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2013年10月27日 (日)

西ベルリンの思い出 TWA Boeing 727-31 N844TW

西ベルリンのテーゲル空港で撮影した旅客機のシリーズ、今回はTrans World Airlines (TWA)の2回目です。前回の記事で紹介したように、TWAはアメリカの老舗のエアラインとして様々なサービスを展開してきました。今回はそれらの中でも画期的だったもの、新しい機材の導入と関連するものを選んで紹介してみたく思います。

因みに10月25日は「民間航空の日」なんですね。そのいわれは~戦後最初の国内民間航空会社として設立された日本航空が、一番機の「もく星号」で東京~大阪~福岡間の運航を開始した。~のだそうですが情報のソースはこちら)。航空関係の番組、特に”メーデー航空機事故の真実と真相”などをよく見ているNational Geographic Channelで航空番組の特集をやっていてわかりました。

拙Blogを開始したのが2012年10月25日なんですが、1年たってそういう日であったと気づきました。

N844tw_cn_1875_587_boeing_72731_881
N844TW (cn 18755/87) Boeing 727-31 1988/10/23 TXL

1932年9月20日:TWAとダグラス社は全金属製の双発機Douglas Commercial Model (DC-1)の開発で協力することに調印

1933年12月:唯一製造されたDC-1がTWAに納入されました

1934年5月18日:DC-1の量産型であるDC-2とその発展型のDC-3がTWAのコロンバス~ピッツバーグ~ニューアーク線に投入されました

1935年12月6日:世界最初のキャビン・アテンダント(職業的には看護師)がair hostessesとしてTWA機に搭乗

1937年6月1日:機内サービスに寝台が登場

1940年:機内サービスに商業ラジオ放送を個々のレシーバーで聴くことができるオーディオサービスを導入

1940年6月8日:全天候型与圧キャビン機のBoeing 307Stratolinerを導入、東西海岸間のフライトを13時間40分で運航

<Boeing 307>

10機が製造された与圧キャビンの最初の旅客機。主翼、尾翼、降着装置はBoeing社が製造した爆撃機・B-17のものが流用されました。 初飛行は1938年12月31日で、1940年ごろまでアメリカと南米を結ぶ路線に就航していました。商業的には成功したとはいえませんが、第二次世界大戦にアメリカが参戦すると軍用に徴発され、5機がC-75輸送機として運用されました。

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表1 Boeing 307型機のProduction List :   Boeing 社のProduction Listから抽出して作成 10機製造されたうち、5機がC-75になっているのがわかります。cn 2003の機体はPan Amで使用されていた機体で前回、ご紹介したスミソニアン航空宇宙博物館で展示公開されています。

1944年4月17日ロッキードL-049コンステレーション機により、カリフォルニアBurbank(ロッキード社の工場)とワシントンDCを6時間57分で飛行する。当時の最速記録を樹立

1946年2月5日ロッキードコンステレーション機により、大西洋横断路線 New York~Gander~Shanon~Paris線と運航

1946年5月1日:大西洋横断路線にリスボン、マドリード線も追加

1947年1月30日:大西洋横断便に全貨物便も投入

1948年10月1日:New York~Paris間のスーパーラグジャリーサービスとしてParis Sky Chief (Paris =>NY), New York Sky Chief (NY => Paris)を導入

1953年10月19日L-1049スーパーコンステレーション機により、東行きノンストップ便Los Angels発New York行き8時間運航を開始、西行きの便は向かい風のためシカゴで給油のため着陸

1957年1月3日:TWA機は世界ではじめて機内で入れたコーヒーを提供

1957年9月29日L-1649Aコンステレーション機(スターライナー)により、Los Angels~London間の北極通過便を設定

1959年3月20日Boeing 707-131機を使ったジェット便をSan Fancisco~New York間に運航(American航空のLos Angels~New Yorkに対抗するもの)同時にConvair 880機も導入

1961年6月30日:機内映画上映システムを導入、最初に上映された映画はLana Turner主演の"By Love Possessed"

