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2015年4月 8日 (水)

通勤電車シリーズ 103系 23 中央・総武緩行線 part2

中央・総武緩行線への103系投入の話題、前回は1979年夏頃までに投入された車両に関してでしたが,今回はそれ以降、分割民営化までです。

103_810829
1981/8/29 千駄ヶ谷

103_820211_2
1982/2/11 飯田橋

中央快速線に先駆けて導入された103系高運転台非ATCタイプの先頭車

1979年11月から12月にかけて鶴見線新性能化用に101系を捻出するため、10連4本が新製され投入されました。すでに山手、京浜東北線用のATCタイプ先頭車は所要数に達していたため、高運転台非ATCタイプのクハが製造され、10連全てが新車として投入されました。これが同線にとって最後の新車投入になりました。

クハ103-801, 803, 805, 807, 808, 810, 812, 814
モハ103/102-732/888~743/899
サハ103-488~495 
これらは昭和53年度第3次債務予算で製造されました。

103_820211
冷房改造はされていますが、ライトはオリジナルのままのクハ 316編成 1982/2/11 飯田橋

103_830226
中間車はカナリア色、両端クハはオレンジ色の混色編成 ライトは改造済み 321編成 1983/2/26 市ヶ谷

103
1973年以降製造された量産冷房車の低運転台クハ先頭の317編成 飯田橋

103_830205
高運転台非ATCタイプのクハで豊田区配置の車両由来の322編成 1983/2/5 飯田橋

1981年夏以降、201系の量産開始とともに中央快速線から103系が転入し始めました。10月に総武快速線が千葉まで延長された際に緩行も増発となり、10連2本が転入しました。さらに豊田区に201系が配置されたことで10連8本が転入しました。1982年には201系が三鷹区から中野区に転入し、同年度末に103系は10連27本体制となりました。

中央快速から転入した高運転台非ATCタイプのクハ2両は山手線増発対応でATC付きに改造され、空いた分を松戸区から転入したクハで埋めました。

クハ103-811
1980/7/25 新製 東急 トタ配置 
1982/7/31 ツヌ転属 
1984/1/26 ATC取り付け改造 大井工場 
1984/1/27 イケ

クハ103-818

1980/7/25 新製 東急 トタ配置 
1982/7/31 ツヌ転属 
1984/2/14 ATC取り付け改造 大井工場 
1984/2/15 イケ

代わりに松戸区から津田沼区に転属したのは

クハ103-138, 139 
1969/3/9  新製 川崎 イケ配置
1978/3/24 マト転属
1980/2/4  大井冷改
1983/8/31 ツヌ転属

非ATCタイプで製造されたクハにATCが搭載された唯一の例となりました。

私自身はちょうどこの頃、大学院を修了する頃で、社会人としてつくばで暮らすことも決まっていた頃で、東京で通勤電車を撮影するのもこれが最後かと、せっせと激変する中央・総武緩行線を写真に収めていた頃でした。

1984年には武蔵野線用101系1000番台の検査切れ対応関連で津田沼区から豊田区に103系10連が貸し出され、両端6両は豊田区に,中間4両は松戸区に、同線の編成中間McM'TT'cと振り替え、さらに青梅線用のMM'を加え6連として、武蔵野線対応として、各線に混色編成が登場したそうです。

1986年には山手線205系投入で武蔵野線に捻出された103系の一部クハが津田沼区の車両と差し替えられATCを撤去したATC対応クハが中央・総武緩行線を走ったそうです。さらに3編成も同線に投入され、30本体制でJRに継承されたとのことです。101系も70両、残っていました。

198611103 1986年11月時点での習志野区の103系10連30本の編成表です。
(ジェーアールアール編の編成表を参考に作成しました。)
元々単灯で製造されたクハ103-179以前のクハはこの時点ですべてシールドビーム化改造済みでした。またモハユニットの番号をみると、山手線、中央快速線から転属してきた車両も10連のまま移動してきているので、10連新製時のままのN、N+1, N+2の並びが保たれいるのが分かります。

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電車103系」カテゴリの記事

コメント

こんにちは~。モモパパです。
103系というと僕はどうしても学生時代によく乗ったウグイス色の山の手線車両を思い浮かべてしまいます。

B767ー281様 お早うございます。この時期101系の真の後継車201系の本格的量産が始まり、国電の動きが活発でしたね。本文で触れられている武蔵野線がらみのツヌ(懐かしい)からトタへの貸し出し、偶然にも両端クハが試作冷房車の301編成でした。これを撮るために西国分寺で粘ったのを思い出しました。この続きとても楽しみにしております。

懐かしい写真ですね!

飯田橋駅、走る電車が変われど、この景色ですね(笑)。

パチンコのリリーに行っていた(笑)。


北マトからの転属クハ、ありましたね!

このクハ、北マトのときには 編成の間に挟まれいたんでしたね!
サハがユニット窓の非冷房も入ったことがありました。


非ATCの高運転台のクハ、最初は違和感を感じました。


転属車両の塗装編成をするのに 連結部分の屋根に 転属前のラインカラーが残っていて、何処から転属してきたか わかりました!


昨夜も 仕事の打ち合わせで 学生時代の先輩と飯田橋でお会いして、
神楽坂で会食していました。

モモのパパさま、こちらにもありがとございます。

やはり、オリジンは山手線ですが、長い活躍の歴史から実にいろいろなカラーで働いた電車となりましたね。ウグイス色はいまでも奈良線で見ることが出来ますね。

細井忠邦さま、こんばんは。

わたしも今から思えば試作冷房車が中央快速で活躍する姿を撮っておきたかったです。あの頃は、鉄道から趣味の対象が旅客機に移っていた頃でこういった重要な変化をかなり見逃していたのを後悔しています。

準急豊島園さま、こんばんは。

わたしも当時、飯田橋は良い撮影ポイントだなと思っていたのですが、しばらくして行ってみたら、ホームの水道橋よりに小屋が建てられ、見事に折角のポイントが無くなっていましたね(笑)。

B767さん、おはようごじゃります(^◇^;)お邪魔致しやすm(_ _)m中央・総武緩行線の103系ですね。オレンジバーミリオンの103系も⁉︎中央・総武緩行線で走っていたんすか⁉︎のちにこのオレンジバーミリオンの103系は…カナリアイエロー塗装にチェンジするんでしょうね。【幕張ゆき】っちゅうのが運行されていたんですね。

マスダっち1971さま、こんばんは。

そうですね。この頃の通勤車両は転属の度に塗り替えなくてはならず、現場も大変だったと思います。1986年の編成表では直前に山手線から転属した車両のみが、異端色だったようです。
昔は幕張行き、ありましたね。今は、千葉、津田沼、西船橋しかないのですね。

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