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2014年9月 9日 (火)

通勤電車シリーズ 103系 8 常磐緩行線・千代田線乗り入れ用1000番台の登場

通勤電車103系の製造を振り返りながら各線区への投入を振り返ってゆくシリーズ、今回は常磐線の複々線化工事完成に伴う、緩行線と営団地下鉄千代田線乗り入れ用に登場した1000番台の話題です。

昭和30年代の高度経済成長期、常磐線沿線のベッドタウン化・宅地開発が進み、上野、日暮里駅の混雑緩和といわゆる通勤五方面作戦により、常磐線北千住~我孫子間を複々線化し、1962年の都市交通審議会答申6号、および1964年の改訂による東京8号線(後の9号線)と直通する計画が進められました。

1971年4月20日に北千住~我孫子駅間の複々線化が完成し、快速・中距離(取手以北直通)と緩行の分離運転が開始され、同時に緩行の地下鉄千代田線乗り入れ(当時は霞ヶ関まで開通)も開始されました。それまで北千住~綾瀬間は国鉄の保有でしたが、綾瀬から分岐した車庫(現在の綾瀬検車区)への回送を考慮して、この区間は複々線化後は営団の保有となりました。ただ、運賃計算は特例措置として国鉄運賃として計算される方式(運賃計算上の二重戸籍区間)となりました。その後、1982年11月15日に緩行線が取手まで延伸されて、現在に至っています。

<停車駅の変化>

複々線化以前  

新松戸、北柏、天王台の駅は未開業、
中距離電車は北千住、柏は一部停車、三河島、南千住、綾瀬、亀有、金町、北松戸、馬橋、北小金、南柏は通過

第一期複々線化開業後

快速電車 上野~北千住間の各駅、松戸、柏(1972年10月から)、我孫子、天王台、取手
中距離電車 上野、日暮里、北千住(一部)、松戸、柏(一部停車)、我孫子、取手
緩行 北千住~我孫子各駅停車

複々線化直後は京浜東北線へ103系捻出で、10両編成だった103系が8両編成に減車された時期がありました。線増による輸送力増加で混雑率が下がると読んでの措置だったようですが、地下鉄経由で都心に向かう場合、運賃が割高になることから多くの乗客が松戸や北千住で快速線に乗り換えることとなり、混雑度は8連化で増大することになりました。新聞等でも「迷惑乗り入れ」と糾弾される結果になったとか。103系増備までの間、転属予定だった旧形国電を使用した臨時快速を設定して、急場をしのいだそうです。さらに1972年10月2日までにそれまで快速通過駅だった柏駅に快速ホームを設置して、快速停車駅に変更したそうです。今の柏からは想像も出来ない話ですが。なお、1972年10月20日、千代田線は霞ヶ関~代々木公園間が開通し、1978年3月31日、代々木公園~代々木上原間が開通して全線の完成に至っています。

5000_790707 地下鉄千代田線の開通当初、6000系が登場するまでは5000系が活躍していました。 1979/7/7 我孫子

1970年代後半になると、藤代~土浦間の交流区間までベッドタウン化が進み、輸送力増強のため、近郊電車としては初のオールロングシート車となった415系500番台が投入されました。そのころの中距離電車のダイヤは日中、1時間に1本、夕方のラッシュ時間に2本程度でしたが、つくば科学万博開催直前の1985年3月のダイヤ改正で大増発が行われ、編成も最長15両となりました。私がつくばで生活するようになったのが1983年4月からですので、この年の3月は常磐道も首都高とつながり、大きなインフラの変化を感じました。103系快速が15連化されたのは1987年12月からでした。

最近は交通機関のストライキもあまり聞きませんが、営団の労働組合がストを決行して千代田線が止まり、国鉄が動いている場合は、綾瀬~松戸間の乗客は松戸まで戻り、上野方面に向かう特例措置が設けられたのも記憶にあります。

