2024年11月 7日 (木)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その25 関西本線(大和路線)の201系 part3 網干からの221系の転属で終焉に

1983年2月21日、京阪神緩行線においてスカイブルー7両編成の201系の営業運転が開始されて41年、京阪神地区に投入された32編成は8両編成16本が森ノ宮区に、6両編成16本が奈良区に流れ、

201-070310-4

2007/3/10 新今宮 関西本線での201系の運転開始は2006年12月20日からでした。開始当初は前面に車号の表示がなく、編成番号がわかりませんでした。

後年、6本が6連化され奈良区に流れ、2020年度からは網干総合車両所に225系が144両投入されることにより、同所の221系が奈良支所に転属、2024年度中に201系の運用終了が決定しました。それに先立ち、奈良支所配置の201系が受け持っていたおおさか東線、和歌山線、桜井線での定期運用も2022年3月12日のダイヤ改正で終了となりました。

201系自身の廃車も進み、
ND603編成 2020年5月29日付
ND618編成 2021年9月30日付
ND619編成 2021年10月20日付
ND620編成 2021年11月5日付
ND608編成 2021年12月9日付
ND617編成 2022年1月14日付
ND610編成 2022年4月28日付
ND621編成 2022年6月24日付
ND609編成 2022年7月7日付
ND622編成 2022年12月13日付
ND611編成 2023年1月12日付
ND613編成 2023年5月10日付
ND616編成 2024年1月19日付
ND601編成 2024年2月9日付
ND612編成 2024年4月17日付
ND614編成 2024年6月1日付 が廃車されました。

201-nd601-230830-2 2023/8/30 平野 ND601編成 廃車

201-nd604-1012062010/12/6 新今宮 ND604編成 未だ現役

201-nd605-181201 2018/12/1 柏原 ND605編成 未だ現役

201-nd606-1609032016/9/3 新今宮 ND606編成 未だ現役

201-nd607-230830-2 2023/8/30 平野 ND607編成 未だ現役

201-nd609-160903 2016/9/3 新今宮 ND609編成 廃車

201-nd612181006

2018/10/6 王寺 ND612編成 廃車

201-nd614-181201

2018/12/1 柏原 ND614編成 廃車

201-nd615-181201

2018/12/1 柏原 ND615編成 2024/10/21に吹田に回送

201-nd616-101206-2 2010/12/6 新今宮 ND616編成 廃車

現時点ではND602編成が森ノ宮支所に疎開、ND615は10月21日に吹田に回送、ND604、ND605、ND606、ND607の4編成が大和路線運用に就いているという状態のようです。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2024年11月 6日 (水)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その24 関西本線(大和路線)の201系 part2 大阪環状線から関西本線へ

201系にとって関西本線に配置された際のウグイス色(黄緑6号)は初めての塗色でした。先輩の103系同様、前面には白色の警戒帯が配されました。関西本線の103系はJR難波寄りが偶数向き先頭車でしたが、201系は奇数向き先頭車がJR難波寄りと逆向きになりました。201系全16編成が奈良区に転属した際には103系3編成が残存していました。

1036r

2017年4月1日 時点で奈良区に残存し、201系6連と共に活躍していた103系6連

103-262-160902
2016/9/2 天王寺 クハ130-262を最後尾にした奈良区6連の103系 尤もこのクハ103-262も新製配置は森ノ宮区で201系の転入で奈良区に転入してきた車両

2013年度に「大阪環状線改造プロジェクト」が開始され、大阪環状線の主力車両は3扉車の323系となり、2016年度から投入が開始されると2017年度に3編成、2018年度に3編成が付随車を抜かれ、6連化され奈良支所に転出となり、

201_20241105090101

2017年度 LB07→ND617、LB08→ND618、LB10→ND619 転属 LB05は廃車
2018年度 LB11→ND620、LB12→ND621、LB13→ND622 転属 LB01, LB02、LB04、LB16は廃車

201-20189-060620
2006/6/20 寺田町 LB05編成 

201-92-101206
2010/2/6 大正 LB07編成

201-93-160903-2
2016/9/3 野田 LB08編成201120-160903 2016/9/3 野田 LB10編成
201-121-180325-2 2018/3/25 野田 LB11編成

201-123-160903 2016/9/3 新今宮 LB12編成

201-124-160903 2016/9/3 野田 LB13編成

2019年度には大阪環状線に残った201系は全編成廃車となり、サハ201形も形式消滅となり、201系の最後の活躍の場は関西本線となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2024年11月 5日 (火)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その23 関西本線(大和路線)の201系 part1 関西における201系の活躍の歴史

1979年に試作車が登場、1981年から量産が開始された電機子チョッパ制御式通勤電車201系(製造両数1018両)は1987年の国鉄分割民営化でJR東日本に794両、JR西日本に224両が継承されました。

