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2013年4月20日 (土)

1974,1975 北海道へ 5 ED79 基本番台

ED79形電気機関車は、国鉄が1986年から津軽海峡線用として製作した交流用電気機関車で、国鉄分割民営化後にも、JR貨物が1989年から新製しました。青函トンネルを有する津軽海峡線区間の開業に伴う同区間の専用機関車として計画され、運用の置き換えで捻出されたED75形電気機関車(700番台)から34両が改造されました。

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ED79 18号機が牽引して五稜郭を通過する特急「日本海」 2003/9/28 こちらも北陸のEF70や函館本線のED76 500同様パンタが固定されていました。

連続勾配・多湿・信号方式など区間特有の条件に対応した種々の機能付加がなされ、本務機用(基本番台)の他に補機専用として最小限の改造を施工した車両(100番台)が設定されました。改造は国鉄時代から開始され、1987年4月の国鉄分割民営化に伴い北海道旅客鉄道(JR北海道)が全機を承継しました。1988年3月の青函トンネル開通以降、同区間を往来する旅客列車や貨物列車に使用されています。

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ED79 17号機に牽引されて青森に入線する快速「海峡」 1991/11/12

1989年には貨物列車増発のため、JR貨物が50番台10両を新規製作しました。これは基本番台と概ね同一仕様の車両で、津軽海峡線区間の貨物列車に重連で使用されています。

<構造とメカニズム>

車体は種車のものを再用し、外部機器の絶縁強化・運転台側窓のアルミサッシ化など、常時高湿度環境への対策がなされました。基本番台には屋根上に新設した抵抗器を収納するカバーを設けました。

連続勾配 12 ‰ の青函トンネルを走行するため、降坂対応としてブレーキ管圧力制御装置を追加したほか、交流回生ブレーキを搭載しました。このため無電弧低圧タップ切換方式はそのままに、基本番台の制御装置は種車の磁気増幅器+シリコン整流器からサイリスタに換装されています。主変圧器と低圧タップ切換器は種車のものをそのまま使用し、磁気増幅器とシリコン整流器を撤去して、その空きスペースに主サイリスタ整流器、界磁用変圧器、高速遮断器、力行・制動転換器などを搭載しています。

基本番台と100番台との制御方式の差異に起因する走行特性差を極力解消させるため、基本番台では屋根上に安定抵抗器を設置しました。12 ‰ の連続下り勾配において総重量 1,000 t の貨物列車を牽引する条件下でも、抑速は機関車1両で可能であることから、本務機となる基本番台のみに回生ブレーキを装備しています。

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ED79 7と 100番台の重連 2003/9/28 五稜郭

台車は種車の仮想心皿台車 DT129 系を再用し、駆動装置も種車と同一の吊り掛け駆動方式です。主電動機は種車の直流直巻電動機 MT52 系を再用し、転がり抵抗低減のため動輪側の支え軸受をコロ軸受に変更した MT52C 形です。最高速度 110 km/h 運転対応のため、歯車比は 1:4.44 から 1:3.83 に変更されました。歯車比の変更に伴う粘着引張力の減少は軸重を種車の 16.8 t から 17 t に増大させて填補しました。軸重は基本番台では搭載機器増加による重量増加により、100番台は基本番台との走行性能を均衡させるために死重搭載により、増加させました。

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ED79 9と基本番台の重連 2003/9/27 五稜郭

集電装置は種車の下枠交差型パンタグラフ PS103 形をそのまま使用し、通常は2エンド側(函館側)のみ常用します。

保安装置は海峡線専用の ATC-L 型を搭載しました。第1エンド(青森側)の ATC 受信器は上り列車用 L 信号のみ、第2エンド(函館側)の ATC 受信器は下り列車用 U 信号のみを専用に受信する設定であり、各エンドの運転台は各々運転方向が限定されています。補機専用の100番台は ATC 受電器のみを2エンド側に設置し、本線で先頭に出ない1エンド側には ATC を設置していません。重連運転で連結面となる基本番台2エンド側 および 100番台1エンド側には、相互を接続する青函 ATC 受電器専用の引き通しジャンパ連結器を装備しました。これら設備仕様のため、基本番台・100番台ともジャンバ連結器は「片渡り構造」となりました。

重連総括制御は基本番台+100番台のみならず、基本番台または50番台が最低1両含まれれば可能な構造で、車両運用の都合から、実際に基本番台のみの重連や50番台+基本番台の重連で貨物列車に使用することもあります。

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急行「はまなす」牽引機(ED79 9)の単機回送 2010/10/24 千刈踏切

今回は基本番台の写真を紹介しています。

総数21両 (1 - 21) が改造されました。100番台と異なり、改造種車は後期の車両に集中しています。

屋根上に安定抵抗器カバーを設置し、運転室側窓は引き違い式のアルミサッシに交換されました。運転席側の側窓下の位置には青函無線用の板状アンテナを設けています。外部塗色は赤2号です。

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ED79 12に牽引されて青森を出発する特急「日本海」 右側のトワイライト色のEF81は青森までの牽引機 1991/11/12

改造は土崎工場(現在の東日本旅客鉄道(JR東日本)秋田総合車両センター)・苗穂工場・大宮工場(現在のJR東日本大宮総合車両センターとJR貨物大宮車両所)のほか、工期短縮のため東芝や日立製作所といった車両メーカーも担当しました。

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ED79 6号機に牽引されて青森を出発する快速「海峡」 1991/11/12

以上、Wikipediaの記事を参考に纏めました。

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コメント

クハ415-1901さん、ED79のアルバムを拝見しました。

(日本海)(海峡)(はまなす)と様々なHMをつけたED79・・・すてきですね!!
この機関車もHMが似合っていると思います。
ED79にはなじみがないですが、
過去に1990年と2001年の渡道の際、津軽海峡線を(海峡)で通っているので、
この機関車のお世話になっているはずです。

津軽海峡線は特異な線区で、JR化後に開業したにもかかわらず、
ED79の牽く客車列車が運転され、元国鉄線より国鉄っぽい魅力のある路線だなあと思っていました。

やぶおさん、おはようございます。

今回も早速、コメントありがとうございます。

1990年と2001年の渡道の際に青函トンネルをくぐられているのですね。うらやましいです。

私は連絡船のあった頃は連絡船で渡道でしたが、1991年の夏以降は2003年の函館を含めていずれも飛行機で行ってしまっており、未だ青函トンネル通過経験がありません。

2010年の秋に青森に行った際に海峡線の撮影も行いたかったのですが、時間が許しませんでした。
是非近いうちに、新幹線が出来る前に一度青函トンネルをくぐって置こうと思っております。

そういえば、写真はどこにあるのか分からないのですが、家族で竜飛までいって竜飛の海底駅の施設は見学した憶えがあります。

それとED79、元はといえば秋田付近で活躍していたED75700ですので、私も能代の祖父のもとに行った際には、「日本海」「あけぼの」やレッドトレイン、旧客、貨物を牽く姿をかなり撮っていました.後日、ご紹介致します。

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