緩行線・地下鉄千代田線用に当時の国鉄が投入した車両が103系1000番台で、営団側も千代田線開業当初は抵抗制御の5000系を投入していましたが、相互乗り入れ開始当初からは世界初の電力回生ブレーキ付き電機子チョッパ制御車となる6000系を投入しました。

1031000_1031001_850429 常磐緩行線から引退直前の103系1000番台 51編成 (トップナンバーの編成) 1985/4/29 亀有

さて103系1000番台ですが、予算は昭和44年度第4次債務で
クハ103-1001~1008 モハ103/102-1001~1016 の10両編成(8M2T) 4本
昭和45年度民有で
クハ103-1009~1020 モハ103/102-1017~1040 の6本が、
昭和45年度第1次債務で
クハ103-1021~1032 モハ103/102-1041~1064の6本の計16本(編成番号は51~66)が製造されています

構造上の特徴は
1) CS-ATC(ATC4)を乗務員室背後に設置したため、乗務員室扉後部の戸袋窓を廃止したこと
2)地下線乗り入れのためのA-A基準準拠の難燃構造で先頭車に非常用貫通扉の設置し、前照灯はシールドビーム2灯としたこと
3)主回路機器の配線はダクト配線として、主回路ヒューズをパンタグラフ近傍に設置したこと
4)パンタグラフを鋼体架線対応のPS21としたこと
5)主制御器は910番台のCS30をベースに無接点化したCS40にしたこと
6)主抵抗器は騒音・粉じんの防止のためMR119自然通風方式としたこと
7)最急勾配33‰で自走不能になった場合に別編成が救援可能という乗り入れ条件を満たすために8M2T編成となり、M'車が4両となるのでMGは10kVAのMH124-DM77としたこと
8)側窓の開口寸法を規制し、下段の上昇寸法を145mmとしたこと などです。

1031000_821031 同じく亀有にて 59編成 1982/10/31

長らく千代田線乗り入れ車両として活躍していましたが、営団6000系に較べて電力消費量が格段に多いこと、抵抗器からの排熱でトンネル内の温度が上昇することなどが問題となりました。わたしも1983年3月まで大手町~根津間毎日のように乗車しており、マスコミ等が取り上げているのも目にしておりました。そんなことで、1986年3月201系で開発された技術を適用した203系に置き換えられる形で常磐快速線へ、あるいは105系改造へと常磐緩行線を去って行きました。

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コメント

B767ー281様お早うございます。103ー1000番台懐かしいです。常磐線での活躍末期には武蔵野線の101系取り替えと絡み様々な動きがありましたね。地下鉄塗装のまま数年ぶりに快速に進出したのも撮影に行きました。また105系への改造というサプライズも。その105が奈良や広島地区で元気に活躍中なのは嬉しい限りです。金がなかったとはいえまだまだ車輌が大切にされていたいい時代だったと感じます。ではまた。お邪魔いたしました。

B767しゃん、おはようございます(^^)お邪魔致しますm(_ _)m常磐緩行線・地下鉄千代田線ですね。5000系って千代田線でも走っていたんだ。5000系って地下鉄東西線のイメージしかなかった〜〜(^◇^;)この千代田線直通の5000系は5+5=10連ですかね⁉︎エメラルドグリーン帯の103系1000番台も常磐緩行線・地下鉄千代田線で走っていましたね。あ…当時は地下鉄東西線でも103系が走っていましたよね⁉︎何番台だったか黄帯で。

細井忠邦さま、こんばんは。

コメントありがとうございます。わたしも常磐緩行線の103系1000番台がリタイアした頃は、つくばに移っており、しかも鉄道から航空へ興味が行っていた時期だったので、あの動きに武蔵野線の101系引退の動きが絡んでいたとは知りませんでした。

いずれにせよ、その後は快速線で活躍するもの、105系に改造されるものと東西JRに別れての活躍になりましたね。その後の活躍は後日、記事に纏めたいと思っています。

マスダっち1971 さま、こんばんは。

わたくしも言われるまで千代田線の5000系編成が5+5編成とは気付きませんでした.確かによく見ると真ん中付近に連結の様子がみえますね。
さらにWikipediaで千代田線の5000系の記事をよく読むと5+5編成だったことが記述されていますね。

