 大阪駅

1985年3月14日:全列車が鳥取駅発着になる。

1986年11月1日:福知山線電化により、「まつかぜ」の運転が終了する代替として、倉吉駅・米子駅発着列車が運転開始し、「はまかぜ」は3往復になる。大阪駅 - 姫路駅間で120km/h運転を開始し、スピードアップが図られる。

1993年3月18日:「はまかぜ」の全列車が大阪駅発着になる。

1994年12月3日:智頭急行線の開業により特急「スーパーはくと」「はくと」が運転を開始し、「はまかぜ」の運転区間・本数は大阪駅 - 浜坂駅・鳥取駅間のそれぞれ1往復になる。

1995年1月17日 - 3月31日:阪神・淡路大震災の影響により、全列車運休。
18147_050822
編成は短くなり塗装もJR西日本のオリジナルカラーとなった特急「はまかぜ」 2005/8/22 元町

1996年3月16日
:「但馬」が廃止。大阪駅乗り入れの臨時「但馬」81・82号も「はまかぜ」81・82号として特急列車化。
「はまかぜ」が3往復になるとともに、播但線内の福崎駅・寺前駅が停車駅に追加される。特急料金も大阪駅 - 浜坂駅に関しては急行廃止の代替として割安なB特急料金が新たに導入されることになった。

2010年11月6日:定期列車としてキハ181系による「はまかぜ」の運用が終了。
11月7日:新型車両のキハ189系が運転開始。
189_6_111226
最近の特急車両はHMを掲出しないため、列車名がさっぱり分からないのが難点ですね。2011/12/26 島本

12月23日:臨時列車としてのキハ181系による「かにカニはまかぜ」の運用が終了。
2011年2月28日:車内販売の営業が廃止。

その後、環状線で天王寺へ向かいました。

<<天王寺駅>>

82_740929
82系特急「くろしお」 天王寺駅

天王寺は今も同じですが、関西線などのホームと阪和線のホームが分かれており、東京の人間にとっては珍しい関西の通勤電車を結構写し、フィルム交換をしようと思って慌てて、フィルムを巻き取らず裏蓋を開けてしまい折角撮った写真を数枚無駄にしてしまいました。そのため、折角の福知山線DD54の写真等が光被りを起こしましたが、幸いにして難を逃れた一枚を上に載せました。

特急「くろしお」の歴史については後日、1975年1月の名古屋旅行1976年3月の関西旅行シリーズで記述する予定です。

今回も京阪神新快速の歴史、特急「はまかぜ」の歴史に関してはWikipediaの記事を、特急「はまかぜ」の編成、運用に関しては「国鉄特急車両 配置および運用の移り変わり」のデータを参考に纏めました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村に飛ぶことができます。

