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2013年11月 3日 (日)

日本海縦貫線の昼の女王 特急「白鳥」 その1 登場から1982年11月の改正まで

今回からは、1961年10月1日から、2001年3月2日まで、大阪~青森間1052.9kmを走り、日本海縦貫線の昼の女王といわれた特急「白鳥」について触れようと思います。

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柏崎付近を行く 4002M 特急「白鳥」 1975/11/3

ついこの前のような感じがしますが、かれこれ38年前の写真になるのですね。青森・大阪寄りの先頭車が300番台クハ、新潟寄りの先頭車が200番台クハでした。
当時のダイヤでは柏崎は通過で、長岡12:03、直江津13:00でした。青森発4:50、大阪着18:45でしたから行程の半分を超えたあたりですね。

私自身の特急「白鳥」との最初の出会いは、このblogの2012年10月25日の記事で記述した北海道向けの485系1500番台がならし運転のために投入された1974年秋のことでした。1972年8月5日の日本海縦貫線の全線電化で、同年10月から485系特急化されて2年経過した頃のことですが、いつもの通り、その登場以前からの歴史を追ってみましょう。

日本海縦貫線が全通したのは、1924年7月31日に羽越本線の村上駅 - 鼠ヶ関駅間が開業した時です。開業と同時に、早速神戸駅 - 富山駅間の急行列車を延長して神戸駅 - 青森駅間を結ぶ急行列車が設定されました。全区間が急行列車化されたのは、1926年8月15日でした。

1929年9月15日、運転区間が大阪~青森に変更となりますが、戦局の悪化により、1943年2月1日には廃止されました。

1947年7月5日、大阪~青森間で急行列車の運転が再開され、同列車は1950年11月8日日本海」と命名されました。1961年2月9日には羽越本線を走行中に崩れた土砂に乗り上げ牽引機C571号機が大破する事故などもありましたが、同列車は1968年10月1日の改正で、急行「きたぐに」と20系寝台特急「日本海」に発展しました。

一方、1961年10月1日のダイヤ改正では、キハ82系気動車を利用した特急「白鳥」が大阪~青森、大阪~上野間にデビューしました。前者を青森白鳥、後者を信越白鳥と国鉄内部では区別していたようです。

青森白鳥 青森行き2001D/大阪行き2002D
信越白鳥 上野行き4002D/大阪行き4003D 信越本線経由

青森白鳥の受け持ちは大ムコ

←長崎、宮崎、松江、青森
DcDsDdDDDc×13 所要10
白鳥(1)、かもめ(1×2)、みどり(1)、へいわ(1)、まつかぜ(1)
 大阪18002240広島
 広島7301210大阪13402235博多
 博多7251620大阪
 京都8002005長崎
 長崎9502200京都
 京都8002200宮崎
 宮崎8002200京都
 大阪8052350青森
 青森5202112大阪
 京都7301405松江15002135京都

キハ82形 8, 9,18,19,20, 21,22,23,26,27,28,29,30,31,32, 33,34,35,36,37, 38,39,40,41,42, 43  以上26両
キハ80形 15,16,22,23,24, 27,32,33,36,37,38,39,40,41,42, 43,44,45,46,47
48,49,50,51,52, 53   以上26両
キロ80形 9,11,13,14,19, 20,21,22,23,24, 25,26,27 以上13両
キシ80形 6, 7, 8, 9,13, 14,15,16,17,18,19,20,21   以上13両

信越白鳥の受け持ちは北オク

DcDsDdDDDc×5 所要4
つばさ(1)、白鳥(1)
 上野12302100秋田
 秋田8101640上野
 上野8502112大阪
 大阪8052035上野

Dc×2 Dc×1 D×5 Ds×2 Td×1 Dd×1

キハ82形 1, 2, 3, 4, 5,10,11,14,15,24,25 以上11両
キハ80形 13,14,17,18,19,20,21,30, 31,34,35  以上11両
キロ80形 7, 8,10,12,16,18 以上 6両
キシ80形 2, 3, 4, 5,11,12 以上6両 
(特急「はつかり」用の車輌分は除く)

青森では青函連絡船深夜便(1/2便)を介して、北海道内の特急「おおぞら」(1D/2D)と接続するダイヤでした。

1963年6月1日の改正を前に尾久から
キハ82形 1, 2, 3, 4, 5
キハ80形  13, 14, 17, 18, 19
キロ80形 7, 8
キシ80形  2, 3

が大ムコに転属し、信越白鳥の担当も大ムコになりました。

この間に大ムコのキハ80系は1962年7月から9月にかけて一部、函ハコへの転出があったものの、続々と新製配置があり、1964年10月の時点ではキハ82形37両、キハ80形54両、キロ80形19両、キシ80形16両の体制となっていました。

