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2015年3月29日 (日)

47年振りの東急世田谷線訪問 その3 宮の坂の保存車

東急世田谷線の話題、今回は宮の坂の駅横に保存されているデハ80形2代目87号、江ノ電600形601号です。

以前にも記述しましたが、玉電80形は1950年から1953年にかけて、日立製作所、東急横浜製作所、川崎車輌で28両製造されました。但し、純粋な新造は81~86の6両で、後の22両は旧型車(デハ1形とデハ20形)の鋼体化改造でした。デハ87号はデハ29号の鋼体化でした。

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玉電時代のデハ80形86号 電車とバスの博物館の展示写真から

玉電末期の合理化策の一環として80形のうち、81~86号は「連結2人のり」化改造がなされ、81~84号は連結面側の運転台も撤去、中扉のステップ延長、扉幅縮小、ドアエンジン設置などの改造が施工されました。玉電廃止で87-103号と108号は廃車となり、104-107号は87-90号に改番(1969/5/11)されました。
87-90号は連結2人乗り改造が施されなかったために、世田谷線ではあまり活躍することなく1970年に江ノ島鎌倉観光に譲渡され、600形として使用されました。世田谷線除籍日は1970年4月30日、江ノ電入籍日は1970年9月1日です。

601_150207 連結面側

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運転台側は腰にライトが付いたスタイルです。

江ノ電においては軌間を1372mmから1067mmに変更し、客用扉ステップの撤去、片運転台化、乗務員室脇の客用扉位置の移動、方向識別灯の撤去等の改造がなされました。603-604編成1983年601-602編成1990年4月28日に廃車されました。

廃車された601号は宮の坂駅脇の宮坂区民センターに静態保存されました。相棒だった602号は1988年651号に改番され、前回の記事で紹介したように前頭部は「江ノ電もなか」の扇屋に保存されました。

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車内も公開されており、シンプルな運転台も見ることができます。

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台車はブリル76Eというタイプで、主電動機は東洋電気製造TDK583 で吊り掛け式駆動方式です。
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説明板には前面の形態変化の説明もありました。

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車輌は宮の坂駅ホームに隣接して保存されています。2015/2/7


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コメント

B767ー281様おはようございます。宮の坂はその電車のわきの会館を時々使います。電車はうかつにも周りから眺めるのみでした。近々会合がそこであるので、早めに行ってじっくり観察してみます。このシリーズ、職場の近くなので楽しみです。

今でも
世田谷線には よく乗りますし、
環七の若林踏切で見かけます。


しかし小学生のとき
渋谷と二子玉川間を乗っていたという
あまり記憶にないのです。


親父の友だちが 世田谷区岡本に住んでいたので
砧本村の支線には乗っていたはずなんですが。


東横線に乗っていた記憶があるんで、大井町線経由で二子玉川までだったのか。


玉川大師の真っ暗な洞窟みたいなのも行きました。


二子玉川付近の変貌、驚くばかりです!

細井忠邦 さま、おはようございます。

わたしもかつての玉電、そして世田谷線初期に活躍した車輌がこうやって保存されていることは大変嬉しく思っています。
保存していても時間が経ってくるとだんだん錆び等も浮き出してくるので定期的なメンテも必要ですね。今後とも末永く保存されていて欲しいものですね。

準急豊島園さま、おはようございます。

そうですか、結構玉電の奥の方とは関係をお持ちだったのですね。
私は、本線は三軒茶屋まででした。
今は246もすっかり変貌してしまいましたが、あそこを歩きながら往事を偲ぶのもいいなと思っております。

81-84の4両は日立製作所製ですよ。

ぽんこ山本さま、はじめまして。

そうですね、わたしも日立製作所製造の件、書き忘れました.早速、修正致します。ご指摘ありがとうございました。

こんにちは~。モモパパです。
東急世田谷線。
昔よく乗車しました。
すごくシンプルな運転台ですね。
いまじゃ車両も入れ替わってるんでしょうね。

モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。

後の記事で出て来る予定ですが、現在は300形10編成、200形塗装を引き継いだ301とあと9色の車輌が活躍しています。

B767−281様 お早うございます。見てきました!中は自由に入れますが、それほど荒れてはいませんでした。ただ「最近、つり革がなくなるので云々」の注意書きがあったのが残念です。外見は少々荒れ出しています。裾の部分、なんと緑のガムテープで補修。朽ち果てない対策が必要ですね。ではまた。失礼いたしました。

細井忠邦さま、こんばんは。

宮の坂の保存車の状況、ありがとうございます。
出来れば、緑一色の塗装ではなくて玉電全盛期の塗装も見たいなとも思いますが、まずは形が残されていることを幸せに感じるべきなんでしょうね。

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