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2015年3月20日 (金)

東海道新幹線開業から50年 その12 500系の登場 part1

2014年10月の東海道新幹線開業50周年にあたり、0系、100系、300系と見てきましたが、今回は500系です。

500_w1_060813
田町を通過する 500系 W1編成

前面窓ガラス上に編成番号が書かれていますが、W1編成の特徴はJR500 WEST JAPANのロゴの前方にみえるホクロのような●です。
この●はすれ違い試験時に取り付けられたセンサー用の窓とのことです。

100系、300系はJR東海、JR西日本の両社が製造しましたが、500系は山陽新幹線における航空機への対抗、高速化を目指してJR西日本が単独で製造した形式です。車体強度、台車強度、力行性能など全てを320km/h対応として1996年1月に最初のW1編成(量産先行車)が落成しました。製造は川崎重工業車両カンパニー(1 - 6号車)・近畿車輛(7・8号車)・日立製作所笠戸事業所(9・10・13 - 16号車)・日本車輌製造(11・12号車)の各社が担当しました。

1997年3月22日のダイヤ改正で営業運転を開始し、山陽区間での営業最高速度300km/hを実現し、新大阪~博多間を「のぞみ」で2時間17分で結びました。

歴代の新幹線車輌の中でも高速性を意識した車輌デザインはドイツのアレクサンダー・ノイマイスター社によるもので、同社は福岡市交通局3000系電車ICE3のデザインも手がけています。500_w7_050708_10

500系 W7編成の前頭部 2005/7/8 新大阪

いわゆる「トンネルドン」といわれる微気圧波対策のため、前頭部は全長27mの半分以上に相当する15mに渡って断面を徐々に窄めた構造となっており、車体断面も車体高を維持しつつ断面積を縮小するため、客室に関係ない部分を切り詰めた円形となっています。そのために先頭車の乗務員室扉後方の客用扉が無くなり、乗務員室後方の2列の座席も2-2配置となり、運転席の視野も限られた構造となっています。

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500系 W7編成のキャノピーの構造 2005/7/8 新大阪

高剛性を保ちつつ軽量化し、防音性能も向上するためにアルミハニカム材をアルミ合金で挟んだ素材を組み上げる方式を採り、車体重量は300系よりも1両あたり、600kg軽量化を実現しています。

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枇杷島付近を通過するW1編成 2005/7/5 
たまたま通過した500系を撮影したものですが、●からW1編成と識別できました。

制作費は1両あたり3億円、1編成あたり46億円で700系よりも10億円余分にかかったため、所要の9編成で製造は打ち切られました。

ユニット構成や形式の話題は次回の記事で。

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コメント

B767ー281様今晩は。新幹線500系、とうとう見ただけで乗りませんでした。こんなに狭い日本、そんなに急いでどこ行くの?じゃないですが、のぞみ は苦手です。さるべき距離を移動するにはそれなりの時間をかけないと身体に変調をきたす(大袈裟ですが)そんな感じで、ひかり がちょうどいいです。技術の進歩と旅の楽しみ、色々な選択肢があってほしい、と思う今日この頃です。夜分お邪魔致しました。

こんにちは~。モモパパです。
僕、一時期仕事の関係で毎週新幹線には乗ってたんですがつぞ一度も500系には乗ったことがありませんでした。デビュー仕立ての頃は早そうなデザインだな~と思ったものですが最近の新幹線のデザインとは一線をかくしてますね。

細井忠邦さま、モモのパパさま、おはようございます。

わたしもお二人と一緒で、500系、写真を撮ったり、見たりはしているのですが、乗る機会はありませんでした。乗った方の話によると、車内はまるで航空機のようだったと言いますが。
未だ、完全に消えたわけではなく、山陽区間では活躍しているので、乗りに行こうと思えば乗れなくは無いかと思いますが、用事がないもの事実ですね(笑)。

クハ415-1901さん、こんにちは。
500系は新幹線車両の中でも、そのスタイルはぴか一だと思います。
国鉄型至上主義の私も、この500系には惹かれました。
500系の製作費は割高だったのですね。
製作費が700系より10億円も余計というのは、勉強になりました。
よくぞ西日本がお金をかけて造ってくれたと思います。

やぶおさま、おはようございます。

わたしも歴代新幹線の中で500系は特別の存在のように感じます。
ただ、製造費用が高かったため、9編成で終わってしまったことと、定員が他の編成と違うため、異端児扱いされたのが残念でしたね。
W1編成の先頭車は京都博物館で保存展示されるようですが、残りの短編成も長く活躍して欲しいものです。

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