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2015年3月 4日 (水)

通勤電車シリーズ 103系 21 中央快速線への103系一次タイプの転入

通勤電車103系シリーズ、今回は山手線、京浜東北線のATC化で捻出された低運転台クハやクモハを含んだ編成の中央快速線投入の話題です。

103
103系 一次車の冷房改造車、前照灯はシールドビーム化されたクハ基本番台を先頭にした特別快速 阿佐ヶ谷

これまで中央快速線には、1973年初頭の量産冷房車編成1974年のATC準備工事対応クハ編成など、武蔵野線開業用や関西本線電化用の101系の捻出、豊田電車区の特別快速運用の冷房化対応で冷房車が投入されていました。

1977年度101系を南武線などに投入し、旧形国電を陶太させるため、三鷹電車区に103系 (7+3連8本)が投入されました。サハ2両は例によってサハ101から改造の750番台でした。1978年10月のダイヤ改正では、特快の運用が1本、三鷹区の担当となり、クモハ先頭の特快が走ったとのことです。103系1200番台もこの時期に2本増備されました。

1979年初頭には、101系取り替え用として10連5本が豊田区に投入されましたが、中間車は新製車、先頭車は山手線ATC対応化の捻出車でした(上の写真の編成)。

103_mc
三鷹電車区で休むクモハ103先頭の編成 冷房改造車

103_mc_2
東京駅を出発するクモハ103をラストにした編成

103_2
中央線転属を控えて、既にオレンジ・バーミリオンに塗装変更され、京浜東北線の運用に就く編成 鶯谷

103_3
同じような混色編成を同じ日に2回も目撃し、非常に印象的でした。
誤乗防止のステッカーも印象的でした。

1_2 表1 1979年4月1日時点の三鷹区の103系基本番台編成表
2 表2 同時点の豊田区、中央快速線用103系編成表
豊田区の103系クハには1次、量産冷房、高運転台ATC対応の3種が揃いました。

103_800915
103_800915_2 1980/9/15 東京駅

その後、1980年から投入された車輌は先頭車も新製車で、ATC非対応の高運転台車でATC機器搭載スペースが空いたため、乗務員室扉後方の戸袋窓が復活したクハとなりました。このときにもサハ5両は750番台 (101系初期冷房改造車のジャンパ連結器交換バージョン) となりました。他の101系初期冷房車は南武線に転出しました。前回の記事で試作クハや500番台クハも青梅・五日市線用に豊田区に所属していましたので、この時点で全タイプのクハが揃っていたことになりますね。

103atc
豊田区に配置された高運転台非ATCタイプクハのその後

6組12両が配置されましたが、短期間で津田沼区に転属し、さらにATC取り付け改造された車両、あるいはJR東日本で廃車後、JR西日本に譲渡された車両、あるいは武蔵野線で長く活躍した車両などに分かれます。

1979年には201系試作車が登場し、三鷹区の103系7+3編成は豊田区に移動、201系の増備にあわせて、投入されたばかりの非ATCクハ編成2本は津田沼区へ、ATC対応クハは横浜線へとさらに武蔵野線へも転出し、1983年には101系よりも先に撤退となりました。

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電車103系」カテゴリの記事

コメント

B767−281様 お早うございます。とにかく運転手に評判の悪かった103系、雨天時の空転やブレーキ時の衝動などその分けはいろいろありました。もちろん75km/時以上の加速の悪さも。さて、山手からのクハ初期車が入った頃は、ウグイス色のまま豊田に留置されていたり、冷房改造が間に合わず中間だけ冷房車で使用されたりと面白い光景が見られました。特に後車は運転室後部に冷房制御装置だけを取り付け、しばらく使用されていました。(確か113と114番か?)クハ先頭編成は総武線へ、クモハは主に南武線へと転出していきました。ついこの間のように思い出しますが、もう30年以上も前なのですね。またまた朝からお邪魔いたしました。

細井忠邦 さま、こんばんは。

細井さんが豊田区を見守っておられた頃、私は自転車で南大泉から中央線まで南下して、三鷹区を見守っていた感じでした。

中央線の旅客列車がEF13牽引、冬は暖房車付きから、EF64へ、さらに115系へと変化して行き、181系が登場し、三鷹区の役割も通勤電車の基地から中央線115系の基地に変わっていったように思います。