関西で最初に201系が投入されたのは東海道・山陽本線緩行線(京都~西明石間)で、1983年2月21日からの営業運転開始に向け、昭和56年度第3次債務で7両編成8本、昭和57年度本予算で7両編成2本の70両が高槻電車区に、昭和57年度第4次債務で7両編成6本、昭和57年度第4次債務で7両編成6本、昭和58年度本予算で7両編成1本の91両が明石電車区に、昭和58年度第2次債務で7両編成9本が明石電車区に配置され、全て7両編成32本の陣容となりました。
1986年3月14日のダイヤ改正で高槻電車区配置の編成はすべて明石電車区に転属しました。1995年1月の阪神淡路大震災時にはラッシュ時の1列車当たりの輸送力を増やす目的でサハを抜いた6連4本とサハを組み込んだ8連4本に組替え、6連を併結して12両編成として輸送力の増強が図られました。

201_20241104105801

2004年 明石区の201系編成表

C24編成以降はコストダウンを図った軽装車で側窓は上段も上昇式に、側面の表示灯は窓と競合しない位置に、車号は切り抜き文字から転写文字に、通風機はFRPから鋼板に

201-20061-c01-060618 2006/6/18 岸辺 C-01編成 クハ200-61他7連

201-200125-c23-060624 2006/6/24 岸辺 C-23編成 クハ200-125他7連

2005年12月1日から2006年12月にかけ、321系7両編成39編成が投入され、201系は2007年3月18日のダイヤ改正を以って運用を離脱、大阪環状線、関西本線に転用されました。

201_20241104110901
2011年 森ノ宮区の201系編成表

201-61-180325 2018/3/25 野田 クハ201-61他8連

201-20162-060620

2006/6/20 寺田町 クハ201-62他8連 転属して間もないころ

201-140-180325-6 2018/3/25 桜ノ宮 クハ200-140他8連

201_20241104111001
2011年 奈良区の201系編成表

201系7連32本は大阪環状線の103系8連を置き換える目的でサハを2両とした8連16本が投入され、関西本線には103系6連を置き換えるためサハを抜かれた16本が投入されました。

201-081212-2

2008/12/12 高井田中央 クハ200-122他6連 今では見られなくなったおおさか東線での活躍

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2024年10月17日 (木)

2023年晩夏の関西旅行 JR西日本編 その16 おおさか東線、新大阪から久宝寺まで

このシリーズの9/26の記事でで新大阪駅から大阪駅うめきた口までの梅田貨物線(東海道本線支線)の前面展望を紹介しましたが、今回は同じ旅で新大阪駅から関西本線、平野駅に向かう際におおさか東線を使い、久宝寺駅まで乗車しているのでその際の前面展望写真を使い、同線の風景を紹介したく思います。首都圏の武蔵野線と同様に大阪中心部から放射状に伸びる各線との交差が楽しい路線であります。

おおさか東線(営業キロ、20.2km:但し、鴨野~放出間は片町線)のうち、放出~久宝寺間は2008年3月15日に開業しましたが、新大阪~放出間が開業したのは2019年3月16日でした。両区間の大半は城東貨物線として、放出~吹田操車場間(貨物駅としては淀川~巽信号場~吹田)が1929年3月15日に北線(片町線貨物支線)、放出~久宝寺(元は竜華)(貨物駅としては放出~平野、放出~鴨野~巽信号場)間は1931年8月10日に開業、1938年10月に竜華操車場が創設され、関西線、臨港線、和歌山線、城東貨物線の貨物は同操車場で仕分けが行われるようになりました。第二次世界大戦が始まると現在の八尾空港の前身の大正飛行場が軍用飛行場となり、航空廠が設置され、竜華から加美、長吉を経て同航空廠に連絡する軍用鉄道線が敷設され、軍用機材を同飛行場に輸送する役割が担われたそうです(参考にした記事)。

おおさか東線として旅客化するにあたり、第三セクターの大阪外環状鉄道が第三種鉄道事業者として路線の建設、改良、施設の保有を行い、JR西日本が第二種鉄道事業者として旅客営業、JR貨物も神前川信号場から正覚寺信号場間で第二種鉄道事業者として貨物列車を走らせています。

2023年3月18日のダイヤ改正で梅田貨物線上に大阪駅(うめきたホーム)が開業し、おおさか東線の全列車は同駅まで乗り入れることになりましたが、今回は新大阪駅から乗車しました。

1-230830 2023/8/30 新大阪駅 1番ホーム 12:26発の久宝寺行 車両は221系6連です。このホームから発車する列車はおおさか東線の列車と京都方面に向かう「はるか」「くろしお」です。

230830 東淀川駅横を通過 画質が悪いのは早朝の貨物撮影でISO感度を上げたままにして戻すのを忘れたためです。
線路は左側から北方貨物線、梅田貨物線、そして旅客線外側線となっています。

230830_20241016103901  梅田貨物線からの分岐 今回の開業で建設された東海道本線をオーバークロスし、吹田操車場からの城東貨物線と合流するまでの区間で、間に南吹田駅があります。

230830_20241016104801 神崎川信号場 吹田操車場からの単線の城東貨物線の合流、および百済方面からの貨物列車が吹田方面に向かうための渡り線が設けられています。

