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2012年11月 5日 (月)

1975/3 関門・関西へ 2 夜行列車到着編

「高千穂・桜島」はまだ夜の明けきらない午前4:18に下関に到着しますが、あの当時のその時間帯は山陽路を下る夜行列車の帯のまっただ中の時間帯だったのですね。
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1974.12の時刻表による山陽本線(下り)夜行特急列車

下関に到着し列車を降りたものの、まだ夜は明けておらず、寒くて撮影どころではなかったように記憶しています。1時間くらい休憩して、5:25着の下り「月光2号」から写真を撮り始めました。
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何とか撮ってはいますが、イマイチ説得力に欠ける寝台特急下り「月光2号」の写真 
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夜も明け出す6:52、下関に到着した「明星3号」こちらも列車名の判別は難しい。
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広島区のP型EF58115号機に牽引されて下関に到着した「彗星5号」大分行き

関西発の寝台特急牽引機の多くがHMなしで到着してくる中、きちんとHMを装着したP形EF58の姿は凛々しくもありました。同機はこの晩、「あかつき」を牽引して大阪に翌朝到着。彗星5号は1974,4に登場した二段ハネ24系25形による列車で、下関から門司まではEF30 4号機にエスコートされ、九州入りしました。

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EF30 4
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二段ハネとして登場した24系25形 オハネフ25 0番台 折妻スタイル

24系25形が登場してからは特急寝台車のトレンドは25形となってゆきましたが、その顔、すなわち緩急車側の顔と、電源車の顔は登場のたびに違うものとなって行きました。
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24系24形、25形の編成両端の顔の変化

一方、急行ではEF61 14に牽引された「阿蘇」が7:59に到着、「阿蘇」のEF61による牽引も本改正で消滅します。

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EF81 301 ステンレス無塗装時代

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EF81 302 同じくステンレス無塗装時代

一方、下関から関門トンネルをエスコートする交直流機もEF30,EF81 300番台の301,302がまだ銀色に輝く車体として活躍していました。彼女らはその後の1978年10月の異動で内郷機関区転属となり、常磐線走行の際の視認性の向上のためとピンクの厚化粧を施されてしまい、二度とシルバーボディに戻れない体となってしまいました。

1975.3の改正で特急列車の機関車にHMが掲出されるのは東京機関区のEF65牽引ブルートレインのみとなり、所謂HM暗黒時代に突入しました。それが開けて、関門のシェルパにもHMが復活したのは1985年3月のダイヤ改正でした。

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