1962年10月1日:ドップラーレーダーシステムの導入によるナビゲーターなしの完全自動化による大西洋横断フライトの実現

1964年6月1日Boeing 727機を導入

Table_2_twa_boeing_727100
表2 TWAがオーダーしたBoeing 727 -100typeのリスト 直接オーダーした物とBank Trustによるオーダー(-80)があります。

1965年10月4~5日
:ローマ法王パウロVI世のニューヨーク訪問の帰路にTWAのチャーター便が使用されました

1967年4月6日:最後のコンステレーション機が旅客便から引退して、TWAは最初の保有機がジェット機のみの航空会社に

1969年8月1日:太平洋横断ルートも運航し、世界一周便も開設

1970年2月25日:Los AngelsからNew York間ノンストップでBoeing 747を運航アメリカで最初のBoeing 747によるサービスを提供

1970年7月1日:最初の航空会社として禁煙セクションを設定

1972年6月25日ロッキードL-1011トライスターを導入。St. LouisからLos Angelesまでの最初のフライトでは離着陸をオートパイロットで実行

1982年12月3日:Los Angeles~Washington DC Dulles間にBoeing 767を導入

1985年:業界初のETOPS(extended- range twin-engine operations)による運航で大西洋横断便をBoeing 767機で設定

1986年10月26日Ozark航空を買収

<Ozark 航空>
1943年にミズーリ州スプリングフィールドで創設され、1945年1月からスプリングフィールドとセントルイス間をBeech 17 Staggerwingsで運航し始め、後年Cessna AT-17 Bobcatに置き換えられました。免許の失効により、新たにParks Air Linesを買収し、DC-3によりセントルイスを中心にインディアナポリス、ウイチタ、ナッシュビル等へ運航を開始しました。1960年には Fairchild F-27が、1964年にはMartin 4-0-4がフリートに加わりました。1966年からはDC-9-10によるジェット機時代となり、従来のDC-3やF-27はFairchild Hiller FH-227に置き換えられました。さらにDC-9-31/32DC-9-40で増強され、1984年にはMD-82が導入されました。

1980年代半ば、Ozark航空とTWAとは両者ともSt.Louisをhubとする航空会社の関係で統合の話し合いが持たれ、1986年9月12日に統合が承認されました。

1987年9月10~21日:ローマ法王ヨハネパウロII世はTWA Boeing 727, 747 L-1011機で訪米 (1995年10月の訪米でもBoeing 767-300機を使用)

1995年10月:新塗装導入を発表

1996年2月12日Boeing 757-200型機 20機の導入予定を発表

1996年7月16日MD-83 型機15機の発注をアナウンス

1998年2月20日Boeing 747型機のリタイア完了、これ以後はBoeing 767が大陸間横断用機に(これは記憶にも残っているアトランタオリンピック直前に発生したTWA800便Boein747型機の空中爆発事故での老朽ジャンボ機の早急なリタイア計画を反映したものかと思われます)

1998年4月22日MD-83型機 24機の発注をアナウンス

1999年11月3日TWE(Trans World Express) としてRJ機を運航しているインディアナポリスをベースとしたChautauqua Airlinesとの間で2000年夏シーズンから新たなサービスの展開を発表

1999年12月1日クウェート航空とのコードシェア(シカゴ~JFK~クェート)

N844tw_cn_1875_587_boeing_72731_8_2
N844TW 1988/12/4 TXL

1998年12月9日:航空会社史上最大となる125機のB717, A318とA320ファミリーの発注(とオプション125機)を発表

1999年12月21日:同社にとっては最後の双発機導入で1932年以来、67年間にわたるDouglas=>Boeing社とのパートナー関係に幕がおろされる

2000年2月:最初のBoein717-200を受領、同機を50機(オプションで50機)発注していました

アメリカの航空会社の中でも歴史が長く、かつ航空家で大富豪であったハワード・ヒューズが経営に参加していたため、積極的に旅客機の開発にも関わっていた点がこの航空会社の大きな特徴であったと思います。

次回はこの航空会社が関係した事故について触れようと思います。

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