四方津を再訪 その1 189系 M52編成 グレードアップあずさ塗色を撮る
関東地方は日没時刻の最早週が過ぎ、これからは日の入りは遅くなって行くようですが、寒さの方はこれからが本番のようですね。
既に各所で話題になっているように11月から大宮入りしていた豊田車両センターの189系M52編成が1990年代の「グレードアップあずさ色」に塗り替えられ12月2日出場しました。
その最初の営業運行として、「189系で行く中央線の旅」が12月6日に開催され、立川~松本間を往復し、往路は旧線辰野駅経由で運転されるとのことだったので、昨年6月に訪れた四方津のポイントで狙うことにしました。
ちなみに豊田車両センターのM52編成は、元大宮の
H102編成
クハ189 モハ189/188 モハ189/188 モハ189/188 モハ189/188 クハ189
509 19 21 38 41 11
が2013年8月29日に長野総合車両センターに回送され、モハユニット19, 21を編成から外し、6両編成化し、9月2日に豊田車輌センターに回送され、M52編成と名乗ったものです。
今回の塗装変更が編成異動後わずか1年2ヶ月で行われるとは思わなかったものですから、国鉄色時代のM52編成は撮り逃がしてしまいました。
M52編成
クハ189 モハ189-188 モハ189-188 クハ189
509 38 41 11
9時42分頃、四方津駅に接近し通過する189系M52編成 団体臨時列車 2014/12/6
JR移行後、高速バスとの熾烈な競争時代となりJR東日本は1987年から1989年にかけて「あずさ」用9両編成8本(当時のM1~M8編成)のグレードアップを行いました。
表1 松本運転所 「あずさ」グレードアップ編成 1989年
その内容は
・外部塗装の変更
・座席部分の床を170mm嵩上げしてセミハイデッキ化
・窓を100mm上方へ拡大し内窓キセをFRP製に変更
・座席の交換
普通車は背面テーブル付リクライニングシートへ取り替えてシートピッチを910mmから960mmまたは970mmに拡大(定員は各車両4名減)
グリーン車はシートピッチはそのままにC席を独立させた1+2配置の3列式とし従来より座面横幅の広いシートに交換(定員36名に変更)
・荷棚は100系新幹線と同型の読書灯付
・仕切ドアを自動ドアに改造し上部に案内表示器を設置
・グリーン車に当初は百円硬貨専用→テレホンカード式の公衆電話を新設
・グリーン車のトイレ・洗面所をリニューアル
・車内チャイムを変更
すべて指定席車を対象にした変更で、自由席車は外部塗装を変更して座席表地のモケットとカーテンを指定席車と同色のものにした変更に留まりました。「あずさ」は4号車指定席を閑散期には自由席で運用することもあったため該当車は、指定席改造のほか座席取付部にレールを設置しシートピッチを変更可能にしました。
(以上、グレードアップ内容に関してはWikipediaの記述を参考にしました)
1990年代は鉄道よりもむしろ旅客機の時代だったもので、この塗色は雑誌の写真では何度も見ていましたが、実物を見て撮影するのは初めてでした。
今回はほぼ同じ時間帯にM50,M51,M52編成が相次いで四方津を通過し、さらに本日、豊田車輌センターの115系は最終運用だったこともあり、スカ色115系(長ナノのC1以外)は引退となるため多くのファンが駆けつけていました。四方津での撮影内容は数回に渡ってレポートする予定です。
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コメント
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b767−281様 お早うございます。昨日はまったく偶然にこの編成の豊田出庫を携帯ですが写真に収めました。外板も綺麗に補修され塗装もとても綺麗。ついでに屋根も銀色だったら最高、と思いました。そういえばいつの頃からか屋根は再塗装されなくなりました。特急の大衆化と一致しているような。この車両を見るとより新しい201系が早々に消えてしまったことつくづく残念です。付属1編成でも残せば商売になった(いやな言い方ですが)と思うのですが。半導体の反動ですかね。お邪魔致しました。
投稿: 細井忠邦 | 2014年12月 7日 (日) 08時25分
細井忠邦さま、こんばんは。
昨日も話題になりましたが、意図してのことか、豊田区にM50 、M51、M52と3編成が揃い、しかもそれぞれ塗色が異なるという時代になりましたね。もっとも、183/189系もかなりの老齢ですのであとどれくらい活躍できるのかは分かりませんが。
仰る通り、201系や203系はそれ以前の車両、例えば115系などの長寿を思うとあっさりと解体されてしまいましたね。203系などはインドネシアに譲渡されたそうですが、現地でメンテは大丈夫なのかなと思います。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2014年12月 7日 (日) 21時00分