« 1975/10 真鶴~湯河原へ 9 155系について | トップページ | 1976/3 磐田へ EF18について »

2012年11月25日 (日)

1975/10 真鶴~湯河原へ 10 113系について

今回は113系です。

113
SM分離前の東京駅で並ぶ湘南電車と横須賀線電車

当時、東海道線で活躍した113系大船電車区静岡運転所が担当受け持ち区でした。大船電車区(現 鎌倉車輌センター)の車輌は1980年の東海道線・横須賀線分離(SM分離)により国府津電車区に移管されました。

一方、静岡運転所には1962年111系登場時から配置されており、113系については後に関東地区の他、大鉄局から転属車を迎え、1976年には新製冷房車が投入、1979年には2000番台も投入され、80系を淘汰しました。

新製時から同区に配置された113系は、汚物処理装置、行先表示機(ともに準備工事)は、取り付けられていませんでした。またサハ111が配置されていなかったために上り方のクハ111が多く配置されていました(クハをサハの代用とした為)。

国鉄時代はグリーン車2両を含む11両編成のT編成、ローカル用6両編成のS編成、4両編成のL編成がそれぞれ活躍していました。冷房車(冷房改造車を含む)は、ほとんどがT編成に組み込まれたため、ローカル用は非冷房車が中心の組成でした。また、ローカル用6両編成と4両編成はそれぞれ併結の上グリーン車無しの10両編成や12両編成で1986年3月まで東京駅へ乗り入れていました。

T編成は老朽化したグリーン車が多数配置されていたこともあり、1981年にはサロ110形1200番台最終装備車が、1983年からはサロ110形改造車が多数配置されました。

113110351_860816
静シスの表記が見えるサロ110-351 東京 1986/8/16

113ts110501ts11035__2

サロ110-501と350

サロ110-501は165系の普通車サハ165-7を改造したもの。-350代はサロ481、489からの改造

113_110350

サロ110-356

サロ110-356はサロ489-10からの改造

やはり、このタイプのサロは言うなればお金がないための窮余の策といった感じで、編成美的には「ゲテモノ」でしたね。

1986年3月211系がデビューすると113系冷房車が当所へ転入し、ようやくローカル用車両の冷房化が進みました。ローカル用の非冷房車は房総地区との転配属が盛んに行われており、湘南色とスカ色の混色編成もよく見られました。1986年10月まで6両編成の下りのクハ111の前に飯田色のクモユニ147が連結され熱海ー浜松間で飯田色、湘南色、スカ色の3色で運用される事もありました。

1986年11月に11両のT編成全車が国府津電車区へ転出し、それと引き換えに田町電車区と国府津電車区から付属編成の4両編成が17編成が転属し新しくT編成となりました。

111系は末期は編成を短縮され専ら静岡局管内の普通列車用となり、1984年から廃車が開始され、民営化直前の1987年3月までに全車廃車されています。

(Wikipediaの記事から)

113_2
113_790519
113系 東京駅にて横須賀線と共存していた頃
113_000000

113系 品川
113_f57_750300
113系 横浜

113_751009
113_751009_2

なぜか、上り下り別の列車で撮影した写真ですがよく見ると中間にスカ色の車輌を挟んだ混色編成でした。

今ではE231系やE233系3000番台、1編成ずつ、編成番号で識別できるので全て写真に記録していますが、この頃は113系を1編成ずつ記録しようとは思いませんでした(笑)。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

« 1975/10 真鶴~湯河原へ 9 155系について | トップページ | 1976/3 磐田へ EF18について »

旅行・地域」カテゴリの記事

電車113系」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1975/10 真鶴~湯河原へ 10 113系について:

« 1975/10 真鶴~湯河原へ 9 155系について | トップページ | 1976/3 磐田へ EF18について »

カテゴリー

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村