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2013年2月28日 (木)

1974, 1975 北海道へ 1 プロローグ

大学のクラブ活動で私は化学部に所属し、1,2年生の夏休みに北海道の中学校に理科実験の指導に行くという伝統行事に参加致しました。毎年4月頃から北海道東京事務所を通じて、訪問先の学校を紹介して貰い、東京から実験器具、試薬、指導のためのテキスト、そして宿泊のための食料、寝袋等を持参し、現地の中学校に赴き、そこで宿泊させて貰いながら、「気体発生の実験」、「電気分解の実験」などを行い、現地の中学生,教職員の方々と交流を深めるという内容でした。1年の夏(1974年)は道北の羽幌と天塩有明(初山別村)の中学校を、2年の夏(1975年)は道東の中標津羅臼の中学校を訪問致しました。

7408
羽幌線自身が1987年3月30日に廃線となってしまい、今はもう見ることが出来ない天塩有明の駅名標。当時も無人駅でした。 1974/8

北海道までどうやって行ったかですが、1年目は伝統に従って、上野から急行「八甲田」~青函連絡船~急行「宗谷」と乗り継ぎ、札幌で一旦下車し、定山渓に宿泊後、翌日、急行「天北」で深川から留萌線、留萌から今は廃線となってしまった羽幌線で羽幌に向かいました。2年目は、”時間もかかることだから特急を使ってみようか”と言うことで(今なら疑問の余地無く飛行機ですが)、上野から特急「はつかり5号 」1M~青函連絡船1便~特急「おおぞら1号」1Dのオール1の接続で釧路まで行き(まだ、石勝線は開通しておらず、滝川回りのルートでした)、厚岸のユースホステルに宿泊後、根室本線で厚床、厚床から廃止された標津線厚床支線で中標津といったルートでした。いずれも乗車券は北海道周遊券でした。

当時の時刻表から列車と時刻を割り出してみると、

1974年夏の往路

上野19:09-(急行「八甲田」101レ)-青森6:15/7:30-(連絡船5便)-函館11:20/11:50-(急行「宗谷」305D)-<函館本線山線経由>-札幌16:30

札幌10:35-(急行「天北」303D)-深川12:03/13:05-735D-14:26留萌15:54-1825D-17:23-  羽幌

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留萌での接続待ちの間のスナップ 1974/7
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こんな悪ふざけも 留萌駅にて 1974/7
Photo
                        当時の留萌本線と羽幌線 (1974年のJTB時刻表から)

1975年夏の往路

上野16:00-(はつかり5号 1M)-青森0:15/0:30-青函連絡船1便-函館4:25/4:45-(おおぞら1号1D)-釧路14:52/15:38-(急行ノサップ2号 415D)-16:30厚岸

厚岸8:01-441レ-9:04厚床10:00-353D-11:10中標津
Dd51_639_7508
厚岸からDD51 639号機牽引の441レに乗り込む化学部の一行 1975/7
Photo_3
                            当時の道東の路線図 (1974年のJTB時刻表から)

2つの中学校での実験指導終了後は現地解散となり、その日のうちに札幌まで戻り、札幌の親戚の家に一泊後、まだ当時は室蘭本線でC57の旅客列車やD51の貨物列車が走っていたので、登別でSL撮影を楽しみました。帰りも連絡船と陸路で帰ったと記憶しています。

さらに1975年の秋休みには高校時代からの友人、男3人の旅で再度、北海道旅行を企画し、札幌、支笏湖、大雪山、池田、帯広、襟裳岬、洞爺湖を回る旅をしました。

1975年秋の往路
上野14:48-(みちのく 11M)-青森23:48/0:30-1便-函館4:25/4:50-(北海 11D)-札幌9:20

7510
当時から観光客で賑わった広尾線 幸福駅 1975/10
7510
駅名標にも多くの書き込みが

先日、BS朝日の「鉄道絶景の旅 大自然を満喫!厳寒の北海道横断の旅(後編)」で今の幸福駅跡の様子が紹介されていました。

7510_3
同じ広尾線には忠類なんて名前の駅もありました。 1975/10
Photo_5
                                  広尾線路線図 1974のJTB時刻表から

このときはわざと、夏の1列車ルートとほぼ同じ時間帯の「みちのく」「北海」で札幌に向かいました。以前の記事で1974年3月の函館訪問を記述しましたが、1974年、1975年は2回ずつ北海道旅行を行っていました。以後、出張等で1983年、1991年、1993年、2002年、2003年、2008年、2010年と北海道には行ってますがいずれも飛行機の往復で、ドーバー海峡トンネルは2007年6月にユーロスターで通過しましたが(笑)、1988年に開通した青函トンネルもまだ通過していない状態です。

今回はこれらの北海道旅行で撮影した写真から、キハ82系特急、それに続くDC特急、初めて投入された485系特急「いしかり」、ED76500番台、交流専用電車711系、C57, D51, 9600等のSLたちの登別、岩見沢や追分で活躍の様子、そしてローカルDCの写真等をアップしながら当時の思い出について触れたく思います。

今でも当時の北海道で食べたものとして憶えているのは、羽幌でご馳走になった「甘い赤飯」と中標津の「ジンギスカン鍋」です。関東地方では赤飯の豆は小豆が普通ですが、東北地方の北部から北海道にかけては豆として甘納豆を入れて甘い味にして、紅ショウガなどで着色した赤飯を食べるのが習慣だそうで初めてご馳走になったときはびっくりしましたが、おいしく戴きました。ジンギスカン鍋は今では有名ですが、あの当時、まだ大学1,2年の未成年でしたが、焼酎が一緒に出されて焼酎の強さを知らないで飲んだためにその晩は皆、七転八倒の大騒ぎというか泥酔状態になったのは今でもしっかり記憶しております。秋の友達との旅行で池田の町営ワイン工場の宿に泊まった晩もステーキにはワインが合うとか言って、ワインをかなり飲んで翌日、二日酔いで苦しんだのを憶えています。

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2013年2月27日 (水)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 6 EF71

EF71形1968年の奥羽本線米沢 - 山形間交流電化ならびに既存の直流電化区間であった福島 - 米沢間の交流電化切替に伴い、急勾配を有する板谷峠での牽引定数を極力確保する必要からEF70形に続く動軸6軸の「F形」として開発された形式です。連結器の強度と勾配条件から列車重量は最大650tを想定しましたが、ED78形のみの重連運転では出力不足が懸念されたことからF形大出力機の開発・製造が求められました。

ED75形ED76形500番台などと同一の意匠で、重連運転を恒常的に行うため正面に貫通路を設けたほか、冬期の窓ガラス破損を防ぐため正面窓上部にはツララ切り、窓の周囲にはプロテクターを取り付けるボルトを備えていました。全長は18,500mmに達し、側面の通風口は片側7組ありました。

主電動機は国鉄新性能電気機関車の標準形式である直流直巻電動機MT52形の電機子絶縁強化タイプとなるMT52A形を6基搭載しました。交流専用のため端子電圧が上げられ、1基あたりの1時間定格定格出力は450kW・総定格出力2,700kWとなり、これは国鉄交流電気機関車の最大値となりました。

制御方式はED78形と共通のサイリスタ位相制御で、動軸を6軸としたことから回路構成を一部変更し、主変圧器の2次側を6分割として6組のサイリスタブリッジを配置する構成とされたほか、弱め界磁とその関連機器も設けられていません。主電動機の接続は2個直列3並列の固定接続です。列車暖房用電源は主変圧器の3次巻線から供給されました。

台車は前後のものはED78形とほぼ同一の仮想心皿方式を採用するDT129形を、中間台車は車体と台車側受の間にコロを挿入して曲線区間での横動を許容したDT137形を採用しました。

板谷峠の厳しい線路・気象条件に対応する保安装置としては、停電や故障によって電力回生ブレーキが使用不能になった場合自動的に非常ブレーキを作動させる機能を持たせたほか、EF63形と同じく下り勾配での暴走を防ぐ過速度検知装置や勾配上での長時間停車を想定し空気ブレーキをかけた状態でロックする転動防止装置と主電動機回路の短絡による非常ブレーキ装置を備えました。また、冬期の架線凍結に備え前位側のパンタグラフを必要に応じ上昇させられるような構造としました。

ED78形とは機器の共通化がなされ、KE77形ジャンパ連結器2基を通し両形式相互の重連総括制御が可能でした。

なお、本形式とED78形の板谷峠における牽引定数は以下のとおりです。
EF71形単機…450t
ED78形単機…300t
ED78形重連…540t
EF71形とED78形の重連、もしくはEF71形重連…650t

<形態区分>

1968年 - 1970年に製造された1次形と1973年に製造された2次形に分類されます。

1次形 昭和42年度2次債務 奥羽本線福島 - 米沢間交流切替
                    同線米沢 - 山形間電化開業

1~5 東芝 1968年

Ef71_1_760102
1976/1/2の福島機関区訪問の際に庫の中で写した1号機です。
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EF71 1 データ
EF711      東芝府中工場=5105000-1          1968-07-06 E100.8tBBB(1067)
   車歴;1968-07-06 製造→ 納入;国鉄;EF711→ 配属;東北支社→1968-07-06 配置;福島→
      1986-02-07 廃車;福島→ 保存;福島県福島市「JR 福島機関区」;EF711→
      移管保存;宮城県利府町「JR 東日本利府駅」;EF711→
      移管保存;宮城県利府町「仙台総合車両センター」;EF711
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EF71 4 の写真はED71の記事で掲出済みです。
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EF71 4 データ
EF714      東芝府中工場=5105000-4          1968-08-12 E100.8tBBB(1067)
   車歴;1968-08-12 製造→ 納入;国鉄;EF714→ 配属;東北支社→1968-08-12 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;EF714→ 配置;福島→1993-06-01 廃車;福島運転所
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6~11 三菱重工業・三菱電機 1968     昭和43年度5次債務 団体列車増発

Ef71_73_760102
福島駅で臨時特急「つばさ51号」の牽引機交替 1976/1/2

同特急に乗車した1974.3の旅の際の写真(7号機)は2012/11/16の記事に
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EF71 7 データEF717      三菱重工業三原工場=1627/890= 三菱電機   1968-07-22 E100.8tBBB(1067)
車歴;1968-07-22 製造→ 納入;国鉄;EF717→ 配属;東北支社→1968-07-22 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;EF717→ 配置;福島→1993-07-01 廃車;福島運転所
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12  東芝 1969
     昭和44年度3次債務 寝台特急「あけぼの」運転開始
13  東芝 1970

2次形 昭和47年度2次債務 寝台特急「あけぼの」増発
14・15  東芝 1973

Ef71_14_760102

福島機関区にて14号機 標識灯が変化しているのでイメージが少し変わって見えます。
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EF71 14 データ
EF7114     東芝府中工場=5110771-1          1973-10-12 E100.8tBBB(1067)
車歴;1973-10-12 製造→ 納入;国鉄;EF7114→ 配属;東北支社→1973-10-12 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;EF7114→ 配置;福島→1993-09-01 廃車;福島運転所
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<運用>

1968年10月1日のダイヤ改正直前の9月22日に交流への切替工事が完了した福島 - 米沢間で運用を開始し、翌9月23日からは山形まで運用範囲を拡大しました。全機が福島機関区に配置され「津軽」に代表される急行列車や普通列車・貨物列車のほか、1970年夏から運転を開始した寝台特急「あけぼの」の牽引など広汎に使用されました。当初はED78形牽引列車の補機として福島 - 米沢間での運用が大半でしたが、車両運用の関係から1970年以降は旅客列車を中心に本形式のみで福島 - 山形間を直通運転することも多くなり、編成重量の関係から重連運転を必要とした一部の列車を除くと本務機と補機の区別が曖昧なものとなりました。

純粋な補機としての運用はキハ80系を使用していた特急「つばさ」への投入があります。同列車での補機運用は1970年に大出力機関搭載のキハ181系に車種変更で一旦は解消されましたが、連続勾配下や高速運転での過負荷運用によりキハ181系の機関過熱や故障が多発し列車の遅延や運休が続出したため、1973年以降は負荷軽減のため再度本形式による補機運用が再開されました。当該運用は1975年11月の奥羽本線全線電化完成による「つばさ485系電車化で終了しました。

国鉄分割民営化時には1を除いた全機が福島運転所(旧・福島機関区)所属のまま東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継。引き続きED78形とともに運用されましたが、客車夜行列車の統廃合や貨物列車の削減などで運用は狭まっており、末期まで残った板谷峠越え普通列車運用では、わずか2・3両ほどの短編成客車列車を大出力の本形式が牽引するという不経済な事態も見られました。

1990年より福島 - 山形間標準軌化による山形新幹線建設工事が始まり、同年8月31日には福島 - 米沢間の単線化に伴い定期夜行列車での運用が消滅、以後も残った普通列車と貨物列車(山形 - 漆山間)、臨時列車などの運用]も1991年8月26日をもって終了しました。一部は東北本線で臨時運用に投入されたが、一般勾配では過大とも言える大出力かつ特殊設計であるがゆえに他線区への転用が難しく、1993年までに全車が除籍され形式消滅しました。

今回、本稿を纏めるにあたり、Wikipediaの記事を参考に致しました。またいつものように機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月26日 (火)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 5 ED78

ED78形電気機関車は1968年の奥羽本線米沢 - 山形間交流電化ならびに既存の直流電化区間であった福島 - 米沢間の交流電化切替に伴い、急勾配を有する板谷峠の通過対策を主として開発された交流電気機関車です。

板谷峠は約33‰の平均勾配を有し、碓氷峠・瀬野八と並ぶ急勾配区間であり、1949年より直流電化され当初はEF15形1951年からはEF15形に回生ブレーキを追設改造したEF16形1964年からは抑速発電ブレーキを装備したEF64形が運用されてきました。しかし、1968年10月1日のダイヤ改正で奥羽本線の米沢 - 山形間が交流電化されるのにあわせ、同区間の交流電化への切替が決定しました。また交流電化試験線区で一部に直流電化区間を有した仙山線も全区間の交流電化切替が決定し、両区間で使用する機関車の開発要件として、次の条件が求められました。

特別な運転技量を要する連続した勾配区間で使用可能なこと
脆弱軌道で軸重制限のある仙山線への入線も可能であること

このため主回路に抵抗器をもたない交流電気機関車は発電ブレーキによる抑速運転ができないことから、抑速機構として交流回生ブレーキ方式の採用が検討されました。

交流回生ブレーキを搭載し、軸重可変機能付の中間台車をもつ試作機関車ED94形を製造し、各種試験の後に量産仕様としてEF71形電気機関車とともに設計されたのがED78形です。

前面形状は国鉄交流電気機関車の標準的な形態で、恒常的な重連運用に備え正面には貫通路を設けました。正面窓上部にはツララ切りを装備し、冬期の窓ガラス破損防止のためプロテクターが装備可能です。

回生ブレーキ用機器の搭載や中間台車をもつため車体長は、動軸4軸の「D形」ながら動軸6軸の「F形」と同等の17,900mmに拡大されました。また積雪対策として、屋根上の特別高圧機器の大半を車内収納に変更してあります。

制御方式はサイリスタ位相制御。制御回路は全サイリスタブリッジ方式を採用しており、主変圧器には旅客列車での運用に備え3次巻線から供給される電気暖房用電源を装備しました。

主電動機は国鉄新性能電気機関車の標準形式である直流直巻電動機MT52形を4基搭載し、動力台車はED75形電気機関車と同一の仮想心皿方式台車DT129形で、牽引力の伝達は台車下部と車体を連結する引張棒による「ジャックマン式」です。TR103形中間台車は空気バネによる軸重可変装置が装着されており、軸重を14.0t・14.8t・16.0t・16.8tの4段階に変化させることができます。これにより脆弱軌道区間の仙山線・磐越西線への入線が可能となりました。

板谷峠の厳しい線路・気象条件に対応する保安装置としては、停電や故障によって電力回生ブレーキが使用不能になった場合自動的に非常ブレーキを作動させる機能を持たせたほか、EF63形と同じく下り勾配での暴走を防ぐ過速度検知装置や勾配上での長時間停車を想定し、空気ブレーキをかけた状態でロックする転動防止装置と主電動機回路の短絡による非常ブレーキ装置を備えました。また、冬期の架線凍結に備え前位側のパンタグラフを必要に応じ上昇させられる構造としました。

EF71形とは機器の共通化がなされ、KE77形ジャンパ連結器2基を通し両形式相互の重連総括制御が可能です。

本形式は、試作車のED94 1を含め全機が日立製作所で製造され、新製配置は福島機関区(現・福島総合運輸区)とされました。

<製造・形態区分>

試作機
ED94 1→ED78 901
1967年にED94 1として製造されました。各種試験を実施後1968年に郡山工場(現・郡山総合車両センター)にて量産化改造が施工され、ED78 901として編入改番されました。
量産化改造の内容は機器類の配置を含む一部変更で、総括制御用ジャンパ連結器の交換が主でした。

量産機
1 - 9
ED94形の試験結果を基に1968年に昭和42年度第2次債務で製造されたグループです。製造名目は奥羽本線米沢 - 山形間交流電化・福島 - 米沢間ならびに仙山線交流切替・磐越西線貨物列車増発である。試作車からの変更点は以下の通りです。
ED94形での誘導障害が問題になりサイリスタブリッジ回路の非対称化などの機器構成を変更
上記の結果として車体長を600mm延長し17,900mmとなり運転整備重量も1.5t増加
主電動機を電機子絶縁の強化を図ったMT52A形に変更
急勾配保安対策として回生制動時の過速度検知空気ブレーキ・基礎ブレーキの施錠機構・主電動機短絡ブレーキを装備(試作車にも量産化改造時に追設)
Ed78_6_2
1976/1/2の福島機関区訪問で撮影した6号機
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ED78 6 データ
ED786      日立製作所水戸工場=194251-1        1968-06-25 E81.50tB2B(1067)
車歴;1968-06-25 製造→ 納入;国鉄;ED786→ 配属;東北支社→ 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;ED786→ 配置;福島運転所→1993-09-07 仙台電車区→
      1999-04-20 廃車;仙台電車区
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10・11
1970年に仙山線用試作交流機関車の取替名目で製造されたグループです。1968年製造車からの変更点を以下に示す。
TE・EB・ATS未投入防止の各装置を新設
補機類の若干変更
運転室前面窓ガラスに熱線入り窓ガラスを採用しデフロスターを廃止
Ed78_10
同じく福島機関区で撮影した10号機
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ED78 10 データ
ED7810     日立製作所水戸工場=194441-1        1970-03-14 E81.50tB2B(1067)
車歴;1970-03-14 製造→ 納入;国鉄;ED7810→ 配属;東北支社→ 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;ED7810→ 配置;福島運転所→1993-09-07 仙台電車区→
      1999-05-11 廃車;仙台電車区
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12・13
1980年に寝台特急「あけぼの」の24系客車化による編成増強に伴い製造されたグループ。この2両は国鉄で最後に製造された交流電気機関車でもあります。1968年製造車からの変更点は以下の通りです。
主電動機を電機子軸の強化が施工されたMT52B形に変更
標識灯、電気暖房表示灯を小型化
1人乗務に対応した運転機器配置に変更し扇風機を設置
運転室側窓のアルミサッシ化と前面窓の導電膜板ガラス採用
前面通風口の廃止
20系客車牽引用電磁ブレーキ指令用KE72H形ジャンパ連結器を新製時から装備
ブロック式ナンバープレートの採用、前面飾り帯の塗装化

<運用>

新製後は、奥羽本線福島 - 山形間・仙山線で寝台特急「あけぼの」・急行「津軽」などの優等列車から貨物列車まで運用範囲は広汎にわたりました。その運用は単機でのほか仙山線を中心に本形式同士での重連、奥羽本線内ではEF71形との重連運転も行われました。

奥羽本線での運用は当初EF71形を板谷峠区間の補機として用い、本形式は前後区間を含め列車の牽引にあたる本務機とする方針でありましたが、1970年以降は運用の関係からEF71形が福島 - 山形間直通で列車を牽引することも増え、重連運用を必要とする列車を除き運用上の区分は明確なものではなくなりました。

1986年に試作車の901廃車。さらに分割民営化直前の1987年2月1廃車となり、2 - 13が東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承されました。

1990年からは福島 - 山形間を標準軌に改軌する工事が始まり、1992年に山形新幹線が開業しました。EF71形は適当な転用先がなくそのまま運用を終えて廃車されましたが、本形式は引き続き仙山線で貨物列車・臨時旅客列車などに使用されました。

1993年に福島運転所が閉鎖となったため、本形式は仙台電車区(旧・仙台運転所 現仙台車両センター)に転属し、引き続き仙山線で運用された。同線は1990年に軌道強化されED75形の入線が可能となっていたが、勾配区間であることから貨物列車を牽引するため回生ブレーキをもつ本形式が継続使用されていました。同線の貨物列車が1998年までに運転終了した後は2 - 11が廃車。残存した12・13が「落ち葉清掃」運用に投入されていたが、2000年に除籍・廃車され形式消滅しました

ED78に関してはこうして経緯を調べて見ると2000年近くまで現役でいた機もあったわけですが、1980年代以降奥羽本線(南線)や仙山線に出かけることがなかったため、逢うことがなく廃車になってしまった感があります。今となっては出かけておくべきであったと後悔しております。

今回、本稿を纏めるにあたり、Wikipediaの記事を参考に致しました。またいつものように機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月25日 (月)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 4 ED77

ED77形電気機関車は、国鉄が1967年より製造した交流用電気機関車であり、交流電気機関車の事実上の標準形式となったED75形の仕様を基に軸重制限のある線区への入線とサイリスタ位相制御の実用化がなされたのが特徴でした。

車体はED75形を母体にしたものでデザインも踏襲されていますが、中間に無動力台車を装備するために車体長が延長されたほか、耐寒耐雪構造を強化するために従来屋根上に設置されていた特高機器を室内に配置した点。さらに運転室側窓は下降式などの相違点があります。性能面では新機能を多数搭載したために試作車(ED93)が製造されました。

試作機ED9311965年に日立製作所で製造されました。
当初は仙山線での運用も考慮されたために作並機関区に配置され、仙山線・東北本線で性能試験の後に1966年1月から仙台 - 作並間で営業列車牽引での試験が行われました。

試作機ED93形と量産車との最大の相違点は、量産車では重連総括制御が導入されたために正面に貫通扉を装備するのに対して、ED93形ではEF70形2次型やED76形基本番台に類似する2枚窓の非貫通構造を採用した点です。

<軸重可変機構の採用>

1960年代半ばにおける交流電化は、幹線のみだけではなく亜幹線ならびにローカル線にまで進展していましたが、軌道の脆弱な線区へは交流電気機関車の標準機ともいわれたED75形では軸重制限の点から入線が不可能なケースも発生していました。そのためED93形では動台車間に無動力のTR103形空気バネ台車を設置しました。
TR103形台車の空気圧力を調整することで動輪軸重を14.0・15.0・16.0・16.8tの4段階に変化させ、軸重制限区間への入線を可能としました。この機能は、列車暖房用の蒸気発生装置(SG)を搭載するため車体長を延長と重量増への対処から同じく中間無動力台車を装備していたED76形でも1967年製造のED76 9以降、また奥羽本線用試作機となるED94形にも採用されました。

