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2014年11月28日 (金)

尾久車両センター公開 2014 その1 185系 A4編成 part1

2014年11月15日、尾久車両センター公開に行きましたが、速報版に続いて展示車両のレポートシリーズを立ち上げたく思います。

第1回目は185系A4編成です。

まずは185系基本番台の今日までですが、185系は1981年に運用を開始した国鉄最後の優等列車用の電車で、それまでの常識を破って普通電車(通勤型)から特急までの運用に対応できるように設計・製造されました。東海道線向けの基本番台は153系急行型電車の置き換え、1982年登場の200番台は耐寒耐雪装備や横軽対策を施し、165系の置き換えでした。両タイプ併せて、227両が製造されました。

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再掲ですが、185系登場時、153系と併結されて普通電車で運用される姿 1981/5/23 東京

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こちらは急行「伊豆」で運用されるA3編成 1981/5/23 東京

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今は亡き12/13番線や11番機回し線、さらに0系新幹線が懐かしいです。3本のジャンパ栓は153系165系併結用のKE64形ジャンパ連結器で、現在は1本のみ残っています。

185系基本番台は田町電車区に配置となり、1981年3月26日から153系の付属編成を置き換える形で運用が開始されました。同年7月に0番台、115両が出揃い、10月1日からエル特急「踊り子」7往復での運用も開始されました。

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投入翌日の185系A1編成 特急「踊り子」 1981/10/2 東京

1985年3月14日、東北・上越新幹線が上野まで延伸開業し、「新幹線リレー号」が廃止となり、200番台4編成が新前橋から、田町に転属となりました。この異動で183系1000番台で運用されていた特急「踊り子」はすべて185系になりました。このときから、田町区の構成は10両グリーン車2両入りのA編成(A1~A8)、200番台7両編成のB編成(B1~B4)、5両付属編成のC編成(C1~C7)となりました。

1988年3月13日の改正で「新特急なすの」4往復が廃止されたことで、200番台1編成が新前橋から田町に転属となり、1990年3月10日の改正における「湘南新宿ライナー」の増発で2編成がさらに転属となり、B編成は7本となりました。

パンタグラフに関して、1989年度にB編成、1990年度にA6編成が中央東線の狭小トンネルに対応したPS24形に変更され、また1990年度にはC編成が追従性の向上を図ったPS21形に交換されました。

1996年、臨時特急「はまかいじ」運用のため、B4~B6編成にATC装置が取り付けられました。1998年サロ185形の座席がバケットタイプに交換され、1999年から2002年にかけてリニューアルが行われ、普通車の座席がリクライニングシートに、化粧板も交換され、仕切り扉もマットスイッチ方式からセンサー方式に変更され、外部塗装も斜めストライプから湘南色ブロックパターンに変更となりました。

2011年、特急「踊り子」運転開始30周年を記念して、7月14日全般検査を出場したA8編成は登場時の斜めストライプ編成での登場となりました。さらに2012年6月にはC1編成も斜めストライプ塗装に復元され、6月23日より運用を開始しました。現在、懐かしの斜めストライプ編成は、B2(2014/8), B7(2014/4), C4(2014/8), C6(2014/6)と変更されているようです。

185_c1_120715 A8+C1 斜めストライプ併結15連の特急「踊り子号」 2012/7/15 大船

20013年3月16日のダイヤ改正で田町車両センターは廃止され、185系は大宮車両センターに転属となりました。転属後も編成番号等はかわらなかったものの、改正前後から編成の変更や廃車が進められるようになり、B編成はB1編成以外からグリーン車が抜き取られ、さらにB2編成にB7編成のモハ185・184-231が組み込まれ、B2編成は8両に、B7編成は4両になりました。C編成ではサハ185-7が抜き取られ4両となりました。こういった編成変更はこれまで波動輸送に対応していた183/189系の置き換えであり、この夏、名古屋で偶然見かけたように「ムーンライトながら」などにも185系が投入されるようになりました。また同改正では長らく残っていた東海道線の伊東行き普通列車運用(521M)がE231系に置き換えられ、熱海~伊東間に縮小されました。

サハ185-7が2013年4月1日付けで最初の廃車になった他、B編成から外されたサロも7月24日、10月9日付けで廃車となっています。

2014年3月15日の改正では伊東線の普通列車運用も消滅し、編成単位での廃車が開始され、2014年5月13日付けでB1編成が廃車となりました。

10両編成はこれまでA1~A8編成でしたが、200番台のOM07編成にOM06編成からのモハ185/184-221サロ185-211を組み込んだOM07(II)編成2014年5月30日に大宮を出場しており、現在9本で共通運用しているようです。

185系200番台の国鉄時代の活躍に関しては昨年7月8日から12日の記事で触れましたが、基本番台は今回初めてだったもので、その登場から振り返ってみました。

次回は尾久公開での展示について触れ、3回目はA4編成のこれまでの活躍ぶりについて触れようと思います。

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コメント

こんにちは~。モモパパです。
僕のイメージで言うと185系といえば踊り子号。
昔学生時代に乗車しましたよ。
懐かしいな。

B767−281様 お早うございます。「兄弟」の117系とも車体に連続溶接を施し丈夫な設計の元製作されたので、長生きなのでしょうな。斜めストライプは当時衝撃的でした。登場したころは横浜在住の大学の悪友が153系の大ファンだったので影響を受け、153系の最期の記録にいそしみました。185系は特急用にしては少々中途半端に思え、もし急行「伊豆」の置き換えで「171系」なら大いに納得できました。しかし急行はどんどん格上げし、短距離でも特急にしようという当時の国鉄の思惑で特急になってしまった感じです。今「踊り子」の方はまだ置き換えが具体化していないようですが、斜めストライプ復活は大歓迎です。ところで同時期に登場した201系が早々と姿を消したのには未だに納得できません。103系を更新するくらいなら201系に手をかけた方が良かったのではと思います。最後に話題が脱線気味で申し訳ありません。

モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。

185系「踊り子」号乗車されましたか、わたしは普通の521Mには乗りましたが、特急としては乗車経験はありません。
確かに普通で乗ると得した気分になりますが。

細井忠邦さま、こんばんは。

わたしも185系、急行型としてデビューしたのであれば、違和感は無かったと思います。営業サイドの意見で、特急になってしまったのが、運命の分かれ目だったような(笑)。

201系はホント、東日本では中央線快速、緩行線、武蔵野線、京葉線くらいでしか使われず、あっと言う間に無くなってしまいましたね。やはり、素子が活躍を阻止したのかな。

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