江ノ電を撮る プロローグ
今回からの新シリーズでは、「江ノ電」こと江ノ島電鉄の車両をその独特な沿線風景と絡めながら紹介して行きたく思います。
江ノ島は小学校の遠足で来ていますが、江ノ電とは1974年の春、大学1年のときに鎌倉を観光したときが最初の乗車だったと思います。その後、1985年9月に、結婚する前に家内と鎌倉を訪れたときに乗車し、それから約30年、テレビの旅番組などでよく見ていたのですが、訪問せず、昨年暮れに29年ぶりに訪問し、1月3日、さらに5月24日に訪問しました。
最初の会社は1900年(明治33年)11月25日に、江之島電氣鉄道株式会社として設立されました。1902年藤沢ー片瀬(現・江ノ島)間が開業し、以後延伸され、1910年11月4日に小町(現 鎌倉駅の東で若宮大路の中央公民館前)までの全線10.4kmが開業しました。
開業当初の駅数は40あり、現在の15駅になったのは1950年のことだそうです。
藤沢駅ホーム 2014/12/30
今はJR藤沢駅から少し離れた場所にありますが、開業時の藤澤駅は国鉄藤澤駅に隣接していたそうです。小田急百貨店の2階にありますが、1985年までは江ノ電百貨店であり、高架になったのは1974年のことでした。
開業時、藤澤を出て最初の駅は砥上(いしがみ)停留所で、その次が高砂(たかすな)停留所で場所的には現在の石上駅の位置とおなじようです。砥上、高砂ともに1940年2月に戦時廃止となり、高砂が1950年7月15日に石上駅として復活しました。高砂から緩やかな坂を下り、境川の堤防の上にでると川袋(かわぶくろ)停車所になりました。次が柳小路駅、そして藤ヶ谷停留所と続き、駅間は300mほどだったそうです。
鵠沼駅入り口 2014/12/30
鵠沼駅の場所は開業当初から同じで、この手の鉄道としては珍しい地下の駅舎は1985年開業です。鵠沼橋梁の掛け替えと鵠沼駅改築の際に、旧藤ヶ谷駅付近に電車行き違いのための臨時の信号所が開設されたそうです。
鵠沼を出ると境川橋梁を渡り、新屋敷、西方(1958年、湘南海岸公園駅に改称)、濱須賀、山本橋、片瀬(江ノ島駅に1929年3月に変更)に到着します。藤澤からの距離は3.3kmです。
人の賑わいが絶えない江ノ島駅前 2015/5/24
江ノ島駅から腰越方面を見ると目の前に見える白い建物が江ノ電本社ビルです。
本社ビル前の表札
江ノ島を出ると路面区間に入り、龍口寺の前の急カーブ(半径28m)を周り、
日蓮宗龍口寺山門前の半径28mの急カーブ 2015/1/3
左隅の白い軽のバンには係員が待機しており,電車が接近すると安全確認・交通整理を行っていました。江ノ電もなかの扇屋は右手にあります。
龍ノ口、中原、土橋、神戸橋(ごうどばし)、
現在の腰越駅 路面区間から専用軌道区間へ 2014/12/30
谷戸(現腰越、1948年に改称)、満福寺下、腰越(1918年腰越浜上、1929年小動と改称)と停留所があったそうです。
鎌倉高校前駅のホームからの江ノ島の夕日 2014/12/30
休日は朝から晩まで電車に乗ることなく風景を眺める観光客が多いことでも有名
小動のあと、袂ヶ浦、日坂(現鎌倉高校前)、谷澤(1915年廃止)、七里ヶ濱(現峰ヶ原信号場)、峰の原、田邊(1915年行合に改称、1951年に七里ヶ浜に改称)、行合と停留所は続いており,この区間は国道134号線に沿って進みます。七里ヶ浜付近で一旦,内陸に入り再び海岸に戻るのは行合川の河口が三角州になっていたためだそうです。
かつては七里ヶ濱停留所だった峰ヶ原信号所 2015/5/24
すれ違う車両の写真を撮るにも、振り返って富士山、江ノ島をバックに電車の写真を撮るにも良い場所です。
追揚、姥ヶ谷、音無橋、稲村ケ崎、砂子坂、極楽寺と続きます。稲村ヶ崎と極楽寺の間には極楽寺車庫工場があり、毎年12月頃にはタンコロ祭りが開かれます。100形108号も動態保存されています。