230830_20241016105101 東海道新幹線をアンダークロス

230830_20241016105301 JR淡路駅手前で阪急京都本線、千里線をアンダークロス、この高架工事も2024年9月に見た時はかなり進展していました。

230830_20241016105601 淀川橋梁 城東貨物線時代は貨物列車が間近を通過する橋梁(赤川橋梁)として有名でした。淀川橋梁の先に城北公園通駅、大阪メトロ谷町線を越え、さらにJR野江駅で京阪本線とも接続しています。その先にはかつて淀川貨物線がデルタ線を形成して分岐していた巽信号場がありました。

230830-2 鴨野~放出間で片町線(学研都市線)が右側から合流してきて、同複線の間に入り、放出駅に到着します。

230830-4放出駅手前

230830_20241016110301 放出駅を出発

230830_20241016110501鶴橋方面に向かう片町線西行線をアンダークロスし、南に向かいます。

230830_20241016111501 河内永和駅は近鉄奈良線との接続駅です。

230830-jrJR俊徳道駅は近鉄大阪線と接続しています。

230830_20241016112101衣摺加美北駅を過ぎると百済方面に連絡する正覚寺信号場を通過します。

230830-2_20241016112501 加美を過ぎると関西本線の複線の間に入る形で久宝寺に向かいます。

230830_20241016112701 新大阪から約33分で終点久宝寺に到着です。

221-3-230830-22023/8/30 衣摺加美北 221系 近ナラNC602編成 
おおさか東線を走る列車、2022年3月18日のダイヤ改正まではウグイス色の201系が投入されていましたが、同改正以降は221系となりました。

201-nd612-230830-2

2023/8/30 久宝寺 201系 ND612編成
おおさか東線が部分開業したときから2022年3月の改正までは201系が活躍していましたが、この頃は関西本線がメインの活躍の場となっており、2024年度中には全廃される予定となっています。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2023年8月31日 (木)

速報版 関西の旅 2日目 新大阪駅の285系、千里丘での貨物撮影、289系ラッビング編成、大阪駅うめきた口、安治川口、おおさか東線他

関西の旅、2日目はJR編です。ホテルは新大阪駅そばなので、京都方面の初発(5:04)に合わせて入場するとなんと285系「サンライズ出雲・瀬戸」編成が「特急新大阪」の表示を出して停まっています。上り「サンライズ出雲・瀬戸」は通常なら静岡を過ぎ、富士辺りを走っている時間ですが、乗客はそのまま乗っています。後で調べてみると、この列車、新大阪で打ち切りになったようで、乗客は新幹線が動き出すまでは乗車状態だったようです。後に6:16頃、千里丘を猛スピードで回送され東海道を上って行きました。

Dsc06243 Dsc06241 2023/8/30 新大阪駅 4番線に停車中(運転打ち切りのため)の285系 サンライズ出雲・瀬戸

8月末の大阪地方の日の出時刻は5時28分ですので、新大阪発5:04の京都行きが千里丘に着く5:13はまだ夜が明けていません。それでも夜通しかけて東海道を下ってきた貨物列車は続々到着する時間帯で、5:15通過の5051レ(EF210-6)に始まり、7:28の81レ(EF66 122)まで24本の貨物列車がほぼダイヤ通りに通過、あるいは吹貨東で機関車を逆方向に着け、大阪貨物ターミナルに向かって行きました。

7:28の81レの後は9時台まで貨物は無いので引き上げようとすると、下り外側線を金色にラッピングされた683系改造の289系が通過して行きました。下り電車で追うと、新大阪駅発の福知山線経由城崎温泉行の特急「こうのとり1号」として1番線に入線していました。調べてみると2020年8月にデビューした「明智光秀の足跡を辿って」というラッピング車両で、289系FG401編成(吹田総合車両所福知山支所)でした。この編成、夕方の「こうのとり17号」にも入っていました。

Dsc06323_20230830201701 Dsc06325 Dsc06327_20230830201801 2023/8/30 新大阪 「こうのとり1号」同駅発8:09に入ったFG401編成

Dsc06539 2023/8/30 夕刻の「こうのとり17号」にも同編成が

今年3月のダイヤ改正で大阪駅のうめきた口がオープンし、それまで地上を走っていた梅田貨物線が地下化され、一部の貨物列車にはEF210-300番台が瀬野八同様に補機として後押しするということで話題になりましたが、それを見に、新大阪から大阪(地下)までの区間をおおさか東線の延長路線として乗車しました。もちろん先頭車から前面展望を楽しみました。うめきた口に新たに設けられた顔認証改札口(通称、顔パスゲート)なるものも見てみました。従来の大阪駅のホームとは最も西側(塚口・福島寄り)の連絡通路で結ばれていました。

Dsc06364 2023/8/30 大阪駅うめきた地下口に設置された「顔パスゲート」

大阪駅からは環状線内回りで西九条へ、さらに安治川口へ向かいました。この電車、東京でいえば京葉線の舞浜辺りと同様にUSJへ向かう乗客で大混雑でした。安治川口駅ではEF210-17,EF210-335、さらに入れ換え用のHD300-19号機が居ました。

