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2013年7月14日 (日)

1975年 新潟の旅 16 中央東線方面の165系

今回は中央東線の165系です。

小学校は国立だった関係で昭和30年代後半から40年代前半にかけて中央線国立~荻窪間は毎日お世話になる路線でした。そんなわけで181系あずさ」、165系アルプス」、115系ヤマゲタ、その前のEF13牽引客車列車は毎日のように見る列車でした。

165
阿佐ヶ谷付近を通過する急行「アルプス」「こまがね」用12両編成の165系

新宿側から、(クモハ165+モハ164+サロ165+サロ165+サハシ165+(クモハ165+モハ164+クハ165)+クモハ165+モハ164+クハ165)+クハ165)の編成であることが分かります。

<中央東線対首都圏運用>

Wikipediaの記述によれば、中央東線における165系の運用は1963年4月28日から5月26日までの休日に新前橋電車区所属の波動用4両2編成で運転した新宿 - 甲府間下り臨時準急「かいじ」と上り臨時普通列車が、中央東線における最初の運用だったそうです。定期運用は1964年の上諏訪電化時に三鷹電車区にへ新製配置された11両により、新宿 - 上諏訪間の急行「たてしな」で開始されたそうです。

1965年の松本電化で「たてしな」は「アルプス」に吸収され発展的解消。さらに一部列車の愛称整理を実施。
松本運転所へ新製車53両と三鷹区から転属の11両、新潟所から転属の5両、153系からの改造車2両(サハシ165 50番台)の計71両が投入されました。
同年7月に3往復をキハ58系気動車から置換えました。
10月のダイヤ改正で計11往復を設定しました。
編成もビュフェを組み込んだ基本8両・付属4両の12両編成となり12月からビュフェの営業が開始されました。

1966年3月には売店車サハ164形の運用を開始。

1968年10月1日のダイヤ改正で、列車愛称の統一を実施。
松本発着ならびに大糸線直通:「アルプス
甲府発着:「かいじ
富士急行直通:「かわぐち
飯田線直通:「こまがね

「アルプス」11往復中9往復、「こまがね」3往復中2往復、「かいじ」5往復、「かわぐち」6往復中5往復に投入されました。

165_2
国分寺を通過する急行「アルプス」用12両編成 松本寄りにクハが2両繋がっているのが分かります。

1972年10月改正からは新宿から身延への季節急行「みのぶ」が運転を開始しました。
「みのぶ」は甲府まで「アルプス」に併結運転でしたが、甲府駅の構内配線の関係から通常松本方に連結する付属編成を下り列車は新宿方の連結としました。

1973年10月1日から岡谷発着の季節列車「たてしな」1往復が設定され「みのぶ」併結列車も変更となりました。

1975年3月のダイヤ改正ではキハ58系で残存されていた「アルプス」2往復、「こまがね」「かわぐち」それぞれ1往復が165系化されました。これに伴い下関運転所・大垣電車区・新潟運転所などから増発用車両が転入しました。

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荻窪を通過するキハ65を最後尾に繋げた急行「アルプス」 当時富士急行が導入した両運転台のキハ58もアルプスの編成に繋がって新宿まで来ていたの見た憶えがあります。

転入車のうちモハ164形0番台・500番台は狭小トンネル対策としてパンタグラフのPS23形への交換と避雷器移設工事を施工。非冷房車は同時に冷房化改造工事を施工。
その一方前年にはサハ164形サハシ165形とのトレードという形で新潟運転所に転出していましたが、1978年の大垣電車区への転出を経て1979年と1980年に2両とも松本運転所に出戻り転入をしています。

1978年からは信越線急行の減便・廃止に伴い169系が長野運転所から狭小トンネル対策を施工した上で転入。

松本運転所基本編成の5号車は、サハシ165形(ビュフェ)サハ164形(売店)の2種類が存在しましたが、ビュフェ営業は1976年11月限りで休止となりました。しかし、1・2号車の冷房装置をはじめとするサービス電源の供給をサハシ165形もしくはサハ164形のMGから行っていたため編成から外すことができない問題を抱えていました。
対応策として1982年3月185系200番台の投入により新前橋区の165系に余剰車が発生したためにクハ165形11両を転入させ、サハシ165形9両とサハ164形2両と差し替えました。

しかし、編成変更から8ヵ月後の1982年11月15日のダイヤ改正では基本編成からサロ165形が1両減車となり基本編成7両+付属編成4両の11両編成となりました。さらに1985年3月のダイヤ改正で「かいじ」「かわぐち」の全列車を含む一部列車が季節列車への格下げと夜行「アルプス」へのクモニ83形連結の中止。1986年11月1日のダイヤ改正で中央東線昼行急行が全廃された。残存した定期夜行「アルプス」は183・189系に車種変更。松本所属の本系列は波動輸送ならびに松本地区ローカル列車に転用されたほか、McM'Tcx11編成33両が紀勢本線に残存する客車列車置換え用として日根野電車区(現・吹田総合車両所日根野支所)に転出しました。

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こちらは冒頭の12両編成に対してクハが1両少ない11両編成の急行「かいじ」「かわぐち」用編成 阿佐ヶ谷

私自身、中学時代は杉並区の中学に通学し、高校で荻窪、もしくは西武線で高田馬場から東横線と通学するようになり、大学、大学院までは電車通学で中央線との接点がありましたが、1983年に就職してつくばに住むようになり、中央線165系の終焉期はそれに気付かず過ごしてしまった感があります。昔は当たり前のように走っていた車両がいつの間にか消えて行くのはしばしばあることとは言え、急行電車の消え方は異常にはやかったように感じます。

テキストはWikipediaの記事を参考に纏めました。

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