1975/1 名古屋へ 1 客車列車 その1 寝台特急「さくら」その2
昨日に引き続き、寝台特急「さくら」の1983年以降から、廃止までの歴史です。
1981/1/3 保土ヶ谷
1983年:「さくら」に使用中のオハネ14形及びスハネフ14形のB寝台を3段式から2段式に改造するのに伴い、長期にわたりB寝台車の計画的な欠車を実施。一部の列車では、電源車であるスハネフ14形の代用に座席車であるスハフ14形を連結。
当時、鉄道雑誌にEF66にブルートレインを牽引されたらという妄想記事と合成写真が載り話題になりましたが、それが現実になったのが1985年3月のダイヤ改正でした。貨物列車縮減により運用に余裕が出たことに加え、「はやぶさ」の編成中にロビーカーを増結して牽引定数が増加し、EF65形では牽引力が不足するための措置でした。
EF81 302号機から1列車牽引の大役を引き継ぎ、長崎・佐世保を目指すED76 32号機 1985/4 門司
同改正においては九州内のブルトレ牽引機にもHMが復活しました。「さくら」は濃い緑の地にピンクの花で葉桜マークと言われました。 ED76 14 1985/4 鳥栖
かつてブルートレイン全盛のころはこうして毎夕、さらに毎晩 東京、関西行きの寝台特急が発車待ちをしていました。 1985/4
1984年2月:1970年代半ばより合理化策の一環として廃止されていた九州島内のヘッドマークの取り付けが復活。 ちなみに、九州島内では「円盤型」と称される中華鍋に類似した半円形の形態のものが用いられた。
7月20日:長崎編成に4人用個室B寝台「カルテット」、「オハネ14形700番台」の連結を開始。また、この時期までにB寝台の2段化が完了。 従来、個室寝台は一等・二等寝台車の後身となるA寝台でのみあり、1984年時点では24系25形客車の1人用個室である「オロネ25形」が唯一の存在であった。しかし、グループ利用の促進等を目的として、初めてB個室寝台として改造された。
1985年3月:「さくら」の東京駅 - 下関駅間の牽引機がEF65形1000番台からEF66形に交代。これに合わせ、同区間のヘッドマークのデザインを「みどり地にピンクの桜」へ変更。
1986年11月1日:翌年の国鉄分割民営化に備え、品川運転所に集中配置されていた東京発九州行きの寝台特急客車の転配が行われ、以後、長崎編成は熊本運転所、佐世保編成は品川運転所が受け持つこととなった。 この際、熊本運転所には、向日町運転所から「明星」廃止により余剰となった14系15形(スハネフ15形4両、オハネ15形7両)も転入し、14系14形に混じって「さくら」及び「みずほ」での使用を開始した。
1988年3月13日:「さくら」編成の一部変更を行う。
1991年3月:「成田エクスプレス」運行開始に伴う人員確保のため、国鉄時代から担当していたJR東日本東京車掌区が乗務を降り、JR九州門司車掌区に移管。
1992年4月8日:山陽本線須磨 - 塩屋間で下り「さくら」と山陽本線と並行して走る国道2号から転落したトレーラーとの衝突脱線事故発生。
<寝台特急さくらトレーラー衝突事故>
1992年(平成4年)4月8日、0時0分ごろ 兵庫県神戸市須磨区一ノ谷町の国道2号で、四輪駆動車が突然Uターンしようとしたため、後続の大型トレーラーがハンドルを切ったところ、牽引車と荷台車の連結部分が折れ曲がる「ジャックナイフ現象」が発生、制御不能に陥って四輪駆動車に衝突。さらに、道路脇の山陽本線(須磨 - 塩屋間)に転落。その直後に走行してきた下り東京発長崎・佐世保行き寝台特急「さくら」が衝突。牽引していたEF66 55と客車は全て脱線・転覆、荷台に積んでいた鋼材36トンが客車側壁に突き刺さった。さらにトレーラーと列車は炎上した上、隣線を走行してきた下り西明石行き普通電車(201系7両編成)が線路を塞いでいた客車を視認して緊急停車をしたが衝突、電車は全て脱線・転覆した。 これだけの大事故があったにもかかわらず負傷者は20名ですんだが、脱線・転覆・焼失した電気機関車・客車・電車の撤去や復旧工事のため、山陽本線のダイヤが復旧したのは20時間後であり、459本が運休し38万人の足に影響した。また、復旧作業には脱線・転覆・焼失した機関車・客車・列車を解体撤去するクレーン車が使用され、作業のために国道2号も全面通行止めになり、神戸市内の道路も渋滞することになった。なお、「さくら」の乗客は事故現場で脱線・転覆・焼失した客車で一夜を明かした後、バス代行で西明石駅まで向かい、そこから臨時新幹線で西行した。 また、事故を引き起こした運転手2名は過失往来危険罪などで逮捕・送検・起訴され、執行猶予付き禁固刑を言い渡されたほか、事故を引き起こした運転者が勤務していた運送会社は、JR各社から事故で脱線・転覆・焼失した電気機関車・客車・電車の購入金額や復旧費用など、多額の損害賠償を請求された。
