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2013年12月 5日 (木)

485系 「雷鳥」 2001年3月から2003年9月まで その2

前回に続いて特急「雷鳥」の2001年3月から2003年9月にパノラマグリーン車が復帰するまでの様子について触れます。

485_a08_030324
山崎付近を行く「雷鳥」の編成 A08編成 クハ481-120 2003/3/24

最晩年のクハ481-100はスカートを切り詰められてだいぶ様相が変化していました。

前回は金サワにおける変化について記述しましたので今回は京キトにおける変化です。向日町運転所は、JR化後は近ムコ、その後、本ムコ、さらに京ムコ、京キトとなり、2010年12月以降は近キトとなっています。

2001年3月3日の改正での運用です。

←大阪
TcM'MTsM'MM'MTc×10 所要8(臨時+2)
雷鳥(10)(臨時+3.5)
 休
 向日町‥大阪8121102金沢16121907大阪21082235米原
 米原553731大阪9121159金沢14151707大阪18122105金沢
 金沢614905大阪11121400金沢19192211大阪‥向日町
 向日町‥大阪10121255金沢15151806大阪20082301金沢
 金沢11191410大阪16571948金沢
 金沢7081004大阪17122001金沢
 金沢8141107大阪16121858金沢‥松任
 松任‥金沢9141206大阪13121559金沢17142003大阪‥向日町/大阪19122155金沢
 大阪8481152金沢/大阪10541341金沢14171712大阪
 金沢7231034大阪11551446金沢/金沢12091511大阪/大阪14121705金沢19002147大阪

「雷鳥」用にA1~A10の10本の編成が用意され、8本使用の体制でした。この時点での車両の出入りは前回の記事で記述した金サワからの転入のみでした。

485_a09_030329_4
新大阪駅に入線する「雷鳥」 A09編成 クハ481-205 2003/3/29

485_a09_030329_2
北方貨物線を向日町から回送されるA09編成 クハ481-701 2003/3/29

前回の記事のクハ481-200、300番台はスカートが本来のグレーからクリーム色に塗られていましたが、こちらはオリジナルのままでした。

2003年6月1日からは5月末に金サワからクロ481-2003、2004が転入したので、編成の一部組換えを行い、早速パノラマグリーン車を金沢方先頭車にした「雷鳥」が走り始めています。

←大阪
TscMM'TMM'MM'Tc×2 所要2
雷鳥(3)
 向日町‥大阪10121256金沢15161806大阪20082259金沢(パノラマグリーン)
 金沢614905大阪11121400金沢19392235大阪‥向日町(パノラマグリーン)

TcMM'MM'TsMM'Tc×8 所要6(臨時+2)
雷鳥(7)(臨時+1)、ふるさと雷鳥(臨時1)
 休
 向日町‥大阪8121103金沢16111907大阪21082235米原
 米原553731大阪9121159金沢14161707大阪18122102金沢
 和倉温泉1009金沢11191410大阪16571946金沢
 金沢7071004大阪17122001金沢
 金沢8151107大阪16121859金沢‥松任
 松任‥金沢9151206大阪13121559金沢17152003大阪‥向日町/大阪19122156金沢
 大阪9221622新潟/新潟12351926大阪
 大阪7491041金沢12031454大阪

M'M×2 Tc×2 Ts×2

485_a10_030324
山崎付近を行くA10編成 クハ481-302 2003/3/24

最後にこの時代のA1~A10編成の編成表を載せます。データの出典はJR電車編成表'02夏号です。

2001
2001年3月から2003年6月頃までの京キトA1~A10編成表 9-は489系

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コメント

クハ415-1901さん、(雷鳥)アルバムの第二弾を拝見しました。

さすがに2000年代になるとボンネットタイプは半数の編成になるものの、
両端ボンネットタイプも存在したのですね。
一枚目のボンネットは愛称サインが幕式になっているようですね。
一度この幕を全部広げた姿を見てみたいものです。
何がおさまったいたのでしょうか。

やぶおさま、おはようございます。

例のクハ481ですが、写真をよく見てみると少し奥まって見えるので一見、ロール式マークかと思えるのですが、原画を拡大してみるとどうやらHM板を固定しているように見えます。

かつてのロールマーク時代は最大で11両編成 37本が32運用についており、列車の数も
http://b767-281.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/197534-36-4-1-b.html に書きましたが、大変な数でしたから、幕の内容も充実していたのでしょうね。

東海道の151系時代はHMの交換は全て田町で行うように同じ名称の列車で折り返すようにしていたという記事を最近読みましたが、大ムコの1975年3月まではどうだったのか興味があります。

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