東西線で活躍した103系1200番台に関しては次回のこのシリーズで取り上げようと思います。

こんにちは~。モモパパです~。
地下鉄千代田線。
確か小田急も代々木上原から乗り入れてますね。
このお写真の車両はそれ以前の車両ですか。

モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。

この写真の車両は本来、東西線で働くべきだった5000系で、千代田線用本命の6000系が開発される前に開業となったものですから、ピンチヒッター的に活躍していたのですね。

はじめまして。
突然の質問で恐縮ですが103系時代の千代田線は朝どこらへんから積み残しがあるくらい混んでいたんですかね?松戸ぐらいから乗れない状態が続いて綾瀬じゃドアが開かないくらい混んでいたんですか?教えていただければ幸いですが。
長々と失礼いたしました。

花 さま、はじめまして。

わたしも103系時代の常磐線緩行上りの通勤経験はないのですが、1992年から1994年まで、つくばから霞ヶ関まで通勤した経験があり、取手始発の各停に乗った経験がありました。その頃の経験からすると松戸では200%位の混雑でしたね。
取手から座って寝てましたが、松戸を過ぎると車内の熱気で冷房が効いていても目が覚めたことが何度もありました。
103系時代はもっと凄かったのではないかと想像されます。
また北千住で快速から緩行に乗り換えたこともありましたが、乗れないこともありました。

ありがとうございます。 突然の話ですが来年上野東京ラインが開通したらつくばエクスプレス利用客はほぼ変わらないと思いますかそれとも大幅に減ると思いますか?私は おおたかの森乗り換えの方々が柏に少し移る、あと秋葉原乗り換えの方々が北千住で常磐線直通乗り換えルートにに移る程度でさほどは変わらないと思います。
長々と失礼いたしました。

花さま、おはようございます。

TXの場合は、新しい場所にレールが敷かれ、そこに住み始めた方々が利用する鉄道として発展してきていると思うので、上野東京ラインの開通ではそれほど影響は出ないのではと思います。

因みに私の場合、家からつくば駅、荒川沖駅ほぼ等距離ですが、常磐線派で、家内はTX派です。上野東京ライン開通で多少、常磐線のダイヤはかわるかと思いますが、家内が常磐線を使い出すとは思いません(笑)。わたしも秋葉原やTX沿線の限定された用事の場合以外はTXは使用しません。

ありがとうございます。 なるほど。
つくばエクスプレスは宅地化が凄く進んでいるからこれから増えるかもしれませんね。
やっぱり特急中心の乗り入れ状況ならつくばエクスプレスからルートを変えるメリットはあまりないかもしれませんね。
ところで朝のフレッシュひたちはいつも満席なんですか、教えていただければ幸いですが。
ちなみに私の高校の時の事務員さんで土浦すんでいる人がいたんですか彼は朝夕とも上野からフレッシュひたちで通っていると言ってました。
長々と失礼いたしました。

花 さま、こんばんは。

最近、鉄道関係の他のブログを拝見していると、
E531系の新製、E657系の新製、さらに山手線の520編成の転用(三鷹へさらに玉突きで松戸へ)の話題などをよく見ます。

上野東京ライン開業に向けた所要数確保のためかと思われます。ということは常磐線中距離電車のダイヤも今回は結構変化するのかなと思っています。

私の場合、今は自宅から数キロの研究所に天気の良い日は自転車、雨の日はクルマで通勤しているので平日の朝夕のフレッシュひたちの混雑状況は分からないのですが、おそらく朝の通勤時間帯、例えば土浦発6時から7時台の列車は満杯なのデハと思います。

ありがとうございます。 突然の話ですがつくばエクスプレス沿線から新宿いく場合は新御徒町出て 大江戸線に乗り換えるのと秋葉原出て総武線で行くのはどちらが便利なんですか?教えていただければ幸いですが。