由比ヶ浜駅から極楽寺方面 2014/12/30
極楽寺を出ると煉瓦造りのトンネルを抜け、権五郎社前、長谷、由井ヶ濱、海岸通(現 由比ヶ浜)、原の台、学校裏、大町、蔵屋敷、終点の小町に至りました。
由比ヶ浜大通り、和田塚4号踏切際に大町停留所跡の表示板が建っています。 2015/5/24
1911年10月3日横浜電気株式会社に買収され、さらに1921年5月1日には東京電燈株式会社に買収となりました。
1926年7月10日、江ノ島電気鉄道株式会社が大船~江ノ島~茅ヶ崎の鉄道敷設を目指して設立され、1927年7月には路線バス事業を開始しました。しかし1929年には撤退しています。1928年7月1日、江ノ島電気鉄道が東京電燈江之島線を買収、1931年10月10日、路線バス事業に再参入、1938年10月20日、東京横浜電鉄(現在の東急)の傘下に入りました。
1944年11月、軌道業から地方鉄道業に変更し、11月28日神奈川中央乗り合い自動車にすべての路線を譲渡し、路線バス事業から撤退しました。戦後の1947年3月15日、東急の持ち株の大部分が放出され、東急グループを離れました。
現在の江ノ電鎌倉駅 駅舎 2015/5/24
1949年3月1日、鎌倉駅を国鉄鎌倉駅構内に移転し,鎌倉駅乗り入れを開始しました。6月20日、路線バス事業を再開し、商号も江ノ島鎌倉観光株式会社に変更しました。1953年8月1日、小田急電鉄の関連会社となり、1960年代後半にはモータリゼーションの発展で利用者が減り、廃止が検討されたこともあったそうですが、テレビドラマや紀行番組で紹介されて注目されるようになり、1981年9月1日、江ノ島電鉄株式会社に社名を変更し、現在に至っています。
今回の記事は湘南ふじさわウオーキング協会のサイトに八柳 修之氏が連載された江ノ電の駅跡を訪ね歩くその1~6を参考に作成しました。
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コメント
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b767-281様おはようございます。江ノ電いいですね。私は黒澤明の映画「天国と地獄」を思い出します。151系も出てくるので有名ですか。当時まだポール集電の江ノ電も出てきます。犯人からの電話の後ろに江ノ電のポールの音が聞こえ、それが手掛かりになる、と言った場面があります。閑話休題、お写真拝見し久しぶりに尋ねてみたくなりました。そろそろ紫陽花も綺麗でしょう。では、お邪魔致しました。
投稿: 細井忠邦 | 2015年5月27日 (水) 07時14分
B767さん、おはようごじゃります(^^)お邪魔致しますm(_ _)m江ノ電に乗られたんですか⁉︎私は江ノ電は乗ったこと無いんすよ〜〜(ー ー;)江ノ電藤沢駅って、1974年に高架駅になったんすね。当時の江ノ電百貨店の2階に新しい江ノ電藤沢駅のホームが出来たんですね。江ノ電百貨店は…のちの現在の小田急百貨店藤沢店ですね。
投稿: マスダっち1971 | 2015年5月27日 (水) 10時52分
細井忠邦さま、マスダっち1971さま、こんばんは。
私も脅迫電話のバックで江ノ電のポールの音が聞こえるというシーン憶えています。それで電話をかけた犯人の居場所を特定するのですから鋭い推理と思いましたね。
江ノ電は東京からでしたら近いですし、私も数回訪れてその魅力に嵌っております。未だ、極楽寺のトンネル付近や江ノ島~藤沢間をじっくり見ていないので次回はその辺を狙って見たく思っています。
投稿: B767-281(クハ415-1901) | 2015年5月27日 (水) 21時10分