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2013年1月21日 (月)

1981/11 北陸へ 3 485/489系特急 その1 485系「雷鳥」

まもなく北陸新幹線が開通して北陸の特急街道も大きく変わることが予想されますが、今回からは数回に渡って485系、489系全盛期の北陸特急の時代に触れてみようと思います。

当時のメンバーは、大阪~金沢・富山の「雷鳥」、名古屋からの「しらさぎ」、米原からの「加越」、さらに最初は大阪~新潟間から、後年、金沢~新潟に変化した「北越」、さらに日本海縦貫線を全線走破しいた「白鳥」、そして金沢と上野を結んだ上越線経由「はくたか」と信越本線経由の「白山」でした。

まずは、特急「雷鳥」から行きたく思います。登場から1982年の改正までの歴史です。

485_481100_811100
1964年10月1日:東海道新幹線開業に伴うダイヤ改正により、大阪駅 - 富山駅間で特急「雷鳥1往復が運転開始。 ただし、専用車両となる481系電車の落成が遅れたため、運転開始は同年12月25日まで遅れた。また、名古屋駅発着の「しらさぎ」も設定されるが、同様に運行開始が遅れた。(2001M, 2002M)

「雷鳥」「しらさぎ」の運用開始のために、昭和39年度民有481系41両が発注され、大ムコに配置されました。

その内訳は
モハ481 (480)ユニット 1~11、
クハ481-1~8、
サロ481-1~7、
サシ481-1~4で
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc の6M5T 11連 3編成 
(予備車 M'M x2 Tc x 2 Ts x1 Td x1) でした。

11連の編成2本を使用して、向日町を「雷鳥」で出た編成が富山で「しらさぎ」になり、名古屋に深夜到着、翌朝、名古屋を「しらさぎ」で出て富山に向かい、富山から「雷鳥」で夕刻に大阪に戻る運用が組まれました。

1965年10月のダイヤ改正では鹿児島本線熊本電化開業となり、151系で運用されていた「つばめ」「はと」の481系への置き換えが目的で481系が引き続き投入となり、昭和39年度第4次債務で56両(5編成分とサロ1両)が発注されました。

モハ481 (480)ユニット 1~26、
クハ481-1~18、
サロ481-1~18、
サシ481-1~9

TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 8編成 6本使用
(予備車 M'M x2 Tc x 2 Ts x2 Td x1)となりました。
この発注で481系の製造は打ち切られました。

1966年10月1日:「加賀」の1往復が「雷鳥」に変更され、「雷鳥」は2往復に、「加賀」は1往復になる。

1967年3月18日 - 5月7日 : 毎週土曜・日曜とゴールデンウィークに臨時「雷鳥」を「はくたか」の運用間合いによるキハ80系気動車で1往復運転。金沢運転所のキハ80系気動車7連を使用。(2001M~2004M, 9001D, 9002D)

1968年10月1日:「ヨンサントオ」と称されるダイヤ改正に伴い、「雷鳥」は1往復増発され、3往復になる。(2001M~2006M)と臨時51号(8001M, 8002M)

同改正においては「はくたか」の電車化((昭和43年度第4次債務)、「うずしお」の増発(昭和43年度第5次債務)を目的にしたもので50Hzおよび60Hzの交流電源に対応した485系の製造が開始となり、1969年9月の時点での大ムコの配置は

モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~30
クハ481-1~18、31~36、
サロ481-1~18、 26~31、
サシ481-1~9、22~24
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 12編成 10本使用 となりました。

(481系ユニットで編成を組むと2ユニット余剰が出ていましたが、485系の増備で全てが編成を構成するようになりました。計算上は1編成、481系と485系の混成編成が存在したことになります)。

1969年10月1日:ダイヤ改正により大阪駅 - 金沢駅間で「雷鳥」が1往復増発され、4往復になる。(2001M~2008M)と臨時51号(8001M,8002M)

「北越」定期化(昭和44年度民有)を目的として1編成分投入され、1970年3月の時点大ムコの配置は、

モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~33
クハ481-1~18、31~38、
サロ481-1~18、 26~33、
サシ481-1~9、22~25
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 13編成 11本使用 となりました。

