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2015年5月16日 (土)

九州鉄道記念館訪問 その4 キハ07 (キハ42500) 気動車

2004年10月17日の九州鉄道記念館訪問シリーズ、今回はキハ07気動車です。

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キハ 07 41 2004/10/17 九州鉄道記念館

保存されている車両はキハ07 411935(昭和10)年に誕生した鉄道省キハ42000形の1両です。

大分県玖珠郡九重町の恵良駅と熊本県阿蘇郡小国町の肥後小国駅を結んでいた旧国鉄宮原線(*)で使用され、1969年に廃車となり、長らく豊後森機関区に保存されていましたが、1986年に大分運転所に移され、さらに2003年に改修され九州鉄道記念館に移管されました。

(*) 宮原線でのキハ07 41~43の活躍の様子は国鉄時代34 p64~65に中村弘之氏の記事があります。

私自身、ガソリンカーは安治川事故などで存在は知ってはいますが,実際に見たことも無く、またディーゼルエンジンに換装後の機械式気動車の記憶も殆どありません。唯一あるのは、幼少の頃、萩に出かけた際に、長門市~仙崎間で乗車したレールバス キハ01形 と廃止直前の鹿島鉄道で活躍していたキハ600形でした。

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キハ42000形は1933年に登場したガソリン動車キハ41000形を基本とし、大都市近郊路線用として投入するため、車体サイズを大きくし、機関出力をアップした形式で、当時の我が国では最大級のものとなりました。ガソリン機関搭載のキハ42000形式が62両、量産され、さらにディーゼル機関搭載の派生形式のキハ42500形式が3両,1937年に試作されまし
た。

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キハ07 登場時の塗装

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運転席の様子 機器類は後で更新されたものと思われ、101系などの時代以降に見えます。

エンジンはキハ41000形のGMF13形ガソリンエンジンの気筒数を増やしたGMF17形(150馬力)とし、車体も当時流行の半流形となりました。10両は標準軌に改軌の上、中国の華中鉄道に送られました。

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戦後、液体式気動車開発までの繋ぎとして、キハ42600(キハ07 100番台)が20両製造されました。埋め込み形ヘッドライトが特徴でした。

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車内も公開されています。木製のボックスタイプの座席は時代を感じさせてくれます。

1957年の形式称号改正でキハ07形式に変更され、1959年には塗装の変更も行われました。

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キハ07 塗装変更後

気動車の総括制御化の取り組みは戦前からなされましたが,戦後の液体式変速機の登場で実用化され、キハ07も100番台15両が液体式変速機に換装され、総括制御可能となりました。この際に,100番台から200番台に改番されています。

四国では客車列車を気動車に置き換える際に郵便荷物気動車が不足したので、1960年にキハ07から4両、キユニ07形に改造されました。液体変速機へ換装もするはずでしたが、それはかなわず機械式のまま、気動車列車の後にトレーラーとしてぶら下がって運行されたようです。

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キハ07から改造されたキユニ07の姿

キハ07形時代に私鉄に譲渡された車両として鹿島鉄道のキハ601, 602は現役時代に撮影しておりました。

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鹿島鉄道 キハ601 2003/2/11 石岡   元キハ42032 キハ07 29

602_060729
鹿島鉄道 キハ602 2006/7/29   元キハ42036 キハ07 32

鹿島鉄道のキハ600形は国鉄から鹿島参宮鉄道に払い下げられ、同社はその後→関東鉄道→鹿島鉄道と名前をかえましたが、1936年及び37年製の車両が譲渡後、変速機を液体変速機に換装、前面形状を変更、冷房装置の搭載など変化があったものの,TR29台車のまま2007年3月31日の同線の廃止まで主力車両として運用されました。これは我が国の一般旅客営業気動車の中で史上最長の運用期間記録だそうです。

なお、今回の記事ではキハ07に関して調べていくうちに偶然、見つけた伊勢崎軌道様のサイトの車両の絵を数点使わせて頂きました。文章も同サイトの文章を参考にさせて頂いております。

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コメント

こんにちは~。モモパパです。
キハ07.
安治川事故当時はガソリンカーだったんですか。
僕、そのことあまり』詳しく知らないので。
だからあんなに横転して激しく燃えたんでしょうね。

モモのパパさま、こちらにもありがとうございます。

あの事故は記録を読むと車輌が通過中にポイントが切り替わった事故だったようですね。折しも夕方のラッシュ時間帯だったもので、死者189名、重軽傷者69名という大惨事になったそうですね。
想像するだけで恐ろしい事故です。

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