←長崎、宮崎、青森
DcDsDdDDDDc×12 所要10
白鳥(1×2)、かもめ(1×2)、みどり(1)
 大阪8152020上野
 上野9052107大阪
 大阪8152347青森
 青森5202107大阪
 京都8002008長崎
 長崎9502200京都
 京都8002201宮崎
 宮崎8002200京都
 新大阪10302135熊本
 熊本8301935新大阪

DcDsDDDDc×2 所要2
みどり(付属1)
 新大阪10302110大分
 大分9101935新大阪

DcDsDdDDDc×3 所要2
まつかぜ(1)
 京都7302055博多
 博多8202140京都

DDDc×2 所要1
まつかぜ(付属1)
 京都7301333米子15342140京都

Dc×1 D×2 Ds×2 Dd×1

関西を中心に北は青森から南は熊本まで広域運用であったことが分かります。

1965年10月1日のダイヤ改正では信越白鳥は「はくたか」と名前を変え、独立しました。これ以降の「はくたか」の歴史は2013年1月26日の記事に記載しました。

←上野、金沢
DcDsDdDDDDc×2 所要2
はくたか(1)
 金沢13002100上野
 上野7401530金沢

Dc×2 D×2 Ds×1 Dd×1

1965年6月から10月にかけて、キハ82-1, 2, 3, 4, 5, 8、キハ80-13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 22、キロ80-7, 8, 9、キシ80-2, 3, 6が金サワに転出しました。この時が金沢運転所初のキハ80系の配置となり、「はくたか」、臨時「雷鳥」(1967年1月から)、「ひだ」(1968年10月から)を受け持ちますが、1969年10月には「はくたか」が電車化され、1975年3月には「ひだ」は名古屋移管となり、同所のキハ80系配置の歴史は幕を閉じました。

一方、大ムコの運用は白鳥の基本編成は独立運用となり、付属編成は特急「まつかぜ」と共通運用となりました。

DcDsDsDdDDc×3 所要2
白鳥(1)
 大阪8002335青森
 青森4402040大阪

DDDDc×6 所要5
まつかぜ(付属1)、白鳥(付属1×2)
 京都7301334米子15362150京都
 大阪8001640新潟
 新潟11452040大阪
 大阪8002335青森
 青森4402040大阪

1970年3月1日の大阪万国博覧会に対応した改正では、基本編成はこの改正から登場した特急「やくも」(新大阪~浜田)と共通運用化され、付属編成は独立と「やくも」と共通に分けられました。

DcDsDsDdDDDc×5 所要4
白鳥(1)、やくも(1)
 大阪8402340青森
 青森4552003大阪
 新大阪12002022浜田
 浜田8201633新大阪

DDDDc×3 所要2
白鳥(付属1)
 大阪8402340青森
 青森4552003大阪

DDc×4 所要4
白鳥(付属1)、やくも(付属1)
 大阪8402340青森
 青森4552003大阪
 新大阪12002022浜田
 浜田8201633新大阪

山陽新幹線岡山開業の1972年3月15日の改正が気動車特急「白鳥」としての最後の改正となりましたが、

←長崎、宮崎、新潟
DcDsDdDDDDc×7 所要6(臨時+1)
かもめ(1)、なは(1)、まつかぜ(1)、あさしお(臨時1)
 京都7301912長崎
 長崎10302225京都
 大阪7252109西鹿児島
 西鹿児島9052243大阪
 京都7202050博多
 博多8152150京都
 京都8261226鳥取15321934京都

DcDsDDDDc×7 所要7
かもめ(付属1)、日向(1)、まつかぜ(1,付属1)、はまかぜ(2)
 京都7301848佐世保
 佐世保10502225京都
 大阪7252042宮崎
 宮崎9302243大阪
 京都7201210鳥取12461704大阪18002217鳥取
 鳥取6301044大阪12101624鳥取16552150京都
 新大阪9251417倉吉14421940新大阪

DcDsDsDdDDDc×3 所要2
白鳥(1)
 大阪9102350青森
 青森4551930大阪

DDDDc×3 所要2
白鳥(付属1)
 大阪9102350青森
 青森4551930大阪

DcD×3 所要2
白鳥(付属1)
 大阪9102350青森
 青森4551930大阪

D×1 Ds×1 Dd×1

この時刻を1965年時点の時刻と比較すると、青森側の時刻は青函連絡船の接続等の関係でほぼ固定されているのに対して、大阪側の時刻はスピードアップの効果が出ているのが分かります。