Dsc06382 2023/8/30 安治川口貨物駅で入れ換え中のHD300-19号機

「貨物チャンネル」を見ると、未撮のEF210-321号機が56レで名古屋に向かっていることが分かりました。東海道を新快速で追えばどこかで追い越せるかも知れないと思い、安治川口から西九条、大阪へと向かいました。一方でEF210基本番台新塗装で唯一未撮の-4号機が1071レで東海道を下ってきていることも分かりました。京都へ向かう車内で、-321号機に追いつき、かつ-4号機を撮影できるポイントを考えましたが、56レは途中、長時間停車せずに名古屋ターミナルに向かうため、新快速で追っても追いつけないことが分かり、山科で-4号機を迎え撃つことにしました。-4号機はその後、新大阪でも撮影できました。

Dsc06417 2023/8/30 山科 湖西線運用に入っている223系2500番台(クハ223-2517) 221系との併結運用

Dsc06428_20230830202801 2023/8/30 京都 京都到着後は221系と分離し、単独で近江舞子まで行くようです。

山科では待っている間に湖西線の車両を何本か見ましたが、関空快速、紀州路快速等でかつて活躍していたE233系2500番台が塗装もそのままに湖西線で活躍しているのに遭遇しました。

新大阪からおおさか東線で久宝寺、さらに百済貨物駅に近い平野駅に向かいました。関西本線では今では懐かしいという言葉も通じるウグイス色の201系6連が活躍していました。また221系の転落防止幌の無い編成も数多く活躍していました(奈良支所の6連、8連は設置なし)。平野駅は天王寺方面の通過列車用の線路があるため、上り下りのホーム間隔が広く、かつ北側には百済貨物駅と正覚寺信号所(おおさか東線と分岐・合流)を結ぶ片町線貨物支線(城東貨物南連絡線)が単線で通っており、なかなか興味深い駅です。13:30頃から15:20頃までEF510牽引の5087レ、EF65牽引の配1792レを撮影しようと待機しましたが、現れませんでした。

Dsc06494 2023/8/30 平野 関西線(大和路線)では多くのウグイス色201系編成が活躍していました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2022年3月 9日 (水)

通勤電車シリーズ 205系 32 ハエ24編成の踏切事故、モハユニット差し替え

2007年1月21日、川越線内で埼京線205系10連ハエ24編成が踏切事故に遭遇しました。幸い犠牲者は出ませんでしたがモハ205-386の外板が大きく損傷、乗用車の炎上でモハ204-388の外板も大きく損傷しました。


2121_20220308090201


そのため、モハ205-386とモハ204-388は修復不能車となり、それぞれのモハユニットの相手方、モハ205-388とモハ204-386とで新ユニットを組み、京葉車両センターのケヨ21編成からモハ205/204-277ユニットを抜き、新ハエ24編成を組成することにしました。ケヨ21は元ミツ21で、さらに元を辿るとTcMM'----MM'T'cはナハ7、---TMM'T---はウラ5の205系初のハイブリッド編成でした(記事)。


T3074_20220308090401  

ケヨ21編成の抜けた分の補填として豊田電車区から201系T30編成を京葉車両センターに転属させ、ケヨ74編成としました。T30編成は2007年2月21日に東京総合車両センターに入場し、3月21日に出場しています。


201-t30-061217 2006/12/17 国分寺 T30編成

201-74-070329 2007/3/29 舞浜 ケヨ74編成

205系ケヨ21編成は2007年3月28日に川越車両センターに転属、3月29日にはモハユニット-277を抜かれた8連で東大宮に疎開となりました。なんと1年半の期間、保留車として留置されたのち、2008年9月18日、京葉車両センターに戻り、9月22日、長野総合車両センターに入場しました。ここで残る2組のモハユニットはVVVF化改造を受け、MM'-276 が-5071、MM'-368が-5072と改番され、武蔵野線用M36編成として2008年12月27日、出場しました。

205-21-050528 2005/5/28 舞浜 ケヨ21編成 生まれついた運命なのか、ナハ+ウラからミツ、ケヨさらにハエとMと流転の人生を送った編成に


205-24-111001 2011/10/1 与野本町 ハエ24編成


205-m36-130608-1 2013/6/8 越谷レイクタウン M36編成

新たに組成されたハエ24編成は2007年5月30日に運用復帰し、復帰困難車のモハ205-386・モハ204-388は昨日の記事で触れた余剰車、サハ205-107・108・220・221と共に2008年6月18日に郡山総合車両センターへ配給回送となりました。この6両が205系としては初の廃車となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム


最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2022年2月10日 (木)

通勤電車シリーズ 205系 14 埼京線恵比寿延伸と京浜東北・根岸線からの撤退

1996年3月16日のダイヤ改正で埼京線は恵比寿まで延伸されました。

1985年9月30日に赤羽~大宮間が開業し、赤羽線に乗り入れ、池袋~大宮~川越間で運転を開始、新宿駅の貨物発着線にホームと引き上げ線1線を新設、1986年3月3日には新宿まで運転区間が伸びていました。ただ、恵比寿駅には折り返し対応の設備がなかったため、編成は大崎まで回送後、折り返していました。そのためこの延伸により、205系10両編成4本が必要となりました。

