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2013年8月20日 (火)

2013 夏 新潟の旅 5 新津区の機関車 C57 180

今回からは新津運輸区に関係する機関車です。

現在、新津区に所属する機関車は「SLばんえつ物語号」の牽引に活躍するC57 180号機1両のみです。

C57_180_hm_130810
2013/8/10のSLばんえつ物語号の運転では花火模様のHMが装着されていました。

当機は1946年8月8日に三菱重工三原工場で製造(製造番号=513)され、新潟局の新潟機関区に配属となっています。北は羽越本線秋田、南は信越本線直江津、東は磐越西線会津若松までを行動範囲としていました。新製配置直後は戦後混乱期の工作不良がたたってトラブルが続出していましたが、1958年のボイラー交換後は安定した性能を発揮し、急行「日本海」や「佐渡」などの長距離優等列車牽引に重用されました。

C57_180_130810
C57 180号機のボイラーには昭和33年1月、日立製作所の標示が 2013/8/10 新潟

1969年に無煙化の促進によって羽越本線での運用が大幅に削減され、磐越西線の旅客列車からの運用撤退によって新津機関区のC57形は大幅に減ることになりました。全般検査後1年だった同機は転属候補とされていましたが、鉄道の街・新津に蒸機を1両だけでも残したいとの声が新津機関区で上がり、それに新津市も賛同、保存機として同機が選ばれることとなりました。新津機関区生え抜きの他機を差し置いて同機が選ばれた理由は、番号の語呂が良く、D51 180C51 180も同区に長年在籍しており、180という数字に特別な思い入れがあったことや、癖や故障が少ないためだそうです。

同年9月30日に磐越西線での蒸機牽引による最終定期旅客列車を日出谷駅 - 新津駅間で牽引後、10月12日新津市立新津第一小学校の校庭の磐越西線側に静態保存されました。保存に際し、新津駅の引き上げ線を延長した仮設線路を校庭に敷設し保存場所まで自力で走行、市民や児童らの歓待を受け、同機自らによるくす玉割りや神事の後、惜別の長緩汽笛を何度も吹鳴したそうです。現役期間中の最終総走行距離は1,691,096.3kmでした。

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新山口(旧小郡)駅でも見かけましたが、こちら新津駅でも昔の字体の駅名標がSL列車をお出迎え 2013/8/8 新津

1990年4月、高崎支社のD51 498により「SLうるおいの新潟号」が運転されました。その後1996年から1998年までの3年間、磐越西線新津駅 - 津川駅にて同機やC58 363を使用した「SLえちご阿賀野号」が運転されました。これを機に新津市ではC57 180を動態復元しようという機運が高まることとなり、1997年新津市において「C57 180を走らせる会」が結成されました。復元に必要と見込まれた費用である2億円の半分を、市民らがオレンジカードを購入するなどして負担することとしました。

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新津駅1番線ホームの壁に掲示された「SLばんえつ物語号」の案内 2013/8/8 町全体がSLの復活運行に協力している姿が感じられます。

復元作業は1998年3月に開始、JR東日本大宮工場や大阪府のサッパボイラでの作業も1年後に完了、1999年3月に30年ぶりに車籍が復活しました。復元形態は運転終了時の状態をベースに、前照灯は前後とも大型で光量の大きなLP403形、運転台屋根は東北・信越地区に多く見られた延長型、砂箱前方には大型手摺と、静態保存時の部品の整備や交換がなされました。ランボードには、新津機関区伝統の白線が入れられています。新たに搭載された重油タンクや列車無線アンテナは、上方から見ない限り分からないように配慮されています。また、全車軸には温度センサーが取り付けられ、運転中は客車乗務員室から管理を行っています。炭水車には第一小学校の児童から贈られた記念のプレートが掲げられています。

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「SL春さきどり号」の出区風景 2009/2/15 木更津

私自身、C57 180は2009年2月に内房線の「春さきどり号」(本来D51 498牽引の予定でしたが、空焚き事故のためにC57180が急遽代走)や2009年8月に郡山駅で「SLばんえつ物語号」として撮影はしていましたが、本家本元の新潟駅での出発シーンは初めてでした。

C57_180_090823_21
2009/8/23 SL郡山会津路号 郡山

なお、この日の「SLばんえつ物語号」編成の新潟駅までのエスコートはEF81141(長岡)が務めました。同機は双頭連結器装備機で配給列車によく使われます。
2013年2月5日上越線で秋田に入場するDE101698を牽引中(配8759レ)、DE10が燃料タンクの出火を起こす事故に見舞われ、その後3月からは秋田に入場していましたが、6月に出場し、長岡区に戻っていたようです。因みにEF81コレクションにおいて、同機はこれまで未撮影機でした。

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SLばんえつ物語号の出発後、白山よりの待避線で待避していたエスコート機のEF81141号機も新潟駅構内を通過して、長岡方向に戻って行きました。 2013/8/10

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出発直前のC57180号機 この後、煙はどんどん黒くなり、風向きから前方で撮影している人間の方にシンダが降り注ぐことに 汗まみれのYシャツは墨汁の飛び散ったような状態になりましたが、あの蒸気の臭いを残してC57180は出発して行きました。

SLばんえつ物語号」、客車に関しては次回の当シリーズ記事で触れます。

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コメント

クハ415-1901さん、こんにちは。

引き続き新潟アルバムを拝見しています。
C57の180号機ですが、今でこそスタア扱いの機関車ですが、
そのむかしは長い間小学校に静態保存されていたのですね。
1969年に廃車で1999年復活ということは、
30年ほど小学校に展示されていたのでしょうか。
新津というと鉄道の町・・・そこの小学校に展示されていたとはすばらしいことで、
おそらく何人ものこの小学校の卒業生が、
蒸気機関車を遊びや勉強の対象として少年時代を過ごしたのですね。
その蒸気機関車が今や蘇って第一線で活躍をしているということは、
卒業生にとってこれほどのうれしさはありませんね。
真っ黒な煙を吐いて待機する姿・・・本線機関車としての誇りを感じます。

C57に従う客車ですが、12系で久しぶりの改造車がロ車とはうれしいです。
往年の展望室風のデザイン、
雑誌で確認すると重厚なシートを備えているようですね。
蒸気機関車の旅が一層楽しくなりますね。
私は撮って乗りたくなりました。

C57との出会いは撮り鉄ツアーの中でも興奮の一瞬ではなかったのでしょうか。
私なんぞこういう瞬間に出くわすと、
撮り鉄っていいなあ、生きていてよかったなあと感じるときであります。

やぶお さま、おはようございます。

早速、コメントをありがとうございます。

わたしも、今回の新潟旅行で最終日にC57180の運転があることに気づき、これは外せないと感じました。
いつも使っているビデオカメラは持って行かなかったのですが、最近購入した小型デジカメには動画撮影機能も付いていたので、出発シーンは即興で動画撮影もしました。
やはり、蒸気機関車の出発シーンはいつ見ても感動的ですね。

それと小学校に展示されていたSLが復活した件ですが、保存されるときも復活するときも町をあげて皆さんが感心を持って参加していることが非常に印象的ですね。

この話以来というわけではないのですが、日本全国には実に多くのSLが公園等に保存されています。先日の釜石線のC58239に続いて新たなSLの復活があるかも知れないと思うと、公園保存SLを記録しておくことも重要と考え、今回の新潟旅行でも新発田駅付近に保存されているD51に逢いに行きました。この件も、今回のシリーズでupdateする予定です。

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