花 さま、こんばんは。

つくば駅から新宿に行く場合、私は両方の経路を経験してますが、どちらの乗り換えも同じくらいですね。新御徒町の方が若干近いかも知れません。

料金や時間は全く同じですね。新宿東口なら、JR、西口なら大江戸線といった感じでしょうか。

御無沙汰してます。
新御徒町の方が新宿から つくばエクスプレス沿線にいく場合秋葉原の人混みが嫌な人にはいいかもしれませんね。
話変わって以前教えてくださった20年前の千代田線の混雑の件ですが松戸過ぎたら車内の熱気で目が冷めたというのは想像するだけで凄まじいと思います。実をいうと鉄道好きで昔柏から始発で座って混雑体験したんですが確かに松戸過ぎて私の足に吊革つかまっている人の足に当たって痛い!と叫んでしまったことがありました。でもその男性は優しい方でごめんねといい思わず会話をしてしまいました。その男性は南柏から白山に通っているという方で朝夕とも座れたためしがなく夕方も西日暮里で一気に混むとおっしゃっていました。その他にも色々話をして次の西日暮里ですくからといってくれてその通りだいぶ減ってその後は 混んではいるけど吊革つかまっているお客さんも ビックコミック読んでいる人もいたり新聞読んでいる人もいたり、ともかく余裕が出てきた記憶があります。
長々と失礼いたしました。

花さま、こんばんは。

常磐線や千代田線の混雑、来春の上野東京ラインの開通でどうなるでしょうね。

TXの開通でだいぶ混雑度は下がったと思いますが、その後どうなっているのかなと思います。

ご無沙汰しております。 上野東京ライン発表になりました。大まかにいえば朝ラッシュ時は東京駅8〜9時で緑色快速五本、日中は青色特別快速、夕方は緑色快速の四割が品川発着になるとのことです。私はこのダイヤ状況からみて今のとこはTXからの転移はそんなにはないと思いますが管理人さんはどう思いますか?
それにしても上野東京ラインは宇都宮線、高崎線が優遇されるように見えます。この二線に関しては東海道線と乗り入れますしね。
長々と失礼いたしました。

花さま、こんばんは。

上野東京ライン開業で、東北線や高崎線が東海道線などと乗り入れするのに対して、常磐線は品川までなのは、常磐線を同じように乗り入れさせると、車両の増備が必要だからと言われていますね。確かに交直流車両の増碑は経費が嵩みますが、取手までの快速電車を長距離乗り入れなら可能ですね.ただそうなるとトイレの設置等の問題が生じるのでしょうか?

こんにちわ。
トイレの設置というかダイヤ上の問題なような気がします。
ちなみに特急割引制度がなくなるというのが意外と響くと予想します。これでつくばエクスプレスの守谷以遠のお客様を奪うのは困難になりましたね。
それにしても朝ラッシュ時で一時間五本それも東京駅8時〜9時のみ、まるで昔の小田急の準急綾瀬行きが記憶に蘇ります。いちいち品川直通を野田線及び関東鉄道沿線の方々皆が狙うとは思えないし…、何とも微妙なとこです。
いちいち品川直通を待っているならTXの方が速いからそちらを選ぶわというお客様もいてるでしょう。
秋葉原の件も座れる利点があるから皆が皆北千住乗り換えに切り換えるわけではないと予想します。
ただ夕方とかは秋葉原で空いていても品川からの常磐線直通とうまく接続とれたTXの混雑は凄まじくなるんではないでしょうか?
長々失礼しました。

花さま、こんばんは。

常磐線の昼の特別快速、3月の改正からは北千住も停まるようになるのですね。JRとしてどこまで本気でTXと乗客の奪い合いを考えているのか、よく分からないところもありますね。私自身、平日に通勤で使っているわけではないので、実態はよく分からないのですが、TXが通ったことで開発された地域の分までJRが今回の改正で奪還しようと考えているようでもないのではと思います。