485_481200_791223
大阪駅11番線に入線する200番台クハの4001M 特急「白鳥」 1979/12/23 
当時のダイヤでは白鳥は青函連絡が考慮されていたため、大阪発は10:20と比較的遅めの出発でした。1978年のダイヤ改正前後から愛称幕は絵入りに。

かくして、特急「白鳥」は1972年10月2日の改正で1961年以来の気動車特急から電車特急に生まれ変わる訳ですが、サンロクトウの改正で日本全国にデビューしたキハ82系特急のうち、この時点で電車化されていたのは1年弱で「つばめ」に置き換えられた「へいわ」(大阪~広島)、1967年10月の改正で581系電車化された「みどり」(大阪~博多)、1965年10月改正483系電車化された「ひばり」(上野~仙台)でした。

1972年10月2日の日本海縦貫線電化完成によるダイヤ改正で、特急「白鳥」は盛アオ所属の485系が担当することになりました。

←上野、新潟
TcTsTsM'MM'MTdM'MM'MTc×2 所要2
白鳥(1)
 青森4501848大阪‥向日町
 向日町‥大阪10102350青森

TcTsM'MM'MTdM'MM'MTc×8 所要7
いなほ(2)、やまびこ(1)、ひばり(4)
 青森7301739上野‥東大宮
 東大宮‥上野9001257仙台14051804上野‥東京18552254仙台
 仙台8101204上野13001904盛岡
 盛岡9001504上野17002056仙台
 仙台9101309上野14302203秋田
 秋田6101339上野14001758仙台18502244上野‥東大宮
 東大宮‥上野10302035青森
 休

M'M×2 Tc×4 Ts×1

「白鳥」の編成はグリーン車2両組み込みの関係から他の東北特急とは区別された編成となっておりました。なお、「いなほ」の運用が東北特急編成の盛アオとの連絡運用であったことは、2013年7月19日の記事でご紹介した通りです。

1972年5月頃から、盛アオに485系が配置となり、10月の時点では

モハ485形 59,  60,  61,  68,  69,   70,  71,  75,  76,  77, 78,  79,  80,  81,  89,   90,  91,  92,  93,  94, 95,  96,  97,  98,  99, 100, 101, 102, 103, 104, 105, 106, 107, 108, 109,
110, 111, 112, 113, 114, 115, 116

モハ484形 59,  60,  61,  68,  69, 70,  71,  75,  76,  77, 78,  79,  80,  81,  89, 90,  91,  92,  93,  94, 95,  96, 201, 202, 203, 204, 205, 206, 207, 208, 209, 210, 211, 212, 213,
214, 215, 216, 217, 218, 219, 220 (以上42ユニット)

クハ481形 113, 114, 115, 116, 117, 118, 123, 124, 125, 126, 201, 202, 203, 204, 205, 206, 207, 208, 209, 210, 213, 214, 219, 220 (以上24両)

サロ481形 40,  43,  44,  45,  50, 51,  52,  53,  54,  55, 56,  57,  58 (以上13両)

サシ481形 32, 34, 35, 38, 39, 40, 41, 42, 43, 44 (以上10両)

といった配置となっていました。

485_481300_800805
鶴形~東能代間のカーブをゆく4002M特急「白鳥」 1980/8/5

この中でも興味深いのはボンネット型クハの100番台が配置されていたことですが、クハ481-200番台の新製配置とともに、大ムコに転出して行き、1973年4月の時点ではすべて-200番台になってしまいました。これは当時、東北特急に分割併合の構想があり、貫通型の-200番台を優先して投入したそうですが、結局、先日の485系「くろしおで使用されるまで-200番台の貫通扉は開かずの扉でした。今から思えば、あのままボンネット型クハが残存していたら東北特急のイメージも大きく変わっていたのではと思います。

485_481300
同じく鶴形~東能代間のカーブを行く4002M 特急「白鳥」

その後、1974年4月から6月にかけて、書類上は札幌運転区に配置された485系1500番台が慣らし運転のため、盛アオに貸し出され、「白鳥」編成に投入されました。1500番台はモハユニット(1501~1507)、クハ(1501~1508)のみの小世帯のため、在来の485系と混成の編成を組み、愛称幕もシールを貼っての対応となりました。約1年間のならし運転のあと、1975年3月には北海道に渡りました。

1975年3月10日の新幹線博多開業の改正では前年に開業した湖西線の本格使用が開始され特急「白鳥も山科~近江塩津間が湖西線経由となりました。

1978年10月2日の改正からは、盛アオに485系最後のモデルとなった1000番台が投入されました。と同時に、これまで「白鳥」編成と「はつかり」「いなほ」「やまびこ」「ひばり」編成はグリーン車の連結から区別されて来ましたが、その区別が無くなり、共通運用化されました。また、ヘッドマークがイラストマークに変更されました。

