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2012年11月30日 (金)

1976/3 関西へ 3 阪和線2 新性能電車編

阪和線の続きで、今回は新性能電車で行きます。

阪和線の歴史によると阪和線から旧国が消えたのは1977年4月のことで、今回の76年3月の訪問は、ぎりぎり最後の瞬間に間に合ったという感じでした。

ネットサーチで偶然見つけた「国電写真館 4Doors」さんのサイトの情報によると、 ”阪和線では1968(昭和43)年から103系が使用されている。関西地区では103系の初投入線区であった。”とのことですので既に44年間に渡って103系は同線で働いているのですね。

今でもその姿が見られる車輌なので、あまり写真を載せても意味は無いかも知れませんが、非冷房、未更新の車輌などを中心に、

103_801213

非冷房編成 天王寺にて 1980/12/13
103_801213_2改造冷房編成 天王寺にて 1980/12/13
103_801213_3高運転台編成 1980/12/13 鳳

103_801213_4羽衣支線の103系 1980/12/13 鳳

いずれも1976年3月ではなく、1980年12月の撮影ですが、両年の間で劇的変化は無かったのではと思います。

続いて「新快速」の113系です。こちらは1972年3月15日の改正で天王寺~和歌山間に設定され、途中停車駅は鳳のみというかなり思い切った列車で、同じ改正で東海道・山陽に設定された新快速ブルーライナーと同じカラーリングでぶっ飛ばしていた電車です。
113_7603_6ちょっと色がブルーからグリーンに変色していますが熊取を通過する新快速
113_7603_3こちらは鳳を通過する新快速

これらは新造車ではなかったものの阪和線では初めての冷房車であったそうです。さらに鳳電車区には関西線用の通称「春日塗り」の新快速も配置されていたため、阪和線内で赤い新快速も見ることが出来ました。
113_7603_4
赤い塗色は春日大社の鳥居の赤ということで通称「春日塗り」の113系 和歌山

このHMは上に折り曲げると新快速のマークが出てきたようです。

113系のブルーライナー塗色は「阪和色」(半賄賂と変換されて笑ってしまいましたが)として定着して2012年4月の団臨運転まで残ったようですが、新快速は客足が伸びず、1977年には和泉砂川、熊取を停車駅に追加したものの効果があまり見られず、紀勢本線電化の1978年10月2日のダイヤ改正で快速に統合される形で廃止されてしまいました。

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コメント

B767さん、こんにちは(^^)こちらにもお邪魔致します。阪和線ですね。この頃は、非冷房・冷房改造車のスカイブルーの103系がまだ全盛期だったんですね‼︎スカイブルーの103系を見ていると…京浜東北線を思い出しますな。

マスダっち1971さま、こちらにもコメントありがとうございます。

まさに、関西に来ても同じ車輌のすこし編成の短いのが活躍しているといった感じでしたね。

国鉄時代は天王寺鉄道管理局のエリアだった阪和線と関西線。新製投入車数の少なさから首都圏の路線だと横浜線や南武線に相当するランクになっていたようにも感じてしまいます。

kaipanさま、おはようございます。

国鉄時代は各路線のランク付けが露骨でしたね。今でもその傾向が完全に払拭されたとは思いませんが、近畿関西圏では東海道緩行、大阪環状線などは新製車両が真っ先に投入されていましたが、仰る通り、関西線、阪和線はその下の扱いでした。

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