<サイリスタ制御>

交流機関車の速度制御は変圧器による電圧制御を用いてモーターの出力を調整することで行われ、抵抗器を用いる直流電気機関車と異なり、位相制御を用いた連続電圧制御によりトルクの急変が起きにくく空転を起こしてもすぐに収束するため、加速性能や粘着性能で優位に立っています。

ED75形では主磁気増幅器低圧タップ切換器の組み合わせが採用されましたが、大電力制御用シリコン整流器(サイリスタ位相制御)を用いた場合の利点は磁気増幅器とタップ切換器がシリコン整流器に内包されるため、機器減少ならびに小型化による軽量化と完全無接点無電弧化による故障防止などが挙げられ、特に支線区用や酷寒地用車両にはこれらのメリットがより生かせるため次世代形の制御方式として国鉄を中心に研究が進められていました。

しかし、当時の交流電気機関車のではこの制御方式が未完成であったためにED93形で初搭載し試験を繰り返し行い、北海道用に特に全サイリスタ制御で製造されたED75 501の運用試験結果を踏まえ、誘導障害対策を施した上で本形式量産機に採用されました。

<番号区分>

1 - 14
1967年製造。試作機ED93 1の試験結果を踏まえて製造された量産機。
当初から正面中央に貫通扉を設け、重連総括制御を可能としたためにスカートにKE77形ジャンパ連結器・元空気ダメ管・釣合い管を装備しています。
前面窓の傾斜はありません。
機器室内は特別高圧機器の配置を変更し、機器室を延長のうえで屋根上の風防を廃しました。この変更により全長はED93形より800mm長い15,800mmとなりました。

1~7 日立製作所 
8~10 東芝
11~14 三菱電機 三菱重工
                  昭和41年度第1次債務 磐越西線郡山 - 喜多方間電化開業

Ed77_10_810810
番号が判別しにくい写真ですが、10号機です。小窓のズラッと並ぶ旧形客車も印象的です。 1981/8/10 磐梯熱海
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ED77 10 データ
ED7710     東芝府中工場=5103977-3          1967-06-22 E75.0tB2B(1067)
車歴;1967-06-22 製造→ 納入;国鉄;ED7710→ 配属;東北支社→1967-06-22 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;ED7710→ 配置;福島運転所→1993-09-07 仙台電車区→
      1993-10-01 廃車;仙台電車区
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Ed77_13_760102_2
13号機が牽引する当時の磐越西線の旅客列車、今では719系がこの役割を担っています。 1976/1/2 郡山
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ED77 13 データ
ED7713     三菱重工業三原工場=1505/875= 三菱電機   1967-06-14 E75.0tB2B(1067)
車歴;1967-06-14 製造→ 納入;国鉄;ED7713→ 配属;東北支社→ 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;ED7713→ 配置;福島運転所→1993-09-07 仙台電車区→
      1993-11-01 廃車;仙台電車区
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Ed77_14_810810
こちらもぶれており、番号の判別が難しい写真ですが14号機牽引の貨物列車です。 1981/8/10 磐梯熱海
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ED77 14 データ
ED7714     三菱重工業三原工場=1506/876= 三菱電機   1967-06-16 E75.0tB2B(1067)
車歴;1967-06-16 製造→ 納入;国鉄;ED7714→ 配属;東北支社→ 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;ED7714→ 配置;福島運転所→1993-09-07 仙台電車区→
      1993-11-01 廃車;仙台電車区
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15
1970年製造の増備車。
主電動機がMT52A形に変更されたほか、空気圧縮機・ブレーキ弁・熱線入り前面ガラスも設計変更されました。

三菱電機 三菱重工 昭和44年度第2次債務 磐越東線・西線直通貨物列車増発

Ed77_15_760102
郡山で出発を待つ15号機牽引の磐越西線旅客列車 1976/1/2

Ed77_15_760102_2
郡山における15号機のサイドビュー 軸重可変中間台車も見えます。 1976/1/2
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ED77 15 データ
ED7715     三菱重工業三原工場=1784/990= 三菱電機   1970-04-28 E75.0tB2B(1067)
車歴;1970-04-28 製造→ 納入;国鉄;ED7715→ 配属;東北支社→ 配置;福島→
      1987-04-01JR 東日本;ED7715→ 配置;福島運転所→1993-09-07 仙台電車区→
      1993-11-01 廃車;仙台電車区
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901
元・試作機ED93 1。1968年3月30日に郡山工場(現・郡山総合車両センター)で量産化改造を施工し改番を行いました。
量産車に仕様を合わせるために総括重連制御方式への改造ならびに正面非貫通構造から貫通扉の設置などが行われましたが、EF62形に酷似した傾斜角のある正面窓や屋根上の特高機器を収納する風防(キャノピー)は残存されました。

<投入計画等>

仙山線や田沢湖線での投入が当初検討されていましたが、前者は運用上奥羽本線との共通運用を行うメリットからED78形が投入され、後者は実際に電化されたのが貨物列車の全廃後のため専属機を配備するメリットがなく、臨時列車など牽引には当初はDE10形が、軌道強化後はED75形が投入されました。

1987年の国鉄分割民営化の際には、9 - 15の7両が東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継されました。磐越西線の軌道強化によってED75形が走行可能となったことで1993年までに運用を終了し全車廃車・廃形式となりました。

辛うじて、1981年夏の磐梯熱海でのショットがありますが、今から思えば郡山や磐越西線に通ってED77の姿を多く写しておくべきだったと思います.後の祭りですが(笑)。

以上、WikipediaのED77の項の文章を参考に纏めました。また機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月24日 (日)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 3 ED75 1000番台 その4

4回にわたり、続けて来ましたED75 1000番台も今回が最終回です。

今回は1031~1039を紹介致します。

Ed75_1031_040821
パンダ塗装1031号機の重連。これまでにこの黒川橋梁での写真を紹介致しましたが、聞いたところによると現在はここでこういった写真を撮影することは出来ないようですね。 2004/8/21
Ed75_1031_060711
1031号機は後に第2次更新塗装になりました。東仙台 2006/7/11
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ED75 1031 データ
ED751031    東芝府中工場=5111475-2          1974-03-02 E67.2tBB(1067)
車歴;1974-03-02 製造→ 納入;国鉄;ED751031→1974-03-02 配属;東北支社→
      1974-03-04 到着配置;青森→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751031;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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1032号機は1988年に事故廃車になっています。
Ed75_1033_080731
原色のままの1033号機 当時の宮城野貨物ターミナル 2008/7/31
下の履歴から分かりますが、1033号機以降は、JR東日本に継承され、一旦廃車となった後にJR貨物で復活しています。
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ED751033    東芝府中工場=5111475-4          1974-03-08 E67.2tBB(1067)
車歴;1974-03-08 製造→ 納入;国鉄;ED751033→1974-03-08 配属;東北支社→
      1974-03-10 到着配置;青森→1967-03-01 青森東運転区→
      1987-04-01JR 東日本;ED751033;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車?;青森運転所東派出→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1034_760102
1976/1/2に福島機関区を訪問したときのカットです。
Ed75_1034_030215_2
原色で活躍する1034号機 黒磯 直流機溜まりにはEF651059号機なども見えます。 2003/2/15
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ED75 1034  データ
ED751034    東芝府中工場=5111475-5          1974-03-14 E67.2tBB(1067)
車歴;1974-03-14 製造→ 納入;国鉄;ED751034→1974-03-14 配属;東北支社→
      1974-03-16 到着配置;青森→1987-04-01JR 東日本;ED751034;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車?;青森運転所東派出→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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1035号機はJR貨物に売却されることなく1996年に廃車されています。

Ed75_1036_071223
雨の長町を通過する1036号機重連牽引コンテナ貨物列車 2007/12/23
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ED75 1036 データ
ED751036    東芝府中工場=5112275-1          1975-02-25 E67.2tBB(1067)
車歴;1975-02-25 製造→ 納入;国鉄;ED751036→1975-02-25 到着配属;青森→
      1987-03-01 青森東運転区→1987-04-01JR 東日本;ED751036;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車?;青森運転所東派出→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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1037, 1038号機はJR東日本のまま2001~2002年に廃車されています。

Ed75_1039140_080731
ED751000番台のラストナンバーであり、東日本大震災(2011/3/11)ではA6仕業92列車を牽引中、常磐線327K301M南泥沼踏切付近で津波に被災し、それが最後の仕事となってしまった1039号機
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ED75 1039 データ
ED751039    東芝府中工場=5113575-2          1976-11-11 E67.2tBB(1067)
車歴;1976-11-11 製造→ 納入;国鉄;ED751039→1976-11-09 配属;東北支社→
      1976-11-11 到着配置;青森→1987-03-01 青森東運転区→
      1987-04-01JR 東日本;ED751039;青森東運転区→
      1996-03-30 改称;青森運転所東派出→2001-10-12 廃車;青森運転所東派出→
譲渡;JR 貨物;ED751039;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 上記の経緯で同日、廃車
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ということで、ED751000番台を終わります。 機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月23日 (土)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 3 ED75 1000番台 その3

ED75 1000番台、今回は1021~1030の写真を紹介致します。

Ed75_1021_030215
黒磯駅に到着する1021号機他重連のコンテナ貨物列車 2003/2/15
Ed75_1021_060714
松島駅を通過する第2次更新塗装の1021号機 2006/7/14
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ED75 1021 データ
ED751021    東芝府中工場=5107175-1           1970-03-13 E67.2tBB(1067)
車歴;1970-03-13 製造→ 納入;国鉄;ED751021→ 配属;東北支社→1970-03-13 配置;青森→
      1970-03-15 到着→1971-12-04 借入;盛岡→1971-12-07 返却→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751021;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1022_070520_2
黒磯での機関車交換 2007/5/20
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ED75 1022 データ
ED751022    三菱重工業三原工場=1781/991= 三菱電機   1970-03-19 E67.2tBB(1067)
車歴;1970-03-19 製造→ 納入;国鉄;ED751022→1970-03-19 配属;東北支社→
      1970-03-21 到着配置;青森→1970-05-31 借入;長町→1970-06-04 返却→
      1972-06-12 借入;一ノ関→1972-06-21 返却→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751022;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-03-14 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_10231016_080801
岩沼駅に進入する1023号機他重連コンテナ貨物 2008/8/1
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ED75 1023 データ
ED751023    日立製作所水戸工場=194451-2        1970-04-04 E67.2tBB(1067)
車歴;1970-04-04 製造→ 納入;国鉄;ED751023→1970-04-04 配属;東北支社→
      1970-04-06 到着配置;青森→1972-07-08 借入;内郷→1972-07-18 返却→
      1986-11-01 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751023;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
      その後、廃車
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Ed75_1024_050423
黒川橋梁を通過する1024号機牽引専貨 2005/4/23
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ED75 1024 データ
ED751024    日立製作所水戸工場=194451-3        1970-04-15 E67.2tBB(1067)
車歴;1970-04-15 製造→ 納入;国鉄;ED751024→1970-04-15 配属;東北支社→
      1970-04-17 到着配置;青森→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751024;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1026_030823
白坂を通過した1026号機他重連牽引上り貨物列車 2003/8/23
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ED75 1026 データ
ED751026    東芝府中工場=5110775-1     1973-08-24(8/23?) E67.2tBB(1067)
車歴;1973-08-24(8/23?)製造→ 納入;国鉄;ED751026→1973-08-24 配属;東北支社→
      1973-08-25 到着配置;青森→1974-02-03 借入;内郷→1974-03-02 返却→
      1986-11-01 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751026;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-03-31 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_1027_030517
1027号機パンダ塗装と原色機の重連によるコンテナ貨物列車 白坂 2003/5/17
Ed75_1027_060711
第2次更新塗装を纏った1027号機 陸前山王 2006/7/11
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ED75 1027 データ
ED751027    東芝府中工場=5110775-2          1973-08-28 E67.2tBB(1067)
車歴;1973-08-28 製造→ 納入;国鉄;ED751027→ 配属;東北支社→
      1973-08-28 到着配置;青森→1973-08-28 借入;福島→1973-09-30 返却→
      1986-11-01 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751027;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
             その後、廃車?
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Ed75_1028_030830
Rainbow-likeの塗装で一躍有名になった1028号機 水戸 2003/8/30 第2次更新塗装の最初の塗装はこの機に施されました。
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ED75 1028 データ
ED751028    東芝府中工場=5110775-3     1973-09-01(8/31?) E67.2tBB(1067)
車歴;1973-09-01(8/31?)製造→ 納入;国鉄;ED751028→1973-09-01 配属;東北支社→
      1973-08-31 到着配置;青森→1973-09-02 借入;盛岡→1973-09-30 返却→
      1973-10-06 借入;一ノ関→1973-10-10 返却→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751028;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1029_030823
同じ水戸でもこちらは原色塗装の1029号機 2003/8/23
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ED75 1029 データ
ED751029    三菱重工業三原工場=1948/1053= 三菱電機   1973-10-03 E67.2tBB(1067)
車歴;1973-10-03 製造→ 納入;国鉄;ED751029→ 配属;東北支社→
      1973-10-03 到着配属;青森→1973-10-05 借入;盛岡→1973-10-12 借入;八戸→
      1973-10-16 返却→1973-11-08 借入;原町→1973-11-20 返却→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751029;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2006-03-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_1030_050423
桜満開の豊原駅を通過する1030号機 2005/4/23
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ED75 1030 データ
ED751030    東芝府中工場=5111475-1          1974-02-27 E67.2tBB(1067)
車歴;1974-02-27 製造→ 納入;国鉄;ED751030→1974-02-27 配属;東北支社→
      1974-03-01 到着配置;青森→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751030;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-03-31 廃車;仙台総合鉄道部
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今回は以上です。1978年に事故被災して廃車となった1025号機以外はすべて撮影していました。機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月22日 (金)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 3 ED75 1000番台 その2

ED75 1000番台、今回は1011~1020を紹介致します。

Ed75_1011_050423
首都圏の平野部に較べると少し遅めの満開の桜のそばを行く1011号機 豊原 2005/4/23
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ED75 1011データ
ED751011    日立製作所水戸工場=194261-4        1968-08-27 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-08-27 製造→ 納入;国鉄;ED751011→ 配属;東北支社→1968-08-27 配置;青森→
      1968-09-02 到着→1978-10-02(10/3?)福島→1980-10-06 長町→
      1981-05-21 借入;福島→1981-06-15 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED751011;長町機関区→1988-03-12(3/11?)盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-03-14 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_1012_050423
同じ日、高久駅そばの熊久保踏切にて 1012号機 2005/4/23
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ED75 1012 データ
ED751012    東芝府中工場=5104735-2           1968-05-04 E67.2tBB(1067)
   車歴;1968-05-04 製造→ 納入;国鉄;ED751012→ 配属;東北支社→
      1968-05-04 到着留置;福島→1968-09-02 到着配置;青森→1978-10-02 福島→
      1980-10-07 長町→1987-04-01JR 貨物;ED751012;長町機関区→
      1988-03-14 盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2007-11-07 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_1013_080730_1
岩沼駅にて入れ換え中の1013号機 2008/7/30
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ED75 1013データ
ED751013    東芝府中工場=5104735-3           1968-05-14 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-05-14 製造→ 納入;国鉄;ED751013→ 配属;東北支社→
      1968-05-14 到着配置;青森→1968-06-04 借入;長岡→1968-07-20 借入;福島→
      1968-08-17 借入;盛岡→1968-08-21 返却→1970-06-07 借入;盛岡→
      1970-06-29 返却→1971-04-13 借入;八戸→1971-04-21 返却→
      1971-11-16 借入;八戸→1978-10-02 福島→1980-10-08 長町→
      1987-04-01JR 貨物;ED751013;長町機関区→1988-03-14 盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
      その後、廃車?
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Ed75_1015_060714
南仙台駅を通過する1015号機牽引のコンテナ貨物列車 2006/7/14
Ed75_10151013_080731
第2次更新塗装を纏った1015号機 長町 2008/7/31 ===========================================================================
ED75 1015 データ
ED751015    東芝府中工場=5104735-5           1968-05-16 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-05-16 製造→ 納入;国鉄;ED751015→ 配属;東北支社→
      1968-05-16 到着配置;福島→1968-06-07 青森→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751015;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1016_030517
白坂を通過するパンダ塗装の1016号機 2003/5/17
Ed75_1016_071222
東仙台の貨物線を通過する1016号機 2007/12/22
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ED75 1016 データ
ED751016    東芝府中工場=5106700-1           1969-09-26 E67.2tBB(1067)
車歴;1969-09-26 製造→ 納入;国鉄;ED751016→1969-09-26 配属;東北支社→
      1969-09-28 到着配置;青森→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751016;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1017_060715
高架になる前の長町駅を通過する1017号機牽引コンテナ貨物列車 2006/7/15
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ED75 1017データ
ED751017    東芝府中工場=5106700-2           1969-09-29 E67.2tBB(1067)
車歴;1969-09-29 製造→ 納入;国鉄;ED751017→1969-09-29 配属;東北支社→
      1969-10-01 到着配置;青森→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751017;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1019_050423
羅漢踏切(久田野カーブ)を行く1019号機牽引専用貨物列車 2005/4/23
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ED75 1019 データ
ED751019    東芝府中工場=5106700-4           1969-10-07 E67.2tBB(1067)
車歴;1969-10-07 製造→ 納入;国鉄;ED751019→1969-10-07 配属;東北支社→
      1969-10-09 到着配置;青森→1972-02-10 借入;八戸→1972-02-19 返却→
      1986-11-01 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751019;盛岡機関区→
      1994-10-05 郡山工場更新;長町→1995-04-01 現在;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2007-09-19 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_10201039_080731
長町駅を通過する第2次更新塗装の1020号機 2008/7/31
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ED75 1020 データ
ED751020    日立製作所水戸工場=194451-1        1970-03-26 E67.2tBB(1067)
車歴;1970-03-26 製造→ 納入;国鉄;ED751020→1970-03-26 配属;東北支社→
      1970-03-28 到着配置;青森→1970-04-16 借入;福島→1970-04-23 返却→
      1986-11-01 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751020;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
      その後、廃車?
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以上、2000年代初頭から2008年にかけて写した1000番台写真ですが、事故廃車で夭折した1014、1018号機は撮影できていませんが、それ以外は撮影しておりました。

今回はここまでです。 機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月21日 (木)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 3 ED75 1000番台 その1

ED75基本番台に続いて、今回からは高速運転用の1000番台に参りたく思います。

ED75形1000番台は東北・常磐線の特急旅客・貨物列車用として1968年から1976年まで39両製作されたグループで、高速貨物列車および20系寝台特急客車牽引に対応した高速運転用の区分です。

構造的にはコキ10000系コンテナ車や20系客車が標準で装備する電磁ブレーキを操作するため、元空気溜引通しと電磁ブレーキ指令回路を追加し、ブレーキ増圧装置を搭載しています。10000系貨車が装備するTR203形台車の空気バネに圧縮空気を供給することも可能になり、20系客車との連絡用電話回路が設置されています。KE59Hジャンパ栓が2位と3位に,電磁ブレーキや増圧ブレーキ指令回路の引き通し用にKE72Hジャンパ栓受が1~4位のスカート部に設置されました

1000番台車初期ロットの機関車本体はED75 132~146と同一で,これをベースに客貨高速列車牽引用設備を追加し,"ヨンサントウ改正"から20系客車を100km/hで牽引する立役者となりました。

「ゆうづる」「あけぼの」「北星」などの20系寝台特急と10000系貨車で組成された高速貨物列車Aに限定運用されたが、牽引機に特殊な装備を必要としない14系・24系客車の投入や20系客車の改造[5]が進むと、寝台特急運用は一般機と区別なく運用されるようになった。

10000系貨車で組成された高速貨物列車Aの限定運用は、同貨車の老朽化によりブレーキを改造し100km/h走行を可能にしたコキ50000形250000番台が投入されると、この専用編成を牽引するため、当番台に限り1988年に常用ブレーキ促進装置の取付などの対応改造がなされ引き続いて限定運用が組まれている。JR化後投入された電磁ブレーキを持つコキ100系貨車による高速貨物列車Aについても当番台による限定運用が組まれている。

製造予算と番号の関係は

1001~1015 昭和42年度第2次債務 東北本線盛岡-青森電化用
1016~1019 昭和43年度第5次債務 東北本線貨物列車増発用
1020~1022 昭和44年度民有車両 新東京国際空港建設資材輸送用
1023~1025 昭和44年度第2次債務 万博輸送列車牽引,北海道直通貨物列車増発用
1026~1029 昭和48年度民有車両 東北・上越線フレートライナー列車増発用
1030~1035 昭和48年度第3次民有車両 上野-青森間寝台特急列車増発用および東北・日本海縦貫線貨物列車増発用
1036・1037  昭和49年度第2次民有車両 上野-盛岡間および上野-青森間寝台特急列車増発用
1038・1039  昭和50年度第1次債務 廃車(ED71 1・3)補充用

それにしてもいつも感じるのですが、予算の目途と実際の機関車の増備とは直接結びつかない場合もあるものですね。

以上、テキストはWikipediaの該当記事とKano鉄道情報局様の記事を参考に纏めました。

写真は例によって、1001から1010までで行きましょう。

Ed75_1001_7508
12系急行を牽引して青森に到着した1001号機 1975/8

Ed75_1001_051012_3
水戸で折り返し待ちの1001号機 2005/10/12
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ED75 1001データ
ED751001    日立製作所水戸工場=194191-1         1968-05-10 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-05-10 製造→ 納入;国鉄;ED751001→ 配属;東北支社→1968-05-10 配置;青森→
      1968-05-11 到着→1986-11-01 借入;盛岡→1968-08-05 借入;尻内→
      1968-09-20 借入;盛岡→1968-0823 返却→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751001;盛岡機関区→1994-09-05 郡山工場更新;長町機関区→
      盛岡→1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2007-09-19 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_1002_030517
白坂駅を通過する1002号機牽引上りコンテナ貨物列車 2003/5/17
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ED75 1002データ
ED751002    日立製作所水戸工場=194191-2        1968-05-16 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-05-16 製造→ 納入;国鉄;ED751002→ 配属;東北支社→1968-05-16 配置;青森→
      1968-05-17 到着→1986-11-01 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751002;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_1004_060312
黒磯における機関車交換 1004号機重連 2006/3/12
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ED75 1004データ
ED751004    日立製作所水戸工場=194211-1        1968-07-12 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-07-12 製造→ 納入;国鉄;ED751004→ 配属;東北支社→
      1968-07-12 到着配置;青森→1968-08-11 借入;盛岡→1968-09-07 返却→
      1978-09-30(9/29?)福島→1980-10-05 長町→1981-10-15 借入;福島→
      1981-12-01 返却→1987-03-09 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751004;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
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Ed75_1006_030823
白坂付近での下り列車 1006号機 2008/8/23
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ED75 1006データ
ED751006    日立製作所水戸工場=194211-3        1968-07-18 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-07-18 製造→ 納入;国鉄;ED751006→ 配属;東北支社→
      1968-07-18 到着配置;青森→1968-07-19 借入;盛岡→1968-08-05 借入;一戸→
      1968-08-18 借入;盛岡→1968-09-11 返却→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751006;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後廃車?
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Ed75_1007_040821
黒川橋梁を行く1007号機以下重連 2004/8/21
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ED75 1007データ
ED751007    日立製作所水戸工場=194211-4        1968-07-20 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-07-20 製造→ 納入;国鉄;ED751007→ 配属;東北支社→
1968-07-20 到着配置;青森→1968-07-27 借入;盛岡→1968-08-17 返却→
      1968-08-26 借入;盛岡→1968-09-06 返却→1978-10-01 福島→1980-10-07 長町→
      1987-04-01JR 貨物;ED751007;長町機関区→1988-03-12(3/13?)盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-03-14 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_1008_030830_2
常磐線92レ車を牽引して勝田駅に接近する1008号機 2003/8/30
Ed75_1008_050528
2005/5/28の大宮工場一般公開時に入場し、塗装変更中であった1008号機
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ED75 1008データ
ED751008    日立製作所水戸工場=194261-1        1968-08-06 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-08-06 製造→ 納入;国鉄;ED751008→ 配属;東北支社→
      1968-08-06 到着配置;青森→1968-0807 借入;盛岡→1986-11-01 盛岡→
      1987-04-01JR 貨物;ED751008;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後、廃車?
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Ed75_1009_080731
高架化された長町付近を行く1009号機牽引貨物列車 2008/7/31
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ED75 1009データ
ED751009    日立製作所水戸工場=194261-2        1968-08-14 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-08-14 製造→ 納入;国鉄;ED751009→ 配属;東北支社→
      1968-08-14 到着配置;青森→1968-08-16 借入;盛岡→1968-08-20 返却→
      1978-10-01(10/2?)福島→1980-10-08 長町→
      1987-04-01JR 貨物;ED751009;長町機関区→1988-03-12 盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
      その後、廃車

