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2014年3月 6日 (木)

通勤電車シリーズ 101系 その4 武蔵野線用1000番台

通勤電車101系のシリーズ、今回は1973年4月1日の武蔵野線開業用に登場した1000番台改造車について触れようと思います。

101_760201
武蔵野線に投入された101系1000番台 1976/2/1 西国分寺
クモハ100の標識灯から初期型であることがわかります。

武蔵野線には西国分寺~新小平、新小平~新秋津間に長大トンネルが存在するためA基準に準拠させる改造が初期車に対して施されました。

1973年の開業時に6両編成11本、1978年10月2日の新松戸~西船橋間延伸開業時に同じく6両編成4本が改造されています。

101_2

編成は両端McM' M'M'cでクハは改造されませんでした。

←西船橋
  McM'TTMM'c  で電動車と付随車の比率は4:2(4M2T)でした。

自動列車停止装置(ATS)は同線用のS形(当時の列車区間用)と当時の電車区間用のB形が併設されました。これに加えて同線用の列車無線を搭載したため、運転席後部の中央窓をふさいでいたのが特徴でした。なお、改造から同線転用まで時間のあった車両は転用時まで中央線快速や中央・総武緩行線にも使用されました。

1011000

表1 1000番台改造の番号対応表 第1次と第2次それぞれ種車の番号順に1000番台の番号が振られています。

改造(転用)後は全車が豊田電車区(現・豊田車両センター)配置(東所沢電車区常駐)で、武蔵野線で運用されていましたが、1986年3月3日のダイヤ改正で豊田区の青梅線・五日市線用の103系5連が6連に増強されてから共通運用となり、103系や201系とともに両線の6連運用にも充当されました。

101

西船橋で折り返す1000番台車 

開業時の武蔵野線は40分間隔といった運行で、一旦電車を降りると次の電車が来るまでかなり待たなければならず乗り鉄趣味にとっては恐怖の路線でした。

また南武線や仙石線に貸し出されたことや、大宮支線経由の府中本町 - 大宮間臨時列車に充当されたこともありました。しかし、種車が経年の高い初期車が中心であったこと、また武蔵野線への103系投入に伴い、1987年までに基本番台よりも先に全車が営業運転を終了しました。これにより首都圏からオレンジ色(朱色1号)塗装の101系が消滅しました。その後国鉄分割民営化時にクモハ101-1006クモハ100-1003の2両は保留車としてJRに継承されましたが、翌1988年3月までに廃車となりました。また、サハ101-1007はすべり粘着試験台車TR910形を装着し試験用に用いられたほか、秩父鉄道へ譲渡された車両もあります。

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コメント

こんにちは。モモパパです。
南武線に101系が走ってたことは知ってました。
大学時代にトヨタレンタカーでバイトしてた時小田急の読売ランド前駅から登戸駅まで乗りそこから南武線に乗り換えて川崎駅まで行ってたのを思い出しましたよ。
さすがにバイトとは言え長距離で疲れてしまったので川崎から溝の口の営業所に移ったんですが。

モモのパパさま、こちらにもコメントありがとうございます。

オレンジ色の101系は今回の記事で終わりですが、次回からはカナリア色の101系の登場で、南武線も出てきます。

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