1996205
表1 1996年3月改正、12月改正に向けた205系編成の川越電車区への転属

3本は京浜東北・根岸線に残存していた浦和電車区の80,81,82編成を転用、あとの一本は山手線山手電車区のヤテ42編成を予備車見直しにより捻出しました。かくして浦和電車区の205系配置は無くなり、1989年10月から6年半弱の京浜東北・根岸線での205系の活躍は幕を閉じました。さらに同年12月の改正で埼京線にもう一本の205系10両編成が必要となったため三鷹区のミツ20編成(本来、埼京線向けに製造されていた編成)が転属しました。この際の転属には浦和電車区から103系1編成を武蔵野線に転属、武蔵野線から201系6連2本を三鷹区に転属させるという玉突き方式が採られました。

19974
表2 1997年4月1日時点の山手電車区の編成表 

サハ204の連結組み合わせが2月3日の記事の状態とは変わっており、42編成の転出で-902が休車状態になりました。この11両編成52本とサハ1両の573両が2002年からのE231系500番台、山手線投入によるいわゆる「大転配」の原資となります。

三鷹区にはクハ205/204-103先頭のミツ21(元ナハ7+元ウラ5の一部)、-104先頭のミツ22、-105先頭のミツ23編成が残り、2000年度にはミツ14,15,16編成に改番されます。

19974_20220209084701

表3 1997年4月1日時点の川越電車区の編成表

本来、川越電車区に新製配置されるはずだったクハ205/204-95,-97先頭編成を取り込んだ1~25編成と浦和電車区、山手電車区からの転属組の順番で1~30に編成番号が整理されました。

205-28-141025 2014/10/25 五反田 浦和電車区より転入したハエ28編成

205-30-111029-2

2011/10/29 新大久保 山手電車区より転入したハエ30編成

205-7-120921-2 2012/9/21 浮間舟渡 三鷹電車区より転入したハエ7編成

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2022年1月24日 (月)

通勤電車シリーズ 205系 1 205系開発の背景と量産先行車の登場

1979年2月、「省エネ」電車として201系900番台(先行試作編成)が登場しました。車体は101系103系同様に鋼製でしたが、それまでの抵抗制御方式に代わり、電機子チョッパ方式が採用されました。201系は1981年から1985年まで1018両が製造され、中央快速線、青梅線、五日市線、武蔵野線、中央・総武緩行線、京葉線、外房線、東金線、東海道緩行線、山陽本線、大阪環状線、関西本線、桜島線、奈良線、和田岬線などで運用されました。しかし、電機子チョッパ方式は大電流が流れる主回路で働く素子が高価であること、鋼製車であるため、車体が重く、塗装などにかかるメンテナンスコストが膨大なことなどから昭和59年度末の収支で1兆6504億円の純損失が計上され、財政状況が極めて悪い当時の国鉄にとってはこれ以上新たな線区に投入するべきではないと判断されました。

201_20220123101801 201-201901-7902 1979/2 三鷹電車区 201系試作編成

 当時、首都圏や関西圏の大手私鉄においては界磁チョッパ制御方式を採用した、アルミ、ステンレス車体の新形式が登場し始めており、それらに比べると首都圏で活躍していた103系は見劣りする存在となっていました。1985年3月のダイヤ改正で山手線に201系が当初、導入される予定でしたが、既に導入されていた中央快速線や中央・総武緩行線に較べ駅間が短いものの乗車率が高い山手線では車重の重い201系を導入した場合、主電動機の熱容量の不足が懸念されました。そこで 山手線の103系置き換えは201系ではなく、新形式で行うこととし、1984年6月に開発が決定、設計と量産先行車の製造が急ピッチで進められました。このような当時の状況から登場したのが205系でした。

基本設計案

1.制御装置は界磁添加励磁制御方式とする。
  国鉄電車の主電動機は電機子と界磁が直列に接続された直巻整流子電動機であり、このシステムを生かした上で弱め界磁と電力回生ブレーキを導入する方式として界磁巻線のみを制御する三相全波半制御サイリスタ整流回路を組み込み、MG等から得た三相交流電源で界磁巻線回路に電流を流し、力行時終段の弱め界磁機能と制動時の電力回生機能を付与する機構です。弱め界磁以前は抵抗制御方式と変わらず、回生ブレーキ使用時に回生失効が起きにくいのが特徴でそれまでの抵抗制御車から改造も容易であり、構造も単純・安価、保守も容易というメリットがありました。一方、直流電動機のため消耗品のブラシが残存する欠点が、VVVF方式の登場による交流誘導電動機(ブラシレス)により、消滅を早めることになりました。


2.軽量ステンレス車体の導入。
  コンピュータ技術の導入で車体強度を維持した状態で極限まで軽量化する技術を持っていたのは当時の東急車両製造で、国鉄は公共企業体としてこの技術を導入する際に東急車両製造に半ば強制的に技術を開示させ他社でも製造できるようにしました。後に東急車輛は優位性を失ったためJR東日本傘下の総合車両製作所になります。
3.ボルスタレス台車の導入
4.回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキの採用
5.手ブレーキ、戸袋窓・妻窓の廃止

