青春18切符で日光線小旅行 その3
今回は鹿沼駅そばでの撮影と鹿沼市内ぶらぶら散策です。
鹿沼駅で下車して、宇都宮からの下り電車で見付けたポイントに向かうことに致しました。

鹿沼駅から線路沿いに文挟方向に10分程度あるいた場所ですが、かなり先まで見通せる直線区間で線路が懸垂(カテナリー)曲線のように(上下に)弧を描いているのが特徴です。電車に乗っていると緩いジェットコースターの線路を走ってる様な感じでゆっくり下って再び上ってくる感じです。
上の写真のダンプカーが走っている道から線路端に上がってみるとこんな感じです。

文挟方向を見た写真

鹿沼方向を見た写真 最初の俯瞰写真は跨線橋の上から撮ったものです。
ここは撮影ポイントとしては有名ならしいことは足元の草原に空き缶などが大量に落ちていることで分かりました。
恐らくここで日光線の写真を撮った人間が列車を待つ間に、空き缶などをポイ捨てした結果だと思いますが、こういった場所で平気でポイ捨てを行う行為は自分たちの首を絞める行為であり、自分が出したゴミは責任を持って持ち帰るのがマナーだと思います。
さて、炎天下で待つこと20分程度で、上り下りの電車がやって来ました。

まずは上り846MのY1編成

続いて鹿沼で交換した845MのY10編成です。後追いです。
この2本を撮影して撤収しました。
鹿沼駅まで戻り、街の様子を見て行くことにしました。

JR鹿沼駅は市の中心から北東にあり、さらに街の中心の西南部には東武日光線の新鹿沼駅があります。JR駅で入手できる市の観光案内のパンフレットにも地図が載っているのでそれを参考に東武線の新鹿沼駅まで歩いてみることに致しました。

JR鹿沼駅舎 駅の前には今市駅にもあった案内表示が

駅の横には秋のお祭り(雨乞いの儀式が起源といわれる)に使われる彫刻入りの屋台が収納されていると思われる大きな蔵がありました。
今市と同じように鹿沼は黒川の畔の、山岳信仰の舞台として歴史に登場する。深山巴の宿で、古代より修験者達が二荒山へ向かう宗教の道であったと同時に、足尾の鉱物を運ぶ金属の道の宿でもありました。
明治以降は日光線の開通ともに「木工のまち」として発展したようです。サツキや鹿沼土でも有名です。
JR鹿沼駅から黒川を渡り、街の中心部にまず向かいました。

駅前からの道をしばらく歩くと黒川にかかる府中橋の袂に着きます。

ヤマメ、イワナ、アユなどが釣れるのでしょうか、釣りを楽しむ人々の姿も見えました。奥の建物は川上澄生美術館と市の図書館だそうです。
この黒川は東北本線黒川橋梁の黒川とはまったく関係がなく、日光から流れてきています。この橋を渡ると旧市街に入った感じで、橋の前後に昭和を感じさせる街道沿いの商店といった趣のあるお店が並んでいます。

昔の街道沿いの商店といった感じの店舗

昔はどの商店街にもありましたが、いまでは殆ど見かけなくなった魚屋さん
こういったタイプの個人商店が多く残る街並みで、コンビニエンスストアは全くないわけではありませんでしたが、数は極めて少ないようでした。

こういった寿司屋も今では殆ど見かけなくなりました。

街の中心部仲町屋台公園 この近くに観光の中心である、まちの駅(新・鹿沼宿)もありました。

懐かしい昭和の風景を楽しみながら市の南西にある東武鉄道の新鹿沼駅前までやって来ました。

18切符の旅なのでできるだけJR線を使いたかったのですが、JR鹿沼駅まで引き返す気力は残っていなかったので、とりあえず栃木まで東武線に乗車し、そこから両毛線に乗り換えることにしました。

改札口には松尾芭蕉の木彫の像がお出迎え
松尾芭蕉(1644~1694)は伊賀の国の出身で、有名な「おくのほそ道」は45歳のときからのもので600里(2400km)に及ぶものであり、当時の年齢からすれば大変な健脚であることから、もしかしたら隠密だったのではともいわれておりますが、日光辺りを通ったのは旅の最初の頃、元禄2年(1689年)4月1日(旧暦)のことだったそうです。
さて、新鹿沼駅ではちょうど253系が鬼怒川方面に出発して行き、

253系 OM-N02編成 2013/7/27 新鹿沼
そして、区間快速浅草行きがやって来ましたので、乗車しました。

6176を先頭にした6050系 2013/7/27 新鹿沼
6000系の車体更新ではなく、1988年に製造された7本(6173F~6179F)の内の1本
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