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2014年8月22日 (金)

EF57 の活躍と保存 その1

今回と次回の2回に渡って、戦前の名機といわれたEF57の活躍と保存機の様子について触れようと思います。

EF57といえば、国鉄の前身の鉄道省が太平洋戦争前に製造した最後の旅客用電機でした。東海道本線における優等列車牽引を目的に企画した機関車で、戦時体制下ではありましたが、良質な材質・工作によって製造され、当時の優秀機として完成されました。

Ef57_1_124750511_2 父親のミノルタXEを借りて、東北本線蓮田付近で初めて線路際撮影したときの写真 
接近してくる当時未だ残っていた東北本線客車列車に無我夢中でシャッターと切った憶えがあり、あとで牽引機がEF57の1号機と分かりました。 1975/5/11

1号機は1940年10月に登場し、EF5613号機として出場予定でありましたが、新たに開発されたMT38主電動機により定格出力が1350kWから1650kWされたことで新形式を名乗ることとなり、EF57と命名されました。EF56の方式に倣って、パンタグラフは中央よりでした。

Ef57_3_74010
10月の土曜日の午後だったと思いますが、雨の降りしきる中でEF57 3号機が上野駅で入換えをしていました。 1974/10

1941年に2号機以降が登場し、1943年までに15両が日立製作所、川崎重工業・川崎車輛で製造され、2号機以降はパンタグラフ2基を車体両端に寄せたため、イメージが大きく変わりました。

製造当初は沼津機関区に配属され東海道本線の特急・急行列車を中心とした客車列車の牽引に使用されました。1942年に関門トンネルが開通し、EF10形が大里(後の門司)機関区に移動した後は、EF12の補充待ちの間、ワキ1、ワムフ1形高速有蓋貨車で編成された「ワキ列車」の牽引も担当しました。

戦後は後続形式のEF58形がSG装備なしで誕生したので引き続き東海道本線の優等列車牽引など幅広く運用されました。この頃、12号機が追突事故で廃車となりました(1948年11月)。

Ef57_5

上野駅に夜行列車の出発風景を撮影しに出かけた際、地平ホームで単機でいる5号機に偶然遭遇し撮影しました。 1974年頃

1952年、EF58形が大改良を受け、1900kW級、自動暖房ボイラー搭載の流線型機関車として大量増備されると、優等列車牽引の座をEF58形に譲り、普通列車牽引が主任務となりました。
1956年の東海道本線全線電化を前に、コロ軸受けの発熱の問題やSGの不安定性の問題から、超長距離運用に向かないため高崎第二、長岡第二機関区に移動となり、上越線が主任線区となりました。
1960年秋から1961年春
にかけて上越国境の厳しい峠越え任務は後輩のEF58形に任せて、宇都宮運転所に転属し、ここが終生の職場となりました。すでに先輩、EF56もここに集結していました。
最初はSGの自動運転化工事を施工しましたが、交流区間は電気暖房が早くから取り入れられていたため、EF57も電気暖房化することとし、1965年11月の1号機の改造を手始めに順次改造され、1966年3月の3号機をもって全機改造が終了しました。EF56形は引き続きSGとしたため、運用が分離され、小荷物列車専用となりました。

Ef57_ef15_ef65pf_740325

この写真は再掲ですが、1974年3月「つばさ51号」車内から宇都宮運転所の様子を撮影したもの

運転中の異常振動問題等もあり、運転サイドからは敬遠される様になり、1975年3月の改正で広島、下関で余剰となったEF58形が大量に転属してくるとEF56形がまず廃車となり、EF57形も状態不良車から廃車が始まり、1977年正月の臨時列車牽引で運用を終え、1978年10月までに全機が廃車となりました。

Ef57_1_030601 1号機の動輪はこういった形で宇都宮運転所の構内に保存されています。
2003/6/1の同所の公開の際に撮影しました。

次回は、現在も美しい姿で宇都宮駅東公園に保存されるEF57 7号機を紹介します。

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コメント

クハ415-1901さん、お暑うございます。

さて、EF57のアルバムを拝見しました。
いぶし銀の魅力すばらしいですね。
まるで、走る工作機械といった感じで、
昭和の匂いがぷんぷんの油臭い町工場の香りが伝わってくるようです。
ほんの(といったらいいかどうか)30年ほど前まで、
東北本線で当たり前のように走っていたのが夢のようです。

宇都宮のメモリアル動輪は私も見てみたいです。

やぶおさま、こんばんは。

コメントありがとうございます。
さすが戦前の名機というか、パンタグラフが前に突出したスタイルも相まって、無骨の極みのような感がありましたね。

蒸機機関車は全国的に多く保存されていますが、電機の保存は意外と少ないようで、これから終焉を迎える国鉄型電機もできれば保存して欲しいものですね。

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