あけましておめでとうございます。今年は上野東京ライン開通、北陸新幹線開通と激動の一年になりそうですね。
宜しくお願い申し上げます。 私は正月は関西旅行してました。

花さま、明けましておめでとうございます。

今年の3月のダイヤ改正は久しぶりの話題豊富な改正になりそうですね。
わたしも常磐線が品川まで伸びることで、上野や日暮里での乗り換えパターンが変化することが楽しみです。

本年も宜しくお願い致します。

ご無沙汰してます。
上野東京ラインで北総線が私は影響をうけると思いますがどうですか?
というのも東松戸付近の方々が北総線は料金高いのを嫌がって新松戸回りで松戸出て品川直通とかに変えると予想してるからです。
長々と失礼しました。

花 さま、おはようございます。

わたしは北総線に関しては乗った経験もありませんし、ほとんど無知なのでコメントできる立場ではないのですが、やはり競争ルートが充実すればそちらに流れるお客さんもいるのではと思います。

それが世の常というもので、それに対抗して北総線も何か手を打つのではないでしょうか。

御無沙汰しております。 お元気ですか?
私は元気です。
ところでもし半蔵門線が松戸まで延伸していたら常磐線の混雑は緩和していたと思いますかそれともTXほどは緩和していなかったと思いますか?私は少しだけしたと思います。というのも松戸が終点で四ツ木とかまわって遠回りになるから秋葉原とか神田にいく人は常磐線のままだっただろうし 松戸止まりだから柏付近つくば付近の人のバイパスにはならなかったと考えるからです。
もしもTXと半蔵門線が直通運転していたら相当常磐線の混雑緩和していただろうしね。
長々と失礼しました。

花さま、おひさしぶりです。
Wikipediaにも書かれていますが、

1985年(昭和60年)の運輸政策審議会答申第7号において、錦糸町、押上経由で松戸へとさらに延長された。

とありますね。確かに山手線の西側から常磐線沿線に戻るとき、JRや千代田線以外にもう一本くらいルートがあればとも思いますが、東京の場合、皇居が真ん中にある関係もあって、なかなか難しいですね。
今回の上野東京ラインの開通で品川まで常磐線が延伸されるのは渋谷から常磐線方面に行く場合、従来の新宿、御茶の水、秋葉原、上野乗り換えの煩わしさを思うと楽になる気分ですね。
半蔵門線のルートは仰るように北千住から何か遠回りで都心に出るのが難ですね。

こんばんは。
半蔵門線は松戸延伸は仮にあったとしてもそんなには役には立たなかったでしょうね。
話変わりますがこないだTX乗りましたが夕方筑波山から自宅に帰る途中秋葉原で結構列ができていたのを見てびっくりしました。つくばエクスプレス住民にとったら秋葉原は 小田急京王でいうなら新宿、東武西武でいうなら 池袋みたいな位置に存在 すると感じさせられるばかりでした。

花さま、おはようございます。

確かに、山手線が、東京の各ターミナルを結ぶ環状のリンクで、秋葉原はそういう意味ではつくば方面へのゲートウエイになっているようですね。

御無沙汰しております。 TXは聞いた話上野東京ラインできて利用客が減るどころか増えているとお伺いしました。
今のTXは通勤快速八潮、六町じゃ下手したら乗れないくらい感じらしいですね。
ところで羽田空港スカイアクセスラインが開通したらTXの利用客は減ると思いますか?私は減るどころか増えると予想します。なぜなら今まではバスで空港行っていた人がTX→北千住で羽田空港スカイアクセスラインというルートに変えると考えるからです。
長々と失礼しました。

