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2014年1月31日 (金)

公園保存蒸気 D51 946 湯本 石炭・化石館

全国の公園等に静態保存されている蒸気機関車を見て歩くシリーズ、今回は昨年暮れに青春18切符で常磐線沿線を訪れた際に見ることができた「いわき市石炭・化石館 ほるる」の駐車場に展示されているD51 946号機です。

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湯本 石炭・化石館の駐車場に展示されているD51 946号機 2013/12/23

ナンバープレートが赤いのもひとつの特徴ですが、この機関車D51形式ですが、D52のような特徴が見られました。

いわき市石炭・化石館は、常磐炭田の採掘の歴史と、市内で発掘された化石や、 地球の歴史を物語る諸外国の化石資料を展示する施設で、2010年4月、新たな愛称「ほるる」とともにリニューアルしたそうです。

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石炭・化石館の全景 機関車は画面の右端奥に アメリカの開拓時代を思わせるポンプの櫓が象徴的でした。

小学校の社会で習った憶えがありますが、常磐炭田は20世紀の前半に福島県富岡町から茨城県日立市にかけて広がって存在した炭田です。Wikipediaによれば、戊辰戦争が終結した直後、神永喜八、片寄平蔵らにより発見され、1870年代から、茨城県北部(旧水戸藩)から福島県浜通り南部(旧磐城平藩)にかけての海岸線に面する丘陵地帯にかけて、大規模な炭鉱開発が行われました。

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石炭・化石館の玄関には石炭の父と讃えられている片寄平蔵の像があります。

硫黄分を多く含有し、純度の低い炭質(低品位炭)という不利な条件があり、さらに地層が激しい褶曲を受けているため、石炭層を求めて地下へとひたすら掘り下げる、高い掘削技術を要する炭鉱でした。

地下水が多く温泉も湧き出すため坑内は暑く過酷な環境で、1tの石炭を採掘するのに4t程度の地下水が湧き出すともいわれ当時世界最大級の排水ポンプを並べるなど採炭コストも高かったようです。しかし首都圏に最も近い大規模炭田であり、また石炭以外にも銅を産出する地域(日立銅山)も含まれており、第二次大戦前には首都・東京に近い鉱工業地帯として発展しました。

第二次大戦後、特にエネルギー革命と高度経済成長が起こった1960年代になると、慢性的なコスト増で産出資源の競争力が失われ、更にマッチ用の燐、化学工業原料や火薬などの用途があった副産物の硫黄資源も、技術革新により石油の脱硫処理から硫黄がより容易に生産されるようになり、市場から駆逐されました。各鉱は採算が次第に悪化。最後まで残った常磐炭礦(1970年より常磐興産)の所有する鉱山も1976年に閉山し、常磐興産は炭鉱業自体も1985年に撤退しました。

常磐興産は、炭鉱の斜陽化による収益の悪化を観光業に転換することで生き残りを図りました。かつては炭鉱の坑道から温泉が湧出し、労働者を悩ませただけでなく常磐湯本温泉を湯枯れさせてしまいましたが(1tの石炭を掘る為に40tの湯を廃棄していた)、その温泉を利用して常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)を建設し成功を収めました。また鉱床をボーリングして常磐湯本温泉の安定した源泉を確保しています。さらに地場の大手電機企業である日立製作所とその関連企業が石炭産業従事者の大部分を吸収し、自治体としての基盤の維持に貢献しました。

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機関車の下にはピットも用意されており、下から観察することも可能です。

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機関車自身は大変綺麗に保たれていました。

D51 946号機の履歴(沖田祐作氏の機関車表から)です。

D51946     川崎重工兵庫工場=2961            1944-03-00 S77.60t1D1T(1067)
   車歴;1944-03-00 製造→ 納入;国鉄;D51946→ 配属;? → 配置;? →1946-00-00 現在;新鶴見→
      1947-10-00 現在;新鶴見→1955-08-01 現在;新鶴見→1957-11-00 現在;田端→
      1958-03-00(4 月?)水戸→1958-04-00 ストーカー取付→1968-04-00 現在;平→
      1970-04-09 廃車;平→ 保存;福島県いわき市「松ケ岡公園」;D51946→
      移管保存;福島県いわき市「いわき市石炭化石館」;D51946

太平洋戦争末期の1944年3月に製造され、戦後の歴史は新鶴見からスタートし、田端、水戸、平とまさに常磐線の石炭輸送に活躍したようです。水戸機関区時代にはストーカーの取り付けも行われています。これはWikipediaにもありますが、

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D51としては珍しいストーカー装備です。

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焚口の下に通じるストーカーの管

品質の悪い石炭を常用する常磐線で運行されていた水戸、平機関区配置のD51 112・121・123・248・313・381・389・411・503・551・645・647・672・695・821・914・931・946・1024・1068の20両には1仕業での投炭量が4 - 5トンを超過していたことから、機関助士の2人乗務を避けるべく自動給炭装置(メカニカル・ストーカー)を追加搭載 といった理由からだそうです。

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946号機の構造的特徴はメインロッドのビッグエンドの形にもあり、通常のD51が長方形のような形をしているのに対して円形をしていることです。これは戦時形のD52にもみられる構造的特徴です。

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メーターやバルブ類も極めてよくオリジナルが保たれており、水位計のガラスが残っているのも数少ないケースかと思います。機関士席、助手席ともにシートもしっかり残されています。

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助手席前のランボードには清罐剤挿入装置も搭載されています。

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最後に説明板を 全走行距離は124万km とのことです。

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コメント

こんにちは。モモパパです。
僕、このシリーズ。
大変楽しみにしております。
日本の石炭産業は完全に廃れてしまいましたね。
一時は九州の筑豊地区では石炭産業が盛んで網目のように国鉄路線がはりめぐらされてたのに。
北海道の夕張地区もすっかり面影無し。
このD51 946号機。
屋根なし保存にも関わらずピカピカに保存されてますね。
手入れが行き届いてるんだな~。

わたしも単に保存機の一台として観るのではなく、
その場所の歴史、産業への貢献等にからめて考えることは意味があると思います。

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