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Ed75_1010_030419
パンダ塗装時代の1010号機 白坂 2003/4/19
Ed75_1010_080801
2次更新塗装になった1010号機 岩沼 2008/8/1
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ED75 1010 データ
ED751010    日立製作所水戸工場=194261-3        1968-08-19 E67.2tBB(1067)
   車歴;1968-08-19 製造→ 納入;国鉄;ED751010→ 配属;東北支社→1968-08-19 配置;青森→
      1968-08--27 到着→1986-11-01 盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED751010;盛岡機関区→
      1994-12-13 郡山工場更新;長町→1995-04-01 現在;盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 
その後、廃車?
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今回はここまでと致します。 機関車の個別データはいつものように沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月20日 (水)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 2 ED75 その6

ED75 基本番台 今回は140番台と150番台です。

まず143号機ですが、この機関車は国鉄時代、JR貨物時代に塗装変化を写しており、非常に良く逢った機関車でした。

Ed75_143_7508
東北本線の普通列車を牽引し青森を出発する143号機 1975/8

Ed75_143_030517
重連で久田野のカーブを行く143号機 2003/5/17

Ed75_143_080801_4
第2次更新塗装を纏い陸前山王をゆく143号機 2008/8/1
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ED75 143 データ
ED75143    三菱重工業三原工場=1607/886= 三菱電機   1968-05-07 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-05-07 製造→ 納入;国鉄;ED75143→ 配属;東北支社→
      1968-05-07 到着配置;福島→1968-07-04 仙台→1968-08-07 盛岡→1978-10-01 青森→
      1980-10-02(10/1?)盛岡→1985-06-07 借入;福島→1980-06-26 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75143;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後 廃車?
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Ed75_148_7508
HMがないのでそれとは分かりませんが、寝台特急「ゆうづる」を牽引して青森に到着した148号機 向かいのホームには485系上野行き特急「いなほ」が出発待ち 1975/8

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ED75 148 データ 
ED75148    日立製作所水戸工場=194301-2        1968-09-21 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-09-21 製造→ 納入;国鉄;ED75148→1968-09-21 配属;東北支社→
      1968-09-22 到着配置;盛岡→1974-04-17 青森→1976-11-17(11/16?)盛岡→
      1978-10-02 青森→1987-03-01 青森東運転区→
      1987-04-01JR 東日本;ED75148;青森東運転区→
      1992-10-01(12/1?)廃車;青森東運転区
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Ed75_154_760102
臨時特急「つばさ51号」を牽引し郡山に到着する154号機 1976/1/2

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ED75 154 データ
ED75154    東芝府中工場=5105111-7     1968-09-27(9/25?) E67.2tBB(1067)
車歴;1968-09-27(9/25?)製造→ 納入;国鉄;ED75154→1968-09-25 配属;東北支社→
      1968-09-26 到着配置;盛岡→1987-03-01 青森東運転区→
      1987-04-01JR 東日本;ED75154;青森東運転区→1994-12-01 廃車;青森東運転区
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Ed75_156_911112
青森駅で待機する156号機他 単機重連 1991/11/12 民営化で旅客会社に所属した機関車は比較的早くに廃車、もしくは貨物に売却となりました。
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ED75 156 データ
ED75156    東芝府中工場=5105240-1          1968-09-28 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-09-28 製造→ 納入;国鉄;ED75156→1968-09-28 配属;東北支社→
      1968-09-30 到着配置;盛岡→1987-03-01 青森東運転区→
      1987-04-01JR 東日本;ED75156;青森東運転区→1994-12-01 廃車;青森東運転区→ 売却
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Ed75_158_7508
早朝の青森駅で出発待ちをする12系臨時急行?牽引の158号機 1975/8
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ED75158    三菱重工業三原工場=1663/959= 三菱電機   1968-09-12 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-09-12 製造→ 納入;国鉄;ED75158→1968-09-12 配属;東北支社→
      1968-09-13 到着配置;盛岡→1971-03-11 借入;尻内→1971-03-20 返却→
      1987-03-01 青森東運転区→1987-04-01JR 東日本;ED75158;青森東運転区→
      1994-12-01 廃車;青森東運転区→ 売却
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以上が、私が撮影したED75基本番台です。機関車の個別データはいつものように
沖田祐作著 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月19日 (火)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 2 ED75 その5

今回はED75 基本番台の130番台です。

Ed75_131_030126_2_4
雪の盛岡駅での131号機 2003/1/26
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ED75 131 データ
ED75131    三菱重工業三原工場=1599/885= 三菱電機   1967-12-20 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-12-20 製造→ 納入;国鉄;ED75131→1967-12-20 配属;東北支社→
      1968-01-30 到着配置;長町→1968-09-22 青森→1970-03-31 内郷→
      1973-09-30 借入;青森→1973-10-22 返却→1975-02-02 借入;青森→
      1975-02-06 返却→1986-11-01 長町→1987-04-01JR 貨物;ED75131;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部
       その後 廃車?
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Ed75_132_030517
久田野のカーブを行く132号機他重連 2003/5/17
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ED75 132 データ
ED75132    日立製作所水戸工場=194161-2        1968-04-22 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-04-22 製造→ 納入;国鉄;ED75132→ 配属;東北支社→
      1968-05-04 到着配属;福島→1968-08-08(8/7?)盛岡→1986-11-01 長町→
      1987-04-01JR 貨物;ED75132;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部  その後 廃車?
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Ed75_134_030823
夕暮れの水戸 134号機 2003/8/23
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ED75 134 データ
ED75134    日立製作所水戸工場=194271-2        1968-08-31 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-08-31 製造→ 納入;国鉄;ED75134→1968-08-31 配属;東北支社→
      1968-09-01 到着配置;盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED75134;盛岡機関区→
      1988-03-12 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
===========================================================================Ed75_135_030215_2
黒磯での機関車交換135号機 2003/2/15
Ed75_135_030419
白坂駅を通過する135号機他重連 上り列車 2003/4/19
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ED75 135 データ
ED75135    日立製作所水戸工場=194271-3        1968-09-04 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-09-04 製造→ 納入;国鉄;ED75135→1968-09-04 配属;東北支社→
      1968-09-05 到着配置;盛岡→1974-12-25 借入;青森→1974-12-28 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75135;盛岡機関区→1988-03-12 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2003-09-19 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_136_060715
南仙台駅を通過する136号機牽引下り列車 2006/7/15
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ED75 136 データ
ED75136    日立製作所水戸工場=194281-1        1968-09-10 E67.2tBB(1067)
                                      
車歴;1968-09-10 製造→ 納入;国鉄;ED75136→ 配属;東北支社→
      1968-09-10 到着配置;盛岡→1973-08-25 借入;青森→1973-09-01 返却→
      1974-07-28 借入;青森→1974-08-21 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75136;盛岡機関区→1988-03-14 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2007-09-19 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_137_030419
画面からはみ出していますが137号機機関車交換 黒磯 2003/4/19
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ED75 137 データ
ED75137    日立製作所水戸工場=194281-2        1968-09-13 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-09-13 製造→ 納入;国鉄;ED75137→ 配属;東北支社→
      1968-09-13 到着配置;盛岡→1970-06-18 借入;長岡→1970-07-22 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75137;盛岡機関区→1988-03-14(2 月?)長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2004-01-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_138_050423
熊久保踏切を行く138号機重連 2005/4/23
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ED75138    日立製作所水戸工場=194281-3        1968-09-17 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-09-17 製造→ 納入;国鉄;ED75138→1968-09-17 配属;東北支社→
      1968-09-18 到着配置;盛岡→1987-04-01JR 貨物;ED75138;盛岡機関区→
      1997-03-19(3/18?)長町機関区→ 改称移転;仙台総合鉄道部→
      2007-03-30 廃車;仙台総合鉄道部
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今回はここまでです。今回も機関車個別のデータは沖田祐作 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月18日 (月)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 2 ED75 その4

ED75 基本番台、今回は120番台です。

Ed75_121_040613
水戸でEF81などとならぶ121号機 パンダ塗装です。 2004/6/13
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ED75 121 データ
ED75121    三菱重工業三原工場=1567/877= 三菱電機   1967-08-25 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-08-25 製造→ 納入;国鉄;ED75121→ 配属;東北支社→
      1967-08-25 到着配置;長町→1968-09-21(9/22?)青森→1970-04-10(4/9?)長町→
      1974-01-07 借入;青森→1974-02-01 返却→1976-10-01 福島→1978-10-03 長町→
      1987-04-01JR 貨物;ED75121;長町機関区→1994-11-21 郡山工場更新;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_124
原色時代の124号機 仙台

Ed75_124_030419
パンダ塗装の124号機 黒磯 2003/4/19
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ED75 124 データ
ED75124    三菱三原=1570/880= 三菱電機   1967-09-07(9/12?) E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-07(9/12?)製造→ 納入;国鉄;ED75124→1967-09-12 配属;東北支社→
      1967-09-14 到着配置;長町→1968-08-18(9/10?)青森→1968-10-09 借入;長町→
      1969-04-07 返却→1969-04-21 借入;長町→1969-05-30 返却→
      1974-03-29(3/30?)盛岡→1976-09-27 福島→ 長町? →1978-10-03(10/2?)盛岡→
      1986-11-01 長町→1987-04-01JR 貨物;ED75124;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
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125号機に関しては1974年3月の能代、函館旅行の際に黒磯~福島間でつばさ51号の牽引でお世話になっています.その際の写真はこちらに

Ed75_125_030823
白坂にて 2003/8/23
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ED75 125 データ
ED75125    三菱重工業三原工場=1571/881= 三菱電機   1967-09-14 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-14 製造→ 納入;国鉄;ED75125→ 配属;東北支社→
      1967-09-14 到着配置;長町→1968-09-10 青森→1968-10-06 借入;長町→
      1968-12-20 返却→1974-04-17 盛岡→1974-10-09 借入;青森→1974-10-15 返却→
      1986-11-01 長町→1987-04-01JR 貨物;ED75125;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_126_030419
黒磯出発 2003/4/19
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ED75 126 データ
ED75126    三菱重工業三原工場=1572/882= 三菱電機   1967-09-20 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-20 製造→ 納入;国鉄;ED75126→ 配属;東北支社→
      1967-09-20 到着配置;長町→1968-09-22(9/28?)青森→1974-04-15 盛岡→
      1986-11-01 長町→1987-04-01JR 貨物;ED75126;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_128_030823_2
白坂にて 2003/8/23
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ED75 128 データ
ED75128    日立製作所水戸工場=194161-1        1967-12-23 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-12-23 製造→ 納入;国鉄;ED75128→1967-12-23 配属;東北支社→
      1967-12-24 到着配置;長町→1967-12-28 借入;原ノ町→1968-02-28 返却→
      1968-08-23 借入;盛岡→1968-08-23(9/11?)青森→1974-04-28 盛岡→
      1986-11-01 長町→1987-04-01JR 貨物;ED75128;長町機関区→
      1995-01-29 郡山工場更新;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-03-14 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_129_040821
黒川橋梁を行く129号機
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ED75 129 データ
ED75129    東芝府中工場=5104735-1          1968-01-30 E67.2tBB(1067)
車歴;1968-01-30 製造→ 納入;国鉄;ED75129→ 配属;東北支社→
      1968-01-30 到着配置;長町→1968-09-21(9/22?)青森→1970-04-01 内郷→
      1973-09-29 盛岡(青森?)→1974-03-26 内郷→1984-02-01 盛岡→1986-11-01 長町→
      1987-04-01JR 貨物;ED75129;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2007-03-30 廃車;仙台総合鉄道部
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今回はここまでです。 機関車個別のデータは沖田祐作 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月17日 (日)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 2 ED75 その3

今世紀に入って、2001年からデジタル一眼を使い始めたのと、鉄道写真を写す上で機関車牽引の列車が一番撮影対象として魅力的であったことなどから、東北本線黒磯以北、郡山までの区間にはしばしば車で撮影に出かけました。そのころに間に合ったのが,ここ数日ご紹介しているED75の写真です。ED75の写真を纏めて紹介する機会もそう無いかと思いますのでこの機会に一気に出してしまおうと思います。

今回は110番台です。

Ed75_111_051107
111号機 水戸での折り返しのための休憩です。 2005/11/7
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ED75 111 データ
ED75111    東芝府中工場=5104375-3          1967-09-13 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-13 製造→ 納入;国鉄;ED75111→ 配属;東北支社→
      1967-09-13 到着配置;長町→1973-10-05 借入;福島→1973-11-01 返却→
      1973-12-07 借入;盛岡→1974-01-03 返却→1974-11-02 借入;福島→
      1974-11-23 返却→1980-10-01 借入;福島→1980-10-07 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75111;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
      その後 廃車?
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Ed75_113_030126
113号機 パンダ塗装の時代です。盛岡 2003/1/26
Ed75_113_080731
高架工事完成後の長町駅 2008/7/31 同機は第2次更新塗装になりました。

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ED75 113 データ
ED75113    東芝府中工場=5104375-5          1967-09-23 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-23 製造→ 納入;国鉄;ED75113→ 配属;東北支社→
      1967-09-23 到着配置;長町→1976-08-10 借入;福島→1976-08-22 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75113;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
                                      
      2000-03-13 土崎工場更新;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部 その後 廃車?
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Ed75_114_040821
パンダ塗装時代 黒川橋梁を行く専貨列車 2004/8/21
Ed75_114_080801
114号機も第2次更新塗装に 岩沼 2008/8/1
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ED75 114 データ
ED75114    東芝府中工場=5104375-6          1967-09-25 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-25 製造→ 納入;国鉄;ED75114→ 配属;東北支社→
      1967-09-25 到着配置;長町→1970-05-29 借入;福島→1970-06-08 返却→
      1974-06-13 借入;福島→1974-06-21 返却→1975-06-26 借入;福島→
      1975-08-09 返却→1978-08-13 借入;福島→1978-08-21 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75114;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-03-13 土崎工場更新;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
      その後 廃車?
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Ed75_116_030517
久田野付近のカーブを行く116号機牽引専貨列車 2003/5/17
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ED75 116 データ
ED75116    三菱重工業三原工場=1495/868= 三菱電機   1967-08-04 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-08-04 製造→ 納入;国鉄;ED75116→ 配属;東北支社→
      1967-08-04 到着配置;長町→1973-06-01 借入;福島→1973-06-04 返却→
      1974-12-21 借入;福島→1975-01-11 返却→1975-04-27 借入;福島→
      1975-05-05 返却→1987-04-01JR 貨物;ED75116;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
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Ed75_117_050903
東仙台の貨物線を行く 117号機牽引コンテナ貨物列車 2005/9/3
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ED75 117 データ
ED75117    三菱重工業三原工場=1496/869= 三菱電機   1967-08-05 E67.2tBB(1067)
   車歴;1967-08-05 製造→ 納入;国鉄;ED75117→ 配属;東北支社→
      1967-08-05 到着配置;長町→1970-09-15 借入;福島→1970-09-19 返却→
      1970-11-25 借入;福島→1970-12-29 返却→1974-07-27 借入;福島→
      1974-08-04 返却→1975-03-29 借入;福島→1975-04-23 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75117;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-03-14 廃車;仙台総合鉄道部
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今回はここまでです。 機関車個別のデータは沖田祐作 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月16日 (土)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 2 ED75 その2

ED75 基本番台の続編と行きます。

101 - 160号機

1967年から製造されました。ツララ切りが省略され、初期車に近い外観ですが、飾りリング付き尾灯と平面スカートになりました。床下には空気ブレーキ装置を収めるヒータ付の機器保温箱と、大型のリアクトル排風ダクトを装備しました。主電動機は改良型のMT52A形を搭載そました。 1968年製造の132号機以降はブレーキ倍率が変更され、騒音低減のため、電動送風機をターボファンに変更しました。

ED75 101~127 昭和41年度第2次債務 常磐線草野-岩沼電化,東北本線貨物列車増発用

ED75 128~131 昭和42年度本予算 常磐線平-岩沼完全無煙化用

ED75 132~146 昭和42年度第2次債務 東北本線盛岡-青森間電化用

ED75 147~160 昭和42年度第3次債務 東北本線盛岡-青森間電化用,同区間完全無煙化用

ED75のこの番台はデジカメで撮った写真が多くなりますが、塗装パターンや撮影場所も多いので出来るだけ多くの写真を数回に分けてアップしてゆこうと思います。

Ed75_102_030517
102号機 白坂の定番ショット 2003/5/17

Ed75_102_040821_2
102号機 黒川橋梁 上り線 2004/8/21]

Ed75_102_040821_5
102号機 泉崎 2004/8/21
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ED75 102 データ
ED75102    日立製作所水戸工場=194061-2        1967-08-25 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-08-25 製造→ 納入;国鉄;ED75102→1967-08-25 配属;東北支社→
      1967-08-27 到着配置;長町→1971-01-03 借入;福島→1971-01-06 返却→
      1974-11-13 借入;福島→1974-11-26 返却→1976-08-12 借入;福島→
      1976-08-21 返却→1980-10-01 借入;福島→1980-10-04 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75102;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-04-01 現在;仙台総合鉄道部
             その後、廃車?
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Ed75_106_030419_3
106号機 黒磯機関車交換シーン 2003/4/19

Ed75_106_050423_3
106号機 2005/4/23 熊久保踏切
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ED75 106 データ
ED75106    日立製作所水戸工場=194151-2        1967-09-18 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-18 製造→ 納入;国鉄;ED75106→1967-09-18 配属;東北支社→
      1967-09-20 到着配置;長町→1969-12-18 借入;福島→1969-12-25 返却→
      1972-03-19 借入;福島→1972-04-03 返却→1973-05-16 借入;福島→
      1973-05-19 返却→1987-04-01JR 貨物;ED75106;長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2007-03-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_108_030816_3
108号機 2003/8/16 水戸
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ED75 108 データ
ED75108    日立製作所水戸工場=194151-4        1967-09-26 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-26 製造→ 納入;国鉄;ED75108→1967-09-26 配属;東北支社→
      1967-09-27 到着配置;長町→1976-02-21 借入;福島→1976-03-10 返却→
      1978-08-11 借入;福島→1978-08-20 返却→1980-08-11 借入;福島→
      1980-08-21 返却→1981-05-11 借入;盛岡→1981-05-14 返却→
      1981-09-17 借入;福島→1981-09-20 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75108;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2003-12-24 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_109_030517_4
109号機 2003/5/17 白坂
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ED75 109 データ
ED75109    東芝府中工場=5104375-1          1967-09-02 E67.2tBB(1067)
車歴;1967-09-02 製造→ 納入;国鉄;ED75109→ 配属;東北支社→
      1967-09-02 到着配置;長町→1972-10-12 借入;青森→1972-10-15 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75109;長町機関区→1997-03-18(3/16?)盛岡機関区→
      1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
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機関車個別のデータは沖田祐作 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月15日 (金)

1976/1 福島へ 3 赤い交流電気機関車たち 2 ED75 その1

東北の交流電気機関車、2両目はED75形です。今回は0番台と高速牽引用の1000番台について触れます。700番台は別途、奥羽北線の関連で記述します。

直流機のEF65、交直両用機のEF81と並んで交流機50Hzのスタンダード機と呼ばれる機関車がED75です。そもそもは1963年に常磐線が平駅(現・いわき駅)まで交流電化開業するのに伴い、それまでのED71形の後継機種として、広汎な運用に供するため汎用性を重視して設計された機関車です。

投入開始以来、当初構想の東北・常磐地区のほか、北海道や九州にも投入され、事実上の標準型として1976年までに総数302両が製造されました。

特急列車から一般貨物列車まで幅広く運用されましたが、1980年代以降EF81形の運用拡大、夜行客車列車や貨物列車の削減、普通客車列車の電車化・気動車化などによって運用が減少し、JR移行時には初期車を中心に大量の廃車が発生しました。その直後、廃車となった一部の車両が日本貨物鉄道(JR貨物)の輸送量増大に対応するため車籍を復活して運用に就いたが、その後はEH500形の増備によって淘汰が進み、2012年春のダイヤ改正ではJR貨物の車輌は定期仕業がなくなりました。

<メカニズム>

シリコン整流器を搭載した交流電気機関車としてはED74形がありますが、ED75形は以下のような変更がなされました。

ED74形は整流変圧器の1次側に置いた単巻変圧器で巻線比を切替える高圧タップ制御でしたが、電流を連続的に制御できないシリコン整流器の問題点を解決できませんでした。そのため、従来の水銀整流器搭載機と同等の粘着力をいかに確保するかが技術的課題として残されました。

そこで変圧器の2次側で巻線比を切替える低圧タップ制御とすれば、起動時に先天的に定電圧特性が働き、理論上この問題は解決できます。低圧側の制御は高圧側に比べ大電流を扱うため電流ピークが発生しやすいですが、磁気増幅器により流通角制御するタップ間連続電圧制御で連続制御が可能となり、電気的粘着力の問題は解決しました。その他の制御方式の電気機関車と区別するため、磁気増幅器(magnetic amplifier マグネティック アンプリファイアー)の略称からED75はM形と呼ばれています。磁気増幅器は重量が大きいため、将来サイリスタインバータが実用化された際に換装が可能な設計とされました。主電動機は国鉄新形電気機関車の標準形式である直流直巻電動機MT52形を4基搭載しました。

台車はED74形と同様、引張棒で牽引力を伝達する(ジャックマン式)仮想心皿方式を採用し、力点をレール面まで下げ機械的な粘着力を確保しています。1エンド側にDT129Aを、2エンド側にDT129Bを装着しました。

各所に20‰超の勾配区間が散在しながら、1,200t 牽引が要求される東北本線で使用するため、重連総括制御が可能な設計とされ、前面に貫通扉を持ち、車体構造も、1号機以外は、外板を別組して後から台枠と接合する方式を採用したため、車体の裾が一段引っ込んだ形態となっています。運転台側窓前部や側面明かり取り窓のHゴム支持化、側面エアフィルターのプレス成形品採用などで構造の簡易化・軽量化を図っています。外部塗色は交流機関車標準の赤2号です。

