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2013年5月28日 (火)

2013/5/25 JRおおみや鉄道ふれあいフェア 2013 その3

個人的に今回のイベントでもっとも興味深かったのがSL展示コーナーでした。

庫内には、最近入場した真岡鉄道で活躍するC11325号機と、釜石線での運転を目指して現在、復元作業中のC58239号機の姿がありました。

<C11形蒸気機関車について>

国鉄の前身の鉄道省が1932年に設計した機関車で、1930年に設計されたC10形の改良増備車として設計・製造された軸配置1C2の小型タンク式蒸気機関車です。

第一次世界大戦終結後の日本経済の低迷と、都市部での並行私鉄線や自動車の台頭などの事情から、1920年代は旅客・貨物輸送ともに輸送単位の縮小や列車運行回数の高頻度化が求められるようになっていました。

そこで制式テンダー機関車ではもっとも小型であったC50形を基本としつつ、支線区の輸送需要を考慮して一回り小型化し、炭水を無補給で50kmから60km程度の距離を走行可能とする石炭庫と水タンクの搭載、それにそれらの重量の変化による動軸重の変化を抑制するために2軸従台車を付加する形で、国鉄としては1917年4110形最終増備グループ以来13年ぶりとなる、新設計の制式タンク機関車が作られることとなりました。

その先駈けとなったのは鉄道省の島秀雄を主務設計者として鉄道省・国内機関車メーカー各社によって共同設計され、1930年に製造されたC10形です。これは主として都市部に配置され、短区間の折り返し運転による快速列車運用などで好評を博しました。しかし、このC10形は性能面ではおおむね満足な成績が得られたものの、従台車を2軸台車としたにもかかわらず動軸重が13tを超過し、軸重制限の厳しい丙線以下の支線区への投入には適さないという問題がありました。

新型タンク機関車の本格量産にあたって、1931年に設計されたC54形で得られたノウハウを盛り込んで設計をさらに見直し、とくに薄鋼板部品の接合に電気溶接を採用するなど、新技術を積極的に導入して軽量化を図ることで、動軸重を13t以下に抑えることになりました。水タンク・石炭庫・運転室など薄鋼板を使用する部分について構造の見直しと工作法の工夫が行われ、これにより運転整備重量をC10形比で約5パーセントの削減となる66.05t、動軸重で最大12.5tの範囲内に収め、C10形と比較して入線可能線区を大幅に拡大することに成功しました。

コンパクトで使い勝手がよく、戦時中に貨物輸送能力の増強用として支線区を中心に投入されたこともあり、その総数が381両(民間用をあわせると401両)に達するという、国鉄近代型制式蒸気機関車の中でも有数の成功作となりました。また、その設計で得られた知見はC54形の後継機種となるC55形の設計にフィードバックされ、国鉄最後の新設計制式蒸気機関車となったE10形まで引き継がれており、その面でも大きな成功を収めた形式です。

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本来は予備機であるC11325がC1266検査入場中の際にSL列車を牽引した姿 2012/4/12 天矢場~茂木

<C11 325号機について>

1946年3月28日に日本車輌製造本店にて落成(製番1418)。4次形の後期製造グループに含まれ、「戦時設計」「戦時工程」による大幅な簡素化が図られていました。そのため、現役当時は工作の容易化を図った角型の砂箱と蒸気ドーム被いを装着していました。 当初は茅ヶ崎機関区に配属され、相模線や南武線、入換などに用いられました。

1967年3月、米沢機関区へ転出し、米坂線や左沢線で使用され、1972年、左沢線で蒸気機関車の運転が終了されるにあたり、本機が「SLさよなら列車」を牽引し、その後廃車となりました。

1973年、新潟県水原町(現在の阿賀野市)水原中学校に無償譲渡、静態保存されることとなりました。

1996年C12 66により「SLもおか」を運転していた真岡鐵道が、予備機として使用するため、3月27日に水原中学校から真岡鐵道真岡駅前に移設されました。

1997年11月より、JR東日本大宮工場(現在の大宮総合車両センター)にて動態復元工事が行われました。この復元工事にあたり、1次形にならい、特徴的であった角型ドームを通常の丸型ドームに交換しました。1998年9月に動態復元工事が完了、10月に真岡鐵道に引き渡されました。同月9日より試運転が行われ、この時「SLもおか」を牽引していたC12 66との重連での試運転が幾度か行われた。11月1日、全国の第三セクター鉄道による「ふるさとレールフェスタ」に併せて、C12 66を従えて初の営業運転に投入された。 その後は、ホームグラウンドである真岡鐵道での「SLもおか」のC12 66検査時の予備機、および重連運転用として使用されています。

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C11325にとってみれば1998年に二度目の命を与えられた地で検査を受けていることになるのですね。C11のキャブの後ろにはC58の炭水車が見えます。

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戦時設計のカマボコ形ドームからオリジナルのドームに生まれ変わったのもここでした。

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C11の動輪はC54,C55の頃ですからまだスポーク動輪で、C55のように水搔きは付いていません。動輪径は1520mmとのことです。因みにC12はさらに小さく1400mmとのこと。

続いてC58239号機です。

<C58形について>

国鉄の前身の鉄道省が導入したローカル線用の客貨兼用過熱式テンダー式蒸気機関車で、8620形の速度と9600形の牽引力を兼ね備えた共通の後継機として設計され、1938年から1947年にかけて、431両(国鉄向け427両(樺太庁鉄道向け14両含む)、天塩鉄道・三井芦別鉄道向け各2両)が製造されました。