205


103-205-850323 1985/3/23 新宿 400番の編成番号札を下げているので日本車両製造製の後のヤテ4編成でしょうか。追記:鉄道ファン誌N529「山手線の205系20年の記録1」によると第2編成が1985/3/3、「山手線開業100周年記念号」として「400」の編成札をさげ、内回りを1周したとあります。ですから、第2編成(のちのヤテ2編成)と思われます。

1985年1月から3月にかけ、 東急車両製造、日立製作所、川崎重工、日本車両製造の4社がそれぞれ製造した量産先行者が落成し、山手線で試運転が開始されました。

205-01-020427-2 2002/4/27 田町 ヤテ1編成

205-02-021104 2002/11/4 恵比寿 ヤテ2編成

205-03-020427-2 2002/4/27 恵比寿 ヤテ3編成

側窓が上段下降、下段上昇の2段サッシ窓であり、サイドからみると田の字に見えるところが特徴でした。運行番号表示器も1985年の写真のように当初は巻き取り式でした。

サイズは 最大長 19500mm 最大幅 2800mm 屋根高さ 3670mm パンタ折り畳み高さ 4140mm 心皿間距離 13800mm 床面高さ 11800mm

定員 クハ 136(48) モハ・サハ 144(54)

重量 クハ 26.5t モハ205 34.9t モハ204 36.2t サハ205 24.5t

台車 電動車 DT50 付随車 TR235

歯車比 14:35=1:6.07

パンタグラフ PS21
主制御器 CS57
励磁装置 HS52
主抵抗器 MR159
主電動機 MT61
電動発電機 DM106(190VA)
電動空気圧縮機 MH3075-C2000M
冷房装置 AU75G 

1985年3月のダイヤ改正は3月14日で205系の運転開始も当初はダイヤ改正初日からの予定でしたが、若干遅れて3月25日から営業運転が開始されました。投入された運用は外回り55運用でした。

 

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2021年6月15日 (火)

2021年春、外房線~内房線を巡る旅 その2 蘇我駅と京葉線車両

2021年春の外房から内房への旅、2回目は今回の旅行では通過しただけですが路線としてどうしても外せないのが蘇我駅です。

現在は千葉市中央区ですが、かつては千葉郡蘇我町であったことから駅名の由来となっています。蘇我町の由来は紀記神話による日本武尊の東征の際に相模から総国に渡ろうとした際に暴風雨に遭遇、日本武尊の后の弟橘姫が荒しを鎮めるために入水し、付き添いの5人の女性も一緒に入水したところ、蘇我大臣の娘蘇我比咩だけが浜に打ち上げられ助かった、あるいは弟橘姫が助かり、「我、蘇(よみがえ)り」と言ったので「蘇我」という地名になったという説が伝えられています。

千葉県においては県庁所在地の千葉に対して、幕張新都心に続いて、蘇我周辺は副都心といった位置づけにあり、蘇我駅はその中心駅だそうです。確かにJR東日本の外房線、内房線、そして京葉線が乗り入れ、貨物線ではありますが京葉臨海鉄道臨海本線が乗り入れ、駅構内にはJR貨物の車両基地である千葉機関区もあります。

京葉工業地帯の拠点港である千葉港の千葉中央地区に位置し、第二次世界大戦後、荒廃した我が国の戦災復興都市計画の一環として誘致された川崎製鉄(現在のJFEスチール)により発展した街でもあります。

1896年1月20日、房総鉄道の駅として開業し、開業時から旅客・貨物取り扱いが始められました。内房線、開業当時は木更津線の開業は1912年3月28日でした。京葉臨海鉄道臨海本線は1963年9月16日、京葉線の千葉港~蘇我間の開通は1988年12月1日でした。1991年3月16日のダイヤ改正で京葉線が東京まで延伸され、成田エクスプレスが運行開始となり、東京~蘇我間を総武本線・外房線で運行していた特急「さざなみ」「わかしお」が京葉線経由となり、特急全列車が当駅に停車するようになり、一躍有名になった感があります。

駅は島式ホーム3面6線で1,2番線が外房線、内房線上り千葉方面、5番線内房線、6番線外房線、3,4番線は京葉線専用となっており、1,6番線は京葉線とは繋がっていないため、京葉線直通は2,5番線を使用することになっています。

蘇我駅ではこれまでいろいろな車両を撮影して来ましたが、今回の記事では京葉線の車両の写真を紹介しようと思います。

103-307-050528 2005/5/28 舞浜 最初は蘇我駅で撮影したものではありませんが、京葉線開業時から活躍していたのがこのスカイブルー(青22号)の103系でした。運転終了は2005年11月18日でした。

201-k1091025-2 2009/10/25 蘇我 
103系を置き換えたのが中央・総武緩行線から転入した201系でした。これらの編成も2011年6月20日を以って運用を離れました。

