1974,1975 北海道へ 9 10系寝台客車
ヨーロッパなどとは違い、日本では動力分散化が強力に推進されたため、今では機関車は牽引する客車列車は、本州と北海道を結ぶ3本の寝台特急「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」、それに急行「はまなす」、そして特急「あけぼの」と蒸気機関車が牽引する一部のイベント列車だけとなってしまいました。私が初めて北海道を旅した1974年~75年頃はまだ客車急行が存在し、夜行急行には10系寝台客車が活躍していました。
その代表的な例が
急行 利尻 317レ 札幌21:20=>稚内6:00 318レ 稚内20:55=>札幌5:44
編成: マニ60+マニ60+スユニ60+スハネ16+オロハネ10+スロ54+
スハ45+スハ45+スハ45+スハフ
急行 大雪5号 517レ 札幌22:15=>網走7:56 518レ 網走20:33=>札幌6:13
編成: マニ+スユニ+オハネフ12+オハネ12+オロハネ10+スロ54+
スハフ+スハ+スハ+スハフ+スハ+スハフ
急行 狩勝4号 417レ 札幌21:30=>釧路6:15 狩勝3号 418レ 釧路21:30=>札幌6:33
編成: オユ10+マニ+スハフ44+スハ45+スロ54+オロネ10+
スハネ16+スハネ16+スハネ16+スハネ16+スハネ16+オハネフ12
札幌から稚内、網走、釧路に向かう3本の夜行急行には寝台車が連結されていましたが、特に特徴的だったのがAB寝台合造車のオロハネ10の連結でした。
1975/8に網走駅で偶然見かけたオロハネ10-501 急行 大雪5号で到着後引き上げられた姿
<オロハネ10について>
1957年度に1~5、1958年度に6~9が日本車輌製造にてナロハネ10として製造された勾配が多く、牽引定数の限られる亜幹線用の夜行列車に使用するための二・三等合造寝台車です。車体中央部の二等室・三等室の境に出入台を設置しており、定員は42名(二等寝台12名、三等寝台30名)です。
二等寝台は後発のオロネ10形に比しやや簡素な内装ですが基本は同様なプルマン式配置です。当初は両室とも冷房装置を搭載していませんでしたが、1964年の5 - 7月に「ロネ」側に冷房装置を設置するとともに、複層固定窓化、重量増によりオロハネ10形へと改称され、二等室は「Cロネ」から「Bロネ」へ格上げされました。
別の角度から
1~5は当初、中央東西線の準急「アルプス」「きそ」に連結されました。信越本線の準急「妙高」などにも使われました。さらに急行「さんべ」に5年間ほど使われました。
北海道に配置されていたナロハネ10 6 - 9は、同時に寒冷地仕様への改造を実施し500番台(501 - 504)を付番しました。後年に1両が追加改造(オロハネ10 2 → オロハネ10 505)されています。 1969年には「ハネ」側にも冷房装置を設置しました。オロハネ10 4 のみ設置対象から外れ、後に新幹線工事用車両939-201形に改造されています。1977年以降「利尻」と「大雪」から外され、1979年に全廃を迎えました。
北海道の客車ではありませんが、当時あたりまえだった旧形客車による夜行急行の数少ない写真から、上野駅で写した上越・羽越線経由秋田行き急行「鳥海」の写真を載せます。
秋田行き急行「鳥海」に組み込まれたオロネ10 1981/1/27 上野
オロネのとなりにはグリーン車 スロ62 1981/1/27 上野
あの頃はこういった夜行急行が定期で走っていました。30年後の今となっては信じがたい光景となりました。編成情報を確認するため、ネットで調べて見ると私がこれらの写真を撮ったのと同じダイヤ(同年3月)での急行「鳥海」で秋田まで実際に乗車された記録が見つかりました。「翠月庵日記」というblogで当時の汽車旅の模様が大変興味深く綴られております。
急行列車の時刻表、編成データはこちらのサイトのデータを参考に致しました。
オロハネ10に関するデータはWikipediaとこちらのサイトの記述を参考に致しました。
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コメント
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どうもこんにちは。
いやあ、すばらしいです!!
特にオロハネ10・・・中央扉の新鮮さがなんともいえません。
KATOで秀逸なモデルが発売されましたね。
オロネ10も名車ですね。
何せ車内は20系開放ロネと同等・・・
カーテンがゴージャスです。
スロ62・・・うすっぺらな屋根がかっこいい!?
等級帯が入るとよいアクセントになりますね。
当時のロネ、ロザ・・・20系の次に大好きでした。
投稿: やぶお | 2013年4月23日 (火) 21時19分
こんばんは!う~む、生々しい迫力のある10系の写真ですね。
上野駅鳥海に、オロハネ10ですか・・・素晴らしい(^^。
鉄道ファン誌の「ながさき」の列車追跡の号を読んで10系寝台車へ思いを寄せていましたが、実際に乗ると、キビシイものがあったようですね(^^;。
投稿: teru | 2013年4月23日 (火) 23時01分
やぶおさま、おはようございます。
私もオロハネ10を初めて網走で見かけた時は、中学校の時に購入した朝日新聞の年刊「世界の鉄道」(1971年版が確か客車の特集でした)の記事を思い出し、真ん中に出入り台がある構造を見て思わず写真を撮りました。
後にも先にもあれが一度の出会いでした。
やぶおさんも以前、掲示板で魅せて戴いた「さんべ」の写真を撮られていますね。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2013年4月24日 (水) 06時14分
teruさま、おはようございます。
以前、こちらのblogでもお話しましたが、10系B寝台は「鳥海」で父親と一緒に上野~秋田間、1975.3に「音戸2号」下関~大阪間で経験しましたが、やはり52cmの寝台と台車のバネの感じからは特急寝台と較べるとかなり我慢の旅だった記憶があります。後、銀河でも20系になる前の旧客時代に一度乗っています。
夜行列車なので写真を撮っていないのが残念ですが、なんとかあの雰囲気を伝えられたらと思ってはいるのですが。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2013年4月24日 (水) 06時22分
おはようございます。
興味深く拝見させて頂きました。
道内の急行列車には子供の頃に幾度か乗ったことがあり、どの列車も印象深く感じていました。更に前の旧型客車の時代には、駅に停まる姿も興味を惹かれたのではないかと想像しています。車両ごとにデザインも機能も異なるような(趣味的にはいい意味で)凸凹の列車は、今ではことごとくなくなってしまいました。
お写真の合造車も興味深い存在ですね。
半室ごとに冷房改造されたとのこと、他の車両との設備のバランスを見てのことなのでしょうが、時代を感じます。
風旅記: https://kazetabiki.blog.fc2.com
投稿: 風旅記 | 2019年3月 7日 (木) 09時47分
風旅記 さま、おはようございます。
お久しぶりです。
思えばこういった10系客車も子供の頃は長距離急行などでよく乗り、昭和50年代頃までは上野駅などでよく見かけましたが、新幹線の開業などに追われるように消えてゆきましたね。
あの音、におい、雰囲気が今となっては味わえないのが残念ですね。
これからもよろしくお願いいたします。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2019年3月 8日 (金) 05時59分