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2014年11月27日 (木)

40年ぶりの梅小路蒸気機関車館 2 扇形庫と転車台など

2014年8月10日、台風11号が接近する中、1974年9月30日以来、約40年ぶりの梅小路蒸気機関車館訪問でした.。今回は扇形庫や転車台について触れようと思います。

140810
2014年8月10日の転車台と扇形庫

740929 1974年9月30日の同じ場所からのショット

Sl740929 40年前のショット

Sl740929_2 同じく40年前のショット

保存されている機関車たちは40年前より、若干増えており、動態保存機は相変わらず頑張っているようですが、40年前の写真に写っている人々は今どうなっているのでしょうか。かくいう私も、当時は18歳の大学1年生で、今は58歳になっておりますが。

梅小路機関区は1876年9月5日、京都機関庫として仮開設されました。1897年2月15日、京都鉄道(京都~園部間、1907年に国有化)が二条機関庫を開設しました。1914年10月10日、京都機関庫と二条機関庫が統合され、梅小路機関庫が発足しました。1936年9月1日には梅小路機関区に改称しています。

1972年10月10日、梅小路蒸気機関車館が開館、1987年3月1日には、梅小路運転区に改称、1987年4月の国鉄民営化ではJR西日本に継承され、1990年3月14日、所属乗務員は京都電車区、米原電車区に異動となり、乗務員の配置がなくなりました。1997年7月4日、旧二条駅舎(京都鉄道の本社屋で1904年完成)が移転し、翌日には蒸気機関車館がリニューアルオープンとなりました。資料展示館は1996年4月に京都市の有形文化財に指定されています。

扇形庫は1914年建設の鉄筋コンクリート製で2004年12月10日1915年完成の5t電動天井クレーン、引き込み線とともに国の重要文化財指定を受け、土木学会選奨土木遺産に選ばれています。2006年にはJR西日本により、旧二条駅舎(展示館)と扇形庫に保存されている蒸気機関車一式、点検修理の工具一式が準鉄道記念物に指定されました。

開館当初は蒸気機関車の検査は長野工場が指定されていましたが、営業用蒸気機関車が全廃されたことで、保存機の保守継続が問題となり、1979年には動態保存機の両数を削減し、検査担当工場を鷹取工場へと変更しました。その鷹取工場も1995年1月の阪神・淡路大震災で被災し、跡地を市街地復興事業に資するため、2000年3月31日に100年の歴史を閉じることになりました。たまたま震災時はC571号機が入場中でボイラーなどが大きく破損し、再起不能とまで言われましたが、懸命の復旧作業で営業運転に復帰したことも同工場の技術力の高さを示すエピソードとして語り継がれています。鷹取工場閉鎖後は蒸気機関車の検査、修繕は梅小路運転区で行われています。

転車台は太平洋戦争期間中に原子爆弾の投下目標になっていたそうです。

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扇形庫の奥には蒸気機関車の部品などが展示されており、蒸気室とシリンダー

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注水器と給水ポンプ

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連結棒

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耐火レンガなどが展示されていました。

「耐火レンガ」と聞くと、室田耐火煉瓦、そう松本清張の「ゼロの焦点」をなぜか思い出してしまいます(笑)。

大阪弁天町にあった交通科学博物館の老朽化により、同館の展示物と梅小路蒸気機関車館の展示物を一体化した京都鉄道博物館の建設が決まり、2016年春の開館を目指して、建設が進められています。そして2015年秋以降、SL専用研修庫を梅小路運転区内に新設し、日本のSL動態保存の拠点とするという発表もありました。さらに2017年度以降1979年車籍抹消、有火保存状態になり、1987年に車籍が復活したD51200号機の大規模修繕と本線運転用改造を実施し、本線運転を復活させるとのことでした。

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西方には建設中の京都鉄道博物館の建物の姿も見ることができます。

次回からは保存機関車を形式別に紹介して行こうと思います。

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コメント

B767−281様 お早うございます。ターンテーブルと言えばわたくしの自宅の隣駅八王子には八王子機関区がありました。今は廃止され跡地が残っていますが、ターンテーブルの残骸もまだあるようです。そう言えば梅小路の近く、向日町運転所(今は運転区?)があり、そこにもターンテーブルは存在しています。聞いた話ではかつて雷鳥などに使用していたクハ481は度々転向していたそうで、クモヤに引かれてターンテーブルに乗ってまわされていたのかなと想像します。話はもどって40年前はこんなに煙が上がっていたのですね。と言う事はほとんどの蒸汽に火が入っていた〈生きていた〉ということなのですね。ううむ現状が残念です。それでは失礼いたします。

細井忠邦さま、こんばんは。

八王子機関区の転車台、確か横浜線ホームから見た憶えがありますが、ネットで調べると
例えば http://utrblog.exblog.jp/17808214/ こちらにその様子のお写真がありますね。転車台って、上から見るとわかりやすいですが、横から見ると気付かないこともありますね。

向日町のクハ481、わたしも以前、記事にしましたが、ある時期唯一の200番台だった、-253なども、時期によって向きが変わっていたようですね。

梅小路の蒸気、一時、動態機の数が減りましたが、復活する機もあるようで、京都鉄道博物館がオープンしたら是非また訪問したく思います。

こんにちは~。モモパパです。
梅小路機関車館。
僕、大分昔に行ったことがありますが扇形庫も転車台も変わってませんね。
でも機関車が減ったような気が・・・。

モモのパパさま、こんばんは。

機関車に関しては、後の記事で書く予定ですが、40年前に較べて
C621,1070形1080が加わり、最近、7100形義経号の公開も始まったようです。

たまたまこの日は東海道線の方に留置されていました。またC571やC56160は外泊中だったようです。

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