列車暖房装置は電気暖房方式を採用し、車体側面に暖房電源動作確認のための表示灯を設置する。パンタグラフは電気機関車としてバネ上昇式(PS101)を初めて採用しました。

<番台区分>

1 - 49号機 東北本線・常磐線用として1963年から製造されました。昭和38年度本予算で製造された1・2号機は試作機で、1号機は車体構造のほか、タップ切替器の駆動方式や機器配置も量産機と異なります。1964年製造の3号機以降が量産機で、2号機の仕様を基に各機器を改良しています。番号と予算、用途の関係は

ED75 1・2   昭和38年度本予算     常磐線水戸-平電化先行試作
ED75 3~27 昭和38年度第一次債務   常磐線水戸-平電化用
ED75 28~32 昭和39年度第2次民有車両 東北本線黒磯-仙台貨物列車増発用
ED75 33~39 昭和39年度第1次債務    東北本線仙台-盛岡電化用
ED75 40~46 昭和39年度第3次債務  東北本線仙台-盛岡電化,既電化線区輸送力増強用
ED75 47~49 昭和40年度第1次民有  東北本線仙台-盛岡電化,既電化線区輸送力増強用

スカートは裾を丸めた形状でありましたが、1987年2月までに全機が廃車となりJRには引き継がれていません。

私は1~49号機は結局、逢えず仕舞いで終わりました。

50 - 100号機 東北本線盛岡駅電化に際し1965年から製造されました。耐寒耐雪装備を強化し、正面窓には保護柵とツララ切りが設けられ、外観の印象が一変しています。黒磯駅構内で発生しうる直流電化区間誤進入時の機器保護のため、主回路にヒューズを設けました。 1966年製造の85号機以降は、暖房器強化・床下のリアクトル冷却風循環化など、耐寒・耐雪性能の改善が図られている。外観では、後部標識板の廃止に伴い、尾灯に飾りリングが付きました。

番号と予算、用途の関係は

ED75 50~68  昭和40年度第2次民有 東北本線仙台-盛岡有煙旅客列車置換,貨物列車一部無煙化用
ED75 69~83  昭和40年度第1次債務  東北本線仙台-盛岡完全無煙化用
ED75 84~99  昭和40年度第2次債務  東北本線仙台-盛岡完全無煙化用
ED75 100    昭和41年度本予算   東北本線仙台-盛岡完全無煙化用

とのことです。この情報はKano鉄道局さまのサイトの情報を参考に致しました。

JRに引き継がれたのは復活機を含めてこのグループ以降となります。

Ed75_65_7508
昭和40年度第2次民有予算で製造された中の1両 65号機です。1975年8月 北海道旅行の帰りに青森駅で撮影した東北本線の普通列車を牽引する姿です。
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ED75 65 データ
ED7565     三菱重工業三原工場=1400/830= 三菱電機   1966-02-16 E67.2tBB(1067)
車歴;1966-02-16 製造→ 納入;国鉄;ED7565→1966-02-16 配属[達209];東北支社→
      1966-02-16 到着配置;仙台→1968-09-20 長町→1980-10-08 福島→1984-02-02 長町→
      1987-02-06 廃車;長町
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Ed75_76_760102_2
郡山駅で機関車交換でしょうか単機で滞泊する76号機 1976/1/2
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ED75 76 データ
ED7576     日立製作所水戸工場=193961-1        1966-06-10 E67.2tBB(1067)
   車歴;1966-06-10 製造→ 納入;国鉄;ED7576→1966-06-13 配属;東北支社→
      1966-06-10 到着配置;仙台→1968-09-20 長町→1974-10-15 借入;福島→
      1974-10-18 返却→1974-11-03 借入;福島→1974-11-18 返却→
      1975-12-29 借入;福島→1976-01-06 返却→1977-08-11 借入;福島→
      1977-08-22 返却→1987-02-06 廃車;長町→
      1989-03-31 車籍復活;JR 貨物;ED7576;長町機関区(盛岡?)→
      1995-04-01 現在;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→
      1999-04-01 改称;仙台機関区→2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→
      2002-02-18 廃車;仙台總合鉄道部
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Ed75_85_060208_2
震災前はこうして水戸駅でED75が滞泊する姿を見ることが出来ました。85号機 2006/2/8
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ED75 85
データED7585     日立製作所水戸工場=193971-2   1966-07-02(6/30?) E67.2tBB(1067)
   車歴;1966-07-02(6/30?)製造→ 納入;国鉄;ED7585→ 配属;東北支社→
      1966-07-02 配置;仙台→1966-07-04 到着→1968-09-20 長町→
      1974-06-21 借入;福島→1974-07-02 返却→1974-07-24 借入;福島→
      1974-08-03 返却→1974-10-06 借入;福島→1974-10-25 返却→
      1978-04-06 借入;福島→1978-05-11 返却→1978-05-20 借入;福島→
      1978-05-23 返却→1987-02-07 廃車;長町→
      1988-08-26 車籍復活;JR 貨物;ED7585;長町機関区(盛岡?)→
      1995-04-01 現在;盛岡機関区→1999-04-01 長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2007-09-19 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_90_040821_4
白坂駅を通過する90号機重連先頭のコンテナ貨物 2004/8/21
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ED75 90 データ
ED7590     日立製作所水戸工場=193981-3        1966-08-27 E67.2tBB(1067)
   車歴;1966-08-27 製造→ 納入;国鉄;ED7590→1966-08-27 配属;東北支社→
      1966-08-30 到着配置;仙台→1968-09-20 長町→1974-09-03 借入;福島→
      1974-09-13 返却→1975-02-15 借入;青森→1975-02-21 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED7590;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2008-03-14 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_98_760102

先日の485系特急「はつかり」と同じときに郡山に到着する98号機牽引旅客列車 今なら701系の運用でしょう。1976/1/2
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ED75 98 データ
ED7598     三菱重工業三原工場=1421/845= 三菱電機   1966-09-07 E67.2tBB(1067)
   車歴;1966-09-07 製造→ 納入;国鉄;ED7598→ 配属;東北支社→
      1966-09-07 到着配置;仙台→1968-09-20 長町→1970-05-09 借入;福島→
      1970-05-13 返却→1973-12-21 借入;福島→1973-12-24 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED7598;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2006-11-30 廃車;仙台総合鉄道部
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Ed75_100_060714_3
このグループのラストナンバーでかつ昭和41年度本予算で只一両製造された100号機 2006/7/14 
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ED75 100 データ
ED75100    日立製作所水戸工場=194051-1        1967-02-10 E67.2tBB(1067)
   車歴;1967-02-10 製造→ 納入;国鉄;ED75100→1967-02-10 配属;東北支社→
      1967-02-13 到着配置;仙台→1968-09-20 長町→1974-08-03 借入;福島→
      1974-08-30 返却→1977-08-13 借入;福島→1977-08-23 返却→
      1987-04-01JR 貨物;ED75100;長町機関区→1999-04-01 改称;仙台機関区→
      2000-08-02 移転;仙台総合鉄道部→2007-09-19 廃車;仙台総合鉄道部(現車194053-1)
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私のED75写真も大半は2001年以降のデジカメ時代の写真となりますが、85号機以降が比較的長く生き残ったのは今回の記事で理解できました。

いつものようにテキストはWikipediaの記事を参考に纏めております。機関車個別のデータは沖田祐作 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月14日 (木)

1976/1 福島へ 3 赤い交流機関車たち 1 ED71

今回から交流電気機関車に参ります。

1976年当時、東北地方にはED71, ED75、ED77, ED78, EF71など多くの種類の交流電気機関車が活躍しておりました。1976年1月の旅はそういった機関車に逢うために福島機関区訪問をメインターゲットにしたものでした。ED77だけは会津若松運転区に常駐でしたので、郡山駅で撮影しました。あの当時は機関区を訪問して、名前と住所を記帳したら快く見学を許された時代でした。

今回はED71です。
Ed71_1_760102
福島機関区で正月休みのED71 1号機(試作1号機) 1976/1/2 機関区内での写真はすべて許可を得て撮影したものです。
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ED71 1 データ
ED711      日立製作所水戸工場=192231-1        1959-03-15 E64tBB(1067)
車歴;1959-03-15 製造→ 納入;国鉄;ED711→ 配属[達3];東北支社(関東支社?)→
      1959-04-20 配置;福島二→1959-04-20(4/18?)借入;白河→1960-02-01 返却→1976-12-13 廃車;福島二→ 保管;福島県JR 東日本福島機関区;ED711→
      保存;宮城県利府町「JR 東日本利府駅」;ED711→
      移管保存;宮城県利府町「仙台総合車両センター」;ED711
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1959年7月1日に東北本線黒磯 - 白河間電化が完成致しました。周波数50Hz方式の交流電化であり、東北本線の輸送単位を勘案し、25‰勾配区間において単機で1,000t、重連で1,200tの貨物列車を牽引可能な性能を有する交流機関車が開発目標となりました。

出力1,500kW級のED70形では不十分で、出力2,000kW級の大出力交流電気機関車を新たに開発する必要が生じ、技術的検証を要する面があり、まず1959年に昭和33年度本予算による試作機3両が製造されました。

Ed71_47_760102
前面はまさしくED60、ED61、EF30などと兄弟の似た顔です。 47号機 福島機関区 1976/1/2
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ED71 47 データ
      
ED7147     日立製作所水戸工場=193331-3        1962-09-22 E64tBB(1067)
                                     
車歴;1962-09-22 製造→ 納入;国鉄;ED7147→ 配属[達13];東北支社(関東支社?)→
      1962-09-22 配置;福島二→1981-07-20 廃車;福島二
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前面は重連総括制御を考慮して貫通型となり、同時期に製造されたED60形やED61形を踏襲したデザインですが、機器構成が根本的に異なる直流機との差異が車体にも表れており、「田」の字形に配置された側面のルーバーが外観の特徴となっています。

Ed71_36_760102
側面の田の字ルーバーが特異的な1次形の36号機 福島機関区 1976/1/2
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ED71 36 データ
ED7136     日立製作所水戸工場=192671-4        1961-03-01 E64tBB(1067)
車歴;1961-03-01 製造→ 納入;国鉄;ED7136→ 配属[達285];東北支社(関東支社?)→
      1961-03-01 配置;福島二→1980-12-26 廃車;福島二
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55両が製造され、試作車グループの1 - 3、量産車1次形グループの4 - 44、量産車2次形グループの45 - 55に大別されます。

<試作機>

基本設計はED70形の実績を踏まえて国鉄が行ったが、変圧・整流系回路については製造メーカー毎に差異を設けて比較することとなり、4社3グループ間でそれぞれ1両の計3両が1959年4月に製造されました。

駆動方式はクイル式で、台車はED60形のDT106形をベースに、車体側アームを揺れ枕固定する全側受支持構造のDT107形を採用しました。
起動時は位相制御10段、中高速域は高圧タップ切換による24段制御とすることが決定していましたが、変圧、整流系回路については試作機で比較検討することになり、製造を担当する4社3グループ間で異なる方式を選択し、結果を見て量産車への採用を決定する方式が採用されました。

1(製造:日立製作所) 送油風冷式変圧器+風冷式エキサイトロン水銀整流器

日立評論の論文では1時間定格2040kW、連続定格1900kW で狭軌用としては記録的な大容量機になったとのことです。

2(製造:東芝) 乾式変圧器+風冷式イグナイトロン水銀整流器

3(製造:三菱電機・新三菱重工業) 送油風冷式変圧器+水冷式イグナイトロン水銀整流器

黒磯 - 白河間で試験を繰り返した結果、日立製作所が提示した振動に強いエキサイトロン方式を量産車で採用することに決定しました。また、東芝方式も好成績を残したため後にED72形ED73形で採用されました。

量産1次形

1960年・1961年に製造された4 - 44が該当します。
昭和34年本予算で32号機まで、昭和35年度本予算で44号機

1のシステムを継承していますが、量産にあたり、 機器構成が見直されたことで自重が64t→67.2tに増加。増加した重量を台車で吸収するため揺れ枕式のDT114形に変更。

また、主変圧器の3次巻線から電気暖房用電源を取る方式が採られ、運転室ドア脇に(1・4位側)電気暖房表示灯を設置し、地上の掛員からも確認できるよう通電中は滅灯、非通電時に黄色く点灯する方式としました。

Ed71_24_760102
EF71 4号機と並んだ第1次形 24号機 福島機関区 1976/1/2
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ED71 24 データ
ED7124     東芝府中工場=303630-11          1960-03-26 E64tBB(1067)
車歴;1960-03-26 製造→ 納入;国鉄;ED7124→ 配属[達275];東北支社(関東支社?)→
      1960-03-26 配置;福島二→1981-03-18 廃車;福島二
===========================================================================

量産2次形

1962年・1963年に製造された45 - 55が該当します。
昭和36年度第3次債務で49号機まで、昭和37年度第2次債務で52号機まで、昭和38年度民有で55号機が製造されました。

1次形からは以下の設計変更が行われました。
クイル式駆動装置に問題があり、主電動機を防振ゴムを介して車軸に載せる「半釣掛け式」に変更。 本来釣掛け式を想定していないMT101形の防振対策が問題となり、トーションバーをアンチローリング装置として用いることで解決しました。

車体側面の通風用ルーバーを一段とし明り取り窓と同じ高さに変更。

Ed71_52_760102
特徴的な第2次形のサイドビュー 52号機 福島機関区 1976/1/2
===========================================================================
ED71 52
データED7152     東芝府中工場=                1963-10-00 E64tBB(1067)
車歴;1963-10-00 製造→ 納入;国鉄;ED7152→ 配属[達1];東北支社(関東支社?)→
      1963-10-02 配置;福島二→1983-07-14 廃車;福島二
===========================================================================

量産機では、1次形は1・2に準ずる外観を持ち、2次形からはED60形・ED61形・EF30形と同様式の明り取り窓と同じ高さにルーバーが一列に並ぶ配置に変更されました。

主電動機は、2,000kW級を要求されたために出力510kWのMT101形が開発されました。MT101は、日本のD級交流機関車では現在でも最高出力記録する電動機だそうです。

その後、より取扱いに優れるシリコン整流器を搭載したED75形(ED75の試作機1,2号機は昭和38年度本予算で製造されています)が開発されたため製造が1963年に打ち切られました。

運用面ではお召し牽引機に抜擢されたこともあり、1964年には新設された寝台特急「はくつる」の黒磯 - 仙台間の牽引にも投入され、翌1965年の盛岡電化の際に運用区間の拡大が検討されたが、冬期のエキサイトロン凍結の可能性から運用区間は黒磯 - 小牛田間に限定され、「はくつる」運用もED75形に移管されました。

1966年には福島駅構内で2号機が築堤から転落する事故を起こし、製造から7年で廃車となりました。
Ed71_39_760102
正月で貨物列車が運休であったのか機関区には多くの機関車が休んでいました。先頭は39号機 福島機関区 1976/1/2
===========================================================================
ED71 39データ
ED7139     東芝府中工場=304130-1           1961-03-07 E64tBB(1067)
車歴;1961-03-07 製造→ 納入;国鉄;ED7139→ 配属[達285];東北支社(関東支社?)→
      1961-03-07 配置;福島二→1978-12-27 廃車;福島二
===========================================================================

以後はED75形の大量投入の前に次第に二線級となり、機器や車体各部の老朽化が進んだこともあって1977年に試作車2両を、翌年からは量産1次車を中心とした廃車が始まりました。

Ed71_53_760102
後輩のED75 1034号機と並んで休息する53号機  福島機関区 1976/1/2
===========================================================================
ED71 53 データ
ED7153     日立製作所水戸工場=193541-1        1963-11-23 E64tBB(1067)
車歴;1963-11-23 製造→ 納入;国鉄;ED7153→ 配属[達1];東北支社(関東支社?)→
      1963-11-27 配置;福島二→1978-12-25 廃車;福島二
===========================================================================

末期は黒磯 - 福島間を中心とする朝夕の旅客列車牽引や、D形交流機最大の出力を生かし、福島 - 白石間上下貨物列車、福島 - 金谷川間上り貨物列車の補機運用などに充当されましたが、東北新幹線の開業と貨物列車の削減によりED75形の運用に余裕が生じたことから、1982年に全車廃車となりました。

私もED71に関しては機関区で寝ている写真はこのように撮影出来ましたが、パンタを上げて本線を走行している写真は一枚も撮らずじまいでした。

以上 テキストはWikipediaの関係記事を参考にし、さらにネットで入手可能な
http://digital.hitachihyoron.com/pdf/1959/08/1959_08_11.pdf の日立評論に掲載された論文を参考にしました。機関車個別のデータは沖田祐作 国鉄機関車表を利用しました。

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2013年2月13日 (水)

1976/1 福島へ 2 583系特急 2 「はつかり」

今日の「はつかり」は583系昼行特急の代表的存在です。

583_11

青森から長い旅路もあと僅か、大宮に到着した特急「はつかり」

特急「はつかり」は2月10日の記事で触れましたように、客車列車~日本初のDC特急の歴史を持ち、583系はヨンサントウ改正の東北本線全線電化開業で登場となりました。正確に言うと電化は8月に完成しており,583系が運用に就いたのは9月9日常磐線経由の下り「はつかり」からだそうです。それまで活躍していたキハ81系気動車は特急「つばさ」に転用されました。

「はつかり」の電車特急としての歴史と盛アオの583系の歴史は重なります。

1968.10の改正を前に6月から9月にかけて盛アオに昭和42年2次・3次債務車の583系が続々と新製配置されます。これは581/3系としてみれば1967年10月の改正で「月光」「みどり」が山陽・九州路に登場した際(門ミフに配置)、続いて1968年3月に予備車から1編成組成するために昭和42年本予算でモハ581/580 1ユニット、クハネ581 1両、サハネ581 2両、サシ581 1両が増備されたとき(この増備車から屋根上の通風器が千鳥配置から一方向配置になりました)に次ぐ3度目の増備で、以後、モハネは583/582形で増備されることになりました。

車輌性能的には485系と同等ですが、MM'ユニットでは約8t自重が重く,ダイヤ設定上の速度種別は同じMT比の485系に較べて僅かに低かったそうです。581/3系として1967年から1971年にかけて9形式434両が製造されています(山陽・九州路の581/3系に関しては2012年10月26日の記事にその運用の歴史の記述があります)。

まず改正前に揃ったメンバーですが、

モハネ583+582 ユニット 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9,10, 11,12,13,14,15,16,23,24,25,26,   
                                   27,28,29,30,31  (以上25ユニット)

クハネ581                     10,11,12,13,14, 15,16,17,22,23, 24,25,26  (13両)

サハネ581                     13,14,15,16,17, 18,19,20   (8両)

サロ581                        1, 2, 3, 4, 5, 6, 7 (7両)

サシ581                        6, 7, 8, 9,12,13,14  (7両)

この時点では先頭車はクハネ581形が配置されていました。またサロ581形も今回の増備からの登場です。寝台特急電車の登場時は寝台の構成がA寝台に似ているからとサロ、サロネなしのモノクラス編成で登場しましたが、昼行特急として運用する場合、1等車(1969年5月からグリーン車)がないのは営業サイドからも問題となり、急遽製造されたとのことです。サシ581形もかなり斬新な要素を盛り込んでおり、テーブルが跳ね上げ式になっており、床清掃のし易さと従業員の仮眠スペースの確保に貢献したそうです。また2000リットルの容量のCPを搭載しているのも唯一の例だそうです。
 

それらによって13両編成6本が組成されました。

←上野
TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×6 所要5
ゆうづる(1)、はくつる(1)、はつかり(2)
 青森2110636上野‥尾久
 尾久‥上野10151847青森2355910上野‥尾久
 尾久‥上野1540010青森
 青森4401310上野1930500青森
 青森9001731上野2155705青森

M'nMn×1 Tnc×1 Tn×2 Ts×1 Td×1

1969.10.1の時点では予備車の調整のため、サハネ581-131968.11に門ミフに転出し、

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×6 所要5(臨時+1)
ゆうづる(1)、はくつる(1)、はつかり(2)(臨時+1)、とうほく(臨時1)
 青森2110620上野‥尾久
 尾久‥上野10151847青森2355910上野‥尾久
 尾久‥上野1540010青森
 青森4551325上野1940510青森
 青森9051737上野2200705青森
 青森6551138仙台15021942青森/青森6551649上野/上野11272129青森

M'nMn×1 Tnc×1 Tn×1 Ts×1 Td×1

といった体制でした。

1970.10.1の改正を前に、

6月から9月にかけて

モハネ583/582  56,57,58,59,60,61,62,63,64,65,79,80,81,82,83,84  (以上16ユニット分)
クハネ583 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20 (20両)
サハネ581 36,37,46 (3両)
サロ581 22,23,28  (3両)
サシ581 22,23,28  (3両) 新製配置となり、クハネ581が-10を残して転出しました。

今回、クハネ583形が初めて新製されましたが、クハネ583形は将来の15両編成化に備えてMGの容量を大容量化(150kVAから210kVA)し、機械室を廃止して床下装架として定員も座席8名、寝台6名の増となっています。

その結果、1970.10.1の改正では

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×10 所要8
ゆうづる(2)、はくつる(1)、はつかり(3)
 青森2110645上野‥尾久
 尾久‥上野10151850青森2355910上野‥尾久
 尾久‥上野1540010青森
 青森4551325上野1940510青森
 青森9051737上野2105650青森
 青森12252100上野‥尾久
 尾久‥上野7051545青森2330902上野‥東大宮
 東大宮‥上野2200705青森

M'nMn×1 Tnc×1

と運用が増えました。

1972.3.15の改正を前に昨日の記事で記述したように、クハネ581-10も転出し、

モハネ583/582 91,92,93,94,95,96,97,98,99,100 (以上10ユニット)
クハネ583 21,22,23,24,25,26 (6両)
サハネ581 51,52,53 (3両)
サロ581 31,32,33 (3両)
サシ581 
31,32,33 (3両)

新製配置され、1972.3.15の改正では

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×12 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)(臨時+1)、ひばり(1)
 青森2110-637上野
 上野1000-1356仙台1505-1904上野2230-711青森
 青森1400-2227東京‥東大宮
 東大宮‥上野8051629青森2335-847上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000-508青森
 青森2115-650上野‥尾久
 尾久‥東京10551930青森2359-909上野‥尾久
 尾久‥上野1448-2345青森
 青森450-1304上野1600015青森
 青森453-1346上野1950-503青森
 青森8451709上野2140-706青森
青森9451809上野/上野11332005青森
 青森6551619上野/上野11552125青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

583_7508

朝の青森駅で連絡線からの客を待つ583系特急「はつかり」1975/8

1973.11の時点で食堂車の夜の営業は休止となりました。これは21時に出発して,朝7時に到着する寝台列車を考えた場合、実際の営業時間は最大夜2時間,朝1時間程度で、従業員の拘束時間と営業時間の関係からして無理があったようです。

1975.3.10の改正で新幹線博多開業で西日本の581/3系に余裕が生じ,盛アオに

モハネ583/582 103,104,105,106
クハネ583    29,30
サロ581      57
サシ581      57  が転属してきました。1編成増となりました。

