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2014年3月13日 (木)

通勤電車シリーズ 101系 その5  山手線/赤羽線

通勤電車101系のシリーズ、前回までは中央快速線に投入された101系について、試作車、山用800番台、電力回生ブレーキ試験車、サハの200番台、特別快速、改造冷房、そして武蔵野線用改造1000番台について触れてきました。

今回は、2本目の投入線区、山手線について触れようと思います。

山手線の黄色い(カナリアイエロー:黄色5号)101系は私自身、見てはいますが写真は撮っていないので、同じ色の車輌が比較的長く活躍した、赤羽線の写真を紹介しつつ、話題を展開しようと思います。

101

赤羽線の101系 赤羽
かつては京浜東北線のホーム端からこのような写真が撮れたのですが、今はこの付近はすっかり変わってしまいました。

中央線、大阪環状線に続いて山手線に101系が投入されたのは1961年9月のことでした。

新製配置は10月6日からでしたが、それ以前に武蔵小金井区に新製配置された1編成が池袋区に貸し出され乗務員訓練が行われたそうです。9月5日から営業運転が開始されました。
1962年5月7日のダイヤ改正で、ホーム、電車区等の電車留置線の延伸工事が完了して、7両編成の8両化が可能となり、これまでの4M3T編成から6M2T編成にパワーアップされたそうです。8両化は1963年10月1日に完了しています。
編成は写真で見ると
池袋 内回り線 M'cMTTM'MM'Mc  品川 だったようです。

配置車輌を番号でみると

池袋区には

クモハ100-105-108, 117-124, 126, 128-139, 146, 147   27両
クモハ101-106-109, 118-121, 126-131, 133, 135-146   27両
モハ100-91, 92, 95, 96, 101-104, 106-108, 110-140, 150-156, 162-164, 166,167, 177-183, 235                        62両
モハ101-91, 92, 94, 95, 100-106, 111-113, 115-145, 155-159, 167-175, 185-189, 242                             66両
サハ100-69, 70, 83-89, 92-99, 229-234, 236-240    28両
サハ101-72, 73, 82-88, 91-100, 229-234, 236-239   30両

品川区には

クモハ100-140-145, 148-155, 159, 161    16両
クモハ101-147-160, 164, 166    16両
モハ100-149, 157-161, 165, 168-176, 184-186, 191-197, 202-204, 208, 209, 231-234   35両
モハ101-154, 162-166, 176-183, 190-193, 198-204, 209-211, 215, 216, 238-241 34両
サハ100-100-102, 241-244  7両
サハ101-101-103, 125, 126, 240-250, 257-259, 285, 286 21両

さらに下十条区にも配置されており、

クモハ100-156-158, 160, 162-165, 168, 171-173 12両
クモハ101-161-163, 165, 167-170, 173, 176-178  12両
モハ100-187-190, 198-201, 205-207, 210-213, 218, 219, 225-227 20両
モハ101-194-197, 205-208, 212-214, 217-220, 225, 226, 232-234 20両
サハ100-103-107  5両
サハ101-104-108, 263-280   23両

が新製配置されています。データは鉄道ピクトリアル誌No874, 875によります。池袋、品川のモハの両数が気になりますが。

下十条区に新製配置された車輌は数ヶ月後の1963年10月1日付けで品川区に転属しています。101系化は1963年8月に完了しています。

編成はクハが無く、両端クモハ+モハのユニットで中間にモハユニット・サハを挟んだスタイルでした。

上記の番号で編成を組んでみると、池袋27編成、品川14編成、下十条10編成で計51編成となり、今日の11連52編成と較べると、輸送力は8割以下だったようです。

駅間が短く、性能的にMT46A電動機搭載の101系は山手線の運用に向かないと判断が下り、1964年からは103系への置き換えが開始され、1969年4月の改正で101系は山手線から去り、中央緩行・総武線に活躍の場を移しました。
赤羽線の101系化は1967年4月3日でした。

山手線に103系が投入されると101系は総武・中央緩行線等に活躍の場を求めて移動しましたが、そのパターンをクモハ100で見てみると

津田沼区に移動した車両
1964年 105, 107, 137, 142, 146, 159, 160, 162, 163, 164, 165,
1965年 108, 120, 123, 134, 147
1966年 119
1967年 140、141, 143, 144, 148, 149,
1968年 128,
1969年 133, 136, 150, 151, 152, 153, 154, 155, 161, 172
中野区に移動した車両
1964年 117, 129, 135, 168, 171, 173
1965年 118, 122, 124, 138, 139
1969年 130
別の線区に移動した車両
1964年 106(武蔵小金井),
1967年 121(武蔵小金井), 156, 157 (森ノ宮)

山手線の表記が「山手」から「山手線」に代わったのは103系登場後の1971年3月7日のことでした。この日は当時の国鉄が吾妻線(あがつません)開通を機に全路線にふりがな表記を付けた日でもありました。

赤羽線の101系時代は1978年まで続き、

そのときまで残った101系はクモハ100で見ると
126, 131, 132, 145, 158 でした。

これらの101系は運用終了後、中原区に移動しました。

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コメント

こんにちは。
101系のカナリア色は色味が薄くて大好きです。
考えてみるとオレンジバーミリオンの次に導入されたのが、
カナリア色だったのですね。
ミカンにバナナのイメージですが、
当時の国鉄陣に果物好きがいたのでしょうか。
1978年まで23区内で活躍をしていたとはちょっと意外でした。

やぶおさん、こんばんは。

わたしもカナリア色の101系、総武線や南武線では結構、撮っているのですが山手線はさすがに見ただけでした。101系から103系に置き換わった時は色の変化とともに、以前、掲示板で方でもおお話ししましたが、ブレーキの排気音やコンプレッサーの音が気になりました。あとモハやクハの正面の通気口の存在も気になりましたね。

鉄道ピクトリアル誌でもこれまで、1987年、2002年、2013年と特集記事が出ており、それらを参考にエピソードを纏めてみたのですが、山手線は活躍期間が短かったせいか意外と記事は少なかったですね。
なんといっても驚いたのは下十条電車区にも配置されたことで、これは池袋や品川が手狭だったのでその拡張期間の間の一時的なもののようでしたが。

B767さん、おはようござんす‼︎(^^)お邪魔致します。赤羽線ですね。この頃はカナリアイエローの101系が走っていたんですな。赤羽が…今と全然違うのに驚きました。踏切があったんてすね。

マスダっち1971 さん、こんばんは。

わたしも赤羽線の101系まではよく憶えているのですが、さすがに山手線の101系はちょっと見た程度でした。

赤羽のあの景色はたしかスライドフィルムを初めて使ったときに撮りに行った場所として記憶しています。

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