« 西武鉄道 赤電の時代 451系 その2 4連の登場 | トップページ | 2013 夏 新潟の旅 13 EF510 基本番台 8号機 »

2013年10月19日 (土)

1985年3月の改正 485系 「くろしお」の1年半 

ここ数ヶ月はEF510の紹介、公園蒸気、西ベルリンの思い出、西武の赤電の4本のシリーズで回してきましたが、今回からさらに一本、国鉄末期の485系をシリーズに加えようと思います。

\2012年11月1日の記事で、381系くろしお」の特集をしました。その際にはきちんと触れませんでしたが、1985年3月14日のダイヤ改正で、急行「きのくに」が廃止となり、特急「くろしお」が4往復増発されました。その4往復分は、日根野電車区に配置されていた381系では対応できなかったため、東北新幹線開業等で余剰気味だった東北地区の485系モハユニットと南福岡区の貫通型200番台クハ、この改正で新たに登場したクハ480の種車として向日町に配置されていたサハ481や金沢のサハ489が集められ、投入されることとなりました。

485_481200_850421
鳳を通過する485系「くろしお」 1985/4/21

しかし、交直両用車両である485系による直流区間のみの特急運用には多くの批判が寄せられ、また特急化されたにもかかわらず381系で運転される「くろしお」とは約90分の所要時間差があり、気動車急行時代と変わらないのではといった苦情も寄せられ、運転開始から僅か1年半後の1986年11月1日の国鉄として最後のダイヤ改正で、見直されることとなりました。

特急「やくも」の編成短縮により捻出した381系のコンバートで、「くろしお」は381系に統一されることとなり、485系は九州の「みどり」、福知山の「北近畿」などに転用されることとなりました。

485_480_850421_2

4両編成の485系を併結した形態で運用され、天王寺側のクハは当時はかなりサプライズに見えたクハ480形となりました。 1985/4/21 鳳

まず、「くろしお」4往復のために、4両編成の485系(Tc-M'M-T'c)11本が準備されることとなりました。

このときの車両の動きですが、

モハユニット(モハ485+モハ484)
仙台から
225-604, 226-605, 227-606, 228-607, 249-608, 250-609,   
青森から
251-610, 252-611, 253-612, 254-613, 255-614

<モハ484-600番台>後期タイプの200番台に車掌室と業務用室を設置したタイプで定員64名、編成中央部に車掌室付きのモハ484が必要になったため、製造されたもので、これら以外に134-601, 145-602, 224-603といったユニットで製造されたため、485系のユニット間の数字のズレがややこしくなりました。601、602を含むユニットは1982年に盛アオから鹿カコに転出、603を含むユニットは1984年に仙センから水カツに転出しています。

クハ481
南福岡から 201, 203, 204, 205, 207, 208, 209, 210, 211, 212, 217
(アンダーラインは拙blogでも何度も触れてきた試作の自動解結装置搭載のクハですが、1976年頃、既に取り外し済み)

今回、天王寺向きクハとしてクハ480が改造で登場し、その種車は
サハ481-12   => クハ480-1 向日町
サハ481-13   =>  クハ480-2 向日町
サハ481-14   =>  クハ480-3 向日町
サハ481-15   =>  クハ480-4 向日町
サハ481-16   =>  クハ480-5 向日町   
サハ481-17   =>  クハ480-6 向日町   
サハ481-18  =>  クハ480-7  向日町
サハ481-19   =>  クハ480-8  向日町
*サハ489-201 =>  クハ480-9  金沢
*サハ489-204 =>  クハ480-10 金沢
*サハ489-252 =>  クハ480-11 金沢  
  

*サハ489-201は1973/5/8 サハ489-1から改造(CP取り付け)、 
*サハ489-204は1973/5/31 サハ489-4から改造(CP取り付け)、
*サハ489-252は1973/4/1  サハ489-52から改造(CP取り付け)、1972/11/9 サハ481-2に横軽協調装置取り付け

種車のエアコンのタイプがそのまま流用されているため、クハ480-4~8はAU13Eタイプなのに対して、1~3, 9~11はキノコ型AU12タイプとなりました。

485_860818_4
紀伊田辺で休む485系 4連併結編成 1986/8/18 よく見ると手前のクハ480はAU13型、奥のクハ480はAU12型のエアコンであることが分かります。