花 さま、こんばんは。

そうですか、上野東京ライン開通でも増えているのですか。
沿線の宅地開発効果なんでしょうか。

空港まで行くようになったら、確実にバスからの客が移るでしょうね。
わたしも、つくばから出張で羽田に行く際に、これまでは早朝のバスを利用したことがしばしばありましたが、一度、満員通過されて、漸く来たバスに乗ったものの首都高の渋滞に巻き込まれ、危うく遅れそうになり、途中下車して都営地下鉄に乗り換えた経験があります。羽田にチェックインぎりぎりに着きましたが。

御無沙汰しております。 まだ暑い日がたまにある東京の現状ですね。
ところで今の40代は大部分凄まじかった常磐線の混雑の経験者ですが今の ラッシュの常磐線に乗ったらどのように感じると思いますか?私は雲泥の差だと感じると思います。もし私が常磐線沿線住民だったらどう感じるかって、それはガラガラだと思うかもしれません。 ちなみにTXは常磐線だけじゃなく東武線の混雑緩和にも寄与しているから 今じゃ欠かせない路線に なったのかなと時代の流れを感じるばかりです。
長々と失礼しました。

花さま、こんばんは。

お久しぶりです。私も平日、朝の常磐線はここ数年乗っていないものですから、90年代初頭との違いを実感できないのですが、やはり、TXの効果は絶大ですかね。

常磐線、ダイヤ的にはあの頃とあまり変わってはいませんよね。

ご無沙汰してます。
前に管理人さんが松戸付近から車内の熱気がこもるとおっしゃていましたが簡単にいうと車内はどんな感じですか?窓ガラスに人の手がつくぐらいですか?教えていただければ幸いですが。

花さま、おはようございます。

お久しぶりです。
最近、平日朝の常磐快速線、通勤ラッシュ時間帯に乗ることもあるのですが、以前ほどではないものの北千住~日暮里間などはかなり混んでいる感じもしますね。
一方、武蔵野線北朝霞~武蔵浦和間なども侮れない混雑ぶりですね。
身動き取れない混雑ぶりは共通のものがありますね。

 Yahoo!でブログを書いてる 山手線103系です。
来年3月に 鉄道コレクションで 千代田線の5000系 基本5両増結5両が出ますね。
編成は、5843Fと5044Fで 1981年に東西線へ転属になった編成です。

2016年はマイクロエースで出ましたね。

山手線103系さま、おはようございます。

コメントありがとうございます。私も今は、週4日程度つくばの生活ですが、当時はたまたま安孫子で5000系がいたので撮影したという感じでした。

模型の方もこうやって昔懐かしのマイナーグループが出るというのは楽しみですね。

これからも宜しくお願い致します。

 B767-281さん、こんにちは。千代田線乗り入れ用の103系1000番台、懐かしいです。ぼくは今から約40年ぐらい前、新京成線の五香にあった知り合いの家に遊びに行った帰りに松戸から千代田線直通の103系1000番台に乗り、日比谷まで乗車したことがあります。103系1000番台は、地上を走っている時は通常の103系と走行音は変わりませんが、千代田線のトンネルの中に入ると音が大きくなってひと味違った感じになります。ぼくはそのミスマッチぶりが面白く、103系1000番台に乗るのが飽きなかったほどです。

 今の常磐緩行線と千代田線のJR車両は、E233系2000番台が主役となっていますが、103系1000番台の走行時代では考えられなかった小田急線への乗り入れも行われるなど時代は変わりました。ただE233系2000番台のVVVF音も、メトロの16000系に比べるとうるさい部類に入りますね。

乃木坂46四期生応援団さま、おはようございます。

私も大学の頃、キャンパスによって通学路はかわりましたが、千代田線を大手町~根津間を利用していた頃は連日のように103系1000番台のお世話になっておりました。特に根津、千駄木の辺りは上部の道路の幅の関係でトンネルの幅が狭く、営団6000系に較べ国鉄103系1000番台の場合は騒音、熱気ともに凄かったのを記憶しています。

あの車両が奈良線から和歌山地区に移り、つい最近まで稼働していたというのも凄いことだと思っています。
その後の千代田線も小田急乗り入れの関係で近年、だいぶ変わりましたね。

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