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2013年6月21日 (金)

1975年 新潟の旅 12 183系基本番台 「そよかぜ」「新雪」

183系基本番台を使用した定期特急は昨日までの記事ですべて紹介しましたが、上信越方面の季節列車として使用された例として「そよかぜ」や「新雪」があります。

183_51_2
西日暮里付近を通過する幕張区の183系による特急「そよかぜ51号」

Wikipediaによれば幕張電車区の183系が「そよかぜ」や「新雪」といった季節特急に使用されたのは「あずさ」に本格的に使用され始めた1973年10月以降だったそうです。1975年10月からは2013年6月14日の記事で触れましたように「あさま」の189系化に伴って「そよかぜ」も189系化されているので、183系の「そよかぜ」は1974年と1975年の二シーズンだけだったのでしょうか。

さらに幕張区の183系は通常6M3Tの9両編成で運用されており、碓氷峠通過はEF63重連に推進、もしくは抑速されての無動運転となりますから、新性能電車の両数制限8両を考慮すると編成の変更、減車の問題があったと思います。

そこで、実際にどうだったのか調べてみました。

1)うさぴょんのマル鉄回顧録における記述によりますと

元々157系が1シーズン使われた後、181系オンリーだった「そよかぜ」ですが、信越本線の181系撤退に伴って、幕張区の183系0番代が使用されるようになったようです。当時はまだ189系の両数が揃っていなかったための措置と思われますが、横軽非協調である183系0番代では8両以下に編成が制限されてしまうため、クハ+モハ+モハ+サロ+モハ+モハ+クハの7両編成に組み替えられて使用されていたようです。

2)芸文社のサイトにおける183系「そよかぜ」の記事によりますと

昭和48(1973)年に房総特急用183系0番代が、通常の編成からモハユニットを1つ抜き、グリーン車を増結し2両とした編成で、「そよかぜ」に投入された。 183系0番代は検査等による編成換えがあったにせよ、基本的な9両編成を崩すことはなかったが、グリーン車需要の高い信越線特急ならではのグリーン車2両連結は、「そよかぜ」のみで見られた編成である。

とのことで、サロの位置、両数等いろいろな情報が出て参りました。さらに1973年のシーズンから183系による特急「そよかぜ」は運転されていたようです。 

183_51_1
尾久もしくは東大宮から上野に回送される特急「そよかぜ」編成 西日暮里

私が撮影したこの冒頭写真の回送シーンでは編成両数の確認は難しいですが、後ろから2両目にサロの連結が確認できるので、サロの位置はいつも通り、3両目はサロには見えないので、単純に1ユニット抜きの4M3Tの7両編成ではなかったかと思われます。碓氷峠通過の場合、安定性を考慮して重い電動車を出来るだけ山麓側に連結していたと思いますので、サロの位置はそのままだったのではないでしょうか。

幕張区の車輌の配置と使用状況をもう一度見てみると
1972年7月~1973年9月 11本配置 10本使用
1973年10月~1975年2月 14本配置 13本使用 MM'x1 Tcx2 Tsx1
1975年3月~1982年10月 19本配置 16本使用

といった車輌状況だったようです。

もちろん、列車、シーズンによって編成の構成がちがった可能性も考えられます。

さて、夏から秋の「そよかぜ」に対して冬の季節列車の定番だったのが、上野から石打、長岡方面に向かった特急「新雪」でした。181系489系で運転されることもありましたが、私も偶然1回だけ上野駅で遭遇しました。

183_810228_2
1981年2月28日上野駅で偶然見かけた 183系 特急「新雪」 

1978年以降なのでHMは絵入りのものでしたが、色と灰色と黒を組み合わせたモノトーンの洒落たHMを掲出していました。

183系基本番台の場合、登場以来、6M3Tの9連で運用され続け、1982年11月の改正で「すいごう」が登場した際に初めて、モノクラスの4M2T編成が登場し、さらに1985年3月以降は4M2T編成にTcMM'かMM'Tcを増結する運用形態が採られるようになり、初めて貫通扉が威力を発揮するようになりました。と同時に、こういった編成を組成するためにクハの両渡り化改造工事も施行されました。

1986年11月に特急「あずさ」の運用から撤退した後、サロ183-1, 5, 8, 11, 15, 16, 17, 18がサロ110-300番台に改造されています。

さらに1993年にモハ183+モハ182-1・2・11・12とサロ183-19が松本運転所(現・松本車両センター)に転属したことがある以外は幕張からの移動もなく、老朽化に伴って他系列への置き換えが進められた結果、2006年をもって全車廃車となり、区分消滅しました。

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電車183/189系」カテゴリの記事

コメント

183系189系アルバムを続けて拝見しました。
485系はオールマイティな活躍をしましたが、
直流区間専用の183系も関東を中心に多くの列車で運用されたのですね。
でも関西や東海地区にはほとんど縁がなかったというのも特徴ですね。

特にレアなのが新雪のイラスト入りサインです。
あのモノクロームの色調がたまりません。

初期の183系は14系座席車と同じ簡易リクライニングシート装備でしたね。
簡易とはいえ、普通車でもリクライニングとは何と贅沢なと、登場当時思いました。

やぶおさま、こちらにもコメントありがとうございます。

そうですね183系と言う電車は、直流用であり、かつ短距離仕様であったせいもあって、直流区間をどこまでも西へ行くなんとこともなく生涯を関東周辺で過ごしましたね。

新雪は後にも先にも、列車として撮影したのはあの一回だけでした。
仰るようにマークはなかなかシックで決まっていましたね。

こんにちは。
「183系 そよかぜ」と検索していて拝見しました。
とても懐かしく、楽しく読ませて頂きました。
コメントを拝読していくうちに、色々思い出しました。
その中で、183系「そよかぜ」は189系投入前後の2年間では?
と記されていたのですが、もっと先まで運転されていましたので
お知らせさせて頂きます。、
もう40年以上も前なので、大分忘れてしまいましたが、間違いなく
1977年まで、もしかしたら1978年だったかも知れません。

小生が生まれて初めて乗った国鉄型特急電車にしてただ一度
乗った181系特急が「あさま」でしたが、離脱直前の1975年6月
初頭に一往復乗る機会があり、とても印象に残ると共に、鉄道
雑誌で直後の189系化を知って驚きました。
それから数年後に軽井沢に行く機会があり、その際の、行きは
189系の「あさま」でしたが、帰りが幕張区の183系「そよかぜ」
だったのです。
客室に入った際は全く気付かなかったのですが、着席してから
行きの「あさま」と何か違うな、と思った所、簡易リクライニングが
ロックの外れやすい初期型で、もしやと思ってナンバーを見たら
意外にもクハ183-1でした。

残念ながら、編成両数ははっきり覚えていないのですが、181系
時代と同じ感じだったので8両だった気がします。
ちなみに碓氷峠を下る時は、189系の様な力強い音が感じられず、
客車の様な妙に軽い印象で、ずしんずしんという独特のジョイント
音が今でも思い出されます。

長文乱文にて失礼を致しました。
ご参考までに。

あさま6号さま、はじめまして。

コメント並びに貴重な情報ありがとうございます。189系の登場以降も183系が碓氷峠を上下していたのですね。

わたしも14系ハ座で経験しましたが、あのロックのかからないリクライニングシートは逆に疲れるばかりだったように思います(笑)、今では信じられないサービスですが。

これからもよろしくお願いいたします。

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