その他のカテゴリー

クルーズトレイン スポーツ ディーゼル機関車 ディーゼル機関車DD13/DD15 ディーゼル機関車DD16 ディーゼル機関車DD50 ディーゼル機関車DD51 ディーゼル機関車DD54 ディーゼル機関車DE10/DE11/DE15 ディーゼル機関車DF200 ディーゼル機関車DF50 ニュース ハイブリッド機関車 ハイブリッド気動車 バス 三セク鉄道 事件・事故 事業用車 催事 地下鉄車両 大相撲 客車 客車12系 客車14系 客車20系 客車24系 客車50系 客車E26系 新交通システム 新幹線0系 新幹線電車 旅客機 旅客機 Airbus A220 旅客機 Airbus A300 旅客機 Airbus A310 旅客機 Airbus A318/A319/A320/A321 旅客機 Airbus A330 旅客機 Airbus A340 旅客機 Airbus A350 旅客機 Airbus A380 旅客機 Boeing 707 旅客機 Boeing 727 旅客機 Boeing 737 旅客機 Boeing 747 旅客機 Boeing 757 旅客機 Boeing 767 旅客機 Boeing 777 旅客機 Boeing 787 旅客機 Douglas DC-10/MD-10 旅客機 Douglas DC-8 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717 旅客機 Lockeed L-1011 Tristar 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 書籍 東京メトロ 東京都営地下鉄 民鉄:京成グループ 民鉄:京浜急行電鉄 民鉄:京王電鉄 民鉄:京阪電気鉄道 民鉄:南海電鉄 民鉄:名古屋鉄道 民鉄:大井川鐵道 民鉄:小田急電鉄 民鉄:東急電鉄 民鉄:東武鉄道 民鉄:江ノ電 民鉄:相模鉄道 民鉄:西日本鉄道 民鉄:西武鉄道グループ 民鉄:近畿日本鉄道 民鉄:阪急電鉄 民鉄:阪神電気鉄道 気動車 気動車1000形 気動車2000形 気動車キハ100系 気動車キハ110系 気動車キハ11形 気動車キハ120形 気動車キハ126系 気動車キハ141形 気動車キハ150形 気動車キハ181系 気動車キハ183系 気動車キハ185系 気動車キハ187系 気動車キハ189系 気動車キハ201系 気動車キハ20系 気動車キハ25形 気動車キハ261系 気動車キハ281系 気動車キハ283系 気動車キハ32形 気動車キハ35系 気動車キハ40系 気動車キハ45系 気動車キハ56/57/58系 気動車キハ75形 気動車キハ81形 気動車キハ82形 気動車キハ85系 気動車キハE120系 気動車キハE130系 海外の鉄道 特急電車 私鉄 蒸機8620 蒸機9600 蒸機C10 蒸機C11 蒸機C12 蒸機C50 蒸機C51 蒸機C53 蒸機C55 蒸機C56 蒸機C57 蒸機C58 蒸機C59 蒸機C60 蒸機C61 蒸機C62 蒸機D50 蒸機D51 蒸機D52 蒸機D60 蒸機D62 蒸気機関車 貨物列車 路線について 路面電車 軽便鉄道 近郊形電車 通勤電車 連絡船 鉄道以外の博物館・展示施設 鉄道博物館 鉄道施設 電機ED16 電機ED60/ED61/ED62 電機ED70 電機ED71 電機ED72 電機ED73 電機ED74 電機ED75 電機ED76 電機ED77 電機ED78 電機ED79 電機ED91 電機EF10 電機EF12 電機EF13 電機EF15/EF16 電機EF18 電機EF200 電機EF210 電機EF30 電機EF510 電機EF53/EF56/EF59 電機EF55 電機EF57 電機EF58 電機EF59 電機EF60 電機EF61 電機EF62 電機EF63 電機EF64 電機EF65 電機EF66 電機EF70 電機EF71 電機EF80 電機EF81 電機EH10 電機EH200 電機EH500 電機EH800 電気機関車 電車101系 電車103系 電車105系 電車107系 電車113系 電車115系 電車117系 電車119系 電車121系 電車123系 電車125系 電車143系 電車151/161/181系 電車153系 電車155/159/167系 電車157系 電車165/169系 電車183/189系 電車185系 電車201系 電車203系 電車205系 電車207系 電車209系 電車211系 電車213系 電車215系 電車221系 電車223系 電車225系 電車227系 電車251系 電車253系 電車255系 電車281系 電車285系 電車301系 電車303系 電車305系 電車313系 電車323系 電車371系 電車373系 電車381系 電車401/403/421/423/415系 電車417系 電車419系 電車451/453/455/471/473/475/457系 電車481/483/485/489系 電車581/583系 電車651系 電車681系 電車683系 電車70/72系 電車7000系 電車701系 電車711系 電車713系 電車715系 電車719系 電車721系 電車731系 電車781系 電車783系 電車785系 電車789系 電車80系 電車811系 電車813系 電車817系 電車883系 電車_旧形国電 電車BEC819系 電車E127系 電車E217系 電車E231系 電車E233系 電車E235系 電車E257系 電車E259系 電車E351系 電車E353系 電車E501系 電車E531系 電車E653系 電車E655系 電車E657系 電車E721系 電車E751系 電車EV-E301系 電車EV-E801系 電車クモハ42 電車クモハ52

カテゴリー

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村