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×13 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)、ひばり(1)
 青森2110637上野
 上野10001358仙台15201920上野2220710青森
 青森14252256上野‥東大宮
 東大宮‥上野7301601青森2335848上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000508青森
 青森2115650上野‥尾久
 尾久‥上野10301904青森2359918上野‥尾久
 尾久‥上野14482348青森
 青森4501314上野1600015青森
 青森4531345上野1950503青森
 青森9151744上野2140705青森
 青森10151849上野/上野11302001青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

このときが盛アオの583系としても最盛期でした。
583
赤羽を通過し,一路上野を目指す特急「はつかり」

1978.10.2の改正では特急「ひばり」の運用がなくなりTsの連結位置も変わりました

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×13(1979.10.1からTncM'nMnM'nMnTsTdM'nMnM'nMnTnTnc) 所要11
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)、みちのく(1)
 青森2115652上野‥尾久
 尾久‥上野12332125青森
 青森8201710上野2140705青森
 青森2110635上野
 上野10031904青森2358918上野‥尾久
 尾久‥上野14482350青森
 青森4501355上野1953508青森
 青森9201809上野2221711青森
 青森14252313上野‥尾久
 尾久‥上野7331622青森2335901上野‥尾久
 尾久‥上野1950503青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

583_790505_2
赤羽通過の写真 HMは絵入りのものとなり、編成の構成も上の写真とは異なっています。

583_820103
東北新幹線の開業日程も明らかとなり,上野で見られるのもあと僅かとなった1982/1/3 
南浦和

東北・上越新幹線開業の1982.11.25の改正では編成は変わらぬものの盛岡~青森間の特急となりました。特急「みちのく」は廃止となりました。

TncM'nMnM'nMnTsTdM'nMnM'nMnTnTnc×13 所要11
ゆうづる(3)、はくつる(2)、はつかり(2)、ふるさと(臨時1)
 青森2115652上野‥東大宮
 東大宮‥上野2220715青森
 青森2015600上野‥東大宮
 東大宮‥上野1950503青森
 上野10441938青森2355910上野‥東大宮
 東大宮‥上野1953508青森
 青森10401315盛岡14301705青森2359918上野‥東大宮
 東大宮‥上野2140707青森
 青森2110635上野‥東大宮
 青森10121913大宮/東大宮‥上野2300821青森
 青森16401915盛岡21302354青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

1985.3.14の新幹線東京乗り入れの改正を前に、
サハネ581-15クハ418-1への改造のため、転出
サロ581-24が大ムコより転入
モハネ583-1,2,3 が大ムコに転出 となりました。この改正で、食堂車を抜かれた583系12連(9連)が本格的に盛岡~青森間の「はつかり」運用に投入された感があります。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMn(M'nMnT)Tnc×13 所要9(臨時+3)
ゆうづる(1)(臨時+1)、はくつる(2)、はつかり(5)(臨時+2)
 青森2359918上野‥東大宮
 東大宮‥上野1950508青森
 青森9301203盛岡13351601青森
 青森7271000盛岡12361510青森2111640上野‥東大宮
 東大宮‥上野2300821青森
 青森2150658上野‥東大宮
 東大宮‥上野2220715青森
 青森12341459盛岡16351909青森
 青森449719盛岡11361402青森14351700盛岡2136009青森
 青森10321303盛岡/盛岡11061341青森1945636上野
 上野2102710青森
 青森11031333盛岡15321811青森

Tnc×2 Ts×2 Td×14

1986.3.31付けて抜かれたサシ581 7,9,12,13,14,22,23,28,31,32,33,35が大量廃車となりました。

サシ581形には編成全体のMGからの電源を切り換える3相切替SWが装備されていましたが、サシの廃車前にサロ581形に移設し同機能はサロが担うことになりました。

1986.12から1987.3にかけて

モハネ583/582 7,13,23,29,30 が廃車
サハネ581        37
サロ581     4    が廃車  となりました。さらに
サハネ581   14~19, 36 が札幌に転出しました。これらは当初、改造の目的でもあったのかと思いますが、結局1990年6月にそのまま廃車となりました。

(追記:このサハネのうちの台車2個がキハ183系5100番台のキサロハ182-5101の台車として再利用されたのですね)。

1988.3.13の青函トンネル開業の改正では編成は9連となり、臨時も含めて11.5往復となりました。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×14 所要8(臨時+6)
ゆうづる(2)、はくつる(1)、はつかり(4)(臨時+7.5)、あけぼの(臨時1)
 青森2148637上野‥東大宮
 東大宮‥上野2220715青森
 青森11311356盛岡14291652青森2055636上野‥東大宮
 東大宮‥上野2130621青森
 青森10301255盛岡13341557青森2118640上野‥東大宮
 東大宮‥上野2303821青森
 青森18071842蟹田18481927青森
 青森525750盛岡8191045青森13301555盛岡16291857青森
 青森521734盛岡9331153青森13011524盛岡17351955青森
 青森701925盛岡10371300青森14261648盛岡19002129青森
 青森10251251盛岡/青森9211147盛岡13001523青森17231948盛岡20352251青森
 青森11061352盛岡/盛岡13381603青森
 弘前1749612上野
 上野23001024弘前

M'nMn×5 Tn×5

1990.2.11に仙台駅構内で発生した寝台特急「ゆうづる1号」の事故により、
モハネ583/582 -59,-95 サハネ581-53が同年7.23日付けで廃車となりました。事故の詳細は「12両編成の寝台特急6001M「ゆうづる1号」が仙台駅を時速約85kmで通過しようとしたところ、ポイントが電車区側に切り替わっており高速度のまま進入、前から7両が脱線。運転士は「本線信号は進行現時だったのにポイントが電車区側だった」と証言。原因は直前に近くで信号試験が行われていたことで信号が本線・分岐が電車区側になる異常な表示がされていたため。乗員乗客158人にケガはなかった。」とのことです。(出典

583_911112
すっかり盛岡~青森間の特急として定着したころの583系特急「はつかり」

1993.3の時点が特急「はつかり」の最後の定期運用となりました。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×14 所要7(臨時+7)
ゆうづる(2)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+9.5)、あけぼの(臨時1)
 青森2157637上野‥東大宮
 東大宮‥上野2217715青森
 青森10311253盛岡13451604青森2124639上野‥東大宮
 東大宮‥上野2300815青森
 青森11311354盛岡14391702青森2057636上野‥東大宮
 東大宮‥上野2204700青森
 青森13311555盛岡16381904青森
 青森519737盛岡8471114青森11251351盛岡
 青森621846盛岡9421205青森12191432盛岡15431824青森
 青森8041037盛岡10481312青森13451623盛岡17361958青森
 青森9161149盛岡11581429青森15221746盛岡18442113青森
 盛岡13131540青森/盛岡13481625青森17241946盛岡20362255青森
 青森1825624上野
 上野2106920青森  (盛岡~青森 斜体が定期、後は臨時)

M'nMn×3 Tn×4

1993.12.1のダイヤ改正で特急「はつかり」の定期運用がなくなりました

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×14 所要4(臨時+9)
はくつる(2)、はつかり(臨時6.5)、ゆうづる(臨時1)、あけぼの(臨時1)、津軽(臨時1)
 青森2100608上野‥東大宮
 東大宮‥上野2317714青森
 青森13091550盛岡‥青森2200637上野‥東大宮
 東大宮‥上野2300815青森
 青森8171043盛岡10481313青森14071629盛岡17472010青森
 青森9131149盛岡11581429青森15231746盛岡19142137青森
 青森12001430盛岡14431717青森(TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnM'nMnTnc)
 青森10101240盛岡13471616青森2124639上野
 上野2203700青森
 弘前1754602上野
 上野2106847弘前
 青森1647552上野
 上野22341128青森

M'nMn×3 Tn×4

1994.12.3の改正寝台特急「はくつる」が客車編成に替わったことで583系の定期運用が消滅しました。時代の要請から3段寝台は特急に相応しくなくなってしまったのですね。

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×12 所要臨時11
はくつる(臨時1)、はつかり(臨時6.5)、あけぼの(臨時1)、いなほ(臨時1)、津軽(臨時1)
 青森13091550盛岡‥青森2200637上野
 上野2200700青森
 青森8171035盛岡10481313青森13541626盛岡17392004青森
 青森9131153盛岡11541413青森15251747盛岡19102132青森
 青森11451428盛岡15431841青森
 青森10101237盛岡13471616青森
 弘前1753558上野
 上野1941846弘前
 酒田11371404新潟14301706酒田
 青森1647552上野
 上野22341157青森

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×2
M'nMn×3 Tn×4

1995.2から8にかけて
モハネ583/582 10,31,61,64,65,92,93
クハネ583    10,18,19,24
サハネ581    20,57
サロ581     1,22   が廃車に

1995.12から1996.3にかけて
モハネ583/582    4.24.27.56,81,91
クハネ583      2,7,11,14
サロ581     2,28  が廃車に

1996.11から12にかけて 
モハネ583/582   28,57,80
クハネ583    16,30
サロ581    23 が廃車に

1998.2
モハネ583/582   58,104
クハネ583    1    が廃車に

1998.11
モハネ583/582   97,103
クハネ583    21,29
サロ581     6   が廃車に

1998.12
モハネ583/582   96,105
クハネ583    25
サロ581     5   が廃車に

1999.12から2000.3にかけて
モハネ583/582   9,11,14,15,16,84
クハネ583    6,13,15,26
サロ581     24,35   が廃車に

2000.3.15の改正時の運用は

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×2 所要臨時2
はくつる(臨時1)、はつかり(臨時1)
 青森11111331盛岡13461612青森2100558上野
 上野2145658青森

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×3
M'nMn×2 Tn×2

2000.9から2001.2にかけて
モハネ583/582   5,8,25,26,60,62,63,80,99
クハネ583    3,4,9,12,22,23
サロ581     3,7,31   が廃車に

その結果,2002.12.1の時点で
モハネ583/582  6, 12, 79, 83, 94, 98, 100,106   
クハネ583         5, 8,17,20
サハネ581        46,52
    
サロ581     32,33     というメンバーが残存し、

TncM'nMnM'nMnTsM'nMnTnc×2
M'nMn×2 Tn×2

2編成が波動用として残されました。

これらのうちから

2002/12/3 付けで

モハネ583/582  6, 12, 79
クハネ583             5, 20
サロ581      33     は秋田へ転出し、

583_101024_5
青森千刈踏切で撮影した秋田編成 2010/10/24

2003/2/24 付けで

モハネ583/582  100, 106   
クハネ583          8, 17
    
                                  は仙台に転出しました。

583_n2_090809
東北本線松川駅で偶然会った仙台編成 2009/8/9

残りは2003.8から9にかけて廃車となりました。

2003.9以降、盛アオの583系の配置はなくなりました。

2011.9.22付けで秋田に転属した編成は廃車となり,仙台に転属した編成が新たに2011.8.20.付けで秋田に転属しました。

今回も青森運転所の583系配置をhttp://www5.big.or.jp/~hagi/rail/index.html のサイトのデータを参考に纏めました。

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2013年2月12日 (火)

1976/1 福島へ 2 583系特急 1 「ひばり」

東北特急全盛時代に上野駅に発着した昼行特急としては、交直流では「いなほ」「ひたち」、直流では「とき」「あさま」などもありますが、東北特急というイメージからは外れますので、別の機会に廻し、今回からは「ひばり」「はつかり」の583系特急で行きたく思います。

まず今回は「ひばり」です、583系の運用からすれば盛アオの583系の間合い運用的ですが,その歴史は485系特急の歴史で見ましたが、1972年3月から583系による運行が加わっています。

583_2
日暮里を行く 583系特急「ひばり」

1972年3月の改正と言えば新幹線岡山開業の改正で、門ミフの581/3系にとっては寝台特急「金星」の間合いで「しらさぎ」が運用に加わった頃で、門ミフの581/3系の中で北陸の雪対策へと耐寒耐雪改造を施し、限定運用(521~525)を設定しました。一方、盛アオの方では本格的運用開始以来、唯一残っていたクハネ581-10が門ミフに7月に転属し、全てクハネ583で迎えた最初のダイヤ改正となりました。

盛アオの583系の配置の状況は「はつかり」の記事で詳述しますが、1972年3月は583系にとって最後の新製配置となった改正でした。
←上野
TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×12 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)(臨時+1)、ひばり(1)
 青森2110637上野
 上野10001356仙台15051904上野2230711青森
 青森14002227東京‥東大宮
 東大宮‥上野8051629青森2335847上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000508青森
 青森2115650上野‥尾久
 尾久‥東京10551930青森2359-909上野‥尾久
 尾久‥上野14482345青森
 青森4501304上野1600015青森
 青森4531346上野1950503青森
 青森8451709上野2140706青森
 青森9451809上野/上野11332005青森
 青森6551619上野/上野11552125青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1  Td×1
この改正で寝台特急「ゆうづる1・3号5013M/5014M」が増発となり、昼間の尾久での滞泊時間を活用し,仙台まで一往復する特急「ひばり4/8号」が設定されました。

583_2
6年半特急「ひばり」として活躍した583系、同じ頃、西の581/3系も「しらさぎ」として間合い運用に投入されていました。

1975.3.10のダイヤ改正で新幹線が博多まで開業したため西日本の581/3系に大きな余裕が生じ、門ミフに配置されていたモハ583ユニット、クハネ583、サロ、サシ数両が盛アオに転属し、門ミフから大ムコに大移動が行われました。

TncTsM'nMnM'nMnTdM'nMnM'nMnTnTnc×13 所要11(臨時+1)
ゆうづる(3)、はくつる(1)、はつかり(3)(臨時+1)、みちのく(1)、ひばり(1)
 青森2110637上野
 上野10001358仙台15201920上野2220710青森
 青森14252256上野‥東大宮
 東大宮‥上野7301601青森2335848上野‥東大宮
 東大宮‥上野2000508青森
 青森2115650上野‥尾久
 尾久‥上野10301904青森2359918上野‥尾久
 尾久‥上野14482348青森
 青森4501314上野1600015青森
 青森4531345上野1950503青森
 青森9151744上野2140705青森
 青森10151849上野/上野11302001青森

M'nMn×3 Tnc×2 Tn×1 Ts×1 Td×1

583_750511
583_750511_2_2
初夏の蓮田付近を行く583系特急「ひばり」 1975/5/11

1978.10.2の改正
で盛アオ583系による特急「ひばり」の運用は終わりました。従って、1978年の改正で昼行特急に絵入りHMが掲出されましたが,583系「ひばり」はその姿を見せる前に静かに去ってゆきました。

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2013年2月11日 (月)

1976/1 福島へ 1 485系特急 5 「やまびこ」

青森系特急2番目は「やまびこ」です。

485_481200
新幹線も埼京線もない1970年代中期の大宮に接近するクハ481-200先頭の特急「やまびこ」

盛岡電化で特急「やまびこ」が登場したのは、これまでの歴史からも知ってはおりましたが、それ以前に福島~盛岡間の準急で使われていたとは知りませんでした。

1959年:福島駅 - 盛岡駅間を運行する準急列車として「やまびこ」の名称が使用される。

1960年:「やまびこ」の運転区間が郡山駅まで延長。

1961年:「やまびこ」の運転区間が青森駅まで延長。

1963年10月1日 ダイヤ改正により「やまびこ」仙台を境に運行系統を分割。仙台以南を451・453系電車化し、名称を「あぶくま」に変更。運行区間を白河 - 仙台間とする。仙台以北は急行「むつ」に変更。

当時の80系特急「つばさ」の盛岡編成です。

尾久客車区

DcDsDdDDDDc×3 所要2
つばさ(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101650上野

DcDsDdDDDc×3 所要3
ひばり(1)、つばさ(1)
 上野12302000盛岡
 盛岡9051650上野

 仙台7301225上野16302125仙台

1964.10の改正に向けて、特急「つばさ」の盛岡編成用のキハ80系は盛岡に転属しました。

DcDsDdDDDDc×1 所要1
つばさ(1)
 盛岡9051650上野/上野12302000盛岡(隔日運用 1運用は尾久車)

Dc×2 D×2 Ds×1 Dd×1

1964.12にさらに尾久から転入があり、

DcDsDdDDDDc×2 所要2
つばさ(1)
 盛岡9051650上野
 上野12302000盛岡


Dc×2 D×2 Ds×1 Dd×1

1965年:東北本線盛岡駅まで電化されたことにより、上野駅 - 秋田駅間の「つばさ」に併結する盛岡駅発着編成を分離して「やまびこ」の名称を与える。 以後、東北本線上野駅 - 盛岡駅間を走る特急の愛称として定着。「つばさ」…盛岡発着編成を分離し483系電車特急「やまびこ」に変更。ダイヤ改正後、キハ80系はすべて大ムコに転出し、盛岡客車区の配置はなくなりました。

仙セン

TcM'MTsTdM'MM'MTc×3 所要2
やまびこ(1)、ひばり(1)
 仙台8001235上野14002105盛岡
 盛岡8501600上野18002235仙台

1967年10月「ひばり」1往復と「やまびこ」が東京発着となる。

485_481100_7210
1972/10の上野駅デビューの日、東京駅で写した特急「やまびこ」です。特急「やまばと」の記事で紹介した上野に到着した車両が回送されて「やまびこ」運用に入ったものです。

TcM'MTs[Ts]TdM'MM'MTc×3 所要2
やまびこ(1)、ひばり(1)
 仙台8001240東京13552100盛岡
 盛岡9001606東京17502230仙台

1968.6.10 クロが編成の奇数向きに

TscM'MTdM'MM'M[M'M]Tc×4 所要3
やまびこ(1)、ひばり(2)
 仙台8001240東京13552100盛岡
 盛岡9001606東京17502235仙台
 尾久‥上野8001235仙台18102245上野‥尾久

1968.10のヨサントウ改正

TscM'MTdM'MM'MTc×10 所要10
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)
 仙台18302228上野‥尾久
 尾久‥上野9001258仙台14201818上野‥尾久
 久‥上野11001458仙台15401938上野‥尾久
 尾久‥上野7301128仙台12201618上野17002135山形
 山形7551230上野13201755山形
 山形12351710上野‥東京18252225仙台
 仙台9301328上野14151750会津若松
 会津若松10351410上野15001858仙台
 仙台7301130東京12551915盛岡
 盛岡9001520東京‥上野16302028仙台

M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1

1970年7月 「ひばり」一部列車と「やまびこ」が12両編成となる。

TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×5 所要4(臨時+1)
やまびこ(1)(臨時+1)、ひばり(3)
 仙台18302228上野‥尾久
 尾久‥上野9001258仙台14201818上野18562258仙台
 仙台7301130東京12551915盛岡
 盛岡9001520東京‥上野16302028仙台
 上野8201435盛岡15452200上野

1972年3月15日 白紙ダイヤ改正で 「やまびこ」も初の増発が行われ、定期列車3往復となる。「やまびこ」補完列車として東北本線経由で臨時「もりおか」を運行。上野 - 盛岡間の運転時間は約6時間30分と特急列車なみであったために翌年7月に愛称を「エコーもりおか」と改称。

TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×13 所要12(臨時+1)
やまびこ(3)(臨時+2)、ひばり(7)、やまばと(3)(臨時+1)
 仙台18502244上野‥尾久
 尾久‥上野7001304盛岡14002004上野‥東大宮
 東大宮‥上野8001157仙台13051704上野18302225仙台
 仙台9101309上野14001757仙台
 仙台8101204上野13001904盛岡2230600上野
 盛岡8001411東京16002210盛岡
 盛岡9001504上野17052133山形2220424上野
 山形7401209上野13051730山形
 山形10401509上野17002056仙台
 仙台6111011東京‥上野11001456仙台17052104上野‥尾久/2233600盛岡
 尾久‥上野10051432山形15402009上野‥東大宮/2335534山形
 東大宮‥上野9001257仙台14051804上野‥東京18552254仙台
 上野6301230盛岡15502204上野

1972.6.15 盛アオに485系配置、運用開始

盛アオ

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×3 所要2(臨時+2)
ひばり(3)、やまびこ(臨時2)
 仙台9101309上野14001758仙台18502244上野‥東大宮
 東大宮‥上野9001257仙台14051804上野‥東京18552254仙台
 上野5551202盛岡15052114上野
 上野9031510盛岡16452253上野

M'M×2 Tc×2 Ts×1 Td×1

1972年10月 「エコーもりおか」を「やまびこ」に格上げ、「やまびこ」は定期列車4往復、季節列車1往復となる。「ひばり」は定期列車11往復となり、自由席設置の上でエル特急に指定。

仙セン

TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×10 所要9(臨時+1)
やまびこ(2)(臨時+2)、ひばり(6)、やまばと(3)(臨時+1)
 仙台6111011東京‥上野11001456仙台18052204上野‥尾久
 尾久‥上野10051432山形15402009上野‥尾久/2335534山形
 尾久‥上野7001304盛岡14002004上野‥東大宮
 東大宮‥上野6301024仙台12051604上野17052133山形2220424上野
 山形7401209上野13051730山形
 山形10401509上野‥東京16002210盛岡2250600上野
 盛岡8001411東京‥上野15001857仙台
 仙台7101104上野12001557仙台17052104上野‥東大宮/2233554盛岡
 東大宮‥上野8001157仙台13051704上野18302225仙台
 上野5551200盛岡15052114上野

盛アオ

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×8 所要7
いなほ(2)、やまびこ(1)、ひばり(4)
 青森730-1739上野‥東大宮
 東大宮‥上野900-1257仙台1405-1804上野‥東京1855-2254仙台
 仙台810-1204上野1300-1904盛岡
 盛岡900-1504上野1700-2056仙台
 仙台910-1309上野1430-2203秋田
 秋田610-1339上野1400-1758仙台1850-2244上野‥東大宮
 東大宮‥上野1030-2035青森

 

1972.11.1 盛アオ担当分の運用増加

1973年4月 新幹線工事に伴い「ひばり」「やまびこ」の東京駅乗入れを中止。

TscM'MM'MTdTM'MM'MTc×8 所要7
やまびこ(2)、ひばり(3)、やまばと(3)(臨時+1)
 仙台6101004上野11001456仙台18052204上野‥尾久
 尾久‥上野10051432山形15402009上野‥尾久/2336534山形
 尾久‥上野7001304盛岡14002004上野‥東大宮
 東大宮‥上野6301024仙台12051604上野17052133山形2219424上野
 山形7401209上野13051730山形
 山形10401509上野16072210盛岡
 盛岡8001404上野15001857仙台
485_481200
青森のクハ481-200の自動解結装置付き車輌は特急「やまびこ」でも運用されていました。
485_481300
1975年夏、北海道の帰りに寝台特急「あけぼの」を利用して帰京しましたが、迂回運転で遅れが生じ、東北本線内でクハ481-300を最後尾にした特急「やまびこ」とすれ違った際に撮影したもの ナハネフ22の展望室から


