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2013年7月13日 (土)

1975年 新潟の旅 16 上信越・新潟方面の165系

これまで1975年11月の谷川温泉、柏崎旅行に関係した車輌を、いろいろと見て参りましたが、やはり忘れてはいけないのが、急行用の165系です。

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上野駅地平ホーム 1982/2/1 表示は急行となっていますが、564Mというのは宇都宮~上野の165系使用の普通列車

当blogにおいてこれまで急行用車輌は東海道・山陽系の153系、北陸系の475系等を取り上げて参りましたが、まだ165系については、東海道線の急行「ごてんば」で一度触れただけで本格的には取り上げていませんので、今回取り上げようかと思います。

165系は国鉄初の直流急行形新性能電車として開発された153系電車の構造を踏襲し、勾配・寒冷路線向けとして開発され、1963年3月から営業運転に投入されました。

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高架ホーム9番線で特急「白山」と並ぶ165系急行 1979/5/5

1960年代前半、信越本線長岡 - 新潟間・高崎 - 長野間、中央東線電化により首都圏から直通する長距離連続電化区間が完成し、電車による急行列車を運転することが計画されました。しかしいずれも連続急勾配が介在し、寒冷・多雪な気候条件の路線であり、平坦・温暖区間向けに設計された153系電車では、これらの路線には出力や耐寒能力不足で不適でした。このため勾配・寒冷路線での運用に耐える性能を備える直流急行形電車とされたのが165系です。

車体構造はほぼ153系を踏襲していますが、以下のような改良が行われています。
主電動機は従来標準であったMT46形に代えて、1962年に日立製作所が設計・開発したMT54形を国鉄新性能電車として初めて搭載しました。

主制御器は「自動ノッチ戻し機構」と山岳区間での走行も考慮した勾配抑速ブレーキを搭載したCS15形制御装置を採用し、主抵抗器の容量も153系などに比べ増強されました。
寒冷地・積雪地での運用に備えて耐寒耐雪装備を施工しました。
台車はダイアフラム形の横剛性を生かしたまま揺枕吊を廃止し、451系・471系以降国鉄特急・急行形電車の標準となったインダイレクトマウント式空気バネのDT32(電動車)・TR69(付随車)を装着し、高速安定性や乗心地を改善しました。

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尾久を通過する165系急行 1979/5/5

<形式>

クモハ165形
モハ164形とユニットを組む2等制御電動車 (Mc) で、主制御器・主抵抗器を搭載。勾配線区で使用される特質上電動車比を高める必要から、基幹形式の一つとして1963年から1970年にかけて製造されました。定員76名。451・471系では電動車ユニットを両方向に使用可能としたため両渡り構造としましたが、本系列では奇数向き(東海道本線基準で上り東京方)に固定を原則とした片渡り構造となりました。
1 - 141:当初は非冷房でしたが、1968年の利用債増備車の123 - 125はAU13E形分散式冷房装置搭載の準備工事仕様、1968年4次債務負担以降増備車の126 - は新製時から冷房で落成しました。
901 - 904:900番台は碓氷峠協調運転用169系の試作車。

モハ165形
モハ164形とユニットを組む2等中間電動車 (M) で定員84名。地方線区や支線直通運用で容易な短編成組成要求もあり、需要は小さく21両が製造されたのみでした。1963年 - 1965年製造の1 - 17は波動用名義でした。当初は非冷房で後に冷房改造を施工。1969年増備車の18 - 21は新製時からAU13形6基搭載で落成しました。

モハ164形
クモハ・モハ165形とユニットを組む2等中間電動車 (M') で定員84名。電動発電機 (MG) や空気圧縮機 (CP)、パンタグラフを搭載しました。1963年から1970年にかけて166両が製造されました。
1 - 84:普通屋根車で当初は非冷房。後にAU72形集中式冷房装置を搭載。81 - は新造時から冷房車で落成。搭載されるCPは初期がMH80A-C1000形2基、1965年度第2次民有車両以降増備車69- ・836- がMH113A-C2000M形1基に変更。
501 - 514:500番台。山陽準急増結運用で分割・併合を容易にするため、デッキとトイレの配置を入れ替え回送運転台を装備した区分。後位妻面の小窓・後部標識灯・デッキ屋根上部前照灯と大型通風器が特徴です。全車クモハ165形とユニットを組みました。
801 - 864:800番台。中央本線・篠ノ井線・身延線の建築限界(狭小トンネル)対策として、パンタグラフ取付部を180mm切り下げた低屋根構造とした区分。低屋根部車内天井ファンデリア(換気扇)とパンタグラフ脇換気用ルーバーを設置。846 - 848は冷房準備車、849 - は新製時からの冷房車でファンデリア(非冷房車は冷房搭載時に撤去)と換気用ルーバーも当初より未設置。
901 - 904:900番台は碓氷峠協調運転用169系の試作車。