205-24-090215-2 2009/2/15 この24編成は側窓田の字の205系量産先行車でクハ205/204-1を含む編成です。

205-9-090215-2 2009/2/15 こちらは1990年京葉線東京延伸開業に合わせ製作投入された205系京葉線、あるいは武蔵野線の一部編成に見られたスタイル(通称:メルヘン顔)でした。
E331-ak1-090215 2009/2/15 忘れてはいけないのがこのE331系で、2007年3月18日のダイヤ改正から試験的に投入された連接車両編成でした。しかし、運用から外れることしばし、結局量産化に至らず、2014年4月2日付で廃車となりました。

209500-33-090215 2009/2/15 209系500番台、33編成は2010年12月4日のダイヤ改正から武蔵野線に転用されましたが、34編成は未だに京葉線に残されています。

E2335000-517-150819 2015/8/19 現在の主力、E233系5000番台 10両貫通タイプと4+6両併結タイプの2パターンがあります。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

2020年8月20日 (木)

中央・総武緩行線 使用車両と運用番号の変遷

数年前、中央・総武緩行線は209系500番台13本、E231系量産先行試作編成1本、0番台編成46本が活躍していましたが、2015年3月に山手線にE235系0番台の新製投入(最終的に2019年12月17日までに50本投入)が開始され、それまで活躍していたE231系500番台11両編成52本からサハE231-4600番台を除いた10両編成が中央・総武緩行線に転属しました。それに伴い、209系500番台は武蔵野線、八高線・川越線に転属し、E231系0番台も多くが常磐快速線、武蔵野線、八高線、川越線(E231系3000番台)に転属しました。E231系500番台の転入だけでは不足する編成分はE231系0番台6本を4M6Tから6M4Tに組換え、従来から連結されていた6扉サハE230はその際に廃車となりました。なお、E231系500番台に連結されていたサハE231-4600番台のうち、4602、4604、4605、4606の4両は編成数が52本から50本に減ったことと、新製のタイミングの関係でトウ04、05編成にサハE235-501,502が組み込まれたことから、E235系への改造・組み込みが見送られ、現時点では車籍は有する者の余剰車となっています。

E231500-a506-200810-2 2020/8/10 飯田橋 ミツA506編成

E231系500番台編成に関してはトウ520が2014年10月28日にミツA520編成として三鷹に転入したのを皮切りに2020年3月3日のA506編成まで52編成がサハE231-4600番台を残して三鷹に転属しました。わたしもデジカメ時代以降は首都圏の通勤車両に関しては全編成を記録することを目標にしており、E231系500番台の中央・総武緩行線で活躍する姿を小平~つくば往復の行程で記録してきました。最初は運用などを気にせずに来た編成を片っ端から記録していましたが、ある時点からはその日の編成の運用状況をネットでモニタしながら撮り残した編成を効率的に追っかけるようにしました。その結果、最後に残った編成がA546編成でした。

201 東中野 201系 運用番号はB

205-21-940801-edit 西荻窪 205系 運用番号はこちらもB

103-790923 1979/9/23 新小岩 こちらの運用番号はC 

209500-501-090704-2
2009/7/4 東中野 209系500番台 C501編成

209500-c510-150124-2 2015/1/24 新小岩 検査入場などでC運用の編成がB運用に入ることもありました。

これらの編成の時代は上り下り時刻に関係なく運用番号は固定されていました。

中央・総武緩行線の現在の運用は1Bから99Bまでの(奇数+B)と1Cから11Cまでの(奇数+C)の計56運用あります。BとCの違いは2004年までは三鷹電車区、中野電車区所属車両(主に201系、205系)がB,習志野電車区所属車両(主に103系、209系、E231系)がCでしたが、2003年12月に全車両が三鷹電車区に移籍したため、2004年のダイヤ改正から6扉車を連結するE231系がB,209系500番台がCとなりました。

E231500-a502-200801
2020/8/1 E231系になってからは運行番号表示窓が4桁の数字+アルファベットとなり、数字の上2桁は発車駅の時刻14時、68Bは69B運用の上り偶数を意味するようになりました。

E231500-a505-200804
2020/8/4 荻窪 1307Cは始発駅を13時台に出発した07C運用(107B)の下り西行きです。

しかし、2019年3月のダイヤ改正からは209系500番台編成が転出したため、BとCの区別がなくなり、01~99がB, 101~111の分を01~11として末尾にCを加えたものとしました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 
鉄道コム

