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2014年5月 4日 (日)

西武鉄道 HSCブレーキ化・冷房改造 改造車のその後 3 他社への譲渡 701系・801系

だいぶ間が空いた感もありますが、西武鉄道の701系などブレーキHSC化、冷房改造車のその後ですが今回は701系、801系のその後です。

1) 上信電鉄 

1994年7月801Fが、1996年12月には755Fが譲渡されています。西武所沢工場においていずれも中間電動車の妻面に制御車の前頭部を接続する形で2両編成化されました。奇数と偶数の関係が逆転して、801Fはクモハ154-153に755Fはクモハ156-155となりました。

2) 総武流山鉄道 

1994年803Fが同じく、中間電動車の妻面に制御車の前頭部を接合させる形で2両編成化され、クモハ2001-2002(青空)となりました。 

20012002_020420

クモハ2001-2002 青空編成 2002/4/20 平和台

20012002_090607

同編成 2009/6/7 馬橋

1995年12月745Fが中間電動車745の妻面に制御車クハ1745の前頭部を接合する形で3両編成化され、クモハ2003-モハ2101-クハ21(明星)として導入されました。

1997年3月には757Fが803Fと同様の方式で改造され、クモハ2005-2006(なの花)として導入され、809Fが745Fと同様の方式で導入され、クモハ2004-モハ2102-クハ22(流馬)となりました。

20052006_110205

クモハ2005-2006 なの花 編成 2011/2/5

2004210222_050905_3_2

クモハ2004-モハ2102-クハ22 流馬 編成 2005/9/5 馬橋

改造はいずれも西武所沢工場において行われ、クハ21、22の台車はFS072で導入されました。2000形、4編成10両は新101系改造の5000形の導入に伴い、青空、明星、流馬は廃車となり、なの花も2013年4月28日限りで運用を終えました。

3)伊豆箱根鉄道

1989年から1990年にかけて735F、777F、783Fが譲渡されました。これらは4両編成のまま譲渡され、大場工場において奇数側電動車の主要機器を奇数側制御車へ移設する形で3両編成化が施行され、1100系として導入されました。制御車の台車については大場工場到着後に他編成の解体発生品であるFS342台車を付随台車へ改造したFS342T台車へ換装され、FS072台車は西武側へ返還されました。

1009_120109_5

運用を終了する直前 赤電カラーになった1100系 1009編成 2012/1/9 三島

短編成化に伴う電動発電機 (MG) の換装(出力適正化)、制輪子をレジン製から鋳鉄製のものへ交換、電気連結器の撤去、ATSの交換]とそれに伴う一部座席の撤去ならびに列車無線の変更、自動放送装置の新設が実施されました。

2009年1月以降、同じく西武から譲渡された新101系を種車とする1300系の導入に伴って順次廃車が進行し、最後まで残存した第1編成(1009編成・元西武783編成)についても2012年6月13日をもって運用から離脱しました。

120109

         色彩は赤電カラーでしたが、随所に本家赤電との違いが見られました。

4)三岐鉄道

1989年・1992年・1995年・1997年の4次にわたって、701系779F、771F、789F、781Fの計4編成が譲渡されました。4両編成であった779F、771F、781Fについてはいずれも中間電動車(モハ771・779・781)の妻面に制御車(クハ1771・1779・1781)の前頭部を接合する形で、6両編成であった789Fについては本川越寄りの3両(モハ701-89・モハ701-90・クハ1790)を譲渡することとし、モハ701-89の妻面にクハ1789の前頭部を接合する形で、それぞれ3両編成化が施工されました。
初期に竣功した779F、771F編成については導入に際して制御車の台車をFS342へ換装しましたが、789Fについては逆に電動車を含めた全車の台車をFS372・FS072で統一し、前者は801系(クモハ801形・モハ801形・クハ1801形)に、後者は851系(クモハ851形・モハ881形・クハ1851形)にそれぞれ区分されました。さらに最後に導入された781編成については西武在籍当時のまま台車の換装を実施せず導入されたことから、FS072台車を装着する制御車は851系クハ1851形、FS342台車を装着する電動車は801系クモハ801形・モハ801形と、同一編成でありながら別形式に区分されました。

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コメント

こんにちは。モモパパです。
西武鉄道の車両って結構いろんな中小私鉄に譲渡されてるんですね。
使い勝手がよくて頑丈なのかな。
知りませんでしたよ。

モモのパパさま、こんばんは。

コメントありがとうございます。

いろいろと地方の私鉄を見ていると、どこの車輌を譲渡されているかでやはり系列みたいなものがあるようです。西武の場合は、今回の記事であがっている会社以外にかつては一畑や上毛などに譲渡したこともあったようですが、一方で東急のお古が行く行き先もしっかり系列化されているようですね。

こんばんは。

流山電鉄も伊豆箱根鉄道も、701系列が入線して以降は一度も行っていなかったりします。私が見たのは501系(2代目)とか551系の譲渡車が活躍していた頃だったりします。

伊豆箱根鉄道の赤電には、本当に西武の赤電と同じ色か、といった疑問が常に付きまとっているわけですが、西武から塗料を貰ったのではなく、色見本を元に伊豆箱根鉄道で作った色だそうです。同じとも違うとも言えるグレーゾーンということで(^^;;)。

MiOさま、おはようございます。

わたしも伊豆箱根に関してはかつて大学時代に三島~修善寺間乗車した憶えがありますが、仰るように西武の赤電に較べるとベージュの色が若干濃く、赤の方も紫色の要素が強かったようにも感じます。

B767さん、おはようございます(^^)お邪魔します。流鉄ですが、現在はほとんど元西武の車両で統一されていますよね。画像の車両は…まだいるんですか⁉︎流鉄って、確か…元・新101系も譲渡されていますね。

マスダっち1971さま、おはようございます。

流鉄の車輌、本当に最近は元西武の車輌になってしまいましね。現在は元新101系の2連バージョンがメインになっていますので、701系や801系由来の車輌はもはや解体されているのではないかと思います。

B768さん、こんばんは(^^)またお邪魔します。そうですか‼︎流鉄って…現在は西武の元・新101系で統一されているんですか。車両それぞれに愛称があるんでしたっけ⁉︎流鉄は。

マスダっち1971さま、おはようございます。

現在の流鉄流山線は2009年に西武から譲渡された5000形で統一されており、それぞれ「流馬」「流星」「あかぎ」「若葉」「なの花」といった愛称が与えられているようです。
私もこれから西武101系の記事を始めますので、その後でこれらが登場する予定です。

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