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2013年9月 8日 (日)

保存中の都電5500形 荒川車庫おもいで広場の5501号

保存されている都電シリーズ、今回は荒川車庫おもいで広場の5501号です。

5501_130817
おもいで広場に保存されている5501号 2013/8/17

営業運転開始当初は「防振防音電車」と公式に呼ばれており、その他ベースになったアメリカの開発団体名から「PCCカー」とも呼ばれていました。PCCはElectric Railway Presidents’ Conference Committee(ERPCC)から由来しています。

1930年代後半頃、アメリカではモータリゼーションによる自動車の台頭に危機感を覚えた電鉄経営者たちによってPCCカーと呼ばれるさまざまな新技術を採用した高性能路面電車が開発され、1936年以降、全米各地の路面電車などに採用されていました。

都電5500形は日本の電車技術の水準向上を目指し、そのPCCカーの製造ライセンスを購入、当時のアメリカの最新技術を採り入れて製造した車両です。

5501と5502が最初に製造されていますが、まず5502がナニワ工機によって防音台車、無装架駆動方式で製造され、,続いてアメリカとのライセンス生産による純正PCCカー5501号が落成しました。これらは都電初、日本でも国鉄キハ44000形1952年:直角カルダン)、東武鉄道モハ5720形1953年3月:直角カルダン)、京阪電気鉄道1800型1953年7月:中空軸平行カルダンおよびWNドライブ)に次いで4形式目のカルダン駆動車でした。

5501 1954年5月29日竣工。ナニワ工機製
5502 1953年11月21日竣工。ナニワ工機製

5501はその先進的な機器が祟って故障が多く、また足踏みペダル操作など特殊な操作方法を求められたために乗務員からも不評を買ったそうです。そのため、増備車はPCCカーのライセンスを使用せず、5502を改良したものとすることとなり、以下の5両が製造されました。
5503・5504 1955年11月竣工。ナニワ工機製
5505 - 5507 1955年12月竣工。ナニワ工機製

これら7両は、同じく試作機器を搭載する6500形6501および7000形7020と共に機器の特殊性から芝浦にあった交通局車両工場に最も近い三田車庫に配置され、幅広の大型車体であったため運用可能路線が限られたことから、直線主体の経路で以前から車体幅の広い5000形が運用され、しかも都内有数の繁華街である銀座を経由する1系統(品川駅前 - 三田 - 銀座四丁目 - 日本橋 - 須田町 - 上野駅前)限定で運用されました。

正規のPCCカーである5501においては、高額の特許使用料がネックとなって艤装図面を購入しなかったことにより、制御器限流リレーの不確実動作が頻発したほか、主電動機・機器室への冷却風量不足などが問題となりました。台車も製造ミスによるビビリ振動が発生するなど、トラブルが当初頻発しました。これらのトラブルは日本国内の他社局に純正PCCカーの製造を断念させる一因となりました。

また、5501のペダル式マスコンによる力行・制動操作は、この方式を採用するのが同車のみであったために習熟する機会が少なかったことなどから乗務員に嫌われ、1960年に車両工場で通常の縦軸マスコンに改造されました。

本形式の集電装置は当初菱枠パンタグラフでしたが、5503は新造後間もない1956年3月にZパンタグラフへ換装、その後1958年6月以降5503を含む全車がビューゲルに換装されました。

本形式は製造後12年から14年の間、東京都電の看板電車として運用されましたが、1967年12月の第1次都電本格撤去に伴う1系統廃止の際、特殊な機器を備え運転も保守も共に難しく、また車体が大きく他車庫・他系統への転用が難しかったことから、車体寸法面で運用可能系統の制約はないものの、本形式と同様の事情で運転・保守に難のある6501・7020と共に廃車されました。

5501_130817_2
おもいで広場に展示されている5501号の説明

その後、トップナンバーである5501については1系統ゆかりの地である上野公園にて保存展示の措置がとられましたが、それ以外は全て三田車庫で解体処分されました。

こうして保存された5501でしたが、上野公園では野外で屋根を設けず展示され、しかも塗装の塗り替えなどのメンテナンスも満足に行われなかったため、時が経つにつれて荒廃が進みました。

そのため、1989年に荒川電車営業所に移送され、1991年に一度修復を行いました。しかし、それからも歳月が経過し、近年は倉庫代わりとなって吊り手などの部品を愛好者向けに売却、荒川車庫の片隅に雨ざらしで放置され、車体が相当に腐食していましたが、東京都交通局では再度修復の上、荒川車庫内に専用スペースを設けて静態保存することとなりました。

これに伴い荒川車庫から2007年3月中に搬送され、車体を修復の上、同年4月に荒川車庫隣の展示予定スペースに搬入され、5月26日より「都電おもいで広場」としてギャラリーを兼ねた形で7500形7504号とともに土・日曜日、祝日、振替休日のみ公開されています。

以上、Wikipediaの記事を参考に纏めました。

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