1978年10月2日:ダイヤ改正に伴いやまびこ」1往復が盛岡 - 青森間が延長となり「はつかり」に改称し、同時に「やまびこ」は自由席設置のエル特急に指定

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要17
白鳥(1)、いなほ(1)、やまびこ(4)、ひばり(4)、はつかり(3)
 青森4531343上野14332101盛岡
 盛岡6401313上野14301845仙台‥岩切
 岩切‥仙台7581219上野13001715仙台18282243上野‥東大宮
 東大宮‥上野13332225青森
 青森4501825大阪‥向日町
 向日町‥大阪10182350青森
 青森11202009上野‥東大宮
 東大宮‥上野9331601盛岡
 盛岡9161543上野16332259盛岡
 盛岡8161443上野1530013青森
 青森12552142上野‥東大宮
 東大宮‥上野6331301盛岡14162043上野‥東大宮
 東大宮‥上野10001415仙台15582013上野‥東大宮
 東大宮‥上野10502145青森
 休
 青森8071833上野‥尾久
 尾久‥上野9001315仙台14581913上野‥尾久
 尾久‥上野8331725青森

M'M×1 Tc×2 Ts×1

485_481200_3
1978年の改正で絵入りHMとなった特急「やまびこ」

485_4811500_810829
東北新幹線開業まで1年を切った1981/8/29 上野駅で撮った1500番台クハ組み込みの特急「やまびこ」

1982年6月: 東北新幹線大宮 - 盛岡間暫定開業に伴い、在来線特急列車は新幹線列車へ振替られ、以下の変更を実施。 「やまびこ」…4往復すべて新幹線列車に振替で在来線特急列車としては廃止。

2002年6月:東北新幹線大宮開業20周年に合わせ、青森運転所485系8両編成を使用し、盛岡駅 - 上野駅間で臨時特急「思い出のやまびこ」運転。

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2013年2月10日 (日)

1976/1 福島へ 1 485系特急 4 「はつかり」

今回からは青森系の特急で行きたく思います。

まずは特急「はつかり」です。東北新幹線の愛称への継承はありませんが、「はつかり」と言えば東北を代表する特急ですね。しかも、客車特急からの名称ですから、東海道の「つばめ」「はと」「かもめ」に匹敵する歴史がありますね。

485_481200_2
盛アオの象徴的クハ481-200番台を最後尾に西日暮里付近を行く 485系特急「はつかり」

まずは、その歴史から見てゆきましょう。

1958年10月1日:ダイヤ改正により上野駅 - 青森駅間(常磐線経由)で「はつかり」(1・2列車)が運転開始。しかし、台風の影響で実際の運行開始は10日からとなった。

使用車両は尾久客車区(東オク)のスハニ35×1・スハ44×3・マシ35×1ナロ10×2・スハフ43×1の8両編成。 上野駅 - 仙台駅間はC62蒸気機関車、仙台駅 - 青森駅間はC61蒸気機関車、盛岡駅 - 青森駅間は補機としてC60蒸気機関車が使用された。使用車両が固定クロスシート車であった為、編成ごと方向転換する必要性が生じ   以下の時刻で方向転換が行われました。尚、1レの牽引機のC62は別途、尾久から上野に直接回送されます。

【 上野の方向転換 】  上野 17:20発-推回5002レ→尾久17:32着  尾久→田端(操)10:52発-5003レ→隅田川11:06着11:26発-5001レ→上野11:39着  

 

1レ 上野 12:20 仙台 17:43/17:48 盛岡 20:47/20:51 青森 0:20
2レ 青森  5:00 盛岡  8:34/8:38  仙台 11:30/11:35 上野17:00

【 青森の方向転換 】  青森  0:40発-5004レ→滝内 0:44着 0:49発-5005レ→青森(操) 0:55着 3:50発-5002レ→青森3:57着  

1960年12月10日:「はつかり」使用車両を新開発のキハ81系気動車に置換え。日本初の気動車特急列車となったが、当初は習熟運転と称し客車時代のダイヤで運転された。しかし、十分な試験走行を行わずに運転を開始したため初期故障が続発。新聞には「はつかりがっかり事故ばっかり」などと書き立てられた。

尾久客車区のキハ80系の陣容は
キハ81  1~6
キハ80  1~12
キロ80   1~5
キサシ80  1~3

DcDsDsTdDDDDDc×2 所要2
はつかり(1)
 上野12302358青森
 青森5001630上野

Dc×2 D×4 Ds×1 Td×1

1961年3月1日:「はつかり」は所要時間を10時間45分に短縮し、同年10月にはさらに短縮し所要時間は10時間25分になる。

DcDsDsTdDDDDDc×2 所要2
はつかり(1)
 上野13152358青森
 青森5001545上野

Dc×2 D×4 Ds×1 Td×1

1963年4月20日: 「はつかり」が10両編成になる。

DcDsDsTdDDDDDDc×2 所要2
はつかり(1)
 上野13302355青森
 青森5051535上野

1968年9月9日:東北本線全線の電化にあわせたダイヤ改正に先立ち、青森運転所(現在の青森車両センター)の583系電車に置き換え。改正当初はクハネ581が担当し、クハネ583が先頭に立ったのは1970.10.1の改正以降ですが、その点は583系特急の記事で触れるつもりです。
     10月1日:ヨンサントオのダイヤ改正により、「はつかり」は東北本線経由に変更し所要時間が8時間30分に短縮。増発して2往復になる。

1970年8月:旧盆時期の急増する帰省客へ対応するための臨時列車として、「はつかり」51号が常磐線経由で運転される  10月:ダイヤ改正により、「八甲田」の1往復が「はつかり」に格上げ。「はつかり」は1往復増発されて3往復になる。

1972年3月:1往復が東京駅に乗入れ開始。

1973年3月:臨時列車の「はつかり」が1往復増発されて4往復になる。青森運転所の485系電車が使用開始。

盛アオに485系が配置されたのは1972年5月下旬のことで、その時のクハは全て-100番台(109, 110, 113, 114, 123, 124, 125, 126)でしたが、彼らは200番台登場とともに大ムコに転出して行き、1973.4の時点では全て200番台(201, 202, 203, 204, 205, 206, 207, 208, 209, 210, 211, 212, 213, 214, 215, 216, 217, 218, 219, 220, 221, 222, 223, 224, 227, 228, 229, 230, 235, 236, 237, 238 32両)になっていました。

MM'は
モハ485: 59, 60, 61, 68, 69, 70, 71, 75, 76, 77, 78, 79, 80, 81, 89, 90, 91, 92, 93, 94, 95, 96, 97, 98, 99, 100, 101, 102, 103, 104, 105, 106, 107, 108, 109, 110, 111, 112, 113, 114, 115, 116, 117, 118, 119, 120, 126, 127, 128, 129, 133, 134, 135, 136, 144, 145, 146, 160, 161, 162 

モハ484: 59, 60, 61, 68, 69, 70, 71, 75, 76, 77, 78, 79, 80, 81, 89, 90, 91, 92, 93, 94, 95, 96, 201, 202, 203, 204, 205, 206, 207, 208, 209, 210, 211, 212, 213, 214, 215, 216, 217, 218, 219, 220, 221, 222, 223, 224, 230, 231, 232, 233, 237, 601, 238, 239, 247, 602, 248, 262, 263, 264

(以上60ユニット)

Ts: 40, 43, 44, 45, 50, 51, 52, 53, 54, 55, 56, 57, 58, 59, 64, 67, 72, 73  (18両)

Td: 29, 32, 34, 35, 38, 39, 40, 41, 42, 43, 44, 45, 48, 50, 54, 55 (16両)

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×12 所要11(臨時+1)
いなほ(2)、やまびこ(3)(臨時+1)、ひばり(4)、はつかり(1)
 青森7301739上野‥東大宮

4月:東北・上越新幹線建設工事に伴う東京駅 - 上野駅間の回送線使用停止措置により、東京乗入れが中止。

1973.9に10月のダイヤ改正に向けた新製配置があり、

モハ485: 183, 184, 185, 186, 187, 188, 189, 190, 191, 192, 193, 194, 195, 196, 197, 198, 199, 200, 201, 202, 203, 204, 205, 206

モハ484: 285, 286, 287, 288, 289, 290, 291, 292, 293, 294, 295, 296, 297, 298, 299, 300, 301, 302, 303, 304, 305, 306, 307, 308

(以上24ユニット)

Tc: 254, 255, 256, 257, 258, 259, 260, 261, 262, 263  (以上10両)

Ts: 99, 100, 101, 102, 103  (以上5両)

Td:  68, 69, 70, 71, 72 (以上5両)

10月:「はつかり」が1往復増発されて、5往復になる。

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×19 所要16
いなほ(2)、やまびこ(5)(臨時+1.5)、ひばり(5)、はつかり(2)

1974.4 には札幌に配置予定の485系1500番台の借り入れがありますが、これらの車輌は特急「白鳥」専用で運行されます。1975.3に札幌に返却されています。

485_481200

 

485系特急「はつかり」と言えばクハ481-200番台、盛アオの代名詞のような車輌ですが、その中でも試作の自動解結装置付きのクハもいました。 上野

1975.3.10の改正では Ts: 130, 133が新製配置、  Td: 64が大ムコから転入します。

1975.3に Tc: 249,250 が大ムコから転入
1975. 5にTc 311,313,315, 332,333,334, 335,336,337, 342 が新製配置
1975. 5にTc  209,211,214,250, 213,249    Ts 98 が門ミフへ転出
1975.9に Tc 201,202,203,204,205, 206,207,208,210,212が秋アキへ転出
1976.5に Tc 345, 346, 347, 348, 349, 350, 351, 352 が新製配置
同期間に モハ485: 251, 252, 253, 254, 255   モハ484:  610, 611, 612, 613, 614
       (以上5ユニット)も新製配置

200番台クハから300番台クハに転換した頃ですね。隙間風の問題があったからでしょう。秋アキ、門ミフ転出分を新製配置で補った様です。

485_481300
西日暮里を行く300番台クハの特急「はつかり」
485_481300_760102
郡山に到着する485系クハ481-300番台先頭の特急「はつかり」 今でも同じ風景が残っています。画面奥には磐越西線のED77 牽引旅客列車も見えます。

この後、1978年10月のダイヤ改正に向けて大量の1000番台の増備が行われ、従来の車輌が仙セン、金サワに転出となります。

1978年10月:「はつかり」が1往復増発され、6往復になる。普通車自由席を設置し、「はつかり」はエル特急に指定される。

485_4811000_790505
HMは絵入りに変わり、先頭のクハは1000番台となった特急「はつかり」 尾久 1979/5/5

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要17
白鳥(1)、いなほ(1)、やまびこ(4)、ひばり(4)、はつかり(3)

1980年8月から9月にかけて、札幌より、485系1500番台が盛アオに転属、今回は「白鳥」限定ではなく「はつかり」「やまびこ」「ひばり」「いなほ」などに使用される。

485_4811500
川口付近を行く485系1500番台使用の特急「はつかり」

1982年11月15日:ダイヤ改正により、盛岡駅 - 青森駅間に運行区間が短縮。 青森運転所所属の583系13両編成(食堂車は営業休止)、485系9両編成、秋田運転区所属の485系6両編成(モノクラス編成)での運行。
なお、週末のみ1往復が青森駅 - 弘前駅間を延長運転していた。しかし、東北自動車道経由で盛岡と弘前を結ぶ高速バス「ヨーデル号」が運転を開始し、弘前市周辺の住民に東北新幹線へのアクセスとして高速バス利用が定着した。そのため、延長運転は廃止された。

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8
白鳥(1)、いなほ(5)、はつかり(3)

1985年3月14日:583系から食堂車を外して13両から12両に減車。485系使用列車は青森運転所モノクラス6両編成に統一。

TcM'MM'MTc×15 所要12(臨時+1)
いなほ(6)(臨時+1)、はつかり(7)(臨時+0.5)、つばさ(1)、むつ(1)

1986年11月1日:2往復増発。583系使用列車が12両から9両に減車(ただし、繁忙期は12両で運転)。

1987年10月6日:485系使用列車に半室グリーン車を連結開始、モノクラス編成を順次解消。

1988年3月13日:青函トンネルの開業により、「はつかり」2往復が函館駅まで延長される。

1990年3月1日:「たざわ」の間合いで、盛岡駅 - 青森駅間1往復(27・28号)に南秋田運転所所属の485系3両編成が充当される。

485_4811000_911112
青森でキハ40系気動車と並ぶ 1991/11/12

1992年7月1日:南秋田運転所所属の485系3両を5両に増結(慢性的な混雑から実際にはこれ以前から増結が日常化していた)。

1993年3月18日:485系使用列車が再び青森所属車に統一される。
     12月1日:583系が定期運用から撤退。以後、定期列車の代走または臨時列車でのみ使用される。

1996年3月:「はつかり」にリニューアル工事を施した485系3000番台の使用を開始。

2000年3月11日:速達型列車「スーパーはつかり」の運転開始。新しく開発されたE751系電車を使用。盛岡 - 青森間が最速1時間58分となり10分短縮される(途中停車駅は八戸・三沢のみ)。また、「はつかり」のエル特急の指定を解除する。

2002年12月1日:東北新幹線八戸延伸により廃止。

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2013年2月 9日 (土)

1976/1 福島へ 1 485系特急 3 「あいづ」 その2

上野~会津若松間の特急としては廃止された「あいづ」ですが、なんと廃止の翌日から新しい人生をスタートさせています。

1993年12月1日より郡山駅 - 会津若松駅間を運行する特急「ビバあいづ」運転開始。土曜・休日・多客期は一部列車が会津若松駅 - 喜多方駅間を延長運転。 運転時間1時間、走行距離64.6kmと短距離短時間の特急列車であったことから、編成は「『ビバあいづ』編成」の通称と様々な特色が設けられた。 3号車に組み込まれたモハ485-1008は「インビテーションカー」と称し、フリースペースを設け、会津の物産の展示などが行われた。同車には会津若松市観光協会の職員が1名乗務していた。
山形新幹線「つばさ」400系電車と同系統の塗色である銀色を中心にした専用塗装。特急列車の車内放送冒頭で使用する車内チャイムのオルゴールは汎用される鉄道唱歌ではなく、会津地方の民謡「会津磐梯山」のオルゴールを使用。
専用編成が仙台電車区配置の1編成のみであったことから、月1回帰区する際は運休・代替快速列車を運転したほか、長期検査時には後述する他区所の485系で代走するケースもあった。

485_k40_090204_2
ビバあいづ塗装の時代は撮影してませんが、その後の水カツK40編成は写してました。そのK40編成もとうとう引退の時が来ました。 2009/2/4 水戸線 福原~稲田

1998年12月:「インビテーションカー」運用を終了。普通座席車に復元するとともに全検入場したため、11月10日 - 12月15日の間は勝田電車区(現・勝田車両センター)から「ひたち」塗装の485系6両編成(K5編成)で代替運転。

2001年7・8月:「ビバあいづ」編成の長期検査のため、約1か月間にわたり青森運転所(現・青森車両センター)の485系6両編成(国鉄色)で運転。

2001年12月8日・9日:上野 - 会津若松間で特急「あいづ」復活運転。 青森運転所の485系6両編成を使用。なお12月1 - 7日の間は、「ビバあいづ」編成がATS-P形取付工事のため運休し、同編成が「あいづ」として郡山 - 会津若松間で運行された。

2002年3月23日:磐越西線で土曜・休日ダイヤを施行。これにより、土曜日・休日に限り「ビバあいづ」の名称を「ホリデービバあいづ」に変更。運転区間も下り1本を除き郡山駅 - 喜多方駅間とし、運行本数を1往復増便の4往復とする。

2002年12月1日:「ビバあいづ」を「あいづ」に名称変更。 これに伴い、青森運転所の485系6両編成1本が仙台電車区へ転属となり「あいづ」に投入された。また「ホリデービバあいづ」も「ホリデーあいづ」に名称を変更され、「ビバあいづ」編成は12月7日の「さよならビバあいづ」を最後に磐越西線から撤退。また自由席特急料金は会津若松駅 - 郡山駅間で950円から距離に関わらず500円と大幅に値下げ。

2003年10月1日:「あいづ」「ホリデーあいづ」を快速列車に格下げし、愛称を「いづライナー」に統一。特急料金を廃止し、自由席は普通運賃のみで乗車可能に変更。 「あいづライナー」には、引き続き観光需要にも対応するためグリーン車連結編成を投入。

2004年8月31日:「あいづライナー」運転休止。ただし、名目上10月15日まで運行され、10月16日に「ばんだい」「あいづライナー」の名称を廃止。

2005年7月1日:「あいづデスティネーションキャンペーン」開催に合わせて特急「あいづ」の復活運転を開始。

2007年3月18日:快速「あいづライナー」を仙台車両センター485系「あかべぇ」車で運転再開。「あいづライナー」の他にも列車愛称のない全車自由席快速列車も設定された。

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485系A1A2編成 あかべぇ 塗装車による「あいづ」 2009/8/23 郡山

2011年6月2日:2011年春に郡山総合車両センターに入場し、「あかべぇ」塗装から往年の国鉄特急色に塗装変更して運転を開始。

485_a1a2_120721_2
485系A1A2編成 国鉄色による「あいづ」 2012/7/21 日和田

2012年2月25日:小山車両センターから仙台車両センターに転属した485系6両編成(2005年の当列車で使用)に、「あかべぇ」と「起き上がり小法師」のラッピングを施して運転開始。また、当列車には運転席上部に前照灯を追加し、「あかべぇ」を模した方向幕を装着している。なお、従来の国鉄特急色車両は検査・故障時の代走となる予定。

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485系 G55G58編成による「あいづライナー」 20120720 郡山

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2013年2月 8日 (金)

1976/1 福島へ 1 485系特急 3 「あいづ」 その1

新幹線開業前の485系東北特急と言えば、仙台系、青森系、そして秋田系に分かれていたと思います。あくまでイメージの世界で仙台系と言えば「ひばり」「ひたち」「やまばと」「あいづ」、青森系と言えば「はつかり」「やまびこ」「いなほ」、秋田系は「つばさ」後に「やまばと」「あいづ」が加わったという感じでしょうか。

今回は、仙台系の「あいづ」に触れたく思います。

485_481100_7210_2
我々の世代の「あいづ」と言えばやはり、ボンネットのクロ、クハ先頭ではないかと思います。

まずその歴史ですが、これまでの「ひばり」や「やまばと」の歴史で既に登場しておりますが、その時々のダイヤ、列車編成と併せて見てゆきましょう。今回は上野~会津若松間の特急として1993年11月末に廃止されるまでです。

1955年10月1日:ダイヤ改正により、上野駅 - 仙台駅間に東北本線急行103・104列車「松島」・準急109・110列車・上野駅 - 青森駅間の夜行普通117・118列車の3列車に郡山駅で分割・併合する3等車のみの磐越西線乗入れ車両が連結された。
上野駅 - 会津若松駅間の所要時間は、急行「松島」併結客車が6時間20 - 45分・準急併結客車が6時間45分 - 7時間・夜行普通列車が7時間50分 - 8時間。運転区間は準急109列車併結のみ上野駅 - 喜多方駅間、他は上野駅 - 会津若松駅間。

1958年10月1日:ダイヤ改正により、準急109・110列車に「あぶくま」の愛称が付く。上野駅 - 仙台駅間に急行「吾妻」が1往復増発され、「吾妻」にも上野駅 - 会津若松駅間の客車を併結。この結果、上野駅 - 会津若松駅間直通列車本数は4往復となる。

1959年9月22日:「あぶくま」併結列車の磐越西線区間内を準急格上げし、「ばんだい」の愛称が付く。また仙台方面から磐越西線に乗入れる準急「あがの」「あいづ」を新設。 「ばんだい」は上野駅 - 喜多方駅間1往復、「あがの」は仙台駅 - 新潟駅間2往復、「あいづ」は仙台駅 - 喜多方駅間1往復の運行。

「あいづ」の名称のルーツは上野発の列車ではなく、仙台発の列車だったのですね。

1965年10月1日:ダイヤ改正により、キハ82系により上野駅 - 山形駅・会津若松駅間に特急「やまばと」運転開始(上野駅 - 郡山駅間併結)。 当時は山形駅発着列車と区別するため「会津やまばと」とも称され、ヘッドマークには「やまばと」の上に小さく「会津」と記された。準急「あいづ」の運転区間を仙台駅 - 喜多方駅・会津線会津田島駅・会津川口駅(1967年から季節列車として只見駅まで延長)間に変更。

昨日書いたように、上野~山形間の「やまばと」は1964年10月に登場しておりました。

尾久客車区の体制は1964.10の時点で

DcDsDdDDDDc×5 所要4
つばさ(1)、やまばと(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101650上野
 上野9451517山形16102140上野
 上野12302000盛岡/盛岡9051650上野(隔日運用 1運用は盛岡車)

1965.10に会津若松運用が始まると、山形運転所に移管となり、

DcDsDDDDc×2 所要2
やまばと(1)
 山形8351410上野15001914会津若松
 会津若松9451410上野15002029山形

Dc×2 D×2 Ds×1

1966年3月5日:準急行料金制度の変更に伴い、準急「ひばら」「あがの」「あいづ」が急行列車に昇格。運行経路はともに変わらず。

1966年10月の時点で

DcDsDDDDc×2 所要2
やまばと(1×2)
 山形8351410上野15001916会津若松
 会津若松9451410上野15002029山形

Dc×2 D×2 Ds×1

山形運転所に配置されていたキハ80系ですが、1968.9に
キハ80 155~161 函館へ 162 向日町へ
キハ82 82~85 向日町へ 86, 87 函館へ
キロ80   50 向日町へ 51, 52 函館へ
に転出しています。

1968年10月1日:ダイヤ改正に伴い、 上野駅 - 会津若松駅間の特急「やまばと」を特急「あいづ」に名称を変更し、上野駅 - 山形駅間運行の「やまばと」と分離して全区間での単独運転を開始。「あいづ」は仙台運転所所属の483系・485系電車を投入。仙台駅発着急行列車の愛称を「あいづ」から「いなわしろ」に変更。

TscM'MTdM'MM'MTc×10 所要10
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)
M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1

1013M 上野 14:15 => 会津若松 17:50
1014M  会津若松 10:35 => 上野 14:10

同年の6月から、クロ481は編成に組み込まれていましたが、特急「あいづ」の運用のために仙センの483/5系全体が9連というミニ編成になった改正でありました。

1969.10の時点以降から、食堂車の連結位置が変更となり、

TscM'MTdM'MM'MTc×11 所要10(1970.6.21~TscM'MM'MTdM'MTc)
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)
M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1

1970.7.1で、仙センの483/5系は2通りの編成パターンに分離されます(2012/2/3の記事参照)。

TscM'MM'MTdM'MTc×7 所要6
ひばり(4)、やまばと(2)、あいづ(1)

「あいづ」は当然、9連組の運用となりました。

1970.10.1の改正では、深夜、早朝に上野~会津若松を1往復する臨時が設定されたようです。

TscM'MM'MTdM'MTc×3 所要2
ひばり(1)、あいづ(1)(臨時+1)
 仙台9001258上野14151750会津若松19152259上野
 上野550947会津若松10351410上野15001858仙台

共通運用の特急「ひばり」はまさに編成を仙台から上野に送り込む、返すための運用の様ですね。

1972.3.15の改正では

TscM'MM'MTdM'MTc×2 所要2
ひばり(1)、あいづ(1)(臨時+1)
 仙台7101104上野14051740会津若松19252258上野
 上野6251001会津若松10361409上野15001857仙台