最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村。もしくは鉄道コムに飛ぶことができます。

その他のカテゴリー

クルーズトレイン スポーツ ディーゼル機関車 ディーゼル機関車DD13/DD15 ディーゼル機関車DD16 ディーゼル機関車DD200 ディーゼル機関車DD50 ディーゼル機関車DD51 ディーゼル機関車DD54 ディーゼル機関車DE10/DE11/DE15 ディーゼル機関車DF200 ディーゼル機関車DF50 ニュース ハイブリッド機関車 ハイブリッド気動車 バス モノレール 三セク鉄道 事件・事故 事業用車 催事 地下鉄車両 城巡り 大相撲 客車 客車12系 客車14系 客車20系 客車24系 客車50系 客車E26系 新交通システム 新幹線0系 新幹線電車 旅客機 旅客機 Airbus A220 旅客機 Airbus A300 旅客機 Airbus A310 旅客機 Airbus A318/A319/A320/A321 旅客機 Airbus A330 旅客機 Airbus A340 旅客機 Airbus A350 旅客機 Airbus A380 旅客機 Boeing 707 旅客機 Boeing 727 旅客機 Boeing 737 旅客機 Boeing 747 旅客機 Boeing 757 旅客機 Boeing 767 旅客機 Boeing 777 旅客機 Boeing 787 旅客機 Douglas DC-10/MD-10 旅客機 Douglas DC-8 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717 旅客機 Lockeed L-1011 Tristar 旅客機 MD-11 旅行・地域 日記・コラム・つぶやき 書籍 東京メトロ 東京都営地下鉄 民鉄:京成グループ 民鉄:京浜急行電鉄 民鉄:京王電鉄 民鉄:京阪電気鉄道 民鉄:南海電鉄 民鉄:名古屋鉄道 民鉄:大井川鐵道 民鉄:富士急行 民鉄:小田急電鉄 民鉄:山陽電気鉄道 民鉄:東急電鉄 民鉄:東武鉄道 民鉄:江ノ電 民鉄:相模鉄道 民鉄:西日本鉄道 民鉄:西武鉄道グループ 民鉄:近畿日本鉄道 民鉄:阪急電鉄 民鉄:阪神電気鉄道 気動車 気動車1000形 気動車2000系 気動車キハ100系 気動車キハ110系 気動車キハ11形 気動車キハ120形 気動車キハ126系 気動車キハ141形 気動車キハ150形 気動車キハ181系 気動車キハ183系 気動車キハ185系 気動車キハ187系 気動車キハ189系 気動車キハ201系 気動車キハ20系 気動車キハ25形 気動車キハ261系 気動車キハ281系 気動車キハ283系 気動車キハ32形 気動車キハ35系 気動車キハ40系 気動車キハ45系 気動車キハ56/57/58系 気動車キハ75形 気動車キハ81形 気動車キハ82形 気動車キハ85系 気動車キハE120系 気動車キハE130系 気動車キハE200系 海外の鉄道 特急電車 私鉄 自動車 蒸機8620 蒸機9600 蒸機C10 蒸機C11 蒸機C12 蒸機C50 蒸機C51 蒸機C53 蒸機C55 蒸機C56 蒸機C57 蒸機C58 蒸機C59 蒸機C60 蒸機C61 蒸機C62 蒸機D50 蒸機D51 蒸機D52 蒸機D60 蒸機D62 蒸気機関車 貨車・貨物列車 路線について 路面電車 軽便鉄道 近郊形電車 通勤電車 連絡船 鉄道以外の博物館・展示施設 鉄道博物館 鉄道施設 電機ED16 電機ED60/ED61/ED62 電機ED70 電機ED71 電機ED72 電機ED73 電機ED74 電機ED75 電機ED76 電機ED77 電機ED78 電機ED79 電機ED91 電機EF10 電機EF12 電機EF13 電機EF15/EF16 電機EF18 電機EF200 電機EF210 電機EF30 電機EF510 電機EF53/EF56/EF59 電機EF55 電機EF57 電機EF58 電機EF59 電機EF60 電機EF61 電機EF62 電機EF63 電機EF64 電機EF65 電機EF66 電機EF67 電機EF70 電機EF71 電機EF80 電機EF81 電機EH10 電機EH200 電機EH500 電機EH800 電気機関車 電車101系 電車103系 電車105系 電車107系 電車113系 電車115系 電車117系 電車119系 電車121系 電車123系 電車125系 電車143系 電車151/161/181系 電車153系 電車155/159/167系 電車157系 電車165/169系 電車183/189系 電車185系 電車201系 電車203系 電車205系 電車207系 電車209系 電車211系 電車213系 電車215系 電車221系 電車223系 電車225系 電車227系 電車251系 電車253系 電車255系 電車271系 電車281系 電車285系 電車287系 電車289系 電車301系 電車303系 電車305系 電車311系 電車313系 電車315系 電車323系 電車371系 電車373系 電車381系 電車383系 電車401/403/421/423/415系 電車417系 電車419系 電車451/453/455/471/473/475/457系 電車481/483/485/489系 電車5000系 電車581/583系 電車651系 電車681系 電車683系 電車70/72系 電車7000系 電車701系 電車711系 電車713系 電車715系 電車719系 電車721系 電車731系 電車781系 電車783系 電車785系 電車787系 電車789系 電車8000系 電車80系 電車811系 電車813系 電車817系 電車821系 電車8600系 電車883系 電車885系 電車_旧形国電 電車BEC819系 電車E127系 電車E129系 電車E131系 電車E217系 電車E231系 電車E233系 電車E235系 電車E257系 電車E259系 電車E261系 電車E351系 電車E353系 電車E501系 電車E531系 電車E653系 電車E655系 電車E657系 電車E721系 電車E751系 電車EV-E301系 電車EV-E801系 電車クモハ42 電車クモハ52

カテゴリー

2025年4月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村