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2014年10月19日 (日)

長浜鉄道スクエア訪問記 その2 ED70 1号機

2014年8月の旅行、長浜鉄道スクエア訪問記の2回目は展示されていた我が国初の量産型交流機関車ED70 1号機の話題です。

Ed70_1_140809_4 日章旗付きで展示されているED70 1号機  2014/8/9 長浜鉄道スクエア・北陸本線電化記念館

我が国の交流電化は1957年9月5日の仙山線の仙台~作並間での営業運転開始が最初ですが、そのための研究は1953年頃から開始されました。この結果、変電所を少なくすることができ、建設費を抑えられる商用周波数(通常の送電に用いられている50Hzあるいは60Hzの周波数)による交流電化方式が着目されました。在来線の交流電化の電圧20kVは一般的な送電の標準電圧だそうで、新幹線の25kVは国際的な標準電圧だそうです。

世界的にはフランスが単相交流方式の商用周波数における交流電化でリードしており、車両もフランスから交流機関車を輸入する計画だったそうですが、日本のメーカーがモーター開発に成功したことで自力開発方式になったそうです。

1955年から仙山線にて試験が開始され、交流整流子電動機を用いた直接方式のED44形 (後のED90形 日立製作所 1955年7月20日製造)と静止形整流器+直流直巻電動機方式のED45形 (後のED91形 三菱電機・新三菱重工製 1955年9月28日製造)が試験されました。

ED44形は1時間定格出力においてED45形を上回っていましたが、起動トルクが弱く、引き出し力とともに加速力が劣り、加速停止を頻繁に行う列車には不向きであることが分かりました。25‰勾配における引き出し能力でもED44形が360tであったのに対してED45形は600tと大きな差がでました。交流整流子方式の電動機は磁極数が多く、1運用ごとにブラシの接点を磨かなくてはならず、整備の手間がかかることもわかりました。

水銀整流器(イグナイトロン)方式は位相制御方式による連続的な電圧変換が可能なため、起動時に有利で、空転した場合にも端子電圧が上昇しにくいため、主電動機の回転数がすぐに復帰するため、空転が自然に収まるという特性を発揮しました。

以上の点から、整流器方式のED45形が採用となりました。続く2次試験では東芝製のED45 11 (1956年12月21日製造)と日立製作所のED45 21 (1957年2月製造)が加わりました。

それぞれの方式は以下の様でした。

ED45 1 送油風冷式変圧器 水冷式イグナイトロン水銀整流器 低圧タップ方式
ED45 11 乾式変圧器           風冷式整流器                           低圧無電弧タップ方式
ED45 21                             エキサイトロン水銀整流器           高圧タップ方式

11号機はイグナイトロンの交換、21号機は機器配置の変更等がありましたが、いずれも好成績であったため、

ED45 1の方式で ED70
ED45 11の方式で ED71 2, ED72 ED73
ED45 21の方式で ED71 1, ED71 4以降の量産機 が製造されることになりました。

なお、動力伝達方式はED44 1,ED4511が吊り掛け方式で、ED45 1, 21はクイル方式でした。

1961年の形式称号の変更でED44はED90にED45はED91になりました。試験終了後、仙山線の正式交流電化後も引き続き、運用されましたがED44は保守・整備の手間に難があったため、1961年以降休車となり、1966年に廃車となりました。残るED91形3機は1968年の仙山線全線交流電化後も引き続き使用されましたが、老朽化の進行、保守部品確保の問題、重連総括制御ができないこと、電気暖房装置がないことなどの問題で1970年ED78 10,11号機が製造され置き換えられ廃車となりました。

Ed70_1_140809_3 運転台にも入れるように階段が用意されています。

ED70形はED45 1号機のシステムを受け継いで、60Hz交流機として量産化されたものですが、車体デザインはDF50形ディーゼル機関車のデザインを踏襲しました。10‰勾配で1000t以上の引き出しが可能なように大出力化されています。

Df50_and_ed70 かつて下関で撮影したDF50の正面気味の写真があったのでED70と並べてみました。標識灯の位置は違いますが、窓の位置関係、サイズ、ラインの入れ方などよく似ています。

1957年6月から9月にかけて1~18号機が製造され、1959年に追加改良形として19号機が製造されました。全機、三菱電機・新三菱重工の製造でした。19号機のみ東北本線黒磯~白河電化試験に向け、50/60Hz共用で、製造されました。

Ed70_1_140809_2
Ed70_1_140809_4_2 運転台とメータ類も現役時代そのままに

整流器トラブルや三相補機の起動、クイル式駆動装置の異常振動、粘着力不足による空転などのトラブルが頻発したため、整流器のシリコン整流器への交換などがなされました。列車暖房も当初は搭載されていなかったので,1960年代初頭に主変圧器に暖房電源供給用4次巻線を新設し、電気暖房装置搭載改造が松任工場で施工されました。

Ed70_1_140809_2_2 建物の2階の通路から屋根上を見ることも可能です。

1974年の湖西線開業で北陸本線の電気機関車運用が交直流機中心にシフトし、EF81形が大量に投入され、1975年までに全車廃車となりました。

Ed70_140809 松任本所から記念館への移設の様子も写真で説明されていました。

といったわけでわたしはED70形の現役時代は見ることができませんでしたので今回の長浜鉄道スクエア・北陸本線電化記念館におけるED701号機との対面は初対面となりました。

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コメント

B767ー281様こんにちは。ED70は現車はまだ見たことがありません。初期新性能電機と言うことでED60に似ていますね。DF50のデザインとお聞きすると納得できます。それにしても1960年代初頭は技術的にもデザイン的にも個性豊かでいいですね。この時代に存分にカメラを使える年齢だったらな、と無いものねだり(笑い)をしてしまいます。またまた失礼いたしました。

細井忠邦 さま、こんばんは。

早速、コメントありがとうございます。
わたしも今回、ED70という機関車に初めてあうことが出来ました。
廃車後長らく、松任所に保存されていたものがこうやって公開されるというのは嬉しいことですね。
大宮にいるED62も数年に一度の公開で姿が見られるのではなくてこのように常設展示にして戴けるとありがたいのですが。ED60やED61は現役時代にあっているのですが、ED62は飯田に出張で訪れた時に観る機会がありませんでしたもので。

仰る通り、あの頃は実に多種多様な車両がいましたね。今の情報と、写真撮影機材を持ってあの時代に行けたらとつくづく思いますね。

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