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2014年2月27日 (木)

公園保存蒸気を訪ねて 水戸駅周辺

水戸千波公園に保存されているD51 515号機は前回、記事に致しました。

水戸は県庁所在地であり、つくばの住民は県庁の水戸よりも東京を向いているのではよく言われますが、私は水戸は徳川御三家のひとつ水戸藩の中心であり、江戸時代の文化を今日に伝える街だと気に入っています。
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千波湖に通じる水戸駅南口 2013/12/23
徳川幕藩体制成立以前は佐竹氏が常陸の国を治めておりましたが、関ヶ原の戦いの際に佐竹義宣は徳川方に加担しなかったため、慶長7年(1602年)に出羽久保田21万石に減転封されました。
佐竹氏は秋田に左遷されるにあたって、藩主家の墓地と、水戸の美人を根刮ぎ、転封先に持っていったと云われています。これが、秋田美人のルーツの起こりだとされます。このため秋田は美人の産地となり、水戸には美人がいなくなったとも云われています(ホントかな?都市伝説?)。
佐竹氏の後、水戸城には下総佐倉藩より徳川家康の五男松平(武田)信吉が15万石で入り、翌1603年に信吉は21歳で病死しました。信吉の死により翌月、家康の十男で当時2歳の長福丸(徳川頼宣)が新たに20万石で水戸に入封しました。1604年、5万石の加増を受け25万石となりました。1606年、頼宣は元服した際に常陸介に叙任されていますが、1609年に駿河・遠江・東三河(駿府藩)50万石を与えられて転封し、1619年には紀州藩55万石に転封しました。頼宣は紀州徳川家の祖となりました。
頼宣のあとに、頼宣の同母弟である家康の十一男で当時6歳の鶴千代丸(徳川頼房)が下総下妻藩より25万石で入りました。頼房以降の藩主家を水戸徳川家と呼びます。
水戸藩は徳川御三家の中でも唯一参勤交代を行わない江戸定府の藩であり、万が一の変事に備えて将軍目代の役目を受け持っていたともいわれています。そのため、水戸藩主は領地に不在のまま統治を行わねばならず、物価の高い江戸生活、江戸と領地の家臣の二重化などを強いられた上、格式を優先して実態の伴わない石直し(表高改訂)を行ったため、内高が表高を恒常的に下回っていた。幕府に対する軍役は表高を基礎に計算され、何事も35万石の格式を持って行う必要性があったため、財政難に喘ぐこととなりました。
頼房は事情により三男の光圀を継嗣とし、長男の松平頼重は讃岐高松藩12万石を与えられました。光圀は学問を好み、『大日本史』の編纂を開始し、水戸藩に尊王の気風を植え付けました。水戸藩で生まれた水戸学は幕末の尊皇攘夷運動に強い影響を与えました。
尾張藩、紀州藩が藩主の血統断絶、幕府からの財政援助、独立志向の附家老による幕府統制への迎合などにより、御三卿や将軍家から藩主を迎えたのに対し、水戸藩では支藩(四連枝:讃岐高松藩、陸奥守山藩、常陸府中藩、常陸宍戸藩)からの養子により藩祖の血統を守りました。
水戸藩は幕末には斉昭が存在感を示したものの、藩内では保守派(諸生党)と改革派(天狗党)の抗争から統制を失い、藩士による桜田門外の変、天狗党の乱、弘道館戦争を招くとともに、藩論統一と財政難を克服することができず、幕末政局で主導権を握ることができませんでした。
水戸藩領は廃藩置県により、水戸県を経て、茨城県に編入されました。
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南口を出て線路沿いに歩くと水戸運輸区の前を通ります、
D51_131223_2 その玄関にはD51の動輪が90周年記念として展示されています。
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さらに進むと、JR貨物の田端機関区水戸派出の事務所もあります。その裏は機関車のたまり場となっており、これまでにもいろいろな機関車が休んでおりました。
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ED75 1001 2005/10/12
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EF81 85 他 2003/8/30
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DE10 1697 2005/11/7
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マニ50 2186 2013/12/23
以前、50系客車の記事でも紹介しましたが、ゆうマニことマニ50 2186も休んでいました。
今回は、常磐線では第一線を退いた651系やE653系については触れませんが、水戸名物E653系売店を最後に紹介したく思います。
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ちゃんと編成番号まで書き込まれているE653系 売店 2013/12/23
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千波湖の風景 中央の建造物は水戸芸術館のアートタワー 2013/12/23
水戸芸術館は1990年3月22日に開館した現代芸術の複合施設で設計は建築家 磯崎新氏、運営は水戸市芸術振興財団で初代館長は吉田秀和氏でした。二代目館長は2013年4月1日より小澤征爾氏です。アートタワーのデザインはDNAの二重らせんに由来しているそうです。
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対岸からみたD51 515号機 2013/12/23

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