時刻が若干変わっています。

1972.6.15では、9連編成を利用した臨時特急「ひたち」の運用が加わります。

TscM'MM'MTdM'MTc×4 所要2(臨時+1)
ひばり(1)、あいづ(1)(臨時+1)、ひたち(臨時2)
 仙台7101104上野14051740会津若松19252258上野
 上野6251001会津若松10361409上野15001857仙台
 上野7171002平10221305上野13271610平17322213上野

(参考)
この頃既に特急「ひたち」は秋田運転所所属のキハ81系で運用されていました。

DcDDcDsDdDDDDc×2 所要2
いなほ(1)、ひたち(1)
 秋田9351739上野18102053平
 平644934東京‥上野14302230秋田

1972.10 ダイヤ改正キハ81系一族は「くろしお」で働くため和歌山に転属となり、仙センの483/5系9連には一気に5往復の特急「ひたち」運用が加わります。

TscM'MM'MTdM'MTc×5 所要4
ひたち(5)、あいづ(1)(臨時+1)
 仙台6401125上野12001434平14571733上野18002146原ノ町
 原ノ町540934東京‥上野10001343原ノ町15401924上野20032246平
 平10471325上野14051740会津若松19252258上野
 上野6251001会津若松10361409上野16002041仙台

特急「あいづ」の送り込みも特急「ひたち」の担当となりました。特急「ひたち」の上り1本は東京に乗り入れています。

485_481100_7210
上野駅高架6番線ホームに停車中の特急「あいづ」 クロ481-100

485_4810
「あいづ」用の編成は御徒町付近の電留線で休むシーンがよく見られました。そのため、高架ホームに発着していたのかも知れません。
485_481100
こちらはクロ481-100ですが、まさに485系展示場と言った雰囲気でした。

1973.4.1 では

TscM'MM'MTdM'MTc×5 所要4
ひたち(5)、あいづ(1)(臨時+1)
 仙台6401125上野12001434平14571733上野18002146原ノ町
 原ノ町540925上野10001343原ノ町15401924上野20032246平
 平10471325上野14051740会津若松19252258上野
 上野6251001会津若松10361409上野16002041仙台

新幹線工事で特急「ひたち」の東京乗り入れはなくなりました。

1973.10.1では

TscM'MM'MTdM'MTc×5 所要4
ひたち(5)、あいづ(1)(臨時+1)
 仙台6401120上野12001431平15021733上野18002142原ノ町
 原ノ町540920上野10001338原ノ町15401920上野20032242平
 平10471323上野14041739会津若松18402215上野
 上野604937会津若松10361414上野16002041仙台

若干の時刻変更がありました。

1974.4.1では特急「ひたち」の混雑のためか、12連グループに運用が一部移っています。

TscM'MM'MTdM'MTc×3 所要3
ひたち(3)、あいづ(1)(臨時+1)
 仙台6401120上野12001431平15021733上野18002142原ノ町
 原ノ町9381323上野14041739会津若松18402215上野
 上野604937会津若松10361414上野16002041仙台

1975.3.10の改正では特急「あいづ」の臨時運用がなくなり、

TscM'MM'MTdM'MTc×3 所要3
ひたち(3)、あいづ(1)
 仙台6401120上野12001431平15011732上野18002143原ノ町
 原ノ町8381220上野14041739会津若松
 会津若松10361414上野16002041仙台

1978年10月2日:この日のダイヤ改正で「あいづ」食堂車連結廃止サシ481形に代わりサハ481形100番台を連結し座席数を増強。

TscM'MTM'MM'MTc×6 所要4(臨時+1)
ひたち(5)、あいづ(1)、ひばり(臨時1.5)
 休
 仙台6351120上野12001435平15441820上野19002244原ノ町
 原ノ町8351218上野13031655会津若松
 会津若松10201410上野15001735平18142050上野‥東大宮
 東大宮‥上野9411215平12451519上野16002045仙台
 上野6001015仙台14251843上野/仙台18522310上野

<サハ481-100について>

サハ481-100は元々北陸特急や九州特急の編成増強のために1976年に近畿車輛と日立製作所で101~118の18両が製造されました。出入り台の客室よりに車販準備室を配置し、同部分の側窓を下降窓に変更しています。客室の座席は簡易リクライニグシートを装備し、定員は8名少ない64名となっています。MG,CPは装備していませんが、準備工事はされていました。大ムコに101~113、門ミフに114~118が新製配置され、(2012/1/23の記事)、今回、仙センの座席数増強のためにサハ481-101~107が1978.6~7にかけて仙センに転入しています。後年、仙センの101~107と門ミフの112~118にMG,CPが取り付けられました。
1984年1985年には「雷鳥」の食堂車廃止に対するMG、CP供給車として再び大ムコに集められましたが、1986年11月の編成短縮化で編成から外されました。それ以降は編成短縮で必要となる先頭車の種車となりました。(追記)クハ182、クハ183、クハ188形などに改造されていますが、それは2013年6月23日の記事で纏めました。

485_4810_801115
この写真からは判別は難しいですが、食堂車の連結が廃止され、クロ付きの意義もなくなった頃、1980/11/15の特急「あいづ」の姿です。

485_481200_820109

485_481200_820109_7
それまで仙台方のクハもボンネット固定のような感じだった「あいづ」の編成に-200貫通型のクハが登場して驚きました。 1982/1/9 上野・川口

1982年11月15日
:東北新幹線開業によるダイヤ改正で 特急「あいづ」充当車両を仙台運転所から南秋田運転所(現・秋田車両センター)に移管。

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8(臨時+1)
つばさ(5)(臨時+1)、やまばと(1.5)(臨時+1)、あいづ(1)
 
 秋田8271624上野18202304山形
 山形7411236上野13201706会津若松
 会津若松10401424上野15202006山形
 山形7531117秋田11551633福島17432223秋田
 秋田5551033福島11121233山形12501415福島14431925秋田
 秋田13022124上野‥東大宮
 東大宮‥上野7201515秋田16252103福島
 福島8431318秋田
 秋田10001743大宮/上野11502000秋田

既に485系も9両編成が長い方の時代になっており、秋アキの主力グループの運用の一部に組み込まれました。

1985.3.14の改正では

TcM'MM'MTsM'MTc×4 所要3
つばさ(2)、あいづ(1)
 休
 秋田8361311福島15241958秋田
 秋田6071403上野14371822会津若松
 会津若松9361324上野15042257秋田

「あいづ」の前後の送り込み列車が「つばさ」になりました。

485_481300_850429_2
秋アキの485系1000番台の運用となって、非貫通クハも登場し、すっかりイメージが変わってしまった特急「あいづ」 1985/4/29 上野

1986.11.1の時点ではますますシンプルになり、

TcM'MM'MTsM'MTc×4 所要2
つばさ(1)、あいづ(1)
 休
 秋田6101358上野14381817会津若松
 会津若松9321311上野15092255秋田

1992年7月1日:特急「あいづ」山形新幹線開業に伴い送り込み列車である在来線特急「つばさ」が廃止されたため、勝田電車区(現・勝田車両センター)に移管し7両編成に短縮。

TcM'MTsM'MTc×3 所要2
ひたち(1)、あいづ(1)
 勝田9331104上野15151859会津若松
 会津若松9361313上野15301657勝田

1993年11月30日:「あいづ」廃止。  (続きは明日の記事で)

以上、テキストの大半はWikipediaの関係記事をもとに纏めております。

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2013年2月 7日 (木)

1976/1 福島へ 1 485系特急 2 「やまばと」

「やまばと」は私の印象からすると、終生上野~山形間の特急であったことは変わりないのですが、仙セン、盛アオ、そして秋アキと、担当した区は時代によって変化したため、それぞれの受け持ち区独特のクハの顔が登場し、東北特急の中でも最もイメージの変わった特急でした。

2012年12月28日から4回の「1975/11 奥羽南線電化と特急「つばさ」の電車化」の記事と重複する点はありますが、特急「やまばと」の歴史から見てゆこうと思います。

1964年10月1日:このときのダイヤ改正により「ざおう」1往復を特急列車化し、山形駅発着の気動車特急として「やまばと」がキハ82系7両編成(尾久客車区)で運行開始。

←上野
DcDsDsTdDDDDDc×2 所要2
はつかり(1)
 1962.4~と同じ

DcDsDdDDDDc×5 所要4
つばさ(1)、やまばと(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101650上野
 上野9451517山形16102140上野
 上野12302000盛岡/盛岡9051650上野(隔日運用 1運用は盛岡車)

DcDsDdDDDc×1 所要1
ひばり(1)
 仙台7301225上野16302125仙台

Dc×2 Dc×1 D×4 Ds×2 Td×1 Dd×1

1964年12月1日

←上野
DcDsDsTdDDDDDc×2 所要2
はつかり(1)
 1962.4~と同じ

DcDsDdDDDDc×4 所要3
つばさ(1)、やまばと(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101650上野
 上野9451517山形16102140上野

DcDsDdDDDc×1 所要1
ひばり(1)
 1964.10~と同じ

Dc×2 Dc×1 D×4 Ds×2 Td×1 Dd×1

1965年10月:ダイヤ改正に伴い、「やまばと」に会津若松駅発着列車を併結。同時に食堂車の連結を中止し各編成を6両編成化、郡山駅以南では12両編成での運転となる。

受け持ちは山形運転所(秋カタ)に

←上野
DcDsDDDDc×2 所要2
やまばと(1)
 山形8351410上野15001914会津若松
 会津若松9451410上野15002029山形

Dc×2 D×2 Ds×1

1966.10.1

←上野
DcDsDDDDc×2 所要2
やまばと(1×2)
 山形8351410上野15001916会津若松
 会津若松9451410上野15002029山形

Dc×2 D×2 Ds×1

1968年10月1日:ヨンサントオのダイヤ改正により、「やまばと」の使用車両を485系電車に変更したことにより、「やまばと」の会津若松駅発着列車を「あいづ」として分離し、「やまばと」に食堂車が復活。2往復に。

仙セン

TscM'MTdM'MM'MTc×10 所要10 6M3T
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)

1970.10 編成増強

TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×9 所要8(臨時+1) 8M4T
やまびこ(1)(臨時+1)、ひばり(6)、やまばと(2)

1971.年7月 編成増強

TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×10 所要9(臨時+1)
やまびこ(2)(臨時+1)、ひばり(6)(臨時+1)、やまばと(2)(臨時+1)

1971年12月:485系による臨時列車「やまばと」51号が運転。

1972年3月 編成増強

TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×13 所要12(臨時+1)
やまびこ(3)(臨時+2)、ひばり(7)、やまばと(3)(臨時+1)

485_481_721000
1972/10/2に初めて上野駅で列車を撮影した際の写真です。15:09上野着の特急「やまばと2号」です。先頭はクロ481の0番台か50番台です。同列車は高架ホームに入線していますが、東京まで回送され、東京発16:00の特急「やまびこ4号」で盛岡に向かいました。

485_481100_7210_2
仙台方のエンドはクハ481-100でした。

1975年3月10日の改正

仙セン クロの転出に伴い編成の変化

TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×10 所要9 →1975.5より順次TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc
ひばり(5)、やまばと(2)、ひたち(5)

盛アオ この改正から1往復担当

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×18 所要16
いなほ(2)、やまびこ(5)、ひばり(4)、はつかり(2)、やまばと(1)

485_481300_760102
1976/1/2の福島旅行で郡山で撮影した「やまばと2号」で、仙センの受け持ちの運用でした。

485_481200_2
こちらは「やまばと1号」のために尾久から上野に回送される盛アオの485系ですが、クハは盛アオを象徴する200番台貫通タイプでした。

1978年10月2日:ゴーサントオのダイヤ改正により、「つばさ」「やまばと」は、それぞれ3往復ながら、合計6往復でペアによるエル特急指定。東北本線内の規格ダイヤ修正により若干所要時間が延びた。

運用の担当が秋アキ

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×12 所要9 485系1000番台
つばさ(3)、やまばと(3)、いなほ(1)

485_4811000_790505
尾久を通過する「やまばと」 485系1000番台の編成 1979/5/5

485_4811000_791006_2
秋アキの485系1000番台となって車輌が新しいのは大歓迎なんですが、写す側に撮ってみるとワンパターン化してしまい、どんな顔の車輌が登場するかといった興味が薄れた頃でもありました。

485_4811000_2
上野駅などでの駅撮りに飽きて、沿線撮りをしていた頃の西川口での写真ですが、このようなイメージであれだけじゃんじゃん走っていた東北特急も去っていったという感が当時はありました。

1982年11月15日:上越新幹線開業によるダイヤ改正により、 1.「こまくさ」は「つばさ」に統一されて廃止。なお、その名残で「つばさ」1号については運転区間が山形駅→秋田駅間となった関係上、「つばさ」「やまばと」の運行本数が変則的な形となった。
2.福島駅 - 秋田駅間の「つばさ」2往復半が設定され、同駅で東北新幹線と接続するダイヤを組む。 東北・上越新幹線の南端が大宮駅であったことから、上野駅発着列車として「つばさ」「やまばと」がそれぞれ1往復半、合計3往復が残されたものの、編成は485系12両編成から9両編成に短縮、食堂車の連結は廃止された。また、東北本線内のみを走る昼行特急が廃止されたことにより西那須野駅と白河駅を停車駅に追加、須賀川駅・本宮駅・二本松駅の停車本数も変更。

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8(臨時+1)
つばさ(5)(臨時+1)、やまばと(1.5)(臨時+1)、あいづ(1)

1985年3月14日:東北・上越新幹線上野駅乗り入れによるダイヤ改正により、「やまばと」廃止、「ざおう」は上野駅 - 新庄駅間(一部列車は上野駅 - 山形駅間)で運行の臨時列車化。

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2013年2月 6日 (水)

1976/1 福島へ 1 485系特急 1 「ひばり」 その4

東北特急「ひばり」485系編の最後は、非貫通タイプのクハ481です。

東北485系特急の非貫通タイプといえば、クハ481-300番、-1500番、そして-1000番台が該当し、昨日の記事でも書きましたが、仙センに非貫通タイプの300番台が配置となったのは1974.7以降で、盛アオに-300番台が配置されたのは1975.5から1976.5にかけてでした。ちょうど、特急「つばさ」の電車化の頃で、盛アオの貫通タイプのクハ481-200が秋アキに転属したのを補充する意味で311, 313, 315, 332, 333, 334, 335, 336, 337, 342, 345, 346,347, 348, 349, 350, 351,352 の大量新製配置が行われた様です。

また、-1500番台の詳細は後日、「いしかり」の特集で記述したく思いますが、1973年度第1次債務で川崎重工業(現・川崎重工業車両カンパニー)と日立製作所笠戸事業所の2社により新造され、22両全車が札幌運転所へ配置されました。

初年度は耐寒耐雪装備の試用を兼ねた青森運転所への貸渡名目で大阪 - 青森間の「白鳥」に投入され、翌1975年1月から順次札幌に移動し、同年7月18日から新設L特急「いしかり」として運転が開始されました。

しかし、北海道の冬の厳しさは想像を絶するものがあり、485系1500番台の耐寒耐雪装備ではトラブルが続出し、1978年には北海道専用特急電車となる781系試作車を開発。量産車が出揃った1980年夏までに1500番台は全車揃って青森運転所に転出となりました。当時はそういった情報は殆ど知る機会がなく下の写真にあるように、1981年1月に上野駅による立ち寄ったら、1500番台がいて、慌ててカメラを持って再度訪問した次第でした。

一方、485系の最終モデルとなった-1000番台は2012年12月31日の記事で触れましたように、1976年4月頃から秋アキに新製配置となり、1978年8月から9月にかけて盛アオにも新製配置となり、クハ481では-1013, 1014, 1015, 1016, 1019, 1020, 1027, 1028, 1029, 1030, 1031 といったメンバーが揃い、1978.10.2のダイヤ改正から

←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要17
白鳥(1)、いなほ(1)、やまびこ(4)、ひばり(4)、はつかり(3)

といった編成で、「ひばり」の運用を担当していたと思われますが、私は1000番台の「ひばり」は撮影しておりません。当時、車両配置表を1976、1977、1978と購入し、1979には編成表も購入していたのですが、1000番台は秋アキ限定と思い込み、盛アオへの配置に気付かなかったためと思われます。あるいは気付いていたとしても1000番台が形態的には300番台とは区別がつかないのではと思い込んでいたせいかもしれません。なにせジャンパ栓が片渡りであったことを知ったのはつい最近でありますから(笑)。

485_481300_760102
1976/1/2の福島旅行で福島駅で写した特急「ひばり」編成で、昨日の記事で紹介した-200番台クハの逆側のエンドは-300番台でした。「ひばり」で300番台のクハを見たのはこのときが初めてでした。当時はついに「ひばり」にまで300番台クハが使われるようになったかと思いました。

485_4810_300_790929_2
1979/9/29の上野地平ホームでボンネットタイプのクハと非貫通タイプのクハが並んだところで、昨日の記事でご紹介した300番台と200番台の並びと同じ時間帯かも知れません。

485_4811500_810121_3
1981/1/21の上野駅地平ホームで、大学院の頃ですが、平日の帰宅の際に本来、上野駅は通らないのですが、何気なく地平ホームを覗いたら1500番台クハ先頭の「ひばり」だったか「やまびこ」が入線しており、意外と近くで「とんでもないものが来てたんだ」と感じ、次回からカメラ持参で上野駅に立ち寄ることにしました。それで撮影出来たショットです。

北海道の冬を経験し、他のクハには見られない、外バメ式の標識灯に改造された姿は当初は異様だったのを記憶しております。

485_4811500_820103
1982/1/3 南浦和 当時、東北特急を大宮までの沿線で写したことは殆ど無かったのですが、南浦和付近で写した数少ないショットがこの写真です。

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2013年2月 5日 (火)

1976/1 福島へ 1 485系特急 1 「ひばり」 その3

過去2回に渡って、特急「ひばり」のボンネットタイプの先頭車を見てきましたが、今回は200番台貫通タイプです。

クハ481の配置の歴史を見てみると、仙センにボンネットタイプ以外の先頭車が最初に配置されたのは1974.7~1975.2のことで、300番台非貫通タイプの-309, 312, 314, 341 の4両の新製配置でした。
1975.5~6にかけても-316, 317, 328, 329, 330, 331, 338, 339, 340が新製配置され、このときに初めて門ミフから貫通タイプの-243, 244が転入しています。この2両は長続きはせず、1976.5の末には門ミフに戻っています。
その後、1978.9に盛アオから-215, 216, 217, 218, 219, 220, 221が転入しますが、1980.9には-220, 221が門ミフに転出しています。
上越新幹線が開業し、東北新幹線も本格開業し、「ひばり」が役割を終えた1982.11の改正では全てが門ミフに転属しています。

大ムコにおいても1975.3.の改正後、貫通タイプのクハ481-253が長いこと、1両だけだった話は以前致しましたが、クハ481の種々のクハの配置も当時は結構偏りがあって、配置の関係上、あり得る顔とあり得ない顔がありました。

一方で、特急「ひばり」は1972.6から盛アオも担当しており、こちらはボンネットタイプは非常にレアで、専ら貫通タイプのクハがメジャーを占めていました。盛アオの485系の配置に関しては後日、特集する「はつかり」においておくとして、特急「ひばり」における貫通タイプクハの写真をアップしましょう。盛アオの貫通タイプのクハの中で203, 204, 207, 208の4両は将来の併結運転を考えて、自動解結装置が搭載された試作車でした。当然、盛アオの「ひばり」運用にも投入されており、上野で一度だけ遭遇したことがありました。

485_481200_760102
福島駅に入線するクハ481-200を先頭にした特急「ひばり」 1976/1/2 当時の配置状況から盛アオの担当する「ひばり」であることが分かります。

485_481200_2
上野を出発するクハ481-200を最後尾に連結した「ひばり」 連結器のカバーからこのクハが自動解結装置試作車であることがわかります。1977/3に博多で写している特急「かもめ」の自動解結装置の姿とは少し違って、密連がすっぽりカバーで包まれています。

485_481200_300_790929
1978年の改正で絵入りHMになり、上野地平ホームで300番台クハと並んだ貫通タイプのクハ 

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2013年2月 4日 (月)

1976/1 福島へ 1 485系特急 1 「ひばり」 その2

大ムコに481系が配備されて、山陽・九州特急、さらには北陸特急に運用された時期から若干遅れて、仙センに483系が配備され、東北電車特急の歴史が始まった訳ですが、東北特急では独自の車輌が登場しました。それが今回、ご紹介するクロ481です。

485_481_0

タイフォンは既にボディに移設されていますが、0番台もしくは50番台のクロ 大宮

12012/12/25の記事における特急「みどり」の記事で紹介しましたが、このクロは山形特急「やまばと」と磐越特急「あいづ」の電車化にあたって、満たさなければならない条件から設定された車輌です。

その条件とは

奥羽本線板谷峠急勾配区間で自力走行のためM:T比2:1以上の確保
磐越西線でのホーム有効長問題から食堂車と1等車を同時連結の上で9両化


とのことでした。

まず、仙センにおけるクロ481の新製と配置の歴史ですが、

1966.3.25.の時点でのクロが新製される前の仙センの483系の配置状況は、

MM' 3-1, 3-2, 3-3, 3-4, 3-5, 3-6, 3-7, 3-8, 3-9,3-10, 3-11,3-12,3-13, 3-14, 3-15
Tc    19, 20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28
Ts    19, 20, 21, 22, 23, 24, 25
Td    10, 11, 12, 13, 14

←上野
TcM'MTs[Ts]TdM'MM'MTc×3 所要2
やまびこ(1)、ひばり(1)

TcM'MTsTdM'MM'MTc×2 所要1
ひばり(1)

Ts×-1

10 (11) 連3本と10連2本の体制でした。

1968.10のヨンサントウの白紙ダイヤ改正でクロが上野方先頭車に連結されることになり、同年6月に4両新製されます。クロ481-1,2,3,4 さらにクハ481-29も追加新製されます。

これらの車輌を組み込んで

←上野
TscM'MTdM'MM'M[M'M]Tc×4 所要3
やまびこ(1)、ひばり(2)
 

M'M×-1 Tc×5 Ts×7 Td×1

9両編成のクロ付き編成が4本組成されます。

さらに6月中旬から9月末にかけて、サロ481-19~25から運転台を取り付けた改造クロ481-51~57が落成します。この時期にそれまで483系のみだったモハユニットに485系ユニット1~17が増備されます。サシ48115~20までが追加新製され、10月の改正時点では

TscM'MTdM'MM'MTc×10 所要10
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)

M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1

9両編成10本と、予備車という構成になります。

1969.6にはクハ481-30、クロ481-5、モハユニット18~20、サシ481-22が新製され、

←上野
TscM'MTdM'MM'MTc×11 所要10(1970.6.21~TscM'MM'MTdM'MTc)
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)

M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1 

9両編成11本と、予備車という構成になります。

1970.5に3モハユニット34~361970.7にさらに3モハユニット37~39、さらにサハ4811~6新製配置され、

←上野
TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×5 所要4(臨時+1)
やまびこ(1)(臨時+1)、ひばり(3)

TscM'MM'MTdM'MTc×7 所要6
ひばり(4)、やまばと(2)、あいづ(1)

T×1

クロ付きの編成が8M4Tの12連(5本)6M3Tの9連(7本)となります。

1970.9には4モハユニット(41~43)、サハ481-7~10が追加新製され、

←上野
TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×9 所要8(臨時+1)
やまびこ(1)(臨時+1)、ひばり(6)、やまばと(2)