1993年3月18日:「さくら」の食堂車が売店営業に差し代わる。
1994年12月3日:「あさかぜ」1・4号を臨時列車に格下げ、「みずほ」の廃止。「さくら」が小倉駅 - 博多駅間を朝のラッシュ時間帯に通過することを回避するため、「さくら」と「富士」のダイヤを入れ替え、下り「さくら」を東京発16時台から18時台へ変更。これにより、従来「さくら」が列車番号として使用していた1列車及び2列車が「富士」に変更。3・4列車となる。
また、佐世保編成を長崎編成と同一のJR九州車両の編成に変更。これにより、「あさかぜ1・4号」の廃止とともにJR東日本車両のJR九州への定期列車での乗り入れが消滅。なお、このため、従来熊本運転所所属の14系客車を長崎運転所へ転属。 これにより、長崎編成・佐世保編成双方にオロネ14形、オハネ14形700番台、オシ14形を連結。
なお、売店営業は長崎発着の編成のみで営業し、佐世保編成ではカーテンが閉められていた。
担当車掌区をJR西日本下関乗務員センターに変更。
1996年末:臨時寝台特急「みずほ」廃止。
1997年11月29日:「さくら」への「カルテット」(オハネ14形700番台)の連結を終了。また、同年12月以降「さくら」の編成中のオハネ14形が、オハネ25形100番台を改造したオハネ15形1100番台に順次置き換えられ、1997年(平成9年)度末をもってオハネ14形の置き換えを完了する。
1999年12月4日:「さくら」佐世保駅発着列車を廃止の上、熊本駅発着の寝台特急「はやぶさ」と併結運転開始。また、担当車掌区を併結される「はやぶさ」にあわせJR九州博多車掌区に変更。
「さくら」は長崎鉄道事業部長崎運輸センター所属の14系客車の6両編成、「はやぶさ」は熊本鉄道事業部熊本運輸センター所属の24系客車9両となり、東京駅 - 鳥栖駅間で「はやぶさ」「さくら」として併結運転を行った。
従来「はやぶさ」「富士」は共通運用であったため、「富士」編成は「はやぶさ」編成の24系25形客車9両と「さくら」編成の14系客車6両を併結した15両編成となった。
また、編成単位での14系客車と24系客車の併結運転は史上初であり、サービス用電源はそれぞれ各編成の連結する電源車(カニ24形及びスハネフ14・15形)から供給された。なお、14系客車には非常時等に備え、併結運転対応工事が施された。
6両編成となった「さくら」には、従前「はやぶさ」及び「富士」に連結されていたオハネ25形1000番台(1人用B個室寝台車「ソロ」)を改造したオハネ15形2000番台が連結されたが、開放型A寝台車(オロネ14形)と食堂車(オシ14形)の連結は終了した。オロネ14形、オシ14形の運用離脱により、残る14系14形はスハネフ14形のみとなり、これ以降、24系25形からの編入改造車を含む14系15形が主体の編成となった。
「富士」・「はやぶさ」の24系編成には引き続き個室A寝台車「シングルデラックス」・「ロビーカー」が連結されたが、「ソロ」については前述の通り改造の上で14系編成に移された。また、オハネ25形2両をオハネ15形1100番台に追加改造し、14系編成に組み込んだ。
2002年(平成14年)3月23日:「さくら」の開放式B寝台を1両、「はやぶさ」は2両減車。「さくら」は5両編成とし、「はやぶさ」は7両編成となる。 この編成で「さくら」は廃止時まで運行される。
「さくら・はやぶさ」併結特急時代の九州内の様子 なぜかHMは装着されていませんでした。2002/3/15 小倉 機関車のすぐ後ろは「はやぶさ」編成で24系電源車付き。
2002/3/15 小倉 そして最後尾の顔は14系と、昔ではあり得ない編成となりました。
EF66 48号機牽引 「さくら・はやぶさ」 2004/5/30 大船
EF66 49号機牽引 2004/9/5 海田市
2005年3月1日:「さくら」廃止。
今回もWikipediaの記事を参考に纏めました。
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