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南浦和を通過する長大編成の165系 1982/1/3

クハ165形
2等制御車 (Tc) で定員76名。1963年から1970年にかけて210両が製造されました。当初はクモハ165形が片渡りとされたのに対して両渡り構造とされましたが、後の冷房改造により冷房用三相交流電源引通しを追設し片渡り構造となったため多くが偶数向き(東海道本線基準で下り神戸方)に固定されました。
1 - 206156 - 190がAU13E搭載準備仕様、191 - は新製冷房車で落成。
901 - 904:900番台は碓氷峠協調運転用169系の試作車。

サロ165形
1等付随車 (Ts) で、定員48名。1963年 - 1969年134両が製造された。外観的には、台車を除き特徴的な二連式大型下降窓や回送運転台の装備などサロ152形を踏襲しました。1 - 28が非冷房で、29がAU12S搭載準備仕様、30 - 129が新製時からAU12S形6基搭載で、房総地区電化用最終増備車の130 - 134はAU13E形5基で落成。

サハ164形
1966年10月のダイヤ改正で増発された中央東線急行用に2両のみ製造された定員56名の2等付随車 (Tk) 。後位寄り車端に売店と物資積卸口を設置。自車給電用5kVAMGを搭載。本系列最初のサハであったが特殊仕様の為偶数形式とされました。1970年に売店も含めAU13E形6基で冷房化改造され、MGを冷房電源用110kVAに換装。1983年に2両とも廃車され形式消滅。

サハ165形
車体構造・車内設備はモハ165形と同一となる定員84名の付随車 (T) 。全車新製時からAU13E形分散式冷房装置6基と冷房電源用110kVA MGを搭載して落成。1969年10月のダイヤ改正で山陽本線不定期急行の定期列車化用として10両が、1970年に呉線電化による増発用として1両の計11両が製造されました。

サハシ165形
1963年12両が製造された2等・ビュフェ合造付随車 (Tb) 。2等客室部の定員は36名。サハシ451形に準拠し、車体中央部設置された幅700mmの客用扉を境に前位寄りが2等客室で後位寄りがビュフェとしました。トイレ・洗面所は未設置。ビュフェは電子レンジを標準装備。サハシ153形の「寿司コーナー」に対して「そばコーナー」とし、車内販売用業務用控室を出入台寄りに設置。冷房は新製時からビュフェ部分にAU12形4基が搭載され側窓も固定式としましたが、1969年 - 1972年に客室にもAU13E形2基を搭載しました。
松本運転所(現・松本車両センター)所属車両は、冷房改造時にMGを従来の40kVAから110kVAの物に交換しました。1978年から余剰廃車が開始され、1983年に形式消滅。

クハ164形
この車輌については実物を1975年1月2日の名古屋旅行で目撃しており、そのときの記事に記載しました。

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王子を通過する165系 1981/12/20

<運用について>

上越線(水上以北)・信越本線(新潟口)(新潟鉄道管理局 新潟運転所⇒JR東日本新潟支社 上沼垂運転区)

対首都圏運用

1963年に新潟運転所に新製配置され、同年3月26日から上越線の急行下り「弥彦」・上り「佐渡」で8両もしくは11両編成で運用開始されました。6月には夜行の「越後」にも投入され、サハシ165形を2両連結の13両編成に増強されました。

その後もクハ165形1両増結の14両編成での運転なども行われましたが、東海道本線の急行に比べてビュフェ車の利用率が低かったことや中央東線急行への連結が決定したことから1965年10月改正でサハシ165形の連結は1両になりましたが、クハ165形1両が増結されたため依然13両編成で運転されました。

1968年10月のダイヤ改正では愛称整理が行われ「佐渡」に統一。翌1969年には定期5往復・季節2往復に増発され、編成が一部変更されました。1970年10月2日のダイヤ改正では、「佐渡」の季節1往復が特急「とき」定期1往復に格上げされました。