←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要17
白鳥(1)、いなほ(1)、やまびこ(4)、ひばり(4)、はつかり(3)
 休
 青森4531343上野14332101盛岡
 盛岡6401313上野14301845仙台‥岩切
 岩切‥仙台7581219上野13001715仙台18282243上野‥東大宮
 東大宮‥上野13332225青森
 青森4501825大阪‥向日町
 向日町‥大阪10182350青森
 青森11202009上野‥東大宮
 東大宮‥上野9331601盛岡
 盛岡9161543上野16332259盛岡
 盛岡8161443上野1530013青森
 青森12552142上野‥東大宮
 東大宮‥上野6331301盛岡14162043上野‥東大宮
 東大宮‥上野10001415仙台15582013上野‥東大宮
 東大宮‥上野10502145青森
 休
 青森8071833上野‥尾久
 尾久‥上野9001315仙台14581913上野‥尾久
 尾久‥上野8331725青森

M'M×1 Tc×2 Ts×1

1980年10月には1975年夏から北海道で活躍していた485系1500番台が、485系は北海道の冬には対応不可能と判断され、盛アオに転属となりました。

485_4811500_811010
鶴形~東能代間を行くクハ481-1500番台を組み込んだ4002M「白鳥」 1981/10/10

1982年6月23日の改正では東北新幹線の部分開業で、特急「やまびこ」が廃止され、それまで東北路を走っていた車輌が別の活躍の場を求めて、転出して行き、

←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×22 所要14
白鳥(1)、いなほ(1)、ひばり(5)、はつかり(3)
 休
 青森4531343上野14301845仙台‥岩切
 岩切‥仙台7581219上野13001715仙台
 仙台10581513上野16002015仙台
 仙台8581316上野1530013青森
 青森12552142上野‥東大宮
 東大宮‥上野13332225青森
 青森11202009上野‥東大宮
 東大宮‥上野8001215仙台15582013上野‥尾久
 尾久‥上野8331725青森
 休
 青森4501825大阪‥向日町
 向日町‥大阪10182350青森
 青森8071833上野‥尾久
 尾久‥上野9001315仙台17582213上野‥東大宮
 東大宮‥上野10502145青森

M'M×1 Tc×2 Ts×1

1982年11月15日の上越・東北新幹線開業による改正では、特急「白鳥」は急行「しらゆき」の格上げで2往復になりましたが。

←上野、新潟
TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×6 所要4
白鳥(1)、鳥海(1)
 休
 青森4501825大阪‥向日町
 向日町‥大阪9552351青森
 青森7561834上野‥尾久
 尾久‥上野10302113青森

TcM'MM'MTsM'MTc×11 所要8
白鳥(1)、いなほ(5)、はつかり(3)
 休
 青森9552159福井‥南福井
 南福井‥福井5481803青森
 青森453715盛岡8301105青森13021940新潟‥上沼垂
 上沼垂‥新潟7201124秋田13461740新潟19052306秋田
 秋田8291230新潟15151920秋田
 秋田534939新潟12051613秋田17202122新潟
 新潟9051550青森
 青森7401015盛岡11301405青森14401715盛岡18302105青森

M'M×9 Td×16

485_481300_801212
青森から14時間かけて大阪に到着した4002M特急「白鳥」 1980/12/12

ここまで、気動車特急時代の11年間と電車特急時代の10年間についてWikipediaの記事等を参考に纏めました。

今回、奥羽北線を走る特急「白鳥」の写真を何枚かご紹介致しましたが、同じ場所では青森方向に向かう下り寝台特急の「日本海」や昨日、今年度での廃止が発表された「あけぼの」の写真も1970年代後半から1980年代にかけて撮影しておりますので、後日、触れようと思っています。

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コメント

ご無沙汰しております。
変わらずの圧巻の記事、素晴らしいです。
あけぼの、引退の見通しとのこと、また、時代が流れますね。

白鳥引退から、はやくも10年以上経過、列車事情は様変わりです。

teruさま、こんばんは。

こちらこそ、ご無沙汰致しております。
昨日のあけぼののニュース、ある程度予想はしていたとは言え、衝撃的でしたね。

従来からのブルートレインの最後の砦まで消えてしまうのかと言う気持ちですね。

これからも宜しくお願い致します。
今日は、関鉄常総線100周年記念のイベントとTX祭りに行って参りました。

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