1976/1 福島へ 1 485系特急 1 「ひばり」 その4
東北特急「ひばり」485系編の最後は、非貫通タイプのクハ481です。
東北485系特急の非貫通タイプといえば、クハ481-300番台、-1500番台、そして-1000番台が該当し、昨日の記事でも書きましたが、仙センに非貫通タイプの300番台が配置となったのは1974.7以降で、盛アオに-300番台が配置されたのは1975.5から1976.5にかけてでした。ちょうど、特急「つばさ」の電車化の頃で、盛アオの貫通タイプのクハ481-200が秋アキに転属したのを補充する意味で311, 313, 315, 332, 333, 334, 335, 336, 337, 342, 345, 346,347, 348, 349, 350, 351,352 の大量新製配置が行われた様です。
また、-1500番台の詳細は後日、「いしかり」の特集で記述したく思いますが、1973年度第1次債務で川崎重工業(現・川崎重工業車両カンパニー)と日立製作所笠戸事業所の2社により新造され、22両全車が札幌運転所へ配置されました。
初年度は耐寒耐雪装備の試用を兼ねた青森運転所への貸渡名目で大阪 - 青森間の「白鳥」に投入され、翌1975年1月から順次札幌に移動し、同年7月18日から新設L特急「いしかり」として運転が開始されました。
しかし、北海道の冬の厳しさは想像を絶するものがあり、485系1500番台の耐寒耐雪装備ではトラブルが続出し、1978年には北海道専用特急電車となる781系試作車を開発。量産車が出揃った1980年夏までに1500番台は全車揃って青森運転所に転出となりました。当時はそういった情報は殆ど知る機会がなく下の写真にあるように、1981年1月に上野駅による立ち寄ったら、1500番台がいて、慌ててカメラを持って再度訪問した次第でした。
一方、485系の最終モデルとなった-1000番台は2012年12月31日の記事で触れましたように、1976年4月頃から秋アキに新製配置となり、1978年8月から9月にかけて盛アオにも新製配置となり、クハ481では-1013, 1014, 1015, 1016, 1019, 1020, 1027, 1028, 1029, 1030, 1031 といったメンバーが揃い、1978.10.2のダイヤ改正から
←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要17
白鳥(1)、いなほ(1)、やまびこ(4)、ひばり(4)、はつかり(3)
といった編成で、「ひばり」の運用を担当していたと思われますが、私は1000番台の「ひばり」は撮影しておりません。当時、車両配置表を1976、1977、1978と購入し、1979には編成表も購入していたのですが、1000番台は秋アキ限定と思い込み、盛アオへの配置に気付かなかったためと思われます。あるいは気付いていたとしても1000番台が形態的には300番台とは区別がつかないのではと思い込んでいたせいかもしれません。なにせジャンパ栓が片渡りであったことを知ったのはつい最近でありますから(笑)。
1976/1/2の福島旅行で福島駅で写した特急「ひばり」編成で、昨日の記事で紹介した-200番台クハの逆側のエンドは-300番台でした。「ひばり」で300番台のクハを見たのはこのときが初めてでした。当時はついに「ひばり」にまで300番台クハが使われるようになったかと思いました。
1979/9/29の上野地平ホームでボンネットタイプのクハと非貫通タイプのクハが並んだところで、昨日の記事でご紹介した300番台と200番台の並びと同じ時間帯かも知れません。
1981/1/21の上野駅地平ホームで、大学院の頃ですが、平日の帰宅の際に本来、上野駅は通らないのですが、何気なく地平ホームを覗いたら1500番台クハ先頭の「ひばり」だったか「やまびこ」が入線しており、意外と近くで「とんでもないものが来てたんだ」と感じ、次回からカメラ持参で上野駅に立ち寄ることにしました。それで撮影出来たショットです。
北海道の冬を経験し、他のクハには見られない、外バメ式の標識灯に改造された姿は当初は異様だったのを記憶しております。
1982/1/3 南浦和 当時、東北特急を大宮までの沿線で写したことは殆ど無かったのですが、南浦和付近で写した数少ないショットがこの写真です。
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コメント
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こんばんは、いつもツイッターでお世話になっています(^_^)貴重な資料と写真。楽しく拝見しています。
1500番台の『ひばり』素敵です(^_^)
投稿: teru | 2013年2月 6日 (水) 22時57分
teru さま、おはようございます。
お越し戴き,コメントまで戴き、ありがとうございます。
北海道での壮絶な雪との闘いに敗れて、「あんたでは無理だ。」と言われて,青森に返された1500番台でしたが、その後は、「白鳥」「はつかり」「いなほ」「ひばり」「やまびこ」「雷鳥」,撮ってはいませんでしたが「あいづ」と活躍し、JR化の後も各種特急で活躍し,さらには怖い顔の「彩」、水戸のK60ですか、実に長きにわたる活躍でしたね。最近、水戸のK60はお役目御免となりましたが、頭上2つ目の485系として長く記憶される車両ですね。
1月はこちらの方が忙しくて、あまりTwitterの方はメッセージを出していませんでしたが、ぜひteruさんとのやりとりで盛り上げて行ければと思っています。これからも宜しくお願い致します。
投稿: B767-281 (クハ415-1901) | 2013年2月 7日 (木) 09時23分
おはようございます!いろいろありがとうございます。
1500番台車は、485系の中でも異色の存在でしたね。
青い塗り替えられた車も、好きでした。
きわめて資料性の高い内容に驚いています。
485系の改造車は、本当にさまざまですね。
すごい改造、色だけ、リニューアル・・・。奥が深いです。
今後ともよろしくお願いします。
投稿: teru | 2013年2月10日 (日) 08時28分
teru さま、こんばんは。
わたくしも先ほど、teruさまのブログを訪問してきたところです。
今はネット時代で、情報を探そうと思うといろいろなところにあるものですね。
それで自分がかつて撮った車輌の写真が、どの基地の車両で、どういった編成で、どういった時刻で運用されていたか、前後の運用の流れはどうだったか、特急列車などの場合は情報を調べ流とてに入る時代なんだとつくづく感じております。そうすることによって、かつて撮った写真に生命が吹き込まれるような感じがしてきます。そんなことを考えながら、ブログを書いております。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2013年2月10日 (日) 19時47分