山陽新幹線博多開業から来週の10日で40年です。ホント、過ぎてしまうと時間の経つのははやいものですね。

こんにちは~。モモパパです。
中央線の特別快速。
ヘッドマークってシール式なのでしょうか。
京浜東北線の先頭車マークはシールだと分かるのですが。

クハ415-1901さん、こんにちは。
中央線での103系のオレンジの姿は清々しいですね。
冒頭を飾る103系一次車の冷房改造編成・・・なかなかかっこいいです。
特別快速のHMをつけて103系一番の晴れ姿ではないでしょうか。

モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。

101系、103系時代の特快マークは鉄製の看板をぶら下げていました。
登場時は正面のガラスの内側に細めのHMでしたが、すぐにあの大型のタイプになりました。

やぶおさま、こんばんは。

そうですね、あのHMをぶら下げるときりりと顔が引き締まった感じがしますね。

中央快速線の西トタの103系ではありませんでしたが、
中央総武慣行線の千ツヌの103系では、クハが冷房改造をされてませんでしたね。


その前に中央総武慣行線の千ツヌだったか、西カノだったのか忘れましたが、3両編成側だけ冷房車だった記憶があります。


当時夏でも地下鉄に乗ると…、まだ涼しかったです。

準急豊島園さま、おはようございます。

そうですね、あの頃の冷房改造は冷房化が当たり前になろうとしていた時期だけに、国鉄の財政事情とにらめっこしながら、やっていたのでしょうね。

記録には残っていないかもしれませんが、我々にとっては貴重な思い出ですね。

B767しゃん、おはようごじゃります(^◇^;)走っていましたね〜〜中央快速線にも103系が‼︎

マスダっち1971さん、おはようございます。

いろいろなタイプのクハやクモハがいたのが面白かったですね。

B767しゃん、おこんばんは(^◇^;)またお邪魔致しますよm(_ _)m中央快速線の103系って…3+7=10両編成も走っていたんすね。この3+7の編成っつぅのは…全車両の窓が非ユニット式ですか⁉︎窓がユニット式の車両も連結されていたんかな⁉︎

マスダっち1971さま、おはようございます。

三鷹区に転入した3+7編成は、番号的に見ても山手線の試作冷房車の以前の車輌ばかりですから、すべて非ユニット窓車となりますね。

クハ103-177以前、モハ103-278以前 モハ102-433以前 サハ103-305以前

この車両は関西でも、今の207・321・221・225系のステンレス風車両に置き換えられる前までは、主流でしたね。

私は学研都市線在住歴45年ですが、子供のころ(少なくとも高校2年ごろ)までは、この103系のオレンジでした。学研都市線が片町線と言っていた時代は、京都の木津~長尾まではディーゼル車でしたので、電車区間は長尾~片町まで(確か四条畷までは、1979年ごろまではディーゼルだったと伺いました)しか走っておらず、快速運転もなく、各駅停車だけの地味なものでしたが。

快速運転が始まってからも車両を分けることなく、103を各駅停車は7両、快速は3両(のち4両)で運転していたという記憶があります。

現在は東西線を介して列車により尼崎経由で西明石(神戸線)、宝塚・新三田(宝塚線)乗り入れが増えていますが、主に321・207です。ですから、オレンジの103は環状線を含め、私の中での一番印象に残るものでした。

続きです。

基本的に、学研都市線と大阪環状線は103はオレンジ(JTBパブリッシング=当時の交通公社出版部が出した時刻表は「あか色の電車」とあるが、赤色というよりオレンジだった)が多く乗り入れており、私が子供のころ(幼稚園の頃)よく家で遊んでいた電車のおもちゃも、中央快速線仕様の103系でした(あと総武横須賀線使用113も持ってたかな)。

僕が小学校3-4年ごろでしたが、203が現在の京都・神戸線に当たる東海道・山陽本線京阪神電車区間に投入されたため、その分を103が片町(学研都市)線と環状線に乗り入れていた時に、青・黄色・緑の電車が数両乗り入れていた記憶がありました。

マァ君さま、はじめまして。

貴重な体験談、ありがとうございます。わたしも長いこと東京を中心に関東在住ですが、小学校の頃、大阪を訪問すると中央快速線とおなじオレンジ色の101系が環状線を走っていて驚いたものでした。それ以後、101系は片町線、関西線に投入されてゆき、その後103系も同じように各線に入って行きましたね。
JR化されて今は大阪独自の車両が多くなりましたが、国鉄時代のああいった車両の流れが私の鉄道趣味のきっかけでもありました。

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