TscM'MM'MTdM'MTc×3 所要2
ひばり(1)、あいづ(1)(臨時+1)

 
T×1

8M4T編成が9本、6M3T編成が3本と構成が変化します。

1971年6月クハ481-101クロ481-101が新製増備され、モハユニットも485-47~49が追加新製され、サシは大ムコから-22が転属し、

1971.7の時点で

←上野
TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×10 所要9(臨時+1)
やまびこ(2)(臨時+1)、ひばり(6)(臨時+1)、やまばと(2)(臨時+1)

TscM'MM'MTdM'MTc×2 所要2
ひばり(1)、あいづ(1)
 

M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1 T×1

8M4T編成が10本、6M3T編成が2本と構成が変化します。

1971.12から1972.2にかけて、モハユニットが485-50~61、クハ、クロ481-102~104、

サハ481-12~14、サシ481-27~29 が新製配置され、

←上野
TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×13 所要12(臨時+1)
やまびこ(3)(臨時+2)、ひばり(7)、やまばと(3)(臨時+1)

TscM'MM'MTdM'MTc×2 所要2
ひばり(1)、あいづ(1)(臨時+1)
 

8M4T編成が13本、6M3T編成が2本と構成が変化します。

1973.1サロ481-84~86サシ481-60が新製配置され、それらを増結した

←上野
TscM'MM'MTdTM'MM'MTc×8 所要7
やまびこ(2)、ひばり(3)、やまばと(3)(臨時+1)

TscTsM'MM'MTdTM'MM'MTc×2 所要2
ひばり(3)
 仙台7101104上野12001557仙台17052104上野‥東大宮
 東大宮‥上野8001157仙台13051704上野18302225仙台

TscM'MM'MTdM'MTc×5 所要4
ひたち(5)、あいづ(1)(臨時+1)
 

M'M×2 Tc×1 T×2 Ts×1 Tsc×1 Td×1

12連8本、13連(クロ+サロ編成)2本、9連5本という構成になりました。

以上が、仙センにおけるクロの新製および改造による配置の歴史となります。

485_481_0_750511
蓮田のカーブを行く特急「ひばり」 1975/5/11

485_481_7601_2
クロ+サロの堂々の13連の特急「ひばり」 1976/1/2 郡山

485_481101_2
上野駅地平ホームから出発して鶯谷を通過する特急「ひばり」 パンタの位置からもクロ+サロの編成であることが分かります。そしてクロは-101でした。

長らく仙センの483/5系の偶数方エンドの先頭で活躍したクロでしたが、長崎本線・佐世保線線電化開業で登場する「みどり」での4連に使用のため、1975.5~6にかけて、1,2, 51~57が門ミフに転属となりました。さらに1982.9~10にかけては102~104が転属となっています。101も12月に転属となっています。残った3~5は1983.10に鹿カコとなっています。こうして、仙センで誕生して長いこと「ひばり」などで活躍したクロ481は全車JR九州に引き継がれることとなりました。中にはクロから格下げ改造を受けて、クハ481-600番台になった車輌のおります.その辺に関しては1980年代中盤の九州旅行でご紹介しようと思います。

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2013年2月 3日 (日)

1976/1 福島へ 1 485系特急 1 「ひばり」 その1

私の東北特急との出会いは1972年10月の上野駅デビューですが、それ以来、東北・上越新幹線の開業(1982/11)に関係して廃止されるまで撮り溜めた写真をご紹介して行こうと思います。中でも、1976年の正月、上野から「ひばり」で福島を訪問し、福島機関区を見学したことは今でも鮮明に記憶しており、そこで撮影した東北の赤い機関車も紹介したく思います。

まず今回は西の特急「雷鳥」と並んで東の横綱と言われた特急「ひばり」です。例によって運転開始からの歴史を見てみましょう。

1961年10月1日 白紙ダイヤ改正により、上野 - 仙台間に不定期特急「ひばり」を新設。キハ82系(尾久客車区6連)を使用し、所要時間4時間53分。 充当車両は「はつかり」用のキハ81系が初期トラブルを頻発させた教訓から、当初は「みどり」と共に運休とし各地の予備車としたため、運転開始は翌年4月からであった。
当時は交直両用の特急形電車は開発中であったことから、走行区間は全線電化区間ながら気動車での運行とした。

当時の尾久客車区の80系気動車の陣容は

DcDsDsTdDDDDDc×2 所要2
はつかり(1)
 上野13302355青森
 青森5051535上野

DcDsDdDDDc×6 所要5
つばさ(1)、白鳥(1)、ひばり(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101640上野
 上野8502112大阪
 大阪8052035上野
 1004D仙台7301225上野1003D16302123仙台

Dc×2 Dc×1 D×6 Ds×2 Td×1 Dd×1

運行開始時のダイヤは仙台から日帰りに便利なダイヤだったのですね。運用的には「ひばり」の運用は「つばさ」「白鳥」とは連続しない運用だったようですね。

「白鳥」用のキハ82系は1963年4月下旬に大ムコに転出しています。

1963年10月 ダイヤ改正に伴い、「ひばり」定期列車に昇格。

DcDsDdDDDDc×3 所要2
つばさ(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101640上野

DcDsDdDDDc×1 所要1
ひばり(1)
 仙台7301225上野16302123仙台

1965年10月のダイヤ改正で「ひばり」「やまびこ」が483系で運転されるにあたり、1965年6月から7月にかけて483系が大量に仙センに新製配置されています。

MM' 1~13
Tc 19~28
Ts  19~25
Td 10~14

1965年10月 盛岡電化完成により、「ひばり」…仙台運転所(現・仙台車両センター)に新製配置された交直両用483系特急形電車による運転となり、2往復に増発。

←上野
TcM'MTsTdM'MM'MTc×3 所要2
やまびこ(1)、ひばり(1)
6M 仙台8001235上野14002105盛岡
    盛岡8501600上野18002235仙台 5M
 

TcM'MTsTdM'MTc×2 所要1
ひばり(1)
尾久‥1M上野8001235仙台18002235上野2M‥尾久

1967年10月 ダイヤ改正で「ひばり」1往復と「やまびこ」が東京発着となる。

←上野
TscM'MTdM'MM'M[M'M]Tc×4 所要3
やまびこ(1)、ひばり(2)
 

M'M×-1 Tc×5 Ts×7 Td×1

1968年10月1日 白紙ダイヤ改正により、「ひばり」5往復に増発。うち1往復は東京発着。上野 - 仙台間を最速3時間53分運行とした。編成を10両編成から9両編成に短縮。

←上野
TscM'MTdM'MM'MTc×10 所要10
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)
 

M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1

1969年3月 「ひばり」季節列車1往復を増発。10月 「ひばり」季節列車を定期列車に格上げで6往復運行。

←上野
TscM'MTdM'MM'MTc×11 所要10(1970.6.21~TscM'MM'MTdM'MTc)
やまびこ(1)、ひばり(6)、やまばと(2)、あいづ(1)
 

M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1

1970年7月 「ひばり」一部列車と「やまびこ」が12両編成となる。同年10月 「ひばり」定期列車7往復となる。 このときにサハ481形1~10が新製配置されています。

←上野
TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×5 所要4(臨時+1)
やまびこ(1)(臨時+1)、ひばり(3)
 

TscM'MM'MTdM'MTc×7 所要6
ひばり(4)、やまばと(2)、あいづ(1)
 
T×1 

1972年3月15日 白紙ダイヤ改正で「ひばり」定期列車9往復、季節列車2往復とする。盛アオの583系も「ひばり」の運用を担当するようになる。1971年から1972年のこの改正にかけて、クハ、クロ481-100番台が投入され、サハ481も14まで新製されています。

←上野
TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×13 所要12(臨時+1)
やまびこ(3)(臨時+2)、ひばり(7)、やまばと(3)(臨時+1)
 

TscM'MM'MTdM'MTc×2 所要2
ひばり(1)、あいづ(1)(臨時+1)
 
M'M×2 Tc×1 Tsc×1 Td×1 T×1

1972.6 盛アオも「ひばり」を担当に

←上野
TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×3 所要2(臨時+2)
ひばり(3)、やまびこ(臨時2)

M'M×2 Tc×2 Ts×1 Td×1

1972年10月 「「ひばり」は定期列車11往復となり、自由席設置の上でエル特急に指定。この改正の直後、サハ481-1,2はサハ489形に改造のため、大ムコに転出しています。

仙セン

←上野
TscM'MM'MTdM'MTM'MTc×10 所要9(臨時+1)
やまびこ(2)(臨時+2)、ひばり(6)、やまばと(3)(臨時+1)

TscM'MM'MTdM'MTc×5 所要4
ひたち(5)、あいづ(1)(臨時+1)
 
M'M×2 Tc×1 Tsc×1 T×2

盛アオ

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×8 所要7
いなほ(2)、やまびこ(1)、ひばり(4)

形態的な区別として、上野より先頭車から見てクロ+M'(パンタ)なら仙セン、クハ+サロなら盛アオですね。

485_481_0_7210
今話題の緑の山手線103系も見えますが、上野駅5番線ホームから出発するクハ481 0番台白スカートの特急「ひばり」 1972/10
タイフォンがスカートに装着されていた登場時のスタイルで後年、100番台クハのようにタイフォンはボディに移されました。
485_481100_7210
上野駅5番線から発着していたのは、東京発の「ひばり」であったからだと思います。1973年10月の新幹線工事のための東京駅発着取りやめで、こういった風景は見られなくなりました。クロ481の0番台か、サロ改造の50番台かと思いますが、すでにタイフォンはボディに移設されています。 1972/10 上野

1973年1月 「ひばり」一部列車にグリーン車1両増結とし13両編成となる。

仙セン

TscTsM'MM'MTdTM'MM'MTc×2 所要2
ひばり(3)
 

同年4月 新幹線工事に伴い「ひばり」「やまびこ」の東京駅乗入れを中止。
同年10月 「ひばり」定期列車13往復となる。

仙セン

←上野
TscM'MM'MTdTM'MM'MTc×8 所要7
ひばり(4)、やまばと(3)(臨時+1)、ひたち(1)

TscTsM'MM'MTdTM'MM'MTc×2 所要2
ひばり(3)

盛アオ

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×19 所要16
いなほ(2)、やまびこ(5)(臨時+1.5)、ひばり(5)、はつかり(2)

485_481100_790505
クハ481-100を先頭にした特急「ひばり」 1979/5/5 尾久

485_481101_7601_2
クハ481-101を最後尾にした上り特急「ひばり」 1976/1 福島 当時、仙センにはクハ481-100番台が4両(101~104)が配置されていました。

485_481100
上野終着を目指して鶯谷を行く特急「ひばり」 常磐線特急「ひたち」も併走しています。

1978年10月2日 ダイヤ改正に伴い、「ひばり」15往復に増発。上野 - 宇都宮間の規格ダイヤ修正により、上野 - 仙台間4時間15分にスピードダウン。583系の間合い運用が終了し、全列車485系による12両編成に統一された。

仙セン

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×15 所要12
ひばり(11)、ひたち(6)

盛アオ

←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要17
白鳥(1)、いなほ(1)、やまびこ(4)、ひばり(4)、はつかり(3)

1980年10月 「ひばり」1往復廃止で14往復運行。

仙セン

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×14 所要11
ひばり(10)、ひたち(6)

盛アオ

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要17
白鳥(1)、いなほ(1)、やまびこ(4)、ひばり(4)、はつかり(3)

485_481_0_810131
新幹線開業を翌年に控え、最後の頑張りを見せていた頃の485系特急「ひばり」 1981/1/31 日暮里

1981年10月 「ひばり」一部列車の食堂車営業休止。

1982年6月 東北新幹線大宮 - 盛岡間暫定開業に伴い、在来線特急列車は新幹線列車へ振替られ、「ひばり」…6往復が「あおば」に振替の形で一部削減。
11月のダイヤ改正までの間宇都宮 - 盛岡間では特急列車削減分の補完から残存する「ひばり」「はつかり」「つばさ」「やまばと」が一部の駅に臨時停車したほか、車両運用の都合から「ひばり」2往復はダイヤ改正を待たず10月中に廃止された。

仙セン

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×7 所要5(1982.11.10からTcM'MM'MTsTM'MM'MTc)
ひばり(3)、ひたち(6)

盛アオ

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要14
白鳥(1)、いなほ(1)、ひばり(5)、はつかり(3)


同年11月15日 ダイヤ改正により、「ひばり」定期列車としては廃止。臨時列車の「ひばり51・52号」が新幹線上野開業まで不定期で運転。

TcM'MM'MTsTM'MM'MTc×10 所要7(臨時+1)
ひたち(12)、ひばり(臨時1)

485_48127_840430
臨時特急「ひばり」のクハ481-27 同車は0番台クハであるが、ライトがシールドビーム改造され、一見-100番台クハのように見えました。 1984/4/30 上野 
クハ481-27は1985/1/27には大ムコに転属しており、「雷鳥」で活躍する姿も撮影しておりました。

1985年3月 東北・上越新幹線上野乗り入れに伴うダイヤ改正により「ゆうづる」「はくつる」「八甲田」・一部の臨時列車・奥羽本線ならびに磐越西線への直通列車を除き上野発着黒磯以北に直通する東北本線昼行列車は全廃。

歴史に関する記事はWikipediaを485系の編成・運用に関してはいつも参考にさせて戴いているhttp://www5.big.or.jp/~hagi/rail/485/help.htmlのサイトの情報を参考にしました。

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2013年2月 2日 (土)

1981/11 北陸へ 9 気動車

1981年11月の北陸旅行、最終回は気動車急行やローカルDCの写真をアップします。

最初は、七尾線関連のDC急行です。

1981年当時は能登半島北部の輪島駅までが七尾線で金沢駅から直通のDC急行が多数運行されていました。例えばRailArtのサイトに詳細なデータがあり、1980年の時刻表では金沢発の「能登路」が9往復+臨時1往復さらに「ゆのはな」が出ており、輪島行きと穴水で分離される蛸島行きが併結されて走っていました。

それらの列車は金沢駅のDC専用ホームから見附島(別名 軍艦島)絵入りのHMを装着して発車しておりました。
58_811126
58_811126_3
同線は1991年に和倉温泉駅以南が電化され、非電化のままとなった和倉温泉駅 - 輪島駅間はのと鉄道に移管されました。また、七尾駅 - 和倉温泉駅間 (5.1km) は、のと鉄道を第二種鉄道事業者とし、特急列車はJR西日本が、普通列車はのと鉄道が運行しています。なお、和倉温泉駅以北ののと鉄道七尾線はJR西日本が第三種鉄道事業者、のと鉄道が第二種鉄道事業者である。また、七尾駅 - 七尾港駅間の貨物支線も存在したが、民営化前に廃止されています。

津幡駅で北陸本線と接続していますか、宝達駅付近で天井川をくぐるトンネルの絶縁の問題などを考慮し、交流電化の北陸本線とは異なる直流電化とされ、北陸本線との接続地点付近にデッドセクションが設けられました。よって全列車が交直流電車で運転されています。

415800_c11_080905_3
2008年9月に金沢駅で撮影した七尾線の車輌ですが、415系800番台を名乗っていますが、新製ではなく、もともと網干区、日根野区にいた113系に北近畿などに使用されていた485系を直流専用の183系に改造するにあたって捻出された交直両用機器を搭載して415系に改造したものですね。

2014年度の北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間の開業により、並行在来線区間にあたる北陸本線金沢駅 - 直江津駅間は経営分離されることが確定していますが、並行在来線にあたらない七尾線は経営分離の対象とはならず、新幹線開業後も引き続きJR西日本が運営することになっているそうです。

一方、富山では高山線で活躍していたと思われるキハ25やキハ48といった気動車を撮影しておりました。

25_8111
48_1517_811125
1981/11/25
120350_110529
富山駅で撮影したキハ120-350による高山本線の気動車 2011/5/29

現在の高山本線ではキハ120形がメインに活躍しております。

<キハ120形>について

JR西日本の地方交通線向け標準型気動車として、1991年に製造が開始され形式です。

ローカル線区で運用されていたキハ20系・キハ35系・キハ45系などの老朽化対策(置換え)や、線区の活性化を図るため地方交通線を中心に投入した気動車です。代替対象となったキハ58系などに対し、基本設計が新しいため省力化や投入線区のスピードアップなどに寄与した反面、キハ120形自体が従来車より小型車体である上に編成両数が削減されたため、着席率の低下や混雑率の上昇を招きました。

新潟鐵工所の地方鉄道向け車両「NDCシリーズ」を元にしており、200番台とほぼ同形式の松浦鉄道MR-100形をモデルに開発され、新潟鐵工所およびJR西日本の後藤車両所(現在の後藤総合車両所)で製造されました。ワンマン運転にも対応しています。

1次車として製造された200番台のみが車体幅 2,700 mm の普通鋼製車体で、のちに製造された0番台・300番台が車体幅 2,800 mm のステンレス製車体(車体前面は普通鋼製)です。全長 16.3 m の両運転台の車両で、出入り口は片側2か所にバス用の2枚折り戸が採用されています。このほか、冷房装置にはバス用の汎用品を使用しています。新潟鐵工所のほか、自社の後藤総合車両所でもライセンス生産されました。

エンジンはコマツ製SA6D125-H1形を搭載しているが、200番台は250PS/2,000rpm、0番台・300番台は330PS/2,000rpmとなっています。

変速機は直結2段式で、運転台の主幹制御器は横軸式とされたが、操作部自体は従来車両と同一品が採用されています。国鉄キハ32形気動車に類似しています。0番台の主幹制御器は221系電車に準じた前後操作式とされましたが、ブレーキハンドルは200番台と同一の着脱可能な構造です。

富山地域鉄道部富山運転センターに300番台14両が配置されています。

(以上、Wikipediaの記事を参考にしました)。

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2013年2月 1日 (金)

1981/11 北陸へ 8 客車列車

1981年11月の北陸から関西への旅行、最後はこれまでの特集で取り上げていない写真について触れたく思います。

まずは客車列車です。

当時の北陸本線には、かつての長距離鈍行(大阪~青森)間の名残ともいえる機関車牽引の客車列車が残っており、その編成には急行列車を彷彿させるような郵便車や荷物車が連結されていました。

811126
EF70が牽引する旧客で構成された列車 金沢 1981/11/26

さらにネットで調べると1972年3月と1980年3月改正におけるこれら上り列車の時刻が載ってました。 http://homepage3.nifty.com/jnrpc/P-train/longdistancePC/hokuriku-u-47-55.html

1972年には新潟~金沢だった列車が1980年には長岡~金沢に短縮されていますね。

一方、旧客から電車によるサービスの変化の間にレッドトレインと呼ばれた50系客車が導入されたことがありましたが、http://www.mamezoo.com/pc/PC-CLUB/LOG/SP/044-hokuriku-50kei.html のサイトの掲示板のやりとりを拝見すると北陸地方はあまり50系客車が活躍せずに電車化されたようですが、私は偶然、金沢駅で

50_811100_2
このような50系客車を写しておりました。1981/11の写真です。

一方、寝台特急の方は、「日本海」「つるぎ」が走っており、宮原区の客車を使用していた「つるぎ」は1976.2に25系二段ハネ化されており、それまでの20系は初の急行運用となる「銀河」に転用されました。

25_7602
二段ハネ化された「つるぎ」 1976/2 新大阪

このときに登場したオハネフ25は、1974.4の「あかつき」「彗星」が二段ハネ化されたときに登場したバージョンのマイナーチェンジ版で、それまで妻面にあったジャンパ栓受けが台枠のレベルに下げられました。2012年11月5日の記事における「彗星」の写真と見較べれば違いが明らかです。
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その後、1979年頃にはテールサインは絵幕入りになりました。 1979/12/23 大阪

寝台特急化されてから、国鉄民営化までの「日本海」の歴史を、見てみましょう。

1968年10月1日:ヨンサントオの改正により急行「日本海」が廃止され、「きたぐに」に改称。大阪駅 - 青森駅間に寝台特急「日本海」が運転開始。当初は青森運転所(現在の青森車両センター)所属の20系客車が用いられた。

1969年12月6日:「日本海」が、北陸トンネル内で列車火災事故(寝台特急日本海北陸トンネル列車火災事故)が発生。 当時の規則では「火災が発生した場合は速やかに停車させなければならない」と規定されており、これに従えばトンネル内でただちに停車すべきところを、機関士が「トンネルを走り抜けてから消火した方が良い」と機転を利かせてトンネルから脱出して消火し、鎮火させたため死傷者は皆無であった。当時の国鉄は規則を無視した点を指摘して機関士を処分した。その3年後に「きたぐに」で同様の火災事故が発生し、30名の死者を出す惨事となった。「きたぐに」の事故後、規則に捉われずトンネルを脱出した「日本海」の機関士の判断が正しかったことが国鉄の実験で証明され、当該機関士への処分は撤回され、国鉄の規則も改正された。
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大阪駅で並んだ14系寝台客車による「日本海」と「まつかぜ」 当時、門ハイの14系の佐世保から青森までの超広域運用は有名だった。

1975年3月10日:湖西線開業によるダイヤ改正により、「日本海」が湖西線経由に変更。車両は14系寝台客車に変更され、食堂車の連結が廃止。14系座席車が使用された季節列車として、大阪駅 - 青森駅間で「日本海」1往復が運転開始。「日本海」は2往復になる。国鉄業務合理化の一環として「日本海」牽引機関車へのヘッドマーク掲出が取りやめ。

1976年3月15日:季節列車の「日本海」の使用車両が宮原客車区(現在の宮原総合運転所)の24系25形客車に変更。

1978年10月2日:季節列車の「日本海」が定期列車に変更。24系客車・24系25形客車各1往復に変更し、早岐客貨車区所属の14系客車の運用(佐世保から青森までの超長距離広域運用)が終了。同時に下り2号を3号、上り1号を2号、上り2号を4号に変更。

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大阪駅に到着し「まつかぜ」と並ぶ24系24形客車の「日本海」 1979/12/23
24系24形でも特徴的であった妻面のジャンパ栓が台枠レベルに下ろされていることが分かります。

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1975年3月の改正で増発され、最初は14系座席車を使用していた列車が1976年の改正で宮原の客車を利用した二段ハネに 福井にて 1981/11

1982年11月15日:上越新幹線開業に伴うダイヤ改正により、「日本海」のA寝台車の連結が廃止。「日本海」の使用車両が24系客車・24系25形客車各1往復から、24系25形客車2往復(所属は宮原客車区2往復)に変更。同じ区間を走る急行列車「きたぐに」が大阪駅 - 新潟駅間の運転に変更されたため、大阪駅 - 青森駅間を運転する唯一の夜行列車になる。

1984年2月1日:「日本海」2・3号の受持ちが宮原客車区から青森運転所に変更。

1985年3月14日:「日本海」牽引機関車へのヘッドマーク掲出を再開。

1986年 夏季期間中のみ「日本海」1・4号にマニ50形荷物車を連結し「日本海モトとレール」として、オートバイ搬送が実施。

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1993年8月にも見ることができたマニ50を繋げた「日本海」 鶴形~富根

1987年4月1日:国鉄分割民営化に伴い、「日本海」1・2号をJR西日本が、「日本海」3・4号をJR東日本がそれぞれ客車の管轄をする共同運行列車となる。

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