改造により登場したクハは4両編成と短編成用となったため、MG、CPの搭載は見送られ、クハ480となりました。

当時の「くろしお」の運用です。データはいつもの通り、「485系の動き 配置および編成・運用の移り変わり」の情報を参考に致しました。

←新宮
TcM'MTc1×11 所要8(臨時+3) Tc1:Tc480
くろしお(4)(併結+3,臨時+3)
 日根野‥天王寺20002222白浜‥紀伊田辺
 紀伊田辺653739周参見744826紀伊田辺‥白浜10501320天王寺14001836新宮20122122串本
 串本631740新宮751817紀伊勝浦‥新宮12141643天王寺18002130串本2231新宮
 新宮550串本6511027天王寺‥日根野
 日根野‥天王寺10301253白浜14201643天王寺18002026白浜‥紀伊田辺
 紀伊田辺‥白浜10501320天王寺14001621白浜‥紀伊田辺21262206周参見
 周参見620712紀伊田辺‥白浜7571027天王寺‥日根野
 日根野‥天王寺10301517新宮16262050天王寺21212158日根野
 天王寺7201145新宮13551822天王寺
 天王寺11301351白浜15381805天王寺
 天王寺9031129白浜14001622天王寺

閑散期は4連、多客期は8連で運用されるため、貫通扉一枚の貫通式となり、この運用で初めて200番台クハの貫通機構が本格的に使用されました。

485_480_850421_2_2
天王寺駅高架ホームに入線した485系「くろしお」 クハ480の特急シンボルマークは当初は立体的なものを付けていたようですが、貫通路使用時に通行に支障をきたすため、短期間で平面的なものに交換されたとのことです。

1986年11月改正では、
モハユニットはすべて福知山に転出
クハ481-201, 204, 205, 209, 211, 212 は福知山に -203, 207, 208, 217は南福岡に
クハ480-6, 8,はそのまま福知山へ(-8、-6はMG(210kVA、CPを搭載してクハ481-801, 802へ)、
クハ480-5は160kVAのMGを搭載してクハ481-851に改造後、福知山へ、(MGの容量の違いで50番台の区別をするのはクハ183-150などでもありました。)
クハ480-1, 2, 3, 4, 7, 9, 11は南福岡に転出しました。

「くろしお」の運用は順次381系に置き換えられました。
日根野電車区における485系の配置はこの期間だけとなりました。福知山に転属した485系はその後、仲間を増やして、1990年代に入ると七尾線交流電化で113系の交直両用化(415系800番台)をするため、交流機器を渡したり、使用停止したりして183系となりました。

485_850421_2
1972年にクハ481-200番台が登場して13年目にして初めての貫通システムの本格的使用となりました。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村 最後まで読んで戴きありがとうございます。
上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村に飛ぶことができます。

« 西武鉄道 赤電の時代 451系 その2 4連の登場 | トップページ | 2013 夏 新潟の旅 13 EF510 基本番台 8号機 »

電車481/483/485/489系」カテゴリの記事

コメント

485系(くろしお)・・・出ましたね!!
1年半という短い活躍期間だったのにもかかわらず、
よく撮影されたと思います。
クハのバラエティは眼を見張ります。
今回の一連のお話で、キノコ型クーラーをつけたクハ480の存在を初めて知りました。

やぶおさま、こちらにもコメントありがとうございます。

たまたま1986年の夏に白浜方面に出かける機会があったもので、撮影できました。

まさか、一年半で消えてしまうとは撮っている時点では想像も出来ませんので、わたくしもこの件に関しては大変ラッキーだったと思います。

初めまして、今年度の改正で、381系で運転される新宮方面行きの「くろしお」が
非振り子車である683系に置き換えられることとなりましたので、
当時の485系ダイヤと比較してみたいと思い、こちらに参りました。

新たに683系で運転される予定の「くろしお」のダイヤは次のとおりです(天王寺-新宮間)

天王寺921-1313新宮(3:52)/新宮1427-1832天王寺(4:05)
天王寺1317-1711新宮(3:54)/新宮1732-2132天王寺(4:10)
天王寺1517-1710新宮(3:53)/新宮835-1234天王寺(3:59)
天王寺1921-2334新宮(4:13)/新宮1029-天王寺1434(4:05)

と、485系時代よりはかなり改善されてるように思います。

381系と比べると新宮方面行きが平均8~9分、新大阪方面行きが平均4分程度
所要時間が延びるそうです。

はじめまして。

今回のダイヤ改正で「しらさぎ」に使用されていた683系2000番台が紀勢本線の「くろしお」に転用されるのですね。わたしも1ヶ月程前にどなたかのblogで拝見しましたが、早速、新ダイヤでどれくらい時刻が変化するか、貴重なデータをありがとうございます。

非振り子式といえど、485系の時代に比べると時刻の短縮効果はあるのですね。

ぜひ、HNを宜しくお願い致します。今後も宜しくお願い致します。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1985年3月の改正 485系 「くろしお」の1年半 :

« 西武鉄道 赤電の時代 451系 その2 4連の登場 | トップページ | 2013 夏 新潟の旅 13 EF510 基本番台 8号機 »

カテゴリー

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
フォト
無料ブログはココログ

日本ブログ村

  • 日本ブログ村