1970年10月1日:ダイヤ改正に伴い、大阪駅 - 富山駅間で「雷鳥」が1往復増発され、5往復になる。(2001M~2010M)と臨時51号、71号(8021M,8022M,9023M,9024M)

「しらさぎ」の増発(昭和45年度第1次債務)が目的でさらに1編成分投入され、
1971年4月の時点大ムコの配置は

モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~33, 44~46
クハ481-1~18、31~40、
サロ481-1~18、 26~35、
サシ481-1~9、22~26
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 14編成 12本使用 となりました。

1971年7月の時点での大ムコの配置は
明日の記事で詳述しますが、489系2編成が新製配置(昭和45年度第2次債務
485系の方はサシ481-22が仙台に転出した以外に動きがありませんが、この頃、クハはMGをボンネットに装備した0番台から、床下装架に変更になった-100番台にマイナーチェンジしました。489系のクハはこのタイプのクハが基本番台として登場しています。

1972年3月15日:ダイヤ改正により、「雷鳥」が2往復増発され、7往復になる。ただし、1往復は車両の手配が間に合わず、運転開始は同年6月4日からとなる。下り(4011M~4015M, 4019M~4025M, 8031M)、上り(4012M~4022M, 4026M, 8032M) 下り4号、上り7号は欠、臨時は51号 

「つばめ」「にちりん」「はと」「しおじ」の担当、「雷鳥」「しらさぎ」の増発目的(昭和46年第2次債務)で3編成分が投入され、
1972年5月時点での大ムコの配置は、

モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~33, 44~46、82~88
クハ481-1~18、31~40、119~122、
サロ481-1~18、 26~35、46~49、
サシ481-1~9、22~26、36, 37
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 17編成 15本使用 と489系5編成(12連に)運用分離

1972年7月時点での大ムコの配置は
モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~33, 44~46、72~74、82~88
クハ481-1~18、31~40、112, 112, 119~122、
サロ481-1~18、 26~35、41, 42, 46~49、
サシ481-1~9、22~26、33, 36, 37
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 18編成 16本使用    と489系5編成

10月2日:「ゆのくに」「立山」の季節列車が特急「雷鳥」として2往復増発される。欠番も補充され、10往復に。(4013M~4021M, 9041M, 4023M~4029Mで1~10号)臨時51号(8041M)

1972年12月時点での大ムコの配置は
モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~33, 44~46、62~67、72~74、82~88、121~125, 130~132 (M'484: 225~229、234~236)
クハ481-1~18、31~40、105~116, 119~122、
サロ481-1~18、 26~39、41, 42, 46~49、60~63、, 65, 66
サシ481-1~9、22~26、30, 31, 33, 36, 37, 46, 47, 49
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 23編成 21本使用   と489系7.編成

1973年4月時点での大ムコの配置は
モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~33, 44~46、62~67、72~74、82~88、121~125, 130~132,137~143, 147~159, 163~165
(M'484: 225~229、234~236、240~246、249~261、265~267)
クハ481-1~18、31~40、105~116, 119~126、225~240、
サロ481-1~18、 26~39、41, 42, 46~49、60~63、, 65, 66, 68~71、74~83、87, 88
サシ481-1~9、22~26、30, 31, 33, 36, 37, 46, 47, 49, 51~53、56~59, 61
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 31編成 29本使用   と489系7.編成 
489系はこの頃から徐々に金サワに移動

1974年5月時点での大ムコの配置は
モハ481 (480)ユニット 1~26、
モハ485(484)ユニット21~33, 44~46、62~67、72~74、82~88、121~125, 130~132,137~143, 147~159, 163~182、209~213
(M'484: 225~229、234~236、240~246、249~261、265~284、311~315)
クハ481-1~18、31~40、105~116, 119~126、225~253, 301, 302, 304
サロ481-1~18、 26~39、41, 42, 46~49、60~63、, 65, 66, 68~71、74~83、87~98, 104~107
サシ481-1~9、22~26、30, 31, 33, 36, 37, 46, 47, 49, 51~53、56~59, 61~67、73,74
TcM'MTsTsTdM'MM'MTc 37編成 32本使用