国鉄のテンダー式蒸気機関車では唯一の2-6-2(1C1。プレーリー)型車軸配置を採用しています。国鉄の蒸気機関車としては、初めて密閉型の運転室が採用され、床部後方に延長して炭水車に接する部分に扉を設けています。一番動揺の激しい炭水車との接続部が床になったことで、機関助士の労働環境は大きく改善されましたが、温暖な九州では扉を外して使用したものもありました。

太平洋戦争の戦況悪化により、戦前・戦中の製造は1943年発注分で中止され、D51形などのような木製デフレクターやカマボコ型のドームを装備したいわゆる戦時型は製造されず、戦後は1946年から製造が再開されました。

戦後製造分(C58 383以降)は、ボイラー径の拡大(1,364mm → 1,396mm)、炭水車を6-17型(石炭6t・水17t)から10-20型(石炭10t・水20t)型に拡大、無台枠の船底型に変更、台車の変更(軸ばね形プレート式 → まくらばね形鋳鋼製)とするなどの設計変更が行われています。

<C58 239号機について>

機関車表による現役時代の履歴は

C58239     川崎重工兵庫工場=2321      1940-06-00 S58.70t1C1T(1067)
車歴;1940-06-00 製造→ 納入;国鉄;C58239→
配属[達529];名古屋局→1940-06-26 竣工→1945-08-00 現在;宮古→
1964-04-01 現在;宮古→ 八戸→1972-05-22 廃車;八戸→1973-05-01
保存;岩手県盛岡市運動公園内「交通公園」

2012年10月のJR東日本の発表によれば、2013年度冬以降の営業運転開始を目指して復元させる予定とのこと。2012年12月4日に復元のために大宮総合車両センターへ向けて陸送され、順調であれば2013年内にも復元工事が終了し、翌2014年2月頃までに営業運行の開始を目指すとのことです。

復元後は釜石線を中心に年間80日程度の運行を予定しているほか、東北地方を中心に他路線への出張運転も計画されています。また、この際に必要となる牽引客車に関しては、JR北海道からキハ141系気動車(キハ142-201・キサハ144-101・キサハ144-103・キハ143-155)を購入し、ジョイフルトレインに改造の上、使用する予定。ただし、キハ141系は釜石線内での急勾配区間に対応するため、動力機構は撤去せず自走可能な状態で使用するとのことです。

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主台枠 前方から
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主台枠 後方から

ボイラー部分はサッパボイラで修復作業中とのことで、大宮センター内にはありませんでした。炭水車、従台車を外すと意外とエンジン部分の全長は短いものだというのが正直な感想でした。

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蒸気室とシリンダー 

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秩父鉄道のC58363号機 2010/5/15 広瀬川原

ふだんはカバーがかかっており、結構大きく感じますが、裸にしてしまうと結構小さく感じるものです。

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ピストンや弁も展示されてしました。これらも取りだして並べてみると意外と小さなものです。

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手前の短い方がC11の主連棒、奥がC58の主連棒

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ばらしてしまえばただの部品といった感じですが、これらを組上げて動くようにする工程はなにか生命を吹き込んで行くようにも感じます。
以前、何かの本で読んだことがありますが、部品としてかなりの精度が要求されますが、蒸気機関車の場合、あまりきっちり作りすぎると動かなくなってしまい、ある程度の遊びも重要であるとか。

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蒸気機関車の場合、ブレーキ等に必要な圧縮空気も蒸気コンプレッサーで作りだしております。C58_363_100515_6
ボディに装着された姿

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主動輪の軸受けかと思いますが、以前、C571の修復作業をテレビで見た際に、この部品を作っているシーンがあったのではと思います。

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奥の上から見ると三角形の枠は従台車枠でしょうか。

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運転整備時の従台車の様子 まさに主台枠とピンで繋がっていることが分かります。

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煙突が何気なく置いてある風景もシルクハットのようでユーモラスではありました。

蒸気の復元作業でいつも一番気がかりなのは静態保存期間中におけるボイラー等のいたみ具合ですが、今回もサッパボイラーで修復中の心臓部が無事審査をパスしてC58239号機が本線に復帰することを願っております。

記事の作成にあたり、Wikipediaの記述、沖田祐作氏の著作「機関車表」のデータを使用致しました。

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コメント

初めまして!!
今、223系新快速の車内から投稿しています!!
大宮行きたいです!!
関西人(とは言っても390年代に埼玉に住んだ経験も持つのですが。)なので、梅小路や大阪・弁天町の交通科学博物館には比較的簡単に行けます!!
今の弁天町は国鉄時代と違って展示車両の車内に入れる日が限られている様なので、入れる日に行きたいですね!!

新芽 未来 さま、はじめまして。

コメントありがとうございます。

意外と近くにあるもの、あるいは近くを走っている列車というのはいつでも撮れるやなどと思って、結局まじめに撮らないうちに廃止になってしまったりするものですね。
明日の記事で登場する特急「すいごう」がそうでした。

実は私も万世橋にあった頃の鉄道博物館は子供を連れてよく行ったのですが、大宮に移ってからはまだ行ってません、一度きちんと行かなくてはと思っているのですが。

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