1972年10月1日の改正では「佐渡」1往復が「とき」に格上げ、余剰編成は運転区間を直江津まで延長と165系化の上で「よねやま」に投入。

本改正では下関運転所からサハ165形が転入し、一部の中間封じ込みとなっていたクハ165形を置換えました。後に松本運転所からのサハ164形(1974 - 1978年在籍)、回送運転台付のモハ164形500番台などの転入もありました。

1973年10月1日改正で「佐渡」は季節列車が廃止され定期4往復に減便。また利用率低下と「とき」増発に伴う食堂従業員確保のたビュフェの営業が休止。サハシ165形1978年6月に編成から外され、「佐渡」「よねやま」は12両編成となりました。

新潟地区ローカル運用

1965年には越後湯沢 - 新潟間に準急「ゆざわ」が、「佐渡」用の付属編成を使用して運転を開始。翌1966年3月5日に急行格上げが行われましたが、1972年3月15日のダイヤ改正で廃止となりました。

1970年10月2日改正それまでキハ58系で運転されていた上田 - 新潟間の「よねやま」2往復を本系列で電車化を実施。1972年3月15日のダイヤ改正で「よねやま」が上野 - 長岡 - 柏崎間の気動車急行の愛称に変更され、従来の上田までの列車は「とがくし」と改称。2往復中1往復には、サロ165形の連結が開始されました。1973年10月1日改正で2往復ともグリーン車連結の7両編成に統一されました。しかし、1977年11月1日のダイヤ改正ではサロ165形サハ165形に置換えられモノクラス化されました。

東北本線・日光線・両毛線・高崎線・上越線(水上以南)・長野原→吾妻線(東京鉄道管理局 田町電車区・高崎鉄道管理局 新前橋電車区)

東北本線系統での運用は、田町電車区所属車が1963年3月25日から「湘南日光」「なすの」で、4月25日から「中禅寺」で開始されました。
3列車とも157系電車からの置換えでした。157系は同年4月から充当されていた東海道線特急「ひびき」の定期列車化と冷房化改造工事により東北本線系統運用では「日光」充当車を除き捻出させる必要が発生。そのため3列車にはMcM'Tcx5編成計15両を投入しました。

同年10月1日には新前橋電車区から6両が転入。しかし1966年10月1日付で運用をすべて新前橋区に移管しました。
これらの車両とは別に当初新前橋区に配置されていた波動輸送用モハ165形組み込み4両編成x5本も1964年10月1日に田町区に転入。このグループは東北本線運用にも投入されましたが、1975年に神領電車区に転出しました。
1968年に運転開始された急行「ごてんば」は、1973年まで新前橋区よりMcM'Tcx2本借り受け名義での運用でした。

一方、新前橋区でも1963年3月から投入開始されており、10月1日より「あかぎ」「苗場」など80系電車で運転されていた上越線準急列車の置換えと信越急行への充当がスタートしました。その後も徐々に置換えを拡大。1966年にまで80系使用の列車をすべて置換えると共に、同年10月1日で長野運転所に「軽井沢」を除く信越急行を移管。田町電車区から東北本線黒磯以南運用が移管されました。

1968年10月1日のダイヤ改正では同一方面列車の愛称統一が行われましたが、新前橋区ではそれ以降、以下の急行列車を担当しています。
ゆけむり」上野 - 水上・石打
草津」上野 - 長野原・万座・鹿沢口(万座・鹿沢口延長は1971年
伊香保」上野 - 渋川(1972年以降の運転)
あかぎ」上野 - 高崎 - 新前橋・前橋・桐生
わたらせ」上野 - 小山 - 桐生・前橋・高崎
なすの」上野 - 宇都宮・黒磯
日光」上野 - 日光
湘南日光」伊東 - 日光(1970年まで)
軽井沢」上野 - 中軽井沢
ごてんば」東京 - 御殿場(1973年まで田町電車区へ貸し渡しでの運用)

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183系1000番台特急「とき」と顔を揃えた165系 1975/11/1 上野

最盛期には基本編成15本・付属編成29本を巧みに組み合わせ、3両から最大15両編成で上野を中心として急行列車から普通電車まで複雑かつ幅広い運用を行っていました。
新前橋区の車両運用で両毛線に関する運用は特段の注意が要求されました。同線は小山口からも高崎口からも方向転換せずダイレクトに入れるため、線内に「わたらせ」で入った編成と「あかぎ」で入った編成は逆向きとなる。そのため折り返しの際には入線した経路で戻すことが鉄則とされました。