1975年3月10日:ダイヤ改正に伴い、「立山」「ゆのくに」の1往復が「雷鳥」に統合され、「雷鳥は」12往復になり、エル特急に指定される。(4011M~4033M)

この改正で481系26ユニットを含む初期の14編成は鹿カコに移動し、モハ484-200番台を含む編成(クハも-200番台の貫通タイプ)の大半は門ミフに移動し、大ムコにはクハ481-253一両が残されました。大半のクハは-100番台となり、-300番台は301,302,304が残りました。

12往復時代の雷鳥は「雷鳥 (上下)1・3・10・12号 (下り)4~6号 (上り)7~9号」が大ムコの485系、「雷鳥 (上下)2・11号 (下り)7~9号 (上り)4~6号」が金サワの489系で運用されていました。

1976年6月にサハ481-100番台が13両、新製配置され漸く485系の編成が12両になりました。

TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc 12連 13編成
 
1978年10月2日:「ゴーサントオ」と称されるダイヤ改正に伴い、
1.大阪駅発着の「北越」2往復が「雷鳥」に統合され、「雷鳥」は16往復になる。
2.「雷鳥」の4往復に583系の運用開始。また、「雷鳥」の583系運用列車と485系クハ481形200・300番台先頭の車両にイラストマークを使用開始。ただし当時「雷鳥」で使用されている485系先頭車は初期のボンネット型車両が多く、485系でイラストマークが見られる機会は少なかった。その後1982年頃からボンネット形車両にもイラストマークが用意される。

1982年11月15日:上越新幹線開業に伴うダイヤ改正により、「立山」の2往復が「雷鳥」に統合され、「雷鳥」は18往復になる。(4011M, 4003M, 4013M~4021M, 4005M, 4023M, 4025M, 7027M, 4029M~4039Mで1~35号、51号8041M、53号9043M) 

TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc 16編成 

1984年2月のダイヤ改正まではこの12両編成で「雷鳥」は運行されますが、1985年4月の改正で「だんらん」を含む9両編成が登場し、「雷鳥」にも短編成化の波が押し寄せます。

以上、歴史的変遷に関してはWikipedia「京阪神対北陸優等列車沿革」の記事を、列車番号等のデータはRailArtのサイトのデータを車輌番号のデータは国鉄特急車両 配置および運用の移り変わりのサイトのデータを参考にさせて戴きました。

485_481100_791223
1979/12/23 大阪駅 11番線を出発する「雷鳥」
485_481100_801212
1980/12/12 新大阪駅に到着した「雷鳥」

485_481100_2
金沢駅を発車した「雷鳥」

485_481100
富山駅で出発を待つ「雷鳥」

485_481253_2
当時、大ムコの唯一のクハ481-200番台253を先頭にした「雷鳥」

1982年頃からはボンネットクハのHMも絵入りマークとなりました。

485_481100_841205
1984/12/5 大阪

485_481253_841205
唯一の200番台クハ481-253も絵入りマークに 1984/12/5 京都

485_481300_791223
1979/12/23 大阪駅11番線

485_481300_870224
クハ481-300台先頭の「雷鳥」 1987/2/24

昔撮った485系「雷鳥」の写真をアップしておりますが、ボンネットタイプのクハに関しては、偶数エンド(大阪側)のクハに関してはクハ481とクハ489の区別は容易ですが、奇数エンド(富山側)のクハに関してはもしかしたらクハ489の可能性もあります。一方、貫通、非貫通タイプのクハの場合、奇数エンドのクハはジャンパ栓片渡りから、クハ481と489の区別はできますが、偶数エンドは難しいと思います。幸いにして当時、大ムコのクハ481-200番台は-253(奇数向きに連結)、一両であったことから偶数エンドの貫通タイプクハはクハ489-600の可能性が高いと考えられます。

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