1989年のDüsseldorf Airport その31 オーストリア航空 MD-81
東西統一前の西ドイツDüsseldorf Airportで撮影した旅客機の話題、今回はオーストリア航空です。
OE-LDP cn 48015 ln 924 McDonnell Douglas MD-81 1989/5/4 DUS
オーストリア航空はオーストリアのフラッグキャリアで、経営的にはルフトハンザグループの一員です。
1923年5月3日、Walter Barda-Bardenauがオーストリア政府から航空会社設立の認可を貰い、Austrian Airlinesの設立に参加します。といっても資本金的には50%が the Austrian railway transportation institution、49%がthe Junkers-Werke、彼の出資比率は1%でした。フリートはJunkers F13で占められ、1923年5月14日にウィーン~ミュンヒェン間をHans Bauerの操縦で初飛行しました。
この時期のオーストリアは第一次世界大戦の敗戦後、オーストリア=ハンガリー二重帝国の崩壊後で工業生産力の強いチェコが独立し、オーストリア共和国としては経済的に自立して国際社会で生き残るためにはドイツとの合併以外に道はないと考えられていました。
Austrian Airlinesは Junkers Trans European Unionの一部として運航した関係でその目的地にはMunich, Budapest, Nuremberg, Graz, Klagenfurt、St. Wolfgangなどが含まれていました。1926年Unionは解体し、1927年から政府のサポートで新たな機材を購入し、Deutsche Lufthansaとのパートナーシップのもと、ウィーンからベルリン、ミラノ、ブダペストなどの路線を開拓しました。世界恐慌の後にはJU52などもフリートに加わりました。1938年3月、ヒトラー率いるナチスドイツがオーストリアを併合(Anschluß)するとそれまで同航空会社が計画していたローマ、パリ、ロンドン線の計画は破棄され,完全にルフトハンザの支配下になり、商業的運航権も剥奪されました。
第二次世界大戦後、ナチスドイツの消滅により,オーストリアの併合は解消され、ドイツから分離しますが、国営航空はありませんでした。そこで、Österreichische Luftverkehrs AGとしてAir AustriaとAusrian Airwaysが1957年9月30日に合併して創業したのが今に続くオーストリア航空です。1958年3月31日にVickes Viscount 779により、ウィーンからチューリヒ、ロンドンへ初飛行を行いました。国内線は1963年5月1日に、大西洋横断便は1969年4月1日にウィーンからブリュッセル経由でSabena Airlinesと共同で運航を開始しました。
OE-LDP
ジェットageになると最初に導入した機材はSud Aviation Caravelleで1963年2月18日から1973年まで使用しました。1971年からはDouglas DC-9-32, 1975年からはDC-9-51、さらに1977年からSwissairとともにDouglas DC-9-80の最初のユーザーとなり、1980年代にはMD-81, MD-87, MD-83と繋がってゆきます。
1990年代にはSwissairが提唱したQualiflyerグループの一員となり、長距離路線の拡充に務め、中国や南アフリカへ進出しました。
2000年にはStar Allianceのメンバーとなり、Lauda Airも傘下に収めます。さらにTylolean Airwaysも傘下に収めました。2006年には財政事情の悪化から緊縮財政に務め、長距離路線用の機材のAirbus A340やA330を売却し、Boeing 777 Boeing767に機材統一を図ります。
OE-LDY cn 49115 ln 1135
最後にオーストリア航空が導入したDouglas DC-9 SeriesのFleet Listを載せます。情報はいつものようにPlanespotters.netから得た情報をもとに表にしています。
日本でもかつてはA310,その後A340,そして現在はB777で乗り入れており,後進ではありますが、なじみ深い航空会社です。私も2010年1月のウィーン出張で往復利用しました。
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コメント
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B767ー281様お早うございます。オーストリアと言えばナチスドイツに翻弄された国ですがやはり航空会社も同じなのですね。成田に通った頃はA340に塗装がよく似合うな、と思っていました。どうも太777にはいまいちかな?失礼致しました。
投稿: 細井忠邦 | 2015年5月 8日 (金) 06時02分
細井忠邦さま、こんばんは。
今でも偏見かも知れませんが,オーストリアを旅するとこの国はどうやって生きているのかなと思うことがあります。ウィーンとかザルツブルクといった大きな観光地があることは間違いはないのですが・・・
そういえば鉄道の世界でもマルタイの会社、プラッサー&トイラー(Plasser & Theurer)社はオーストリアですね。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2015年5月 8日 (金) 20時27分
オーストリア航空。
全く見当違いかもしれませんがラウダ航空とは関係あるのですか?
投稿: モモのパパ | 2015年5月10日 (日) 04時49分
おはようございます。
午前8時からのNHKラジオ第1放送のニュースを聞いていましたら、
エアバス A400Mという軍用輸送機が離陸直後に墜落!
トルコ空軍に引き渡す予定の機材だったようです。
エアバスのA400Mという 初耳の飛行機で 早速調べましたら、
新世代の軍用輸送機で
プロペラ機でした。
YouTubeに航空ショーの離着陸とデモ飛行の動画がありましたが、
結構 強引な上昇、下降、旋回、
それに着陸時の急停止。
軍用輸送機ですから 当たり前なのかもしれませんが、驚きました!!!
投稿: 準急豊島園 | 2015年5月10日 (日) 08時19分
モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。
F1レーサーとしても有名なニキ・ラウダ氏が実業家として設立したのがラウダ航空でしたね。わたしもシンガポールで見たことありますが、1991年のBoeing767の事故で経営不振に陥り、オーストリア航空に吸収されてしまったのですね。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2015年5月11日 (月) 06時02分
準急豊島園さま、おはようございます。
エアバスA400機、わたしも軍用機に関してはあまり知識がないので、知りませんでした。中型輸送機としてエアバスの子会社が国際共同で開発したようですね。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2015年5月11日 (月) 06時07分