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2014年1月 8日 (水)

5両の保存D52を観に18切符で日帰り旅行 その14 相模原市鹿沼公園のD52 235(138)号機

D52 5両を観て歩く旅、いよいよ最後のD52 235(138)号機です。

横浜線の淵野辺駅から歩いて数分の相模原市鹿沼公園に保存されています。
地図情報も添付します Yahoo地図

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D52 235(138)号機  2013/12/21 相模原市 鹿沼公園

この機関車は1960年に北海道に渡ったグループで耐寒装備がなされています。廃車後、五稜郭機関区の片隅に放置されていたのが後年、保存に至ったとのことです。以前、記述したようにこの機関車に関しては帳簿上は235号機、刻印も235号機や138号機を示す部品から構成されており、保存されているD52 7両のなかではミステリアスな機関車として有名です。その辺りを刻印の写真ともに紹介されているサイトもあります。

これまでの4両と形態を比較してみると

1) デフレクターは点検窓のないタイプ
2) 砂管は3本が下に向かって開くタイプ
2) モーションプレートは穴の小さいタイプ
3) 清缶剤投入装置は取り付けられていません。

その他、

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逆転棒はカバーに包まれています。

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キャブ前方の旋回窓はかなり突出したタイプが取り付けられております。そのためかキャブ前方ドアの開閉方式が通常とは異なり蝶番が外側に付いています。

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         風格漂う正面

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公式サイド側はプラットホーム構造となっております。また先輪がスポークタイプのなのが分かります。

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ちょうど訪問した時は補修作業の途中だったのかも知れませんが、公式側はオレンジ色のペンキが目立ちました。

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後部の様子 炭水車のライトの位置、沼津の136号機や山北の70号機とも違う位置に取り付けられています。標識灯は2つ装着されています。

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キャブ内の様子 ストーカの管が存在感を示しています。

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炭水車の台車 LT204と思いますが車輪は4軸とも同型のプレートタイプでした。

最後に沖田祐作氏の機関車表から履歴データを

138号機のもの

D52138     汽車製造大阪工場=2438           1944-09-16 S84.30t1D1T(1067)
   車歴;1944-09-16 製造→ 納入;国鉄;D52138→ 配属;大阪局→ 配置;姫路→
      1945-05-07(1946-05-10 大鉄局報)鷹取→1946-12-31 現在;鷹取→
      1951-09-06 姫路一→1953-03-10 吹田→ 集煙装置取付(鷹取工場)→
      1956-03-00 新缶に交換→1956-11-16
姫路一→1960-01-00 旋回窓取付(左側)→
      1960-10-07 五稜郭→1960-11-00 耐寒工事施工/ 集煙装置取外(苗穂工場)→
      1967-09-00 旋回窓取付(右側)→1972-12-09 廃車;五稜郭→
      保存
;神奈川県相模原市「鹿沼公園」;D52235(番号をD52235 に変更して保存?)

235号機のもの

D52235     川崎重工兵庫工場=3108            1946-01-31 S84.30t1D1T(1067)
   車歴;1946-01-31 製造→ 納入;国鉄;D52235→ 配属;東京局→ 配置;新鶴見→
      1946-01-31 竣工[達122];東京局→1947-10-00 現在;新鶴見→ 装備改善(浜松工場)→
      国府津→1952-09-00 頃稲沢→1953-11-09 吹田→ 集煙装置取付(鷹取工場)→
      1956-11-20 姫路一→1958-03-00 新缶に交換(浜松工場製= 鷹取工場施工)→
      1960-01-00 旋回窓取付= 左側(苗穂工場)→
1960-10-07 五稜郭
      1960-11-30 耐寒工事施工→1961-09-00 運転室密閉化→1964-04-01 現在;五稜郭→
      1967-09-00 旋回窓取付(右側)→1973-05-23 廃車;五稜郭→
      保存
;神奈川県相模原市「鹿沼公園」;D52235(実際にはD52138 がD52235 を名乗っている)

138号機、235号機 履歴的に観ると1953年の吹田以降重なっていますので、全検時などに部品が交換、一部流用されたのでしょうか。

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蒸機D52」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。モモパパです。
D52 235号機。
138号機の部品と混成して仕上げえられたのでしょうか。
謎は深い。
屋根なし保存でもしっかり手入れされてるんですね。

モモのパパさま、おはようございます。

早速、コメントありがとうございます。

大宮工場の公開などでも機関車の全般検査の状態を見ることができますが、
胴体、台車、電気機器などがばらされてますが、もし二両が同時にそういった検査の状態の時には部品が交換されることもあるのではと思います。

そういった意味で、各部品に刻印があるので、謎に思えるのかも知れませんね。
いずれにせよ、奥が深くて興味深いです。

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