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2014年1月 9日 (木)

485系 「雷鳥」 2003年9月から終焉まで その3 A3編成

D52 5両を観て歩く旅の紹介が一段落しましたので、また元のサイクルに戻ります。

この冬シーズン、18切符では御殿場線以外にも常磐線、中央本線、東海道本線(静岡周辺)、総武本線と5回の日帰り旅行を敢行し、計19両の公園保存蒸気を見て参りましたが、それらに関しては通常のシリーズの中で報告して行こうと思います。

485_a03_060621
山科駅を通過するA3編成 「雷鳥」 2006/6/21

さて、485系特急「雷鳥」、末期の話題ですが、今回はA3編成です。

←金沢 Tc    M'    M    M'   M    T   M'   M    Tsc  大阪→

A03      701  313  211  82   82  601 1025 501 2003

といった構成で編成が組まれていました。

金沢寄りの奇数方向先頭車はクハ481-701で、2003年改正前はA09編成の大阪寄りに組み込まれていました。1985年3月の改正に対応してサハ489-11を先頭車改造した車輌で、床下に210kVAのMGを装備し、床下に装備していたCPを運転台下部に移設しました。AU13E冷房装置が運転台設置の関係で後方に移設されているため前より2台が近接しているのが形態的特徴でした。

サハ481-6012001年3月改正で「スーパー雷鳥」を「しらさぎ」に転用する際に不足する付随車を補うためにモハ484 200番台を電装解除したもので、600番台としては-333, -335, -332, -321の4両が改造されています。2003年の改正で「しらさぎ」が683系化されたため余剰となり塗色を変更して「雷鳥」に使用されました。

モハ485-5012001年の改正で「スーパー雷鳥」から「しらさぎ」への転用でクロ481-2000番台の次位に連結されていたサロ481-2000番台を編成から外すことになりましたが、そうすると圧縮空気の容量が少なくなるため、モハ485形にCPを搭載することになり、0番台にCPを搭載したグループで、金沢で6両(-234, -222, -218,-232,-248, -237)が改造されました。既に撤去されていた水タンクの後にサロ481-2000から外したCPが取り付けられました。

485_a03_061118_2

岸辺の貨物線を行く回送編成 2006/11/18
交直両用から直流専用化されたクハ481-200番台「北近畿」とのすれ違い

485_a03_060621_2
トップの写真の後追い写真です。2006/6/21

同時期に撮影した他の編成では連結器カバーが灰色担っていますが、この編成では赤い色をしています。

485_a03_080905
ヘッドライトが切れてしまっていますが、越前花堂駅を通過するA03編成上り「雷鳥」 2008/9/5

以上です。

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電車481/483/485/489系」カテゴリの記事

コメント

クハ415-1901さん、雷鳥シリーズ再開されたのですね。
続編を拝見しました。
大阪寄りにパノラマグリーン車を連結しているのが特徴ですね。
このパノラマグリーン車ですが、
廃止になってしまった今眺めると、
国鉄色がなかなかきまっていますね。
私は一度しか撮りませんでしたが、
もっと記録しておけばと思っています。
前面窓のカーブが南海の初代こうや号を連想して、
なかなか優雅だなあと思いました。

やぶお さま、おはようございます。

早速、コメントありがとうございます。

クロ481-2000、最初はクリームとブルーのスーパー雷鳥からで登場して、次にしらさきカラーとなり、最後は国鉄色になりましたが、なかなか秀逸なデザインでしたね。

A06編成に連結された1両は種車の違いから窓のサイズが異なっていました。

本年もどうか宜しくお願い致します。

こんにちは。モモパパです。
さすがに車両にお詳しいんですね。
僕の知識じゃ足元にも及びません。
「雷鳥」
一度だけ乗車したことがあります。

モモのパパさま、おはようございます。

早速、コメントありがとうございます。

私も485系の末期、旧形国電の最後のように色々な用途に合わせてさまざまな形式が登場したんだと、参考書を見ながら書き綴っています。

新潟で活躍していたいなほなどの485系も廃車回送が進んでいるようで、いよいよ最期の時を迎えるような感じがします。

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