しかし1973年に発生した上尾事件がきっかけとなり、朝夕ラッシュ時間帯の通勤列車運用は以後減少しました。

1982年の東北・上越新幹線大宮暫定開業によるダイヤ改正では「日光」が全廃。一部急行列車での運転本数削減。新幹線リレー号用として新造投入された185系電車200番台により状態の悪い一部初期車を置換え廃車。余剰となったクハ165形11両が松本運転所に転出。冷房用MGの関係で編成から外すことのできなかったサハシ165形・サハ164形を置換え等がなされました。

この結果、一部の列車で165系+185系の併結運用も実施されました。

続いて1985年3月14日のダイヤ改正では185系電車の一部が田町電車区に転属、新前橋残留車により本系列で運転されていた定期急行列車を新特急に格上げ全廃させ置換え、165系は、他区所転出車・廃車・残留車に分別されました。

以後はローカル運用、もしくは臨時急行列車・団体列車などの波動輸送で運用されましたが、後にS編成3両x11本計33両に整理され「モントレー色」と呼ばれる独自塗装に変更されました。

信越本線(長野鉄道管理局 長野運転所・高崎鉄道管理局 新前橋電車区)

1963年10月1日をもって横川 - 軽井沢間の碓氷峠は粘着方式による複線運転となり、同時に長野までの電化が完成しました。それに伴い新前橋電車区の165系が以下の列車に投入されました。
上野 - 長野急行「信州」4往復(「丸池」を統合)
急行「信州いでゆ」(全車指定席列車)1往復
急行「とがくし」(夜行)1往復
上野 - 長野・長野電鉄 湯田中急行「志賀」2往復
上野 - 中軽井沢準急「軽井沢」2往復中1往復

1965年10月1日の直江津電化で上野 - 直江津間の「妙高」2往復にも投入。一方、「軽井沢」は80系電車運転分が廃止され1往復になりました。
「軽井沢」は翌1966年3月5日に急行列車に格上げ。

特急「あさま」が181系で運転開始された1966年10月1日のダイヤ改正では
「軽井沢」を除き運用を長野運転所に移管。新造車と新前橋からの転入車で運用に充当。「信州いでゆ」は「信州」に統合。不定期客車列車で運転されていた「高原」を165系化。

長野配置車は上述した新前橋区の「軽井沢」専用編成と共通の編成が組成されましたが、碓氷峠はEF63形による牽引・推進運転のため連結両数が8両に制限されました。このため慢性的な混雑が顕著になっており、一部列車は高崎以南で長野方に3両増結する対策が採られたが、信越本線そのものの抜本的な輸送量増強に対応ができないため、1967年にEF63形と協調運転を可能にし12両編成まで碓氷峠を通過できる165系900番台を試作することになりました。

以上が、165系時代の上信越、新潟方面の急行の様相で、今回先に181系特急や185系新特急の歴史を見ているので、これらの列車が置き換えられていったことが分かります。

テキストはWikipediaの記事を参考に纏めました。

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コメント

やぶお

クハ415-1901さん、165系アルバム拝見です。
一人旅でプライバシーを侵されたくないなら、
特急のロマンスシートがいいですが、
急行ボックスシートの旅も捨てがたかったですね。
仲間や家族との旅行ならこれが最高。
乗り心地もいいし、冷房もついて廉価。
一人旅でも空いていればゆっくり楽しめました。

お写真は急行(佐渡)に運用中のシーンでしょうか。
惜しいのはHMがないことで、
ずぼらな私は写真にまったく記録がなく、
今振り返ってどの急行列車を撮ったのかわからなくなっている写真があります。

やぶおさん、おはようございます。

早速、コメントありがとうございます。

私もおなじで、あの頃、HM付きの特急列車はよく撮っていましたが、急行列車は何を撮っても同じで本当におざなりでした。

それが急に減りだしてあっというまに無くなってしまい、あの頃の記録はと写真を見ても何を撮っているのかよくわからず実は今回のシリーズでも公開を躊躇していました。

それでも鉄道ピクトリアル誌の特集などを見ながら編成の特徴などを理解して、何とかなるかと思って今回公開している次第です。165系と153系は外見的に区別はつきますが、165系と169系は区別が難しいですね。もしかしたら上野での写真は169系かも知れませんが(笑)。

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