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2014年10月11日 (土)

東海道新幹線開業から50年 その2

1964年10月1日、東海道新幹線が開業しましたが、まだ0系とは呼ばれていない新幹線電車、12両編成30編成が準備されました。製造は日車、川車、汽車、近車、日立の5社でN・R・K・S・Hの編成表示になって行きました。後に東急車輌も参画し、Tに。

0 東海道在来線から写した新幹線 撮影時期も場所も不明

開業前の1962年に試作車両A編成 (2両編成)、B編成 (4両編成)がまず準備されました。
それぞれの構成は
A編成 新大阪 ← 1001 (汽車製造)+1002 (日本車両製造) → 東京
B編成  ← 1003 + 1004 (日立製作所) +1005 (川崎車輌) + 1006(近畿車輛) →
でした。それぞれが異なる台車を履いていました。

2編成準備されたのはすれ違い試験を行うためだそうです。鴨宮のモデル線区でシステム全体の試験が実施され、速度向上試験も行われ、1962年10月31日にはB編成がそれまでクモヤ93000が持っていた175km/hの狭軌鉄道世界最高記録を抜き、電車方式としての世界最高速度256km/hを記録しました。

そしてA・B編成の試験結果をもとにC編成と呼ばれる先行製造車6両が製造されました。

Mc          M'           Mb        M's       M        M'c
21-1  +   26-1   +   35-2   + 16-1   + 25-2   + 22-1
といった構成でした。
試作編成と違いは
・ プラグドアを通常のタイプに変更
・ 運転台上の静電アンテナを棒状から板状に変更
・ 非常用脱出口を車両中央に設置
・ 排障器の強化
・ 前頭部内部への非常用連結器の格納と蛍光灯内蔵の取りやめ
・ 前照灯の大型化

これに続いて1次車 6両編成 30本
16-1 -30
21-1 -30
22-1 -30
25-2 -60 (偶数)
26-1 -59 (奇数)
35-2 -60 (偶数)  が1964年3月から9月までに量産されました。

さらに途中で開業時6両編成案が12両編成に計画が変更されたため、2次車として
15-1 -30
25-1 -59(奇数)
26-2 -60(偶数)・201-260
35-1 -59(奇数) が増備されました。

これまで在来線では東京方奇数向き、大阪方偶数向きでしたが、新幹線では号車番号と奇数、偶数の関係が一致するようになりました。

開業時の12連は
Mc(21)-M'(26)-25(M)-26(M'2)-35(Mb)-26(M'2)-Ms(15)-M's(16)-Mb(35)-M'(26)-M(25)-M'c(22) となりました。ひかり、こだまは共通編成でした。

開業時のダイヤは1-1ダイヤと言われ、毎時00分発(12時以外)がひかり、毎時30分発(10時30分以外)がこだまで、ひかりは6時発から20時発までの14本(ひかり1号から27号)、こだまは6:30から18:30発までの12本(こだま101号から123号)と区間運転の名古屋~新大阪、東京~名古屋、東京~静岡(下り)、新大阪~静岡(上り)が設定されました。路盤の安定と初期故障対策から、東京~新大阪間ひかり4時間、こだま5時間と設定され、上り下りともに浜松駅でひかりがこだまを抜く設定でした。

新幹線の場合、特急料金としてA,B,Cの3ランクがあり、2等車の場合、開業時は4時間、5時間設定であったので、東京~新大阪間、ひかりがB1300円、こだまがC1100円で、A1600円の設定は1965年11月以降になりました。ちなみに新幹線開業前の特急料金は2等で東京~大阪間 800円でした。

開業初年度はオリンピックが開催されたにもかかわらず、利用客数は予想を大きく下回ったそうです。車両の初期故障や風水害、雪害で運行に支障をきたすことが多かったこともありますが、在来線の急行列車が存置されたため、300円の急行料金と較べて、料金が割高に感じた人が多かったのではと考えられています。

翌年、1965年10月1日のダイヤ改正で、ひかりを毎時00分と30分発に、こだまを05分と35分発にした2-2ダイヤとなり、ひかりが40本、こだまが46本運転されるようになりました。

0_860216 夕暮れの東京駅にて 1986/2/16

そして台風シーズンを避ける形で、翌11月再度ダイヤ改正が行われ、当初の計画通り、東京~新大阪間、超特急ひかりが3時間10分、特急こだまが4時間運転となりました。在来線のダイヤ改正(10月に実施)では新幹線接続の新大阪発のブルートレイン「あかつき」が登場し、東京発15:00 ひかり29号~新大阪着18:10 発18:30 寝台特急「あかつき」 西鹿児島10:33という、従来の寝台特急「はやぶさ」の東京駅18:30発、西鹿児島着17:00を大幅に短縮することが可能となりました。私も1974年の大学1年の秋休み、九州一周旅行した際の九州入りはこの「あかつき1号」20系客車でした(記事)。このときに再度、増発が行われ、ひかり52本、こだまは区間運転を含めて58本の110本体制となっています。

国鉄の「みどりの窓口」はこの年の9月24日から主要152駅に設置され、10月1日乗車分から発券が行われるようになりました。MARS-102というコンピュータに特急券情報が収容され.各端末からアクセスして情報をやりとりする体制が整備されて行きました。

11月の改正でのスピードアップに伴い、ひかりはA料金1600円、こだまはB料金1300円となりました。さらに東京以外の新幹線停車駅(大阪を含む)で在来線特急・急行・準急に乗り継ぐ場合、新幹線特急券と同時に購入すれば在来線の特急・急行・準急料金が半額になる「乗り継ぎ割引」が設定されました。

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コメント

B767−281様 お早うございます。新幹線0系と言う呼び方にはいまだに違和感を覚えますが、やはり100系が登場してからの呼び方なのでしょうか。わたしにとっては「新幹線電車」という呼び方がピッタリきます。。それにしても一見全部同じに見える0系ですが(世の中の呼称に会わせます。笑い)、編成の変遷はいろいろあるのですね。貴ブログを拝見させていただいておりますと、本当に些細な事実でもきちんと記録なさっていることに頭が下がると同時に大変参考になります。当初は相当料金が高値だったのですね。今ではついつい静かなグリーン車を利用してしまう私ですが、夜の中全体が贅沢になったのか、考えてしまいます。

細井忠邦 さま、おはようございます。

仰る通り、わたしもあの電車を0系というのは何か非常に違和感を感じています.確か100系が登場した頃、区別するために言われ出したのですよね。

新幹線の歴史って、新聞等でもその時々の変化は報道されているので記憶には残っているのですが、いざ.小窓のタイプが出て来たのはとか、東海道から去っていったのはとは、それほどきちんと写真等で記録していないものですから、さてと思うことがありますね。
そういったもやもや感を解消したくて、今回のシリーズは、参考書やWikipediaを見ながら記事を纏めてみようと考えました。またこの夏に訪問した名古屋のリニア・鉄道館での写真も使えるのではと考えております。
ちなみに、わたしは関西への家族旅行で一度だけ、100系のグリーン個室を利用したことがあります。

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