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2014年7月 1日 (火)

1989年のDüsseldorf Airport その8 Lufthansa DC-10

1989年、ベルリンの壁が崩壊する年の5月、西ベルリン留学中に休暇で訪れたDüsseldorf空港で撮影した旅客機のシリーズ、今回はドイツのフラッグキャリアー LufthansaDC-10です。
Dadgo_cn_47926_170_mcdonnell_dougla

D-ADGO cn 47926 ln 170 McDonnell Douglas DC-10-30 1989/5/5 DUS

Lufthansa航空に関しては後日、触れることにして今回はMcDonnell Douglas DC-10という旅客機の開発の歴史について触れようと思います。

アメリカのダグラス社がマグダネル社と合併する前の1966年に開発を開始した、ワイドボディ3発方式でアメリカ国内中距離路線用の300席クラスの旅客機です。初飛行は1970年1971年に運航が開始され、1988年まで生産されています。

開発のきっかけはアメリカ空軍の輸送機C-5Aギャラクシーの受注競争であり、ダグラス社もボーイング社同様にロッキード社との受注競争に敗れました。ダグラス社はそれまでDC-3から DC-8にいたる旅客機製造会社として確固たる地位を築いており、DC-8を大幅に上回る大型旅客機の研究を進めていたそうです。社内的には当時、計画が進んでいた短距離向け中型ジェット旅客機DC-9に次ぐDC-10として、機体全長に渡って総二階建て構造の機体が構想されていたそうです。

一方、同じ頃 先日のトライスターの記事でも記述しましたように、アメリカン航空1966年にGE(General Electric)の工場を視察した際にC-5A向けに開発中だったTF39型エンジン(後のCF6エンジン)を見て、このエンジンが旅客機向けに改良されれば250席クラスでアメリカ大陸横断が可能な旅客機が製造可能と考えたそうです。

アメリカン航空は1966年3月25日に「アドバンスト・ジャンボ・ツイン」と呼ばれる中距離旅客機の構想を発表し、航空機製造会社に仕様にあう航空機の開発要求を出しました。

具体的には
    推力4万ポンド程度の高バイパス比エンジンを搭載
    座席はシートピッチ36インチで合計250席
    乗客1人当たり250ポンドの手荷物と、5000ポンドの貨物
    航続距離は1850nm(3426km)

さらに、後に全幅155フィート(47メートル)以内、全長は180フィート(55メートル)以内と改められました。

ダグラス社としてはそれまで構想していた大型旅客機の構想とほぼ一致したので、「本当に発注するのであれば1966年に開発に着手する」と公言しました。

もっとも、エンジンの数に関しては当時はまだTF39型エンジンが開発途上であったことや、双発ではエンジンが一基トラブルが起こった際の安全性などを考慮して、経済性では問題があるものの、3発機で開発がスタートすることになりました。

さらに当時、大陸間横断用などの超長距離路線には超音速旅客機(SST)がすぐにでも就航すると考えられていたため、それを補完する機材としてこのクラスの機体の開発が求められたのでした。

この後の、ローンチに至る過程はトライスターとの激しい競争となり、1967年9月にトライスターの開発体制が整ったとの発表を受けて、11月にはDC-10の開発計画も発表され、1968年2月19日には、アメリカン航空からオプションを含めた50機のオーダーを受け、4月25日にはユナイテド航空からも60機のオーダーを受けて、ローンチが発表され、詳細な設計等も公表されました。

カリフォルニア州ロングビーチ工場で製造が進み、1970年7月にロールアウト、8月29日に初飛行がなされました。1971年7月29日に、ローンチカスタマーのアメリカン航空とユナイテド航空に引き渡され、同年中に就航しました。一方のトライスターはロールスロイス社の倒産などもあり、就航は1972年になりました。この間の激烈な販売競争でロッキード事件などの贈収賄事件が起きたことも如何に競争が激しかったかを如実に示しています。

勝負はロッキード社が1981年に旅客機部門から撤退したことで、DC-10側の勝利となりましたが、DC-10側も熾烈な販売競争のため、貨物室ドアの設計時の欠陥を放置したまま販売を優先させたことにより、大きな事故を繰り返し起こすと言った悲劇に見舞われることになりました(アメリカン航空96便貨物室ドア破損事故、トルコ航空DC-10パリ墜落事故)。

騒音問題、環境問題などでSSTの開発計画は1971年には中止となり、Boeing747が国際線の長距離輸送を担う機体として再認識されるようになり、DC-10も長距離型が開発されるようになりました。しかし、1973年のオイルショックで航空燃料価格が高騰し、航空業界は低燃費の機体を求めるようになり、ヨーロッパではA300,A310が台頭し、アメリカでもBoeing 767などの双発機が導入されるようになり、McDonnell Douglas 社は後継機MD-11とのバッティングを避けるためDC-10の製造は446機で終了としました。

タイプ・ヴァリエーション

DC-10-10   CF6-6エンジン搭載の基本タイプ

DC-10-30  1972年から製造の長距離タイプ CF6-50C2エンジン搭載

DC-10-30ER バルクカーゴエリアに燃料タンクを搭載し、エンジンを推力向上型のCF6-50C2Bに換装した航続距離延伸型

DC-10-30F   DC-10-30の貨物型 旅客型からコンバートされたものもある。

DC-10-40    NWとJLの要請でPW JT9D エンジンを搭載した2社のみのバージョン Boeing747のJT9Dエンジンとの整備上の共通性からの要望

DC-10-15  高温、高地の空港で運用するためにCF6-50が搭載されたアエロメヒコ、メキシカーナバージョン 1979年から製造

MD-10    MD-11のツーマンクルー方式をDC-10に移植し、旧形のDC-10をMD-11と同じ乗員構成で運用できるようにした機体 FEDEX向け

KC-10エクステンダー 1981年から製造の軍用空中給油機

Duesseldorf空港で見かけたのは1機のみでしたが、当時 LufthansaではDC-10-30をフランクフルト~成田線などにも飛ばしていたように思います。

Lhdc10
Plane Spotters netの情報に基づいて12機のLufthansaのDC-10-30のリストを作成しました。

また本記事を記述するにあたり、Wikipediaの記事を参考に致しました。

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旅客機 Douglas DC-10/MD-10」カテゴリの記事

コメント

こんにちは~。モモパパです。
航空機。
いろいろある中で僕。
DC-10がかなり好きです。
生で観たことはありませんが。

モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。

日本でもDC-10はJALやJASが採用して,おなじみの飛行機でしたね。国際線用はセンターギアがあり、国内線用はギアなしでした。JA8530からのレジでした。-40タイプ
JASはオリジナルカラーからハーレークイン塗装になりましたね。こちらは-30タイプでした。

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