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2013年1月11日 (金)

1981/11 北陸へ 2 EF81 その3 94号機から152号機誕生まで

今回は94号機から再開です。

94~100号機昭和48年度第3次民有で、常磐線上野~青森間の寝台特急増発用および日本海縦貫線用として1974年3月末に落成しました。このロットは運転室の暖房が強弱二段切り換えになり、扇風機が最新式のものにモデルチェンジされ居住性の改善が図られています。94号機が田端、95~97号機が富山第二、98~100号機が酒田に配置されました。

Ef81_95_7507今は田端のスーパースター95号機のローズピンク時代の姿 1975/8 秋田

101~105号機昭和48年度第1次債務で、1974年に開業する湖西線山科~近江塩津間で使用する分の先行手配車として製造され、全機が敦賀第二に配置されました。敦賀へのEF81の配置は初めてでここからEF70の持ち場への侵食が始まるのですね。同予算では新大阪~宮崎間の寝台特急増発用として303号機も製造され、門司機関区に配置されました。

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大阪駅に寝台特急「日本海」を牽引して到着したローズピンク時代の103号機 今はトワイライト塗装

106~118号機昭和48年度第2次債務で湖西線開業用に1974年に登場しました。このロットから直流避雷器がLA15Dに変更されました。配置先は全機、敦賀第二です。

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109号機が牽引して二ツ井付近を行く、寝台特急「鳥海」 1993/8/7 鳥海に関しては後述。

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新疋田~敦賀間の下り線を行く112号機 オーバークロスする線は上りループ線 112号機は晩年は赤2号の塗色を纏い、2009年3月31日付けで廃車になりました。

119~126号機昭和49年度第1次民有で湖西線開業用に1974年11月に落成し、全機敦賀第二に配置されました。

Ef81_120
120号機に牽引されて終着大阪に到着する寝台特急「つるぎ」 JRFで最後は活躍し、2010年3月16日付けで廃車に

Ef81_121121号機が牽引して大阪に到着した「日本海」 反対側のホームにはキハ181系「まつかぜ」

Ef81_122_930807_1東能代で休息する122号機牽引、コンテナ貨物列車 奥羽本線の701系も初々しい

127号機と304号機はそれぞれ1両ずつ昭和49年度第2次民有で製造されています。名目は前者が羽越本線貨物列車増強用で酒田に配置、後者が関門間の貨物列車増強用で門司に配置されました。内部の難燃化対策強化が実施されたほか、スカートを強化するため4.5mm厚鋼板に変更されました。

128、129号機は1975年3月のダイヤ改正で「日本海」の増発に伴って酒田、敦賀第二の予備機不足を解消するために昭和49年度第1次債務で製造され、内部の雪害対策の強化が図られています。128号機が酒田、129号機が敦賀第二に配置されました。

128号機は1985年に長岡区に移動、さらに1986年に門司区へ移動し、405号機に改造されました。

Ef81_129_100717_3JRFの写真ですが青海川を通過する129号機 2010/7/17

同じ時期に製造された2機ですが、片や早々と関門用に改造され九州で頑張り、一方は長いこと日本海縦貫線で活躍しているのですね。

130~134号機昭和50年度第1次債務で新潟地区の旧型直流機の形式改善の名目で製造されました。実際はEF81を全機酒田に配置させ、新潟のEF15を首都圏に移動させ、首都圏のEF10を淘汰したそうです。130号機~132号機は1985年長岡に移動、1986年に門司区に移動し、403, 404, 406号機に改造されています。

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EF510-500登場後も田端区で頑張る133号機 同区唯一の庇付きスタイルで人気の機関車 2011/2/6 栗橋~古河間

Ef81_134_100617現在は長岡車輌センターに配置され配給列車などで首都圏に顔をみせる134号機 2010/6/17 栗橋~古河間

このロットも5両のうち3両は関門用に改造、2両のうちの1両は長岡に、もう一両は田端で寝台特急「北斗星」牽引に頑張ったのですね。

135、136号機は碓氷峠の転落事故で廃車になったEF62 12, 35号機の補充用に昭和50年度第3次債務で製造され、酒田に配置されました。DT138,139台車のブレーキテコが変更されたほか金具、リード線などに変更が加えられたそうです。

Ef81_135_050326_4059
137号機から最終の152号機昭和53年度第1次債務で、新潟地区に残ったEF15を一掃するために製造されました。1979年4月から9月にかけて落成しました。最終ロットになりましたが、設計変更が多くなされています。主電動機をMT52Bに変更、直流避雷器をLA16に変更、電気式速度計SRD-60の採用、抵抗バーニア制御器をCS36Dに、転換・界磁制御器は無給油タイプに、シリコン整流器はRS36Cに変更、その他各部にメンテナンスフリー化を目的とした改良が実施されました。台車の材質も一般圧延鋼板から溶接構造圧延鋼板に変更されました。全機が東新潟区に配置されました。

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EF81 0番台最終ロットの増備で淘汰された新潟のEF15 柏崎付近 1975/11/3
Ef81_143_911112EF15の置き換え用に増備された143号機牽引で青森に到着した寝台特急「鳥海」1991/11/12

この頃143号機は長岡所属で、「鳥海」は1990年9月奥羽本線改軌工事のため。「あけぼの」の1往復が上越線・羽越本線経由となり改称したもの。1997年3月に東北本線・陸羽東線経由で運転されていた「あけぼの」は運転終了となり、「鳥海」が「あけぼの」に改称され、寝台特急としての列車名は6年半の短命に終わりました。

<追記>
122号機の写真のように、それまではED75700番台の天下であった、奥羽本線秋田~青森間にもEF81が進出するようになったのは1986年のダイヤ改正のことで、これによって捻出されたED75700番台はED79の種車となっています。その辺の変化についてはED75700の特集で扱いたく思います。

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